冥府の海は、いつから存在しているのか。
生と死の均衡が崩れた、その瞬間からだ。
生と死の均衡は、なぜ崩れたのか。
それは、デウスエクスが『不死』を得たからだ。
●冥王イグニス
燃え盛る『地獄』の中へと飛び込んだケルベロス達は、言い知れぬ感情がこみ上げてくるのを感じていた。
「なんだこれ。懐かしいって感じるのか……?」
ルフ・ソヘイル(嗤う朱兎・e37389)の口から、言葉がこぼれる。
この『地獄(タルタロス)』こそが、ケルベロスの根源だ──。
ブレイズキャリバー達に宿る『地獄』は、そう告げているかのようだった。
「……やはり、貴様達こそが最大の未知だな」
エインヘリアルの王子として、螺旋帝の血族として、そして冥王として。
幾度にも渡ってケルベロス達と戦い続けて来たイグニス。
これが最後の戦いとなるであろうことを、ケルベロス達は直感した。
イグニスが腕を一振りすると共に、巨大な獣型死神の群れが現れる。
『地獄』を操る死神、ブレイズロードの大群だ。
「大丈夫だ、地球に現れた者よりは弱い!」
既に一度、ブレイズロードと交戦しているケルベロスがそう叫ぶ。
それでも、巨体から繰り出される破壊力は脅威となりうるものだ。
損傷した万能戦艦ケルベロスブレイドへ死神を通すまいと、小剣型艦載機に乗ったケルベロス達は次々にグラビティを繰り出し、迎撃を開始する。
万能戦艦ケルベロスブレイドからも雷神砲や追加の小剣型艦載機が放たれ、その攻勢を後押ししていく。
「既に、理解しているだろう。
デウスエクスが『不死』を得た時より、生と死の均衡は崩れた。
その瞬間に冥府の海は生まれ、そしてグラビティ・チェインもまた冥府の海へと流れ込んだ。やがて、我らザルバルク、カラミティ、レクイエムは意識を得た」
イグニスが語るのは、冥府の海(デスバレス)の誕生から、グラビティ・チェイン枯渇へ至る歴史だった。
「やがてデウスエクスが隆盛を極めるにつれ、グラビティ・チェインは枯渇を始めた。
至極当然の話だ。コギトエルゴスム化による不死を持つ者が増えれば、グラビティ・チェインが冥府の海へ流れ込む量も増える。
デウスエクスの不自然な生の強さこそが、異常を招いた元凶だ」
「いや、それって……」
宇宙に、どれだけの種類のデウスエクスがいるのかケルベロス達にすら分からない。
その膨大な数が、全て冥府の海の力となっている。
あまりにも異常な死神達の力は、デウスエクスという存在全ての力と数の裏返しだ。
「それでも貴様らケルベロスのことだけは理解できなかった。だが、聖王女の力を奪い、竜業合体ドラゴンの記憶を読み……我もようやくケルベロスを理解できた」
先の戦いの時よりも、冥王イグニスは力を増しているようだった。
デウスエクスとしては、異様に早い速度での成長は、聖王女の力を奪ったがゆえか。
「女性から力を奪うとか野暮っすよ?」
ルフの放つ銀の弾丸が、イグニスへと向かう。翼状の部位を一振りして距離を取ると、イグニスはさらに続けた。
「滅ぼされた地球の者達。
その怒りの念は、『地獄』と化し、宇宙を滅ぼす『三つ首の獣』へと至る。
ここにあるのは、獣の肉体とならんとし、しかし怒りを喪失した『地獄』の残骸だ」
魔竜王と聖王女の戦いは相討ちに終わり、巻き込まれた地球は破壊された。
魔竜王の目論見は叶わず、その破壊はただグラビティ・チェインの発生源を永遠に喪失させるのみの結果となり、同時に、滅びの『三つ首の獣』を呼び覚ますという、最悪の状況を招くはずだった。
「だが、それを変えたのは、オラトリオによる『巻き戻し』だ」
宇宙全体の時が巻き戻され、獣は発生しなかったことになった。
だが、その巻き戻しに取り残されたものがあった。
『別の世界』たる冥府の海の奥底に落ちた、『地獄』だ。
『怒り』に満ちた魂を失った『地獄』は、ただ冥府の海の底で漂うのみとなった。
「『地獄』は、そこにあるのみに留まらず、宿るべき魂を欲した。
貴様達も、この場所に何かを感じているはずだ」
『怒り』をはじめとする強い感情、あるいは地球を守らんとする意志、あるいはそうなるべき血筋や運命──すなわち『素質ある者』を、地獄は求めた。
死神達も気付かぬ間に冥府の海から地球へと漏れ出した『地獄』は、『デウスエクスを滅ぼす』能力を『剣(ブレイド)』とする者達を出現させる。
「それが、ケルベロスっすか……!?」
「我はお前達を理解した。そして理解した以上、対策を撃つ。
我はこの『地獄』を冥府の海から排し、お前達の様なケルベロスの出現を阻止する」
地獄を操る死神の出現の増加は、それを意味していたのか。
『地獄』を使い果たす、あるいは地獄を身体とする死神を作り出す。
『地獄』を尽きさせることが本当に可能なのかは分からないが、即座に対策を取ってくるイグニスの精神性は、完全にケルベロスを己の倒すべき敵と見なしてのものであった。
慄然としながらも、ルフは己を奮い立たせるように叫びを上げる。
「させないっすよ!」
周囲の死神たちを駆逐したケルベロスによる、イグニスへの猛攻が始まった。
逆巻く『地獄』に後押しされるように、ケルベロス達の攻撃は少しずつイグニスを追い込んでいく。
地獄をも凍らせんばかりの『凍てついた焔』が、イグニスの周囲に渦巻いた。
ルフを乗せた小剣型艦載機が、その渦の中へと飛び込んでいく。
「我撃ち出すは白銀の蛇。その蛙をむしゃっと残さず食らい尽くせ!」
放たれる銀の弾丸が、嵐を遡るようにしてイグニスの腕を射抜く。
次の瞬間、現れた白蛇が、イグニスへと食らいついた。
その存在を喰らわれるように、イグニスは消滅していく。
「何度殺されようとも、封じられようと……デスバレスある限り、我は不滅だ」
「だったら、その前になんとかしてやるっすよ」
ルフの言葉と共に、白蛇がイグニスの残った頭部を飲み込み、共に消える。
戦いが終わり、『地獄』に一時の静寂が訪れた。
●冥府の海(デスバレス)の剣化
イグニスを倒し、万能戦艦ケルベロスブレイドは『地獄』をさらに降下する。
『地獄』の炎は、ケルベロス達を傷つけることなく通していった。
「あれだ!!」
そして、地獄の奥底に、ケルベロス達は一人のデウスエクスの姿を見た。
聖王女エロヒムだ。
即座に小剣型艦載機で救出されたエロヒムは、消耗しながらもケルベロス達に告げる。
「急がなければなりません。冥府の三神のうち、二神が肉体を得ていない今ならば……デスバレスを破壊することができるでしょう」
傷ついた『磨羯宮』へと、ケルベロス達の案内を受けた聖王女エロヒムが足を踏み入れる。
「だけど、剣化波動の力は8kmでよ?」
冥府の海は、あまりに広すぎるのではないか。
そう問うケルベロス達に、エロヒムは微笑んで告げる。
『私が行うのは、ただ波動に『同じことを繰り返す』力を与えるだけです』
どういう意味なのか、と問うより早く、聖王女の翼からの輝きが、磨羯宮へと染み渡っていく。
次の瞬間、『地獄』の外から轟音が響いた。
剣化波動の機能が、水(ザルバルク)から水(ザルバルク)へと伝わり、その反応はただ繰り返されていった。
冥府の海に満ちた『水』が、全て剣に変わっていく。
その反応は、ケルベロス達の目、万能戦艦ケルベロスブレイドのレーダーにすら映らない、遥か彼方にまで広がっていく。
「こ、これで、デスバレスは無力化できたんすか?」
半信半疑といった表情で問うルフに、エロヒムはうなずく。
『ええ、デスバレスの無力化は、じきに完了します』
死神のうち、デスバレスの無力化に巻き込まれて消滅する者が大半だろうが、デスバレスから地球に逃れる者が出るかもしれない、とは聖王女は言った。
『そして、デスバレスを無力化すれば、グラビティ・チェインの枯渇現象は改善されます。
ピラーを通じたグラビティ・チェインの供給も安定し、いまだピラーをゲート化するに至っていないデウスエクスが、地球人を虐殺する理由も無くなるでしょう』
「え、マジっすか!?」
あまりにも都合が良すぎるようにも思える言葉に、ケルベロス達は耳を疑う。
『ですが……』
そして告げられる言葉は、ケルベロス達に新たな解決すべき課題を告げるものであった。
→デスバレスの聖王女~デスバレスでパーティーをしよう
→デスバレスの聖王女~この地球の話をしよう
→デスバレスの聖王女~未来への会談