デスバレスの聖王女~デスバレスでパーティーをしよう

作者:河流まお


 壇上に上がった笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)がケルベロス達にぺこりと一礼する。
「みんなっ、デスバレス・ウォーでの戦い、お疲れ様っ!
 冥府の底を目指して防衛ラインを次々と突破してゆくみんなの勇姿、とってもカッコ良かったよ!」
 いまだ興奮冷めやらぬといった様子でねむは瞳を輝かせる。
「そしてそして……みんなの活躍により、聖王女エロヒムさまの救出には無事成功しましたッ!」
 拳を突き上げて勝利のポーズを決めるねむ。
 ケルベロス達からも安堵の吐息と、祝勝の歓声が上がってゆく。
「さらに、聖王女エロヒムさまの助力を得た『万能戦艦ケルベロスブレイド』のザルバルク剣化波動で、デスバレスの海からザルバルクを一掃し、デスバレスの無力化にも成功しましたっ」

 デスバレスの無力化。このことによって状況は大きく変わりつつある。
 人類とデウスエクスの戦いの発端となった『グラビティ・チェインの枯渇問題』。
 デスバレスのザルバルクを剣化させ続けることにより、この問題が解決するかもしれない、とねむは説明する。
 それは、このいつ終わるとも知れぬ戦いの中で、ケルベロス達がようやく掴んだ『確かな希望』だといえるだろう。

「デスバレスの無力化には、ザルバルク剣化波動を使い続ける事が必要だったので、エロヒムさまは、現在ケルベロスブレイドから分離した磨羯宮部分と共に、デスバレスに残留しています」
 と、報告を続けるねむにケルベロスの一人が小首を傾げる。
「磨羯宮ってどんなところだっけ?」
「え~と、艦中央部に突き立つ『剣冠(ブレイドアーチ)』に合体していた区画ですねっ!
 機能はいくつかありますが、『ザルバルク剣化波動』を発生させる役割を担っていた場所です!」
 資料の紙をめくりながらいそいそと解説してゆくねむ。
 この剣部分は射出も可能だったので、今回エロヒムの力を補助するために分離し、デスバレスに置いてきた、というわけである。
 磨羯宮に居住区施設はなかったが、スペースは一杯あるので、今後は空きスペースにリラクゼーション施設の設備などを運び込んで環境を整えてゆくことも可能だろう。
「なお、磨羯宮を除くケルベロスブレイドは地上に戻る事となりました。
 希望の光が見えたとはいえ……デウスエクスとの戦いはまだ続いていますからね」
 耳をやや下げながらねむ。
 暗闇の中の希望を掴むために、ケルベロス達の戦いはもうしばらく続いてゆくことになりそうである。


 さて、と一拍置いて、
「ところで、みんな。
 必要なことだったとはいえ、デスバレスに残られた聖王女エロヒムさま……。
 お菓子も無ければテレビも無い。場所が場所なので娯楽と呼べるものなんて『一人しりとり』ぐらいなもの……。
 ううっ、なんとおいたわしいのでしょう……」
 よよよ、とわざとらしいぐらいにねむ。
「たしかに、冥府で延々とザルバルクを剣化するお仕事を続けるって……。
 ちょっとかわいそうだね~……」
 と、感化されたケルベロスの一人が呟くと、「それを待っていた!」とばかりにねむは頷く。
「ですよねっ!
 でも幸いな事に、磨羯宮は双魚宮と回廊で繋がっているので、地上帰還後も互いに行き来する事が可能なんですっ!
 ですので、ケルベロスブレイドが無事に地上に帰還した後は、回廊を使って磨羯宮に戻って、一人寂しくお仕事を行っている聖王女エロヒムを慰問し、デスバレス・ウォーの勝利を祝うパーティーを開きたいと思うんですっ!!」
 両手を広げながら天使のように微笑むねむちゃん。
 なんか思いっきり誘導された感はあるが、まあいい。
「もちろん、ただパーティーを楽しむだけじゃありません!
 聖王女エロヒムさまに地球の事を知ってもらったり、
 デスバレスの無力化によって大きく変化した状況を踏まえて、今度の方針を検討する会議も開く予定です!
 戦いが終わったばかりだけど、もし可能ならみんなも奮ってご参加してほしいのですっ!
 レッツ・サプラーイズッッ!」
 というわけで、ある意味で人類の今後を左右するかもしれない一大パーティー計画が密やかに進行しようとしているのだった。


「ご賛同いただきありがとうです! では作戦の概要を説明しますね!」
 ねむが改めてケルベロス達に向き直る。
 この班が担当するのはまさにパーティーイベントの『一番槍』……。
 1人寂しく冥府でお仕事に明け暮れる聖王女エロヒムをサプライズな慰問パーティーで楽しく盛り上げちゃおう、というものである。
「まあ、地球の事を知ってもらうのとか、未来のことを話し合うのは後の班にお任せして――。
 まずはお祝いしちゃいましょうっ!
 幸い、周囲にはご近所さんとか全く存在しないので騒音も気にせず思う存分やってOKですっ!
 スペースは沢山ありますし、色々と持ち込んじゃってもいいかもですね!」
 ねむが作成したプログラムによると、全体的な流れとしては――。

 午前中に移動→パーティーの準備→エロヒムを招いて、昼食を兼ねた慰問パーティー。

 と、なるようだ。
 なお、この慰問パーティーが終わった後にエロヒムに地球のことを紹介する時間を設け、最後に今後の事を話し合う会議となるとのこと。
 そちらは別のヘリオライダーの担当だが、もちろん『通し』で参加するのもアリである。
「第一印象で失敗しない為にも、この一番初めの慰問パーティーは重要かもしれません!
 祝勝パーティーも兼ねて、パーッと明るく盛り上げちゃいましょうっ!」
 ぱ~っと両手を広げて、向日葵のように微笑むねむ。
 デスバレスで始まるパーティーな一日。
 冥府の底に希望の光を届けることが出来るのかどうかは、ケルベロス達の双肩にかかっているのだった。


■リプレイ

●1
「はーい、受付はこちらになりま~す」
 準備開始と同時に入り口の横に長机を置き、名簿を作成してゆく天羽・蛍。
 しっかりと参加人数を把握して椅子、テーブル、ステージ及びスクリーン等の設置配置図などを作成してゆくものの――。
「ええと、開始までの時間は……。間に合うかな、コレ――」
 少しでも予定を巻いていけるように、導線を作って誘導してゆく蛍。
 同じく裏方に徹するのは火乃宮・レミ。
「とりあえずデバイスなりなんなり使って食べ物を置く机やら椅子やら配置するだろ。
 それから……あ、やべ忙しっ」
 と、おどけながらも造花を作るその手を止める事は無く、まさに八面六臂の活躍。
「よっと、この辺りでいいか」
 相馬・泰地が山のような食材を降ろして一息。
 だが、本当に忙しくなるのはこれからである。
「ま、厳しいっちゃ厳しいが――。これで燃えなきゃ料理人じゃあねえだろ!」
 泰地が用意するのはシーフードのパエリアと、野菜カレーパエリア。そしてパーティー用フルーツケーキの三品。
 鍋に火が通され、食欲をそそるジュウッという音が響き渡る。
「さあ、お料理開始だよ~!」
 クルクルと舞い踊るように準備を進める桜庭・果乃。
「はーい、くるくる~っと」
 器用に生地を裏返して、ホカホカと出来上がったのは『府中焼きと尾道焼きと三原焼きの合体お好み焼き』。
 他にも数々のメニューを手際よく仕上げてゆく果乃。

 さて、そのお隣では森緑のギルドの三人娘が集合。
「我らも始めるとするか……」
「よーし、みんなでメインディッシュ、作るよ!」
「おーなの」
 お気合を入れるペル・ディティオと那磁霧・摩琴。そしてナシラ・イスハーク。
「お菓子はともかく、こういう料理は作った試しは無いのでな、ご教授願おう」
「任せといて! ボク達が今日作るのはローストビーフとローストチキンの2品!
 どちらも下処理が重要だよ。ボクが処理してる間にチキンの餡を作ってくれる?」
 初心者でも簡単に、楽しくやれそうな部分をお願いしてゆく摩琴。
「……味は得意でないの。マコト、こうでいいの?」
「そうそう、そんな感じ」
 ちょくちょく摩琴の袖を引っ張りながら手順を確認してゆくナシラ。
「ふっ、他愛のない。料理も案外簡単なものだな」
 テキパキと頼まれたことをこなしながらフフンと上機嫌に笑うペル。
 これはつまりあれだ――。
 仲の良い姉妹がお料理作りをキャッキャッと楽しんでいる的なアレだ。
 つまり人類にとっての理想郷。ユートピアはデスバレスにあったのだ。
 料理ってみんなで作ると楽しいよね。

 そんなこんなの準備時間はあっという間に過ぎてゆき、いよいよ聖王女をお迎えする時間となるのだった。

●2
「さ、聖王女様、お手をどうぞ」
 早鐘のように鳴り響く胸の鼓動を感じながら、ナルナレア・リオリオは聖王女の手を引いてゆく。
 憧憬と共に遠い方という思いがあったエロヒム。
 オラトリオ達にとっては伝説のような人物――。その手を今、自分が引いているのだ。
「は、はい――」
 やや困惑気味な様子のエロヒム。
 後日、会談をと約束していたものの、まさかこんなに早くに使者が来るとは思っていなかったようだ。
「こちらです!」
 ナルナレアが会場への扉を開け放つと、エロヒムは思わず息を飲む。
「――!」
 湧き上がる拍手と歓声。
 色とりどりの造花と、豪華な料理の数々が彼女を出迎える。
「ちょ、ナルナレアさん。早いって」
 さてはハシャいで小走りに迎えに行ったな、と苦笑するのは脚立の上で会場を飾り立てていた薬袋・あすか。
 ならば仕方がない、と取り出すのは横断幕。
「屏さん! そっち側、頼むよ!」
「え? りょ、了解です」
 デカい巻物を広げるように、あすかから「ていっ」と投げ渡された横断幕の端。
 それを脚立の上でなんとかキャッチする青沢・屏。
「ととっ」
 揺れた脚立をなんとか制する。
(あ、危なかった)
 歴史の立会人として参加したものの、ここでコケていたら自分自身が歴史に刻まれていたかもしれない。

『聖王女様これからよろしくね』

 どーん、と横断幕がはためく。
「みーんなー! 注目ー! それじ、ド派手に一発お祝いと洒落こもうじゃない♪」
 ステージの中央からパーティー開始の合図を務めるのはベルベット・フロー。
 彼女が密かにステージに仕込んでいた仕掛けは、祝勝パーティーに欠かせない『アレ』だ!
「レッツ・パーティー!」
 パチンとベルベットが指を弾くと、極彩色の噴き上げ花火がステージ上を彩ってゆく。
 まさにサプライズに相応しい演出でもって、祝勝&歓迎パーティーは始まるのだった。

●3
「改めて、E komo mai(エ・コモ・マイ)、ようこそ! 聖王女様! 地球の皆、聖王女様を歓迎するよ」
 花咲くような可憐な笑顔を浮かべてマヒナ・マオリがご挨拶。
 さっそく用意していた白いレイ(花輪)を聖王女様にかけてあげるマヒナ。
「とても美しい花ですね。なんという名の花なのでしょう?」
「白いジャスミンの花だよ。ワタシの故郷ハワイでは、歓迎の意味を込めてレイを贈るの」
 陽光のような笑顔のマヒナに、エロヒムも柔らかな微笑みを返す。

「あ、あのっ……復活でいいんですよね? 一回は本当に死んでたみたいですが、お体は大丈夫でしょうか?」
 心配する神白・鈴に、エロヒムは今の自分の状態は『実体をもった残留思念』、いわば幽霊のようなものであると説明し、
「体は特に問題はありませんので、ヒールは必要ありませんよ。
 デスバレスから外に出るのは難しいですが、アンジェローゼのような端末を用意すれば、地上に出る事もできるでしょう」
 鈴を安心させるように優しく微笑むエロヒム。
「エロヒムさんお疲れ様です。昼食を準備しましたので一緒にしまshow! パーティーです!」
 早くもお酒が入っているのか、『出来上がった状態』でご登場のミリム・ウィアテスト。
 彼女のお料理はコンソメやコーンスープ、おでんに私自慢のポトフと、汁物を中心としたものだ。
「冥府でパーティーって聞いてルンルン気分で沢山作ってしまいました! 地球自慢の料理! ぜひぜひ楽しんで下さい!」
 尻尾をフリフリとしながら上機嫌でビールとワインを飲み干してゆくミリムさん。

「よう、ちょっと邪魔するぜ」
 と、現れたのは堅気とは思えぬ悪人面の男、軋峰・双吉――。
 その手に持つのは怪しげな銀色のアタッシュケース。
「まだお前さんの好みも分からねぇ。なんで、とりあえず色々と持ってきたぜ――」
 やべーぞ! これはあれだ! 怪しい白い粉が入っているアレだ!
 まさかこのパーティー会場が闇賄賂の現場になってしまうのか――!?
 ガパッと開かれたケースに皆が息を飲む。
 だが、そこにあったモノは皆の予想を斜め上に超えたモノだった。
「あの、これは衣装でしょうか……?」
 困惑しながらも、ケースの中身を一つを手に取ってみるエロヒム。
「ほう……そいつを選ぶとは……さすが聖王女様、お目が高いねぇ――。
 そう、これが地球のKAWAII文化だぜ――」
 魔法少女っぽい衣装を前にクックックと笑う双吉。
「せっかくのパーティーだからな。まずは服装からだろォ?」
 あ、どうやら犯罪者じゃなくて変な人だった模様。セーフセーフ。

●4
 ここらでもう一度ステージにご注目。
「パーティーを盛り上げると聞いて、準備してきましたビンゴゲーム一式!」
「みんな~、お手元にカードは行き渡ったかな~?」
 バニーガール姿のルーシィド・マインドギアとリリエッタ・スノウが壇上へと上がってゆく。
「えと、この数字の書かれたカードは――?」
 配られたカードに小首を傾げる聖王女。
「おっ、エロヒムはビンゴやるのは初めてか? じゃあ俺が説明するぜ!」
 無邪気に広喜が笑う。

「……ってかんじで、数字を集めて列を揃えるゲームらしいぜっ」
「ら、らしいのですか?」
「へへ、じつは俺もやるのは初めてなんだっ」
 そう言って、二カッと笑う広喜に聖王女もクスッと笑う。
「さあ、ミュージックスタートっ! リリちゃん、お願いしますわ!」
 ルーシィドがパチンと指を鳴らすと、アシスタントのリリエッタが「がらがら~っ」とビンゴマシーンを回してゆく。
(むぅ、リリの身長より大きい……ってか、ハンドル重っ)
 ぐぬぬ~っ、と地味に重労働のリリエッタさん。頑張れ。
「32番!」
 高らかに読み上げるルーシィド。
「あ、来ましたわ! 32番っ!」
 スタンダップして喜ぶ聖王女様。
「おめでとさんだぜーっ」
 広喜の惜しみない拍手に、照れながら着席するエロヒム。
「すいません、私ったら……。
 このように誰かと共にゲームをするのなんて、本当に久々で――」
「地球の巻き戻し直後カらデスバレスに囚わていタとすると56年か……。無理モないだろウ」
 君乃・眸が聖王女の抱えていた孤独感を察してフォローをいれてゆく。
 もし、人との交流に飢えているのだとしたら、あのゲームも気に入るかもしれない、と眸は思いつく。
「ワタシ達が仲間とよくやってイる『コンセプト』というボードゲームがある。
 一人がお題を決めテ、それを言葉ではなく、様々なアイコンを組み合わせルことで表現し、他ノものがお題を当テるというゲームなのダが……」
「面白そうですね。どうやってやるのですか?」
 やや前のめりにエロヒム。
 時間的に、この場ではルールの説明までしか出来なさそうだが、それでも――。
 こういう何気ない会話や、誰かと食事を共にすることこそが、エロヒムにとって何よりも嬉しいことなのかもしれない。

●5
「さすが賑やかだね」
 会場を見渡すウリル・ウルヴェーラと、その傍らには妻であるリュシエンヌ・ウルヴェーラの姿。
 用意したお料理はリュシエンヌが腕によりをかけた特製の唐揚げと、蜂蜜レモンのカップケーキ。
 これはウリルの中で世界一美味いと評判の料理である。
 この前、親戚の双子に真面目にそう語ったら「惚気」と茶化されたけれども――。
「お一つ頂いても宜しいでしょうか」
 振り返って見れば、聖王女エロヒムの姿があった。
 せっかくだからと、色々なテーブルを廻っているらしい。
「は、はひっ! どどどどうぞ!」
 緊張に震えながら翼をパタパタとさせるリュシエンヌ。
 ウリルは優しく妻に手を添えて。
「大丈夫、俺達の想いもきっと届くはずだから。こういうのは気持ちが大切だろう?」
 ウリルの言葉に、リュシエンヌも頷く。
「優しくて温かな、家庭のお味ですね。
 お料理上手の奥様で、旦那さんが羨ましいです」
 そう微笑むエロヒムに、二人もまた照れた様な笑顔を返すのだった。

●6
「お料理、美味しそうなもの沢山ありますね」
 テレビウムの『まう』と共にパーティーを楽しむのは長月・春臣。
 彼が用意したのは彩も豊かな各種アチャールとマリネ、そして炙った薄いバケットに乗せたオープンサンドである。
 繊細な彼の心の内を感じさせるその盛りつけも美しい。
「まう、これを聖王女様に持って行ってあげてくれ」
 がってん承知と、駆けてゆくまうを見送りながら、春臣は優しく微笑む。
 テレビウムも地球で生まれた新しい命。
 助けていただいた地球の、今の豊かさを、僕らが幸せな命だと聖王女様にも感じていただければな、と春臣はしみじみ思うのだった。
「んー、お料理おいしい~!」
 茸とセロリのアチャールをいただきながら、氷霄・かぐらが瞳を輝かせる。
 じつはドローンを展開して会場の照明も担当しているかぐらさん。
「ううっ、これも美味しい~!」
 彼女の感情を表すように、照明がパッと咲き誇る桜模様に変化する。
 事前の計画では『照明で日本の四季を表現したいわ……』と若き演出家は語っていたが――。
 なんだか、かぐらさんが美味しい物を食べるたびに春になっているケド、そこは気にしたら負けである。

●7
 様々な料理を楽しもうと各テーブルを廻るエロヒム。
「順番的に、次はウチっすよ!」
 料理の最後の仕上げをしながらルフ・ソヘイル。
 パーティー会場の一角にオープンカフェのような場所を設備し、エロヒムをもてなすのはGoraQの面々。超会議でやるゲーム喫茶の出張版として、かなり気合の入った催し物だ。
「……どう似合う?」
 喫茶店の衣装を着て、はにかむように笑うのは天雨・なご。
「うんうん、とても似合ってるよ」
 コーヒーを淹れながら立花・恵がグッドサインを送る。
 味わい深い豆の香りを引き立たせるために、自作のケーキも完備。
「エロヒム様、ご来店でーす♪」
 クラシカルなメイド服に身を包んだイリス・フルーリアの弾むような声が響き渡る。
 用意されたおもてなし料理にそれぞれ舌鼓を打つエロヒム。
 とりわけ、わさびマヨの刺激には驚いていた様子だ。
「エロヒム様、お疲れ様です。コーヒーとケーキを楽しみながら地球製のゲームはどうですか?」
 恵がカロンにお願いをすると、テーブルに古今東西のパーティーゲームが広げられてゆく。トランプ、花札、すごろく、オセロ等のボードゲーム系が中心だ。
「どれも駆け引きがあって面白そうですね」
 カロンからの説明を「ふむふむ」と聞き終えて、エロヒムがポンと手を合わせる。
 惜しむらくは、ちょっとゲームをするには残り時間が無さそうであることか――。
「せっかくルールは覚えましたのに……」
 残念そうにしょぼくれるエロヒムに、GoraQの面々は顔を見合わせ、
「また、みんなで遊びに来ますので、その時に一緒にやりましょう。そうすれば、寂しい想いをすることもありません」
「そうだね、でも、そのときは手加減しないからね、ボク本気で勝ちに行くからね」
「いっそリモートとか出来ないかな?」
 食卓を囲みながら和気藹々と話は弾む。
 その輪の中に自分がいることを感じながらエロヒムは微笑む。
 無限にも思えた冥府での孤独な時間。
 それに比べて、友人と共に在る楽しい時間が過ぎ去るのは何と早いことだろうか。
「……また遊びに来て下さいね。約束しましたよ?」
 寂しがり屋の子供のように念を押すエロヒムに、GoraQの面々は、
「もちろん!」
 と、頷くのだった。

●8
「実のところ、全てのデウスエクスは敵で倒さなくっちゃいけない存在だと思っていた」
 淡島・死狼はエロヒムを前に心情を漏らす。
「だけど、そうじゃなかった。
 聖王女がこういう立場の存在だっていうのなら、今は出来る限り力になりたい」
 エロヒムも小さく笑い――。
「そうですね。再び、死神やデウスエクスが現れる事が無いように力を合わせましょう。
 ですが、まずはこのパーティーを楽しみましょう」
 デスバレスで孤独に過ごしてきたエロヒム。彼女にとってもこのパーティーは感慨深いものがあるのだろう。
「必要とはいえ、あんな陰鬱で暗い所に籠るとは聖王女様でも、凄く憂鬱ですよね」
 源・那岐がエロヒムの心境を慮ったのか、手作りのパスタとラザニアを勧めてゆく。
「家族のご飯を作っているので味には自信ありますっ! スプーンとフォークでどうぞ」
 この世界の楽しいことをたくさん知ってもらいたい、とはにかんで笑う那岐に、エロヒムも笑みを返す。
「憂鬱な気分には甘いお菓子が一番です。クッキーはいかがですか?」
 如月・沙耶が用意してきたのはハチミツたっぷりのハニークッキー、チョコチップクッキー、スノーボールクッキー。
 沙耶自身、十数年暗い洞窟にいた過去がある。だからこそ暗い場所に独りでいるエロヒムの気持ちに寄り添えるのだろう。
「甘いお菓子は人を幸せにさせます。
 今の世界の魅惑の甘さを聖王女に知ってもらいたいです。私もこの世に出てお菓子の美味しさに救われましたからね」
 私達にはこれぐらいしか出来ませんが、それが聖王女の安らぎと活力になればと沙耶。
「やっと冥府の海から出れたのにデスバレスに残るのか……大変だ」
 源・瑠璃もまた、エロヒムに元気になってもらおうと手作りの料理を用意してきた一人である。
 用意したのは梅干し、おかか、肉そぼろ、ゆかりのおにぎりと、お味噌汁だ。
「あ、このスープ。とってもご飯にあいますね」
 温かいお味噌汁とおにぎりを交互にエロヒム。
「お味噌汁っていうんだよ。気に入ってくれたなら、嬉しいな」
 その素朴な味に、孤独だった心が癒されていくような、そんな感覚をエロヒムは覚えるのだった。

●9
「聖王女さん……。これ、どうぞ」
 食後のお菓子にと霧崎・天音が手渡すのは、『メロディ・タイム』というお菓子。
「これは――。時計でしょうか?」
 懐中時計型のお菓子を珍しそうに眺めるエロヒム。
「うん。私のお気に入りのタルト……」
 普段あまり感情を表に出さない天音だが、今日は少し熱が籠っているようにも見える。
「あ、これ美味しいです。サクサクしてて、楽しい食感ですね」
 と、声を弾ませるエロヒムを見て、他のケルベロス達も「じゃあ私もお一つ」と続いてゆく。
「んー、美味しいわ!」
 タルトを頬張って、瞳をキラキラと輝かせる朱桜院・梢子。
「そうそう! 私も聖王女さんをおもてなしするためのとっておきのスイーツを用意したのよ!」
「こ、これは――」
 それは、どこか見覚えのあるちょっと不気味な魚の形をした焼き菓子。
「華やかな『すいーつ』といえばパフェー!
 ここ、デスバレスの魚といえばザルバルグ!
 そして魚の形のすいーつといえばたい焼き……!
 そう! 和と洋が合体した究極のすいーつ、たい焼きパフェーよ!」
 はい、どーぞ! と手渡されるザルバルグたい焼き。
「お菓子を大量生産できる設備のおかげでおかわりも心配ないわ!
 そうそう、ケルベロスブレイドにその設備を願ったのは私なのよ! すごいでしょう?」
 と、えっへんと胸を張る梢子おねえさん。
 まさか金型まで作ったのだろうか……? 本気が過ぎる……。
「ケルベロスブレイド――。
 先の戦いで私を救い出してくれた、あの戦艦のことですね」
 たい焼きをお行儀よくつまみながらエロヒム。
「聖王女、貴女が『巻き戻し』してくれなかったら、今わたくし達ケルベロスはこの地球で大切な存在を守る事ができませんでしたわ」
 と、アンジェリカ・ディマンシュがエロヒムに一礼。
「地球に住む命の一人として、ケルベロスの一人として感謝を申し上げますわ」
「いえ、こちらこそ。死神達から助け出していただいていますし――」
 話題は先のデスバレスでの大戦へと移ってゆく。
 あの巨大戦艦の名付け親がこのアンジェリカと知ってエロヒムは驚かされるのだった。

●10
 最後はパーティーの華たる『催し物』の時間だ。
「琴、それじゃ、準備はいいかな?」
「うん、いつでもいいよ――シル」
 ステージ上で一礼し、龍虎のように相対するシル・ウィンディアと幸・鳳琴。
「それじゃ、行くよっ!」「さぁ、行こう!」
 演武開始と共にぶつかり合う拳と拳。
 刃のような蹴撃と、それを紙一重で躱してゆく技量。
 まるで舞い踊るかのような華麗さだ。
「――!」
 手に汗を握りながら、二人の演武に魅入るエロヒム。
「ッ!」
 ダァンッと二つの震脚が会場を揺るがす。
 拳はお互いの左胸を撃ち抜きあうかのように見えたが――。
 そこは演武。寸止めにて終いである。
 感嘆の吐息が会場に流れ、やがて盛大な拍手へと変わってゆく。

 続いてステージに上がったのは朝比奈・昴。
「ああっ、聖王女を――我が信仰の主をおもてなしする……!
 わ、私はどうすれば良いのでしょう。と、とにかく、失礼のないように……!」
 ガチガチに緊張しながらも、なんとか深呼吸。
 歌うのは聖王女の聖名と慈悲と恩寵を讃える賛美歌だ。
「Holy Holy Holy! Sacred Princess.Ruler of time and space――」
 勇気を振り絞って歌の一番を歌い上げると、そこでハッと気が付く。
 曲調を覚えたのか、二番からは聖王女様が合わせて歌ってくれていることに――。
(うう、光栄で死にそうです……)
 泣くのは……泣くのは歌いきってからです――。
 そう心に決めて、昴は讃美歌を響かせてゆくのだった。

 舞台を引き継ぐように上がったのはバイオリン奏者のリリス・アスティだ。
「わたくしの演奏、聴いて頂けると嬉しいです」
 皆が楽しく愉快な気分になれるような曲調を目指して作成した新曲。
「この曲は、ある旅人の友人をモチーフにしています。
 皆さんは旅に出られたことはありますか?
 様々な人々との出会いや別れ――。
 初めて見る景色――。
 聴いて下さる皆さんにも、そんな旅の楽しさが伝わるといいのですが――」
 四弦の上で軽やかに弓は躍る。
 胸躍るような冒険の日々を思い浮かべながらリリスはヴァイオリンの旋律を描いてゆく。
「旅ですか……。
 私はデスバレスを離れるわけには行きませんから、少し羨ましいですね……」
 エロヒムの言葉を聞いてナルセスは一考。
「この場所を離れられないのならば。
 世界中を旅してきた我がその記憶をエロヒム殿に話そう。
 写真やお土産も用意するのである」
 それに、と間を置き――。
「いつかエロヒム殿も、このデスバレスから抜け出せる時がきっと来るのである」
 その力強い励ましの言葉に、
「そうですね――。いつか、きっと」
 未来への願いを込めるように、小さく呟くエロヒムだった。

●11
 さて、間もなくパーティーも終わる、という時間。
 エロヒムの周りをつかず離れずで廻り続けていたアストラ・デュアプリズムの姿がある。
(うう……聖王女エロヒムさまにちゃんとご挨拶しなきゃいけないのに)
 どうしても踏み出す勇気が出せないアストラ。
 だが――。
「あいたぁああッ!」
 ガブッと手を噛まれてアストラは悲鳴をあげる。
 すわ何事かと見れば、お目付け役のミミックが思いっきりアストラに噛み付いていた。
 このままでは埒があかん、と判断されたらしい。
「――あ」
 いきなり会場で悲鳴を上げてしまったせいだろう。
 エロヒムの視線がアストラのほうに向いていた。
「ホラっ、今が王女様と会話できるチャンスだよ!」
 さらに天羽・蛍に背中をどーんと押されて――。
 火照る頬の鼓動を感じながらも、アストラはその一歩を踏み出してゆくのだった。

 かくして慰問パーティーは終わりを告げる。
 この心の交流が、きっと新しい未来を作ってゆくことになるのだろう。

作者:河流まお 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月10日
難度:易しい
参加:41人
結果:成功!
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