デスバレスの聖王女~未来への会談

作者:坂本ピエロギ

 冥府デスバレスで繰り広げられたデスバレス・ウォーは、ケルベロスの勝利に終わった。
 これに伴いケルベロスは、地獄に囚われた聖王女エロヒムを救出。
 さらに聖王女の助力を得た万能戦艦ケルベロスブレイドの剣化波動によって、ザルバルクを一掃し、デスバレスを無力化することに成功したのである――。
「つまり、皆さんの完全勝利です。本当に……本当におめでとうございます」
 ムッカ・フェローチェはそう言って、惜しみなき賛辞を戦士達に贈った。
 今回の戦争でケルベロスが勝ち取った戦果は、いつにも増して大きい。
 死神勢力の撃破。聖王女エロヒムの救出。そして何よりも、デスバレスの無力化。これによって、デウスエクスが地球を侵略する原因――グラビティ・チェインの枯渇が解消される道が見えたのである。
「早速ですが、今後のことをお話します。まず聖王女様ですが、彼女はケルベロスブレイドの一部……分離した磨羯宮部分と共に、デスバレスに残留されます。デスバレスの無力化を維持するには、聖王女様の御力と、磨羯宮のザルバルク剣化波動が不可欠だからです」
 一方、ケルベロスやムッカは、ケルベロスブレイドと共に地上へ帰還する。
 これにより聖王女や磨羯宮とは離れ離れになる形だが、その点は問題ない。地上の双魚宮に設けられた回廊を利用すれば、いつでも磨羯宮に転移が可能だからだ。聖王女を訪問するのにも時間はかからないだろう――ムッカはそう告げた後、本題を切り出した。
「そこで今回、ケルベロスブレイドが無事帰還した後は、デスバレス・ウォーの勝利を祝うパーティーを開きたいと思います。今もデスバレスを封じておられる、聖王女様と共に」
 会場となるのは、冥府デスバレスだ。
 ケルベロスは地上の双魚宮から磨羯宮へと移動した後、聖王女の下を慰問。ケルベロスや地球のことをより深く知って貰えるよう、互いの親睦を深めることが狙いだという。
「パーティーのスケジュールは、大きく3つに分かれます。最初に聖王女様への慰問、次に地球の紹介。そして最後に、今後の未来を話し合う会談……これらのうち、皆さんには会談を担当して欲しいのです」
 会談では、主にデウスエクスへの対応について話し合いが行われる。
 ダモクレス、ビルシャナ、その他残党勢力。更には、宇宙の何処かで繁栄を続ける未知のデウスエクス種族。グラビティ・チェインの枯渇が解消された今、ケルベロスが彼らにどう臨むかは、まさしく喫緊の課題と言える。
 地球を、宇宙の未来を、ケルベロスはどのような道へと導くのか。
 掲げた標に、実現の可能性はあるのか。
 それらの内容を聖王女と話し合い、検証すること――それが依頼の目的だ。
 実現の可能性がある意見が出れば、それだけ未来の選択肢も増えるだろう。今後最終的な結論を下すためにも、ぜひ忌憚なき意見を交わしてきて欲しい……そう言ってムッカは話を締めくくった。
「デスバレスを無力化した事で、状況は大きく変わろうとしています。ケルベロスの皆さんが何を望み、どのような未来を望むのか……聖王女様と共に考える事が出来れば、未来の選択肢を示せるものと信じています」


■リプレイ

●一
 慰問と地球の紹介が終わり、いよいよパーティーは終盤に入ろうとしていた。
 磨羯宮ブレイザブリク、その一角に設けられた大広間。
 会談の大円卓が設けられた会場には、これまでの賑やかな催しとは打って変わり、静謐で張り詰めた空気が満ちている。会場に集まった49名のケルベロスもまた、その多くが緊張の色を浮かべていた。
「さて。時間だね」
 全員を代表し、ティユ・キューブが恭しく一礼した。
 対峙する聖王女もまた、それに一礼で応じる。
「ケルベロスの皆さん、そして地球に生きる全ての者達に敬意を」
「よろしく。さて、まずは軽い質問なのだけど――」
 諸々の資料が全員に行き渡った事を確認すると、ティユは改めて聖王女へ語り掛ける。
「あなたの呼び方、『聖王女』で良いかな?」
「どうぞ自由に呼んで下さい。私は既に、魔竜王との戦いで肉体も滅んだ身。微力ですが、皆さんに助力できればと思います」
(「あれが、十二創神の一柱『聖王女』ですか……なるほど、アポロンなどよりは明らかに格が上ですね」)
 聖王女の威厳に満ちた声に背筋を正すと、葛城・かごめは手元の資料に目を落とした。
 そこに書かれているのは、かごめ達が行う質問を大まかにまとめたものだ。
 デスバレスの状況や、その源である『歪み』。
 残存する敵種族や、未知のデウスエクスへの対応。
 これまでの戦いで未だ判明していない、世界の様々な謎。
 更にはピラーやゲートの扱い、など、など……今後の地球が進む道程を決めるためには、疎かに出来ないものばかりだった。
「まさに山積みね。大変だわ」
「ええ。でも、千里の道も一歩からです」
 ローレライ・ウィッシュスターとミリム・ウィアテストは、互いに頷きを交わし合う。
 この星と、そして宇宙の行く末を示す導は、この会談で決まる事だろう。つまりこれから始まるのは刃を交わさぬ戦いだ。
「よろしくお願いします、聖王女エロヒム」
「此方こそ。貴方達ケルベロスの意志、調停者として見届けさせてもらいます」
 未来への会談が、いま静かに幕を開ける。

●二
「宜しくだねエロヒム。まずは、あなたの事について聞きたいな」
「私もです。未来のお話、混ぜて貰って良いでしょうか!」
 そう言って手を挙げたのは、影渡・リナと華輪・灯だった。
「ええと……デスバレスを封じることに、負担はかからない?」
 最初に問いを投げたのはリナの方だ。デスバレス・ウォーの傷は癒えているのかと気遣う彼女の言葉に、聖王女は微笑を浮かべて頷いた。
「ありがとう。今のところは問題ありません」
「良かった……わたし達に手伝える事はある? サポート用の組織を常駐させたりとか」
 リナの申し出に、聖王女はゆっくりとかぶりを振った。
「その気持ちだけで十分ですよ。私は、気が向いたときに来てくれた方が嬉しいです」
 魔竜王との戦いで滅びた聖王女は、デスバレスから出る事は叶わない。
 だが、ケルベロスが磨羯宮に来る事はいつでも出来る。任務で常駐するのではなく、気楽に遊びに来て欲しいと告げる彼女に、灯はそっと問いかけた。
「あの……聖王女様は、それで寂しくないのですか?」
「皆さんが時折訪ねてくれれば、寂しくはありません。50年以上、私は一人でしたから」
 微笑みと共に語られる言葉に、灯の胸は微かに痛んだ。
 聖王女もまた、そんな灯の心を察してか、話題をデスバレスの事へと切り替える。
「私はこれからもデスバレスで剣化波動を発し続けるでしょう。冥府を生み出した、宇宙の『歪み』、すなわち不死たるデウスエクスが消えない限り……皆さんはそれにどう対応するのか、聞かせて貰いましょう」
 聖王女の向ける問いに、神崎・晟と軋峰・双吉が即答した。
「不死なるデウスエクスは絶やす。ただし無益な血は流さずに。それが答えだ」
「そういうこった。戦うしかねぇなら躊躇しねぇ、だが進んで滅ぼす真似はしねぇ。当然、デスバレスを放置する気もねぇぜ」
 冥府の海を生み出した『歪み』の源を絶ち、宇宙に存在するデウスエクスと出来うる限り平和な関係を築くこと。それがここに集った者達の意志だと伝える二人に、聖王女はさらに問いを続ける。
「楽な道ではありませんよ。それは分かっていますね?」
「うむ。承知の上じゃ」
 端境・括が、大きな頷きで返す。
「大きな計画に青写真は欠かせぬ。じゃが、わしらには知らぬ事があまりに多い」
 全てのデウスエクス種族と共存する――その、途方もなく大きな理想の実現に必要となる情報が、今のケルベロスにはあまりに少ない。何が必要なのか、出来る事は何か……それを探る為にも、正確な情報は不可欠なのだ。
「じゃから聖王女よ。どうか貴方の知恵を借りたいのじゃ」
「拒む理由はありません。私の知る限りを、貴方達に伝えましょう」
「イエース! レッツ・ロックなのデース!」
 聖王女の言葉に、シィカ・セィカはご機嫌で愛用のギターを爪弾く。ジェミ・フロートはそんなシィカと視線を交わし合うと、さっそく問いを発した。
「わたしとシィカさんが知りたいのは、十二創神の情報です」
「ボク達が知ってるのは、全部で十柱デス。聖王女様と魔竜王、狂戦士、世界樹、超神機、太陽神、螺旋帝、魔石獣、獣使い、混沌塊……残る二柱について知りたいデース!」
「現在、ダモクレス勢力が地球に迫っています。彼らが襲来した時は、聖王女様も超神機を説得していただけないでしょうか?」
 代わる代わる飛んで来る質問にも、聖王女はまるで動じる様子はない。
 彼女は二人の質問を一言一句漏らさずに聞き終えると、まずはジェミへ口を開いた。
「私が超神機を説得する事は出来ません。それは、貴方達で解決すべき事です」
「そう、ですか……」
 がっくりと肩を落とすジェミを見て、しかし聖王女は微笑みと共に続けた。
「超神機アダム・カドモンの率いるダモクレス勢力は、高度な科学を有するデウスエクス。もしも助力を得られれば、未来への選択肢は大きく広がる事でしょう」
「それは、俺達がダモクレスと和解できるかもしれないという事か?」
 驚いた様子で席から身を乗り出したのは、黒鉄・鋼だった。
 恐らく彼も、ダモクレスとの戦いを避けたいと思っていたのだろう。鋼はすぐ我に返り、小声で詫びつつ聖王女に先を促した。
「……済まない、少々興奮が過ぎた。先程仰った事は本当だろうか?」
「ええ。グラビティ・チェインの枯渇問題が解決した今、貴方達ケルベロスは宇宙すべてのデウスエクスと協力関係を結べる可能性があります。それを私が決めてしまうのは、調停者としてのルールに反します」
 ダモクレス、ビルシャナ、そして未知のデウスエクス達。その全てが協力し合う未来を、もしかしたら掴めるかもしれない――聖王女から示された事実に、ジェミと鋼は己の身体が震えるのを確かに感じた。
「そっか……これは絶対、失敗できないね」
「ああ。その為には、少しでも多くの情報が必要だな」
 次に、聖王女はシィカへ顔を向けると、二番目の問いへの答えを語り始めた。
「十二創神の情報が知りたいのでしたね。特に、貴方達が知らない二柱の事を」
「イエース! とっても気になるのデース!」
「どこから話したものか、少々悩みますが――」
 そう前置きして聖王女は口を開く。
「では、まずひとつ。残る二柱の片方は、もうこの世にいません」
「いない? それって、死んだという事デス?」
 首を傾げるシィカに、聖王女は頷きで応じた。
「名を『大勇者』。シィカさん達ドラゴニアンの十二創神です」
 ドラゴニアンは「勇者の種族」として名をはせた強大なるデウスエクスであり、調停期の数百年前に定命化した種族だ。日常では別段意識する事もなかった事実を改めて噛み締めるシィカへ、聖王女は「残念ですが」と続けた。
「大勇者の思念はデスバレスにも残っていないようです。助力を得る事は困難でしょう」
「そうだったのデスね……ありがとうデス」
 沈んだ声で俯くシィカ。そこへすかさず、玉榮・陣内が口を開いた。
「横から失礼。大勇者と貴女の事で質問があります」
「私の事……? 何でしょうか」
「十二創神はデウスエクスだった筈。貴女達は何故死んだのですか?」
 不死不滅の存在たるデウスエクスを殺せるのはケルベロス以外に存在しない。
 そしてケルベロスが、聖王女や大勇者を殺したという話を陣内は聞いた事がない。
「そもそも貴女は、俺達ケルベロスの誕生前に死んでいる。その原因を知りたいのです」
「簡単ですよ。私も大勇者も、定命化によって死んだのです」
「定命化ですって……? それは本当なのですか?」
 言葉を失う陣内に、聖王女は静かに頷いた。
「私は魔竜王との戦いで全ての力を使い果たし、暗夜の宝石から得た耐性さえも失った後、定命化し、結果として此処にいます。大勇者はそれよりも昔、同じように定命化を受け入れて地球の土に還りました」
「そんな事情が……そうとは知らず失礼しました」
「良いのです。気になさらないで下さい」
 聖王女の笑顔に、ケルベロス達は思わず言葉に詰まった。
 目の前にいる十二創神は、文字通り我が身を賭して地球を守り、そして死んだのだ。
 そこへ若生・めぐみは手を挙げると、沈鬱な空気を払拭するように元気よく言った。
「聖王女様。わたしのご先祖様についても知りたいです!」
「サキュバス達ですね。王女達の顔ぶれは、昨日の事のように覚えていますよ」
 そうして聖王女が告げたのは、調停の時に立ち会った時の記憶だった。
 代表者である王族『12姉妹』が、いずれも個性的で魅力的な人柄であった事。
 調停後、サキュバスは全員が地球へ移住し、寿命と共に代替わりしたであろう事……。
 聖王女の口から語られる情報を残らず頭へと叩き込みながら、めぐみは更に問うた。
「えっと、サキュバスの本星はまだ残ってるんですか? もし生き残りがいるなら、協力を仰いでみたいんです!」
「本星が破壊されたという話は聞きません。ただ、もうデウスエクスとしてのサキュバスは残っていないでしょう。種族全員が地球へ移住する際に、彼らは自分達の手でゲートを破壊したと聞いていますから」
「はーい、ありがとうございまーす! あれ、そうしたら残る十二創神って……?」
「ボクも気になりマース! ていうかそのヒトは、まだ生きてマス?」
 目を輝かせるシィカに、聖王女は頷きをひとつ、
「ええ。かつて皆さんは彼と戦い、撃退している筈です」
「えっ? そ、それって誰の事デス?」
 想定外の答えに首を捻りつつ、過去の記憶を辿るシィカ。
 そんな彼女に、聖王女は言葉を続けた。
「『衆合無ヴィローシャナ』――ビルシャナ唯一の『如来』です」
「ヴィローシャナ?」
 ビルシャナが集う寺院型ダンジョン『ヴィローシャナ・ビハーラ』に訪れたことのあるケルベロスは、その光景を思い出していた。さらに一部の者は、眩い光の中に現れた、謎の『残滓』の存在のことも……。
「まさか、あれが?」
 軽い眩暈を覚えつつ、幸・鳳琴とローレライは揃って手を挙げた。
「質問です。十二創神……衆合無ヴィローシャナの狙いは何なのですか?」
「分かる範囲でいいから教えて。正直、彼らの最終目的が全く理解できないの」
 ビルシャナは死神勢力と並び、謎の多い敵勢力だ。理解出来ない動機で地球を襲い、理解できない教義で信者を増やし続ける、鳥人間型のデウスエクス達。その最終的な目的も当然ながら不明のまま。そんな質問に、聖王女は一言で応えた。
「彼らの目的はデスバレス問題の解決です」
「解決……具体的にはどうやって?」
 そう鳳琴が問えば、
「かみ砕いて言うなら、『全ての命が融合すれば生も死もなく万事解決』というものです」
「ビルシャナ大菩薩の事件の時も、そんなことを語っているのがいたような……?」
『一切合切衆合無、一切合切衆合無、導く菩薩は如来に至る』。
 ビルシャナ達によって唱えられる聖句は、大菩薩とヴィローシャナが最終的に一つとなることを意味していたのかもしれない。
 聖王女の口から語られるのは、ビルシャナの創造神らしいといえばらしい、あまりに斜め上すぎる回答だった。一人二人と頭を抱えるケルベロス達。そんな彼らに聖王女は、更なる情報をもたらす。
「デスバレスの問題を解決する事が出来た今、ヴィローシャナが命を融合させる理由はありません。超神機と同様、彼とも話し合いで妥協点を見つけられる可能性はあります」
「つまり彼らの活動も、ワタシ達次第で防げル可能性はあルと?」
 君乃・眸の問いに、聖王女は「その通りです」と頷いた。
 その回答に、眸は暫し黙考した後、
「確かに現状、奴等が勢力を伸ばす理由はなイからな……了解ダ、貴重な情報に感謝ヲ」
 情報を記録しておこうとアイズフォンを起動すると、もうすぐ会談の前半が終了する時間になろうとしていた。聖王女も時間の事については把握しているのか、会場のケルベロスを見回して静かに告げる。
「そろそろ休憩ですね。質問があれば、どうぞ遠慮なく」
 それを聞いたかごめが、そっと手を挙げた。
「デウスエクスの不死性を、ケルベロスへ付与することは可能でしょうか」
「全てのケルベロスがそれを願うなら、可能性はあります。ただしその場合、デスバレスを超える歪みが生じる事は否定できません」
 いずれにしても、私の力でそれを叶える事はできない――そう答える聖王女に、かごめはさらに質問を投げる。
「では、『歳を取らない』程度のレベルであれば?」
「不死の実現よりは、可能性が高いでしょう。ただ、寿命で死んだケルベロスがいないのであれば、既に実現している可能性もありますね」
「僕からもいいかな」
 少し不躾な質問なのだけど、と前置きしてティユが言う。
「デウスエクスのコギトエルゴスム化システムに、十二創神は関わっているのかな?」
「いいえ。私は一切関与していませんし、他の神々も同様の筈です」
 そうして次に手を挙げたのは、フィスト・フィズムとエリオット・アガートラム。
 最初に質問を発したのはフィストだった。
「オラトリオにのみ見られる『翼圧症』という病気に、心当たりはないだろうか?」
「いいえ、知りません。アンジェローゼからも聞き及んでいません」
「そうか……十分だ、ありがとう」
「病は、病魔を根絶すれば治癒します。その翼圧症もまた、例外ではないでしょう」
 続いてエリオットが向けたのは、デウスエクス化した人々を救う方法についてだ。
「聖王女様。デウスエクス化してしまった地球の人達を、貴女の巻き戻しによって救う事は出来ないでしょうか?」
「残念ですが、それは困難です」
 エリオットの問いに、聖王女は悲しみを帯びた声で告げた。
「『暗夜の宝石』が完全な状態で残っていたなら、試み自体は可能だったでしょう。ですがそれを行えば、皆さんの努力は全て失われ、別の歴史が紡がれる事となります。お気持ちは察しますが、応じられない相談です」
「そう、ですか……」
「ですが私以外の存在ならば、可能性はあります。例えば超神機アダム・カドモンならば、ダモクレスとなった人々は元に戻せるかもしれません」
「分かりました。有難うございます」
 聖王女の言葉を希望として胸に抱きながら、深く一礼するエリオット。
 続いてアンジェリカ・ディマンシュも、颯爽とした態度で質問を投げる。
「『剣(ブレイド)』とは何ですの? かつてアダム・カドモンも言っていましたわ」
「『その存在を定義づける、最も重要な本質のようなもの』――一言で説明するのは難しいですが、強いて言うのならそうなります」
「観念的、ですわね……感謝いたしますわ」
 最後に手を挙げたのは、尾方・広喜だ。
「アダム・カドモンの『剣(ブレイド)』について、何か知らねえか? ダモクレス達とも協力出来ればいいけどよ、最悪の事態も想定しておきてえ」
「彼の装備する武器がそうです。残念ながら、具体的な性能までは知りません」
「十分だぜっ、ありがとなっ!」
 それと同時、会場に設けられた時計が、会談の前半が終了した事を告げるのだった。

●三
「まずはダモクレスとの関係が、今後の鍵だろうな」
「うむ。彼らの技術力があれば、色々な問題に解決の道が見えそうじゃ」
 マーク・ナインの言葉に、括は頷いた。
 先程から彼女の手は、情報を書き留めるのに忙しない。後半が開始される前に、きっちりと前半の話を書き留めておくつもりなのだ。
「彼らの船を貸りられれば宇宙の移動も楽ちんなのじゃ。ゲートやコギトエルゴスムの研究なども協力し合えれば良いが……ま、過度の皮算用は禁物かの」
「ああ。いくらグラビティ・チェインの枯渇問題に解決の目途が立っても、彼らのゲートは今もそのままだ。グラビティ・チェインを獲得できない状況は変わっていない」
 ペンを走らせつつ呟く括に、鋼は重々しい声で同意を示す。
「ダモクレス達と交渉を行うならば、グラビティ・チェインの供給は避けて通れない問題になりそうだな。デスバレス・ウォーの終結後も、惑星プラブータのゲートに変化があったという情報はないし……」
「それについては俺達に案がある。後で聖王女に聞いてみよう」
 そう言ってマークが準備を進める一方、近くの座席に座るペテス・アイティオは、愛用の闇ウーロンを啜って呟いた。
「そういえば、もうじき4年になるのですね。ローカストの方々が定命化してから」
「そんなに経つか。早いものだな」
 陣内はそっと目を伏せて、かつて戦ったデウスエクス種族に思いを馳せた。
 母星レギオンレイドのために地球を侵略し、昆虫人間型の戦士達。グラビティ・チェインの欠乏によって衰え、戦いと共に滅びていった彼らの末路は、今も多くのケルベロスの脳裏に刻まれている。
「……もう見たくないな。あんな光景は」
「ああ、全くだ」
 陣内らと共に茶をすすりながら、櫟・千梨は頷いた。
 ローカストだけではない。ゲートを失ったドリームイーターやエインヘリアルの本星も、今頃はグラビティ・チェインの供給を断たれ、似たような状況に陥っているだろう。定命化が生じずコギトエルゴスムが砕けないのは、せめてもの救いだろうか。
「そろそろ時間なのですね。行きましょうです!」
「うむ。もうひと頑張り、といったところか」
 かくして、会談の後半が幕を開ける。

●四
「現状で、ザルバルク剣化波動の力は、どの程度保ちそうでしょうか?」
「俺も聞きてぇな。正直なところ、冥府の海はどんな状況なんだ?」
 会談は、神白・鈴と双吉の質問から始まった。
 今後、他のデウスエクスへ対応するにあたり、不安要素は極力減らしておきたい……そう告げる二人へ、新たな歪みが生じない限り波動が尽きる事はないと聖王女は返す。
「問題が起きなければ、いずれデスバレスは消滅するでしょう。もはやこの場所は、死神が生存できる環境ではありませんから」
「そいつは、冥府の三神もかい?」
「ええ。今の状況が続く限り、デスバレスが戦場となる事はありません。仮に三神が地球に逃れていたとしても、容易く滅ぼせる事でしょう」
 デスバレス・ウォーはケルベロスの勝利で幕を下ろしたが、一部の残存勢力は地球に逃走した事が確認されている。だが彼らは、最早脅威にはなり得ないという事だ。それを聞いた村崎・優は、自らの願いをそっと聖王女に向ける。
「もしも降伏を望む死神がいたら、僕は応じたいと考えている。構わないかな?」
「まず大前提として、波動を止めることは出来ません」
 波動を止めれば、ザルバルクは再び冥府の海を満たす事になる。それは、これまでのケルベロスの戦いを無意味にする行為だと告げた上で、地球に逃げた死神についてはケルベロスに処遇を任せると聖王女は続けた。
「歪みの源を絶ち、デスバレスを消滅させる。この2点への対応については、私も皆さんも相違はないものと信じています」
「異論ありません……だから、教えて下さい……」
 聖王女の言葉を継ぐように、死道・刃蓙理が問いを投げる。
「歪みの根絶……デスバレスを消す……その、具体的な方法は……?」
「不死なる存在が根絶されること。これだけです」
「つまり……デウスエクスを滅ぼすか……定命化させるしかない……?」
「そうです」
「宇宙に存在する……全てのデウスエクスを……?」
「その通りです。不死の存在がいる限り、デスバレスが完全消滅することはありません」
 断言する聖王女に、会場は水をうったように静かになった。
「滅亡か、定命化か――なかなか大変な二択だね」
「そうですね。喫緊の課題はダモクレスとビルシャナへの対応ですが……」
 シル・ウィンディアの言葉に、鳳琴が頷いた。
 見れば他の見知った面々も、その多くが口を結び、聖王女からの回答に考え事を巡らせているようだ。宇宙平和――ケルベロスが目指す目標の困難さを、シルと鳳琴は改めて感じずにはいられない。
 定命化した上での生存には、現状では地球を愛する以外の手段は無いが、それが困難であることは、戦いの中でケルベロス達も痛感していた。
『愛しろ』といって愛することが出来るようであれば苦労はしない。

「聖王女様。グラビティ・チェインを消費しても、『不死でさえなければ良い』のですか?」
 不死と定命の関係について考えていたヨハン・バルトルトが、そう問いかけた。
 先程、かごめの問いに対し、聖王女はケルベロスが不老になっても、特に問題が無いような口ぶりで答えている。
「私は、叶うならデウスエクス達も今の在り方のままで在ってほしいと願っています。老化と寿命に抵抗感を示すデウスエクスは間違いなくいるでしょう。ですが、もしも老化が進行しない状態を維持できるなら、話し合いが成立する可能性も上がると思うのです」
「問題ありません。不死……つまり『コギトエルゴスム化』さえしなくなれば、不老であっても影響を及ぼさないはずです」
 例えば、何万年と生きる植物等がいたとしても、それだけでデスバレスのような歪みを産むことは無い。『殺せる』なら不死ではないからだ。
「おお……貴重な情報をありがとうございます!」
 聖王女からの回答に、ヨハンは頬を綻ばせた。
 コギトエルゴスム化さえしなければ良いのならば、寿命の問題は回避できる。デウスエクスは子孫を残すことも出来る。種族としての存続も問題ないだろう。
「これは貴重な情報ですね。有難い限りです……!」
「ああ。交渉での妥協点を探る時にも役立ちそうだ」
 とはいえ、コギトエルゴスム化『だけ』を取り除くための手段は、新たに見出す必要はあるだろうが。
 うむうむと頷く鋼。いっぽう隣席に座る千梨が憂慮するのは、すでにゲートを失った種族の事についてだった。
「聖王女殿。ドリームイーターやエインヘリアルとは、和解できるだろうか」
「現状では難しいと言わざるを得ません。彼らの母星へ辿り着く手段がないからです」
 千梨の問いに、聖王女はかぶりを振る。
「彼らの母星へ向かう方法は二つあります。ひとつは破壊したゲートを修復する事。そしてもう一つは、宇宙船などの手段を用いて渡航する事です。ですが彼らの星は地球よりも遥か遠くの場所。ケルベロスブレイドで向かう事は困難でしょう」
「そっかあ……動力に使ってる季節の魔力も、無限じゃないしね」
 エマ・ブランは肩を竦め、ジェミにそっと尋ねる。
「観測可能な宇宙の果てまで、光の速さで460億年以上かかるんだっけ? 万能戦艦の速度は時速5万kmで、光よりも遅いから……」
「地球の寿命が尽きるのが先ね」
「ひえ~……せめてワープ機能でもあれば良かったんだけど。ゲートの修復も今から研究を始めて、どれだけ時間がかかるかな……」
「星に辿り着いたとして、他の問題も残ってるよね。壊されたゲートを修復して、それをさらにピラーへと戻すか。あるいは他星のピラーに移動してもらうか。どっちにしても、今の僕達だけじゃ無理っぽいね」
 話を聞いたシルディ・ガードが、聖王女に問いを投げる。
「ピラーさえあれば、種族を問わずグラビティ・チェインの恩恵を受けられるのかな?」
「はい。移動手段の確保という問題は残りますが」
「その事なんだが。ゲートの問題について、ひとつ提案がある」
 そこへ、マークが手を挙げた。
「プラブータを移民用の惑星に改造できないか? あの惑星には今もゲートが残っている。そこを、行き場を無くしたデウスエクスの受け入れ先にしたい」
「ゲートは元々、ドリームイーターの技術で改造したもの。変える事が出来るのなら、元に戻す事もできないかな?」
「勿論、オウガ達の承諾を得た上でです。どうでしょうか?」
 マークの話を傾聴する聖王女に、マヒナ・マオリとフローネ・グラネットが言う。
 続けてフローネが見せた計画書には、植民の計画が詳細に記載されていた。グラディウスによるグラビティ・チェインで土壌を開墾し、攻性植物を植え、祈りの力を込めた数万本のサウザンド・ピラーを設置。そして季節の魔法による枯渇解消の祈りを注入――。
 年単位の視点が綴られた計画書を熟読すること暫し、聖王女は重い口を開いた。
「まずは貴方達に敬意を。これ程の計画を練り上げるには数多くの失敗もあったでしょう。特にサウザンド・ピラーや季節の魔力を用いる試みには、大変興味深く思いました。ただ、心苦しいのですが……」
「何か……内容に問題があるのでしょうか?」
 フローネの問いに、聖王女はかぶりを振った。
「他星の力を一度に大量に注ぐ行為は、新たな歪みを発生させる可能性があります。それは避けた方が良いでしょう」
「ふむ。俺達だけの力では難しいという訳だな」
 念を押すマークに、聖王女は頷く。
「ゲートの修復、ピラーの設置に関する研究開発。そして宇宙船の開発などには、いずれもデウスエクス勢力――特にアダム・カドモンの協力は不可欠でしょう」
「確かに凄そうですからね、ダモクレスの技術力は」
 巽・清士朗が、感心したように言った。
「惑星間での交流がもし実現できたなら……ふふ、年甲斐もなく心が躍ります」
「ああ、浪漫あるよなあ。まだ見ぬ宇宙への旅立ちってよ」
「その為にも、まだ見ぬ種族には、私たちのことを、知ってもらうところから」
 神白・煉とオルティア・レオガルデが、希望を湛えた眸で頷く。
 姿も言葉も価値観も、何もかもが違うであろう未知の種族達。そんな彼らと、いきなりの相互理解は尚早というものだ。まずは彼らに地球の存在を知って貰うため、オルティアには密かに温めていた腹案があった。
「地球と、それに関わった、デウスエクス、元デウスエクス……その歴史を、想いを、宇宙に信号として投げ掛けられない、かな?」
「良い試みだと思います。その助力には、やはり私より超神機が適任でしょう」
「となると、コギトエルゴスム――不死性の解除法に関する研究なども、やはり……?」
「剣化波動を無限拡散できるような、聖王女様の力を代用できる装置の研究なども?」
 陣内と鈴の問いに、聖王女は「超神機の助けが要るだろう」と言う。
「彼やダモクレス勢力と協力出来るか否かは、宇宙の行く末を大きく左右する筈です」
「でも、彼らも宇宙の全てを知ってる訳じゃないよね? わたし達の知らないデウスエクスの居場所まで分かるのかな?」
「未知のデウスエクスの本星……それならば、衆合無の方が適任でしょう」
 首を傾げるエマに、聖王女は答えた。
「融合した生命体の情報や記憶を衆合無は残らず把握しています。その量は、ダモクレスの比ではありません。皆さんの望む未来を実現するには、彼の助けもまた必要になると思った方が良いでしょう」
「確かに、融合した種族の本星が全て分かるとなると、それが一番確実そうですね」
 カルナ・ロッシュはそう呟くと、改めて問いかける。
「では、既知の星……特にユグドラシルの調査を行えないでしょうか? 最も古くより存在する世界樹なら、グラビティ・チェインやデウスエクスの関係や起源について、何か情報が眠っているかもしれません」
「それは良い考えですね。隣接するアスガルドで、アスガルド神の遺産などを得られれば、なお良いでしょう」
「となるとゲートの修復か宇宙船、何れかは必須か……そういえば聖王女様。オラトリオの母星って健在なんですか?」
「ええ。距離と方角はわかっていますから、宇宙を渡れれば確認にも行けると思います」
 感謝を述べて、席に着くカルナ。
 ケルベロスと聖王女の会談が終了したのは、それから数分後の事だった。

●五
「では、改めて伺いましょう。貴方達ケルベロスの望む未来を」
 聖王女は静かに立ち上がると、見回した49名に改めて問いかける。
 その言葉に、鳳琴とシルもまた聖王女をまっすぐ見つめて答えた。
「私達の答えは、最初から変わりません」
「うん。宇宙の歪みを排して、かつて敵だったデウスエクス達とも手を取り合って生きる。それがケルベロスの望む未来だよ!」
「あなた達は、デウスエクス達から長きに渡って搾取され続けてきました。その上であえて険しい道を選ぶのですね? 敵であった者達と共存する選択を選ぶと」
「その通りです」
 聖王女の問いかけに、陣内は言った。
「デウスエクスを許せないと思う気持ちは、正直言ってあります。俺だけじゃない、彼らに親しい存在を奪われた者は皆そうでしょう。だからこそ、因果の鎖はここで断たねば」
 陣内の横で頷くのは、ウォーレン・ホリィウッドだ。
「ドリームイーター達も元々は宇宙の全てを救おうとしてた。でもできなかった……何かを犠牲にするやり方ではきっと実現できないんだと思う。だから僕達はお互いに助け合って、対処法を探したい。片方が一方的に救うのではなくてね」
 そこへ続くのは、アンジェリカと括である。
「『剣(ブレイド)』とは、『その存在を定義づける最重要の本質』。聖王女様はそう仰いましたわね。それならば――」
「うむ。宇宙のみんなで未来を切り開く事も、わしらケルベロスの『剣(ブレイド)』ならきっと出来る筈じゃ!」
 数多くの戦いがあった。
 喪われ、守れなかった命があった。
 流された涙と血は計り知れない。死んだ者が生き返る事もない。
 しかし、とケルベロス達は思う。
「それはデウスエクス達にとっても同じだったろう。この5年間を、ただ奪い合っただけで終わりにして良い訳はない」
「大事なものを守るために、殺し合う。そんな時代は私達で最後にしたいのです」
 千梨とフローネの言葉に、眸とエトヴァ・ヒンメルブラウエが続く。
「だから聖王女。もし貴女の力が及ぶのなラ……」
「俺達は対話を望みたイ。ダモクレスとも、ビルシャナとも、未知の種族ともデス」
 異論を挟む声は、どこからも出なかった。愛柳・ミライは聖王女をまっすぐ見つめると、仲間達の心を代弁するように語り掛ける。
「一歩ずつでいいのです。今日までのことを忘れないためにも。だって――」
 だって、この宇宙は――。
「デウスエクスと私達、みんなの宇宙なのですから!」
 そして。
 ほんの少しの沈黙の後、聖王女はゆっくり口を開いた。
「確かケルベロスブレイドには、転移用の門がありましたね」
「え? は、はい」
 思わず頷くミライに、聖王女は微笑を浮かべて告げる。
「一度だけなら可能かもしれません。私の力で、交渉の場を設ける事が」
「それって、もしかして……!」
「超神機と衆合無に伝えて下さい。宇宙の未来を、共に話し合うようにと」
 割れるような歓声が会場を満たす。
 ある者は抱きしめ合い、ある者は静かに感慨の吐息を漏らし、またある者は今後の方針を策定せんと動き出し……そんな中に混じって、朝比奈・昴は聖王女へ跪いた。過去に犯した過ちへの、小さな懺悔の言葉と共に。
「最後に質問をお許し下さい。聖王女様は私達に、何を望まれますか?」
「共に支え合い、生きる事。これだけです」
「分かりました。貴女の御意志、絶対に忘れません」
 深く、深く頭を垂れる昴。
 そんな彼女の後方、灯は喜びと共に一抹の不安を感じていた。
 ケルベロスと地球の人々、そしてデウスエクス達。彼らが手を取り合って生きられる結末が迎えられれば、こんなに素敵な事はないと思う。
 けれど――。
(「聖王女様。その日が来た時、そこに貴女はいるんでしょうか……」)
 そんな灯へ聖王女は静かに微笑みを送ると、ケルベロス達へ宣言する。
「私の助力はここまでです。後は皆さんの手で、未来を切り開きなさい」
 誰に言われるともなく、ケルベロス達は頷いた。
 迷う事はない。未来への歯車は、いま確かに回り始めたのだから。
「さあ、善は急げですね」
 フローネは言い終えるや、会談の結果を記した文書をオルティア――この場にいる只一人のセントールへと託す。
「地上の皆さんへ伝令をお願いします。『望んだ未来はもうすぐだ』と」
「任せて。必ず、伝える……!」
 蹄の音も高らかに駆け出すオルティアを見送って、ケルベロス達は祈りを捧げた。
 聖王女から託された希望、胸に秘めた『剣(ブレイド)』。
 それらの切り開く世界が、輝く未来であるようにと願いながら――。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月10日
難度:易しい
参加:49人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 23/キャラが大事にされていた 2
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