●それがし的超パビリオンツアー
定命化を迎え、地球の一員となってからはや大体三ヶ月。
ガルディオン・ドライデン(グランドロンの光輪拳士・en0314)は、広大なケルベロス超会議の会場を物珍しそうに歩き回っていた。
「地球の文化は新鮮なものばかりでござるが、いやこの祭りの熱気は物凄いでござるなぁ。それにケルベロスの皆様が運営する催しの多彩さと言ったら!」
眠ることなく動き続けられるグランドロンの特徴をちょっとお得に思いつつあちこち大いに見物して回った二日間を思い返して、誰にともなくガルディオンは頷く。
「……と、感激してばかりいる訳にも参らぬな」
何せ此度のお役目は、この超パビリオンの審査員。投票結果を確認し、あちらとあちらとあちらか、とその企画が行われている方角を指差し確認した後、ガルディオンはそれでもやっぱりどこかうきうきとした足取りで歩き出すのだった。
●第3位:VR!レディ・プレイヤーケルベロス!(
超魔王城ゾディアパレス)
『あなたも映画の主役になってみませんか?』
……そんなキャッチコピーが多くの観客を導き入れるそこは、いかにも『悪の城』という外観の建物だった。けれど扉を潜って順路に従い進めば、やがて到着するのは立派な映画館のスクリーン。
「VR……成程、仮想現実の世界で、あたかも実際にその場にいるかのように様々な体験ができる、と」
パンフレットを読みつつ上映開始を待っていたガルディオンのセンサーに、やがて低いブザーの音が届く。上映中の演目の撮影・録音禁止を告げる短い映像に周囲の観客が肩を揺らしたり『そんなもんまで再現するの?』と呟いていたりするあたり、多分これもなにがしかのパロディなのだろうな……と想像していたガルディオンだが、やがて画面内に現れた魔王、もとい天蓼・ゾディア(超魔王・e02369)の姿に姿勢を正す。
この企画ではあらゆる映画の登場人物を追体験できると謳い、威勢よくVRシステムのスイッチを入れようとするゾディアだが、やがて周囲の様子がおかしくなっていく。鳴り響く警告音、噴き出す煙、明滅する赤い光。アトラクションの導入にしてはあまりに必死の形相で叫ぶゾディアの声が、ガルディオンが座席で最後に聞いた音だった。
「い、いかん! 今すぐ強制中止を――――」
……それからどれくらい経ったのか、気付くとガルディオンは降りしきる雨の中に立っていた。周囲の景色に見覚えがないということは、ここはVRの世界なのだろうか? 猟奇殺人ピエロに成り代わって現れたゾディアの「ひたすら進んで全てのVRエリアを抜ければ脱出できる」というアドバイスを信じて、とりあえずガルディオンはエリア同士を繋いでいるらしいゲートに飛び込んでいく。
「超魔王殿の説明を聞く限り、どのエリアも地球の人気映画を模したものなのでござるよな」
是非元になった作品も鑑賞してみたいものだ。そう言えば確か、皆がお勧め映画を語る場所も併設されていた筈。無事に脱出できたら、そちらも訪れてみなければ――なんてことを頭の片隅で考えつつ、ガルディオンは少女と共に巨大魚を釣り上げ、『海』を探して街を歩き回り、怪物の襲撃から逃げ切り、そして。
「――ケルベロス・アッセンブル!」
ゾンビに骸骨、宇宙の兵士に殺人鬼、機械生命にいじめっ子、悪の神官、魔法使い。ありとあらゆる『敵役』の軍勢を前に叫ばれたその言葉が、決戦の幕を切って落とした。これまでにVR空間で出会ってきた登場人物たちが鬨の声を上げ、それぞれに駆けていく。ガルディオンもまた敵軍の中央で不敵に笑うゾディアそっくりの『偽王』を相手に電光を走らせ、拳を振るい、そして――。
「……ひとつお聞きしたいのだが、ゾディア殿」
すっかり明るくなり、他のお客もいなくなったシアタールームの座席に身体をやや縮めた体勢で収まったまま、ガルディオンはやって来たゾディアに問いかける。
「うむ、何かな?」
「冒頭のアレは、本当に演出でござったのか?」
終演後のアナウンスはあれを『臨場感を盛り上げるための演出』と言っていた。だが、それにしては不可解な点が多すぎる。首を捻るガルディオンに、ゾディアは魔王然とした笑みを浮かべてこうとだけ答えた。
「……さて、な。貴様はどちらだと思う?」
●第2位:*緋兎*積み木ゲーム(
*緋兎*)
「……まあ、どちらにせよ貴重な経験でござった」
無事にゾディアに3位入賞の報を伝えたガルディオンは、シアターを出たその足で次の旅団を訪れていた。
「頼もう。【*緋兎*】のゲーム会場は此方でよろしいか?」
「その通りですわ。ようこそ、私達の旅団企画へと」
真っ赤なドレスに身を包んだカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が現れ、優雅にドレスをつまんで一礼する。彼女に案内されて会場内へと進めば、折しも数人のケルベロスがひとつのテーブルを囲んで積み木を積んでいるところだった。既にかなりの数が積み上げられており、積み木の塔は心なしかアンバランスな状態で震えているようにも見える。
「積み木ゲームと伺っていたのでござるが、これは皆で遊ぶものなのでござるな」
「ええ、こちらは皆で協力して楽しむゲームですの。よろしければ、あなたも参加なさいませんか?」
「む、では失礼して」
早速卓につき、ガルディオンは用意された大量の積み木の中からひとつをつまみ上げる。そのまま慎重に慎重に、ぷるぷる震え出しそうな指で塔のてっぺんにブロックをもうひとつ重ね――ほっ、と彼は肩の力を抜く。その様子に、カトレアがくすりと笑う声が聞こえた。
「そこまで緊張なさらなくても大丈夫ですのに」
「いやいや、それがしの体格はこうでござるからな。それに、先に挑戦なされた皆様の努力を水泡に帰すわけにはいかんでござるよ」
こちらも笑ってそう返し、鋼の掌を(積み木タワーに当てないよう慎重に)ひらひら振るガルディオン。そのままなんとなく雑談のような流れになってきたので、彼はせっかくだからとカトレアに問うてみた。
「ちなみに今までどのくらい積み上がってきたのかなどお聞きしても?」
「確か、夜のうちに百段を超えたことがありましたわよ。今回はその記録を抜けるかしら?」
「そうしたチャレンジ要素も、この企画の醍醐味なのでござろうなあ」
うんうんと頷きつつ、ガルディオンはふと佇まいを正す。どうしたのかと見上げてくるカトレアに、やや身を屈めてガルディオンは告げた。
「シンプルなれど奥深い……そんなところが皆様に好評を博したのでござろうな。【*緋兎*】の旅団企画2位入賞、おめでとうでござるよ」
●審査員特別賞:あなたの愛用武具を教えてくださいっ!(
幻想武装博物館)
「専用の武装というのは、やはり心をくすぐるものでござるなぁ」
そんなガルディオンの呟きに目を輝かせて頷いたのは、【幻想武装博物館】の団長、シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)。あらゆる武具を愛し、この超会議でもその展示企画を行っている彼女は、ぐっと両手を握り締めて勢いよく唇を開いた。
「そうなんだよね! ひと口に武器防具って言っても種類は色々あるし、特にケルベロスの人達なんて、自分専用にカスタマイズした世界に一つだけの装備で戦ってる人も多いでしょ? だから、ここでは皆からこだわりの装備の話を存分に聞けるようにしたかったんだ。そうそう、うちでは普段から一般的な武器や防具の展示と解説をやってるんだけどね……」
「う、うむ」
「……はっ、ごめんなさいっ! つい楽しくなっちゃって、口が回り過ぎたと言いますか……」
気圧され気味に頷くガルディオンの挙動にはっと口を押さえて耳をしゅんとさせるシル。彼女に『気にしていない』と掌を向け、ガルディオンは博物館のブースを訪れたケルベロス達の披露している形状も機能も様々な武装をじっくりと見て回ることにした。
「ほう、この刀は代々伝わる由緒あるもので……? 成程、そんな所縁が。……なんとっ、そんな癖のある銃を使いこなしておいでとは……そちらの武装は、大切な人からの贈り物? はあ……はあはあ、それはお幸せにでござるよ。……これをこうして、こう。ははあ、更に今後はこの部分をカスタマイズするご予定? 何とも夢が広がるでござるな!」
目に入る武装がどれも興味を引く物に見え、片っ端からその持ち主に話を聞いて回るうち、時間はあっという間に過ぎていく。ふと壁の時計が目に入ったことでようやくその事に気付き、ガルディオンはシルを振り返る。聞こえてくる武装トークがよほど楽しかったのか、満面の笑みでこちらを見ていた彼女に照れたように頭を掻いて、ガルディオンは頭を下げた。
「あいすまない、皆様の話につい夢中になってしまったでござるよ。シル殿にはこれをお伝えせねばならないと、忘れるところでござった」
それを忘れて帰るなどとんでもない。思い出せたことに胸中でこっそり安堵しつつ、そうして彼はシルの方へを手を伸べる。
「此度の審査員特別賞は、【幻想武装博物館】のものでござるよ。素晴らしく見分を深めさせていただいたことに、感謝申し上げる」
●第1位:“夢遊迷宮”アリスラビリンス(
MMCITY)
「クイズに謎解きに爆弾解除……? そんなこともやっていたのでござるか、ここは」
【MMCITY】の築き上げた広大なテーマパークに響くアナウンスを聞き、ガルディオンは改めて超会議企画の多様さに驚嘆する。好きなだけ遊ぶといいとのお言葉に甘えるつもりでゲートを潜れば、やがて巨大なメルヘン迷宮での冒険が訪問者を迎え入れた。
「なんと……タイムリミットまでに彼女を目覚めさせねば、我らは一生ここから出られぬ!?」
アトラクションとは言え、なかなかに緊迫感のある設定だ。必ず冒険を切り抜け、脱出してやろうと意気込むガルディオンの前に現れたのは、時計を持った白ウサギ。白ウサギから受け取った封筒を開き、出てきたカードをしばし睨むように見つめて、ガルディオンはふむと頷いた。
「……成程、脱出の為にはまずこの謎を解くことが必要と。受けて立つでござるよ!」
ひとまず走り出した白ウサギを追いかけて汽車に乗り込み、お花畑のメリーゴーラウンドでなぜかゴリラに乗ることになり、お城ではパワフルな女王に伝説のチョップを授かり――そうして数刻後、なんやかんやで集めた『課題』達のカードを前に、ガルディオンは頭を抱えていた。
「む、むむむ……!」
四つまでは分かった。たぶん、これで合っているような気がする。だが、考えども考えども残りの問題が解けないのだ。恐るべし、ケルベロス。
最早これまでと諦め、この地で鋼鉄像になって生きていくしかないか……そんな考えがガルディオンの脳裏をよぎったその時だった。
「YOYO! お前らクイズ解けねぇ難民共!」
突然、花畑の向こうから謎のラッパーが現れた。片手にマイク、もう片方の手でラジカセを担いだ彼女、もとい一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)は、今にも頭から煙を噴きそうになっているガルディオンをちらと見て、更にリリック(?)を紡いでいく。
「そんなんでも大丈夫なヒント! お前らに提示! 見て行けやピーポォ!」
「あっいや二葉殿、少し宜しいでござるか!」
「少々なれども時間は希少! だけどもここは敢えて拝聴!」
とりあえず話は聞いてもらえるらしい。ならばこのチャンスを逃すと次はいつ会えるか分からないとばかりにずずいと二葉に詰め寄って、ガルディオンはやや早口に切り出した。
「ならば単刀直入に! 二葉殿、おめでとうでござる! 【MMCITY】の企画が、今年の超パビリオン部門第1位を受賞したでござるよ!!」
「おお……」
勢いに一歩足を引きつつも、目を丸くして頷くラッパー。そこにもうひとつ頷きを重ね、ガルディオンは続ける。
「細かいことを抜きにして、とは初めにおっしゃっていたが、いや、これほどの企画を立案し、運営するのは並大抵ではないものとお見受けする。それがし、感服致したでござるよ。難問揃いのこの謎も、解けた瞬間の爽快感がたまらんでござるな」
難しいからこそ、楽しめる。何とも言い難い中毒性があるものだなと思いつつ、そこでガルディオンは急に声のトーンを落として。
「……それはそれとして、ヒントを頂けると…………大変有難いのでござるが……!」
「お、おう。この地図を持って行きやがれですよ……」