つまさきの護り手

作者:五月町

●羽戦きのはじまり
 金色の髪がふわりと風に靡いた。
 その姿は道化か、手品師か。華やかに煌めく街を眼下に、白黒のダイヤ柄のレオタードに身を包んだ女は遠くを見つめていた。
 明るい街の一端、夜の静寂にそこだけひっそりと沈む森。そこにひとりの職人が住むことを、女は知っている。
 背後に現れたふたつの気配に驚く様子もなく、その女、ミス・バタフライは燕尾の裾を翻した。
「あなた達に使命を与えます」
 かしずくのは、ミス・バタフライに寄せた装いの若い娘。そして、不気味な光を放つ大小の蛇を体に纏わりつかせたオリエンタルな装いの青年。
「この町に、革靴作りを生業としている人間が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「貴女のお言いつけなら、ミス・バタフライ」
「この一件が巡り巡って、この地球の支配権をどう揺るがすのか……楽しみですね」
 見合わせた三つの顔には、螺旋忍軍の面。
 次の風が吹いたときには、その姿は掻き消えていた。

●手仕事の彩を守れ
 ミス・バタフライ。
 敵の名を、グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)はそう伝えた。
「バタフライエフェクトとか言うそうだな。小さな変化が引き金になり、持って回ってより大きな変化を引き起こす、ということらしい。奴さんはこれを術として使いこなす螺旋忍軍なんだが、その狙い先の一つについて情報があった」
 促され、イジュ・オドラータ(白星花・e15644)は強く強く拳を握りしめる。
「それはね、革靴の職人さんなの! すごく可愛い靴をいちから手作りしてくれるって噂でね、もしかしたらと思って。ミス・バタフライは職人さんを狙うらしいって聞いたから」
 いい勘だ、と小さな背を叩き、グアンは後を引き継ぐ。
「お陰でこっちも手が打てるって訳だ。靴職人を保護し、奴さんが差し向ける二人の刺客を倒して欲しい」
 この一件を放置すれば、いずれどんな形でか、ケルベロス達にとって大きな障壁となり得るのだという。──それでなくとも、人ひとりの命に関わること。放ってはおけない。
「でも、事前に職人さんを避難させる訳にはいかないんだよね?」
「残念ながらそうだ。奴さんらが不在を察して狙いを他に変えてしまったら、手の出せないところで別の被害が出るだろう。だが、身代わりがいれば話は別だ」
 職人には予め話をつけてあるという。敵より先に靴作りを学び、ある程度の技術を身につければ、怪しまれずに職人やその助手を名乗ることもできるだろう。
 なにしろ敵は、この道の素人。技術の良し悪しを判別できる知識の持ち合わせはないのだ。
「でも、それって……すごく難しいよね」
「なぁに、努力を惜しまんあんた方のことだ。成せば成る」
 もう一度イジュの背を押して、ヘリオライダーはからりと笑った。
 今回教えを乞えるのは、『バブーシュ』と呼ばれる比較的易しいつくりの靴。室内履きに使う者も多いというやわらかな履き心地で、ビーズや刺繍で華やかに彩れば、簡素なつくりというのが嘘のような仕上がりになる。
「うまく奴さんらを欺けば、こっちに有利になるように誘導できるかもしれん。先手は取れるだろうし、別の作業を教える体で引き離したりな」
 現れる敵は若い男女。女はカードを使った奇術のような技、男は蛇使いめいた技をそれぞれ操るという。
「俺もついてっていい? 忍者退治も大事だけどさ、面白そうだよね。靴作り」
 興味津々の茅森・幹(en0226)に、鉱石を灯したようにきらりと輝く瞳でイジュは応えた。
「うん、もちろん! わたしも気になってるんだ。ね、みんなも力を貸してくれないかな?」
 興味を示し集まったケルベロス達は、早速動き出す。
 小さな工房で営まれる手仕事が、たくさんの凍えるつまさきをこれからも守り続けられるよう。


参加者
ヴィヴィアン・ウェストエイト(バーンダウンザメモリーズ・e00159)
梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
コンソラータ・ヴェーラ(泪月カンディード・e15409)
イジュ・オドラータ(白星花・e15644)
ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846)
葛城・かごめ(ボーダーガード・e26055)

■リプレイ


 森の中のログハウスに一歩踏み入れれば、『仕事場』の空気がイジュ・オドラータ(白星花・e15644)たちを包み込む。
「何だかドキドキしちゃう……!」
 並ぶ道具に部屋のつくり、革の匂い。『職人の仕事場』は馴染みないもので満ちて、仕事とは分かっていても好奇心で輝く目は忙しい。
「まずは素材を選んでみましょうか」
 簡単な説明を済ませた職人の花に促され、棚に積まれた中からイジュが選び取ったのは、ターコイズに染まったしなやかな革だ。溢れる色に目を奪われながら、ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846)は双子の弟を思う。あの綺麗な顔立ちにはきっと、
「……この緑色が似合いそうだな」
 思慮深い鴨羽色を手にとって微笑んだ。
 これという出会いを経た彼らは作業台につく。広げた革の柔らかな風合いに指を滑らせ、コンソラータ・ヴェーラ(泪月カンディード・e15409)は目を細めた。この一枚が、これからお気に入りたちに並ぶ靴に生まれ変わるのだ──自分の手で。
「革の切断面が斜めになるだけでも寸法が狂うんだよね」
 型紙に合わせ、重い革切り鋏を慎重に進めていく葛城・かごめ(ボーダーガード・e26055)に、花はにっこり微笑んだ。
「よく勉強されてるんですね。そう、だから鋏は斜めにならないように。生地を少し浮かせて……」
「うーん、真直ぐ切るの難しいなあ」
 細かな作業が苦手なかごめは、悪戦苦闘しながらも真剣な顔。なんとか型紙通りのパーツが揃い、ほっと一息だ。
 ふと隣を見れば、
「あれ、ヴィヴィアンさんの靴、小さいね。贈り物?」
「……ああ、まあな」
 ヴィヴィアン・ウェストエイト(バーンダウンザメモリーズ・e00159)が求めた型紙は、彼の体格に対して明らかに小さい。言葉少なく丁寧な作業は、贈る相手への想いと拘りが滲むよう。
 一方で、
「このNaehmaschine、チョー雰囲気あるじゃん!」
「コレ! コレを見たかったんデスヨー。今は電動ミシンばかりですカラネー!」
「使いこなせたらカッケーよな!」
 大興奮のレンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)と梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)。順調に縫いの作業に進んだ彼らが目を輝かせたのは、昔ながらの足踏みミシンだ。
 ぐっと踏み込めばかたかたと歌い、足元の機巧も滑らかに回り出す。花が操る慣れた動きをしげしげと眺める彼らは、それだけで楽しげだ。
「……ええと、ここを……? ……わ、わ! 動いた、っ」
 まずは練習、の号令で恐る恐る踏み込めば、かたり、気遣わしげに走り出す針。コンソラータの頬がさっと染まる。
「わぁ、面白……あああ、ちょっとまって、曲がるー……!」
 はい、ゆっくりですよ、と拍子を取る花に踏み込みを合わせれば、揺れる縫い目も少しずつまっすぐに。
「うーん、このリズムがいいデスネー」
 元々の要領のよさ、楽しむ余裕も出てきた連石は、型押しを施した革で本番に挑むけれど、
「はわー?! 縫い過ぎたらどうしたらいいでスカネー!」
「あ、足を止めて! 大丈夫ですよ、ほどいてもう一度やりましょう」
 ご機嫌な足踏みがつい行きすぎてしまったり。にこにことフォローする花を横目に、
「む……中々ムズいなコレ……」
「自由自在になんて、一日二日じゃ全然だね……むむむ」
 唇をきゅっと引き結び、レンカとイジュは真剣な瞳。それでも絶対マスターしたいと思うのは、仕事の為でもあり──尽きない興味の為でもあり。
「せんせー、ここの始末どうしたらいい? わかんねー!」
「はい、ここはね……」
 勤勉な生徒たちの刻むリズムが、ログハウスに響いていた。

 手掛ける革がいつしか靴の形をとると、職人がテーブルに広げたいくつもの箱の中身に、皆はさらに瞳を輝かせた。入っていたのは色かたちさまざまのビーズに、七色十色の刺繍糸。
「うーむ……この色にはどんなモチーフが似合うだろうか」
 代わる代わる手に取っては睨めっこのヒストリアには、
「これも見てみてくださいね。私がこれまで作ってきた図案なんです」
「! これは綺麗だな……! ありがとう、気合いを入れてやるぞ!」
 花が描いた数々のデザイン。様々なモチーフで溢れた中には、弟に似合いのものも見つかる筈だ。
「ショコラの色に、白いお花。映えますね」
 覗き込む花に、アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)はにっこりと微笑み返す。
「これは己の足で、歩いてゆくための靴ですから。ふふ、そう、わたくし自身を模して作るのです」
 不器用でも丁寧に──行ったことのない遠くまでも歩めるようにと願いを込めて。白いビーズで縁取った花弁を、仄かな光沢を纏う白い糸を渡らせ染めれば、しなやかに強度を増す。
「幹はどんな靴に?」
「アイヴォリーちゃんに倣って言うなら、道を拓いていくための靴、かな」
 茅森・幹(紅玉・en0226)は、葡萄酒色の革に施された小さな白を示す。スパンコールの林檎の花を、お揃いだと楽しげに笑った。
 白から薄紅へ、少しずつ熱を増すような色彩のビーズを集めてヴィヴィアンが施していくのは、
「それは……太陽だろうか? 見事なビーズ刺繍だ」
 ほうと息を吐くヒストリアに、ヴィヴィアンは小さく首を振り、並々ならない熱意を見せる。
「いや、まだだ。……ここの色合いをもう少し」
「ふふ、職人並みの拘りだね」
「本当、私も負けていられません」
 微笑む花を横目に、これなら職人役にも適任だ──と密やかに思うヒストリア。
 対して、イジュの靴は夜空。鮮やかな青に金色の糸で刺した月を、あれこれと飾りたい気持ちをぐっと抑えて銀糸を手に、アラビア風の飾り模様で彩る。
「花先生、どうかな? マジメに刺繍するの久し振りなんだけど、こんな感じ」
「わあ──細やかで、綺麗。色数が少ないのがかえって綺麗で」
 上気する花の顔が何よりの賛辞。嬉しさと達成感が込み上げて、えへへと笑う。
「まあ、本当。イジュのも素敵ですね!」
「あっ、アイヴォリーちゃん、どんなのにした? 見せて見せてっ」
「わたくしはこんな感じに」
 お洒落を認め合う女子同士、出来映えに話は弾む。
「……ふう、出来た」
「かごめさんも丁寧に仕上がりましたね。皆さん、はじめてなんて嘘みたいな出来映えですよ」
 ぱちぱちと嬉しそうに手を叩く花。集めて写真を撮りましょうか──と言い出したところで、ケルベロス達は目配せを交わし合う。集う意識にこくりと頷いて、かごめは真剣な面持ちで花を呼び止めた。
「織谷さん。あのね、あたし達──……」
 口々に語る彼らを前に、花の目が少しずつ見開かれる。
 自分の身に差し迫る危機。そして、目の前の『生徒達』のもう一つの目的に。


 ──翌日。
 工房を訪ねた螺旋忍者たちを出迎えたのは、細やかな作業に没頭する『先生』とその『弟子達』だった。
「お先に失礼しているよ。二人共、本当に良いところに来たね」
 ほわり、砂糖菓子のように微笑むコンソラータ。丁度先生が特別な靴の仕上げを見せてくれるところだった──と告げれば、
「おー、出マシタ!」
 連石が調子を合わせ、敵を外へ導いていく。
「ここで雪を使うのこそが先生だけの特別な技術! しっかり見ないとデスネー」
「雪の時期は特別な一足が作れるの。そうですよね、先生っ」
 どうぞどうぞ、と敵の背を押すイジュをちらと見て、先生──ことヴィヴィアンは重たげな口を開く。
「ああ。……いい靴は最後に冷やすんだ。雪があればそれが一番いい」
 寡黙な職人肌と映ったのだろう。成程と声を揃えて素直に従う敵へ、
「レンカ、お前は中で指導の準備を……」
「先生のお仕事してる姿は全部見ていたいんです!」
 大所帯もより自然に映るようにと、レンカがイケメン職人に傾倒する少女と化せば、
「先生、準備はわたくしが引き受けます。連れていってさしあげてくださいな」
「それなら、私は買い出しに。練習用の皮革の在庫が少々心許無いので」
 にっこりと見送るアイヴォリーと、仲間とは別に外出する体のかごめもちらり、視線を交わす。そして、
 ──ぱたん。
 扉が閉まったその音が、戦いの引き金となる。

「どうか……気をつけて」
 眉を下げる花は部屋の奥、ミシンの陰に身を潜めている。確かめに戻ったアイヴォリーは勿論、と曇りなく綻んで、取って返す前にその手に触れた。
 美しくともただの飾りではない、しなやかで強い靴。それを手掛けるこの手を守る為、
「必ず勝ちます。──だから、貴女は此処を守って居てくださいな」
 約束を残し、駆け出す。

「こ、れは……!」
「どういうことなのっ!?」
 雪に預けた靴から取り出されたのは──銃。油断した男の肩をヴィヴィアンの速射が抉る間にも、レンカの撃った光線が鋭く次を担う。
「こちらにも居るぞ。──リィク、風を皆へ!」
 木々の影から躍り出たヒストリアの槍が、眩い光を湛え敵の動揺を突く。頷きひとつ、ウイングキャットは守りの風を前衛へもたらした。それをひと跨ぎに身を乗り出す熱の固まりは、連石が喚んだ炎竜の幻影。
「うーん、やっぱりこっちかなっ」
 華奢なコートの中から、馴れ親しんだ長斧が魔法のように現れた。思いきり叩きつけるだけで、何よりの結果をイジュに運んでくれる心強い武器。
「謀られたか! お前たち──」
「引っかかったね、ケルベロスだよ!」
 死角に躍り込んだかごめの指ひと突きが、男の動きを硬くする。寒さに縮こまっていたコンソラータの翼が思いきり広がると、光の壁が中衛を守るように立ち上がった。
「くっ、されるままと思うな……!
 幹の紡いだ光を避け、男は術を放った。牙剥く蛇の幻影が前衛に降りかかれば、呼吸を合わせた女もかちりと賽を歌わせる。
「私たちを欺いたこと、後悔なさい!」
 氷の礫と化したダイスがヒストリアを襲う。その瞬間、背後の扉が開き、最後のひとりの白い翼影が戦場に飛び込んだ。
「アイヴォリー殿! 花殿は──」
 勝ち気な頷きでヒストリアに応え、アイヴォリーは謳い上げた。
「さあお二方、職人技ではなく戦いがお望みなら──わたくしたちのフルコースをご堪能くださいな!」
 生み出す作品でひとを勇気づける、ささやかでいとおしい奇跡。
 絶対に壊させはしない。──鎚に刻まれた竜が牙を剥き、砲撃を生んだ。


 額に吸い込まれた銃弾が、男の記憶を掻き乱した。
 ヴィヴィアンは生来、戦いを好まない。けれど服飾への並々ならない拘りが、この戦いをただの『仕事』ではないものに変える。
 激痛に悶える男に冷ややかな一瞥をくれ、素早く身を翻した恋人に、ロイの眼差しには興味と心配が入り交じる。癒しの一閃が仲間の傷を祓えば、生じた空間に連石のブラックスライムが闇の食指を伸ばした。
 粘液に捉われた標的に、レンカは素早く狙いを重ねてゆく。
「長々相手してらんないぜ。まだあのミシン、完璧にマスターしてねーんだからな!」
 弱体化光線を浴びた男は、たまらず癒しの蛇を喚ぶ。蠢くものたちが男に力を分け与えるけれど、
「その守り、打ち砕いてあげるっ!」
 鋭く猛く、イジュの爪先に色濃く滲んだ竜の血が敵の守りの一端を切り崩し、
「ああ、幾重に身を守ろうとも突き崩す!」
 宣告より速く打ち込んだヒストリアの拳が、また一つ守りを吹き飛ばした。その視界の端、
「──ヴィヴィアン殿!」
 凍気を帯びるカードが駆け抜けるのを見るや、小柄な体を盾として滑り込ませる。
「いい覚悟……少し待ってて」
 流れるようにかごめを包む鎧から、力を高める光の粒子が溢れ出ると、
「僕も力添えを」
 柔らかく掲げたコンソラータの掌も、癒しの極光を喚ぶ。真直ぐなかごめの眼差しに乞われ、幹も祝福を一矢に紡ぐ。兄の傷に弟が泣くなんて、嫌だ。
「余所見してる暇はないぜ」
 ヴィヴィアンの射撃が重なる癒しから敵の目を逸らす。敢えて外したかと思わせたそれは路傍の石に跳ね返って的中し、木々の陰から撃って出るシメオンの銃弾も跳ね回る。惑わされる男に、緩やかなれど鋭いアイヴォリーの一閃が確かな傷を一つ、増やした。
「く……っ」
「今です、イジュ!」
「まかせてっ!」
 集まる攻撃に耐えかね、ついに膝を折った男の上に、イジュは長斧を翻す。ルーンの力を歌うような詠唱で高め、
「想いもなく技だけを手に入れようなんて、分不相応っ! ……絶対奪わせないよ!」
 横薙ぎの一閃はきらきらと、光輝の中に男の命を刈り取った。
「──っ、相棒……! よくもやってくれたわね!」
 女の燃えるような怒りに、冷えついた賽はより硬度を増し、イジュへと襲いかかる。けれど、
「ふん、てめーらがしようとしてたことは棚上げか? さあ──『貴女に似合いのその靴で、素敵なダンスを見せて頂戴!』」
 悪態一転、今日のレンカの演目は、白雪の肌を持つ魔性の姫君。灼け鏝の如き鉄の靴を女に纏わせ、悲鳴に無垢な微笑みを向けるだけ。
「花には手を出させないよ。あなたたちはこの盾を越えては行けない──さあ咲き誇れ!」
 灼ける脚があてなく彷徨うなら、それが職人へ向かわぬように。閉じた瞳に春を描き、そっと開けば、さくら色した花の盾はかごめの願うまま、やわらかに仲間たちの前へ咲き並ぶ。
 さやかな声を星の囁きのように溢すイジュ。詠う声に喚ばれたものは、柔らかな響きからは思いもつかぬ、厳めしき竜。燃える吐息が敵を包み込む間に、ヒストリアは神々の戦歌を歌い重ねた。
「この声届く者へ──戦に赴く魂に、祝福を」
 凛と高く響く調べが、身の裡に留まる力を押し上げていく。リィクの羽戦きも手伝って、僅かならざる援護に連石はにこりと笑った。
「戦神サマの加護があれば、負ける手はありマセンネー?」
 沸き上がるように巨躯を並べる炎熱の竜。そうだねと微笑むコンソラータの瞳は、戦場に在ってすら柔らかく、たおやかさを失わない。ただ声だけは芯強く、
「花が生み出す靴は、たくさんの人の爪先を、心を──温めていく、大切なたからものだ。……無粋な手には触れさせないよ」
 放たれたブラックスライムが、思いを映したかのように力強く敵を絞め上げる。
 幹の矢がイジュを癒したのを確かめ、ヒストリアは歌の余韻を引き取った。澄まし顔のリィクに羽戦きを乞い、ひといきで敵との間隙を詰める。携えた音速の拳が女を揺らした。
「アイヴォリー殿、頼んだぞ!」
「ええ、お任せくださいな」
 事も無げに微笑んだアイヴォリーは、既に空にある。高まる重力と星の残滓を纏う脚が女を打ちのめせば、ヴィヴィアンの銃弾があらぬ方角から襲い掛かった。
 切っ先から生気を奪い取るレンカの一閃に、爆ぜる光を宿した斧でイジュが続くと、仲間の元へ拡散していく光の粒子を見送ったかごめが口を開いた。
「技だけを奪ったところで、込められた心までは複製できないよ。まあ、先の結果だけが欲しいあなた達には関係ないんだろうね」
 けれど、それはここで止めてみせる。漆黒の瞳に滲む堅固な意志を、軽くも本気の透ける声音で連石が受ける。
「そうデスネー、人の技術を盗む輩は……」
 終始控えめな黒い翼が、唐突に雪を叩いた。巻き上げた白の下から襲い掛かる銃弾、そのさらに向こうから笑う。
「雪に埋もれてサヨウナラ、デスヨ」
「……!!」
 リボルバー銃が火を噴いた。銃声は鐘の音にも似て、けれど無慈悲な口づけが伝えるのは──身に受けし者の、この世との別れ。
「ぐ……っ、あああ!」
 呻く女の振り払うような一刃は連石へ。けれど飛び込んだイジュが、凍てつく斬撃を肩代わりする。
「イジュさん!」
「平気っ、結構丈夫なんだから! コンソラータさんっ」
「任せて。救いを、──キミに」
 望む手に微笑んで、掲げた杖に光が弾ける、躍る。籠めた腑活の魔力をコンソラータが操れば、戦線に崩れる暇はない。祝福の矢で手伝った幹が顔を上げる。敵はまだ倒れない。けれど、
「貪慾の名を冠する王よ、至高を御身へ!」
 心ない素材ならば、古き呪で料理してしまえ──過たず駆け抜けるアイヴォリーの閃きは、一滴の血すら流させず獲物を仕留めにかかる。
「侮らないことね。私を倒しても、あの方は必ずお前達を!」
「賑やかな口だな」
 じゃき、と額に突き付けた銃口が笑う。笑みひとつ彩らぬその主は、引き金に指を掛けた。
「罰を受けるんだ。焼け落ちてしまえ。その悪意の記憶、もろともな」
 穿たれた瞬間、記憶は昏き焔と化した。
 歪み、揺らぎ、壊れゆくそれに喘いで、女は倒れゆく。──『戦場』が、『職人の森』へと還る。


 心配げな花の顔が扉から覗いた。
 生徒たちの無事を認めて笑みへと変わったその人の手を遠慮がちに引いて、かごめは大丈夫、と滓かに唇を緩める。
 この手の生み出す技も、優しい笑顔ももう、誰に奪われることもないのだ。
「もう少しだけ教えてくれない、かな。花先生」
 出来る全てで護り抜いた命が、喜んで、と綻んだ。少女のような無垢な笑みに嬉しさを滲ませて、コンソラータは工房へと彼女を導く。仲間達が続く。
 かじかむつまさきを暖めるその技に、もう少しだけ触れたなら──持ち帰る温もりはこの冬をもっと暖めるものになるはずだ。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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