紫鬼灯の燈列

作者:五月町

●深更に出ずる影
 月のない夜のこと。
「──こんな夜ならお誂え向きだろう」
 冷えはじめた夜風に震えることもなく長い黒髪を靡かせ、着物姿の女は草履の一歩を踏み出した。
「いるのなら姿をお見せ、妖怪」
 ぽつり、独り言めいた呼び掛けは、応えるもののないままに夜の本堂に吸い込まれる。
 女の眼差しは射るように闇を見つめた。
「私はお前たちに会いたいんだ。……より美しく、妖しく、見る者が存在を信じずにいられないような絵を描く為に」
 きっと、居る。必ず、会える。
 暗い夜の含む故乱な気配の中を、鋭く手繰る女の興味。それを生み出した『心』を、唐突に現れた鍵はひといきに貫いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 鍵の操り手の囁きが、フードの下でひっそりと笑う。
 女は倒れた。──その体から、黒紫色の大きな鬼灯ががひとつ、ふたつ、浮かび上がる。
 手にしたそれを頭上に掲げ、女の『興味』から生まれた小鬼は歩き始めた。その姿を切望した眼差しには映らぬままに。

●葬列に連なるものは
「妖怪の行列──百鬼夜行、なんて言われるわね」
 それと出会いたいと声高に、熱を込めて語る女がいる。そんな噂を手繰ってみれば案の定、と翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)は肩を竦めた。グアン・エケベリア(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0181)は頷いて、情報提供に感謝を告げる。
「『魔女』の影がちらついていた、という訳だ。『興味』を奪われたのは、あやかしと呼ばれるものを好いて、その絵を描くのを生業にしてた姉さんだ。ドリームイーターの仕業だよ」
 察しよく、それでと次を促すケルベロスたちに目を細め、グアンは再び口を開く。
「奪われて具現化した興味ってのは、姉さんが思い描いてたあやかしの姿を取ってるようだ。寺やなんかで見たことがないかい。燈籠を担いだ小鬼の像を」
 天燈鬼、と呼ばれるらしい。それに良く似た姿をとり、頭上には子供の頭ほどの紫鬼灯を燈籠代わりに掲げている。腕の良い絵描きの思い描いたものだけはあり、顔かたちには妖怪めいた凄みがあるようだ。
「こいつを倒すことが叶えば、姉さんの意識も戻る筈だ。あんた方の力を貸しちゃくれないか」
「無論ね。……どんな力を持っているのかしら」
 艶やかな和服姿に静かな表情を浮かべた娘の、瞳だけがきらきらと新緑のように輝いている。子供のように正直な目だと笑い、ヘリオライダーは続けた。
 丑三つ時、とある古寺の本堂の敷地のどこかにそれは現れる。
 己の姿に迷っているのか、自分たちは誰かというような問いかけを行うという。正しく答えられなければ殺してしまうというが、いずれにしても倒すべきもの。敵意の有無の影響はほぼないに等しい。
「それよりも、奴さんへの興味を示せるかの方が重要だろう。自分を信じていたり、自分の噂話に興じる奴に惹き寄せられる傾向があるようだからな。誘き出すなら参考にするといい」
 姿こそ小鬼の行列の体をなしているものの、それは本来一つの個体であるようだ。行列のどこに攻撃を仕掛けてもダメージを与えることができる。
「とにかくすばしっこくてな、大勢と見せかけて敵を惑わすのが得意なようだ。威力も相当のもんだが、多くをいちどきに吹っ飛ばすような攻撃じゃあない。しっかり備えれば、あんた方なら対応できる筈だよ」
 小鬼が操るのは三つの炎。青いそれは攻撃を、白いそれは回復を担う。そして鬼灯から直接放たれる紫色のものが最も強く、死へと絡めとる妖しの炎を燃え上がらせる。
 そう、としめやかに頷いて、ロビンは武器を取る。夜更けの闇に、底光りするような眸の色が浮かび上がった。
「死出の燈列を楽しんでくるわ。──それに連なるのは、相手の方だけれど」
 それが敵であるのなら、倒すだけ。至る戦場を既に見据えるケルベロス達の意志に、ヘリオライダーはヘリオンへと彼らを促したのだった。


参加者
真柴・勲(空蝉・e00162)
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
奏真・一十(あくがれ百景・e03433)
アップル・ウィナー(キューティーバニー・e04569)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
香良洲・鐶(枯らす毒・e26641)

■リプレイ


 いたぞ、と声が上がった。
 本堂の前に倒れ伏す女の姿が、真柴・勲(空蝉・e00162)の持ち込んだ灯りに浮かび上がる。駆け寄ったレンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)は肩を竦めた。
「わざわざGespenstに会おうとするとか、芸術家ってどこの国でも変わりモンが多いよな」
「だからこそ面白いものが生み出せるのかもしれないけど」
 と、香良洲・鐶(枯らす毒・e26641)がもう一つの灯りを近づける。
「運ぶ?」
「ああ、寒空の下でこの儘にしておくのもな」
「こっちだ。足許に気をつけて」
「よかったらこれも使ってくれ」
 鐶がさしかけた灯りが本堂への階段を照らした。勲が抱き上げた女を、左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)は暖かなブランケットで包んでやる。
「よし、ここならば正しく戦場外! かの女性には害は及ばぬであろう」
 本堂から離れること暫く、保護した女の姿は夜闇の中でなかろうと見ええない距離だ。満足げに頷く奏真・一十(あくがれ百景・e03433)に、仲間たちも倣った。
「自分が何者かを訊かれるんですよネ」
「正しい答えは『てんとーき』……だっけか?」
「で、いいんですよネ?」
 囁き交わすアップル・ウィナー(キューティーバニー・e04569)とレンカ。全員で確認を済ませたところで、ケルベロス達は餌を撒く。夢喰いを惹き付ける、噂話という餌を。
「それにしても真っ暗だ……こう暗いと、いかにも雰囲気があって良いじゃないか」
 現れるのがデウスエクスの産物でなければ。続く言葉は呑み込んで、十郎は注意深く周囲を窺った。
「絵描きさんが生み出したという妖怪の姿には興味がありマス」
 耳も足取りもぴょこぴょこ浮き立つアップルに、
「……そうね、私も。見れたら、おそろしく思うかしら……楽しみだわ」
 瞳を獰猛な興味で染めるのは翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)。心細げに昏い空を見つめていたアウレリア・ドレヴァンツ(白夜・e26848)は眩しげに仲間を見遣り、静かな囁きを夜影に溶かした。
「百鬼夜行。私も……見てみたいな」
 闇を手繰る皆の眼差しに、興味の光が強く浮かんでいた。月なき夜の古寺など、いかにも怪異に出会えそうではないか。逸る心を隠さず、一十が呼び掛ける。
「潜むと言われる鬼とは、さあどこだ!」
 吽――、と空気が震えた気がした。
 そして一瞬の後、いかにも妖めいた体でどうと落ちてきたものは、黒紫色の灯を掲げた小鬼たちの一群だった。

『おれは、オレは、おれは、だれだ』
 ひとりのようで複数のような、奇妙に捻じくれた声が問う。
「ほらっ、聞いてんだから答えてやれよ」
「しかしなあ……わからんなあ。赤鬼か? 青鬼かな? ──おっと!」
『アア、あ、あア──!』
 深い皺に憤懣を刻み、小鬼たちが叫ぶ。掲げた鬼灯の中心に紫の灯が燃えると、それは誤った一十に狙いを定めた。
 鬼火を跳ね飛ばすように伸びた捕縛の蔓が、素早く散った小鬼たちの間をすり抜ける。水滴を思わす尾を素気なく振り、箱竜のサキミが回復の術を飛ばした。その間に、暗闇に巨大な竜の姿が現れる。逆巻く吐息は小鬼たちを熱で絡め取った。
「名前だけじゃなくて格好も変てこだな」
「寺社で見かける奴らは、よく見ると何処か剽軽で憎めない面してるんだがな」
 勲の声音に滲んだ微かな好もしさに、小鬼たちの視線がぎょろりと集う。
『だれだ、おれは、ダレだ、だれ』
「さあ……竜燈鬼か?」
『あア、あ、ああア……!』
 空惚けてみせれば頭を振る敵に、迷わず銃口を向ける。突き刺さる光線から逃れようとする背を、ロビンの集めた気の結晶が追尾する。
「魅せて頂戴。わたしの心を、震わせてみて」
 白い輝きが小鬼の背で弾け散ると、その頭上に刃の如き蹴撃が降らせたアップルがぱちり、片目を瞑る。
「すばしっこさなら負けませんヨ、キューティーなバニーですカラ!」
「では、その速さに……力も添えるわ。始めましょうか──葬列の幕引きを」
 アウレリアが空へ捧げた白銀の杖からは、零れ落つ星の雫。しゃらりと歌うそれに紡がれた癒しの雷撃が、仲間の裡なる力を引き出していく。
 妖しく輝く紫鬼灯の列を見つめ、十郎はふうん、と息を溢した。
「綺麗なもんだ。……けどそれは、あの絵描きの功だよな」
 夢に描く力あっての美しさを、夢喰いに利用されていい筈がない。
 握り込んだスイッチが爆発を呼び、小鬼たちを吹き飛ばす。爆煙から守るように突如立ち上がる光は、
「……浄化の力よ、雷よ」
 夜に溶ける髪にひとすじの赤を浮かび上がらせた鐶の、護りの壁。異常を跳ね退けるべく重なる力に、助かると一言、笑みを携えて一十は駆ける。
 振り上げたバールに薊のように棘が咲く。叩きつけた一打に吹き飛んだ小鬼たち、その頭上に青い炎が並び灯った。
「! 鬼火が来るぞ!」
 凄烈な熱は狙い通りに、今度は勲のもとへ向かう。肌を灼く冴えた炎を受け止める仲間の前に、レンカはその身を滑り込ませた。
 両の手に煌めく刃が小鬼たちを掻き切り、鉄の香りの血花を散らせると、行列の背面から大鎌がぎらりと現れる。死角からの凶器に対応する間も与えず、ロビンは柄を横一線に薙いだ。淑やかな和装の袖を重たく引く風も、慎ましく動き難い裾も、気にかけるまでもない。
「だって、ケルベロスだもの。──魔女だもの」
 踊る大鎌は小鬼に与えられた拘束を強め、その命を確実に削り取っていく。
 影の空をくるりと躍る獣の尾。愛らしくすらある十郎のそれはぴんと張り、動き回る敵の懐へ迷いなく飛び込む流星の一撃に同化した。
「悪さが過ぎるな。仁王様の踏み台になりたいか?」
「その姿のまま、石像に戻るってのも悪くないぜ」
 鈍る小鬼の喉笛に突きつけた勲の指が気脈を絶ち、笑う言葉の通りに動きを強張らせる。
「ふうむ、魔法には少々強いようですガ……他に弱い、という訳でもなさそうデスネ」
 指輪から剣へ、眩く形を変えた光を携え跳び込んでいくアップル。輝く軌跡が暗い灯ごと小鬼の一体を両断すると、
「それなら……狙い定めて、重ねていくだけね」
 影の中にあれど、澄み渡る空。そこから降りた霊力を武器に込め、アウレリアは仲間の刻んだ傷を正確に追う。
「赦し無き戒めの掌よ──ここに」
 ひたと凪いだ鐶の眼差しが、敵を射る。声に応え紡ぎ出された御業は、連なる蝶か花弁か。巨大な手の体を為したそれが、逃れる敵を掌中に閉じ込める。
「……随分、元気だね」
 戒めを押し開き、逃れようとする力の強さに目を細めた。──戦いはまだ、これからのようだ。


 絶え間なく重ね続ける術と連携が、小鬼の機敏さを奪っていく。
『アあ、ああ、ア──!』
 歪な合唱が、再び鬼灯に灯を点した。振り放たれた暗い火の粉がアップルに振りかかる。思い切り地を蹴って夜気の中に跳び込めば、冷気が灼かれた痛みを撫でた。
「同じだけ──いえ、もっと強烈にお返ししますヨ!」
 植わる大樹に足場を借り、高く跳ねたその姿はまさに兎。空の頂から落下する脚は加速して斬撃を生み、受けたばかりのパラライズを相手の傷へ叩きつける。
「あやかしの鬼火って、この程度?」
 両の掌に気を練り上げるロビンの唇が、物足りない、と動いた。
 もっと苛烈に、もっと妖しく。そうでなければこの身も心も奪うには足りない。追い縋る気の弾を放ったばかりの指先が、詠唱に応えて現れた魔法陣の中から弓を掴み取る。
「逃げてもだめよ。……死をもたらすのは、わたしの方だわ」
 翡翠色の陣から溢れ出る森の魔力が、艶やかな緑の黒髪を空に解いた。竜牙の矢は、昏い戦場を澄みきった光で貫く。その強い輝きを焦がれるように見送ったアウレリアの足が、自然とその後を追いかける。
「わたしも──外さないの」
 飾り星が歌う杖をもう一本の杖とともに叩きつければ、ふたつを繋ぐ白い稲光に紫水晶の瞳が輝いた。
 小鬼たちの顔に苦渋の皺が浮かぶ。掲げる鬼灯に透ける白光は、仲間の与えた攻撃の光とは違うものだ。
 すかさず掌を握り込んだ十郎の目に、数歩先の同じ動きが飛び込んだ。ちらと振り向く鐶の視線に同じ意図を悟り、微かに口の端を緩めて頷く。
「綺麗なだけならよかったのにな。悪いがその光、消させてもらう」
「ああ。……容易く回復なんて、させてやらないよ」
 開いた掌には神殺しのウイルス。競うように投射した二つのカプセルは次々と小鬼たちの体へ融け、癒しの力を内から蝕んでゆく。
『ああア、ア、ああ──』
 待てども差さぬ癒しの光に、小鬼たちの叫びが怨嗟を帯びた。術の成功に気を緩めることもなく、鐶は仲間を促す。
「今の内に」
「Einverstanden!」
 素早い詠唱で再び竜を紡ぎ出すレンカ。回復の機を失った小鬼たちを焼き焦がす炎に、
「無論、任された!」
 熱を恐れず拘束の蔓を繰り出す一十の、不敵な笑みが浮かび上がる。その影で、光にも映らぬ速さと巧みさで急所を掻き切るロビンの小剣。
「地に眠る種たちよ、目覚めなさい」
 踏み出すアウレリアの足許に最初の緑が綻んだ。かと思うと、それは新月の空へと祈るように蔓を伸ばし、幾つもの真白の蕾をつける。
「舞い散れ──斑に、狂い咲け」
 術者の命に雪のように眩く咲き乱れれば、力を増した蔓は茨となって小鬼たちを呑み込んでいく。
「攻撃を止めないで」
「ああ、巻き込まれるなよ!」
 凛と響く声を力と化したかのようだ。勲のライフルから放たれた光の帯は、蔓から解放された小鬼たちを一息に穿つ。
「大分お疲れのようですネ。もう一頑張りデス!」
 突き出す腕すらもレプリカントには得物となる。ドリルと化したアップルの機械腕が小鬼から護りを剥ぎ取れば、すかさず飛び込んでくる御業の光は鐶の手になるもの。
「編まれし力よ……連なり、留めよ」
 魔力を帯びた声は御業を束ね、敵を場に縛りつけさえする。そこに星屑を振りまき飛び込んだ脚は、流星を宿した十郎の駄目押しの一撃。
「次はあんただ、奏真」
「うむ、それではいざ──終わりへ繋ごうか!」
 前向きなその声が喚ぶのは一転、災禍の焔。一十の指先に渦巻く獄炎はめらりと黒く、紅く、底知れぬ鮮やかさで小鬼たちへ襲い掛かる。
「真実怪異であれば、より面白くあったろう。だが残念至極! 僕の興味はこんな鬼を生む創造力に向かってしまったようだ!」
「だよなー」
 無邪気に笑うレンカの髪がふわりと伸び、小鬼たちを抱くように漂っていく。
「Gespenstの恐怖もそろそろ冗長だぜ。百年の恋だって冷めちまう──ほら」
 強気な少女の顔が、一瞬で塔の乙女の仮面を被る。恋をして、魔女に棄てられ、恋人を探して彷徨い続け――そして、永き時に恋を忘れた唇は、こう紡ぐのだ。
「『もう私、どうでもいいの……貴方の事なんか』」
 優しく敵を抱き寄せた髪が一転、苛烈な戒めに変わる。なんてな、と朗らかに仮面を脱ぎ捨てて、レンカは朗々と宣言した。
「さて、Epilogの時間だぜ!」
 昏い紫の輝きが抗うように鬼灯に燈る。けれど、
「生憎、レンカの嬢ちゃんみたいな芸達者じゃないんでな……だが、最後だってんなら」
 終幕を照らすのは葬列の燈火ではない。薄い笑みが浮かんだ勲の頬を、傍らに弾けた青白い閃光が染める。
「俺なりに派手に見送ってやろうかね。この拳で」
 勲の腕に出でては爆ぜる雷霆の鎖が、握り込んだ掌に集約されていく。
 雷を司る猛き神に肖った一撃は、轟音とともに空気を劈いた。四方に駆け抜ける閃光に誰もが思わず目を閉じる。
 静かな暗闇が戻った時、薄靄のような白い残像の中に、微かな紫が滲んだ気がした。――けれど、それだけ。
 ひとの興味から生み出された小鬼たちの燈列は、あとかたもなく消え去ったのだった。


「……妖か?」
 目覚めた女は、二つほど静かに瞬きをしてそう言った。
 視線の先で、今度はロビンが瞬く番だ。唖然とするケルベロス達の前で、女は可笑しげに笑う。
「いや、こんな時分に和装の美人が、そんな色めいた乱れ髪でいるものだから。……ふふ、つい願望が口をついて出た。すまん」
「……貴女だって着物姿じゃないの」
 呆れたように口を尖らせ背けた頬は、もしかしたら少しだけ熱に染まっていたかもしれない。
「……本当に妖怪が好きなんだな」
「その願望が夢喰いを引き寄せたんだ。気をつけろよ、絵だってその身あってこそ描けるんだろーが」
 十郎は溜め息、レンカはお説教だ。首を傾げる女に、勲が簡潔に事情を語る。
「画家としての向上心は立派だが、レンカの言うのも尤もだ。自愛する事も忘れずにな」
 そうか、と謝罪と感謝を示しつつも、
「……見てみたかったな」
 そんなことを言うのだから手に負えない。
「貴女から生まれたものだ。……貴女が思い描く以上のものじゃないだろう」
 ふと落ちた言葉に、女は虚をつかれて顔を上げる。鐶の深い緑の瞳は、真っ直ぐにそれを捉えた。
「姿のないものを目に見える形にするのも絵描きの本分じゃないかな、とオレは思うけど」
 生まれた沈黙が、綻んだ声で和らぐ。
「……成程な。道理だ」
 女は笑った。夢喰いを呼ぶほどの盲執が嘘のように、清々しく。
「……そういえば、アップル。動画を撮ってみると言っていなかった?」
 アウレリアの問いに、カメラを構えたアップルはピースサイン。
「置きっぱなしでシタし、結構ブレてマスが。でもこの流れだと、いらなそうですかネ?」
 ああ、と女は静かに頷いた。
「思いやりに感謝する。……だが、自分の中に奴らを探してみたくなった」
 そう語る顔は晴れ晴れとしていて、アップルはにこりと結ぶ笑みで了承した。それでこそ、と手を打つ一十。
「妖にかけるその情熱。それでこそ助けた甲斐もあったというもの!」
 苦笑いを噛み殺し、十郎は僅かに目を細めた。
「何にせよ、無事で良かったよ」
 この夜を生き永らえた命は、いずれきっと素晴らしい絵を描くだろう。夜更けに繰り返し読んだ、恐ろしくも近しい妖怪たちの本のような。帰ったらまた開いてみようかと思い立つ。
 風に躍るままになっている髪を指先で集めると、気を取り直したロビンは女の顔を覗き込んだ。
「ねえ、絵描きさん。あなたの絵、見てみたいわ。どこで、見られる?」
「おお、そうだな。俺にも見せてくれや、あんたが描くあやかしの世界」
 勲の目にも、少年のような色が浮かぶ。
「戦っていて──そうだな、まるで絵巻の中に入り込んだかの様だった。あんな迫力ある夢が描けるんだ、絵だって相当のもんなんだろう?」
「はは、どうだかな」
 ふと、悪戯を思い付いたように女は笑い、ケルベロス達を見渡す。
「アトリエに寄っていくか? こんな時間だが、妖怪共と相見えるには最高だ」
 ──そのにやりの方が余程、妖めいて見えたとか。

 草木も眠る丑三つ時。
 木枯らしよりも背筋を涼しくさせる微かな下駄の音に招かれて、彼らは季節外れの妖怪たちに逢いに行く。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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