やり過ぎマスクド・カフェ

作者:柊透胡

 とある路地裏のビルの地下に――「マスクド・カフェ」は、ひっそりとあった。
 正しく、過去形だ。
 開店して僅か半年で閉店の憂き目となったカフェは、明日、一切合財が撤去される。
「……何が悪かったのかしら」
 薄暗いカフェで唯1人、カウンターに背を預けて溜息を吐くのは、このカフェのオーナーだった女性だ。
「……きっと、全部ね」
 入店した客は、まず、正面のディスプレイに度肝を抜かれた。
 壁一面に、仮面、仮面、仮面――華々しいドミノマスクやヴェネツィアマスクのみならず、アフリカの民芸仮面やオカメやヒョットコといった日本のお面に能面、京劇に使われる色鮮やかな中国のお面等々、古今東西のありとあらゆる仮面が無節操に壁を埋め尽くし、ライトにぼんやり照らされ客を睥睨する。
 それどころか、窓1つない壁という壁をあらゆる仮面で埋め尽くしているとしたら……落ち着いて、お茶なんか飲んでいられないだろう。
「壁の好きなお面を被って、秘密の時間を愉しんで欲しかったんだけど……」
 メニューも「マスクド・ピラフ」に「マスクド・パスタ」、「マスクド・ラテ」や「マスクド・バニラ」……いちいち、料理に仮面を被せる意味もよく判らない。
 こうして、仮面好きが昂じて始めた『マスクド・カフェ』は見事に失敗に終わってしまった。
 自身の『好き』を前面に押し付けすぎた無惨な結果に、オーナーだった女性の胸を食むのは、『後悔』の二文字。
 ―――突如、その女性の胸を、大きな鍵が貫く。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 つぎはぎのドレスをふわりと揺らし、謳うように囁いたのは『第十の魔女・ゲリュオン』。
 カウンターに背を預けて崩れ落ちたオーナーだった女性の傍らには、奪われ具現化した『後悔』がゆうらりと立つ。
 恐らく、女性のシルエット。袖の長い黒のロングドレスは、薄暗いカフェの雰囲気にもマッチしている。
 だが、顔を覆うモザイクと対照的に、その全身を覆うのは数多の仮面。
 ケタケタケタッ!
 全身の仮面が不気味な笑い声を上げ、ドリームイーターは新たな客を呼ぶべく動き出した。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 集まったケルベロス達を見回し、都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)は静かに口を開く。
「自分のお店を持つのは、大きな夢の1つですが……夢の続き、といいましょうか、その店を長く繁盛させるのは、中々難しい事のようです」
 折角、自身の店を持つ夢を叶えたにも拘らず、流行らず潰れてしまった、というのも、それなりによく聞く話だろう。
「そんな夢破れてお店を潰してしまった人の『後悔』が、ドリームイーターに狙われ、奪われてしまうという事件が起きています」
 『後悔』を奪ったドリームイーター自体は既に姿を消しているようだが、奪われた『後悔』が具現化したドリームイーターが、更なる事件を起こそうとしている。
「新たに生まれたドリームイーターが被害を出す前に、撃破をお願いします」
 場所は、とある路地裏のビル。その地下に、「マスクド・カフェ」はある。
「既に潰れたお店ですが、ドリームイーターの力で営業再開中です。『後悔』を奪われた被害者、元オーナーの女性はカウンターの奥にあるバックルームで寝かされています。意識はありませんが、ドリームイーターを倒せば目を覚ますでしょう」
 敵は、『後悔』のドリームイーター1体のみ。幸い、一般の客はまだいない。店に乗り込んで、いきなり戦う事も可能だが、まず客として入店する事も出来る。
「ドリームイーターは、通りすがりの人を店に引き入れ、強制的に接客しようとします。そのサービスを客が心底喜べば見逃しますが、嫌がると殺してしまうようですね」
 その点はケルベロスであっても似たようなもので、まず客として訪れた場合、そのサービスを心から楽しんであげると、ドリームイーターは満足して戦闘力が減少するようだ。
「ちなみに、ドリームイーターを満足させてから倒した場合、意識を取り戻した被害者も『後悔の気持ちが薄れて、前向きに頑張ろうという気持ちになる』効果もあるようです」
 「マスクド・カフェ」は、その名の通り、窓1つ無い店中の壁という壁を、古今東西の数多の仮面で埋め尽くしている。全包囲から数多の視線を浴びる錯覚さえ覚える、相当に不気味な雰囲気のカフェだ。入店したら、まず壁の仮面のどれかを選んで被る事を強要される。
「続いて、出されたメニューから飲食を強制されます。値段は、一律3000円」
 ぼったくりも良い所だが、ドリームイーターの価格設定がまともな筈もなく。
「メニューの内容は、一般的な喫茶店と同様ですね。勿論、飲食の際に仮面を外す事は許されませんし、仮面を汚したり破損するのも以ての外です」
 ドリームイーターを満足させようとするならば、店のルールに即して入店から会計まで滞りなく済ませれば良い訳だ。(ケルベロス自身も心底愉しむ、これ最重要)
「残念ながら、支払ったお金は『ドリームイーターのなんやかんや』で戻ってくる事はありません。どうされるかは、ケルベロスの皆さんにお任せします」
 ドリームイーターは、顔がモザイクに覆われているが恐らく女性型。代わりに全身を色々な仮面で覆い尽くしている。
「敵の顔に投げた仮面が貼り付いて視界を制限したり、体中の仮面が絶叫して動きを阻害するようです。又、受けた傷をモザイクで補修して回復するようですね」
 カフェの中での戦いとなるが、敵は1体だ。立ち回りに支障は無いだろう。
「『後悔』も大切な感情の1つです。無理矢理に奪われてしまった被害者の為にも、ドリームイーターを倒して事件の解決を……ケルベロスの皆さんの、健闘を祈ります」


参加者
楚・思江(楽都在爾生中・e01131)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
鮫洲・蓮華(ペルソナ・e09420)
パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)
明空・護朗(二匹狼・e11656)
甘茶・結衣結衣(お茶運び人形・e18658)
唯織・雅(告死天使・e25132)
暮沢・たしぎ(ハードボイルド・e29417)

■リプレイ

●マスクド・カフェへようこそ
「いらっしゃいませ。マスクド・カフェへようこそ」
 平板な歓迎が路地裏に響く。黒のロングドレスに、数多の仮面――顔を覆うモザイクもあって、差し招く異形は正に怪談そのもの。
 ケタケタケタッ!
 ドレスを飾る仮面が一斉に不気味な笑い声を上げれば、一般人なら脱兎の如く逃げ出すだろう。
「……あいつか?」
「きっとそうじゃな」
 その異様ぶりに隠れるオルトロスのタマを宥めながら、呆れた表情の明空・護朗(二匹狼・e11656)。仮面は好きという甘茶・結衣結衣(お茶運び人形・e18658)も、肩を竦める。
「いやあ、古今東西のマスク集結ってのは、純粋に面白いと思うがなぁ」
 思わず頬を掻く楚・思江(楽都在爾生中・e01131)。
「……後は、営業方法の話だぁな」
 少なくとも、ホラーチックな客寄せはイラナイ。
「ここに、いても。暑い、だけ……そろそろ、行きましょう」
「……まあ、覚悟さえしていれば何とかなるだろう」
 のっけからのおどろおどろしさに負けていられない。唯織・雅(告死天使・e25132)に頷き返したパーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)は、徐に歩き出す。
「さてと。値段分の元は取りたいので、楽しみま」
(「3000円が消えてしまうのは勿体ないけど、事情が事情だし背に腹は替えられないか」)
 愉しげにニヤニヤと口元を緩める暮沢・たしぎ(ハードボイルド・e29417)に対して、立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)は苦笑混じりか。でもまあ、楽しむという事も戦術的に大事ならば。
(「ドリームイーターのお店に行くとか色々と初めてばっかりだけど、楽しく頑張ろう!」)
 前向き笑顔で階段を下りていく鮫洲・蓮華(ペルソナ・e09420)だった。

 地下にあるそのカフェは、電灯もボンヤリと真昼から薄暗い。退廃的な雰囲気は、確かに客を選ぶだろう。
「!!」
 ギィィと軋む扉が開き、店内へ足を踏み入れた雅は思わず息を呑む。
 壁一面の仮面、仮面、仮面――数多の仮面の視線に晒されて、落ち着かない。
「こりゃ凄い。怖い面もあるな」
「お好きな仮面を、どうぞ」
 パーカーがキョロキョロすると、平板な声に促された。ここで仮面を選ぶらしい。
「ばあちゃんは仮面好きじゃよ。なんだか違う自分になれる気がしてわくわくするのじゃ」
 いっそ無邪気に壁を見上げる結衣結衣。
「店員さん、ばあちゃんに似合いそうな仮面を選んでくれぬかの~?」
「……」
 ドリームイーターの返答はなかったが、着物姿の結衣結衣に白狐の面が差し出される。
「ひょっとして、タマも着けるの?」
 素朴な疑問は重々しく肯かれてしまったので、護朗とタマはお揃いのアイマスク。紙製で見た目より軽かった。
「うーん……」
 リボンフリルの青いドレスの裾を捌き、ヴェネツィアマスクを取る彩月。『バウタ』と呼ばれる口周りが広がったデザインで、フルマスクながら着けたまま飲食出来るとか。
「パーティードレスにこれ、大丈夫かな?」
「雰囲気は大切にしたいよね」
 同じ旅団の誼で気安く頷いて、蓮華もバウタから選ぶ。やはり、ゴージャスキュートなドレスによく似合う。
「仮面舞踏会みたいな感じで、オシャレに、エレガントに楽しんじゃおう!」
(「仮面舞踏会ってぇタイプじゃねえんだがな」)
 それでも、フォーマルなジャケットに着替えてきた思江は、暫し思案顔。流石に、竜派ドラゴニアンに人間用は合わない。結局、西洋風のアイマスクに決めた。
(「ヒーローものの仮面とかも古今東西あるのかな?」)
 オーバーマスクで有名なルチャドールの真似も捨て難かったが、後の飲食を考え、パーカーもヴェネツィアマスクを選ぶ。雅がアイマスクを選んだのも同様の理由。傍らでウイングキャットのセクメトが、ツンとお澄ましに好奇心混じりで見上げている。
「仮面は何か、鳥っぽいのあれば。それで」
 たしぎは、自身の名前に因んだリクエスト。ペストマスクが有名だが、飲食は難しいだろう。結局、鍔で嘴を象ったアフリカの仮面を帽子のように被った。
「……」
 静かにケルベロスを見回し、ドリームイーターは無言で席へ案内した。

●仮面とティータイム
 地下の店舗故に窓1つ無く、内装は何処か陰鬱。或いは、敢えてこのムードを狙ったかもしれないけれど。
(「マスクを無節操に並べてもダメね。このお店のコンセプトが判らないもの」)
 壁を埋め尽くす仮面の統一性の無さが、色々台無しにしている。
(「仕事で取材に来たなら、この店は紙面に掲載できないと上司に報告するわね」)
 以上、旅行雑誌編集者の感想。彩月の本音は、中々辛辣だ。ドリームイーターの力を削ぐには、店のサービスを『心底』愉しまなければならない。表のにこやかさに、果たしてドリームイーターが誤魔化されるか……実は、危ない賭けだった。
「いつもと違う雰囲気を愉しむのも楽しいよね! 仮装イベントもそうだけど」
 幸いであったのは、知己の蓮華が一緒だった事。
「いつもと違う雰囲気……そうね。マスクをする事で日常が非日常になる。そんな魅力があるんだろうね」
 羽と飾りレースをあしらった女性的な仮面を慎重に避けながら、マスクド・ラテを啜る蓮華。その屈託ない表情に微笑み、彩月もマスクド・バニラを口にする。
(「料理に被せる仮面も普通のお店とは違い話の種にはなるけど、リピーターになるかと聞かれると正直なりそうにないね」)
 バニラに被っていたのは、アイアンを腐蝕加工し、蝶をモチーフにした仮面。優美ではあるが……無意味だ。
「彩月さんともゆっくりお話したかったしね!」
「ありがとう」
 けれど、蓮華とのお喋りは、本当に楽しかったから。
(「彩月さんには、前にすごく落ち込む事があった時に励ましてもらったんだよね」)
 蓮華自身も、ゆっくりお喋りのひと時が嬉しい。
「写真、いいですか?」
「あ、俺も。ここの写真、ネットにアップしたい」
 カメラを構える彩月に便乗して、たしぎもスマートフォンを取り出す。
「俺は好き。ですけどね、こういうの。ゲームの中みたいで。ワクワク。です」
 ドリームイーターも嫌悪を示さなかったので、店内や料理をパシャパシャ。ちなみに、注文したメロンクリームソーダには、マドラー代わりか棒付き仮面が挿してあった。
(「最近カップ麺ばかりだったし、一杯食べたかったんだけど」)
 飲食代金3000円はけして安くない。元はしっかり取りたかったが……『一律3000円』は、食べ放題ではなく『どれでも一品』の金額だった。
 非常識なぼったくりは、デウスエクスらしいというべきか。
「あー、マスクド・パスタと……マスクド・ワインってある? 宜しく」
 剛毅にも2品頼み、パーカーは程なく供されたパスタとグラスワインに思わず目を瞠る。
「うお、ヒーローや超人の仮面もあるのか?」
 添えられていたのは、海外ヒーローのマスク。店主のコレクションは多岐に及ぶようだ。
「パスタ、に……これ、は、どうして?」
 雅が注文した「マスクド・パスタ」には、『ヴォルト』と呼ばれるヴェネチアンマスク。
「メニューと被せるマスクのチョイス基準、僕も気になる。聞きたいな」
 フレンチトースト(鉄仮面添え)をタマと分け合いながら、小首を傾げる護朗。或いは本来の店主なら薀蓄を語っただろうが……ドリームイーターは仮面が時々奇声を上げる以外、ほぼだんまり。尚の事、実感する。店主が目覚めぬままは何とも勿体無い。
「こりゃヤオ族の仮面じゃねえか! よくこんなもんまで手に入れたなぁ!」
 無骨な竹製の仮面に、思江も驚いてみせる。資料的価値は兎も角、芸術性が高いと言えぬ仮面まであるとは。
(「本当に好きなんだなぁ、仮面が」)
 店長(というよりドリームイーターが)お薦めの「マスクド・セット」(アフリカの仮面を皿代わりにしたトーストセット)のバタートーストを齧り、思江は内心で溜息を吐く。
「こういう趣味は男の方が好きそうだよな」
 男が喜びそうなメニューがもっと多ければ、固定客が掴めたかも知れないのに。
(「なんだか仮面が守ってくれるような……そんな安心感があるのう」)
 白狐面の内で独りごちる結衣結衣。やはりドリームイーターにお薦めのお料理を頼めば、こちらは般若の面が牙剥くマスクド・おにぎり。
(「仮面だらけの不思議な空間での食事……なんだか楽しいのじゃ」)
 その感想は、結衣結衣にとっては嘘偽りなく――そんなこんなで、時間は存外、和やかに過ぎた。
「意外とおいしかったね。よかった……」
 そっくり平らげて、護朗はタマと並んでごちそうさま。食事中も気を付けていたので、それぞれの仮面も綺麗なものだ。
「店員さん、楽しい時間をありがとうじゃよ。なかなか良い趣のカフェであった」
「ごちそうさん」
 屈託なく声を掛ける結衣結衣に、ドリームイーターは慇懃に会釈する。順番に勘定を済ませ、パ-カーはレジの傍らにあった鬼神の面を取る。
「いろんな仮面があって面白かったよ。だが、お前さんにはその仮面を脱いでもらうぜ」
 不敵なマスク狩り予告に続き、爆破スイッチを握る雅は訥々とした口調が一転、凜と言い放つ。
「それでは……食後の、運動と。参りましょう」

●後悔を解き放て
「楽しくて素敵なカフェだったわよ? でも、火事に遭った時にも問題アリだわ。悪いけど今日で営業終了ね」
 レジ越しに繰り出された彩月の破鎧衝が、ドリームイーターを震わせる。
「ぐぅるるるるるるるる……!」
 ――――!!
 だが、思江の眼力は仮面の呪詛で相殺し、ドリームイーターはケルベロスらを飛び越えフロア中央で身構える。
「これ以上、ばあちゃん達を困らせないでおくれ」
 すかさず、猟犬縛鎖を放つ結衣結衣。呪詛叫ぶ仮面の上から雁字搦めにせんと。
「仮面を、どうぞ」
 構わず機械的に呟き、仮面投げるドリームイーター。タマがフリスビードッグよろしく彩月を庇う。
「せっかく食べ物はおいしいのに勿体ないね」
 窓もない閉鎖的なカフェなんて、入りづらいし雰囲気も悪いしでのんびりできやしない――これまでと打って変わり、勇敢に盾となるタマを頼もしそうに見やり、護朗はライトニングウォールを編む。
「セクメト」
 雅のブレイブマインで店内が荒ぶ中、一声鳴いて応じたウイングキャットの清浄の翼が更に前衛へ。
「店内。あまり壊さずに済むように。気をつけま」
「ああ、仮面は悪くないからな」
 たしぎのスターゲイザーが薄暗がりに流星の如き軌跡を描き、鬼神の面を着けたパーカーの目にも止まらぬ速射が的確に敵を穿っていく。
 一連の動きを見て、蓮華は確信する。顔がモザイクに覆われたドリームイーターの表情は判然としないが、首尾よくその戦力を削ぐ事が出来たと。
「どんどんいくよー!」
 蓮華から放たれたドラゴンの幻影が、敵を炎に包み込む。
 ――――!!
 仮面の呪詛が響き渡る。或いはジャマーであったら、その一撃も脅威となったかもしれないが、力を弱めたドリームイーターにケルベロスの勢いを止める術は無い。
「ま、俺は撃てればそれでいいよ」
 護朗のルナティックヒールが輝く中、嬉々としてバスターライフルより凍結光線を発射するたしぎ。
「うおぉぉぉっ!」
 先刻の応酬のように鬨の雄叫びを上げた思江の旋刃脚が閃く。彩月と雅の稲妻突きが相次いで突き刺さり、「鋼の鬼」と化した蓮華の拳が容赦なく打ち据えた。
 前衛達と息を合わせたパーカーのペトリフィケイションが敵の仮面を石化すれば、結衣結衣のブラックスライムが丸呑みせんと大口を開ける。
 う、あ、あ、あ――。
 攻撃に穿たれる度、氷結の追い討ちに身を捩らせるドリームイーター。顔のモザイクが蠢きダメージを癒そうとするも、思江の殺神ウイルスがそれを許さない。
「よしよし、捕まえたのじゃ」
 結衣結衣に影を踏まれたドリームイーターは格好の的。パーカーのガトリング連射、護朗のライトニングボルトが次々と。タマとセクメトも追撃する。
「盗んだ、心。返して……頂きます」
 淡々とした雅の声音に、遠隔爆破の爆音が重なる。床を蹴ったたしぎのジグザグスラッシュが、異形を縦横無尽に切り裂いていく。
「わたしの近距離攻撃は刃ばかりじゃないわ!」
 満を持して、彩月の零距離フルブーストフォートレスキャノン――至近距離からのアームドフォート主砲掃射は、余さずドリームイーターに浴びせ掛けられる。
「さあ、良き悪夢の世界へ、招待状はすぐに届けるよ」
 瀕死の呈に不思議な夢の国の女王様より届いた、闇色に染まった手紙のメッセージは『悪夢の世界行き』。
「皆おつかされま~! 後はちゃんとヒールしておこうね~」
 皮肉にもドリームイーターを悪夢の世界へ突き落した蓮華は、『悪夢の国のレーヌ』から元のドレス姿に戻ると屈託なく笑み零れた。

「……あれ?」
 目が醒めた彼女は、不思議そうに眼を瞬いた。居並ぶケルベロス達に不審が浮かぶのも束の間。
「……そっか。私も仮面も助けてくれて、ありがとうございました」
 蓮華に事情を説明されると、素直に頭を下げて感謝した。
「このカフェ、ばあちゃんは結構楽しかったよ。こちらこそありがとう」
「……そう思ってくれる人がもっといたら良かったんだけど」
 結衣結衣の言葉に寂しそうな元店主に、真剣な面持ちで話し掛ける思江。
「なあ。もっと店内を整理して、マスク同士の間に隙間を作る方がよく見えるぜ? 後、食い物にマスクはどっちも汚れるからやめとけ」
 世界中を放浪して店を開いた事もある経験者の助言に、彼女はキョトンとなる。
「ま、人生山あり谷ありだな。好きな仕事でも上手くいかないのはよくある話だ。仮面自体は面白かったぜ。けどなぁ……」
「今の状態だと、このお店は何がしたいのかが伝わってこないわ」
 言葉を濁すパーカーに続く彩月の言う通り、だから、このカフェは長続きしなかった。
「自分の『好き』を、発信したい。気持ちは……判ります。ですが、趣味の。押しつけは……単なる。独り善がりに、過ぎませんよ」
「好きになってもらいたいなら、相手にも判り易く合わせないと……難しいのは判るけど」
「もし、次があれば……その、バランスを。気をつけると……良いと、思います」
 雅も護朗もぎこちない口調だが、2人の眼差しは真摯だ。
「バランス……」
 考え込む元店主を眺め、たしぎは愛用のバスターライフルに触れる。
 たった一度の人生。好きな事で生きていくのも一興。失敗も後悔も、全てひっくるめて人生と思うけれど。
(「好きな事して生きてける俺はきっととても幸せ。なんでしょうね」)
「……ありがとう」
 顔を上げた元店主は存外吹っ切れた様子だった。
「今度はもっとよく考えて……一からやり直してみる」
 ケタケタケタッ!
 将来を謳えば――不意に聞こえた気がしたその笑い声は、仮面から主へのエール、だったのかも知れない。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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