幽明フェアリーフロウ

作者:五月町

●燐光の翅
 静まり返った夜の校舎。ひたひたと、ささやかな足音が廊下を進んでいく。
「絶対にいるわ! みんなは嘘だって言ってたけど、ほんとに嘘ならそんな話がずーっと残ってるはずないもの。朝になったら本の並びが変わってたり、するはずないもの」
 暗闇を行く少女の瞳はきらきらと輝いて、恐怖など忘れてしまったかのようだ。他愛ない噂話に心躍らせるまま、少女はとうとうそれに辿り着いた。
 図書室の一番奥の棚、一番上の段。ふかみどりいろの布張りの、古くて分厚い一冊の本を引き出し、恐る恐る開く。そこには読めない文字が並び、美しい妖精が不思議なタッチで描かれていて、
「やっぱり魔法の本……!」
 溢れかけた吐息は、そこで止まった。
 夢見た瞳をゆっくりと瞼が覆い、少女はそのまま倒れ込む。背後には、黒いコートに身を包んだひとりの女。
 小さな心臓を貫いた大きな鍵を引き抜いて、愉しげに微笑んだ。
「私のモザイクは晴れないけれど──あなたの『興味』に、とても興味があります」
 奪われた夢が燐光を放つ。花咲くように開いた背中の翅、花弁の服に金の冠。
 ふわりと宙に浮かび上がったドリームイーターは、辺りを淡い光に染めて廊下へと彷徨い出る。くすくす、くすくすと笑い溢しながら。
『ねえ、言ってみて──わたしは、だあれ?』

●七不思議の一片
「『図書室の一番奥の棚、一番上の段にある、深緑の布張りの古びた本を開けてはいけない。夜に開くと本の中の妖精たちが現れて、悪戯されてしまう』──だそうだ」
 その小学校に伝わる七不思議の一つだそうだと言いながら、グアン・エケベリア(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0181)はその噂の種を明かしてみせる。
 本は『妖精図鑑』という古い洋書で、当然ながら特別な力を秘めていたりはしない。本の並びが変わるのは悪戯どころか、働き者の図書係の生徒たちの早起きの賜物らしい。
「子どもらの想像力にかかれば、古いだけの本にも簡単に謂くがついちまうんだなあ。それ自体は可愛いもんだが、その不思議を信じて夜の学校に忍び込んだ嬢ちゃんの純粋な『興味』が、ドリームイーターの餌食になった」
 興味を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているものの、奪われた興味から生み出されたドリームイーターは校舎から出ていない。
「被害が出る前に倒して欲しいんだ。無事に解決できれば、図書室で倒れたままの嬢ちゃんも目を覚ますだろう」
 侵入には、少女の使った空き教室の窓をそのまま使うことができる。敵はまだ、校内を気ままに彷徨っているようだ。
「ただ、こいつは自分の存在を信じていたり、噂していたりする者に引き寄せられる性質があるようだな。うまく使えば、有利に事を運べるかもしれん」
 子どもたちの想像そのものの『妖精』は、悪戯っぽい笑顔を浮かべ、己が何者かを訊ねてくる。妖精だと答えればよし、さもなければ微笑に毒を滲ませて、相手を殺しにかかるのだ。
「まあ、奴さんが満足しようが怒ろうが気にすることはないだろう。倒さねばならん相手に変わりはないからな」
 人語を喋りはするものの、それは独り言に等しく、意思の疎通は不可能だと言い添える。
 攻撃手段は、切り離した翅で標的を切り裂くもの、冠を魔法の輪に変えて相手の動きを封じるものの二つ。煌びやかな魔法を脳裏に描き、茅森・幹(オラトリオの刀剣士・en0226)はきらりと目を輝かせた。
「俺のガッコの七不思議はもっとおどろおどろしかったよ。なんか可愛いよね、妖精なんてさ」
「見かけに惑わされてくれるなよ。回復もできるようだが、案外攻撃的な質のようだ。充分気を付けてくれ」
 苦笑いするグアンに分かってると頷いて、仲間を見渡す。
「怖い妖精さんには夢のままでいてもらわないとね。女の子が目覚めなかったら、泣く人がいるんだもん」
 空想に満ちた現実へと少女を取り返すため、ケルベロスたちは夜の校舎へ発つ。
 ──楽しむべき夢が現を害するとあっては、悪戯が過ぎるというものだ。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)
遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)
夜陣・碧人(現を揺蕩う幻想精・e05022)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
イジュ・オドラータ(星唄い・e15644)

■リプレイ


 音ひとつなく静まり返った校舎には、いかにも人ならぬものが潜んでいそうに思われた。今夜に限っては気の所為ではないその気配の正体を知る者たちは、一教室の片隅から侵入を果たす。
「誘き寄せる場所は、体育館ね」
「近くてよかったですね!」
 廊下の窓から真正面に見えた大きな建物。指し示すイジュ・オドラータ(星唄い・e15644)に、翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)は首を傾げる。
「鍵って、職員室にあるのかな。でも……」
 恐らく職員室にも鍵は掛かっているだろう。特別教室の鍵は纏めて保管されているだろうが、そこも施錠されている可能性もある。
「となると、体育館の鍵一つ壊して侵入するのが早いデショウカネ? 職員室を探す間に敵と出会う可能性もありマスシ」
 梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)の提案に、ケルベロス達はまっすぐ体育館を目指すことにした。
「七不思議かー……わくわくするよね!」
「妖精さんなんて、随分可愛い七不思議デスネー」
 潜める声に浮き立つ心を隠せない遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)と連石に、イジュは懐かしげな声を重ねる。
「うん、妖精ってステキだよね」
 お伽話や物語の中の妖精たち、巻き起こる不思議な事件に、幼い頃から魅了されてきた。夢見る眼差しに、鳴海もうんうんと頷く。
 『七不思議』に想起するのは怖い話だけではない。浪漫を求める気持ちは今だってあるのだと拳を握る。
「小さな冒険、楽しいままに終わらせてあげなきゃね!」
「Genau!」
 レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465) も口の端を上げた。
「興味は行動の大きな原動力なのに、痛い目なんか見せられたらたまったもんじゃねーよな」
 勿論、そんな事態は起こさせはしない。静かな決意を宿し、彼らは『妖精』に出会うことなく体育館に辿り着いた。
「後で直すわね」
 小さく詫びてロビンが鍵を壊すと、扉の向こうへ連石が灯りを差し入れる。広い部屋一杯に満ちる影がふと和らいだ。
「それじゃ、頼みマスヨ」
 影の中に翼を広げ、二階のバルコニーへ飛び移る連石。鳴海とレンカ、イジュの三人は舞台袖のカーテンへ。開け放たれた扉の陰に隠れた夜陣・碧人(現を揺蕩う幻想精・e05022)に倣い、茅森・幹(オラトリオの刀剣士・en0226)も逆側の扉の裏へ身を潜めた。その場に残った三人は、さて、と視線を合わせるのだが、
「……ところで、なんでロビン先輩は機嫌が悪いんだろう」
 自宅貴族の正装たるジャージコートをビハインドの執事に預けたアルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684) が小首を傾げる。覗き込まれたロビンはふいと視線を背けた。
「別にいいもん、どうせ童顔だもん」
「ああ、それで!」
 囮役を買って出た際、歳を気にしていた件を思い起こし、ぽんと手を打った。仕事に差し障らぬよう、なんとか彼女を慰めなければ。
「えーとえーと……大丈夫、僕ら仲睦まじい先輩後輩にしか見えないよロビン先輩!」
 フォローは完璧! と言わんばかりの晴れやかな笑みから、ロビンはやんわり目を逸らした。判り易く拗ねている。
「もういいの……それより、妖精よね」
「そうだった! どんな姿をしてるんだろう?」
「フェアリー、ピクシー、日本ならコロポックルなんかも妖精ですね」
 おろおろしていた結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)もほっと一息、流れに合わせる。
「私も……エルフも、妖精と呼ばれるわね。興味はね、あったのよ……ずっと」
 妖精自体が存在することに疑いはない。けれど出会う術は知らないから、逢いたい――静かな昂揚を瞳に顕すロビンに、注意深い視線を辺りに注ぎながらレオナルドが同意する。
「俺も信じていますよ、妖精。噂をすれば何とやらとも言いますし、もしかしたら今夜……」
 誘き出す為とはいえ、語り合う『興味』は真のもの。その匂いを嗅ぎつけ、淡い気配が罠の中へ舞い込んでくる。
「で、出……」
 声を失うレオナルドに、くすくすと忍び寄る笑い声。
 燐光を散らし羽戦く翅、少し傾いだ金色の花冠。翡翠のように鮮やかな碧眼を愛らしく緩ませ、それは訊いた。
『ねえ、言ってみて? ――わたしは、だあれ?』
「……っ、さあ……お喋りな蝶々、という訳ではなさそうですね……!」
 レオナルドの答えに完璧な笑みが歪んだ。その瞬間、閉まる扉の音に『妖精』は緩慢に振り返る。
「さて、用心、用心」
 退路に立ちはだかる碧人の前には、光り輝く盾の加護。その向こうから、体よりも大きな炎の気を吐いて、ボクスドラゴンのフレアが飛び出してくる。
「茅森卿はメディックを頼みたい。イジュ嬢と一緒に」
「任しといて」
 アルシェールの指示の間にも、『役者』の一撃が妖精へ襲い掛かる。
「可憐な妖精を演じるにはその笑顔、ちょっと力不足だぜ! 大根役者さんよ」
 舞台から飛び出したレンカの笑みが一転、物語の人物を纏う。私欲に奔った女の凄絶な笑みに転じると、華奢な体に刃を突き立てられた妖精は憤怒を浮かべた。ひっ、とレオナルドの喉から声が零れる。けれど、
「やるんだろ? 手伝うよ」
 不意に耳に飛び込んできたのは、覚えのある声。畏れの覗く友の眼差しに何があるのか――前に進む助けになりたい一心でやってきた玉榮・陣内は、満月を思わせる光球でレオナルドを援護する。
「く、喰らえ……!」
 レオナルドは震えを飲み込み、星座の力を宿す双剣を翻した。十字に傷を刻みつければ、剣戟の光に照らされた仲間たちが次々と集結する。
「妖精の輪ならぬ、ケルベロスの輪デスネー」
 軽口を携え、二階から飛び掛かる稲妻の槍。空気を裂いて振り下ろした連石の一突きに、妖精は白い喉を晒して悲鳴を上げた。
 だが、小さな唇が紡ぐのはそればかりではない。
『知らないの? わたしは、妖精』
 敵の輪郭が、唐突な冠の発光に掻き消える。
「……っ!」
 宙を駆け抜けた光の輪が、レオナルドを得物ごと縛りつけた。
 幽明に浮かんだ妖精は、与えられた痛みなど忘れたように笑いかける。


 執事から受け取ったコートに袖を通し、アルシェールは鋭い眼差しで妖精を射抜いた。
「僕が会いたいのはキミじゃない、『本物』さ」
 物事の始まりに在るは『観測』。幼き貴族が見通した情報は癒しと狙い定める力を帯びて、共に前に立つ仲間たちへ伝播していく。
「細工は流々、よく狙えよ」
 最初に応えたのは、恭しく少年に傅くビハインド。その意識が敵を絡め取るなり、虚の力を宿す大鎌を掲げロビンが跳ぶ。
「さあ、妖精狩りの時間ね。……わたしの目には、妖精を騙るただのデウスエクスにしか、見えないけど」
 一閃が『偽物』から生気を奪い取ると、鳴海も戦意を発露する。脳裏を過るのは、興味を奪われた少女のことだ。
「悪戯にしてはちょっと度が過ぎるんじゃないかな、妖精さん? ……悪いけどその翅、凍らせてもらうよ」
 刀身は雪灯りのように澄んだ光を放った。沈めた刃から伝いゆく凍れる気が、妖精を内から蝕んでいく。
「まだまだっ、そんなものじゃ倒れないよ!」
 イジュの指輪が光に融ける。生み出したかたちは、鳴海に守りを施す光の盾。視線が告げる感謝に天真爛漫な笑顔で頷くと、
「幹君はレオナルド君をお願いね!」
「とと、了解!」
 傷ついた仲間へも抜かりなく、幹の祝福の矢を誘導する。
「心、静かに――」
 逸る鼓動に鎮まれと念じ、レオナルドは駆ける。胸に宿る地獄の炎は、今も止まない恐怖の証。けれどもう震えているだけの自分ではないから、今度こそは。
「何も奪わせたりしない……! みんな、見ててくれ」
 燃え立つ炎が空気を揺らし、目にも止まらぬ剣閃が敵の視界から消えた。『獣王無刃』の名を掲げる連撃が敵に傷を重ねる。見守る碧人の詠唱が、広い体育館に静かに谺する。
「『冬の鎖、地と水を従える精……鍛冶師は氷刃を振るう』」
 闇夜の説話集に綴じられた一節が、命を生む。喚び出した妖精は自ら鍛えた氷の刃を振り翳し、『偽物』へ突撃した。
「――所詮は偽者、本物の妖精を知れ」
 冷えた声と印象を同じくする横顔は、勇猛に攻め並ぶフレアの姿に僅かに凪いだ。
 掻き躍るロビンの短剣が、幻めいた妖精の体から体液を吹き出させる。血を浴びた娘の眼差しは澄んだまま、動じない。
 光り輝くダストが妖精の身体を包み込んだ。たちどころに消える血の色に舌打ちを溢し、アルシェールは空駆ける爪先に流星の尾を纏わせる。異常が拭われるならば、再び齎すだけだ。
 その一撃は執事が操る瓦礫と共に、美しく再生した翅を叩き落とす。レンカはぱんと手を打った。
「Toll! こっちも行くぜ!」
「うん! 悪い妖精さんにはお仕置きだよ!」
 躍りかかる鋸刃に鳴海の白刃がすかさず続く。霊気を帯びて神秘的な光を放つ刃がふたつの傷を刻み込むと、神秘的な詠唱がわんと空間に広がった。幻の翼と牙を紡いだ連石の愉しげな笑み。
「ドラゴンを御供に妖精を倒すなんて、まるであべこべの英雄譚でスケド、それもまた一興デスネ!」
 顕現した翼竜が、ひといきの灼熱に妖精を呑み込む。鮮やかなその焔を裂いて、アスガルドの斧を手にしたイジュが臆せず踏み込んでいく。力強い一閃こそ彼女の本領だ。
「想像世界を壊さぬ様、悪い妖精さんには物語から御退場願いマショー!」
「うんっ、憧れのお話の中の、ステキな妖精のままでいてもらわなくっちゃね!」
 だから、『偽物』には終焉を。
 仲間の刻み付けた傷跡に、幹の放った矢が突き刺さる。
「その程度の猿真似で妖精気取りとは、笑ってしまいますね」
 かたちだけの虚構の塊は害悪でしかない。短剣を構えた碧人は、次の瞬間敵の死角に踏み込んでいた。
「──疾く、落ちろ」
 振るう刃先が翅を歪に斬り落とす。継ぎ目ない連携で熱色のブレスがそれを焼き尽くすと、今度は爆ぜる雷撃に彩られた槍を手にしたレオナルド。
「妖精の徒、と呼ぶには少し悪辣ですね……!」
 愛らしい姿を劈き、本性を暴き出そうとする白い一刃が翻るやいなや、レンカは再び演じ手となった。
 纏うはひとりの女、死者の臓腑で客を饗した、恐るべき女将。
「──『死して尚、私の役に立てるのよ。嬉しいでしょう?』」
 深々と沈んだ切っ先までは真実、けれど抉り出された腸は幻だ。しかし、怒りを引き出された妖精は、跳び退くレンカの立ち位置までは届かぬ術を紡ぎ出す。
 花のように咲いた翅は鎌鼬のようにロビンを目指したが、間隙に踏み込んだ碧人の体がそれを阻んだ。
「碧人……っ」
「平気です」
 甘くはない斬撃を一手に負いながら、碧人は素気なく言い切った。素早く配されるイジュの光の盾に安堵し、娘は凛と前を見る。
(「護り手のひとたちが懸命に盾となってくれている、から」)
 刃として立つ自分に出来ることを。立ち上る戦意が大鎌に力を注いだ。
「わたしはわたしで、……全力で、あなたを殺す」
 大鎌『レギナガルナ』は、駆け抜ける速度を緩めることなく敵を掻き切った。鎌首に帯びる虚ろに敵の生気を取り込む間に、アルシェールは自分の裡から気力を紡ぎ出す。
「悪い夢なら、微睡みでおしまいだね」
 碧人に迫る見えざる敵を治癒の光で掻き消して、少年は笑う。執事の念力に縛られた妖精へ、鳴海は絶対零度の剣を振り上げる。
「凍れ――その身の内の、内までも……ッ!」
 叩き込む一撃が傷口から冷気の霧を迸らせた。妖精が怯んだ一瞬を見逃さず、連石はブラックスライムを素早く敵の頭上へ投げかける。影に染まる液体が、捕われた妖精の放つ光の明滅を透かす。まるで抗っているようだ。
 治癒の矢を受け、碧人は攻撃の弓を引き絞った。先駆けるフレアには傷を負わせぬようにと狙い定めた矢は、絡みつく影から漸く逃れた『偽物』の心臓に見事、突き刺さる。
 因縁ある魔女への畏怖を吹き飛ばすレオナルドの咆哮と、臆病さを封じ込めて振り抜く二振りの剣。刀身に宿る煌めきと重力は、頼りなく宙に浮かぶ妖精を地に叩き伏せた。
「さあ、クライマックスだ!」
 アルシェールの高らかな声に、噴き上がった七色の爆炎が前に立つ者たちの戦意を昂らせていく。歪んでなお可憐な眼差しが少年を射抜き、輝く花冠が拘束の輪を形作った。しかし、放たれた輪の勢いは数々の異常に絡め取られ、標的を捉えることなく地に落ちる。
 ――……Lala♪
 重苦しい戦場の空気を、不意にきららかな星の音が破った。微かに口ずさむ歌を音にかさね、イジュは両手を掲げる。
 溢れ出す魔力の星々はきらきらと輝きながら、光を喪いつつある妖精に纏いつく。味方には天上の癒しとなり得るその力も、敵にはちりりと肌を斬り裂く光の刃。
「夢は楽しくてステキなものが一番だもの。悪い夢はここで終わり、だよ!」
「ふむ、それではそろそろサヨナラの時間デスネ」
 連石は緩く笑った。頭上へ伸ばした腕の先には、緩い物言いとは裏腹のリボルバー銃。
「さあ十二時の鐘デスヨ、シンデレラのキスをドウゾ」
 その時を指し示す長針の如く、天井へ放たれた弾丸が跳ね返る。それは見上げた妖精の胸を真上から貫いて、
『……わ、たし、ハ……妖精……』
 どこまでも楽しげな声の余韻だけをケルベロスたちに残し、妖精は翅ひとひらを置き土産に消え失せる。
「王子様のお迎えはあったのデショウカ? それとも人魚のように泡となって消えるばかり、デスカネ」
 硝煙の匂いを吹き消した連石の表情が眼鏡の下に消える。
「ったく……愛らしい妖精を気取るんなら、笑って許せるレベルの悪戯に留めとけよな」
 肩を竦めるレンカの傍ら、鳴海がよし、と仲間を振り返る。
「それじゃ、女の子を迎えに行かないとね! ……と、その前にここ、直さないといけないか」
「鍵も、だね。見た目が少し変わっちゃうのは……妖精の悪戯ってことで!」
 新しい物語が生まれてしまうかもしれない。けれどそれは、幼い憧れの続きのようで、イジュはふふっと楽しげに笑った。
 幻想彩る鍵でその空間を閉ざす前、ロビンはまだ少しだけ残っている気がする気配の残滓を振り返った。
「ばいばい、ニセモノの妖精さん」
 心から喜べる出逢いなら良かったのに――そう、胸の裡に呟きながら。


「あっ、気が付いた? 大丈夫?」
 連石の翳したランプに照らされたイジュの笑顔に、少女はぱちくりと瞬きをした。
「え、お姉さんたち、誰? わたし……ええと」
「私たちはケルベロスよ。この学校の噂を聞いて、不思議な事件を調べに来たの」
 ケルベロスカードを示してみせる鳴海に、少女ははっと目を見開く。
「そう、噂よ! わたしも七不思議の妖精に会いにきたの! それで」
 どうしたんだっけ、と首を傾げる少女。興味を奪われた瞬間の記憶はあやふやなようだ。
「これですね、『妖精図鑑』。どんな本なんでしょう」
 拾った本のページを興味深く――どこか恐る恐る、といった風情でレオナルドが捲る。ケルベロスたちに混じり覗き込んでくる少女に、イジュは目を細めた。
「ねえねえ、あなた、妖精が好きなの? わたしも大好きだよ!」
「! ほんと?」
「君が眠ってたの、妖精さんの悪戯だったらすごいね!」
「え……そ、そうなの? 妖精さんのせいかな!?」
 少女の瞳が輝きだす。自分の『興味』を肯定されることは、これまであまりなかったのかもしれない。
 でもね、と人差し指を立てる鳴海。
「夜の外出とか、危ないよ。お家の人も心配するだろうし、危険な事はあんまりしちゃだめだからね? 怖い妖精さんだったら大変だったんだから」
「そーだな、勇敢なのは結構。だけど夜は不思議で妖しい奴らのパーティータイムだ、巻き込まれたら帰ってこれねーかもしんねーぞ?」
「不思議で、あやしいやつら……?」
 レンカの脅かしに少女の瞳が一層輝いた気がする――が、それはさておき。
「そう、世の中には不思議も危険もいっぱいですよ? ほら、この子だって」
 不思議で、危険で、可愛い生きものを自慢げに差し出す碧人。ギャウッと胸を張るボクスドラゴンに、
「かわいい!」
「君は分かっていますね!」
 思わずがしりと握手の碧人。少女の無邪気な表情に、ロビンは密かに安堵の息を零した。
 興味も夢も、奪われたままにはならなかった。これからもきっと、彼女の中に宿り続けるのだろう。
 ふと自身の興味も擽られるまま、訊ねてみる。
「ねえ、妖精ってさわれる? しゃべれる?」
「ロビン先輩や夜陣卿ならさわれるししゃべれるよね、なんたって妖精八種族の生き残」
「えっお姉さん妖精なの!?」
「お願いアルシェール、話をややこしくしないで」
 本当の先輩後輩のような遣り取りに笑いつつ、
「そうですね、それはものに拠るでしょうが……例えばこの『情報の妖精』は」
 伝え聞いた話を当然のように語る碧人に、瞳に宿る光はロビンや少女から、周囲の仲間たちにまで広がっていく。
 少し離れてその様子を見守りながら、連石は目を細めた。
 七不思議の正体は、夢のままでいいだろう。それが夢である限り、どこまでも終わりなく楽しめるのだから。

「ね、そのステキな夢を持ち続けていてね。信じていればきっといつか、いつか出会えるから」
「もちろんよ!」
 イジュの言葉に、少女は満面の笑みで応える。
 醒めない悪夢から助け出された小さな夢は、夜の頂にきらきらと輝き続ける。――これまでと同じように、これからも。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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