七夕モザイク落とし作戦～二つ星の加護を君に

■リプレイ

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　――卵が孵る。
　夜影に包まれた校庭にゆらり、巨大な影が立ち上がる。やや後方へ持参した灯を残し、ベルノルト・アンカー（傾灰の器・e01944）が駆け込んでいく。
「このような星天の下では、人工の明かりなど無粋でしたでしょうか」
「そんなこたねーだろ。役に立ってる」
　辺りを広く照らす仲間の灯りに頷いて、鳥羽・雅貴（ノラ・e01795）が敵前へ踏み込む。腰に吊ったランプの光が直近から敵の姿を照らし上げた。
　七色の短冊を巨身に透かすドリームイーター。次々と戦場へ集結する仲間の気配に、ベルノルトは装甲から解き放ったオウガ粒子を前に立つ仲間たちへ届けていく。回避に長ける敵への攻撃を、少しでも確実なものにする為に。
「純粋な願いをこうも歪めて具現化するたァ、また随分と悪趣味なこって。――さァ、遊んできな」
　夜影に招かれた無数の翼影。秩序なく暴れ群がる翼の陰から、二刀を携え襲い掛かる雅貴。ざん、と沈む刃の音が耳を打つ。
「一つ一つが子供たちの真剣なお願いごとなんだ！　食べるなんて絶対許さないっ！」
　星の煌めきを纏うフェクト・シュローダー（レッツゴッド・e00357）の蹴りが、早々と敵の動きを縫い止めた。キヒヒ、と魔女めいたレンカ・ブライトナー（黒き森のウェネーフィカ・e09465）の笑い声が響く。
「オレみてーなイイコになりてーだなんて、すばらしー目標じゃねーか。守ってやらねーとな！」
「う、うむ？　なんと健気な願いであろう」
　奏真・一十（あくがれ百景・e03433）は神妙に頷き、唸る鋸刃を手に敵の足許に切り込む。が、抜いた切っ先はゆらりと揺れる体から僅かに逸れる。おやと声が零れた。
「成程、成程。生まれたての赤子とはいえ、力は伊達ではないようだ」
　飄々と笑う主へやや冷ややかな一瞥をくれ、ボクスドラゴンのサキミが雅貴へ自身の属性を注ぎ込んでいく。続くのはレンカ。しなやかに旋回しながら迫った脚は、これも妖しく揺れる体を掠めることなく地に下りる。
「Ach Mensch!　すばしっこいヤローだぜ」
「まあ、そういきり立ちなさんな」
　まだ勝負は始まったばかりだ。好戦的な眼をきらりと輝かせ、ハンナ・カレン（トランスポーター・e16754）の長い脚が襲い掛かる。微かな星彩を纏う蹴撃がめり込むと、敵の体が撓んだ。
「今のうちに頼むぜ、相棒」
『ええ、任せて』
　繰空・千歳（すずあめ・e00639）の肉声と一語一句違えずに、通話状態のアイズフォンから声が流れた。通信を使う程の距離にはなかったが、その備えは繋がる信頼を示すかのよう。
「さあ、出番よ。皆に力を届けてね」　
　薄紅の芍薬を咲かせた攻性植物が、金色の実りを結ぶ。放つ光が前衛を染め抜き、異常を越える力を灯すと、酒樽型ミミックの鈴もエクトプラズムの酒瓶を掲げ、頼もしく挑みかかっていく。
　空に輝く星も、地上の願いも一層煌めくこんな夜に――憤りは躍る脚に込め、ザンニ・ライオネス（白夜幻燈・e18810）も敵の死角に潜り込む。
「子供たちの願いの詰まった短冊を飲み込むとは言語道断！　お仕置きするのはこっちの方っすよ！」
　駆け抜けた光が、ハンナのそれとは逆方向に蹴り飛ばす。その瞬間、幾重にも重なり響く子どもの声が、前に立つケルベロス達を捉えた。
「ふむ、これがお説教、という訳か」
　付された熱が身に疼くも、一十らは顔色を変えない。構うなと雅貴の声が飛ぶ。
「この程度じゃ倒れねぇ。俺は生憎悪い子側だ、説教にゃ慣れてるからな」
　頼もしい言葉に頷いて、ベルノルトは後方へ手を翻した。自ら燈した灯が、後衛へ追い風を吹かせる色鮮やかな爆煙を照らし出す。帽子を押さえ、一十は黒き鎖を闇の中へ解き放った。
「そう幾度も外しはすまいよ」
　与う属性を主へ向けるサキミをよそに、駆け抜けた鎖は蛇のように首を擡げ、敵を縛り上げる。レンカの声が夜の戦場を明るく彩った。
「こっちも調子出して行くぜ、ザンニ！」
「ええ、今度も外さないっすよ！」
　顔つき、眼差し、放つ声。その全てが血塗れの青き英傑の影を帯びる。顕れ出でた聖槍を翻し突き進むレンカの顔には、『青髭』の狂気すら宿って見えた。
　役柄に親しみ溶け込んでしまう少女の質は、先の仕事で見知ったものだ。ザンニも負けじと魔力を紡ぐ。掌に集約した影のような弾を打ち出せば、貫かれた敵は見えざる悪夢に苛まれ、ぐねぐねと身を捩り始めた。
　その姿の如く歪みきった性根に、真直ぐな子供の願いはあまりに不相応。居抜く二刀に思いを映し、雅貴は風を斬った。標的を追う魔法の斬撃に、切っ先は届かぬ筈の敵の体がざくり、空間ごと斬られてずれる。
　一方で、フェクトの投げたウイルス入りカプセルは、これも敵を逸れて地に転がってしまう。
「うぐぐ、すばしっこい……！」
　悔しがるフェクトに、焦るなと笑みをひとつ。ハンナは素早く掌に気を練り上げ、敵へと翻す。
「任しとけ」
　駆け抜けるオーラの弾が巨躯に喰らい付いた。その軌道を追った千歳の視線は、今度は後方の仲間へ。再び実った金色の光が、後衛へも隙なく護りを施していく。
　鈴がばら撒いた黄金の輝きは、敵へ重ね施した数々の異常に催眠を並べたけれど、
「この気配は――」
　冷静に戦況を見守っていたベルノルトが目を細める。立ち上った妖しげなオーラが、傷を癒すとともに拘束の多くを吹き払ってしまったのだ。
「……ですが、それも想定の内です」
　解かれるのなら、逸れるとしても、幾度でも。神すら殺す薬弾が弾かれても、青年の涼やかな眼差しが揺れることはない。突き抜けるザンニの蹴撃が敵を縫い止め、円を描くように躍るレンカの脚は、体の芯を揺らがす一撃で敵に痺れを齎した。戦略は確りと共有され、誰もがそれを叶えるべく動いている。
　一十の鋸刃が敵の肩腕を引き斬ると、増える異常に敵は巨体を震わせた。それをみるみるうちに覆っていく烏たちの濡羽の陰から、雅貴は素早く刀を差し入れる。――けれども、
「……ちっ、やるじゃねぇか」
　闇とも影ともつかない巨大な指先が、刃を防ぎ止めた。敵も容易く思惑通りにされてはくれないようだ。
　舌打ちして突き放し、雅貴は低く身構える。次の一閃は外さない。

●
「今度こそっ……！」
　気合いを一声、フェクトは鋭く蹴り込んだ。降らす光が足止めの一手を刻み付けるが、今度はハンナの小剣の切っ先が逸れる。
　不意に敵の手が目前に迫るも、衝撃はハンナのもとへは訪れなかった。庇い止めた千歳が声に笑みを滲ませる。
「あなたらしくないわね、ハンナ」
「相方を支える大和撫子かね。惚れそうだぜ」
「余裕があって何よりだわ。まだまだ攻撃が足りてないんじゃない？」
　にやり笑いで受ける友を、溢れ出す気で自ら痛手を癒しつつ、次手へ送り出す。
　ベルノルトは敵前に片手の甲を差し出した。滲む血は、先刻自ら噛み切ったもの。
「わわっ、ベルノルトくん痛そう……！」
「大した傷ではありません。──喰らえ、意の儘に」
　淡々と紡ぐ術に、生まれ出すのは黒染めの蝶の群れ。それは敵に群がると、魔力を喰らう傍から翅を眩い金色に染めていく。
「貴女も、貴女らしい一撃を」
　信ある眼差しに見守られ、フェクトはウイルス弾を投げつけた。
「やったっ！」
「Prima！」
　命中を讃えたレンカの槍穂がすかさず続く。
「そら、お仕置きならオレがしてやるよ。悪い子のお前にな！」
　苛烈な突きを叩き込むうちに、昂る黒き情念が笑みの質を変えてゆく。哄笑すら響かせそうな演じように、
「いつもながら見事な変貌ぶりであるな」
　感嘆し、一十は再び敵へ鎖を向ける。駆け巡り絡みついたそれが動きを鈍らせる間に、
「さて……それじゃ、あたしの拳を味わって貰おうか」
　ハンナの音速の拳が鋼鉄の如く敵を穿つ。正確に狙い澄ました一撃は、その拳に小剣を持ち替える隙までも生み出した。高まる力を切っ先に込めて切り裂けば、連携の一手はザンニへ。刻まれた傷跡にぶつける思念の弾は、夢を喰らうものにさらなる悪夢を植え付けていく。
「どうした？　そんなもんかよ」
　雅貴の二閃に斬り裂かれた空間の下へ、千歳の差し向けた蔓が滑り込む。伸びる緑の触手を弾き、敵は再びオーラを迸らせ──ようとした。
　けれど、癒しの力は生じない。拘束が敵の一手を封じ込めたのだ。
「無垢な夢を喰らう暴挙に先などありません。──夢は、此処で終わりです」
　神をも殺すウイルスで裡から巨躯を蝕んでいくベルノルト。つれなくも与えた指示の通りに仲間へのヒールを重ねていくサキミに頷いて、
「然り、然り。夢喰いに餌を撒く行事ではないのでな」
　鋭い刃を翻し、ぎりりと肌を掻き引く一十。きっと叶う幼い夢たちを、このまま食い物にさせてはおけない。
「そうだよ！　悪い夢は、もうおしまい！」
「幕にしよーぜ、夢喰いさんよ！」
　フェクトのかそけき光の尾が右足を貫き、息を揃えたレンカの脚が、電光石火の蹴撃で左足を叩き折る。鮮やかな連携に称賛の口笛を響かせ、ハンナは地に近づいた敵の胴に拳をめり込ませた。
　五回、と密かに攻撃を数える。リミットはすぐそこに迫っていた。

●
　翳す刃に灯るのは遠い月灯り。
　瞳に映し出されるアイズフォンの時間を絶えず気にかけながら、千歳は刃を振り上げた。先を駆ける鈴の酒瓶が空を切った瞬間、躱す敵の死角から一閃を刻みつける。
　光り輝く片腕に敵を捉え、闇に冒された拳を叩きつけたザンニ。潰された胸を膨らませるような敵の挙動に思わず身構える。
「また説教っすか！？」
「――ったく、いいこへの説教なんざクソくらえなんだよ」
　悪態を残し、抜刀する雅貴。鈍く輝く切っ先が敵を示せば、闇色の翼が一斉に襲い掛かる。羽戦きが消える間際に斬り伏せる陰の一閃こそが本質で、真打だ。
　刻まれた一撃を振り払ったのは妖しげな声ではなく、叩き伏せんとする魔法の一撃。雅貴へ届く一瞬前、千歳がそれを受け止めると、ハンナの眼が険呑な光を帯びた。
「おいおい、相方の綺麗な顔に傷は無用だぜ？」
「その心配も無用だわ」
　頬に走った赤い線を笑顔で拭い、千歳は声を張り上げる。
「残り2分！　――きっちり仕留めるわよ！」
「心得ました」
　同じ赤から、ベルノルトが蝶を生む。敵を埋め尽くした黒い羽戦きが一斉に金色に転じると、血の匂いを嗅ぎつけた一十の鎖が浮かび上がった影を絡め取る。
　涼やかな水を思わせるサキミの癒しが千歳に向かった。フェクトは頷き、先巻く杖を空に掲げる。駆け抜ける雷光が空気を裂き、巨体を突き抜けると、すかさずレンカが距離を詰めた。瞳に宿したままの英傑の狂気が白い光に照らし出される。
　その血をもっと――もっととジル・ド・レイは求めるけれど、役を纏うレンカは知ってもいる。昂揚の時はきっと、間もなく皆の手で終わりを迎えるのだと。
「さ、時間だ……終わりにするぜ」
　銃弾より鋭く硬い拳ひとつを携えて、ハンナが躍りかかった。一撃に敵が揺らいだ隙に、足許に絡みつき締め上げる拘束の蔓は千歳のもの。
　鈴が散らすまやかしの黄金が、仲間たちの戦意を照らす。敵に掴みかかるザンニの、眩く光り輝く左手も。
「ドリームイーターの目論見もモザイク落としも、絶対に阻止してみせるっすよ……！」
　辺りの闇よりなお深い闇を纏った右手が、敵の懐を打ち抜いた。その傷を追い討つように、霊力迸る刃を構えた雅貴が迫る。銀の髪が風に泳いだ。
「さァ――わるいこは、眠る時間だ」
　鋭い視線が一足早く貫いた一点を、切っ先が寸分のずれすらなく突き破る。たまらずオーラを紡ぐものの、敵の望むほどの威力は発揮されなかった。それは、
「……そろそろ潮時でしょう」
　さらにもう一投。ベルノルトが重ね与えたウイルスが、癒しの力を蝕み、喰らうが故。
　眼鏡を透かした青年の物憂げな瞳が、仲間のひとりを顧みる。受け止めたフェクトはグラウンドを踏み締め、跳んだ。
「あなたには、私がお仕置きしてあげるっ――！」
　降るような星空の下、地上から駆け上がる流れ星ひとつ。光の尾を足に纏い、渾身の蹴りを叩きつけると、敵の感触がふつりと消えた。代わりにぶわりと風に舞うのは、沢山の短冊のかけらたち。
　下り立ったフェクトはその一枚を受け止める。明るい瞳が微かに翳った。拾い上げた一枚に記された願いはもう読みとれなくて、しゅんと肩を落とす。
「真剣なお願い事を弄ぶなんて、神様にだって許されないことだよ」
　そうだなと吐息を一つ、雅貴はフェクトから短冊片を取り上げた。高い背を生かして笹へ飾りつけると、
「これはな、やんちゃ坊主達が自分で少しずつ成してくべき大事なモンなんだよ。――届いてるよな、ちゃんと」
　穏やかな声が、空の二つ星に言い聞かせる。ケルベロスたちは顔を見合わせて、ふと笑った。
「……そうだね！」
　瞬く星たちに見守られながら、ケルベロスたちは願いの欠片を集めていく。

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　最後と思しき一枚を目一杯背伸びして飾り付けたザンニは、ふと暗くなった視界に振り返る。
　ベルノルトと雅貴が灯りを消して、辺りは一瞬の暗闇に包まれる。けれど瞳はすぐに慣れ、星々の謙虚な輝きが静やかに空を覆った。
「紙に願い事書いて飾れば叶う、かー。ふーん、ロマンチックじゃん。まっ、オレは自分の願いは自分で叶えるけどな！」
「へえ、あんた、中々いい根性してるじゃねぇか」
　からりと笑うレンカににやり、好ましげな笑みを向けるハンナ。ついでに横で願いを綴る友人を覗き込み、肩を竦める。
「……あんたの短冊は可愛げがねぇなまったくよ」
「あら、ハンナもどう？」
　ぴらりと示された短冊には、『毎日美味しいお酒が飲めますように』と綴られている。柄じゃないと苦笑いで応じると、
「私は、『神様になれますように』！　叶えてくれたら、二人が毎日逢えるようにするからーっ！」
　ちゃっかり自分の短冊を飾り付けたフェクトは、元気よく両手を振って空へのアピールも忘れない。
「皆さん素直で素敵っすねぇ」
　しみじみと微笑むザンニ。子どものように素直に文字や言葉に綴る仲間は、星空の下でもなんだか眩しい。
「うむ、至誠通天と言う！　心から願うなら、星にも届こう」
　おおらかに頷いた一十は、灯りを片す二人へも問いを向けた。
「お二人も何か願われたか？」
　一瞬顔を見合わせて――先に口を開いたのは雅貴。
「そーだな。此処に飾られた願いが皆ちゃんと叶うよう、願ってる」
「そう……ですね。願わくば、多くの夢が叶う事を」
「ふふふ、ふたりともいいひとだよねっ！」
「な――」
「おや、照れることなどないというのに」
　ふいに賑わいを増す彼らを見下ろして、笹の葉と願いが穏やかにざわめく。
「……仲間たちも上手く行っただろうか」
　空を見上げ、ベルノルトはぽつりと呟いた。降り注ぐ悪意の気配はここには感じられない。
　各地に散った仲間たちも同じであることを願うように、青年は静かに瞳を伏せた。

作者：五月町	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 8／キャラが大事にされていた 0
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