銀の幽冥

作者:五月町

●雪闇の円舞
 赤い信号の光が、明滅を繰り返している。
 人も車も通らない、深夜の交差点だ。朝から降り続く雪のかけらはしらしらと静かに積もり、点滅に合わせて紅に染まる。
 北の地では別段珍しくもないその光景も、その夜は何故か不穏な気配を漂わせていた。
 夜の中に彷徨い出たのは、風に飛ばされてきた二つの大きなビニールのようなもの。否、頼りなく漂ってはいたけれど、それは意思なく風になぶられている訳ではなかった。
 透けるような肌を持ち雪夜に踊り出る奇妙な魚は、死神。深い夜の底でしか生きられぬような暗い眼を剥いて、青白い燐光を放ちながらくるくる舞い踊る。その軌跡が、積もる雪の上に魔法陣のように浮かび上がった。
 光に照らされて姿を現したのは狼のウェアライダー、――であった筈のもの。不自然に盛り上がった筋肉と真っ赤な異形の爪、薄汚れた毛並みはごわごわとして、血の通う気配もない。爛と鈍い輝きを灯した眼は血走って、理性などありそうもない様相である。
 永久の眠りを醒まされた生き物の狂おしい咆哮が、荒々しく逆巻きはじめた風雪に溶ける。取り巻く二体の死神はその姿を嘲笑うように、辺りを染める白銀と警告するような赤の明滅の中を舞い遊んでいた。

●浅い目覚め
「青森県で、死神たちの出現が確認されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう告げて、痛ましげに眉を寄せた。
 ヘリオンで向かうその街は、今まさに吹き荒ぶ風雪の中にある。市内よりも少し小高い場所に位置し、夕刻には人々が帰り来る所謂ベッドタウン。夜になれば街ごと眠りに就いたように静かになる、そんな場所だ。
「現れる死神は二体。大きな深海魚のような姿をしていますが、知性を持たない下級なもののようです。彼らは、かつて死亡したデウスエクスを持ち帰ろうと画策しているのです」
 永久の眠りを覚まされるのは、第二次侵略期以前にその地で死した屍だ。死神たちの目的が戦力の増強にあるとすれば、見逃す訳にはいかない。
「出現する場所までのナビゲートは私にお任せくださいね。周辺にも避難勧告を出しておきますので、近くにお住まいの皆さんのことも心配は要りません」
 励ますように告げて、セリカは状況を説明する。
 風雪に晒される夜の交差点で死神たちが目覚めさせるのは、獣人型の狼のウェアライダーだ。既に変異強化を施され、鋭く研がれた赤い爪と、異常に発達した筋力を備えている。
 扱うグラビティはごく一般的なウェアライダーのものではあるが、強化されているので油断はできない。加えて二体の怪魚型死神も、戦況を黙って眺めているとは思い難い。
 死神たちは噛みつくことで人の生気を奪い、周囲の怨念を集わせて作った弾丸を爆発させ、その思念で敵を苛もうとする。回復の術も持ち合わせているが、自らを癒すことしかできないようだ。
 かつては敵だった相手だ。だとしても、安らかな眠りから引き摺り起こされ、自我もない浅い目覚めの中でただ『力』として使われていい筈がない。ましてやそれが、次なる悪事の備えならば。
「死神たちの策略を打ち砕いて、彼をもう一度、眠りに就かせてあげてください。どうか、お願いしますね」
 彼女らしい優しさを言葉の端に滲ませて、セリカはケルベロスたちに頭を下げた。


参加者
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)
シェリド・ルジャイン(理に手を・e02751)
海神試作機・三九六(ザクロ・e03011)
御巫・かなみ(天然オラトリオと苦労人の猫・e03242)
不破野・翼(参番・e04393)
火岬・律(幽蝶・e05593)
山王・秋人(瞽爪・e12790)

■リプレイ


 風雪吹き荒れる交差点を、赤い点滅が薄暗く染める。そこへ降り立つ六つの光は、雪風を絡ませたケルベロスたちのものだ。
「……」
 レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)は思わず言葉を失った。寒い。ヘリオンから見下ろす白い世界にはしゃいでいた青年の熱を、容赦ない雪嵐が奪い取っていく。
「風花吹き荒ぶ夜に死神との逢瀬なんて、お誂え向きだね」
 こちらに気づいた深海の使者たちに、山王・秋人(瞽爪・e12790)が目を細める。物語めいた邂逅ではあるが、歓迎はしたくない。
 レッドレークは身を震わせ、不穏な空気ごと寒さを振り切った。
「……クッ、これしきの寒さなど……! 俺様が再び引導を渡してやるぞ! 寒いので早急にな!」
 ぎらつく光を眼に宿したウェアライダーを目の前に、奮い立たない筈がない。地獄の炎熱を脳の機巧に巡らせれば、命中精度の高まりとともに寒さは肌から掻き消えた。
「死者を弄ぶなんて許せないです! 犬飼さん、いきますよー!」
 呼ばれた翼猫の眼差しが、空回りしないようににゃ、と嘆息したように見えたがそれはそれ。尻尾から繰り出される光輪に合わせ、御巫・かなみ(天然オラトリオと苦労人の猫・e03242)も爆破スイッチをえいっと握り込む。
 爆ぜた胸を目一杯に膨らませ、獣人は吼えた。雪嵐を吹き飛ばす怒声が勇ましき盾たちの身を揺さぶる。
「シュタール!」
 盾のひとり、不破野・翼(参番・e04393)の蹴りが獣人の懐を切り裂くと、箱竜・シュタールも竜の吐息で呼応する。熱と冷気が戦場に渦巻いた。
「さて、列減衰の効果はどうでしょう?」
「そうだな──功を奏すかは、働き次第といったところか」
 斬霊刀の秘める破剣の力を自身にも伝わせながら、ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)は凶気露わな敵を見据えた。
「無理矢理起こされる気持ちは痛い程解るぞ。特にこんな寒い日にはな」
 寒冷適応の能力と暖かな装いをしても、生まれの地に似る身を切るような寒さは分かる。謂れなき目覚めを促された身なら、尚のこと痛ましい。
「今頃になって魚類に眠りを妨げられるとはな、同情する」
 死神たちの描く軌跡より鮮やかに、火岬・律(幽蝶・e05593)の蹴撃が流星の尾を引いた。眼差しはひやりと澄んで、蘇生された獣人の嘗てを見据える。名こそ知らないが、強き戦士であったのだろう。
 無作法に視界を横切る死神たちが、翼と三三三──海神試作機・三九六(ザクロ・e03011)の翼猫に噛み付く。暖かに着せつけたポンチョと艶やかな毛皮が血に汚れても、主の眼差しは揺らがない。
「永久の眠りから、おはようございます──壊れた目覚めは如何ですか」
 代わりに叩きつけた機械脚は、入念な手入れの甲斐あって寒さに鈍りもしなかった。ブレードの放熱が敵を焦がせば、黒猫は羽戦きで無事を告げ、清らかな癒しの風で前衛を包み込む。
 狙った列減衰の効果は味方にも等しく、隊列への回復効果は常より薄い。けれど、
「君も頑張っておいで、夏梨」
 ウイルスを籠めたカプセルを放つ秋人に、翼猫の夏梨は生み出す風で応える。総勢9人と4匹、その中に回復手は決して少なくない。初陣の気負いも見せず、シェリド・ルジャイン(理に手を・e02751)は不敵に口の端を吊り上げた。
「大所帯だが心強いったらないぜ、なあアリア」
 愛らしきビハインドが標的を見えない力で絡め取る隙に、シェリドの杖は翼へ賦活の電撃を降らせた。
 ケルベロスたちを厭うように──もしくは値踏みするように、死神たちが漂う。囚われた死者はその傍らで、虚ろな怒りを全身から立ち上らせていた。


 戦いの成り行きを窺いながらも、死神たちは戦力を奪われまいとケルベロスたちの体力を削ぎにかかる。
「通させませんよ……!」
 レッドレークに向かった牙は、翼の護りに阻まれた。気力を吸い上げられる感覚にも、彼女は瞳の光を失わない。
 嘗て大切な人を亡くした痛みに、生き返って欲しいと願わなかった訳ではない。だからこそ、こんな蘇生が叶っていい筈がないと、握り締めた拳は怒りで震える。
「こんなことは摂理に反しています……!」
「ああ、こんな復活を奴自身が望んだわけもない」
 レッドレークの赤熊手が獣人に迫る。地獄の焔を宿した切っ先が強靭な体を切り裂くが、すぐに死神の一体が鋸のような歯で噛み掛かってくる。
「お任せください! 」
 かなみは両手を組み合わせ、清らかな癒しの祈りでレッドレークを包み込む。
 死神たちは巻き込まれるままに留め、ケルベロスたちは徹底して獣人を狙う。獣人が自ら生んだ月光で回復しようとすれば、
「させませんよ……!」
 狂暴性の高まりを察した翼が、グラビティ・チェインを集約した鋼の拳で打ち消しにかかる。与えた衝撃は大きく、けれど膨らんだままの獣人の力を察すると、続く律も刀に重力の鎖を纏わせた。
「積もる雪で境を見失ったか、承知の越境か──興味はないが、ここは黄泉にあらず」
 ならば乞うのは帰り路のみだ。慇懃な礼を一つ、箱竜の突進に続き繰り出した斬撃は、増幅した力を無遠慮に刈り取った。
 視界を塞ぐ雪までは防ぎきれないが、ナディアの夜目には戦場も、獣人のどこか虚ろな憤怒の顔もはっきりと見えていた。
 彼が再び、心穏やかに眠れるよう。微力ながらと繰り出した拳は、唸りを置いて力強く獣人の懐を抉る。
「こうしてしまうと、血の巡る生命も……機械と、同じようですね」
 熱もなく流れ落つ星の軌跡は三九六。人のそれと寸分違わぬ動作で仕掛けていく彼女の脚は、機械仕掛けだ。
 命あった獣人、命なき機械であった自分。どちらもどうして今、動いているのだろう。
 朽ちるのみの体を拾われ、心なく生きることが幸せなのか。淡く自我に目覚めたばかりの彼女の心には、そうではないと断じきれない。
 三三三の漆黒の尾からすげなく振り放たれるリングを、夏梨の清浄の風が追いかける。相棒に目元だけ和らげて、秋人は黒き粘液を掌の中に引き伸ばした。固く鋭い槍の形を取ったそれは、僅かのところで切っ先を弾かれる。
「ったく、寝る時間だろうに、街も死人も──元気なことで」
 無論俺も、と笑うシェリドの杖が空気を震わせる。電撃の帯はレッドレークへと走り、秘められた生命力を引き出した。主の邪魔をさせまいとアリアも健気に前を守る。
「ようし、頼んだぜ兄さん方!」
 ――沈み込みそうな銀の夜の底を、高揚する少年の声が押し上げる。


『――ウオオォォォ!!』
 ウェアライダーの狂おしい咆哮が、前に立つ者たちの足を縫い止めようとしていた。
 列減衰の効果を得てすら獣人の攻撃は苛烈なものだった。しかし、異常に耐える効果に多くが気を配ったお陰で、拘束の及ぶ範囲はごく限られたものになっている。
 もう一度、叶うなら安らかな眠りを彼に齎してやりたい。翼は高まる思いを魔力に変え、極限まで澄み渡った魔力を獣人の内で爆発させる。雪を踏み込む足元がぐらりと揺らいだ。
 突き付けた短剣に映る悪夢に、獣人は頭を抱え唸りを上げた。見据えるかなみも唇を噛み締めずにはいられない。
 倒すことが救うことだと考えて救われるのは、自分の方かもしれない。けれど、操り人形のように戦わされる姿は痛々しくて、ただ見てなどいられなかった。
「――、魚類に警戒を」
 風に消されぬ強さで張った律の声に身構えた時、飛び込んできた怨霊弾が前衛陣の中で爆ぜた。
「ああっ、犬飼さん! 大丈夫ですか、生きてますかー!?」
 死んでないにゃと目で不満を訴えながら、犬飼さんはすかさず癒しの風を解き放つ。なんだかんだで息は合っているらしい。
「もう一撃来るか」
 刀を構えたナディアの前に黒い影が躍り込む。鋭い牙を受け止めた三三三に助かる、と呟きを残し、小柄な体を巨躯の下へ潜り込ませた。
 燃え盛る刃が縦一閃、逞しい体躯を斬り上げる。仰向いた虚ろな眼は、雪嵐を切り裂いて落下してくる律と三九六の姿を捉えた。二対の脚が、星の雨めいた輝きを降らせる。
 翼猫たちの頑張りに癒術で報いた秋人は、さあどうかと敵を見据える。
「……終わりは出来得る限り安らかにしたいものだけど」
「一息に終わらせてやるのも優しさってやつかね……!」
 招いた癒しの慈雨で、敵――とは言い切れない亡き戦士を癒す訳にはいかない。シェリドは微かに感傷を滲ませた。
「……もういいから、眠っちまいな」
 強化された体に受けた傷はすでにかなりのものだ。狼と人とが融合したようなその姿は不意に、レッドレークの知る多くのウェアライダーたちと重ね合わされる。思い浮かぶどの顔も気の良い、大事な友だ。
 時が重なったなら、立ち位置が違ったなら、この獣人ともそう在れただろうか。
「貴様とは違った縁の交わり方があったかもしれないな。……非常に残念だ」
 ぬらりと赤い蔓が、仮初の命を握り潰す。我を忘れて抵抗する獣人の咆哮が枯れていく。拘束を逃れた腕が、紅く染まった爪をぎらりと宙に振り翳した。
「翼、上だ!」
 ナディアの警鐘に頷いて、翼はその一撃を受け入れた。彼の痛みの一部でも、引き受けられただろうか。それは分からないけれど、
「安らかに眠ってください、貴方の仕事は終わっているのですから……本来の死の、その時に」
 箱竜の突進を先導に、微笑んだ翼は気を籠めた四肢すべてを武器として、獣人へ打ち込んでいく。眼に浮かぶ狂気が、僅かに薄らいだように見えた。
 かなみの祈りが翼の傷を癒し上げる傍ら、とん、と雪を踏む音が奇妙に響いた。
「千里の外、四方の界――」
 唱える呪は力を纏い、また一つとん、と踏み込む一歩。死神に穢された戦場の気が晴らされ、靴音を鈴のように澄み渡らせる。鬼剱舞の担い手――律は、最後の一打に向けて身に宿す重力の鎖を掌に集約させていく。
 見据えるのは現世のみ、いかに強かろうと、傀儡となり果てた身に興味は湧かない。しかし嘗ては現世を生き、この地に戦って果てた魂というのなら、その意志こそ敬うべきものだ。
「……そこで嘲笑っている死神共とは違ってな」
 敬意を込めた一撃が、望まれぬ生に幕を引く。突き出した掌から放たれた衝撃波は獣人を穿ち、その瞬間、猛り狂う眼から濁りが消える。
 降り積もる雪は柔らかく巨躯を受け止めた。
 光に染められた白銀の中で、ウェアライダーの体が崩れるように消えていく。


「目論見は崩れたぞ。さあ、どうする」
 もっとも、どう出ようがこちらがどうするかは決まっている。地獄の火焔を纏った斬霊剣を振り翳し、ナディアは死神の前へ身を躍らせた。命を弄んだ死神共など、細切れにしてやるだけだ。
 うねる鰭が焔に囚われたと見るや、三九六は風を切って跳ぶ。高みから振り下ろす脚はしなやかに軌跡を煌めかせ、敵を叩き伏せた。
 二匹の翼猫が羽戦きを連ね、傷の痛みを和らげていく。彼らに癒しを任せ、秋人はスライムの槍を瞬時に形成して突き放った。
「なあ、魚は痛みを感じないという。本当かい?」
 好奇心では庇いきれない好戦の気が、雷撃と化してシェリドの杖から溢れ出た。アリアの祈りが路傍の氷塊を掬い上げ、主の雷をなぞって飛んでいく。
「おや、そうなのか。ならばこれも痛くはないか、なあ!?」
 より鮮烈な焔の紅を纏ったレッドレークの赤熊手が突き刺さった。死神の顔かたちに変化は見えないが、放たれた怨霊弾は憤りを示しているように爆ぜる。
「怒っているのなら、筋違いでしょう」
 牙を剥くもう一匹を躱し、翼は振り下ろす脚にやりきれない怒りを込めた。
 戦いの果てに深い眠りに就き、やっと安らいだ獣人の肉体を揺り起こし、魂を弄んだ死神たち。
「死者を愚弄するのは、神の名がついた貴方達でも許せません!」
 シュタールのブレスはまるで同調するようだ。かなみも力強く頷き、その脚で流星の蹴撃を降らせる。
「二度と死者を弄んだりさせません……!」
 存外に頼もしい主の姿に、翼猫も安心して職分に専念する。清浄の風に吹かれ、有難うなと眼差しだけを和らげたナディアは、命を喰らう焔弾を叩きつけた。空を掻く鰭が不意に頼りなく揺らぐ。
「もう嘲笑う余裕はないようだな」
 腕に喰らいつく牙に構わず、律はブレードに灯した焔を盛らせ迫る。翻る視線に促され、三九六は一瞬のうちに死神を闇に包み込んだ。
「どうぞ、おやすみなさいませ──」
 腹部から広がる闇は夜の帳。優しく包み込むように引き込む先は、逃れられない死の淵だ。死神の気配がひとつ、呑まれて消える。
 翼猫たちの羽戦きに誘われ、秋人も癒しの術を重ねる。
「旅路に就いたものを呼び還す無粋の報い──購いは、君たち自身で担って貰おう」
「同感だ。だがその前に、素敵な悪夢はどうだい」
 場に残された一体に迫るシェリドの刃。映る像は何を想起させたのか、身悶える死神の背後をアリアが捉える。
「年貢の納め時だな! 己だけ死を逃れられると思うな……!」
 血色の蔓がレッドレークの意のままに絡み付き、宣告通りに命を喰らっていく。かなみの起こした爆風に煽られて、吹き飛んだ鰭が宙を舞う。
「畳み掛けます……!」
 翼の思念が死神を捉える。内からの衝撃に射抜かれた死神は空を泳ぎ、強烈な一撃の痛手を癒そうとする。
 だが、それももはや気休めだ。
 ナディアの燃える刃がなけなしの生気を抉り取る。なお耐える死神へ降り注ぐ流星の蹴撃は三九六。そして、闇を広げた秋人のブラックスライムがかそけき命を掴み取る。
「──君にも最期の安息を」
 ケルベロスが在る以上、それは誰の身にも等しく招かれるものだ。秋人の静かな独白とともに、終わりを迎えた命は燃え尽きるような燐光を残し、雪風の中に散り消えたのだった。

「今度は無事に逝けただろうか」
 戦気の失せた交差点に、紅い光だけが変わりなく明滅を繰り返す。
 レッドレークの身に寒さが戻り来ることはなかった。降り注ぐ雪の中、何とはなしに空を見上げる仲間に視線を並べ、秋人が請け合う。
「きっともう邪魔するものはないから……大丈夫だ」
「そうだな。……どうかゆっくり眠ってくれ」
 真綿の雪に包まれて消えていった戦士への敬意を胸に、ナディアは静かな一礼を捧げた。かなみと翼も自然にそれに続く。
 仲間の姿に三九六はゆっくりと瞬き、――そして倣ってみる。不思議と凪いだ心地がした。
「星が見えないな……歌ってやれ、アリア」
 シェリドの願いに、アリアはヴェールの中で祈る。黙する彼女の心の歌は、星に代わる葬送の光となったろう。
 律はひとり風下へ歩を進め、煙草に熱を燈した。
 魂の往く先に興味はない。けれど、魂は幽冥に漂っていくのだろうか。それは知る術もなかったが、見えざる意志はきっとこの地に灼きついて残るのだろう。
 くゆらせた紫煙は見送るように、銀雪の中を空へと漂っていった。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年2月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。