外宇宙への出航~星色の未来

作者:崎田航輝

「アダム・カドモンとの最終決戦――ケルベロス・ウォーに勝利して半年が経ちますね」
 風に感じる冬の匂いが、少しずつ濃くなってゆく日。
 ケルベロス達に視線を巡らせてそう言ったのはイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)だ。
 皆に伝える用件は、他でもない。
「新型ピラーの開発が成功し……現在、ダモクレス本星マキナクロスにおける、ケルベロス達の居住区もすぐに暮らせる状況になっています」
 それはつまり、降伏したデウスエクスと、ケルベロスの希望者を乗せて――外宇宙に進出する準備が整ったという事だ。
 この外宇宙への進出は、「宇宙に異常をもたらすデウスエクスのコギトエルゴスム化の撤廃」を行うため、「新型ピラー」をまだ見ぬデウスエクスの住む惑星に広めにいくという、途方も無い旅だ。
「そしてその出航に必要な膨大なエネルギーは――季節の魔法『クリスマスの魔力』を利用する事で補います」
 クリスマスの魔力の多寡で、マキナクロスの速度も変わってくるだろう。
 旅立つ者達が宇宙の隅々まで探索できるように、可能な限りのクリスマスの魔力を届けたいところだ。
 このために、地球各地でクリスマスイベントが開かれるという。
「そこで、外宇宙に向かうケルベロスの方々の壮行会も兼ね――クリスマスイベントに参加していきませんか?」

 クリスマスイベントは、各国で開催されるという。
「中でも、イタリアの街では美しいイルミネーションが楽しめるようです」
 時期的には、雪も降るかも知れない。そうなれば綺羅びやかなホワイトクリスマスを、散策して楽しんで行けるだろう。
 だけでなく、クリスマスマーケットも大きなものが開かれるという。
「勿論、クリスマスツリーも用意されます。グッズなどを買って飾り付けをしても、いい思い出になると思います」
 店々では本場イタリアのグルメだけでなく、欧州の美味が広く集まってくるという。国際色豊かな食事を味わうのも、いいだろう。
「また、ヴェネチアで夜のクルーズを楽しむことも出来ます」
 夜景と共にゆったりした時間を過ごしてみてはいかがでしょうか、と言った。
 また、クリスマスを盛大にする為――現地にはケルベロスの為の結婚式場も用意されているという。
「街にある、由緒ある教会です」
 ケルベロス同士で結婚される方は、この機に美しい教会で式を挙げてみては、とイマジネイターは笑顔を見せていた。
「クリスマスの魔力を充填したら、マキナクロスはいよいよ外宇宙に出発する事になります」
 おそらく、マキナクロスは光速を超えて外宇宙に向かう。
 つまり出発した瞬間に姿が消滅し、以後、観測も出来なくなる事だろう。
「万能戦艦ケルベロスブレイドで、月軌道まで見送りに行く事が出来るので……それが最後のお別れとなるでしょう」
 外宇宙に行った者達とは、もう二度と会う事ができなくなるかもしれない。
「別離する方がいるならば、後悔の無いように……別れを惜しんで下さいね」
 イマジネイターはそう締めくくった。


■リプレイ

「凄いわ、これが有名なクリスマスマーケット……!」
 舞い散る雪、賑わう人々の白い息。
 全てを光が煌めかす道を、九条・小町はクレス・ヴァレリーと共に歩みゆく。
 景色に見とれつつも、少し寒いけれど――。
「はい、これ」
 クレスが愛らしい陶器のカップを差し出す。
 温かな湯気を立てるホットワインだ。
「ありがとう」
 受け取る小町は、その優しい温度で寒さは吹き飛んだ。
 けれど、彼の傍にいたいから――それでもまだ寒いふり。微笑むクレスは、そのか細い肩を抱き寄せた。
「傍においで」
「……うん」
 そうして共に歩みながら、クレスは小町への贈り物を探す。そこで目に留まったのは……サンタの衣装を纏った黒猫のぬいぐるみだ。
「この子にする? それとも白猫がいいかな?」
「どっちも可愛いけど……黒かな?」
 小町が言うと、クレスは笑んでそれに決める。
 小町はお礼を言って――自分もクレスへ真っ赤なマフラーを選んだ。暖かそうで、自分も彼も好きな色で、何より彼に似合うと思ったから。
「ありがとう。君の気持ちが何より嬉しいよ」
 クレスは言うけれど、小町はそこでまた笑み。
「ふふ、でも今日はもうひとつ、凄い贈り物があるの」
「もうひとつ?」
 クレスが首を傾げると、小町は続けて伝える。
「なんと――私を貴方のお嫁さんとしてプレゼント!」
 その言葉に、クレスは暫しの瞠目。
 だから小町は……急に弱気になった。本当は、とても勇気を出して言った事だったから。
「返品は可能です、けど」
 なんて呟くけれど――クレスは目許を和ませながら彼女の頬に触れた。
「――勿論、ずっと離さない」
 俺は君が思うよりずっと小町が好きだよ、と。
 手の温かさとその言葉に、小町はようやく微笑む。
「……貴方と出会えて本当に良かった」
 はらりはらりと雪が舞う。
 煌めくその純白が、二人に優しく舞い降りていた。

「クリスマスの魔力か」
 外の雪を、武田・克己は見つめている。
 今世界中で人々を楽しませるこのイベントが、宇宙の希望に繋がってゆく。そこに少し思いを馳せていた。
 それから「さて」と視線を下ろす。
 そこは教会内、ヴァージンロードの前。誰より大切な人と、結婚式に臨む所だ。
(「改めてするとなると、緊張するもんだな」)
 顔が強張らないか不安になりながら進むと――次に歩み出てくるのが、カトレア・ベルローズ。
 その姿に、克己は改めて見惚れた。
「克己」
 そう優しく口にしたカトレアは……克己の白いタキシードに合わせた白いドレス。その美しさが新鮮で、克己は少しの間言葉が出ない。
 カトレアは微笑んだ。
「克己、ぼうっとしていますわよ?」
「――ああ、悪い。見惚れてた」
 克己は素直に言って――前に向き直る。
 もう、式は始まっていた。賛美歌が響き、聖書の一節が朗読される。そして誓約を行う為……二人は向き合った。
「克己、これまで沢山の戦いで、いつも私を支えて下さって有難うございますわね」
 幾つもの思いを去来させ、カトレアは心から伝える。
「一緒に居られた事、とても頼もしかったですわ」
「支えられたのは俺の方だ」
 そして克己もまた、飾らぬ言葉で。
「カトレアが居たから、俺は修羅に落ちなかった」
 ありがとう、そしてこれからも、と。
 言葉と共に、克己は自分の瞳と同じ輝きを持つ指輪を取り出し、カトレアの左手薬指にそっとつける。
 カトレアもまた、ルビーの指輪を克己へ。
「私は此処に、永遠の愛を誓いますわ」
「俺も誓おう。生涯愛するのはカトレアだけだ」
 そうして二人は誓約を遂げる。
 カトレアはその短い間に、永遠を思った。
 心に花が咲く。その薔薇のような時間をこれからも二人でずっと、と。

「シャティレ、向こうに沢山、お店あるよ」
 ぴゃう、と鳴いてついてくる翠竜と共に、翡翠・風音はクリスマスマーケットに来た所。
 雪舞う寒さだけけれど、しっかりとコートを着込んでいる。シャティレももこもこの服に身を包んでいるから、ふたりで元気に店を眺め始めた。
 すると――。
「素敵なものがいっぱいあるね」
 星を象ったアクセサリーに、船がモチーフのグッズ。美しく、可愛らしく、どれも目移りしてしまう。
 ただ、やはり手に取るのは植物がモチーフの物で。
「シャティレも、何かお気に入りはある?」
 花飾りを眺めつつ、風音が聞くと……シャティレはとある一角を風音と交互に指し示していた。
「……柊の形のブローチ? ……私に?」
 シャティレは肯くように鳴く。
 その姿に風音は微笑んだ。
「ふふ、それなら二つ買って――」
 一つは自分、もう一つはシャティレのポンチョに。
 シャティレが嬉しそうに羽を動かす、そんな姿も眺めつつ……風音は星飾りも購入。シャティレと共にツリーへ向かい、飾り付けた。
「得られた平和……改めて、大切にしていかなくてはね」
 風音は地球に残り、旅立つ皆が戻るまで森を、そして地球の平和を護る勤めを果たすつもりだ。
 だから出会った人々へ感謝を抱き。
 共に地球に残る者、そして旅立つ者――皆に希望と祝福を贈ろうと、そう強く思った。

 紅、碧、蒼。
 イルミネーションの輝きに、降る雪も美しく瞬いていて。
「まるで色彩豊かな星の中にいる様ね……」
 アウレリア・ノーチェは夫――ビハインドのアルベルト腕を組み、実感と共に街並みを歩いていた。
 この光は、平和になった世界で人々が心に灯す希望の輝きでもあるのだろうか。
 思いに視線を動かせば――。
(「ああ」)
 アルベルトの銀の髪までもが、色とりどりの光を反射していて。
「まるで花が咲いたみたい」
 その美しさに見惚れながら、アウレリアは声を零す。
 アルベルトが気付いて顔を向けてくれると――アウレリアは少し表情を綻ばせながら、また景色を眺めた。
 そんな地上の星々の美しさを堪能した後、天上の星にも視線を上げる。
 夫は天に昇らず此処に在り、自分達は地球に残るけれど。
「あの幾光年の向こうへ旅立つ方達がいるのよね」
 地球に生まれ、地球で育った者達が宇宙の果てに飛び立つ。その傍らで、マキナクロスで造られた自分が地球に根差そうとしている。
 こんな結末は想像も出来なかった。
 それはきっと未来がいつも未知だから。
「残る人も、旅立つ方も……」
 ――その手に光を掴めます様に。
 天と地の星に願い、アウレリアはアルベルトと共に未来へ進む。

 教会の鐘が、厳かな音色を空に響かせる。
 その中で駒城・杏平とレイ・ローレンスは、聖壇の前へ歩んでいた。
 他でもない――二人の結婚式。
「式を挙げられてよかったね」
 未来の先取り。その時間を今迎えられた事が嬉しくて、杏平は瞳を優しく細める。
 レイも頷いて杏平に目をやっていた。
「杏平ちゃん、タキシード姿……素敵」
「レイも、綺麗だよ」
 杏平が見つめ返すレイは、清廉で美しいウェディングドレス姿。レイはその言葉も嬉しくて、笑みを返していた。
 誰より大好きな人と一緒になれる事。その幸せを、いつまでも続けるために――誓約の時間が訪れる。
「僕のお嫁さんになってください」
 杏平が伝えると、真っ直ぐに受け止めるようにレイも頷く。
「勿論なの」
 それに微笑んだ杏平は、指輪をレイにつけてあげる。レイも取り出した指輪を杏平につけてあげて、自分も表情を和らげた。
 気持ちと共に、形を交換出来た事も嬉しい。
 だから二人はそっと顔を近づける。
 優しく触れ合わせる、キス――これが何よりの誓いの証。
「これからも、よろしくね」
「……はいっ、なの」
 レイは少し恥ずかしい気持ちと、幸せな気持ちで……花咲く表情を見せたのだった。
 そして二人で共に外に出ると――祝福の声が響き渡る。
 雪だけじゃなく、花弁が舞って二人の門出を祝う。その中を歩んで――レイはブーケを手にとっていた。
 参列者の中には、旅立つケルベロスもいる。そんな皆に向かって、最後に幸せを分け与え、応援の心も込める意味で……ブーケトスだ。
 花束が空を踊る。楽しげな歓声が響く。
 その行く先を眺めながら……レイは杏平とまた、笑顔を交わしていた。

 ジル・ウジェーヌとユルシュル・ウジェーヌはクリスマスマーケットに訪れていた。
「嬉しそうですね」
「それは勿論。だって……」
 ――久しぶりに遅い時間までジルを独り占めできるデートだから。
 そんな思いのユルシュルはこの日が楽しみで、色々と調べたりしてきていた。ジルが着飾ってきてくれているのも嬉しくて……少し浮足立っている。
 その様子にジルは微笑んで――店々を見回した。
「まずは温かいものを飲みますか?」
「ホットワインが名物だって聞いたわ」
 視線を巡らすユルシュルは、それを見つける。
 他にも色々な飲み物があって……ジルはホットワインを選びつつ。
「ユルはどうしますか?」
「ホットチョコレートにしようかな」
 頷くジルがそれを買うと、ユルシュルはお礼を言って一口。優しい温度と甘みを楽しむ。
 ジルもホットワインの芳しさを味わっていると、ユルシュルが覗き込んだ。
「ねぇジル、ホットワインは甘い?」
「一口、飲んでみますか?」
 と、ジルが差し出すからユルシュルはちょっとだけ口をつける。するとシナモンの香りと、仄かな甘みを感じるのだった。
 その後も二人は食べ歩き。
 ショコラを味わい、後のためにチーズも買って。
「あっ、あのアクセサリ可愛い!」
 と、薔薇の形が美しいアクセサリを、ペアで買ったりもしつつ……ジルはユルシュルの様々なおねだりにも応じてあげた。
「ありがとう」
「普段は仕事ばかりですし……これくらいは」
 ジルは改めてユルシュルに言う。
「これからは多少暇ができたらいいんですが――」
「私は一緒にこうして散策できるだけでもとても幸せよ」
 気遣ってくれるのが判るから、ユルシュルはそう返す。
 それが素直な気持ちだと判るから……ジルも頷いた。
「……少し寒くなってきましたね」
「マフラー、巻いてあげるわ。ほら、こっち」
 と、ユルシュルが招くとジルは屈む。
 ユルシュルはそこにマフラーを巻いてあげながら……その距離から離れずに。触れ合う距離で歩き出した。

「もう2年前になルのか」
 淡い光に彩られた、甲板への道。
 君乃・眸はそこで尾方・広喜と共に、停留する船を改めて眺める。
 ああ、と応える広喜も忘れもしない。
 客船のパーティーに参加する予定だった当時、起きてしまった広喜の暴走。
 広喜は無事に戻ったけれど……パーティを一緒に楽しめなかった事は心残りになっていた。
 眸もその寂しさがあった。
 だからこそ。
「あの時できなかっタことを、今日はたくさんしよウ」
「そうだなっ!」
 広喜も、眸に楽しい思い出のデータたくさん、作ってもらいたいから――歩み出すその姿は眸と揃いのスーツ。
 眸がロングポイントカラーのシャツに、カラーバーで上品な輝きのゴールドのネクタイを留めていれば――広喜も眸が勧めた、気品あるシルバーのネクタイ姿で。
「行こうぜっ」
 隣り合って二人で、甲板へと歩み入った。
 程なく船が動き出すと――煌めく街並みがゆっくりと背景に過ぎ始めてゆく。
 そうして参加者が各々の時間を送る中、二人も甲板を巡り……一角にあるバーへ。
「あの時、飲もうって約束してたもんな!」
「ああ」
 二人で見合い、注文するのはカクテル――サイドカー。
「カクテル言葉は『いつも二人で』、だよな」
 眸が教えてくれたそれを思い出し、広喜が言うと……眸も頷く。そして自然と目が合うと、広喜は笑顔で――眸とそっとグラスを合わせた。
 そうして共に味わうと――。
「これ、すっげえ美味い」
「そウだな。香りも良イ」
 レモンの芳香と、仄かな甘み。何より、大好きな広喜の瞳を見ながらだから……眸には無二の美味に感じられた。
 それから二人で暫し、外の街明かりを眺めると――眸はカメラを取り出す。
 普段は殆ど使わないけれど、今日は『写真』に残しておきたかったから。
 広喜は大喜びで、肩を抱き寄せくっついて。
「一緒に写ろうぜっ」
「自撮りといウやつだな」
 眸が笑って、自分達にレンズを向ければ……広喜も満面の笑顔。煌めく背景の中、寄り添う二人がそこに写った。
「次は向こうデ撮ろウか」
 広喜も勿論、と応えて、二人の時間を形に残してゆく。
 一瞬を、永遠に。
 それをこれからも沢山積み重ねていこう、と。

 雪の絨毯に足跡を残す活気。街を彩るイルミネーション。
 聖夜の眺めを瞳に映しながら――柄倉・清春とモヱ・スラッシュシップはゴンドラで水路をゆく。
「先日とはまた違った趣デスネ」
「そうだな」
 清春は応えながら、隣に並ぶ小さな肩に寄り添って――ぷかぷかと、迷路みたいに伸びる深い蒼を進んでゆく。
 揺蕩うその感覚が、非日常感を与えてくれて。
「なんと贅沢なひと時なのデショウ……」
 モヱはときめく心で声を零す。
 清春も頷いて視線を巡らせていた。
 どこを見ても賑やかに、輝かしく盛り上がっているから。
「はは、街をあげてすげぇ騒ぎだねぇ」
「そうデスネ。皆さん、楽しそうで――」
 祭り事の意味は、人それぞれ。
 皆が各々、自分の時間を味わっているのだろう。
 清春にとっては――これは新婚旅行、とでも言えるだろうか。
(「そう考えりゃ雪も祝福の紙吹雪みてーに見えてくっから、不思議だわ」)
 その雪も光に煌めいている。
 モヱは夜を照らす輝きを、改めて見回した。
 祈りを込めた聖なる日の灯火。それは冷えた空気に反してとても暖かく感じたから。
「外宇宙へ旅立つ人々への祈りも――この星で綿々と続いていくのデショウカ」
「きっと、な」
 清春が返すと、モヱも頷く。
 忘れられる事のないよう語り継いでいきたい、そう心から思った。
「あら――」
 と、モヱは気づく。
 水路の上に架かる橋に人が集まっていた。
 そこでふと思い出す。観光ガイドに恋人の聖地として載っていた場所があった、と。
 丁度橋の下をくぐり、仄かに暗んだところで……清春はモヱの肩に手を回した。
「夜空に浮かぶ大きな一つ目にも――これなら見咎められねえっしょ」
 これからも数えきれないくらい、クリスマスを一緒に過ごすだろう。今日はその数ある、けれど大切な一夜だから。
 思いと共に優しく口づけを。
 穏やかに揺らめく波が、二人の未来を見守っていた。

 姿見に映る衣装は、淡銀の星色。
 そこに“彼女”の花の彩を添えたタキシード姿で――ノチユ・エテルニタは挙式に臨む最後の確認をしている。
(「……やばい、緊張する」)
 勿論、しない訳ないとは思っていたけれど。
 ――ご両親への挨拶はあれでよかったっけ。
 ――言うべき言葉を、噛まずに言えるだろうか。
 幾つもの不安が頭を過ぎり、自分が少しだけ情けない気持ちだった。
 けれど、聖堂への道の対面側。
 そこからこつりと歩み出る、巫山・幽子の花のようなドレス姿を見れば――ノチユは自分の中に確信できるものがあった。
「綺麗だよ」
 そう、心から言える。
「この世で一番、綺麗だ」
「エテルニタさん……。嬉しい、です……」
 照れる幽子が、エテルニタさんも誰より素敵ですと、素直な言葉で返してくれるから。二人は聖堂へ歩み出て、壇の前で隣り合った。
 ノチユはもう惑わず、誓約を迎えられる。
「誓います」
 何度だって貴女に、と。幽子を真っ直ぐ見つめて。
「ずっと笑っていてほしい。独りで、泣かせたりしない」
 ――そして、ずうっと愛して守っていくことを。
 幽子は淡く涙ぐんだ瞳で頷いた。
「私も、誓います」
 一生離れないでいる事を、と。
 そして二人は顔を近づけ、永遠を約束する。
 父さんはどう思うだろう。母さんは喜ぶだろうか。
 それはもう一生わからないけれど。幸せに生きていける――ノチユは、その未来だけは確信できた。

 長髪を冬風に揺らめかせ、リュセフィー・オルソンは粉雪の道をゆく。
「これで最後の地球でのイベントになりますね……」
 思いと共に眺める景色は、様々な色に輝いて眩い。
 同時に賑やかでもあるから――リュセフィーはそのクリスマスマーケットにも立ち寄っていく事にした。
「皆さん、楽しそうですね」
 見回せば、皆が吐息を白く輝かせて無二の時間を味わっている。
 だからリュセフィーも飲み物を買って、温かな美味を楽しみ……他のお店も巡って。
「これ、買っていきましょうか」
 ツリー用の美しい星型の飾りも買った。
 それを広場のツリーにつけると……周囲の灯りに煌めいて綺羅びやかだ。
「……」
 そんな中で視線を巡らすと――他のケルベロスの姿も見える。
 皆、未来の事を考えているだろうか。
 リュセフィーも改めて思う。自分は――デウスエクス達の為に、外宇宙へと飛び立つ旅に出るつもりだ。
 だから本当に、地球での賑やかな時間も煌めく時間もこれで終わり。
 故に――。
(「その時間がこうして美しく、優しいものでよかったです」)
 それからそっと歩み出す。
「では、行きましょうか……」
 行く先は――まだ見ぬ未来だ。

 水路を進み始めると、淡い水音がリズムを刻む。
 同時に街を彩る幾つもの光が、水面に映って揺らめいて。マヒナ・マオリは瞳までもを煌めかせていた。
「とってもキレイ……!」
「ええ、本当に」
 そう応えるのは幸・鳳琴。
 気心知れた皆と共に同乗出来た事。
 そして水の都の美しさと、自分達の乗るゴンドラの心地良さに――隣のシル・ウィンディアとも笑み合っていた。
 青沢・屏も景色を見ながら……ふと、傍らの夢見星・璃音へ目を留める。
 そっと皆を眺める様子が、静かに感じられたから。
「平気ですか? 璃音」
「――あ、うん。少しね、考えてたんだ」
 璃音は穏やかに笑みを返した。
「これが最後、かぁ……って」
「ん……そうだね」
 小さく言うシルは、自身も思いを巡らせてから……聞きたかった事を口にした。
「ねえ、みんな、これから先はどうするの?」
「これから、ですか。私は――」
 と、ミオリ・ノウムカストゥルムはごそごそと何かを取り出している。
 包みが解かれ、仄かに甘い香りをさせるそれは……筒状に揚げた生地の中にリコッタチーズのクリームを詰めたスイーツ。
 他でもない、ミオリが作ったカンノーロだ。
「私は、地球に残って立派なパティシエになるためにお勉強です。どうぞ」
 それを皆へ渡すと、円城・キアリは「ありがとう」と受け取った。
 そして早速一口頂くと――。
「ん、甘くて……美味しいわ!」
 クリームの甘味が優しく、芳醇。
 ヴェネツィアと言えば、名物イカ墨パスタも脳裏に浮かんだけれど……このロマンチックな雰囲気にはこちらの方が合うような気がした。
 マヒナもはむりと食べて。
「初めて食べたけど……オノ!」
「そうですね。とても美味しいです」
 フローネ・グラネットも堪能して頷く。
 これがミオリの、夢の味。そう思うほど、この美味がココロに響いていた。
「わぁ、甘い……!」
 と、愛柳・ミライももきゅもきゅと食べている。
 そんな隣では大義・秋櫻も実食。
 上品な甘さに「成程」と頷きつつ、丁寧に食を進めていた。
「これは美味ですね」
 声音に大きな感情は表さない。ただ秋櫻には、それがとても情熱と技術を注がれた、その結晶である事が判った。
 それを確かめるように味わってから――秋櫻は一つ頷いて皆を見やる。それは、決めた答えを伝える為。
「私は、地球に残ります」
 それは悩んだ末の結論だったけれど。
「残って、皆様が愛したこの地球の平和を守ろうと思います」
 そう――この体、朽ちるまで、と。
「いつ帰って来ても、恥のないよう、守って行く次第です」
 いつもの戦闘コスチュームに身を包んでいるのは、その決意の証に他ならない。
 ぐっと拳を握る、その姿が力強く、淀まぬ決意に満ちていて――皆が心強い思いで、表情を和らげていた。
「ステキだね」
 そう言ったマヒナは……「ワタシはね」と、一度瞳を閉じて続ける。
「宇宙に行くこともちょっと考えたんだけど……地球に残るよ。宿敵に滅ぼされた故郷の島――そこを元に戻したいの」
 沢山の事を考えた、その中に自分の始まりの場所があったから。
「いつか、故郷が元の美しい姿を取り戻したら――皆にも来てほしいな」
「きっと、行くよ」
 シルの言葉に、マヒナがうん、と応える。
 その視線に応えるように、シルも自分の事を話した。
「わたしは、琴と一緒にマキナクロスに住むよ」
 ええ、と鳳琴も共に頷いている。
「私の……私達の『これから』は、マキナクロスでの旅。シルと二人で出した答えです」
 色んな理由はあるけれど、一緒に選んだ道だから――何があっても悔いはない、と。
 シルも同じ気持ちだ。
「何ができるかなんて、まだわからないけど。出来ること、やれることを一緒にやっていきたいかなってね」
「そうですね。それでもひとまずは……マキナクロスの居住区にお店を出せたらなって、そんな事を考えています」
 言った鳳琴は、またシルと笑み合う。
 そこに希望が溢れているから、璃音も柔く笑んだ。
「きっと、何でも出来るよ。二人なら」
 ありがとう、と応える二人から視線が返るから……璃音も、ん、と頷く。
「私は、地球に残るよ。この地球で、これからも希望を与える存在であり続けたいなって。だって、魔法少女は希望を与える存在だから」
 そして魔法少女として、と。
「これからの『ミライ』を作ってみせるよ」
 ――『ミライ』に見せて感動されるような、そんな『ミライ』を。
 思いと共に視線を向ければ――ミライも頷く。泣きそうだけれど、それを堪えて前向きに、明るい表情を作りながら。
 だからそんなミライへ、キアリはそっと「お願いをしたいのだけど」と声をかける。
「良いかしら?」
「はい、何でしょうか?」
「ミライは、宇宙に旅立っても歌い続けてね?」
 そう、ミライは宇宙へ行く。
 故にこそキアリは伝えたかった。ミライが好きな歌をいつまでも、と。
「いつか、宇宙から新しい来訪者が地球を訪れた時――彼らがミライの歌を知っていたら、それをきっかけに仲良くなれるかもしれないし」
 そんな未来があると素敵だと、心から思うから。
 そう伝えられた言葉にミライは「うん」と頷く。涙を我慢しながらも、華やかな笑みで。
「歌うよ。これまでのことを、宇宙の果てまで伝えに、歌い続けるよ。きっと、次に帰ってくるときは――何処かの銀河一の歌姫なのです」
「シルさんと幸さんも一緒ですから、心配は要りませんね」
 困難ごと吹き飛ばしてくれますから、と。
 フローネはそう言葉で背中を押す。
「きっと、星の船を、光がずっと照らし続けてくれるはずです」
「ええ、私もそう思います」
 頷く屏も、声を添えた。
 ただ、多くの言葉は敢えて口にはしない。
 心の中では『残っていてほしい』、或いは『行かないでほしい』――そんな言葉も浮かんではいるのだろう。
 それでもミライが願う事を、屏は尊重したかった。
 その思いは伝わっているだろう。ミライは屏にもフローネにも、「ありがとう」と声を返していた。
 フローネは頷いて、口を開く。
「私は地球に残って、プラブータの研究を続けます」
 ミライ達が連れてくるデウスエクス難民や、地球に興味を持った人達。
 そんな者達の定命化しない居住区として――多様な種族がそれぞれの文化を根付かせる星にしたいと、そう思うから。
「だから安心して――宇宙で全力でお友達を作って、たくさん連れてきてください」
 言ってシル達にも目を向けると、鳳琴が力強く肯いた。
 自分も、これを今生の別れにするつもりはないのだからと。
「宇宙で望みを叶えたら、きっと皆さんとまた会う望みも叶えてみせます」
 自分は強欲だって自覚しているから。どれほどの月日になるかは判らないけれど……絶対にそれを実現してみせる、と。
 ならば、と、ミオリも「私も精一杯頑張ります」と改めて言った。
「いつか皆さんが戻ってこられた時に、おいしいスイーツをお出しできるように」
 それに地球に残る皆もまた、互いに志を新たに声を交わす。
 そんな皆の言葉に、ミライはどこか安心した思いだった。
(「ううん」)
 最初から、大丈夫だと信じていた。皆の未来は明るい、と。

「そういえば、ミライの歌ってなんだかんだ今まで聞いたことなかったかも」
 快い水音が響く中で、璃音は言った。
「もしよかったら旅立つ前に最後に聞いてみたいな」
「もちろんです。ゴンドラといったらカンツォーネですよね」
 応えるミライは少し居住まいを正す。
 マヒナが「待ってました」とばかりに拍手をすると、ミライは微笑んだ。
「今日は、一番の特等席で聞いてください、ね♪ だって、だって皆さんは……」
 ――私の、大切な人だから。
 思いと共に、伸びやかな歌が紡がれる。
 美しく、清廉で。心の籠もった旋律が、聴く者の心にも届いてくるから。
(「綺麗な歌、ですね」)
 秋櫻は静かに聴き入りながら、そう感じていた。
 シルも聴きながら、流れる景色を眺めて……実感する。こうやって、みんなでお出かけするのは最後かもしれないと。
(「でも――」)
 だからこそ、しっかり目に焼きつけたいから。美しい歌と景色を、忘れぬよう心にも刻みつけた。

 そして穏やかな静寂が戻る頃。
「そうだ、せっかくだから皆で写真撮らない?」
 マヒナはそう皆を見回す。
 終わりが近づく気がしたから――この瞬間を切り取って、いつまでも残したいとそう思ったのだ。
「うん、やろうっ♪ ここにわたし達がいた証になるからっ!」
 シルと共に皆も頷くから……マヒナは早速、自撮り棒につけたスマホで皆の姿を収めるようにした。
 鳳琴はそこにとびっきりの笑顔を見せる――いつの日か、また幸せに出会うために。
 シルもまた、シルらしい笑顔。さよならは言わず、別れの挨拶は「また、会おうね♪」とそう言うつもりだから。
 ミオリも、本音は少し寂しいけれど表情には出さない。
(「また会う日が絶対に来る……そう信じていますから」)
 その近くでフレームに入る秋櫻も、飛び切りの笑顔。秋櫻もまた――さよならを言うつもりはないのだから。
 フローネも、頑張って笑顔。見返した時に、笑顔になれるようにと。
 マヒナとキアリも笑顔を見せると……屏もまた寂しい表情は作らなかった。最後に悔いなく、笑顔で『いってらっしゃい』と送る為に。
 だから璃音も笑顔を保とうとする、けれど……堪えきれなくて涙を流してしまう。
 ミライもぽろ、ぽろ、と涙を零していた。
 それでも雫をそっと拭って、最後に笑顔になると――マヒナが合図。
「ハイ、チーズ!」
 撮り終えると、ミライと璃音はまた少し泣いてしまうけれど。
「きっとまた会えるよね」
 マヒナの言葉に、屏も頷いてミライを見る。
「輝きと歌声を宇宙のすべての場所に伝えましょう。そして、記録を持って帰ってきたときに教えて下さい」
「……うん」
 ミライはしっかりと応える。
「私の最後の我儘で……ご一緒してくれて、ありが、と」
「こっちこそ」
 璃音は心から言った。
「ありがとう――ミライ。私達の、最高のアイドル――」
「……写真、送ってもらっていい?」
 と、キアリはマヒナに言って、それをスマホの壁紙にする。
(「……心にも、焼き付けたから」)
 キアリの瞳に映る、その写真。
 そこにいる皆は、笑顔だった。それはきっと、曇り無く、華やかな――眩しいくらいの、皆のこれからの未来を示す輝き。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年12月24日
難度:易しい
参加:26人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 8/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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