星霞みの暁

作者:崎田航輝

 薄雲すら無いのに、星が視えなくなってゆく。
 それは暁の時が近いからだと、冷えた風に空を仰ぐノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)は気づいていた。
 夜が溶けてゆくように薄くなり始め、仄かに空が白んでくる。その明るさに隠れるように、先刻まで煌めいていた星がその光を失っていた。
「……」
 残っているのは未だ霞みきらぬ月だけ。
 それがいつまでも藍紫の空に揺蕩って――不自然に、眩しいくらいで。
(「――ああ」)
 その月が過日を想起させるから、ノチユは瞳を閉じたくなった。
 けれど瞼を下ろしてもその記憶が消える事はないだろう。多くのものを失って、心に、魂に、忘れ得ぬ痕を刻まれたあの事を。
 そしてきっと――それを思い出したのも偶然では無いのかも知れない、と。
 見据える月に、何かの影が重なって動くのが見えた。
 それが空を飛んでいる人の形だと理解するのに時間はかからない。
 長い髪を揺らがせて、鎧を纏った長身。その手には、拭いきれぬ程に古い血がこびりついた鋭利な刃。
 ――エインヘリアル。
 暴力的な風を吹き下ろしながら舞い降りてきたそれは――ノチユの姿を、まるで値踏みするように見ていた。
「何処かで見た顔か」
 そう声を零しながらも、すぐに刃を構える。
 全ては些末な事だというように。
「お前は強者か? ならば力を示せ」
 言うと答えすら待たず、殺気と共に踏み込んできた。ノチユはその姿をただ静かに見つめてから――拳を握りしめる。

「集まって頂いてありがとうございます」
 夜明け前の、冷たい風が吹くヘリポート。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達に説明を始めていた。
「時間の猶予のない事件です。ノチユ・エテルニタさんが――デウスエクスの襲撃に遭うことが分かったのです」
 予知された出来事はまだ起こってはいない。
 だがノチユに連絡は繋がらず、既にノチユ自身も現場にいる。故に敵と一対一で戦いが始まってしまうところまでは覆すことは出来ないだろう。
「それでも今から急行すれば、戦いに加勢することは出来ます」
 合流までは、時間の遅れはある程度生まれてしまうだろう。それでも戦いを五分に持ち込み、ノチユを救うことは十分に可能だ。
「ですから、皆さんの力を貸してください」
 現場は林が広がる地帯。
 周囲にはひとけは無い環境で、一般人については心配は要らないだろう。
「敵はエインヘリアルのようです」
 名は『暁月のヴィットーリア』。強者を求め、彷徨っては虐殺を繰り返してきたという――戦鬼の如き存在。
 戦闘力は高く、一人で長く相手取る事は難しいだろう。故にこそ猶予はないから、と。
「ヘリオンで到着後は、戦闘に入ることに注力して下さい」
 現場は静寂の中。ノチユを発見すること自体は難しくないはずだ。
「ノチユさんを助ける為に。急ぎましょう」


参加者
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)
清水・湖満(氷雨・e25983)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)
 

■リプレイ

●灰焔
 大きな月が、触れられそうな程近くに見える空だった。
 この光に照らされた木々のどこかで、戦いが始まっている。
 だから翼を広げて林の中へと降り立ったマヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)は――傍に降りた巫山・幽子へ言葉をかけていた。
「ノチユならきっと大丈夫」
 胸が潰れそうなくらい心配だろうとは、判っていた。
 それも二人をずっと見ていたからこそ。だから――絶対に助けようね、と。
「……はい」
 幽子は胸の前で拳を小さく握って応えた。心強い仲間がいてくれるから、今は自分に出来る事をしようと決めたように。
 そして踏み出す木々の彼方から――戦闘の残響が届いてくる。
 豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)はその方向を目指しながら、声を零していた。
「まだ、敵は闊歩してるんだね」
 世界が変わろうとする中でも、刃を下げる事が出来ぬ存在がある。そんな敵こそ、何より油断出来ないとも判っていたから。
「急がないと」
「――ええ」
 そっと頷きながら、リリス・アスティ(機械人形の音楽家・e85781)は靴に纏うデバイスを展開していた。
 瞬時に皆をレーザーで結ぶそれが、機動の助けになるだろう。
 それがここで出来る、せめてもの事。
 後は真っ直ぐ、木立が隠す月明かりの戦場へ。
「参りましょう」

 ほんの一瞬で、思考が冷え切る。
 そして次に感じるのは、烈しく滾り始める地獄の温度だった。
「強者か、だって?」
 差し向けられた言葉に対し、ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)は鋭い声音で返している。
 眼前のエインヘリアル――ヴィットーリアへ向ける瞳にあるのは、焦げ付いて、昏い灰になって、尚自身の底でくすぶり続けていた怒り。
「少なくとも、お前に殺されるだけの――怯えるガキじゃない」
 だからノチユは真っ直ぐ踏み込み、振り下ろされる刃へ向け全力の拳をぶつけていた。
 鈍い金属音が鳴り、刃が弾き返される。相殺された衝撃で両者は互いに後退していた。
 それでもノチユは止まらない。僅かに生まれた隙に躊躇なく飛び込むように、地を蹴って拳を握り直して。
「顔に見覚えがあるなら、この動きも、忘れてないか」
「――」
 ヴィットーリアが眉を動かす、その一瞬に打突。強烈な一撃で鎧の一端を歪ませた。
「……そうか」
 地を滑って下がったヴィットーリアは、その感触に得心の呟きを零す。ノチユの顔も記憶に重ね、それを探り当てたように。
「強者と聞いて戦った拳士達がいたが。あの生き残りか」
 尤も、と。
 その声音は興味を含んだものではない。
「あれは戦いと呼べるものではなかったが」
 瞬間、ヴィットーリアは風を薙ぎ払うように加速してノチユに迫った。
「踏んだら死んだ、その程度の相手だった。虫と変わらぬ」
 故に目の前の獲物も同じように終わらせよう、と。業風の如き斬撃を放つ。
 が、それを刃で受けたノチユは、火花を散らせながらも退かずヴィットーリアを睨み返していた。
「ああ、お前にとってはそうだったんだろ」
 ごうごうと燃える音が聞こえる。
 それは奪われた両角と片翼か、或いは胸の裡か。自身の爆ぜる怒りが熱くて堪らない程だった。
「でも、ずっとずっと拳を振るい続けてきた」
 この動きは、この力は――その一族のものだ、と。
 ノチユは刃を横に逸らすと回転。相手の頬へ烈風の如き裏拳を打ち込んでいた。
 乾いた音が鳴ってヴィットーリアの体勢が崩れる。ヴィットーリアはすぐに翼で均衡を保ったが――口元からは血が垂れていた。
「……成程」
 その瞳は既に、此方を侮っているものではない。
「確かにお前は強い。だからここで――討つ」
 そこには本能的な闘争本能が垣間見えていた。刹那、ノチユが回避する間もなく、月明かりに燦めく斬撃が膚を抉ってきた。
 鮮血が零れ、一瞬意識が明滅する。それは余りに強大な力だった。
 ノチユも倒れず踏みとどまり、反撃。意志を曲げず、同時に感情に弄ばれぬように――正確な一打を加え相手の体力を奪い取っている。
 だが、それにもヴィットーリアが倒れる気配はなかった。
「……」
 時間と共に、戦況は傾いてゆくかも知れない。
 ヴィットーリアも、それを理解していただろう。一気に自身の優勢を引き寄せようと、刃を大きく振り上げる。

 その時だった。
 きらりと虹のような光が架かって、戦場を淡く照らし出す。
 ヴィットーリアがはっと仰ぐそれは、優しくも力強い輝き。高く翔び上がったマヒナが――宙に描き出していた軌跡だった。
「させないよ!」
 そのまま一気に舞い降りたマヒナは、頭上からヴィットーリアへ肉迫。七色を刷きながら蹴撃を喰らわせていた。
「……!」
 ヴィットーリアが数歩下がると、そこへ更に狙いをつけているのが姶玖亜。リボルバーのフロントサイト越しに、しかとその姿を捉えながら。
「少し、踊っていてもらおうか」
 フラッシュを明滅させて連続射撃。
 銃声がこだまし、地面が衝撃に弾ける。『ダンシングショット』――足元を襲う無数の弾丸にヴィットーリアは体勢を崩さざるをを得なかった。
 それでもとっさに反撃体勢に入ろうとする、が。
「余所見、しとる場合ちゃうよ」
 柔らかで、けれど氷のように冷える声がその耳朶を打つ。
 それは白の着物を嫋やかに揺蕩わせ、滑るように踏み込む清水・湖満(氷雨・e25983)。すらりと抜いた刀を輝かせて懐へ入っていた。
 放つのは静やかながら、捨て身な程に前のめりの一閃。『諸刃の譜』――凍気を伴うその斬撃が鎧を、表皮を、深々と傷つける。
 そのまま湖満は後ろに声を投げていた。
「今のうちに」
「任せてくれ」
 応えるのは蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)。ノチユの傍へ奔りながら――美しき紐をひゅるりと靡かせている。
 星雲を思わせる色彩のそれは、優美に波打ちながら、真琴の意志を映し出すように光を虚空に乗せていた。
 描かれるのは守護の陣。眩い輝きが立ち昇ると、前衛を包むようにして護りを与え――ノチユの負傷も癒やしていく。
 時を同じく、ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)もそこへ合流していた。
「遅れて申し訳ない。すぐに支援を」
 言いながらも素早く敵との距離、そしてノチユの状態を見取って――ジュリアスはそっと風に手を伸ばす。
「――善き霊よ、力を貸してください」
 すると渦巻いた風の中に、うっすらとした輝きが招来される。
 『ヒールゴースト』。ゆらりと漂ったそれは、ノチユの傍に寄って透明な光を纏わせ……その温かさで苦痛を和らげ、傷を消し去っていた。
「これで一先ずは問題ない筈です」
「……ああ」
 助かった、と。ノチユは応えて、それから視線を向ける。そこに走ってくる幽子の姿もまた、見えていた。
「エテルニタさん……!」
 言葉と共に魔法の粒子を広げ、癒やしを与える。その感覚にも優しい心地を感じて……ノチユはそっと、けれど確かに「ありがとう」と伝えていた。
 湖満が飛び退くように一度、こちらの傍へ戻ってくる。
「無事?」
「……何とか。皆、来てくれたんだね」
「同業者のピンチと聞いてね」
 ノチユの言葉に姶玖亜が返してみせると、真琴も頷き目を向ける。自分は無縁の身ではあるけれど、と。
「助太刀に来た。通りすがりのお人好しと思ってくれ」
「……うん」
 ノチユが言うと、ジュリアスはヴィットーリアへ向き直る。
「では、あの敵をどうにかしなければなりませんね」
「皆様、警戒を」
 そう口を開いたのはリリス。ヴィットーリアが攻撃に移ろうとしている姿を捉えていた。
 無論、マヒナも見逃していない。
「アロアロ!」
 マヒナの求めに応じて、シャーマンズゴーストが飛来。臆病ながらもひたむきに――陽炎を伴う爪撃を刻み込んでいた。
 同時、リリスはヴァイオリンを手にしている。
 弓で触れた弦が生み出すのは美しくも鋭い音色。
 反響が重なって、閃光のように輝き出したそれは――光線となって飛翔。鮮烈に瞬きながらヴィットーリアの体を穿って吹き飛ばしていった。

●相克
 仄かに空が翳る。
 翼で風を泳ぐように、ヴィットーリアが空中で体勢を立て直していた。
 此方を見下ろす瞳は五分に戻った形成を憂うでもなく、寧ろ強敵の出現に戦意をいや増したようでもあって――姶玖亜はやれやれと肩を竦める。
「……聞きしに勝る、だね。単独で、それでも戦いを求めて彷徨うなんて……凄い執念の持ち主のようだ」
 故にこそ、生かしておけば更なる犠牲者が出るだろう。
 ならば自分達がやるべき事は決まっている。
「招かれざる客には、退場いただく。非常にシンプルな話だね」
 姶玖亜が銃を構え直せば――「ええ」と返すのがリリス。ヴァイオリンで印象的なスピッカートを響かせていた。
 硬質で、どこか輝かしい音色。それが稲妻のような輝きを幾重にも束ね、防壁を紡ぎ出してゆく。
 それによって護りが盤石となれば、攻勢に出るのはジュリアスだった。
「まずはあの機動力ですね」
 駆けながら見据えるのはヴィットーリアの翼。
 削ぐべき所はそこだと、木を蹴ってから高空に舞い上がり――刃の如き蹴撃でその一端を斬り裂いてみせる。
 ヴィットーリアは傾ぎながらも間合いを取った。
 が、姶玖亜が既に狙いをつけている。
「夜明け前の林を飛び回るとは、さながら天狗だね」
 赤くはないけれど――ならば頬を朱に染めて貰おう、と。
「もちろん、キミ自身の血でね」
 刹那、早撃ち。相手の機動に偏差で弾丸を撒いて、鎧に風穴を開けてゆく。
 ヴィットーリアはそれでも衝撃波の嵐を巻き起こす、が。マヒナが壁となって受け止めてみせれば――湖満もまた立ちはだかっていた。
「届かせないよ」
 ノチユも、そしてノチユが大切にしているのだとも判る、幽子の事も。守って、皆で無事に帰るために――湖満はそこから一歩も動かなかった。
「すぐに癒そう」
 と、直後には真琴がロンググローブを下方に翳している。
 するとその先端より光が巡り、煌めく。真琴はそれを素早く奔らせて蟹座の紋章を描くと、暁月にも劣らぬ眩さの輝きを昇らせた。
 虚空で弾けた光は、前衛を覆うように降りかかり――皆の意識を鮮明に保たせながらその傷も癒やしてゆく。
「全快、とは行かないが」
「大丈夫」
 応えた湖満は自身でも混沌を揺らがせて、周囲を冴え冴えとした冷気に包む。
 取り巻いたそれが負傷を拭い去ってゆくと――湖満はそのまま反撃。摺足で敵へ迫り、優美に抜刀して斬閃を奔らせた。
 衝撃に下がるヴィットーリアへ、リリスは猶予を与えず弦を弾く。
 『機械仕掛けの夜想曲』――即興で奏でたフレーズは、暗く熱いアパッショナート。そのメロディが心を囚えるように動きを止めさせた。
「今ですわ」
「ええ」
 応えるジュリアスは砲身は向けている。ヴィットーリアは一瞬遅れて距離を取ろうとするが、既に遅く。
「逃してやるものですかってね」
 煙を上げて放たれた砲弾が直撃し、片翼が粉砕される。
「……!」
 苦痛を露わにしたヴィットーリアは、それでも粉塵を払い刃を振り上げようとした――けれどそこへマヒナが走っている。
 絶えぬ戦意だけを糧にする敵の姿。
 マヒナはそこに嘗て戦った宿敵を思い出していた。ヴィットーリアもまた同じように、圧倒的な強さだけを求めているのだろうかと。
(「……」)
 確かなのは、負けられない事。
 否、決して負けない事だ。
「アナタは強い、でもね、ケルベロスの強さは大切な人を守るためにこそあるの」
 だから、と。
「アナタはノチユには勝てないよ。ワタシも、皆もノチユのためにここに来たんだから」
 思いと共に、放つ杖での一撃がヴィットーリアを灼く。
 ヴィットーリアは浅い息を零しながらも、無理矢理に刃を振り下ろそうとしていた。
「戦いは、力だ。ただ強い者が勝つ――それだけだ」
「だったら、そうしてやる」
 声を投げながら、拳を握り込んで迫るのはノチユ。
 敵の言葉は真実の一面だろう。何より、ノチユ自身がそれを実感して止まなかったのだから。
 けれど、故にこそ――何も救えなかった拳は今、確かな力を得た。
 亡くした恋の横顔にも、痛む心は啼きやんだ。
 覚悟はとっくに出来ている。
 自分の魂が告げていた。
「大嫌いだった父さんも、あわれだった母さんも、弱い僕を嗤ったあいつらも。誰一人、お前なんかにくれてやるいのちじゃなかった!」
 奪われたもの、ぶつけるべきだったもの。
 その全てを込めて――突き出す拳が、ヴィットーリアの腹部を強く、深く抉ってゆく。

●黎明
 赤い飛沫と共に倒れ込んだヴィットーリアは、一瞬立ち上がる事も出来ない。
 だが、それでも刃を地に刺して起き上がる相貌は――まるで戦鬼。戦う意志の一切を失ってはいなかった。
「……死なねば、決着ではない。戦いは、最後まで奪い合いだ」
 故にまだ負けではないと、殺意を昂揚させて自己を強化する。
 が、その一手すらも姶玖亜は予期していた。
「悪いね」
 砕かせて貰うよ、と。
 撃ち出したのは透明色に燦めく御業。破魔の加護を宿したそれを、その身に溶け込ませてゆくのは――マヒナ。
「頼むよ」
「うん……!」
 言葉に頷いたマヒナは低空を滑るように飛翔。速度のままに至近に迫り、触れるようにヴィットーリアへ手を伸ばしていた。
 瞬間、静かな衝撃と宿された恩恵が相乗し、ヴィットーリアが得た加護を破砕した。
 よろめくヴィットーリアに、リリスも演奏。一つの旋律を幾度もリフレインする事で、渦巻く衝撃を生んで生命力を削り取ってゆく。
 近づく死にも構わず、ヴィットーリアは連続の斬撃を返した、が。
 マヒナがその全てを防ぎきってみせれば――真琴が一枚のカードを詠唱と共に弾丸で撃ち抜いていた。
 瞬間、現れたのは人魚に翼を生やしたかのような幼い少女。『盟約召喚・水癒』――召喚されたその式神が、意思に応じてマヒナの苦痛を浄化してゆく。
 その頃には湖満が反撃態勢。迷いなく、ヴィットーリアの至近に入ると刃を踊らせ、無数の斬撃を繰り出していた。
 ジュリアスもまた斬閃の雨を降らせてゆく。その一刀一刀が、確かに強靭なる戦鬼を追い込んでいた。
 そこでジュリアスは後ろへ跳んで。
「お膳立ては済みました。引導を渡してやってください」
 そうノチユに声をかければ、湖満も頷いて視線を遣る。
「行っておいで」
 それに応えるよう、ノチユは奔る。
 その背を真琴も静かに見送った。仇討ちの為の戦い――その気持ちは自分にも判るものだったから。
 ヴィットーリアは殺気を収めず刃を高々と掲げる。ノチユはその真正面へ飛び込んだ。
 確かに流れる父母の血が騒ぐ。
 訣別を、と。
 故に最後まで、恐れない。
 たとえこの弔いが父にも母にも無意味であろうとも。この敵を消し去ることできっと救えるものがある。見知らぬ誰かが報われる。
 それならば。
「僕はこの手で迷わずお前を殺せる。終わらせられる」
「……!」
 振り下ろされる刃を、ノチユは打ち砕く。そして相手の命へ『星訣』――己が血に受け継いだ瞬きを、一撃にして放った。
「お前には帰る場所もないだろう。僕は、花を見つけたよ」
 それが運命の分かれゆく先。
 星の光に飲まれるように、ヴィットーリアは散ってゆく。
 風があらゆるものを撫ぜる。その中に、戦鬼の姿はもう跡形もなかった。

 眩い月光が和らいで、自然な明るさを取り戻したようだった。
「大丈夫かい?」
 姶玖亜が視線を向けると、佇んでいたノチユは静かに振り返る。そして自身の拳を少し見つめてから――うん、と答えた。
「……ありがとう。皆のおかげで助かった」
「そうか。無事なら、何よりだ」
 真琴の言葉にノチユは小さく頷きを返して――それからふと、前に視線を向ける。
 歩み寄る幽子が、ノチユの袖に触れていた。不安で堪らなかったというように、安堵に瞳を潤ませながら。
「エテルニタさん……ご無事で、良かったです……」
「……うん。心配、かけたかな。幽子さんも、ありがとう」
 ノチユは言うと少しだけ、表情を柔らかくして。その手にそっと触れ返す。
 その様子に、湖満は興味津々に瞳を煌めかせていた。
「そういえばさ、ノチユと幽子ってどんな関係なのさー。めっちゃ気になるんやけど!」
「それは……」
 と、ノチユが一瞬頬をかくと、幽子も少し照れたように恥ずかしげな素振りをして。
 そんなやり取りを、リリスは一歩引いて見ながら微笑んでいた。
「良かったですわね」
「ええ」
 ジュリアスも言いながら、殊更にノチユ達には近づかず――周囲のヒールを済ませて景観を保っていた。
 マヒナもアロアロと共に、暁を眺めながら歩み出す。ノチユと幽子には幸せになって欲しい。だから良かったと、そう思いながら。
 真琴も静かに去ってゆくと……ノチユも木々の間へ歩みを進め始めた。
「……」
 また拳を握る。
 過去そのものはなくならない。だからずっと抱えて生きてゆく。
 それでも、振るうべき拳を振るった。いつか踏むべき道を踏んだ。それが過去と一緒に、自分を未来に導いてゆく。
 空が明るくなる。それに少しだけ瞳を細めてから、ノチユは前を目指した。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年7月3日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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