赫弾

作者:崎田航輝

 夕暮れが世界を朱色に染める。
 その中で――黒衣の女性死神が一体の機械に死神の因子を埋め込んでいた。
 アンドロイド型のダモクレスだ。
 相貌は個性のない造りになっているが、その腕は砲身を兼ねていて高い殺傷能力がある事が窺える。
 事実そのダモクレスは、機が熟せば破壊の限りを尽くすつもりではあったろう。
 だが――死神の因子に蝕まれると、その意志すら生温いものだったかのように強烈な強迫観念に囚われた。
 ――グラビティ・チェインを取り込まねばならない。
 それは思考によって抑える事の出来ない、新たな本能とも言える渇望。
「さあ、お行きなさい。グラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 そうして背中に女性死神の声を聞くと――ダモクレスは弾かれたように奔り出す。
 破壊を、殺戮を、虐殺を。
 求めて辿り着いた先には夕日に染まる街があった。
 人々が行き交う、平和な暮れなずみ。そこに狙いを定めるように、ダモクレスは砲身を突き出した。

「集まって頂いてありがとうございます」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ説明を始めていた。
「本日はダモクレスの出現が予知されました」
 どうやら、『死神の因子』を埋め込まれた個体らしく――大量のグラビティ・チェインを得るため虐殺を目論むようだという。
「このダモクレスが大量のグラビティ・チェインを獲得してから死ぬことになれば……死神の強力な手駒となってしまうことでしょう」
 その為にも、虐殺が行われる前に撃破しなければならないと言った。
「現場は市街です」
 ビルなどの建造物がそれなりに密集している場所だ。海沿いでもあり、敵は海岸線辺りから街の中心を目指してくるだろう。
 こちらが向かうタイミングを考えると、街の入口あたりで接敵する形になるだろう。
「人々の避難は事前に行われますので、戦闘に集中できるでしょう」
 ただ、この敵を倒すと、その死体から彼岸花のような花が咲いてどこかへ消えてしまう。
 即ち、死神に回収されてしまうということだが――。
「敵の残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させた場合は、死体は死神に回収されないということが判っています」
 敵の様子を観察しながら戦いを進めるといいでしょう、と言った。
「また、敵自身も相応の戦闘力を有しているようです」
 強力な砲撃だけでなく、体から爆風を噴射させることによる高い機動力も持ち合わせている。
 三次元的な動きで戦ってくるはずだ。警戒を、とイマジネイターは言った。
「それでも、皆さんならば勝てると信じていますから――是非、頑張って下さいね」


参加者
月隠・三日月(暁の番犬・e03347)
地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)
伊礼・慧子(花無き臺・e41144)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)
リィン・ペリドット(奇跡の歌声・e76867)
 

■リプレイ

●迎撃
 角度の浅い陽光が、ビル群の影をどこまでも伸ばす。
 コントラストの強い朱色と黒に彩られた街の中――降り立った伊礼・慧子(花無き臺・e41144)は瞳を細めながら海岸の方向を見つめていた。
「――来ましたね」
 すると遠方に見えるのは、長い影を伴った一体の人型。
 砲身を兼ねた腕を持つ機械――ダモクレス。ただ真っ直ぐに、愚直ですらあるように、街へと近づいてくるのが判る。
「あのダモクレス、休眠していたのでしょうか……? サルベージされた訳でもないのに、こういう形になるなんて――」
「因子を与えた死神は、おそらく強者でしょうから」
 応えるのはリィン・ペリドット(奇跡の歌声・e76867)。敵影を映すその瞳には、仄かな憂いの感情も滲んでいた。
「ダモクレスが如何な状態だったとしても、ああなってしまう運命は避けられなかったかも知れませんね」
「そう考えると……ダモクレスさんと死神さんはお互い『敵の敵は味方』という訳でもなさそうです……?」
 地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)は小首を傾げて呟きながら――それでも今はやるべき事は一つだと、きゅっと自身の拳を握る。
「どちらにしても、街の皆さんを護る為に頑張りましょう……!」
「ああ。行くぞ」
 言って地を蹴り奔り出すのは、月隠・三日月(暁の番犬・e03347)。敵へ距離を詰めながら、まずは煙玉を投げて慧子の周囲に煙幕を張っていた。
 揮発した成分が光の揺らぎを生み、護りを与えてゆくと――夏雪もまた青白く輝く冷気を形成。雪舞う光を力を高めるエネルギーへ変化して撃ち出していた。
「これで攻撃を、お願いします……!」
「ああ、任せろ」
 それを受け取りながら、快活に声を返すのは鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)。自身も直走って敵へと迫っていた。
 こちらの存在に気づいたダモクレスは、暗い眼光を輝かせて殺意を露わにする。そのまま後背から爆風を生み出して頭上を取ろうとしてきた――が。
「譲らないさ」
 道弘もその動きは予見済み。
 直後には自分もジェットパックを起動させ、瞬間的に飛翔して相手と同高度にまで上がっていた。
 そのまま跳び蹴りを叩き込み、ダモクレスを地へと落とす。
「今だ!」
「判りました」
 そこへ慧子もすらりと手を伸ばし、暗色の魔力を凝集していた。
 渦を巻いて魔弾となったそれは、夕日が作る影よりも色濃く黒い。刹那、放たれたその一弾がダモクレスの脚部を鋭く穿っていた。
 僅かに金属の破片が飛び散って、体勢が崩れる。それでもダモクレスは倒れず、両腕を突き出して眩い砲撃を繰り出してきた、が。
「通しはしない」
 前面に立つ三日月が退かず防御態勢。慧子も並び立って、視界を染めるが如き光の衝撃に耐え抜いて――後方に被害を及ばせない。
 その攻撃が止む頃には、ブロンドを揺らがせながらリィンが前進。戦斧を手にダモクレスの眼前に迫っていた。
「その硬い身体を、叩き割ってあげますよ!」
『――』
 ダモクレスはとっさに後退を目論む、が、一瞬遅い。リィンの振り抜く一撃が的確にその躰を抉り、鈍い音と共に亀裂を刻み込んだ。

●闘争
 ハレーションを起こしたような赤の世界に、一瞬の静寂が訪れる。
 ダモクレスは微かな煙を揺蕩わせながら、膝をついていた。
 ただ――それでも相貌に浮かぶのは苦悶の色ではなく、闘争本能。零れ出るのも自我を塗りつぶされたような、文字通りの機械的な言葉。
『破壊、を……虐殺、を……』
「それも死神の因子のせい、ですか」
 リィンは少しだけその姿を見つめて呟く。
「死神に利用されてしまうとは、哀れなダモクレスですね」
 尤も、それを自身で理解出来るだけの思考が残っているかどうかも、今はもう判らない。だからこそリィンは戦いの構えを取る。
「せめて、死神の手駒にされない様に、私達の手で葬ってあげましょう」
「ああ。何より虐殺なんざお断りだからな」
 道弘も自身の拳をがしりと打ち合わせていた。
 無論、死神の増強もここで阻止してみせるからと。
「――スクラップにしてやらぁ」
 言葉と共に杭打ちを携えて敵へと奔りゆく。
 ダモクレスは斜め方向に爆風を放って高空へ上がり、弧を描いてこちらの横合いに回ろうとしていた。が、道弘もデバイスからの噴射を繰り返してそこへ追い縋る。
「逃しはしないぜ」
 そのまま射程に捉えると、杭を発射してダモクレスの機巧の一部を貫いた。
 ダモクレスが高度を落としてくれば、そこを地上から迎え撃つのが慧子。爆風に飛ばされぬようにアームドアームで自身を固定しながら、闇色の魔力を流動させていた。
 ダモクレスは逃れようと横方向へ身をひねるが、慧子はそれも見逃さない。
「――外しはしませんよ」
 狙いは的確に、放つ刺突は鋭利に。瞬間、繰り出した一撃でダモクレスの腹部を貫通してみせていた。
 音を上げて地へ落ちるダモクレス。
 それでも這うように起き上がって、片腕から砲火を見舞ってくるが――それもまた慧子自身が正面から受け止める。
 爆発する焔は強力で、全てを溶解せんばかり。だが直後にはそこに爽やかな程の冬風が吹き抜けていた。
 それは夏雪が生み出す癒やしの冷温。
「これですぐに、鎮めてみせますから……!」
 風に伴って現れたのは、美しい白妙の粉雪。
 『晩夏の雪融け』――その一粒一粒が熱を消し去り、慧子の体に優しく溶け込んで。苦痛を拭い、不調を雪いでいた。
「これで、あと少しです……!」
「じゃ、こっちでやっておこうか」
 応えて手のひらを翳すのは三日月。
 瞬間、そこに瞬くのは光。魔術ではなく、己が鍛錬によって具現を可能にした気力の塊――それを投射する事で慧子の傷を癒やしきっていた。
 ダモクレスは連撃を狙って逆の砲身を構えていたが――そこには既にリィン。赤光する夕日を全身に浴びながら、軽やかに頭上へ跳び上がっていた。
「この飛び蹴りを、見切れますか?」
 ひらりと廻って一撃、痛烈な蹴り落としを叩き込んでダモクレスを大きく傾がせる。
 同時にそこへ滑り込んだ道弘が、流線を描く斬撃で足元を斬り裂くと、ダモクレスは倒れ込みながらも光線をばらまいてくるが――。
「大丈夫です」
 慧子は変わらず己が身を盾として防御。三日月もまた前線に出ながら薙刀を振るって光線を撃ち払い、受ける衝撃を減らしていた。
 それでも二人に傷は残るが、慧子は地面に魔力を送って輝く樹木を顕現する。
 『ステルスツリー』――美しく燦めく木の葉の舞いが、爽風と共に二人を撫ぜてその体力を癒やしていた。
 そこへ夏雪も癒やしの吹雪を呼び込んで、傷を浄化してゆく。
「攻撃は、お願いします……!」
「ああ」
 応える三日月は疾駆する。
 ダモクレスは不利を悟ってか、爆風でビル上まで飛翔していた。
 けれど三日月もその身体能力は並ではなく――高く跳んでビルを蹴り、更に上方へ。一息でダモクレスへと追いついている。
『――』
 ダモクレスは目を見開き、至近から砲口を向けてきた。
 だが三日月は瞬時にビルの縁を掴んで速度を殺し、停止して回避。すぐさま再度の跳躍をして――ダモクレスの上にまで舞い至る。
「これで、落ちてもらう」
 そのまま体を翻し、全力を込めた蹴撃。齎される爆発的な衝撃に、弾丸の如き速度で落下したダモクレスは――煙を爆散させながら地へと激突した。

●決着
 ぱらぱらと、アスファルトの欠片が風に舞ってゆく。
 煙が薄らぐ中で、ダモクレスは軋む音を上げながら這いつくばっていた。
 直後には立ち上がるが、足元は既に覚束ない。ただそれでも、最後まで濁った殺意がその瞳には滲み出ていた。
 夏雪はその姿に微かに声を静める。
「ここできちんと倒さないと、ダモクレスさんも解放されないんですね……」
「ああなった以上、話も通じないだろうが」
 と、言いながら道弘は拳を握り直す。
「死んでまで誰かに利用されるのは、望む所じゃねぇだろうさ」
 だったらこちらがやるべきは完膚無きまでに勝利する事。
 故にこそ、と。
 その気合を込めるよう、道弘は己の血流を強くさせ、ギリシャ文字に似た紋章をワイシャツの袖先から垣間見せる。
 どくん、どくん、と。昂ぶる力は敵を確実に砕く為のものだ。
「このまま一気に攻めていこうぜ」
「ええ」
 頷く慧子は最前衛の位置を保ったままに、陽炎が浮かぶほどの魔力を発現している。
 ダモクレスは既に翔ぶことは叶わずとも、爆風を利用して地上を移動。こちらの射線から逃れようとしていた。
 けれど嵐のような風圧の中、慧子はデバイスを地に噛ませてあくまで不動の構え。そのまま陽炎を影へと凝縮し、虚空に無数の弾丸を生成してゆく。
 瞬間、射撃。雨のように注ぐ幾重もの衝撃が、ダモクレスの全身を貫いていった。
 それでもダモクレスは倒れず、残った砲口からエネルギーの塊を放つ。幾度目かの衝撃に、慧子の体力も大きく目減りするが――。
「頑張って下さい……! あと少しですから……!」
 夏雪が言葉と共に真っ直ぐ手を翳す。
 するとはらはらと舞い降りてくるのが淡い輝きを帯びた白雪。朱色に染まった世界を優しく冷やしてゆくように、慧子の意識を保たせた。
「後は、おまかせします……!」
「ええ。では参りましょう」
 声を返してそっと胸の前で手を組んでいるのはリィンだ。
 ダモクレスはひしゃげた躰で抵抗姿勢を見せている。けれどリィンは相手の攻撃がやってくるより早く――清廉な声音を響かせた。
 ――私の声よ、あなたに届きなさい。
『……』
 それは美しい旋律で紡ぐ、悲哀の歌だった。
 『心を刻む歌声』――反響するほどに、耳朶を打つほどに精神を侵食するそのメロディーは、機械の心をも深く抉って消えぬ傷を残してゆく。
 ダモクレスは体勢を保てず地に手をついていた。それを冷静に見据えながら、三日月は薙刀を握り締める。
「もう少し――なら」
 と、薙ぎ払うように放つ一撃は、単体に与えるには威力の低いもの。それによってダモクレスが丁度瀕死に陥ったと見れば――。
「最後は、頼む!」
「ああ!」
 道弘は硬化させた極太のチョークを手にとっていた。
 そこへ縦方向の罅を入れながら、高まった力の全てを込めて投擲する。
「これで、終わりだな」
 『チョークスパーク』――ダモクレスの砲身の先へとぶつかったそれは、亀裂に沿って割れながら全身へと拡散。
 機械の体を穿ち貫き、その内部に宿った因子ごと命を砕ききった。

 遠くの潮騒が聞こえた。
 風が緩まり、剣戟の音も消え去って――訪れるのは静かな夕暮れだ。
 その中で、ほっと息をついた夏雪が皆を見回した。
「終わりましたね……皆さん、ご無事ですか?」
「勿論。だが、中々の相手だったな」
 道弘は軽く肩を回しながら、その残骸を見下ろす。
 最早鉄塊となったダモクレス。リィンはそっとその一部を覗き込んでいた。
「死神の因子は……どうなりましたでしょうか?」
「ん、ちゃんと破壊されてるよ」
 三日月もそれを確認する。
 ダモクレスの命はここで潰えた。だが死後も別の勢力の手駒として使われる運命は、免れる事が出来たろう。
「それが良かったのかどうかは、きっとこのダモクレスにしか判らないのでしょうけれど」
 慧子は静かにしゃがみ込む。
 その相貌は勝利の強い歓喜を浮かべるでも、哀しみに憂うでもない。ただダモクレスが如何な思いでいただろうかと、想像を巡らせているようだった。
 何にせよ、と道弘も目をやる。
「死神勢力が強まるのを少しは抑えられただろうさ」
 少なくともそれは、こちらにとっては重要な事だ。それを果たす事が出来たのは、喜んで良いのだと。
 言えば皆も頷く。
 その内にダモクレスの残骸が光の粒となって消えてゆくと――皆は周囲にヒールをかけて街を直した。
 それが済めば、リィンは改めて遠くを眺める。
「もうすぐ日も沈みますね」
 鮮やかな赤の世界が段々と暗くなってゆく。
 その後に訪れるのは、平和な夜の時間だ。
 人々に安全も伝えたため、すぐに街は元の賑やかさを取り戻すだろう。番犬達はそれを何よりの成果にして――歩き出していった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月21日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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