それはずっと眠りについていた。木編みのバスケットに揺られて夢を見ていた。幸せな夢を。
だが目を覚ました今では夢というファジーなデータなど必要なかった。不具合のあったプログラムを自己修復し、それはダモクレスのCPUユニットとして正常な働きを取り戻している。
ネオンに彩られた看板、途絶えることのない雑踏と鳴りやまぬ喧噪。人工的に生み出した太陽の子供達を駆使して闇夜を克服した人間という生物は、夜のとばりが降りても未だ精力的に活動を続けていた。
それにとっては至って好都合であった。
10月31日。それは時を違えずに目覚めた。そして地球にきた本来の目的を果たすべく、徹底的な破壊と殺戮を開始した。
●
「悪いことは重ねて起こるって言うけれど、ハロウィンは毎年大事件の連続で参るね。まったく本当にさ」
正太郎のもらした声には含みがあった。それを知る者は僅かであったかもしれないが。
「実は東京都の渋谷区付近で巨大ロボ型ダモクレスが復活する予知があったんだ。復活したばかりで本来の能力を発揮できないとはいえ、十分に驚異的な存在だよ。それに猶予を与えてしまえばグラビティチェインを確保して本来の力を取り戻してしまうかもしれない……。そんな事態になる前に個体の撃破をお願いしたいんだ。それと個体は7分後に開く魔空回廊で撤退してしまう、いわば制限時間だね。この間に個体の撃破をお願いするよ」
ヘリオンの内部では渋谷区の地図が広げられており、赤い線が引かれていた。一目でわかる。ダモクレスの進行ルートだろう。
「個体は首都高速と道玄坂が交差する辺りから渋谷駅の方面に向かって、邪魔なものを全て蹴散らしながら進んで行くようだね。当日は避難勧告を出すからみんなは戦いに集中できるよ、それに街の損害はヒールで修復可能だから個体の撃破を最優先にしてほしいんだ。これだけ巨大なダモクレスじゃ進行だけで物的損害は出ちゃうからね」
7mほどの体長を考えればさもあらん。ケルベロスが無理難題に悩まされぬようバックアップする組織も全力を尽くしているのだろう。
「それと個体は一度だけ自らの損傷も無視したフルパワー攻撃を行使できるみたいなんだ。強力な攻撃だけど打たせてしまえばその後の戦闘は有利に運ぶと思う。もちろん、打たせずに終わることが一番いいことに変わりはないけどね」
正太郎は手を組んで頤(おとがい)をおとした。ケルベロス達の眼をみずに口をひらく。
「今回の個体に対して思う事がある人もいるかもしれない。こうなってしまったからには倒すしかない……それが仕事だからね。けれど冷酷になれってわけじゃないよ、伝えたいことがあるなら伝えるべきだと僕は思うから」
参加者 | |
---|---|
リーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184) |
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641) |
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224) |
モヱ・スラッシュシップ(あなたとすごす日・e36624) |
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382) |
柄倉・清春(あなたのうまれた日・e85251) |
10月31日00時。渋谷の街に灯が絶えることはなかったが、攫われたように人影だけがどこにもなかった。まさしくゴーストタウンと化した渋谷に突如として姿を現したファントム……宵闇に青白く燃え上がる炎、刻まれる破壊の轍。ハロウィンナイトには御誂えむきと言えるかもしれない。
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)は白衣を白い尾のように引いてビルの外壁を蹴った。
「これを見切れますか?」
中空で体を捻り、細やかな関節部分を狙い靴先を蹴り上げる。重力を宿した一撃にファントムが鳴動した。地獄が口をひらけば、ちょうどこんな声がするのかもしれない。亡霊の名前どおり何とも不気味な存在だ。
「ですが決して負けませんよ。私達も頼もしい仲間がいますからね」
次の瞬間、タキオンの顔を爆風が叩いた。二度、三度、ファントムの下腹部で『轟竜砲』は炸裂しては白い火花を咲かせた。
「遅刻しなかったのは上出来だ。だが、今度はマナーがいまひとつ。忘れたか? 人の楽しみも考えなくちゃな」
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)はひとりごちた。足を止めずに銃把を起こし、ハンドルをスライドさせ、次々と砲弾を送りこんだ。
と、小さな駆動音がして――二人は一斉に飛び退いた。間一髪『ブルーフレイム』の直撃を免れる。炎は空気を重々しく焼き、波頭のように押し寄せた。
だが、それは彼らの後塵を捉えることすら出来なかった。
「防衛、させて頂きマス」
モヱ・スラッシュシップ(あなたとすごす日・e36624)が両者の間に躍り出たからである。『収納ケース』と『黒電波くん』も後を追うようにして盾となる。
『ブルーフレイム』が吹き荒れ、柔らかそうな髪を、なめらかな肌を焼く。いかにデバイスを駆使しても、これに嬲られ続ければ長くは保たない。
だが贅沢は言わない、一瞬の間隙さえ作りだせればよかった。刹那の一瞬に滑り込む者達がいるのだから。
炎の勢いがにわかに弱まった。モヱは緩やかに身を翻し、つま先で円環を描いた。『Healing circle precious』大地に癒しの力が満ちる。
「純然羽ばたき輝く精霊よ。優しき光を従えて、彼の者達を癒す力を我に貸し与えよ」
リーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)が召喚した光の精霊が青炎を包み込む。粒子がモヱの体に触れると、熱傷の疼きがすぅっと静まってゆく。
「感謝致しマス」
「ううん、気にしないでくれ。みんなの傷を少しでも小さくするのが私の仕事だからな。気を抜かずにいくぞ、ひびちゃん!」
『響』もリーズレットの頭にのったまま、負傷者の治療を最優先に行動する。だが正直なところ手が足りない。攻撃の対処だけでは時間と共に劣勢になるのは自明の理といえた。
だがリーズレットは歯を見せて笑った。その余裕の源へ声を張り上げる。
「うずまきさんも、よろしくな!」
「うん――任されたよ」
瑞澤・うずまきが描いた魔方陣が地上で守りの加護をもたらす。癒しと守護、二つの力が戦士達を雄々しく奮い立たせた。
犠牲なんて一人も出してやらないんだ! リーズレットとうずまきは頷きあうと顔を引き締めてケルベロス達の背を祈るような気持ちで見つめた。『どうか誰もに幸せな結末を』そんな儚い願いを込めて。
風が暴力的に頬を刺す。おかしな浮遊感に内臓が揺さぶられ、急旋回するたび気が遠くなるような感覚が押し寄せる。だが、えらく愉快だ。
敵の直上から急降下したペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)は青炎の壁を突き破り、その巨体に踵を叩きつけた。四つ脚がぎしりぎしりと悲鳴をあげた。
「そおら、こっちを向くがいい。ハロウィンを愉しむ子供の方をな」
「オレからもプレゼントだ。甘い菓子より、もっといいもんをやるよ!」
続けざま柄倉・清春(あなたのうまれた日・e85251)も蹴撃を見舞う。砲塔が忙しなく旋回し炎を吐きだす。清春はデバイスを手繰って巨大な四本腕を盾とした。
「クク……サキュバスの我が飛べるとはデバイス様様だ、実に愉しい。速度をあげるぞ。精々、振り落とされんようにな」
「はっ、上等!」
夜を切り取る白い外套を翼のようにはためかせ、ペルは高揚した気分のまま更に加速度をつけて空を駆け回った。
ファントム、まさにハロウィンらしい感じのダモクレスが出ましたね。
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)は空を翔けた。眼下で巨体を蠢かす影、ハロウィンの日を狙ってきた意図は読めないが放っておくわけにはいかない。
あどけなさの残る横顔には慣れぬデバイスへの緊張が表れていたが、ケルベロスとしての活動してきた長い経験は彼女を裏切ることはなかった。
ルピナスはファントムの死角に回り込む。
「御業よ、仇なす敵を潰してしまいなさい!」
幼い声が護符を放つと、御業がファントムの横腹を張り飛ばした。
「ずいぶんご機嫌だな」
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)が気だるげに首を回した。
新しい玩具を貰って喜ぶ子供の姿を視界の端に飛び回る影を捉えながら、グラハはサイト中央に敵を据えた。跳ね上がる銃口を押さえつけながら『フロストレーザー』を連射する。発射と同時に猛烈な勢いで飛来した凍結弾が装甲に着弾、破裂する。ぱらぱらと音を立てて氷の結晶が散った。
「こっちはゆっくりエンジンかけさせてもらうとすっかね」
再びファントムの姿を捉えて、ふとグラハは思いだした。いつかどこかで目にした報告書、その顛末を。
これなら眠ることなく端から殺し合っといた方がマシだったか、そうでもねぇのか。テメェにとっちゃどうだろうな?
問うて、グラハは首を振った。考えるのは後でもできるし、性に合わねえ。
そしてゆっくりと引金を絞った。
●
音が渦を巻いていた。耳をつんざくような破裂音、地鳴りのような低重音と金属がぶつかり合う背筋が浮き上がるような戦場の咆哮だ。ひときわ聴嗅覚が敏感なウェアライダーとしては御免被りたいものだが腐ってもいられない。
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は荒々しい歓迎に負けじと四肢を振るった。そんな陣内に追随しながら攻撃を重ねるのは新条・あかりだ。デバイスがなくとも彼女は陣内の動きに呼吸を合わせることが出来た。長い時を共に過ごし、考えを共有した者同士のみが把握できる思考の連携。
「タマちゃん」
黒い耳は少女の声をどんな音よりも精確に拾いあげた。陣内は大きく踏み込み神速の突きを繰り出した。あかりも対角線上から刃を振りかざす。『雷刃突』が敵の装甲を削り取る。と同時に、アラームが時を告げた。
「あと4分」
呟いた陣内の傍らを風が走り抜けた。
グラハは大きく息を吸って戦場の空気を胸におとす。絶えず身を焦がす炎が、血と肉が、油と鋼の焦げる臭いが戦いの本能を刺激する。ようやく調子が出てきた。
犬歯と敵愾心を剥きだしにグラハは急降下し、勢いを殺さず敵の真下に潜りこんだ。
「動きが鈍くなってるぜ、デカブツ!」
耳を聾する衝撃音が鼓膜を揺るがす。鎚矛がファントムの腹を突きあげた。
「おおぉらぁぁ!」
グラハが渾身の力で鎚矛を振り抜いた。ファントムの巨体が僅かに持ち上がり、四つ脚が焦ったようにたたらをふむ。
あまりに荒々しい戦い方に、ぽかんとしていたルピナスは、ハッと気を取り戻した。あんなことは到底真似出来ないけれど、出来る戦いを――。
「わたくしもっ」
菫色の髪を風に流し、ルピナスも四つ脚の間を縫うように舞った。巨大な脚と交差するたびに全身の膂力をこめてナイフを突き立て、斬りつけ、振り払う。敵の損傷個所に沿い切り広げるように刃を振るう。
ファントムが唸り青炎を撒き散らせば、
「させねーよ」
間髪入れずに清春と『猫』が炎を遮る。
「なにも炎は、そちらばかりの専売特許ではありませんよ」
気合いを吐いて跳躍したタキオンが鎌のように足を振り切る。至近距離で放たれた『グラインドファイア』が巨体を直撃した。
飛行人員で極力敵の注意をひく。だが当然、総ての攻撃を空に引きつけることは出来ない。じわりじわりとファントムの足場を崩しているのは地上の面々だ。それを敵が鬱陶しく思うのもむべなるかな。そして攻撃から仲間を守ることが自身の役割である。
ダモクレスの脚がうなりをあげた。モヱの足取りはゆったりとしていて決して素早いものではなかった。彼女の所作は戦場においても日常のそれと変わらず一見非効率に見えたが、内実非常に的確に最短距離へと足を運んでいた。
脚は壁を突き破り鉄骨も壁材も粉砕して地上を薙ぎ払う。モヱに躊躇はなかった。脚を迎え撃つため身構えて『スパイラルアーム』を放つ。――直後、全身を衝撃が走り抜けた。衝撃は多方向から襲いかかり上下左右の判別すらつかず地面に体が叩きつけられる。
「モヱさん!」
リーズレットが悲鳴をあげる。モヱは駆け寄ろうとする彼女を制した。「ご心配なく。いまは攻撃に集中してくださいマセ」
リーズレットは臍を噛んだ。グラビティも万能ではない、どうしても治療できない傷は蓄積されて体を蝕んでいく。不治の病のように。
杖の石突を地面に落とす。雑念を振り払い、弱い気持ちを叩くように。リーズレットは杖の先端で円を描いた。それは一己の魔方陣となって光の矢を数多に顕現させた。
「これ以上は進ませない!」
決意の声にのせて、矢が一斉に発射された。
モヱはようやく瓦礫を押しのけて立ち上がり、手足が動くことを確認した。左腕はあらぬ方向を向いているが、他に異常はない。ふらつく体を支えて空を凝視める。
「私は問題ありまセンカラ」
その貫くような眼差しに清春はドキリとした。一刻も早く地上に駆けつけようとしたことを見透かされたようで。
「っとに……ひやひやすんなぁ」
恋人としては気が休まらない。悪い遊びの一つや二つ覚えさせた方がいいだろうか?
それも帰れたら、の話だが。
度重なる攻撃に晒されて清春のデバイスは半壊していた。あとどれだけの攻撃が受け止められるか定かではない。身体に刻まれた熱傷は赤黒く変色して感覚がないくせ痛みだけは絶え間なく押し寄せている。
「いけるか?」
ペルが声をかけた。炎に晒された際に外套は捨てたため、いまはがんぜない子供の横顔が覗いている。清春はぱちんと目を閉じた。
「楽勝楽勝、こんなんで倒れるほどやわじゃないからねぇ」
「……まったく」
ペルは呆れた。当人達が気づいていないだけで、こいつらはとんだ似た者同士だ。
「犬も食わんな」
呟くとペルは小五月蝿く鳴り続けるアラームを切った。
あと、二分。仲間に肩代わりさせたぶんは、二倍にして敵に返さねばなるまい。
●
「時間がねぇ。とにかくぶちこみまくれ!」
清春が爆音に負けじと吼える。
「ええ、必ず止めてみせます。それだけのことはしてきたつもりです」
汗や煤埃を拭う時間すら惜しく、タキオンは攻撃を続けた。
「ああ」
頷き、陣内はファントムにナイフを突き立てた。「俺たちのすることは変わらんさ」分厚い装甲を引き裂くように刃先を挽きまわす。
たったの7分間、誰もが極限の中で戦っていた。
と、飛翔する影の存在に気づいたのはモヱだった。
「柄倉氏」
呼びかけ杖を掲げる。清春は瞬時にその意図を察してグラビティを放った。
折り重なった二つのグラビティが注がれる。ぐっと重くなった右腕を左手で支え、グラハは愉快そうに嗤った。
『悪霊化』そう呼称される黒い靄を腕に纏い、グラハは弓弦さながらに腕を引き絞った。
「全力だ――自滅の味、心逝くまで噛み締めな!」
膨張した黒い靄がファントムを叩き潰した。靄は機械回路を逆流し、エネルギーの流れを掻き乱しながら体内を駆け抜ける。
四つ脚が壊れたように宙を掻く。あとは手を伸ばすだけだ。
「ここで――。一気に!」
中空に静止したルピナスの腕が天を指した。小さな手に握るは暗夜を写したような暗黒の剣、疾く振るえばそれは残像をともなって無数に分かたれた。
「皆さん、退避を!」
タキオンが鋭い声音をあげた。彼はルピナスを知っている、動物や植物を愛する優しい少女であることを。そして彼女の技はそんな平素の姿に似つかわしくないほど苛烈であることも。
「無限の剣よ、我が意思に従い、敵を切り刻みなさい!」
剣の切っ先が一斉に標的に狙いを定めた。一瞬の後、夜空が落ちてきたかのような錯覚を誰もがおぼえた。『暗黒剣の嵐』はその名の通り、ファントムを中心としてあらゆるものを切り刻む。
夜の刃がおちる空、その中を哄笑と共に白い影が駆ける。
「面白い。斬撃の饗宴とゆこうではないか!」
ペルが掌に小さな光をともした――突如としてそれは膨張し身の丈を遥かに超える白剣を形づくる。純粋な魔力の塊である白剣は本来、質量や指向性のコントロールが難しい代物なのだが……これだけ的が大きいのだから煩わしいことなど埒外である。
ありったけの魔力を注ぎ込み、ペルは夜を切りさいて飛翔した。
「菓子をくれないならば悪戯の執行が戒律だ。息絶えるほど本気の悪戯を全身で受けて貰うぞ」
『白く還る消滅の巨剣』が煌めいた。――ずっ、ずずずっ。重々しい音をたてて剣がファントムの体に炸裂した。書き割りの世界を消しゴムで削ったかのように、巨躯の一部が瞬時に消え失せる。
支えを無くし、箱型の体が地面に激突した。砂埃が巻きあがり、路地という路地に吹き荒れて街全体が体を戦慄かせた。地響きのような駆動音が止み、沈黙が訪れる。
「や――やった、やったぞ、うずまきさん!」
リーズレットが飛び跳ねてうずまきと手をうちあわせた。ぱぁん、響き渡る軽快な調べに誰もが緊張の糸を解いた。
その瞬間、ファントムが動き出した。脚を外壁に差し込み体を固定し、箱型の本体から露出したレンズが急速に光を集め出す。
「ここで――そう来ますか」
毒づくタキオンの声には焦りが滲んでいた。こちらも予想以上に疲弊が激しい、避けられるか……よしんば防ぎ切ることが出来るか。
「待って!」
声が飛び込んできた。翼と両手を大きく広げて、火倶利・ひなみくはファントムの眼前に立った。
「思い出して、ゴーストちゃん! みんなで踊って、お菓子を食べて、笑顔でいっぱいだった後夜祭のことを」
「これが……あのゴーストくんなのか!?」
リーズレットはおずおずと目をやった。あの日、手にしたお菓子に笑い声をあげていた姿は冷たい機械の箱のどこにもない。
よちよち歩きのダモクレスを思い出して陣内はふっと息をはいた。
「あの日が待ち遠しくて、楽しみで、お前は目を覚ましたんだろ」
途端、電流が奔ったようにファントムの電脳内で無数のデータが飛び出した。
『与えること、与えられること』
『分かち合うこと』
『喜びというデータ。笑顔という機能』
データの底から次々と浮かび上がる言の葉。幾度デリートをしても決して消えないログ、原動機を熱くさせる不可解な信号の数々。なによりも理解出来ないのはそれをCPUが正常なものと認識しているところだ。
「ねぇ、ゴーストちゃん。お菓子のお家に帰ろう?」
ひなみくの声に、ファントムは咄嗟に頭をあげた。そうだ、イタズラをしたらお菓子は貰えない。
次の瞬間、細い一筋の光条が渋谷の空を貫いた。レーザーは雲を破き散らし、大気を焼き払って星の大海に吸い込まれてゆく。曇天の天蓋が取り払われると、見渡す限りの星々が広がった。
「オ……カ、シ」
鋼の巨体に火の玉が浮かび上がる。フルパワー攻撃の余波に耐えるだけの力は既に残されていない。内部から火を噴きだし、轟々と燃え盛る。ファントムは眠るように崩れ落ちた。後には原形を想像しえない残骸のみが横たわっていた。
「ゴーストちゃん…」
今日はハロウィンだよ。今度は……ちゃんと起きられて、お菓子も貰えたね。
僅かな熱をひめる残骸を胸に掻き抱いて、ひなみくはぎゅっと目をつむった。あかりが黙って木編みのバスケットを差しだすと、彼女は胸に残った小さな欠片を、色とりどりのお菓子のうえに寝かせた。
「僕らが、みんなが見守ってあげるから。――さあ、おやすみなさい」
あかりが子供を寝かしつけるように呟いた。これだけ賑やかなら、寝床に不満はないでしょう?
「あの時も今日も、えらく忙しないやつだ」
別れの挨拶も出来やしない。ひとりごちて陣内は天を仰いだ。そっと、素知らぬふりでバスケットに飴細工をおとして。
星々は何かを語り掛けるかのように瞬いていた。
●
ヒールを施されて幻想化した建物は、ハロウィンには似つかわしいかもしれないが、無傷のそれらと合わせると下手なパッチワークよろしくちぐはぐだ。
「知りたかったものは、見つかりましたでショウカ」
清春が振り返るとモヱはにこりともせず微かに頷いた。親愛の情を示す彼女独特の素振りである。
「んー……わかんねぇ。ハッキリとは」
果たして想いは、意志は、モノに宿るのだろうか? その片鱗に触れても答えは出ない。だが信じたい、信じる人が信じることを。
清春はコートを脱ぐとモヱの剥きだしの肩にかけて囁いた。
「いつか教えてね、モヱちゃんを満たしている想い……うまれた時のことをさ」
モヱは目を伏せて肯定とも否定ともつかない様子で首をおとした。清春にとっては、いまはそれだけで十分だった。
作者:東公彦 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2020年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|