秋の星穹へ

作者:崎田航輝

 夏が彼方へ過ぎて、秋の光が輝き始める。
 涼風がまろぶ夜の下、天球を仰げば満天に広がるのは眩い星辰。
 中天に座するアンドロメダに、ペガスス座。長く天を翔けるうお座に、北方で煌めくカシオペヤ。
 遮るもののない空が見える場所では、その輝きが一層近くに感じられて──丘に建つ天文台、その展望デッキには多くの人々が集まっていた。
 都会から少しの距離を置いたそこは、街明かりの届かぬ自然の只中。
 曇りの晴れたような、澄み切った星空の美しさに息を呑みながら。仄かに低くなってきた気温をも楽しむように、人々は秋の夜を過ごしていた。
 けれど皆が気づかぬ下方の地面。傾斜の麓から──夜に紛れるように歩み寄る闇色の影があった。
「届かぬ光を視て、どうする」
 足元にはいつだって闇があるのに、と。
 昏い声音で人々の元へ這い上がるそれは、暗色の鎧を着込んだ罪人、エインヘリアル。
「光は眩む、短き命と同じように」
 だから希望も羨望も無意味だと。人々の心ごと命を切って捨てるよう、罪人は刃を振り上げて殺戮を始めた。

「星空も、季節と一緒に変わっていきますね」
 澄んだ夜のヘリポート。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へそんな言葉をかけていた。
「とある天文台では、そんな秋の星空を愉しもうと多くの人々が訪れているみたいです」
 ただ、そこにエインヘリアルの出現が予知されてしまったと言った。
 現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
「皆さんには、この敵の撃破をお願いします」
 戦場は天文台の手前、丘の傾斜にあたる場所だ。
 なだらかな坂となっていて、下方から登ってくる敵を迎え撃つ形となるだろう。
「人々は警察の協力で事前に避難します。戦いに集中できる環境でしょう」
 天文台に被害を与えず終われるはずですから、とイマジネイターは言葉を続ける。
「勝利した暁には、皆さんも星空を眺めていってはいかがでしょうか」
 展望デッキでは美しい夜天を望む事ができる。温かい飲み物などを用意していくと、より星見の時間を楽しめるだろう。
「周りの丘も、自然の草花が綺麗なようですから……星を見つつ散歩などをしても良いかも知れませんね」
 そんな時間のためにも是非、撃破を成功させてくださいねと、イマジネイターは皆へ言葉を贈った。


参加者
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)
オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)

■リプレイ

●星宵
 時に集まって、時に散らばって、無限の光が空を彩っている。
 眩い星辰。それは故郷を滅ぼした者たちの纏う象徴でもあるから──オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)には少し怖いものでもあるけれど。
「……でも」
 丘から仰ぐ輝きの美しさに、罪はないと知っている。
 だから、好きになれるといいなと今は素直に思うから。
「護らないとね」
 天文台を背に守る、なだらかな傾斜。その麓を見下ろせば──暗がりから這い出る影が垣間見えていた。
 黒鎧に身を包み、鋭い刃を握る罪人エインヘリアル。
 昏い殺意に淀んだその視線を──真っ向から阻むように煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)は立ちはだかってゆく。
「この場所と、この時間を、多くの人達が楽しみにしているのです!」
 平素の声音の柔らかさに、凛然とした芯を込めて。カナは見据えながら戦いの態勢を取ってみせていた。
「邪魔はさせません!」
「……番犬」
 罪人は静かな声に、敵意を含める。
「届かぬ光の為に戦うのか。無為なものを護る為に」
「無駄なんかじゃないのよ」
 リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)は澄んだ瞳で夜天を仰いでいた。
「例え届かない光でも求めるのがひとのロマンなのよ。それが分からないなんて……お気の毒なの」
「──ああ、そうだな」
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)も空色の瞳に満天の光を映す。
 天蓋の星々は遠いからこそ尊いのだと。
「手を伸ばしても届かないから、焦がれて見上げる事が出来るんだ。それに──簡単に掴めてもつまらないしな」
 言って下ろした瞳には、穏やかさの代わりに射抜くような鋭さを湛えて。
 僅かに黙った罪人は、それでも刃を振り上げた。
「光を求めても、闇がいつだって足元にある」
「そんなの──私達が埋めちゃうんだから問題ないのよ!」
 リュシエンヌは退かず、駆ける。
 ふわりと靡くツインテールの根元に仕込んだ灯りで、しかと道筋を定め。距離が迫れば髪花を消して瞬間的に目を眩ませた。
 罪人が怯んだ一瞬、リュシエンヌは廻転。優美なアサンブレのように鮮やかな蹴撃を叩き込む。
 よろめく罪人は、それでも刃を握り直す、が。
「させないよ」
 その視界に明滅する星色。
 花々をそよがす夜風のような声音で、手を伸ばすノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が放った光。
 空から喚んだかのように、美しい形を結ぶ光は心身を囚えて巨躯を蝕んだ。
 呻く罪人は、それでも闇色の剣風を放つが──オズが前面に出て庇い受ければ、翼猫のトトも同じく身を挺する。
 その衝撃こそ軽くはないが、直後にはカナが手を翳し──。
「すぐに治癒を致します」
 吹き抜ける風に、雪のように純な白花を交ぜて。闇を祓うかのように傷を拭っていた。
「ありがとう」
 応えるオズ自身もまた寓話語り『奇跡の娘』。紡ぐ妖精譚で幸運を呼び込み、苦痛を融かしてゆく。
 リュシエンヌの翼猫、ムスターシュもトトと共に癒やしの風を送れば──。
「アロアロも、よろしくね」
 マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)の声にシャーマンズゴーストも呼応。臆病な震えを自ら律するように羽を広げ──捧げる祈りでオズを万全に保った。
 番犬の戦意に、罪人は剣を向けながら意志を問う。
「焦がれて、求めて。最後に手に入らぬ光なら、苦しいだけだろう」
「ワタシは……そうは思わないよ」
 マヒナはそっと首を振った。
 どんなに手を伸ばしたって星には届かない、でも。
「星を見てると元気になれるんだ。……暗闇に迷うこともあるかもしれない、星が見えない時だってあるよ」
 でもねと、手元に光を抱く。
「大切な人と見た星空の記憶は消えたりしない、ずっと心の支えになってくれるの」
 だから自分もまたそれを見せてあげるのだと。星の光で眩い柱を立ち昇らせた。
「ほら、星の輝き! キレイでしょ?」
「──」
 罪人は僅かに目を引かれて動きを淀ます。すぐにはっとして柄を握る、が。
「届かないさ」
 その頭上に、ラウル。
 星月の光を纏った眩い蹴撃を打ち込めば──マヒナも連撃。ひらりと軽やかに跳んで、罪人の腕を蹴り払ってみせた。

●静寂
 後退した罪人は、苦痛の中に消えぬ猜疑を垣間見せる。
「光が目映ければ、それだけ影の昏さを理解する。それを知って、何故上を向ける」
「……お前の言いたいこと。僕にはわかるよ」
 ノチユは唇から声を零す。
 ──そうだ。眩しい星に、届かないのを僕が一番知ってた。
(「だから、よくわかる」)
 一生ひとりで暗闇に浸かって、星を羨むのだと思ってたから。
「けど、宙に光があるだけで、昨日と今日と、明日を想えるのがヒトなんだ」
「……だが、光はいつか──」
「眩まないひかりもあるんだ。お前に視えない、彩をした」
 瞳を伏せてノチユは呟く。
「お前には、一生わからないさ」
 刹那、昏い『夜の背』を見せるように。踏み込んで刃の如き回し蹴りを打っていた。
 罪人は苦渋に唸る。
「……ならば、能う者にしか光は与えられないのか」
「違うよ。……いつか、デウスエクスとも一緒に星空を眺められるようになること、それがささやかなワタシの夢、だよ」
 だからと、マヒナはひとつ、ふたつ。
 星粒を輝かせ、ペガスス座やみなみのうお座を形作る。
「今が見頃の星座、アナタにも見せてあげるね」
 見ようとすればいつでもそこにあるのだと、示すように煌めきで取り巻いた。
 罪人は拒むかのように剣を振るう、が。
 ラウルがそこへ照星を定めている。
「まだだ。光と花の彩に、溺れるんだな」
 瞬間、フラッシュが明滅して月彩の弾丸が放たれる。
 『杳窕の月』──着弾したそれは爆ぜて舞い、春の雫にも似たミモザを溢れ咲かせた。
 明るすぎるものも、美しすぎるものも、或いは罪人はとうに受け入れられなくなっていたのか。振り払うように迅風を吹かせる、が。
 ──皆を穢れから守りたまえ!
 カナが陽炎揺らめく光円を拡げ、渦巻く靄から地の聖獣・玄武を顕現する。
 『四神降臨・玄武護防結界』。立ち塞がる玄武が聖なる力を満たし、迅風と皆の不浄を祓っていった。
「これで大丈夫です」
「それじゃあ攻めに回るよ」
 オズははためき、夜天へ飛び上がって罪人の上方へ。弓弦を引き絞ると、光を描く矢で一直線に巨躯を貫いた。
「さあ、今のうちに」
「はいっ!」
 リュシエンヌは柔らかく翼を広げて、清らかな光を纏う。
 そうして空から呼び込むように、自ら注がせるように。『Coin leger』──光の粒子で闇を埋め尽くして罪人の影すら縫い止めた。
 藻掻く罪人へ舞い降りるオズは、尾をすべらかに撓らせて。
「終わりだよ」
 斬り裂くが如き横一閃で、罪人の命を両断した。

●星刻
 仄かに涼しさが増して、仄かに風が澄んでゆく。
 僅かに夜の更けた中──番犬達は戦いの痕を癒やし、人々へ無事を伝えていた。
 そのうちに和やかな賑わいも戻り、皆が星見を楽しみ始めると──カナもまた展望デッキへと上がっていた。
「素敵な夜空……」
 丘より少しだけ高い場所。
 遮るもののない視界は、天球の美しさを直に伝えてくれて。触れられそうな星の輝きに、カナは瞳を柔く燦めかせる。
「まるで、別の世界のようです」
 暗いのに光に満たされていて。雄大な景色が夜気に非日常の色を含めてくれる。
 髪をそよがす風が少し冷たいと思えば──カナは水筒で温かいお茶を注いで一口。淡く白に色付いた吐息を昇らせた。
「……皆さんも楽しんでいるみたいですね」
 見れば、人々も皆が星に魅了されている。
 子供達は初めて知る無垢の星空の綺麗さに、はしゃぐように。大人達はそんな様子もまた微笑ましげに眺めながら。
 と、そんな人々がカナを見つけて、ありがとうございましたと頭を下げた。この平和を護ってくれた英雄へと、改めて感謝を告げるように。
「いえ」
 カナは少しだけ照れたようにしてから、自分も礼をして応えた。
 あの人々と、この星空が、自分達の護れたもの。
「本当に、よかった……」
 カナは安堵の声音を零してから……また空を見る。星座の早見表が借りられるということで、それと照らして観測することにした。
「あれが牡羊座で、あれが──」
 一つ一つ、空をたどって。
 光と共に過ごす時間はとても穏やかなものだった。

 星灯りに照らさられた、静かな一角。
 ラウルは九条・小町と共にそこにあるベンチへ腰掛ける。
 見上げれば、瞬く光の粒が何処までも連なっていて。地平まで見渡しながら、ラウルは隣へ微笑みを戻した。
「2人で星を見上げるのは久しぶりだね」
「わー……」
 と、小町はその淡い光に照らされた表情に、感心を見せる。
「ラウルってば、戦いの後でも相変わらず、笑顔が秋空の星に負けないくらい目映いわ」
「小町こそ」
 ラウルもまた、眦を緩めながら柔く紡いだ。
「オニキスのような黒髪が、宵空みたいで綺麗だよ」
「……」
 そんな言葉も変わらずこそばゆく、小町は照れ隠しに、ぽすっ。持ってきたボトルで軽く脇腹を突いてみせる。
 それにはラウルもまた顔をほころばせ、互いに笑み合う形になった。
「お疲れ様」
 一息つくように、小町は温かいココアを注いで渡す。触れる温度とその気遣いに、心までもが温まるようで。
「有難う」
 ラウルは微笑んで、お返しにと華奢な肩にストールを掛けてあげた。
 小町の表情も自然と緩む、そんな穏やかな空気の中で──ラウルは空を仰いで星に纏わる神話を語る。
 勇者ペルセウスの冒険、天馬ペガススの誕生。一際輝く秋のひとつ星が眼に映れば、それを指差して位置を伝えながら。
 小町は星を見つめながらも、少しだけ小首を傾げていた。
「星座を探すのって、難しいわ。正直どの星を繋げていいのかわからないの」
「それなら、君の好きな猫の星座でも作ってみる?」
 ラウルの提案に、小町はそれなら面白そうと笑顔になって。早速星々を丸く連ねて、耳も三角に描いて。
「どう?」
「うん、可愛いよ」
「このにゃんこ座を見つけたらラウルも私を思い出してね?」
 神様の話を思い出すみたいに、と小町が瞳を向ければ──ラウルも勿論、と頷いて。
「この輝きが在る限り君を忘れないよ」
 楽しげに応えつつ、特別なアステリズムを心に刻むように……星の輝きをじっと見つめていた。

「アロアロ、行こう?」
 平穏が戻って安心しているアロアロを連れて、マヒナは展望デッキへ出た。
 すると秋風と共に、更に空が開けた感覚が訪れて。空の端まで光に満たされていることを、確認するように見回した。
「キレイだね」
 改めて声を零しながら──マヒナは柵まで歩んでいく。
 それから持参した望遠鏡を空に向け、星々を観測することにした。
「木星と土星も、見頃だし……」
 と、南にレンズを向ければ──雄大さの感じられる木星と、輪も含めた土星の輪郭が垣間見える。
「火星も接近してるんだよね」
 そこから視点を動かすと、赤みを帯びた輝きも捉えることが出来た。
「今日は一段と、空が澄んでる……これなら」
 見えるかな、と。
 探すのはアンドロメダ銀河。
 するとその星座にあるぼんやりとした輝きが、確かにそこに在って。ペルセウス座にある煌めきの集まり──二重星団も望むことが出来た。
 アロアロにも見せてあげつつ……マヒナはふと巫山・幽子の姿を見つけて手招き。
 静々と近づいてきたところへ、双眼鏡を渡した。
「ユウコも見てみる?」
「いいのですか……?」
「うん」
 ぺこりと頭を下げて、幽子は惑星や銀河の輝きに、淡く瞳を輝かす。
 それに微笑みながら……マヒナはそのまま双眼鏡を幽子に持たせた。
「あのね、これ、貸してあげるから……よかったらノチユと一緒に使って」
 二人が仲良いの見てて分かるから、と。
 囁けば、幽子は少しだけ恥ずかしそうにしながら。それでもありがとうございますと、心からの言葉を伝えて歩き出す。
 マヒナはその背を静かに、見送った。

 ノチユは天文台から出てきた幽子を見つけて、丘の散歩へ誘った。
「僕が言えたことじゃないけど、寒いから気をつけなきゃね」
「はい……」
 応えてストールを巻き直す幽子を、見つめつつ。ノチユは水筒から二人分の紅茶を注いで、共にゆっくりと歩き出す。
 仰ぐ空は、美しい。
 秋は雲さえなければ、空も冴えて星がよく見えるから。ノチユは中天近くを指した。
「アンドロメダとペガススを繋ぐと、秋の四角形になるんだ。幽子さんの誕生日の水瓶座も見えるよ」
「水瓶座……エテルニタさんも、一緒に見ませんか……お借りしてきたので」
 と、幽子がマヒナから借りた双眼鏡を取り出すと──ノチユも頷いて。一度覗いて方角を示してあげると、幽子もその角度で星を間近に視た。
 それから休憩にと、二人で紅茶を飲んで。視線を下ろしてそよぐ花を見つめる。
 優美なネジバナ。可憐なミセバヤ。紫が鮮やかなエキザカム。
「秋の花も、どれも綺麗です……」
 満天の宙が綺麗で、それと同じくらい、花の名を紡ぐその横顔が綺麗で。
「あのさ」
 ノチユは先の戦いを想起しながら口を開いた。
「僕も、星に手は届かないって思ってたんだ」
 今もそうだけど、と。
 呟きながら、それでもと、二彩の瞳で見つめる。
「宙に届かなくても、ひかりって、近くにあるんだなって」
 それを識ったこと。今の想い。
 澄んだ風に乗せるように口にした。
「あなたがすきだよ」
「──」
「隣で、ずっと、咲いていてほしいんだ」
 逸らされぬ瞳。幽子は始め、少し驚いたように口元を押さえていて。けれどすぐに、喜びに潤んだ瞳で応えた。
「はい」
 私も好きです、と。仄かに涙を含んだ声を聞かす。
「私は何も知らなくて……色んな所で、色んなふうに迷子になってしまうと思いますが……それでも、いいですか」
 ノチユは頷きを返した。だから幽子は一粒の雫と、微笑みを零す。
 花が揺れる。それを星が優しく照らしていた。

「夏とはやっぱり、違うね」
 触れる風は、暑かった季節より少しだけ湿気が少なくて、少しだけ肌寒い。オズはその実感と共に展望デッキへの段を上がっていた。
 一歩一歩空に近づくたびに、更に気温も下がるようだ。
 これが、秋の夜の温度。蛇尾が特に冷えるから、オズはトトを巻くようにして暖を取りつつ……星天の下へ出た。
「皆、楽しそうだね」
 そこでは平和の中で、子供も大人も星を仰いでいる。
 星空は不変の永さを持っていながら、一瞬たりとも同じ瞬間がない。それを皆、見逃さず心に留めようとしているようで。
「僕らも眺めようか」
 トトの小さな鳴き声を聞きながら、オズは視線を星空の高度へ羽ばたかす。
 そうすると、こがねの瞳に映るのは──果てのない藍色。永劫の距離まで夜の空気を重ねたら、そんな色になるだろう深い空。
 そしてそこに振りまかれたような、眩しい星々。空の遠さに反して、その美しい光は触れられる距離にある宝石のようだった。
 これを穏やかな時間の中で眺められるのも、きっと地球ならではの経験なのだろう。
「綺麗なものだね」
 オズが呟くと、トトももそもそと動いて肯定の表情を返す。
 そんな翼猫に目元を微かに緩めつつ、オズはふわり。少しだけ空に浮かび上がってみることにした。
「……」
 そうすると、地平の星も目線より低くなって、星に満たされた球の中にいる感覚が一層強くなって。
 人々の笑顔も、こんな景色を護ることが出来たことも、良かったのだと心に思いが擡げてくる。
「降りようか」
 だからもう少し、ゆっくり眺めていこうと。
 トトに声をかけて、オズは地面に降り立ってゆく。

「とっても綺麗になったの」
 リュシエンヌは一度丘を見渡して、ヒールが無事に済んだことを確認する。
 夜の藍色を刷いた、芒と草と花々。その美しさはしかと保たれて──荒れた箇所もなだらかに戻っていて。
 これなら人々も躓かない筈だと、リュシエンヌはうんと頷き満足。早速星を見に行こうと、展望デッキへ上った。
「わぁ──」
 そこは穏やかな夜風が吹いていて、人々も楽しげに星を見ている。リュシエンヌは見回しつつ、ふと大きな望遠鏡に目を留めた。
「あっ、あれでお月さま観られるかしら?」
 ぱっと笑みを浮かべながら……それでも少しだけ眉を下げる。本当は、愛する旦那さまと一緒に来たかったから。
 ちょっとだけしょんぼりしていると──もふもふっ。
 ほっぺに柔らかい翼猫の感触。
「そうね、ムスターシュが一緒よね?」
 ごろごろと鳴き声が返ると、リュシエンヌは表情を和らがせて撫でてあげつつムスターシュを抱っこ。
「いざ、月面調査なの!」
 そうして早速望遠鏡を覗き込むと──肉眼で見るのとは違う、大きな月色があった。
 表面の模様まで見える月は、まるで手を伸ばせば掴めそうで。きっと心に残るだろうと、それを見て確信出来るほどの美しさ。
「でもやっぱり……何とかしてうりるさんにも見せたいの」
 むむーんと、リュシエンヌは少々悩む仕草。
 けれどすぐにぴん、とツインテールが動いて。
「そうだ! スマホのカメラを望遠鏡にくっつけて……いけそう?」
 画面を見ると、確かにしっかりと大きな月が収まっていて。写したそれを、旦那さまのスマホへ。
「これで一緒に観れるの♪」
 離れていても、心の距離はいつもすぐそばに。ムスターシュと、旦那さまと、リュシエンヌは三人で月の光に癒やされていく。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月1日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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