星の祭りの夜に

作者:崎田航輝

 空に星の川が輝く夜。
 澄んだ夜天に冷やされたような、涼やかな風に吹かれて──七夕飾りがそよいでいた。
 ひらひらと棚引く吹き流しに、綱飾り。心躍るような、それでいて叙情を思わすような色彩が、提灯に淡く照らされ道々を彩って人々の目を楽しませていた。
 夕刻に始まって、夜に旺盛を迎えるその催しは、七夕祭り。
 飾りを楽しみながら、時に七夕踊も眺めて。屋台で食も楽しみながら人々は夜の時間を過ごしていく。
 そうして短冊を飾れる笹を見つければ、そこに願いを託して星に祈っていた。
 賑やかで、時に静かな星の夜の時間──だが。
 そこに迷い込む、招かれざる存在が一人。
 くすんだ鎧に身を包み、彷徨う足取りで道に踏み入る巨躯の罪人──エインヘリアル。
「……」
 零れる言葉はなく、ただ鋭い眼光に無方向の殺意を浮かべて。剣を握り締めて人々を獲物とみなす。
 人々はその存在に気づき、目を疑うように立ち尽くす。次の瞬間には、罪人はその眼前で刃を振り上げて──慈悲もなく殺戮を始めた。

「集まって頂きありがとうございます」
 星空の美しいヘリポート。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ説明を始めていた。
「本日出現が予知されたのはエインヘリアルです」
 アスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
 現場は市街地。七夕祭りが開催されており多くの人々が行き交っている状況だ。ここに攻め込む敵を放置すれば、危機は免れまい。
「ですから、人々と街を守るために、撃破をお願いしますね」
 戦場は中心地でもある大通り。
 数多の飾りに彩られた景色だが……開けた環境でもある為戦いに苦労はしないはずだ。
「人々については事前に避難が行われます。皆さんは戦闘に集中できるでしょう」
 景観にも傷つけずに倒すこともできるはずですから、とイマジネイターは続ける。
「無事勝利した暁には、皆さんもお祭りに寄っていってはいかがでしょうか」
 七夕飾りを眺めて歩くも、屋台で食を楽しむのも良い。賑やかな通りや静かな道など、各所に短冊を結べる笹もあるので……願い事を書いてみるのも良いでしょうといった。
「そんな時間のためにも是非、撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターはそう声音に力を込めた。


参加者
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
伊礼・慧子(花無き臺・e41144)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)

■リプレイ

●光夜
 色彩豊かな飾りに彩られた祭りの道。
 そこから仰ぐ夜天は、眩いほどの星彩で。地に降りたアクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)はその無限の光を仰いでいた。
「天の川って、とても綺麗ですよね」
 宇宙にこれだけの星があると思うと、ワクワクしてしまう。
 今宵が七夕であれば尚更で──花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)も頷いた。
「年に一度、織姫と彦星が出会える日。とてもロマンチックですね」
「……うん」
 そっと応えるマヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)も、早暁の瞳に星灯りを透かしているけれど──そこには憂いの色も溶けていて。
「今年のタナバタもまた、エインヘリアルとの戦いになっちゃうんだね……」
 淡く呟いて視線を戻す、道の先。
 そこに顕れる巨躯の罪人、エインヘリアルの姿を見つけていた。
 ──いつになるかな、皆で安心して星空を眺められるようになるのは。
 マヒナは目を伏せて、思いながら。
 それでも今は目の前の戦いに心を向けるべきと判っているから。皆と共に頷き合って、真っ直ぐに戦いへと走り出す。
 罪人はすぐに此方へ気づき刃を握った。けれどヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)も怯まず正面に立ちはだかる。
「せっかくの星夜に乱暴なのはいけませんね。……よければ一緒にお祭りを、とも思ったのですが」
 言いながら、それでもヨハンは叶わぬとは知っていた。罪人は言葉もなく、既に獰猛な殺意と共に踏み出してきていたから。
 故にこそ、アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)はそれを許さない。
 力なき人にその剣を振るわせるわけにはいかないから。
「黄金騎使がお相手しよう。私たちが全て受け切り、守ってみせる。さぁ──かかってきたまえよ!」
 立ち居は堂々と、意志は凛然と。こがねの髪を靡かせながら、鮮やかな蹴撃を打ち込んでみせていた。
 蹈鞴を踏みながらも、罪人は応えるように剣を振り上げるが──その頭上に影。
 黒髪を風に艶めかすノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)。星空から落ちて来るよう、鋭利な蹴りを叩き込んでいた。
「お喋りはしないタイプか? 集中しなきゃ、僕らのことは殺せないもんな」
 投げられた言葉に、罪人は怒りを含むように刃風を返す。
 だが衝撃を受け止めながら、伊礼・慧子(花無き臺・e41144)は決して倒れない。暴風に髪を大きく棚引かせつつも地へ手を翳していた。
「負けませんよ」
 瞬間、意志を体現するように足元が輝き、生命力に満ち溢れた木々が立ち上る。
 瑞々しい翠に魔力を湛えたそれは『ステルスツリー』。幹が風を抑え込み、舞う木の葉が仲間の能力を増幅させていった。
「次をお願いできますか」
「はい、では僕が」
 真摯に返して漆黒の星剣を抜くのは肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)。夜空より昏い刃から、星を呼び寄せ無数の煌めきを降ろしていた。
 その一瞬、空と大地は星灯りで繋がる。
 きらきらと耀く星粒で構成された光の柱は、天より星座の加護を齎して皆を守り、傷を祓い去っていた。
 時を同じくマヒナは『海の守護神』の幻影を喚び出す。
 ──ホヌ、力を貸して。
 守ってあげてと、マヒナの願いを受け入れたウミガメは──慧子へ護りの幸運を与え、その苦痛も癒やしきった。
「アロアロは攻撃を頑張ってね」
 同時、マヒナに目を向けられたシャーマンズゴーストは、ふるふると震えながらも……臆病さを振り切って敵へ爪撃。
 巨躯は抵抗姿勢を見せるが、ヨハンが槌を向け砲撃。狙い違わず前進を阻んでいる。
 その一瞬を逃さず、綾奈がふわりと空を泳いでいた。
「さぁ、行きますよ夢幻……サポートは、任せました!」
 声に応えて翼猫が羽ばたき、仲間の防護を一層厚くすると──綾奈自身は瞳を閉じて光の粒子へ変じ、輝ける槍となって巨体を穿った。
 同時にアクアも罪人へ迫りながら──。
「外しませんよ」
 相手が回避を狙おうとも、淀まず言った。
 柔らかな印象を思わす見目に反して、心は強く。咎人相手に、決して揺るがない。
「スライムよ、敵を貫きその身を汚染しなさい」
 刹那、流動する黒色を尖らせて一撃。罪人の腹部を鋭く貫通した。

●決着
 血溜まりの中で罪人はよろめく。
 言葉はなく、洩れるのは吐息のみ。それでも殺意だけは衰えておらず──見つめるヨハンは口を開いた。
「あなたの戦いは、誰の為のものでしょうか?」
 敵の姿と、星空も見遣って想う。
 愛を放棄すれば、寂しさや苦しさを知らずに済んだかもしれない。ただ誰かからの指令・使命を全う出来たかもしれない、と。
 自分の人生は家族の為にあるのだと本気で信じていたから。あの家の戦士らしく、と。大好きな家族の期待に応えたかったから。
 けれど出来なかった。
 ──僕は僕の為にしか生きられなかった。
 あの織姫は、彦星は。
「あなたは──自分の為に生きられているのでしょうか……?」
「……」
 罪人は答えの代わりに踏み出す。
 或いは使命も本能も、とうに区別もなくなったように。
 なればこそ、アンゼリカは立ち塞がる。今年は季節の魔法を狙う夢喰いもおらず、平和な日を迎えられるはずだったのだから。
「あくまで七夕祭りを脅かすつもりなら、退場していただこう」
「ええ。ここで確実に仕留めてみせます」
 アクアも水流の如き髪を揺蕩わせ跳躍。蒼々と耀く大槌を振り抜き、海嘯の弾ける強撃を叩き込んでいく。
 後退した巨躯へヨハンも『虚脱ウイルス』も投射。深い脱力を与えて動きを淀ませた。
 そこへノチユも飛び込んでいく。
 背中に守るのは、人の願いで綴られたモノ。自分はそれを壊されるのが、苦々しい程に嫌なのだと思ったから。
 そう感じることが出来ているなら。
(「今の僕は、きちんと番犬の一人として、成り立つんだろうか」)
 少なくとも今この敵を倒す意志は揺らがない。故に容赦なく、槌で激しく打ち据える。
 罪人は、咆哮を上げながらも刃を突き出した、が。
 綾奈が飛翔し面前へ。煌めく流体と、雷光を帯びた斧を盾としてダメージを請け負ってみせる。
 直後には慧子が淡色の靄で綾奈を包み治癒。傷を夜闇の中に融けさせた。
「あと少しです──」
「なら、これで治しきります」
 と、鬼灯は闇色の鎖に軌跡を描かせ魔法円を形成。護りを盤石にしながら治療を素早く進めていく。
 マヒナが大地から癒やしの気を昇らせれば、皆は万全。その頃には慧子が一刀、月を模る斬撃で妖力を刻み、罪人の命を蝕んでいた。
「さあ、皆さんも続いてください」
「はい……!」
 応える鬼灯も刃へグラビティの奔流を注ぎ込み──揺らめく赫きを伴って『気合一閃』。全霊を込めた袈裟斬りで血煙を噴かせてゆく。
 よろける罪人へ、綾奈も隙を作らず肉迫。
「この一撃を、食らいなさい!」
 光を湛える流体を拳に纏わせ、粒子弾ける一打。腹を穿ち後方へ煽ると、時を同じくアクアも深海色のオーブを翳していた。
「幻想的な水晶の炎を、ご覧あれ」
 瞬間、内包する燿きが明滅し放射される。星灯りを反射して煌めく焔は、膚を抉りながら灼いていた。
 倒れ込みながらも手をのばす罪人、その姿をマヒナは少しだけ見つめて。
「……どこにも帰れないなら、せめてワタシ達が星の元に送ってあげるね」
 冷気の渦巻く魔弾を放ちその命を貫いてゆく。
 同時、天から燿きを降ろすようにアンゼリカが『終の光』を収束していた。
「邪悪な光剣よ──私の”光”の前に、消え去れ!」
 翼を眩く光らせながら、撃ち放つ一撃は眩き天光色。その膨大な光量に飲まれるように、罪人は跡形もなく消え去った。

●星宵
 穏やかな囃子が、七夕の夜を彩ってゆく。
 番犬達が事後処理を済ませ、人々へ無事を伝えれば──祭りの賑やかさが戻るまで時間はかからなかった。
 既に番犬達も各々の時間を過ごし始めているから……アンゼリカもまた、通りを歩み出すところだ。
「やっぱり、七夕はこうあるべきだね」
 視線を巡らせながら、和装の人々や風に揺らめく七夕飾り、屋台を眺めていく。その活気が、愉しげな様子が、平和の実感を与えてくれた。
 その中でアンゼリカが探すのは、恋人へのお土産。
 歩みつつ、その顔を想像して──。
「髪を飾るアクセサリーがよいだろうか」
 それとも、美味しいと笑顔になるお菓子がよいだろうか。迷えば止まらないけれど、それでもくすりと笑みが零れるのは。
「悩むのもまた、幸せな時間というべきか」
 喜んでくれる姿を想像して。
 その時が今から待ち遠しくて、心も浮き立つから。
「両方、買ってしまおうか?」
 お菓子はきっと別腹だしと、苺飴やカステラを買って。アクセサリには、月の形が可憐な髪飾りを購入し──。
「よし」
 頷くと、後は帰路へ。
 足取り軽く、アンゼリカはその人の元へと歩き出した。

 星空を描いたような青い浴衣で、マヒナは星の耀く夜天の下を進む。
 隣を歩くピジョン・ブラッドは、濃灰色の縞の浴衣で。風流に、涼風に裾をほの揺らしながら並んで歩いていた。
 手には屋台で買ったりんご飴と金平糖。傍らのマギーも、りんご飴を買ってもらって嬉しげな様子で──共に静かな通りへと向かう。
 喧騒から外れたそこは、星灯りが照らす夜色の道。
 マヒナは空を差して光を辿っていた。
「ほら、東の空のあの明るい星がこと座のベガ、オリヒメサマの星。ヒコボシのアルタイルはまだ空の低いとこだね」
 見つめる一等星は、きらきらと瞬いていて。空の中でもとりわけ眩くて、すぐに視界に捉えられる。
 ピジョンもりんご飴を食べながら、仰いでいた。
「大きな星だねぇ。周りに比べて一層、光り輝いて見える」
「うん。でもあの星だけじゃなくてね──肉眼だととても見えないけど、こと座にはリング星雲があって……ヒコボシが贈った指輪、なんて言われてるんだよ」
「あの星の側にリング星雲が……」
 ピジョンは呟くと、スマホにリング状星雲の画像を映していた。
「偶然だろうけど、素敵なストーリーを思い起こさせるようなところにあるなんて不思議だよねぇ」
 そうしてそれを「このあたり?」と、星空に重ねるように翳す。
 頷くマヒナも、見つめながら──。
「宇宙に浮かぶ指輪みたいで神秘的だよね……でもワタシも、それに負けないくらいステキな指輪をもらってるから」
 言って視線を下ろすと、そこにあるのはそれはピジョンから贈られた婚約指輪──金色のフルエタニティリング。
 それは星が集まった輝きにも劣らなくて。
 ん、と応えるピジョンと共に微笑みを交わしながら──また空を見上げて。星に照らされた時間を送ってゆく。

 吹き流しに、揺れる笹、快い下駄や草履の足音。
 祭りを飾る趣深い風情を、アクアは眺めていた。愉しげな人々を見ていると、自身の表情も戦時より和らいで。
「皆さん、楽しそうですね」
「そう、ですね。お祭りが再開できて、良かったです……」
 隣の綾奈もこくりと頷き、静かな声音に安堵を浮かべる。夢幻が同意を浮かべるよう、ぱたぱたと羽ばたくと……綾奈は少し撫でてあげながら。
「私達も、参加、しましょうか……」
「ええ、もちろんです」
 アクアが応えると、二人は早速賑わいの中に進み出した。
 屋台のある通りは提灯に照らされて、より賑やかだ。その二人もまずはそこを漫ろ歩き──綿あめとベビーカステラを買ってシェアする。
 ほわほわの甘みと、しっとり食感の甘さを味わって、アクアは瞳を細めた。
「甘くて美味しいですね」
 綾奈もまた、それに同じ心で静かに頷いて。少々食べ歩きつつ、七夕飾りを眺めながら散歩を続けてゆく。
 その内に、多くの願いが結ばれた笹を見つけると──。
「何か、書いていきましょうか……」
「良いですね」
 二人で短冊とペンを手にとっていた。
 長くは悩まずに、綾奈は心にある願いを文字に落とす。それは──『このまま皆と、平和な日を過ごせます様に……』。
「こんな感じですかね?」
「私も、書けましたよ」
 アクアも言って示す、その短冊に描かれた願いは『美味しいスイーツを沢山食べたい』。
「どうでしょうか?」
「良いと、思います……」
 綾奈は穏やかに答えて、一緒に結ぶ場所を探す。丁度空いているところを見つけると──二人で隣同士に並ぶように結わえた。
「叶うといいですね」
 アクアの言葉に、綾奈もそっと肯いて。また祭りの活気の中へ歩み出していく。

「たまには一人もいいものですね──」
 喧騒から離れた静かな通り。
 夜風の涼しいその道を、ヨハンはゆるりと散策している。
 灯りのないそこは空が間近で、ふと見上げた夜天が美しい。星空を眺めるのはバレンタイン前日の夜ぶりだったから──ヨハンは思わず魅入った。
 あの夜は彼女の隣で星を観た。
 心に思い出しながら、腕時計に触れる。
 ──僕の恋人は、今夜をどう過ごしているだろう。
 同じ空を見ているだろうかと、煌めく星々に思いながら。
 そんな星空へ幾つもの願いを託された笹を見つけると──ヨハンも歩み寄って短冊を手にとっていた。
「……」
 書いた願いは『よい夜を』。
 苦難や不安、寂しさの河を越えて今夜出逢う、恋人達と夫婦達。その皆を応援して、またあやかりたい気持ちも含めて。
 願いを乗せて、こっそりと笹に飾ったら。
「……人が恋しくなりました」
 呟き、大通りへと歩み出す。賑やかさの中、ヨハンはまた暫し星下の散歩を続けた。

 ノチユは巫山・幽子と食べ歩きをして──腹拵えをしてから人の少ない路へと出ていた。
 そこは星灯りが降りるしじま。
 さらさらと揺れる七夕飾りと、夜空を眺めてノチユは星を順に差す。
「晴れてるから天の川がよく見えるね。それに夏の大三角も」
 光の帯と、眩い三つの星。その輝きを宿す星座達。
 一つ一つを声に紡ぐのは、花の名を教えてくれた数だけ、星の名を教えてあげたいから。
 ただの欲だけれど……幽子が瞳をやわく光らせて、頷いてはその名を記憶に留めているようだったから、それは素直に嬉しくて。
「織姫と彦星も逢えてるんだろうね──そうだ、折角だから短冊も書こうか」
 提案すると、幽子も肯くので二人で筆を執った。
 幽子が書き終わると、ノチユはふと見やる。
「願いごと、叶うといいね」
「はい……」
 幽子は少し恥ずかしげに、結んでいた。そこに書かれていたのは『また、同じ時間を』。
 ノチユが少しだけ見つめていると、幽子が目を向ける。
「エテルニタさんは、何を願われますか……?」
「僕は……」
 ──次も、また次も、幽子さんに逢って、美味しいもの食べて。
 ──そして綺麗なものを見て、話したい。
 年に一度の逢瀬じゃなくて。
「……なるべく毎日」
 と、ノチユも書いたその願いを結わえた。
 幽子は照れたように、静かに嬉しそうな顔を見せる。だからノチユも良かったと思えた。
 けれど、それは想いの全部というわけではない。──“あなたに恋をしている”とは、うまく言えなかったから。

 沢山の笑顔が道を通り、過ぎてゆく。
 慧子はその中を歩み出していた。
 手に綿あめを持って、時折つまんでは味わっている。けれどその最中も、夜風に揺れる笹と短冊達が気になっていた。
「私も──」
 何か書いてみましょうか、と。
 思い至ってそこへ歩いて、短冊とペンを手にする。どんな願いが書けるだろうかと、興味もあったから。
 けれど虚ろな内奥から、それは容易に出てこない。
(「私は何を望んでるんだろう……?」)
 人からは、誠実な人となりと見えているだろう。
 けれど内面が形成されぬままに今に至った心からは、他者が思うほどに湧き出てくるものはなかった。
「……」
 それでも慧子は、他の人の願いを見て考える。
 日常のこと、友人、恋人のこと、遠大な希望や即物的な要求まで、一つ一つを飲み込み、ステップを踏んで。
「これで、良いでしょうか」
 最後に書き上げた願いは、『来年も素敵な七夕になりますように』。
 これは普通だろうかと、思いながら。それでもそう思う心も確かにあるから……一つ頷いて、慧子はまた屋台通りへと歩み出した。

「このお祭りも、色んな食べ物がありますね……」
 明るい空気に満ちる屋台の道を、鬼灯は歩いていた。
 最近、こういった祭りに顔を出す機会が増えて、その差異を感じるのもまた楽しみで。一層夏らしい雰囲気の満ちる中、鬼灯は早速店々に寄っていく。
「わぁ、美味しそう……!」
 目に映った、たこ焼きや焼きそばをまずは買って。香ばしい風味に舌鼓を打ちつつ、杏飴や苺飴で甘みも堪能して、ほくほく顔だ。
 りんご飴を片手に、七夕飾りも楽しみつつ。一巡りした後に、笹を見つければ──自分も何か書いていこうと足を止めた。
「お願い事……何にしようか悩むのです」
 うむむむーと考える。
 自己へ思いを馳せれば、過日の記憶は決して楽しいものばかりじゃなくて。抱える孤独や、様々な出来事も思い浮かんだ。
「そういえば今日……僕の誕生日、だったかな」
 その中でふと思い出して呟く。
 戦いの日々の中で、今のような日常からは遠ざかることが多くて。そんな当たり前のことさえ遠い記憶に思えたから。
 ──『幸せになりたい』。
 衒いなく、飾りなく。
 思ったその願いを鬼灯は笹に結んで。
「……星が、いっぱいですね」
 空に耀く光に希望を託すように。暫し、美しい夜天を見つめていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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