ベイクド・スイート

作者:崎田航輝

 春の麗らかな陽が、翠の葉にほどけて木漏れてゆく。
 きらきらと輝く、柔らかくも暖かなその光の下で──道行く人々が目を留めて、足を向かわせる一軒の建物があった。
 並木の道に建つそれは、よく焼けたきつね色の生地のような木目が目を引くスイーツ店。絵本に出てくる木こりの小屋のような、可愛らしいログハウスだった。
 供されるメニューは店構えに相応しい、焼き菓子の数々。
 たっぷりのフルーツが詰まったズコットに、ワインに漬けて頂けるビスコッティ。甘酸っぱいベリータルトは見目も華やかで、ヴィクトリアンサンドイッチはバターとラズベリージャムが甘く香る。
 お持ち帰り用のお菓子も揃ったそこは、常から人気で──この日もまた、食事にお土産にと多くの人々が訪れ賑わっていた。
 けれど、その明るい活気は──招かれざる者までもを引き寄せる。
「はっは、随分楽しそうじゃねぇか」
 大股で道を踏みしめ、自身こそ愉しげに嗤ってみせるそれは鎧兜の大男。大斧を振り翳し、店へ歩もうとしていた人々を見下ろす罪人──エインヘリアル。
「俺も混ぜてくれよ」
 丁度こっちも餌が欲しかったところなんだ、と。
 言うが早いか斧を振り下ろし、無辜の命を切り伏せる。人々が倒れゆくと、男は尚愉快そうな面持ちで──殺戮を続けていった。

「本日は、エインヘリアルの出現が予知されました」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ説明を始めていた。
 とある街の一角に、焼き菓子が人気のスイーツ店がある。事件時も多くの人々が訪れるようで──敵はそんな人々を狙うのだという。
「現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人でしょう」
 これを放置しておけば人々の命が危うい。
「そこで皆さんには撃破へ向かってほしいのです」
 現場は店の前に伸びる道。
 広さは十分にあるので、戦いには苦労しないだろう。
「今回は警察の協力で人々も事前に避難します。皆さんが到着する頃には丁度無人状態となっているでしょう」
 こちらは到着後、戦いに集中すればいいと言った。
 それによって、景観の被害も抑えられるだろうから──。
「無事勝利できた暁には、皆さんもお店に寄っていってみてはいかがでしょうか」
 窓やテラスから春の木々や花を眺めつつスイーツが味わえる。ズコットにタルト、他にも焼き菓子といえるものは揃っており好みに合った味が楽しめるだろう。
 マカロンやマドレーヌなど、お土産も事欠かない。
「そんなひとときの為にも、ぜひ撃破を成功させてきてくださいね」


参加者
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)
野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)
ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)
四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)

■リプレイ

●春翠
 木立をそよがす風に、仄かな甘さが混じる。
 並木の中に建つその店からの匂いに、小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)はすぅと息を吸っていた。
「なんて良い香り!」
 見た目もとってもきれいで楽しくなってきちゃうね、と。木こり小屋の可愛い外観に瞳を細めながら。
 リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)も穏やかな春の陽射しの中、漂う香りに同じ心で頷いていた。
「本当なの。芳ばしい小麦の焼ける匂いに……これは木苺のジャム?」
 くんくんと、翼猫のムスターシュと共に鼻先を向けて。
 うっとり、しかけて──キッと前方に視線を注ぐ。
「でも、イヤな臭いが混じっちゃったのよ?」
 真っ直ぐに伸びる道。
 その先に、巨躯の影が垣間見えていた。
 斧を手に握る罪人、エインヘリアル。楽しそうだな、俺も混ぜてくれよ、と。声を吐きながら歩を向けてきている。
 涼香は淡く目を伏せて。
「甘いもの、美味しいものはみんなで食べた方がもっと美味しいし。ちゃんと仲間に入りたいのなら別にいいよ?」
 でも貴方はマナーがなってなさそう、と。
 見据えれば、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)も声に冷たい棘を含ませる。
「そもそも、そんなデカブツ振り回そうとする奴が混ぜてもらえると思ったか? どうせ刃物自慢がしたいだけで実力は伴ってないんだろ」
「……何だと」
 罪人が俄に怒りを顕すと、瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)も歩み出しながら、うんうん頷いていた。
「大体、混ざるならそれなりに漢らしい催しにすればいいのに」
 自分自身は『わぁい焼き菓子大好き!』……というリアクションを取りたいのを心の中で我慢していることは、少々棚上げしつつ。
 挑発するよう、腕組み。
「ははぁん。さては、根は軟弱者なんですね」
「……馬鹿にしてくれるじゃねぇか!」
 罪人は戦意を見せて踏み込んできた。
 リュシエンヌはそこで焦らず翠に燦めく鎖を奔らせて。
「ムスターシュ! 美味しい香りを守るために……あくしゅーを元から断ちに行くのよ!」
 翼猫の羽ばたきと共に魔法陣を広げて戦線を整える。
 迫る巨躯には、既に立ちはだかる影が一人。
「そこまでですよーぅ♪」
 闇藍の髪を踊らせて、機械棒を握る人首・ツグミ(絶対正義・e37943)。
「ここは通しませんがーぁ……その代わり、存分に、お腹いっぱいまで苦痛を振る舞ってあげますぅ♪」
 所作に一切の淀みなく、信ずるのは己が正義ただ一つ。
 即ちスイーツこそが正義、デウスエクスこそが悪だと。鉄槌で粛清するよう、強烈な打力で巨鎧を砕きゆく。
 そこへふわりと翔んだ右院がアクロバティックに、廻転蹴撃を叩き込むと罪人は後退。それでも斧を投擲して反撃してくる、が。
「ここは任せて」
 ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)が連なる氷で結晶の曲線を描いていた。
 声音が張り切るのは弟たるアルシエル・レラジェに応援に来てもらっている為。
 その視線を背に感じるなら、格好悪いところは見せられないと、輝きの円陣を成して皆を防護する。
 同時にノチユが漆黒の髪を燦めかせ、星屑の魔法円を刷けば──涼香も爽風を吹かすように鎖を踊らせて後方へ護りを広げていた。
 涼香の翼猫、ねーさんが罪人へリングを飛ばしてみせると、それを契機に駆け出すのが野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)だ。
「わたし達も、行くよ」
「了解」
 と、応えて同時に飛翔するのは四季城・司(怜悧なる微笑み・e85764)。
「一気に仕掛けるとしようか」
 蒼空に陽光よりも眩い光を奔らせて、輝く翼を羽ばたかせながら──すべらかにレイピアを抜いている。
 罪人はその姿を仰ぐが、斧を振るうには一瞬遅い。
「僕のこの剣技を、避けられるかな?」
 刹那、風を掃いて加速する司が刃を振り翳して空気を撓ませる。
 美しき歪みが波動となり、伝搬する──その一撃は『紫蓮の呪縛』。突き抜けた衝撃に巨体は大きく煽られた。
「さあ、今だよ」
「うん」
 くるるは返しながら既に跳躍している。
 跳ぶよりも、翔ぶように。空へ駆け上がる願いを込められた靴は、くるるを確かに高くにまで運んでいた。
「この飛び蹴りを、見切れるかな?」
 体勢を直す暇も与えず、くるるは畳み掛けるよう連撃。疾風の蹴り落としで巨体を地に叩き付けてゆく。

●剣戟
 罪人は這いながらも起き上がり、貌に憎しみを込めている。
 そこに執着を感じて、ラグエルは息を吐いていた。こんな闘争も幾度目かと。
「エインヘリアルもいい加減、鬱陶しいよね……」
「本当に、罪人共も、よくもまぁこんな所まで来る」
 春はおかしな奴が沸くからしょうがないか、と。ノチユが零すのはあくまで冷たい刃先のような声音。
 罪人は忿怒を見せて走り込んでくる。
「どこまでも虚仮にしやがる……全て、破壊だ!」
 しかしそこへくるるが立ちはだかり、赤の宝石燦めく長剣を抜き放っていた。
 ──葉を散らすかの如き華麗なる剣の舞を見せてあげる。
 繰り出す『木枯らし乱舞』は、葉を残さず木を枯らすように。無限の剣閃で全身を刻んでゆく。
「わたし、この後スイーツを食べる予定だから。何も壊させないし……さっさと退治させてもらうよ」
「その通りだよ。僕もスイーツを早く堪能したいところだし」
 何より殺戮は見逃せないから、と。
 司も加速して肉迫。剣先に氷の渦を巻き込んでいた。
「螺旋の力で、キミを凍結させてあげるよ」
 瞬間、突き通す一撃で膚を強く凍らせる。
 罪人は躰を軋ませながらも斧を振るった。が、ノチユが刀で受けて威力を削げば──。
「すぐに治すね」
 涼香が指先をのばして『暴(アカラシマ) 』。刻まれた邪を暴き、祓い退けるように強い風で癒やしていく。
 リュシエンヌも光の蕾を開花させて傷を拭わせていた。
「もう心配ないの」
「じゃあ、皆さんにこれを」
 と、右院はテーブルクロスを広げて『召しませ茶菓子』。
 ビスケットにクッキー、お腹に溜まらないお菓子でプラシーボ効果を生み皆の知覚を研ぎ澄ます。
「ありがとうございますーぅ」
 んぐんぐと嚥下するツグミは、獲得した鋭敏さを活かすよう『狂おしき義人の楽歌』。
 機械の右腕からの呪奏へ、呪歌と喰らった魂による憎悪の念を上乗せし──巨躯の耳に届けて疫に蝕む。
 苦悶する巨躯へ、ノチユは『終へ奔れ』。
「花に似つかわしくないんだよ」
 消えろ、と。強烈な足払いで突き崩した。
 倒れる罪人が斧を投げようとも、ラグエルは即座に吹雪を煌めかす。
 まだまだ格好はつかないかもしれないけれど。前には出ずとも、縁の下の力持ちが好きだからこそ迷いなく。陽光を七彩に反射して皆を治癒した。
「後は頼むね」
「任せて」
 頷くくるるは壁を蹴って宙返り。燃え滾る焔を脚に纏わせて。
「その巨体を、焼き尽くしてあげるよ!」
 見舞う一撃で罪人の全身を灼いていった。
 同時に司は風に乗って翻り──。
「美しき薔薇の舞を、見せてあげるよ」
 剣先で花を象り、美しくも鮮烈な斬撃。罪人を千々に散らせていった。

●焼き菓子の日
 木漏れ日の小屋に賑わいが満ちる。
 番犬達は戦いの痕を修復し、平穏を取り戻していた。避難していた人々も帰ってきて、店には活気が訪れている。
 早速、番犬達も店内へ。
 ツグミは鼻先を擽る甘い香りに期待を抑えられずにいた。
「やってきましたよーぉ、スイーツ店!」
 くふふ、ふ、と。
 笑みつつ席につくと頼むのはタルト。ベリー系が好きなツグミにとってはこれ以上ないメニューで、即決だ。
 品がやってくると、まずは観察。ブルーベリーにラズベリー、濃色の果実が艷やかで食欲を唆る。
 そして一口かぷりと頂くと。
「んんー、幸せですねーぇ……! やっぱりタルトは外せないですぅ」
 吐息しつつ食べ進めた。
 ぷちりと弾けるベリーの食感、蕩けるピューレ、ほろりと解ける生地がベストマッチだ。
「ベリーの甘味と酸味に生地の食感……正義ですよーぅ!」
 しかしワンパターンも悪、と。
 手を伸ばすのは一緒に頼んだヴィクトリアンサンドイッチ。
「ずっしり重めの生地もまた正義ですぅ……!」
 はむりと齧れば、たっぷりのラズベリージャムが瑞々しくて美味。
 メニューを食べ尽くす勢いで食事を続け、満足すれば──。
「お土産もばっちりですよーぅ」
 マドレーヌもしっかり確保。帰り道で頂こうと、愉しげな様相で歩み出していった。

 甘い匂いの中──涼香が赴くのはテラス。
「あたたかくなってきたからね……ねーさんもおいで」
 と、招けばねーさんも羽ばたき、涼香の膝に降りてゆく。
 微笑みつつ涼香はメニューを開いて。
「ズコット? 見た目も可愛いし、これにしよう」
 フルーツ沢山でお願いすると、置かれた品にわぁ、と花咲く心。
 しっとりした生地が、ドーム状に折り重なっていて──フォークを入れると、生クリームの中にブドウや苺が沢山詰まっている。
 口に運ぶとひんやりした感触と共にクリームが溶けて。果汁が溢れて、美味。うん、と頷きつつ涼香は切り分けて。
「ねーさんもフルーツ、食べてみる?」
 差し出せば、ねーさんはぴこりと耳を動かして。苺をあむりと食べて尾を緩く振った。
 涼香も食べつつ、紅茶も頂く。
「とってもゼイタクな時間だね」
 でも、と。
 食事の後に思い立ってお土産に買うのは、ピカピカのベリーが乗ったタルト。
 一緒に食べたい人が居るって、いいな、と。
 実感を胸に抱き、帰った後のこともまた楽しみにするように──ねーさんと共に帰路についていった。

 右院はお品書きを眺め中。
「わぁっ、タルト美味しそう」
 元々甘いものは好きだから、綺麗なスイーツを見れば言葉も零れてしまう。美味しいと確信できるなら尚更、だけれど。
「ヴィクトリアンサンドイッチって食べたことないなぁ」
 少々悩ましげに視線を動かして。
 迷ってから、後者を食べようと注文。スイーツと言えば紅茶だと、ストレートティーも頼んで──品が並ぶと実食。
 よく焼けた生地に、粉砂糖が美しいひとかけを口へ。
「これは……おいしい……!」
 外は小気味よく歯応えを感じるけれど、中はほわりとしていて。バターの薫りにラズベリーの甘酸っぱさがぴったりだ。
 紅茶は華やかな香りと優しい渋みが食べ物と良く合う。
 それからうん、と独りごちつつ。
「……タルトも食べちゃおうかな?」
 ふとメニューを見直して。
 普段ならカロリーを気にするところだけど、運動後だからいいよね、と。
 呟いて注文。ベリーの深い甘味に舌鼓を打ちつつ紅茶を飲んで。ほっと一息、春の心地を楽しんだ。

 葉がそよいで暖かな風が流れる。
 そんな快いテラスへくるるはやってきていた。可愛らしい木造りの柵やテーブルをくるりと見回して。
「こんな所でスイーツが食べられるなんて、素敵だね」
「そうだね。いい雰囲気だ」
 と、共に歩んできた司も頷く。
 長閑さと、漂う良い香り。楽しみにしていただけ、そんな雰囲気が快く思えて。冷静な表情にも仄かな柔らかさが宿っていた。
 それから二人で席に着き、メニューを広げる。美味しそうな品々が勢揃いで、司はふむと頷いた。
「なるほど、色々なスイーツがあって悩むね」
「どれも美味しそうだね」
 くるるも、んー、と考えつつ、それでも最後には決心。
「わたしは、ベリータルトとか頂きたいな。紅茶もセットで」
「いいね。僕は……今日はマカロンとか食べたい気分かな」
 と、司も決定。折角だからと紅茶も合わせて注文する。
 品が卓に置かれると、司はへえと感心した。
「こうして見ると綺麗だね」
 苺ソースと果実の入った淡紅色、オランジェットの入った橙色、ガナッシュを挟んだココア生地のチョコ色など、マカロンは色鮮やか。
 さっくりと食べると、苺の甘さもオレンジの酸味も、チョコの濃厚さも美味で。
 紅茶を啜って司は微笑み。
「美味しいね」
「こっちも、すごく美味しいよ」
 と、くるるも爛漫な声音。
 タルトはシロップと、果実の下に敷かれたピューレの層がきらきら輝いて。まるで沢山の宝石を覗き込んでいるようだ。
 食べると果汁が弾けて、生地の淡い塩気と良く合った。
「そうだ、シェアする?」
 くるるが切り分けて差し出せば、司もいいよとマカロンを分けて。新たな美味を、二人で味わっていった。

 折角だし春の風景が見える席で、と。
 ノチユは巫山・幽子を連れテラスへ出ていた。
 頼むのはズコットとビスコッティ。それからそっと対面に視線を向けて。
「幽子さんは何が食べたい?」
「私はタルトと、クラフティを……」
 と、幽子が応えたその品を紅茶と共に注文する。
 やってきた焼き菓子を、幽子がはむはむと食べる──そんな姿を眺めつつ、ノチユは周りにも双彩の瞳を向けた。
 読んだ記憶はないけれど、確かに絵本に出てくる家といえばこんな感じだと。
(「お菓子の匂いは僕でもわかるから──」)
 彼女はとても嬉しかったろうな、と。幽子が食べ勧める仕草に、会話を思い出しながら。
 自分もズコットを一口食べると、ふと不思議な気持ちを感じる。
「うん……砂糖とフルーツとバターとホイップだ」
「……?」
「いや、美味しいよ」
 と、目を向ける幽子に返す。また一口、もぐ、と食べながら。
「久しぶりに食べると贅沢な味だな……って。ズコット、母親がさ、何回か作ってくれたから」
 幼すぎて味は覚えていないけれど。
 でも、きっと。言い方を選ぶと、もっと素朴な味だったのだろうと。
 心は過日の遠さを自覚する思いだったろうか。
「仰っていた通り、お母様はお優しい方なのですね……」
 幽子が言えば、ん、とノチユは返しつつ。間を置いて口を開く。
「……あのさ。マフィン、すごく美味しかったよ」
「本当、ですか……。とても嬉しいです……」
 幽子が仄かに照れつつ、けれど微笑む。
 ノチユはうん、と頷いて。また二人で食を進めていく。

「うりるさん! お待たせですっ」
 リュシエンヌは迎えに来てくれたウリル・ウルヴェーラへ、翼をぱたぱたさせて飛びついていた。
 抱き留めたウリルは、その髪を撫でながらムスターシュも一緒に労う。
「お疲れ様、頑張ってきたみたいだね」
「うん! さ、お茶して行きましょう? 久々のカフェでおでーと!」
 嬉しさに腕を絡め、すりすりする妻にウリルは愛情の笑みで応えて。
「そうだね、せっかくだからデートしようか」
 早速皆で眺めの良いテラスへ。メニューを広げて、選び始めた。
「色々あるんだな。ルルはどれにするの?」
「えっと。フルーツいっぱいのズコットに、ラズベリー・タルト……どれも美味しそうで選べない……!」
 と、嬉しい悲鳴の妻に、ウリルは言うと思った、とくすくすと零す。
 それでもリュシエンヌは、思いついたように笑みを見せて。
「みんなで違うの選んで半分こ……ううん、三分こにしましょ!」
「じゃあ、俺はラズベリーのタルトにするよ。味見ができればそれでいいしね」
 ウリルが言えば、リュシエンヌは嬉しそうに頷いてズコットを選択。さらにヴィクトリアンサンドイッチの写真を指して。
「ムスターシュは、これ好きよね、ね?」
「ん、それでいいの?」
 ウリルは、微妙な圧は感じつつも……鳴き声を返すムスターシュを見て、言わされている訳でもなさそうだと注文。
 品がやってくると、等分して実食し始める。
「満足できそう?」
 リュシエンヌは色味豊かなズコットをリスのように頬張って頷く。
 ウリルも微笑んでタルトを味わいつつ、ムスターシュがはぐはぐとヴィクトリアンサンドイッチをつまむのも眺めていた。
「本当に、美味しいの……!」
 リュシエンヌは三品を楽しみつつ感嘆の声。
 大好きな人と一緒だからこそ、その味も尚更なのだと思えるから──ゆっくりと、甘く幸せな時間を楽しんでいった。

「こっちだよ」
 ラグエルは弟を席へ案内していた。
 アルシエルは判ってるよ、と呟きつつ対面に座る。
 そこで軽く息をつきながら──お茶しないかと誘われたことを思い出していた。
 渋々ながらもやってきたのは、最近塩対応が過ぎたので悪いなと思った……からではない、多分、きっと。
「……」
 緩く首を振って、一先ず注文。タルト・オ・シトロン──甘さ控えめのレモンクリームのタルトを頼んだ。
 ラグエルも同じものを選び、二人でつまめるようにマカロンも追加。品が並ぶと早速タルトを食べ始める。
「ん、酸味が上品で美味しいね」
「……ああ」
「こういう所でスイーツを味わうのも、いいよね」
「……まあ」
 楽しみにしていた時間に、ラグエルは上機嫌。
 一方、アルシエルは未だ素直にはなれず、曖昧に相槌を打ってはお茶を啜るばかりだったけれど──。
 ラグエルはふと手を止める。
「……いつか気持ちが落ち着いたら。新しい恋と一緒にこういうのが楽しめたらいいね?」
「ごほッ──!」
 アルシエルは盛大にお茶を噴き、咳き込んだ。
 テーブルを拭いつつぐっと睨みつける。
「うるせぇ、黙れ、このクソ兄貴!!」
 秘めきれてはないとは自覚していたけれど、まさか触れられるとは思わなかった。ラグエルは「大丈夫?」と気遣ったが、アルシエルにはそっちの方はどうでも良くて。
「……はぁ」
 ため息を零しながら、お茶をまた注文。
 また愉しげに話しかけてくる兄を、今度は強めにスルーしつつ……とりあえずは春の陽の下で、タルトを味わっていくのだった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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