その銃弾が射抜くものは

作者:東公彦

 差出不明の手紙が届けられるとリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)は罠と知りつつ外へ出た。
 都内の一画に建つカフェ。そのベルを鳴らした彼女を待っていたのは黒いコートに身を包んだ痩身の美男子であった。
「よく来たねお嬢さん。だけど」男の容貌を見てリーズレットはごくり喉を鳴らした「ちょっとさ……遅くない!? すぐに来いって書いてあったよね、なんで三日も待たせるかなぁ!!」
 青白い唇を震わせて男は唾を飛ばさんばかりに叫んだ。しかし彼女とて理由があった。
「じゃあどうしてドイツ語で書いたんだ。こんなのわかるか!」
「だって……君の名前ってドイツっぽいし。そういうの礼儀かなぁって」
「物騒な呼び出しをする奴が礼儀なんて気にするか普通!」
 低次元な口喧嘩と水掛け論の応酬は両者の息が切れるまで続き「まぁ、いいさ。たしかにやることは一つだからね」男は立ち上がった。
 腰の銃に手を伸ばして「私も同意だぞ」その両腕をリーズレットに掴みとられる。
「これで銃は抜けないだろう」
 リーズレットが得意げに言うが、男は冷笑してみせる。
「三丁めの銃があるとしたら?」
「――っ!?」
 男の視線が下がる。つられてリーズレットもそれを追った。視線は胸から腹を下り下腹部に至って男の男たる一点に……。
「バァン!」
「無駄にイイ声でアホなのかお前は!!」
 リーズレットの爪先が男の股に直撃すると声にならない悲鳴をあげて男はのたうちまわった。
「はぁ……。何しにきたんだ、お前は」
 何気なく放った一言が引金となった。瞬間、冷たい空気が張り詰めた。気配に圧されて得物に手を伸ばしたリーズレットだったが、なお早く銃声が響いた。
 からり。得物は彼女に手に触れることなく床をすべってゆく。
「ホントは女の子を殺すのとか嫌なんだよね。ふざけたくもなるでしょ。でも、しょうがない。これも『我らの悲願』だからね」
 男は銃の引金に指をかけた。
「君を殺しにきたんだよ」


「集まってくれてありがとう。早速、状況を説明するね」
 正太郎が早口にまくしたて資料をめくった。
「リーズレットさんが呼び出しに応じて一人で出かけていったみたいなんだ。危ない予感がしたんだろうね、戦闘の準備は万端みたいだけど……相手も手ごわそうだよ」
 正太郎は一枚の写真を君達の眼前にかかげた。そこには遠巻きながらも甘いマスクをたずさえた長身の男が写っている。
「色男、金と力はなかりけり。なんていうけれど力は本物だと思うよ。ドリームイーター【佐倉紅】リーズレットさんを狙う組織の幹部って情報があるからね。予知でも驚くくらい精確に武器だけを撃ち抜いているし……。リーズレットさんの安否があやぶまれるね」
 ヘリオンの扉を引いた正太郎はケルベロス達を中へ促しつつ続けた。
「敵の武器は二丁の拳銃。弾丸は魔力だから残弾を気にせず撃てるみたいだね。敵の攻撃方法は射撃のみだけど、それだけで戦ってきたと考えれば侮れないよ。まぁ、モザイクがほとんどないドリームイーターだから実力は推して知るべしだね」
 ヘリオンの扉が閉まり、いくつかのランプが点灯すると駆動音は徐々に大きくなってゆく。正太郎は音に負けじと声を張りあげた。
「襲撃地点はカフェの中だけど、とても店内でおさまる戦いにはならないと思うんだ。幸い、店の外は拓けていて戦闘に支障が出ることはないと思う。一般人は相手にとっても邪魔だったみたいで辺りに余人はいない。避難は必要ないからみんなは戦いに集中してね」
 言い終えると正太郎は機体を浮上させた。
「さぁ、助けにいこう! リーズレットさんを想う気持ちさえあれば、どんな強敵にだって勝てるはずだもんね」


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
ジャミラ・ロサ(残念なクールビューティー・e00725)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
鍔鳴・奏(碧空の世界・e25076)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
黒澤・薊(動き出す心・e64049)

■リプレイ

「君を殺しにきたんだよ」
 紅が引き金をしぼる。同時に一つの影が飛び込んだ。閃光と一陣の風。全ては刹那の出来事であった。
 沈黙のなかに一つの声がした。
「残念。こいつは俺のだ」
 弾丸を両断した鍔鳴・奏(碧空の世界・e25076)は牽制の意味合いで手を返し、刀を振り上げた。
「当然殺させはしないし、傷付ける事もさせない!」
「か、奏くんっ!?」
 突如現れた奏に戸惑う暇などリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)にはなかった。紅の腕が電光石火のごとく流れると一瞬で数発の銃弾が撃ち込まれる。奏はめいっぱいに体を開き、グラビティの力を自分とリーズレットの衣服に流し込むと彼女の眼前を塞いだ。
 躊躇している暇はない。リーズレットは奏の体にすがりつくと六枚の翼を羽ばたかせて、店の外へとまっしぐらに飛びずさった。追いすがる弾丸に翼を撃ち抜かれるも、とにかく拓けた地点へ足をつく。途端、飛んできたのは弾丸よりも迫力ある声であった。
「馬鹿! 俺を助けてどうするんだ」
 言ったものの、翼を血で濡らす彼女を見て奏は口を閉ざした。全く、カッコつかないな。もうリズを傷つけてしまった。
「ごめん。……それと、黙って危険な所に行くのは駄目だぞ。気持ちは分かるけどな」
「あ、うん……。こっちこそゴメン、ね?」
「痴話喧嘩は終わりかな?」
 紅はゆっくりと足を進め、
「なら今度は俺とお話しをして――」
 と言いかけて咄嗟に身を翻した。どこからか飛来した弾丸は紅の股下で弾けた。敵が意識を背けた一瞬に身を躍らせて黒澤・薊(動き出す心・e64049)は打ち掛かる。地を這うような姿勢から体にひねりを加え一挙、踵を直上へ突き出した。
 ジャミラ・ロサ(残念なクールビューティー・e00725)も模範のような舌打ちを一つしてから、白煙あがる銃身を肩に担ぎ、薊の蹴りに合わせてブーツを振りまわす。寸での所で銃床が双方の靴先を止めた。
「――っと。ずいぶんと唐突だね!」
「失礼。こう見えて本機、マブダチを付け狙われて憤怒バーニングファッキンストリームでありまして」
「女の子を怒らせるのは、本意じゃないね」
「そういう態度は好きではないな」
 微笑を浮かべたまま紅は脚を押し返す。そのまま銃口を向けるも、彼の背後へ息を殺したヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)が降り立った。
 細身ながらも鍛え抜かれた鋼の肉体、紅はきたる衝撃に身構えて側頭を腕で覆ったが、一撃は力よりも氣の流れを阻害するべく精確に放たれた。ヒエルは立て続け拳を打ち込むも、これもまた迫力不足である。
「ハッ。終わりなら、こいつはお返し!」
 拍子抜けの攻撃に冷笑を浮かべ、紅は飛び退きながら銃弾を吐きだした。多数の弾丸が一塊となった巨砲と化してヒエルに襲いかかる。
「させん!」
 マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)はヒエルをかばいながら、指揮棒を振るうように細剣を手繰った。一塊となった弾丸は再び別たれて炸裂する。僅かな間隙にヒエルは身をひねって跳躍し距離をとった。
「すまない。懐疑的だったが……この強さ、本物のようだな」
「捉えどころのなさも実力に裏打ちされた余裕とも考えられる。だが変わらんな。私はいつも通り、障害を断つまでだ!」
 ヒエルが言葉なく頷いて素早く駆けだした。呼応してマルティナも走り出す。しかし一抹の疑問は彼女の頭から離れなった。これだけの敵がリズを狙う理由……それは一体何だ? 雲をつかむような思考を振り払うように彼女は頭を振った。
 グンバツの腕です。ジャミラは足を運びながら思った。通常、あんな姿勢での精確な射撃は不可能だ。それを紅という男はいとも容易くこなしている。
 さしずめ西部のガンマン……ですが本機は狙撃手であります。
 そしてジャミラは自らの存在を秘匿させた。

 紅の射撃は少しも衰えることなくケルベロス達へと襲い掛かった。
「ひっ」と悲鳴をあげて琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は物陰に転げ込んだ。絶えず足を動かさねば数秒と待たずに蜂の巣にされてしまう。仲間の援護にと這わせ、ものの数秒で動かなくなったケルベロスチェインのように。
「ちょっとーーー、三丁めの銃まで使ってるんじゃありませんのー!?」
「ははっ、君みたいな美女になら使いたいところだけどね」
 歌うような声に伴って銃は雄々しく叫んだ。身のすくむ咆哮のなかで七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)は体を躍動させた。ガードレールに足をのせて跳ぶと道路標識にフックをかけて空に楕円を描き着地する。
「紅だっけ? 君も確かにかっこいいけど……奏さんとキャラ、被ってない。三枚目で女好きなとことか」
 気を引きつつ銃弾をやり過ごすのは一苦労だ。瑪璃瑠は建物の影に滑り込んだ。途端、壁に幾多もの銃弾が噛みつく。ようやく肺が求めるままの呼吸ができて、彼女達はほっと息をはいた。
「ふむ………これが噂に聞く残念なイケメンか」
 呟きつつ薊は意識を集中させた。突如として起こった念動爆発、その黒煙が紅の視界を塗り染める。煙のなかの紅へ駆け寄りながら銃撃をくわえ、接近して刀を振り抜いた。一閃、黒煙が晴れるもそこに紅の姿はない。
「リズ様の残念臭が残念キャラを集めるのかしら?」
「生憎残念なのはもう十分なんだけどな!」
 リーズレットが眦を強くして目を向けると、淡雪は『アップル』に顔を隠した。なんとも呑気な二人はさておき、マルティナは飛びずさった紅の側方へと回り込み肉薄した。
「深く触れはしないが……男性は見た目以上に中身も大事だと思うぞ佐倉とやら。私には奏の方が魅力的に映る」
 体全体をバネのようにつかい言葉と共に剣を突きだす。踏み込みと重心の移動が速さと重みを産みだし、力を倍増させる。故にマルティナが剣を振るえば軍靴が軽快なリズムを刻んだ。リーズレットも踊るように足を運ばせて鎌を薙ぎ払う。しかし軍靴が刻む舞踏のリズムに二丁の拳銃は苦もなく声を重ねてみせた。
 少しでも気を引こうと瑪璃瑠は壁際から顔を出して叫んだ。
「そーなんだよ、いい女にはいい男! ボクたちも奏さんの方がかっこいいかな」
「めりりるの言う通り、奏君の方が数億倍カッコいいのだ!」
 至近距離から飛び交う弾丸に負けじとリーズレットは鎌を投擲した。『Deathscythe Hell』絡繰り仕掛けの刃は紅を通り過ぎた後、双刃となって軌道を変え無防備な背中に襲いかかった。
 が、視線さえ向けずに紅は後ろ手に引金を数発。それだけで窮地から逃れてしまう。
「あらら、俺って嫌われてるね。嫉妬しちゃうなぁ」
 そして二つの銃口を揃えてリーズレットに向けた。途端、銃声は轟音と化した。
「リズ!」
 無数の弾丸の前に奏が体を割り込ませた。同時にリーズレットも彼を庇うように動いた。
「―――っ!!」
 銃弾の一群を前に二人は互いの致命傷を防ぐべく得物を取りまわした。結果的にはそれが功を奏したといえただろう。布石として仕込んでおいた『鎧聖降臨奥義』も相まって、二人は血だまりに膝をついたものの動く余力は残されていた。
 溜飲が下ったか紅は笑みを浮かべた。しかし次の瞬間、なんの予兆もなしに紅の体が弾かれた。
「バッチグーであります。ご所望だったようですので熱い視線を存分に差し上げました。レティクル越しでご容赦を」
 皆中の余韻に浸る暇はない。ジャミラは愛銃『Tchin-Tchin』を脇に抱えて窓から身を乗りだし、次の狙撃位置へと急いだ。
 腹から流れ出る血に紅は顔をしかめた。一つの傷が戦いの趨勢を定めてしまう瞬間を幾度となく見てきた。故に今こそが気を抜けぬ一瞬であると頭に刻む。
 紅は意識を集中させた。足音、匂い、体に触れる空気の流れ。超常的な感知能力に身を任せ、紅は後背に迫る存在に向けて引金を引いた。
 銃弾は背後から忍びよった淡雪の額に風穴を開けた。いや、そう感じたのは紅だけであったろう。人の頭が撃ち抜かれて噴出するのは血液や脳髄で、間違っても煙ではない。淡雪の顔を写していた画面が砂嵐にかわった時、紅は遅まきながら全てを理解した。そして理解した時にはもう遅い。
 黒色の球体が紅の胸へ吸い込まれる。途端、視界が過去の記憶と重なった。
「誰にでも触れられたくない過去はありますわ」
 いつになく怜悧な淡雪の声は既に紅に届いていなかった。僅か数秒の回想、戦場においては致命的な数秒。ケルベロス達が動くに足る数秒である。
「一瞬で十分だ」
 鞘から引き抜いた白刃が血に濡れる。薊は居合いの要領で紅の体を斬り抜けた。そのまま流れるように背中へと銃弾を撃ち込む。するとすかさずマルティナが傷口に沿って深く細剣を突き刺した。
「ハッ!」
 マルティナは手首を引いて数度、上下をわけて切っ先を突きだす。白一色の軍服に幾つもの血の花が咲いた。
 天を仰ぐようによろめく紅。今にも倒れそうなその懐にヒエルは飛び込んだ。体内で循環させていた練氣は、もはや肉眼で捉えられるほどに充満している。
 その一蹴は傍から見て不気味なほど緩やかな残像を残した。氣の力が心窩部で炸裂すると強風のなか糸を失った凧のように、力なく紅は吹き飛ばされ壁に背をつけてぐったりと崩れた。
「リズさん、奏さん!」
 瑪璃瑠は声を荒げて駆け出した。右手に『二律背反矛盾螺旋・夢・クリフォト』を、左手に『二律背反矛盾螺旋・現・セフィラ』を握っていた異光眼の少女は、いつしか『少女達』となって高濃度のグラビティ空間を作りだした。この中において物理法則は用をなさず、桃緋眼と金眼、二人の少女の願う夢こそが唯一の戒律であった。
「治してみせるから、いくよメリー」
「うん。絶対にだよ、リル!」
 太陽が沈み月が昇るように夢と現は表情を代える。メリーとリルは強く願って想い描いた。傷一つない二人の姿を。


 夢を喰われた少年はある研究施設に拾われ、無気力な日々を過ごしていた。
 病に侵された自分と他の人間がどうして手を携えようか。窓の当たる雨粒が滝の怒涛のように聞こえ、少年は日々広がってゆく知覚に怯えた。
 施設によって処分されそうであった少年はしかし運命の出会いを知った。
 枯れたキスツスの花、朽ちた六枚の羽。あまりにも濃い死の匂い。しかし少年にとって少女は死を司る女神のように見えた。彼女に遣える厄災の天使が必要ならば……隣に立ちたい。
 その日から少年は自らの病を力として時間さえあれば銃把を握った。たった一度、もう一度、彼女に見合った姿で邂逅を果たしたくて。


 違和感と同時、ジャミラは体勢を崩して屋根から転げ落ちた。地面に寝たまま、『精確な狙撃』によって破損した自分の肩部を顔色ひとつ変えずに冷静に分析する。
 またも神業、ショッキングであります。
 しかし彼女は傷口を気にする様子もなく、体を低くして次の地点へと急いだ。勝負はまだ、決まっていない。
「あ……」
 淡雪が声をあげた。彼女の視線の先、雲ひとつない抜けるような冬空から赤い雨が降る。空に膨大なグラビティが渦巻いているのを肌で感じつつ、ヒエルは一切の視線を逸らさずに紅を凝視つめた。
「ここからが本番のようだな」
「……リズ様」
 言って淡雪が微笑んだ。いつになく真剣な口調にリーズレットが顔を向けると途端「ぶふぉっ――」粘体そのままのスライムが顔を覆った。
「あ・わ・ゆ・き・さーん!!?」
 額に血管を浮き立たせて拳を握るリーズレットを見て、すぐに淡雪は弁解をはじめた。「ち、治療ですわ! 決して彼氏持ちの親友に嫉妬したとか、喪女った発想じゃないの本当デスワ。あの……気をつけてね、リズ様」
 本心が透けて見えたが、それだけに最後の言葉を茶化すこともしなかった。
 再び一人の少女達となった瑪璃瑠はクリフォトを奏の頭上に掲げながら声にした。
「ねぇ、リズさん。現は刹那に過ぎて、夢は泡沫みたいに脆い……でも、夢も現も生きる君の為に、君と共に在るんだよ」
 だから帰ろう。ボクたちは君を生かしに来たんだから。それきり神妙な顔で黙りこくった瑪璃瑠の肩をたたき、
「そーいうわけだ、リズ。倒れてる暇なんてないだろ?」
 奏がリーズレットを抱き起した。その胸に揺るぎない意志と力を感じて、リーズレットは金色の瞳を見つめ返し頷いた。
「憧れるね、そういうのさ」
 紅はケルベロス達を見つめてひとりごちた。満身創痍の彼はしばし夢を見るように目を細めて張り詰める空気のなか告げた。
「いくよ」
 言葉を受けてリーズレットは少年のように奏へと笑いかけた。彼も同じ顔で返すと、
「「来い!!」」
 二人は息を合わせて応えた。


 銃弾が無数のモザイクに反射し、不規則かつ多角的に飛び交いながら再び反射を繰り返す。銃弾は回遊する肉食魚のごとく戦場を縦横無尽に蹂躙した。
 喰らいつかれれば骨も残らない。しかし攻撃を避けることは困難を極めた。ケルベロス達は一様に傷つきながらも膝を折らず、かえって非常に安直な結論を頭に描きだした。
 尾ではなく頭を落とせ、と。
「薄氷を踏むような作戦だが」
 恐怖がないといえば嘘になる。だが薊はべったりと血に濡れた髪をかきあげて不敵に呟いた。
「望むところだ」
 恩人を護るためと思えば俄然力が沸いてくるではないか。銀の雨が降り注ぐなか物怖じせずに、薊は気高く足を進めた。
「わっ、私はごめんなさいしたいですわっ。こんな状況っ――には!」
「きゅーー!」
 淡雪の叫びに『モラ』が鳴き声をあげた。
「ははっ、男を本気にさせた責任はとらないとな、淡雪」
 奏がモラの意志を代弁するように意地悪く笑った。
「そんな火遊びはいりませんわーーー!!」
 口にしながら淡雪は必死で黒鎖を手繰る。なんだかんだ言いながら、どんな仕事でも楽しげにこなすあたり彼女の実力が窺い知れた。
 紅は彼らを待ち受けるようにそこから動かなかった。一時の油断が生んだ傷は予想よりも深い。
「一手、願おうか」
 迫りきた挑むような声と拳圧に「嫌だね!」紅は銃弾を以て答えとした。
 弾頭が肉を抉り、ヒエルは血の塊を吐きだした。だがなお眼を爛々と光らせて進み「拳法家の性だな」と己へ嘲笑を放った。
 鍛錬をすれば拓けると考えていた世界は、むしろ力をつけるほどに狭くなった。だが今、目の前に好敵手がいる。ならばこの一瞬だけはせめて只の拳法家であれ。
 もはや己の血肉と化しているヒエルの体術は意識せずとも型を繰り出した。反射に類する神速の一撃。紅の銃捌きにも劣らぬ一個の武。
 帰結、紅の手首が砕かれたのとヒエルの体に穴が穿たれたのは時を同じくした出来事であった。
 そこへ奏が飛び込んだ。
「貴様等の悲願、とは?」
「ある女の生存だ」
 銃床と刀が打ち合わさって火花が散る。飛来した銃弾を『モラ』が吸い込む。奏は一歩、間合い詰めて腕を振り抜いた。
「それがリズとどう関係する!?」
「関係あるのさ。非常にね」
 攻防の折々に会話は続く。
「薬は……あるのか、本当に」
「さぁ? どーだろうね!」
 放たれた跳弾射撃が奏の膝を砕く。紅は彼を蹴り飛ばすとまとめて銃弾を浴びせた。
「あーもう! ヒエルさんも奏さんも無茶しすぎなんだよ!」
 瑪璃瑠は口を尖らせたが、内心、心が弾むような思いであった。いま誰もが同じ場所を目指している。晴天の空を。
「ボクの可愛さとリルのかっこよさが合わされば最強なんだから。ボクたちはモザイクの雨を超えていくよ!」
「めりりるの言う通りだ!」
 マルティナが細剣を振りかぶる。僅かな時間差をつけてリーズレットも鎌を振り上げた。見事な連携だが紅は刃の軌道を読みきった。
「伏せろ!」
 咄嗟、マルティナはリーズレットの頭を押さえつけた。彼女の頭上を通過した銃弾が細剣を腕ごと吹き飛ばす。気を失いそうな痛みにマルティナは唇を噛んだ。
「――っこのぉ!」
 紅の胸に鎌の切っ先が突き立った。リーズレットはそのまま刃を振り上げようとするも紅は鬼のような形相で彼女を殴り飛ばした。
「無駄だよ。居場所はわからないけど撃った瞬間に反応出来る。そして居場所が知れればモザイクを経由して確実に頭を射抜く」
 紅は高らかに声にした。息を殺して潜む誰かに告げるように。紅はゆっくりと銃口をリーズレットに向けた。
「君の待っている瞬間はこない」
 だが引金を引くことを指が拒んだ。満身創痍のうえ散々に乱れた体内の氣が意志に逆流して流れている。
 ならばと一本の指にのみ渾身の力を込めた紅だったが、聞こえた銃声に音にすぐさま反応し射線上の軸から体をずらした。
 果たして、その銃弾が射抜いたものは。
「どう、して……」
 猟犬のごとく眼を光らせていたジャミラが狙ったのは紅の傍らに落ちてきたモザイクの雨である。当然、銃弾は跳弾して三次元的な軌道を描き胸へと至った……。指の動かぬ僅かな時間が彼の命を奪ったともいえた。
「命中させる。それが最低条件であり、最大の目的。狙撃手とはそういうものでありましょう」
 ジャミラはひとりごちて愛銃から顔を離した。技量と精神力には驚嘆を禁じえない、仲間に銃口を向けたという致命的欠点を除けば、尊敬に値する相手であったろう。
「ナイスジャミィ!」
 リーズレットは指でピースサインをつくり遠く友人に叫んだ。彼女の両腕に幾何学模様の魔術回路が浮かび上がり、力を伝動させて胸元に魔方陣を作りだした。
「応えよ炎の精霊。我が手に集い――」
 魔方陣から突き出された火炎の腕、現世に業火の体を羽ばたかせた炎の精霊は、リーズレットの唱える声のまま炎の塊となった。
「災火きたりて立ち塞がりし者を灰塵に還せ!」
 魔方陣が一際強く輝くと爆炎が紅の体を貫いた。炎が轟々と空を焦がす。気づけば雨は止んでいた。


「本機もドッグフードを買って帰りますので」
 ジャミィ、その声が頭から離れない。ひとり帰路についたジャミラは不意に立ち止まり、店のガラスへ両手でピースサインをつくった。
 なかなかパイセンのようにはいきません。

「未だ井の中の蛙か」
 言葉に反してどこか嬉しそうにひとりごちると、ヒエルは踵を返した。
 どこどこまでも武を極めんとする後姿に薊はもらす「勤勉な方だ」そして追うように彼女も立ち上がった。さて、街を直すとしよう。

「おい」
 奏は足元に転がる紅に声をかけた。「……なんだ」大儀そうに声が返ってくる。
「教えろよ、薬は――」
「あるよ。俺は持ってないけどね」
 そうか。奏は小さく呟いた。紅は苦い顔に声を投げた。
「大事なものはちゃんと抱えて眠れよ。じゃないと知らない間に消えちまうぞ」
 あまり時間は残されていない。彼女の羽は……。
「うるせー。誰が嫁さんを手放すか」
 死顔など見たくはない。奏は振り返った。と、そこには頬を林檎のように真っ赤に染めたリーズレットが立っていた。
「よ、嫁って――」
「余命だ、よ・め・い!」
 奏が咄嗟に言い繕うとリーズレットはひとしきり慌てふためき、やがて紅だったものに目をやった。
「薬は――」
「持ってなかった」
「……そっか」
 小さな体をさらにしぼませてリーズレットがうつむいた。なので奏はそっと手を差し出し彼女を撫でてやった……形の良い尻を。
「なぁ、なにするんだ!!」
「えー激闘だったんだから、これくらいいいだろー?」
「やめろバカぁ!」
 遠くで始まった、いつものじゃれ合いを見てマルティナがやれやれと息をついた。
「まったく。仲がいいことだ」
「だね。あーあ、ボクたちも兄様に会いたくなってきたよ」
 瑪璃瑠につられてマルティナも相棒の顔を思い浮かべて……気恥ずかしくなってすぐに消した。佐倉にも隣に立つ誰かがいたのだろうか?
「うぅ、憎い。リア充のオーラが憎いですわ……」
 近頃とみに肥えてきたさゆきちの腹をつまみながら淡雪が小さく呟いた。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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