七夕防衛戦～彷徨う翡翠

■リプレイ

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「此処は戦場となります。お早く退避を」
　静かな、通る声だった。現れた敵に間接的なれど浅からぬ縁を持つ男、火岬・律（迷蝶・e05593）。情報に遅れた者を促すその声は一転、低く暗く、妖しの響きを帯びる。
「――黒塚に、鬼籠もれりと言ふはまことか」
　口遊む歌が喚ぶ霊力の赤は禍々しくも、共に立つ仲間の力を目覚めさせる。長引くと目された戦いを、少しでも早く終えるために。
「落ち着いて。迅速にあちらに避難を」
　空国・モカ（街を吹き抜ける風・e07709）が重ね示せば、人々は散り散りに逃れた。それでいいと頷いて、すらりとした脚は星の輝きを連れ、現れた夢喰い――スコルピオスの供連れを蹴り砕く。
（「一先ずはいつも通り、か。さて、どんなもんかね」）
　一見変わりない後輩の様子を目端に、真柴・勲（空蝉・e00162）は頭上の星彩を地上に喚ぶ。星図が後衛への守りを敷くと、感謝の言葉と共にその星々の上に立ち、輝島・華（夢見花・e11960）は遥か頭上にあるジュエルジグラットの手を青菫の瞳に映した。かのゲートを制覇するまたとない好機、逃す訳にはいかない。
「うん、ここなら！」
「はい、充分な距離があります、フィー姉様」
　片目を瞑り、フィー・フリューア（歩く救急箱・e05301）が見定めた交差点を、華はこつんと杖で叩く。治癒を司る杖はお返しのように、勲たちの立つ前衛へ一線を描き、眩い光の壁を喚び立てた。
「ふうん、七夕の魔法がお前とオレらを引き合わせたワケね」
　その膳立てにも浪漫があると、レンカ・ブライトナー（黒き森のウェネーフィカ・e09465）は笑う。
「それなら濃密な時間を過ごそーか。寒がりのお前が燃え尽きちまうくらい熱い逢瀬を、な！」
　観客の不在には目を瞑ろう。逃れ行く人々の背に恭しく一礼した瞬間、仕草とは裏腹の殺気が彼らを拒む。
「今宵の舞台は過激で物騒――なんと大蠍と番犬達の大立ち回りだ！」
「うむ、警察も動いていることだしな。後の避難は任せて問題なかろう。……さて」
　頼もしいことと柔く笑い、奏真・一十（無風徒行・e03433）はフラスコを掲げる。えもいわれぬ色の『秘薬』は瓶の口より拡散し、異常を耐える術を後衛へ齎していく。
「わ、一十さんのそれも薬？　気になるなあ」
「おや、フィーくんのお目に叶うとは嬉しいことだ。これを無味無臭の薬とするにはかなりの――」
　始まる講釈に楽しげに笑いつつ、フィーも小瓶の蓋を開ける。
「おや」
「ふふ、薬なら僕も得意なんだ。これは毒薬、だけど」
　紫水晶もさながら、浮かび上がった雫は術者の指先に躍らされ、敵後方へ駆けていく。柔らかな美しさと裏腹の、治癒を阻む毒に白の蠍を苛むために。
「さあ、つめたい蠍――熱を求めて命を奪おうとするくらいなら、燃やしてあげる。僕の処方箋は、夢喰いには手荒なんだ」
　白の光が雫に染まる。継戦能力は一段落ちたと言える。よしっ、と一声、一十と掌を打ち合わせたフィーは、聞いた。
『――コレジャ、ナイ』
『マダ、ツメタイ……ツメタイ』
　襲い来る翠の連射針に、青の牙が氷を添える。庇い耐える前衛は、後方へ向かう白の魅了を弾き飛ばした。
「これじゃない、って？」
　ふうん、とフィーは蠍たちを見つめ返す。毒も熱も持たぬ蠍。空を覆う手に招かれるまで、何処に潜んでいたのだろう。
「ではこちらも。――悪しき神をも殺す毒でも足りませんか？」
　魔力で編んだウイルスが敵を戒めるさまを見つめ、エレオス・ヴェレッド（無垢なるカデンツァ・e21925）は微かに眉を寄せた。
　薄くとも縁あるもの、律の胸に凝る思いを昇華できる戦いであればいい。そう気遣う青年は一方で、如何な敵であれ安らかに眠って欲しいと思ってもいる。
「ふ、さすがに場を長引かせるに長けると言わしめるだけはある」
　薬の効果も易々と越えてくるかと、一十はそれすら愉しんだ。
「だが残念、薬はまだまだあるのだよ！」
　飛ばし重ねる秘薬の彩はまるで手品。続く浄化を振り向き誘えば、華はにこ、と笑みで応える。
「はい、長引かせはしません。皆様の熱を奪われないよう、私達が守ります」
　この雨で拭ってしまおう。振る杖に誘われ降り注ぐ薬液の雨。淡く青い香りとともに宿った浄化の力に、青の蠍は鋭い眼光を華へと向けようとする。だが、
「！　ブルーム！」
　庇いに来たのは鋼の身を花に彩る、頼もしきライドキャリバー。気をつけてねと送り出す相棒は、華を狙われた怒りを纏う焔と化し、蠍の懐へ飛び込んだ。
　連なるはモカの手刀。レプリカントの手になるそれは、文字通りの『刃』。小指側に顕現した切っ先は、敵の周囲を駆け巡るモカと共に風刃と化した。
「私の前に立ち塞がるならば、全力で斬り刻む！」
　斬撃の嵐に斬り砕かれんとする青の蠍の前に、翠の蠍が踏み込む。く、とモカの喉が鳴いた。
「やはりディフェンダーか！」
　立ち塞がった巨躯に昂る律の感情が、稲妻を編む。向ける先は青の蠍だが、意識は確かにあの翡翠の彩へ向かっていた。
　アレは――あの夢喰いは、身内に連なる縁だ。嘗ての自分がその眼として生きた師、血を分けた母親の。
　喪失を重ねた先に仇討ちを遂げた。が、遂げた先には何があった。復讐を最上に据えてきた眼に、復讐の先を見定めることは易くなく――律の心は冷えたまま、腑に落ちてしまった。
「俺は母の仇を討った。ならば……同じ血を連ねる俺を、お前が討つも道理だな」
　誰かの為なら一撃の行先も定まろう。だが、眼前の敵から守るべき誰かとは、最早この世界に亡いものだ。
　命中を重く見て選んだ筈の雷霆が、揺れる感情に逸れる。
（「ああ、クソ……似てやがる」）
　外れた隙を穿ちに来る蠍を狙い、勲は身に帯びた力を重厚な銃身へ回す。途端に迸る銀白の光線は、青の光を帯びた小さな蠍を撃ち崩した。敵の牙一つ折り、ついでのように青の蠍の命を終わらせるや否や、手荒い叱咤を叩きつける。
「ったく世話の焼ける……！　道理だ？　おい糞後輩」
　二者の間に横たわる因縁など、勲には知る由もない。けれど、
「血の縁がこの邂逅を手繰り寄せたなら、清算できるのはテメェだけだろうが……！」
　苛立ちに潜む情は、意識されることなく確かに在る。
「ね、律さん。グアンさんも言ってたよね。あれはこれまで人の世を渡って、密やかに人の命を奪ってきたんだ」
　そんな存在に苛まれることが、道理である筈がない。多くを知らずとも、白の蠍の心射抜く魅了の矢に、フィーは確信を込める。その視線を辿り、レンカは律から狙いを逸らすべく躍り出た。
「よし、次はテメーだな。魔女の一幕、御覧じろ！」
　今宵の演目は『赤い靴』。扮する靴屋の指先は、白の蠍の爪先に鮮紅を履かせ、独りでに踊り出す呪詛が行動の自由を奪い取った。
「『そう、冷たい爪先には似合いの靴だ。そんな悲しい顔をしないで、陽気なダンスを踊ってごらん――』」
　侭ならぬステップに足が縺れる間に、
「さあ、力を貸して……きみも白き一矢とおなり」
　健気に羽戦く真白の小鳥に微笑んで、エレオスは垂れ籠める空気の重みを澄み渡る歌声で一掃する。
　一射へ紡ぎ変えたいのちが描いた射線は、深く鋭く、蠍の胸を貫いた。

●
（「……乗り越えてご自分を取り戻されますように」）
　今叶う力添えは、立ち続ける彼らを支え続けること。杖持つ手に力を込め、華は夜風を凛と声に変える。
「あなたが求めているものを渡すわけにはいきません――誰ひとり、膝を付かせない」
　賦活の雷撃が律を撃ち、光の糸が傷をたちまち縫合する。甘い瞳を使命に澄ます華を護るべく、ブルームは前線を縦横無尽に駆け抜け、蠍へ連射を浴びせかけた。
「この季節に冷えるとは奇怪なことだが、容赦はしない！」
　掌に練る螺旋の力。紡ぎ上げた冷ややかな力の波が、空を裂き白の蠍へ至る、そこにも割り込みに来る翠の巨躯。麻痺の眼力が前衛を巡ると、白の針も惑わしにかかる。
「ふむ、まさに耐久戦の様相であるな。助力を」
　たん、と地を蹴り軽やかにステップを踏む一十。誘い出した花々の光は仲間の肩に降り積もり、忽ち異常を拭い去っていく。
「上々。――サキミ！」
　言われなくともと、後方のボクスドラゴンが仲間の傷を塞ぎにかかる。
「あの白も弱っている筈です。望みに縛られることなき眠りを、あなたへ」
　歌い紡ぐエレオスの声が変調する。柔く織り上げられたソプラノは悠遠なる眠りの淵を描き出し、その中を二羽の小鳥が絡み合うように飛ぶ。翼を重ねた幻影は白の蠍の体躯を跳ね上げ、露わになった懐にレンカが飛び込む。
「オレは独り善がりな魔女なんでね。お前らが空虚に凍え泣こうが関係ないんだ」
　声が至るより速く、魔女の鉄槌が巨躯の下へ潜り込む。甲鎧を撃ち砕く竜気の弾は、咆哮の如き轟音を連れて白の蠍の命を撃ち崩す。またひとつ失せた光に、残された色はただ一つ、涙する翠のみ。
（「お前にとって、毒を奪われることは……生き様を奪われるに同義だったろう」）
　似ているどころではない。ツメタイ、と呟き続ける敵の胸裏が、理解を拒む余地すら許されないほどに律のそれと一致する。
　蠍の体内、一点へ向けた意識が強かに爆ぜた。強い共感で結ばれた敵に風穴穿つ行為は、自身を貫くに等しい心地。故にこそ、手加減などしよう筈もない。
（「――また籠っていやがるか」）
　呼び掛ける声が届かない。届く一瞬の訪れまで待つしかないと、勲は募る苛立ちを流星に籠め蹴り出した。
　幸い、律の戦いの手は緩んでいないのだ――可愛げのないことに。

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「……律っ！」
　呼ぶ声は薄布一枚隔てたように、酷く現実感がなかった。
　凍れる牙が届く前から全てが悴み、無気力に凪いでいた。ここで己を手放すことすら惜しんでいない。共振する振り子どころか己すら己から剥がれていく、
「こッの、馬鹿が！　何ぼさっとしてやがる！」
　――その心地は、視界を塞いだ大きな背に急激に引き戻された。
「生き様を奪われた同じ空虚を抱えていようが、テメェとアイツじゃ器が違う。そうだろう、律！」
　牙を受け止め、迸る感情を雷に束ねた一撃が、蠍を真正面から打ち据える。堅固な甲鎧に罅入れる勲は、燃え盛る焔だった。
　ぼやけゆく世界が輪郭を取り戻す。叱咤の声が心の熱を揺り戻す。
「俺ァお前の火毒になる心算はねえぞ。火が欲しいなら手前ェで燃やしやがれ！　俺に務まるのは精々――」
　糞餓鬼を焚きつける燧石ぐらいのモンだ、と。振り返る眼は意地悪く笑っていた。
「――つくづく、癇に障りますね」
「あァ！？」
　自分も喪い重ねている癖に、熱を失わないその背が。心に燃える焔の金が、赤が、眩しくて、ただ熱く信に足りる。それが好もしくも腹立たしい。
　足りない言葉は補わない。踏み込む足、叩き込む一撃で足りる筈だ。
　戦線に戻り来る仲間を、モカは笑みで出迎えた。再び足許に燃え上がらせた星の輝きで、猛々しく蠍の甲鎧へ撃って出る。
「回復は」
「保ってみせます。どうぞ心の告げるままに、律兄様」
　頼もしい華の声に頷き、律は爆ぜる光を掌に集約する。一掴みの雷霆を甲鎧へ突き立てる。その手の中、心の裡には熾火が、燃え上がる時を待っていた。
「よかった、律さん！」
　フィーの黄緑の瞳が、夜影に咲き笑う。娘らしい朗らかさで編んだ魔力の渦は、思いもかけず強大な竜を創り出した。実体を持たぬ筈のそれは、苛烈な熱の吐息の中に蠍を呑み込んでいく。
「大団円までもう少しだね。この次の七夕は、穏やかに願い事が満ちるだけの日になるといいな」
　願いが生んだ魔力は、願いを引き寄せるために使われればいい。はい、と華も頷いて、浅からぬ勲の傷へ幾度目かの光の糸を解き放ち、縫い合わせる。
「七夕だけではありませんね。ドリームイーターの凶行のすべてを終わらせられるかもしれません」
　今夜出逢う筈の分かたれた二つ星が、願い叶える力を持つのなら。見守ってくださいと祈り捧げる華は、戦線維持に充分に足る癒しを齎した。
「ああ！　親玉への道、今すぐ空けてもらおうか……！」
　命尽きるまで踊り続けよと命じる『靴屋』に、翠の蠍は翻弄される。先を見据える娘たちの煌らかな瞳にに柔らかに頷き、エレオスは翠の蠍を見据えた。
　ツメタイ、と零すそれに胸締め付けられるのは変わらない。だが、頭上に広がる星空に届くべき願いに、あの巨大な手が影を差すことはもう、あって欲しくない。
　オウガたちの銀の輝き、鋭き得物を鎧に纏い、勇ましく敵前へ向かう。歌声も今ばかりは喉奥へ秘めて、囁くように、
「あなたの願った熱とは違うでしょうが……せめて最期は、あたたかな微睡みの中に」
　触れれば痛む胸の熱が伝うだろうか、そうならばいいと願いかけ、拳を交わす。甲鎧に先刻までなかった光の亀裂が増える。
　戒められた蠍の身が軋み、繰り出す一撃が止まったと見るや、華は両の手を空へと掲げた。掌に添い咲く可憐な青薔薇は、清かに湧き起こった風に運ばれ舞い上がった。
「奇跡は、確かにここにありますの。あなたにも見えるでしょうか」
　失われた夢のように儚い花吹雪の青が、敵の視界を埋める。回避困難な花の檻が何を見せたかは、誰も知らない。
「それにしても、季節の魔法とは……成程成程」
　安堵ひとひら吐息に溶かし、かの者らのイベント好きはそういうことであったかと、一十はしみじみ頷いた。
　人の営みを愛する者として、その個性や多様性には敵ながら楽しみを感じてはきた。しかし、譲れぬ一線はある。
「ひとの世、ひとのゆめを乱されるのは少々業腹というもの。そろそろ引き払ってもらおう」
　長く空に在る景観破壊の『手』にも飽いた。翻る脚に添うのは魔法の星彩。敵の思惑を突き放す一蹴は、眩い光の尾を引いて蠍の甲鎧に風穴を開ける。
「さ、終わりはその手で」
　導く声に、眼鏡の奥には熱が燈った。風を裂き奔る白刃のもとへ、ゆるり融け来る御霊の気配に、ああ、と律は全てを識る。
（「――貴女は、其処に」）
　美しい斬撃の弧を描きつけた一閃に、毒が燃える。冷めた身を侵す。それが蠍の持ち物であったかは定かではない。けれど、
　――アア……モウ、ツメタクハ……――。
　今際の際に、そんな囁きが零れたのは果たして、幻聴だろうか。
　弧月の刻みつけた毒は、失せていく翠の光とともにはらはらと崩れ、夜影の中へと還っていった。

　暖かな手が、声が、未だ表層だけは涼しい男に触れていく。
「やはり多少は壊れますね……直しておかなくては」
「はい。他班の皆さんはご無事でしょうか……？」
「――まだ戦う余力はあるな。私は援護に向かう。サービス残業だ」
「ふむ、では僕も同行しよう。サキミ、行くぞ」
　胸に宿った熱の輪郭はまだ、見えないけれど。
「……っ」
「呆けてんじゃねえぞ、糞後輩が」
　無遠慮に背を撲った拳に振り向けば、ふんと笑う顔がある。
　ひとつ零した溜息は、常の彼の色を取り戻していた。

作者：五月町	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年7月7日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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