●ハロウィンの夢、踊る
不気味で愉快な音楽に、妖しくも色とりどりの飾りつけ。華やかな仮装に身を包んだ人々は浮かれ、笑い、これから始まる祭りの夜を楽しみに待っている。
そんないつものハロウィンの街を、見下ろすひとりの少女があった。大きな鍵を不安げに両の手で握りしめ、ビルの上から様子を窺う大きな瞳は、今にも涙が浮かびそうに揺れている。
ケルベロスのそれによく似たコートがひらひらと靡く。掻き合わせるのは寒いからではなく──覗くモザイクを隠すため。
「……ハロウィンの魔力がいっぱい。ど、どうしよう……でも」
意を決し、ドリームイーターはふわりと屋上から飛び出した。
「……だ、だいじょうぶ、リーシャも強くなれるの。ポンペリポッサさまになれば、きっと……!」
目指す賑わいから人々の魔力を吸い上げて、少女はみるみるうちに変貌していく。ぎょろりと剥いた瞳、膨らみ垂れ下がった鼻、皺くちゃの緑色の肌。体は交差点の限られた空を覆いつくすほどに大きく、大きく。
降ってくる巨大な影に逃げ惑う人々を見渡して、ひしゃげた声が響く。
『さぁさ、楽しいお祭りのはじまりだ。お前たちの愉快な夢をいただくよ──』
強きものの威を借りて、『叶わない夢』は踊り出す。心地好い夢と魔力に満ちた、ハロウィンの舞台の中で。
●楽しむならば夢より現で
「この時期はドリームイーターにとっちゃ掻き入れ時なのかもしれんな。今年も討伐に向かってくれるかい」
グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)が告げたのは、ハロウィンの魔力を求めた襲撃。その黒幕は、
「魔女ポンペリポッサ。久しい名前だが、調査を続けてくれていたケルベロス達がいたようでな。ハロウィンという時期も噛み合って、尻尾を掴むことができたという訳だ」
目的はおそらく、寓話六塔戦争で受けた痛手をハロウィンの魔力で回復する為。しかし、今回動きを見せるのはかの魔女本人ではない。
賑わう街に現れるのは、『叶わない夢』リーシャと呼ばれる少女の姿のドリームイーターだ。ハロウィンの魔力を利用し、10メートルもの巨大なポンペリポッサの姿に変身して人々を襲う。
場所は屋外、ハロウィンの飾りに彩られた街の中だ。パーティー会場として車の出入りは止められており、すでに浮き立つ人々で溢れている。
「ドリームイーターは辺りのビルの上から襲撃を開始する筈だ。今回は街の方から襲撃箇所に踏み込んで、ギリギリで奴さんを迎え撃つ作戦になる」
素早く人々を逃がし、敵の前に姿を見せれば、ケルベロスが敗れない限りは一般人に意識を向けないだろうとグアンは言う。
攻撃手段は幻惑を伴うお菓子の嵐に、魔女の指と喩えられるウィンナーソーセージの乱舞。自身を癒す術も持っている。
「ただでさえハロウィンの魔力で強化された攻撃を、巨体で繰り出してくる。偽物だけに本物のポンペリポッサにゃ及ばんが、相当の威力になることは間違いない」
ただし、ハロウィンの魔力によって変身を保てるのは5分ほど。得た力を消費しきってしまえば、変身は解け、元のドリームイーターに戻ってしまう。
耐えながらそれを待っても構わないが、とグアンは眼を細めた。
「ハロウィンらしい演出で戦うほど、ドリームイーターの吸い上げた魔力を奪り返すことができるようだ。あんた方の得意とするところかもしれんな」
うまく奏効すれば、5分も強力な攻撃に耐えずに済むだろう。だが、と付け加えるのも忘れない。
「元のドリームイーター……『叶わない夢』リーシャも、決してか弱い存在じゃあない。心得ていてくれ」
怯えた瞳、強さに焦がれるような様子でありながら、その力はケルベロスを遥かに凌ぐもの。追いつめられた小動物の如く、手にする鍵は強力な一撃を生み、敵を戒めるモザイクの鎖を編み出し、強力なヒールで戦線を保とうとするようだ。
「ハロウィンを楽しみながら戦うことが、奴さんらの不利になるってことだ。油断なくは勿論だが、余裕も忘れずにな。いつも通り、日々を楽しめるあんた方でいてくれりゃいいさ」
よろしく頼む、とグアンは同志たちを送り出す。
悪夢よりも愉快な現の夜を。彼らの往く先にそれは叶うと、心から信じて。
参加者 | |
---|---|
深月・雨音(小熊猫・e00887) |
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300) |
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301) |
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465) |
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471) |
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629) |
今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484) |
霊ヶ峰・ソーニャ(コンセントレイト・e61788) |
●
──恐慌から一転。
突如足元にもくもくと湧き上がるカラフルな靄に、人々はぽかんと口を開ける。
「え、な、なにこれ……イベントの演出?」
「そんなの予定にあったっけ? でも、じゃああのでかいのも……きゃあっ!」
そんな人々の望みを潰しに迫る、禍々しい魔女の指。──けれどその衝撃は、彼らのもとには届かない。
「……! あ、あなたたちは」
「今のうちに逃げて。こんな怖い夢、すぐに退治してみせますから!」
しゃらららと歌う鎖で魔女の指先を防いだのは、瞑る片目もチャーミングな近代の魔術師、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)とその親友。
「フォーマルハウト、大丈夫だね?」
大魔女の指を殴り返したエクトプラズムの魔法の杖で、しっしと人々を追い立てるフリをする。問題なさそうだ。
『今宵ハ最強ノ魔女ガ集ウ夜。此処ニ留マレバ大魔法ノ餌食トナリマショウ──……』
流れゆく靄を色づけるのは、妖しげな音色を奏でる光のオーブ。現れた南瓜人形ことフィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)は、クラシカルなメイド服の裾をつまんで恭しく人々に一礼する。靄の中から現れた動物の楽隊も南瓜の冠に南瓜のお面、不思議なリズムで災いを退ける。
「悪い子はいねぇがー!」
『日和様、ソレハ魔女トイウヨリ鬼ノヨウナ』
「細かいとこは気にしなーい! ボクは日和、格闘技に自信がある魔女だよ!」
ぐっと掌を突き出して決めのポーズ! 今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)の指先に挟まる紙の従者たちは、たちまち命を吹き込まれ、大魔女を阻む盾となる。
『レンカ様、オ怪我ハ?』
「見くびらないでおくれ、カボチャ頭のお嬢ちゃん。このワタシがこれしきで怯むとお思いかい」
薄暗い煙の中から現れ出でるはレンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)。黒ひと色の古風な魔女をその身に映し、少女は舞台の上でにやりと笑う。
「──随分と楽しそうじゃないか。ワタシも混ぜておくれよ、偽りのポンペリポッサ」
引き摺る夜闇の裾を持ち上げれば、踊る爪先が爛れた肌を引き裂いた。さあて、と声を上げる。
「妖の夜を統べる大魔女は、このワタシさ」
「ちょっと待つにゃ──!」
レンカの一撃の陰、遅れる人を急かすように助け起こしたフィーから敵の視線を逸らす大きな声。
目眩くメタモルフォーゼ、次は一体どんな魔女が──、
「次も魔女だと思ったにゃ? 残念! パンダだにゃん!」
ばっさばっさと笹振りながら、ふっかふかのジャイアントパンダの着ぐるみでドヤる深月・雨音(小熊猫・e00887)。その姿はなんだか妙に輝いていた。
尻尾だけがしましまふさふさ、レッサーパンダ仕様のままなのは、突っ込んではいけない。──譲れぬ誇りであるらしい。
『アレコソハ、光ト闇ヲ兼ネ備エ数多ノ加護ヲ得シ魔獣……』
「すなわちラブリーキュートなパンダさんにゃ! ここで良い子の皆にケルベロスからのお知らせにゃっ」
見た目はてしっと愛らしく──しかし威力は強烈な流星の蹴りは、お菓子の星屑を逃げる人々へ届けていく。
「そうにゃ、これは演習じゃないにゃ! 非戦闘員は可及的に速やかに避難するにゃ!」
「ここは今から戦場になるみゃ! 怖い魔女たちの強い魔法が吹き荒れるみゃ! 巻き込まれたくなかったら今すぐここから離れるみゃー!」
調子を合わせる月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)のフードには猫耳がぴこり、背には小さな翼がはたはた揺れる。警戒にぴんと立つ尻尾にターコイズの四葉煌めくリング──ウイングキャットだ!
『貴女ハ、主無キ暗闇ノ使イ魔──』
「みゃっ! さあ頑張るみゃ、しっかり狙えば、びしっと当たる──!」
重力が溶ける猫語の歌は、不思議な響きで魔女たちの精神を澄ませていく。レンカは愉しげに肩を震わせた。
「……おやおや、煽ってくれるじゃないか」
「使い魔の、力。侮れない」
人々が逃れていく繁華街を冷ややかな殺気の結界で包み込みながら、フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)は踵をコツリと鳴らす。迸る星の光は一瞬にして、大魔女の懐に娘を連れていった。
夜色の外套が羽のように翻れば、黒と紫、鰭のように揺れる二層のフリルに彩られたドレスが露わになる。腰を曲げ、低く睨み付けてくる巨大な魔女の眼を、唐突に溢れた光が焼きつけた。
『ソーニャ様モ、オ目覚メ二ナラレマシタカ』
「賑やか、な、夜。……ちょうど、いい、やつ、いる、な」
千切れる光の中から姿を表したのは霊ヶ峰・ソーニャ(コンセントレイト・e61788)。恭しく頭垂れてみせるフィーをよそに、新たな魔女は静かに敵を見つめ返す。
真なる魔女など一人で充分。そしてそれを決めるなら、お誂え向きな強敵だろう。
「魔女、の、腕比べ。これ、倒した、奴、真、なる、魔女、という、ことで、どうだ?」
軽々取り回す戦鎚が、増幅する魔力で膨らんでいく。吐き出す光の洪水が腹を穿つと、フィーラはこくりと頷いた。
「だれが、一番強い魔女か……おもしろそうな、勝負。受けて、たつ」
『勝手なことを──』
頭上に声が轟いた。見上げるような魔女が両手を翳すと、甘く醒めない夢の菓子が空から降り注ぐ。
「おおっと出ましたにゃ、ポンポンペインポッサちゃんのお菓子撒き! これは痛い……っていた、いたた、ほんとに痛いにゃ、頭がぐらぐらするのにゃー!?」
「大丈夫です、雨音さん! ほら、フィーさんの護りのお陰で!」
「言われてみれば、そんな気がしただけだったにゃー!」
前衛に降りかかった催眠の災いは、鳴り続ける演奏が弾き飛ばしてくれた。動物たちとともに一礼するフィーのバスケットから、ころころと光の玉が溢れ落ちる。
「ふふん、あの大きい人が悪い子、アレを倒した人が一番強い魔女ってコトだよね? 了解だよ!」
ケープの下、ショートなサロペットから伸びる日和のしなやかな脚は、魔法の星たちの煌めきを引き連れて大魔女を蹴り飛ばす。
『武闘派の魔女』を名乗るだけはある。レンカは思わずくつりと笑った。
「そんなの見せられたら、ワタシも楽しくなってしまうじゃないか」
可愛い可愛い魔女の蔓で絡め取った相手から、
「そのバカでかい体に詰め込んだ魔力……最上の菓子、こっちにお寄越しよ。寄越さないのなら……」
力づくで奪うまで。その文言そのままに、ハロウィンの魔力が抜けていく。
誰もが護るために全力を尽くしている。けれど『魔女の一角』として、全力で楽しんでもいる。それを叶えられることが、ケルベロスたちの強さでもある。
「こっちこっち! そんな大振りな動きじゃ、亀さんだって捕まえられるもんか……!」
伸びる手を逃れながらカロンが跳ぶ。節くれだった体を足掛かりに、膝から腕へ、腕から肩へとバネのように、弾むスタッカートのひとつひとつに魔力を込めて。
「高いところから見下ろす景色は綺麗だったかい? ──でも、それは本当のキミのものじゃない」
がぶりと噛みつく小さな親友を眼下に、カロンの魔法は発動する。弾ける点、飛び出す光、それらは大きな二つの目でも追いきれないほどの魔弾となって、回復を阻む術式を大魔女の体表に刻みつけた。
『馬鹿な、ハロウィンの魔力が抜けていく……! 何故だ、まさか、こんな──ど、どうして……』
しゅるしゅると小さくなっていく体に倣い、威厳と自信に溢れた魔女の声がか弱く、辿々しくなっていく。
「ゴ覧下サイ、皆様! 大魔女ガ本性ヲ現ス……!」
「うん、みゃー達の作戦が効いたんだみゃ!」
楽しむ姿勢は崩さぬままに。南瓜頭の片言と猫語を交わし、くすりと笑うフィーと縒の前に、気づけば青い顔をした少女が立っている。
「ひどい……ど、どうして」
夢を解かれた『叶わない夢』は、ぎゅっと鍵杖を握りしめた。
「あんなにいっぱい、魔力があったのに……わ、わたし、ポンペリポッサさまになれたのに……!」
先刻よりは確かに少なく、しかし決して侮れぬ魔力が、少女の体から溢れ出した。
●
『ゴ心配ナク、夢喰イノオ嬢サン。タトエ貴女ガ大魔女ノ殻ヲ被ッタ偽物ダトシテモ……』
蛍光色の瞳が、靄に煙るボールの光に獣のように輝く。
『剣呑ナル魔女タチノ集会カラ弾キ出シタリハ致シマセン』
反撃の鎖をおどけた仕草で躱し、誘う癒しの楽曲は、とっておきのハロウィンナンバー。行き渡る異常への備えを横目に、縒は素早く地を蹴った。
「そうだみゃ、まだ最強の魔女が決まってないからみゃ!」
標的が小さくなっても変わりなく、穿つ刃は乱れなく敵の懐へ。鍵の反撃が返る前にみゃん、と宙返りで引き返す。
「リーシャちゃんも強い魔女だもんにゃ。果たして、一番強い魔女は誰ですにゃ!?」
レッサーパンダの尻尾をゆらり、突き出す雨音のパンダの手はさも心地よさげだが、
「喰らえにゃ、ぷにぷにパンダパンチ!」
命の芯を突き動かす内勁の衝撃は大きなもの。
「心地、いい、魔力。誰、にも、渡さ、ない」
「そうは、させないの。──あふれる、力……フィーラのもの」
競い合う狙撃の魔女ふたり。とんがり帽子を押さえ、ひらりと跳ぶソーニャの軌跡を星が彩れば、フィーラの一閃も負けじと月色の輝きを放つ。
「楽しい夜はまだまだこれからだ!」
町並みを足場に借りて、カロンは天真爛漫に、リズミカルな足音を宙に響かせる。悪戯なランチャーでお菓子砲をばらまきながら放つ鎖が少女を戒めると、続くフォーマルハウトも振りまく宝石──の飴の煌めきで敵を惑わした。
「……ど、どうしよう。どうしよう……夢を喰べなきゃ、強くならなきゃ──」
「っ、縒ちゃん!」
足りない夢の力を奪いに来る魔鍵は、フィーの相棒のもとへ。操ることばにかけた魔法が思わず解けたフィーに、縒はいたた、とおどけてみせる。
「大変だみゃ、みゃー石になっちゃうみゃー! 誰か助けてくれないかみゃ?」
『……、勿論! オ任セアレ──』
にやり笑って紡ぐ気の珠は蝙蝠の翼を持ち、相棒を目指す。その隙に、
「怯えないで見てて、ボクの魔法を! 格闘技も磨けば、魔法みたいに輝くんだよ!」
飛び込む日和の腕から体へと、包み込んでいくオウガメタルの輝きが眩しい。
「それっ、魔法の拳(物理)!」
柔らかな光とは裏腹の強烈な一撃が、敵の守りを打ち破る。そこへ距離を詰めるのはシックな魔女、
「Guten Morgen──まだ寝ぼけているんじゃないだろうね? なんだい、強いくせに覇気のない」
天を突くように伸びたレンカの杖が、夢喰いを叱り飛ばした。
「このパーティーはオマエの為に用意したんだ。……その身が果てるまで、楽しんで行っておくれよ!」
レンカの挑発に、立ち上がった少女の瞳には妖しい光。
「……は、果てない。ゆ、夢を食べて強くなるんだから……じゃ、邪魔をしないで──!」
ケルベロスを真似ただけの、輪郭のあやふやな鎖が戦場を駆け抜ける。
●
魔女たちの多重奏が、敵を追い込んでいく。
「さあ、まもなくクライマックスにゃ! どんなどんでん返しが待ってるのかにゃ!? それはそれとして──」
ぽってりした両手に光溢れる『凛月』を構え、可愛らしいのに妙に油断のない動きで振り下ろす雨音。
「さくさくパンダスラーッシュ!」
「う……!」
「みゃみゃっ、これは負けてられないみゃ!」
黒白のチェシャ猫めいた影が空に躍る。眩い輝きとともに形を変えた杖へ、縒は悪戯な笑みで語りかける。
「ここでひと旗上げれば、最強の魔女の使い魔にだってなれるみゃ! チロちゃん、お願いするみゃー!」
にゃあん、とひと声、駆け出したファミリアの黒猫は縒と揃いのマントに帽子。弾丸のような一撃に、
「速い、わ」
「いちばんの魔女になって、つよい使い魔も、手にいれる。……悪くない、かも」
争う材料が増えた様子のソーニャとフィーラ。演じながらもちらりと交わす目配せは、巧みな連携を生んだ。
「おいで……幻想の竜。おおきく、おおきくなって皆を、圧倒するの」
「氷の、精。ソーニャ、の、声に、応えろ」
町からはみ出しそうな巨躯で炎を振り撒く遣いの竜の傍らを、冴えざえとした光線が駆け抜けていく。
巧みな連携で敵を追い詰めていく。
「く……ま、負けないもん……!」
あと僅か、削り切れるかと思ったその時に紡がれる回生の癒し。少女のかたちの内に響きゆく大きな回復の力を、魔女たちは感じ取る。──けれども。
「遊びはここまで。ボクをこれ以上、怒らせるなよ!」
楽しげな笑み一転、瞑らぬ片目に見せる怒りはまさに魔女の気紛れめいていた。日和の視線に乱れたリーシャの気は、行き場をなくして身の内で爆ぜる。
『幕引キマデ恙無ク。私ハソノタメニ、魔法ヲ紡ギマショウ──!』
終幕を彩る演出は、フィーの手で加速する。盛り上がる妖しい調べ、より鮮やかに影を生む光の珠。そして。
──ぽん、ぽん、ぽん……!
前衛陣を賑やかに鼓舞する虹色の爆発に、赤いフードがひらりと揺れる。
追い風受けて飛び出す獣は、雨音。
「そこにゃっ! ぷにぷにパンダパンチ、再び!」
一際力強く、命を穿った手応えがあった。パンダ姫は尻尾を振り回し、きらりと瞳を輝かせる。
「最強の魔女の座はにゃーがもらっ……にゃにゃっ!?」
「ふふ、油断は禁物だよ。その体、甘く美味しく頂いてしまおうね──」
にやり、と。指し示すレンカの杖先になぞられて、お菓子に変わってゆく体。それはもちろん幻であるのだけれど、
「あ……ああ、リーシャ、自分を食べ、ちゃった……!?」
幻惑された夢喰いの混乱とは裏腹に、自身の気力を充たしてレンカは笑う。──頭上を駆けるものがあった。
「……おやおや、出し抜かれたねえ」
壁も屋根も空も、近代の魔術師にはすべて道となる。鉱石ランプと長い耳を風に揺らし、カロンはいっそう高く跳んだ。見守る友達に微笑んで。
「油断もあきらめもしない。──さあ、この魔法で追いつくよ!」
バネ持つ脚が秒で刻むリズム。付された光が魔法を結び、リーシャを捉える。
「ど、どうして──叶うはず、だったのに。大魔女さま……ポンペリポッサ、さま……!」
失敗した魔法が術者のもとへ返る、と言われるように。
奪った力は奪い返されたのだ。ケルベロス──いや、今日ひと夜限りの、強い強い魔のものたちの手によって。
「ふえーっ、疲れたーっ!」
日和はぐーっと背伸びをひとつ──けれどその眼差しはすぐにきらきらと輝いた。
逃れた人々に安全宣言を出せば、お待ちかねの楽しいハロウィンがやってくる。
とっことっこと足取も愛らしく、人々のもとへ向かう雨音はふと振り向いて──誰にともなくぱちり、片目を瞑ってみせた。
「──さあ、次の活躍もお楽しみににゃ!」
作者:五月町 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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