冥闇の淵

作者:五月町

●雲に匿る
 少女のかんばせ、赤い紅を俯けて、先見の死神・プロノエーは恭しく客人を迎え入れた。
「お待ちしていました、ジエストル様。此度の贄となるのは──」
 問う視線に然りと頷き、ジエストルと呼ばれた客人──ドラゴンはつと身を引き、傍らの同族を示した。
 魔杖と死神の力で、この者の定命化を消し去って貰いたい。ジエストルの言葉にも、引き合わされた竜は身動ぎひとつしなかった。物問うような死神の沈黙に煩わしげに口を開く。
「死して同胞の礎となるだけのこと。それ以上に語るべきことなどない」
 小さな会釈で非礼を詫び、死神は静やかにドラゴンへ歩み寄った。
 これより行われるのは、定命化に侵された肉体の強制サルベージ。型通りの説明が済み、最後にもう一度、今度は声にしてプロノエーは問うた。
「あなたという存在は消え去り、残されるのはただの抜け殻にすぎません。──よろしいですね?」
「否はない。早くするがいい、死神の女」
 伏せる睫毛で承諾を示し、死神は手にした杖を静かに振り下ろした。

 柔らかな雲の大地に冴えざえと、青い光が線を描く。
 響くのは苦悶、苦痛。それにも眉ひとつ動かさず、ふたりは溶けゆく命を見つめていた。
 気高き魂が溶け果てた後、残されたのは──混沌。
 どろりと沸き立ちそうな皮膚、死の淵よりなお昏い闇を纏った、それでもそれは竜だった。

「サルベージは成功。この獄混死龍ノゥテウームに、定命化部分は残っておりません。ですが……」
 此度もやはり。続く言葉をみなまで言うなと視線で制し、ジエストルもまた繰り返す。
「この獄混死龍ノゥテウームはすぐに、戦場に送ろう。その代わり──」
 慎ましくも優美な一礼で、プロノエーは竜の意図を汲む。
 かくして研究は続けられていく。『完全体』の生み出されるその日まで。

●淵に立つもの
「すぐ向かえる奴はいるか? 危急の案件だ、手が空いてたら集まってくれ」
 声音に僅かに焦りが滲んでいた。グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)の急いた調子に、ケルベロスたちは追われるようにヘリオンに乗り込んでいく。
 告げられたのはドラゴンの襲撃。垂れ落ちる肉体を骨の体に引っ掛けたような姿と聞けば、否応なしに死を連想してしまう。
 獄混死龍ノゥテウーム──近頃襲撃の報が聞かれはじめた、ドラゴンの眷族だ。
「猶予がない。今から手配しても一般人の避難は間に合わん。だが、襲撃には何としても間に合わせてみせる。その後を頼みたい」
 その個体には知性はなく、これまでのドラゴンに比すれば戦闘力も低い。それでも到底安くは見積もれないことを、ケルベロスたちは経験で知っていた。全力で臨まなければならない相手だ。
 危ういその姿は全長で十メートル程度。攻撃手段は三つ、放つ度に自ら灼け崩れていくほどの激しい炎に、身に帯びる濃厚な死の気配を分け与えた毒の水。荒れ狂う牙と爪は、朽ちゆく命を埋め合わせるかのように生気を啜り取る。
 しかし、どれほど貪欲に命を奪おうとも、その竜の終わりが遠退くことはない。
「あれはもう、自分の振るう力に長く耐えきれる体じゃあない。命の刻限は八分ってところだ。それを越えれば、奴さんは自壊するしかない」
 守りを固め、抑えきれば良い訳でもない。予知の結果から、自壊する前にケルベロスが敗北すれば──或いは防戦一方の弱き存在と認識されれば、ノゥテウームは即座に狙いを逸らし、一般人の殺戮に転じると分かっている。結果は、想像もしたくない。
 攻守のバランスが重要だと結んだグアンは、ふと、独り言のように呟いた。
「……どうもな。奴さん、生まれつきあの姿だったとは考え難い。誰かの手が入ってああなったような……どうにも不自然な感じがある」
 ドラゴン勢力が敢えて生み出したとすれば、そこにはどんな真意が潜むのか。知る術は今はなく、ただ不気味さが身に迫る。
「どうにも胸に悪い依頼続きで閉口するが、奴さんらの思惑を潰せるのはケルベロスしかいない。あんた方ならきっと、無辜の人々を守れる筈だ」
 到着が告げられる。賑わいの中に暮れゆく眼下の街が、死の匂いに呑まれようとしていた。


参加者
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)
朝倉・ほのか(フォーリングレイン・e01107)
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)
黒江・カルナ(夜想・e04859)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
左潟・十郎(落果・e25634)
晦冥・弌(草枕・e45400)

■リプレイ


 ──……!
 狂おしい咆哮が地を揺らす。禍々しい竜の一暴れに呑まれようとする人々の前に、ケルベロスが降り立った。
「死にかけのドラゴンか。自滅覚悟なんてバカをやらかすからには、相当な矜持を持ってやって来たんだろう?」
 誘う挑発に虚ろな眼が返る。目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)はよく似た構図を知っていた。
「蹴散らしてやる。翔之助、ついて来い!」
 突撃に続くのは、瑞々しい生気に溢れる小竜の体当たり。その連携に気を取られた狂竜の頭上、
「Hallo──強いのがええならお相手してくれへん?」
 翼を広げた影の足元が星の光を帯びる。町並みに足場を借り、星の速さで一撃を叩きつけたキアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)が呼んだ。
「おいで、スゥ!」
 刀を手に、夜色テレビウムのスペラがキアラの軌道をなぞる。子供を抱えてへたり込む女性を抱き起こし、どうか行ってとそっと背を押して、朝倉・ほのか(フォーリングレイン・e01107)は戦場内の人々へ声を張った。
「ここは私たちケルベロスが引き受けます。皆さんは避難してください!」
 逃げゆく人々の背を見送り、レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)の殺界が戦場を包み込む。その間に、
「──戦いを始めます」
 甘くも静かな声と同時、秘めた呪詛とは裏腹の美しい軌跡を描き、斬りかかるほのか。人の悪い笑みに信を覗かせ、レンカが続く。
「ああ! Epilogの時間だぜ、ドラゴンさんよ!」
 始まりの瞬間から終わりの決まった大舞台。意の如く躍る棍が、荒れ狂う凶爪ごと敵を弾き飛ばす。
 狂竜の纏う混沌の水が渦をなす。襲いかかる濁流を真正面から受け止めた真、そして左潟・十郎(落果・e25634)。衝撃を拭うように体を覆いゆくオウガメタルが、冴えた輝きを前へ届ける。
「まるで狂戦士だ」
「ああ、物を考えて動いてる風には見えねぇ。これじゃ、まるで……」
 兵器だと呟く声に感情が隠る。共感は頷きに留め、小さな狩猟者たちを喚び寄せながら、黒江・カルナ(夜想・e04859)は敵を見据えた。
 心を得て仲間と歩む自分と、心を手放し仲間に報いる獣のなんと対照的なことか。
「──おいで」
 大きくも薄い敵影に、素早く溶ける幻術の黒猫たち。じゃれつく爪は繊細でありながら、纏う魔力で確と竜を地に縫い留める。
「メロゥ様」
「えぇ、まかせて」
 涙のない泣き顔に眸をひそめたメロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)を、励まし包み込むオウガメタル。仲間の力を醒ます輝きは、眼前の竜には最も遠いもののよう。ひどい、と零れた呟きには嫌悪も恐怖もなく、痛みが滲む。それでも、
「すぐに葬ってさしあげる。罪もない人たちを巻き込むことは、赦さない」
「ええ、道連れは要らないでしょう。楽しい休暇なら知りませんが──」
 これは死出の旅。夜空の瞳を冷たく澄ませ、紡ぐ霊力で傷を塞ぎゆきながら晦冥・弌(草枕・e45400)はさらりと告げる。
「死ぬなら旅立ちは一人でいいはずだ」
 カルナが一分を告げる。重ねた備えも臆したとは見なされなかった。孔のような両眼にケルベロスたちを捉え、竜は歯を剥く。僅かでも永く生き繋ぎ、僅かでも多く奪おうと。
 喰い破る牙にずるりと気力を啜られ、踏み留まる十郎の足が揺れる。
 装備の恩恵、仲間の術、護り手の配置。それでなおこの一撃の重さは、
「……クラッシャーか」
「Alles klar! 想定通りだったのはツイてたってトコか」
 常にそうある保証はないが、今回の予測が機能したのは確か。
「では想定通りに持ちこたえて見せようか! しもべ達よ、皆を守れ!」
 暴虐は許さない。真の声に前衛へと翔け、守りを打ち立てるドローンたち。翔之助のブレスが敵を炙る隙に、ほのかは竜の卷属をも圧倒する竜の暴威をその身に溢れさせた。
「一般の皆さんに危害は加えさせません。余所見の暇はありませんよ」
 決意は刀身へ遷り、意気軒昂に猛り狂う。与える憤怒はなくとも視線の一つすら通すまいと。
 傷を負いつつも、後衛へ加護の光を導く十郎から敵の意識を逸らすように、カルナは重力の気配も露な鎖を戦場に駆け巡らせる。
 抜殻となってなお猛る、悲壮だけれど誇りある姿を、その覚悟を、
「私には蔑むことはできません。──ですが、道を譲ることも致しません」
 交わすべき牙は、互いの誇りと絆の為に。躊躇わず引き寄せる指先に鎖は締まる。その隙に、戒めの獣たちが再び竜を繋ぎ止めた。


 四分が告げられていた。多くの術に確かに縛られながら、禍つ竜は脅威として在り続ける。
「……ったく、なんとも悪趣味なスタイリングなこって。演出家は何処のどいつだよ? 答えやしねーだろーけど!」
 この一幕の背後にある者を強く意識しながら、レンカが見据えるのはあくまで眼前の凶獣。
「旨いトコなんて残ってなさそうだけど──余さず喰らってやるよ!」
 一瞬の幻影に油断を誘い、レンカは狡猾な狼と狩人を両立する。強烈な一撃に喰われる竜を追撃するものは、敵を冷ややかな終わりへ撃ち留める氷の杭。
「……ああ、なんやこの感じ、前にも覚えがあるんよ」
 戦う意志は揺るぎなくとも、胸につきりと迫るもの。脅威への恐れとは相反する何かをキアラは思い出す。
 冴えた瞳に敵を映し、解き放つ必中の一撃。隙あらばと備えた杖が指先に躍り、見出した好機に魔法の矢を連ねていく。
 戦場を跳ね回り、盾のふたりへ交互に癒しを齎すスペラ。重ねた命中の加護が充分に機能するのを察し、メロゥは囁いた。
「一緒に行ってね。……終わらせるために」
 願いを受けとめ、鋼の生命が姿を変えた。小さな体を包み込む鎧は、それ自らが武器と化す。
 鋼の武装と妨害者の力を乗せ、一撃が襤褸めく皮膚を貫き破った。優しい心をちりと灼きながらも、メロゥはそれが竜の護りを大きく打ち崩したことを知る。
「今なら、いけるわ」
「ええ、無駄にはしません。行きましょう──その力を奪います」
 五分の経過を報せる声に、ほのかは迷わず尽きゆく生気を斬り穿ち、奪い取る。翔之助のブレスを躱した先に竜の影を待ち受けるのは、カルナの使い魔たち。打ち倒された大きな影をひとたび捉えたら、離さない。
 色鮮やかには見えずとも、敵の在り方に心を寄せる仲間の気配を聡く察して、弌は小さな吐息ひとつで霊力を杖に導いた。
 殺戮を阻まれて尚、優しい人の心に掻き傷を残していく。生き汚いのは好ましいけれど、
「君のやり方は気に入らない」
 背景も思惑も敢えての知らぬ顔で、弌はくるりと杖を躍らせた。軽やかに流れゆく気は彼の瞳の奥のように、きらきらと仲間を癒し上げる。それを、
 ──……!!
 声ならぬ雄叫びとともに盛る焔が塗り込めた。骸を内から焦がすような熱は後衛へ走る。けれども、
「……そんな、もの! 銀色の翼よ、みんなを癒せ!」
 食い止めた二人と一匹へ、真は炎を濯ぐ光を呼ぶ。負けまいと懸命な炎の呼気で対する翔之助。隣り合う相棒はいつかとは違うけれど、寄せる信頼は変わらない。
「……誰の手でこうなったか知らないが、それがドラゴンの誇りの在り方か」
 仲間を守る盾として。射線を遮り続け、最も傷深くありながら、十郎は鼓舞する煙幕に抱えきれない思いを溢す。
「命ってのは、こんな使い方をするもんじゃなかろうに」
 思いを同じく、キアラは跳ぶ足に連れる力を高めた。自ら望んだのか、誰かが勝手に作ったのかは未だ見えない。けれど、
「君にも、君をそうした存在にも正直……怒っとるよ」
 狂竜の胴に突き刺さる箒星の光は、澄んだ瞳に密やかに燃える憤りを照らし出す。
 本人の意思がどうあったのかは知る由もない。けれど二人には、あまりにおぞましい変貌であったのだ。自分の身に重ねても──仲間に置き換えれば、尚更に。
「ああ、派手に散りてーなら、こんな姿にならなくてもオレ達が相手してやるぜ?」
 レンカのヌンチャクが風を切る。咆哮が揺らす大気にも怖じけず、スペラは勇ましい背に回復を贈った。
 一秒一秒、命から離れゆく肉体をその瞳に映すたび、メロゥの思考はどうしても竜へ傾いていく。
「何を成そうとしているの? こんな姿になってまで──」
 呟きが光に融ける。強く憐れな竜を取り巻く星群の煌めき。かたわれのメロゥの放つ光に喚ばれ、彼方に輝くは対の星。
 信念に。譲れぬものに。思い馳せても尚、護るものは変わらないから。
「それでも、通さないわ。……星よ、星よ──どうか、ひかりあれ」
 さよならを告げて翔る星が、死にゆくものを捉えて弾けた。
 鮮烈な光が敵の挙動を縛り、ぎこちなく身を震わす狂竜を前に、雪のような肌をうっすらと昂揚させて弌が微笑む。
「ええ、道連れなんてあげませんし、先輩達も倒れませんよ。ぼくがついてるんですから!」
 風のように軽く躍る杖に、華奢な体から湧きあがる蒼の霊気。少年と敵とを隔てる仲間を目指し、駆け抜けるエクトプラズム。
 残りは三分。苛む炎と封印にあと僅か、抗い抜く力がケルベロスの身の内に燃えていた。


 ──……!!
 みしみしと空気が乢む。軋む。ひとたびは攻撃の目を喪った狂竜が、力を振り絞る。
「来ます、みなさん備えて!」
 警戒を叫ぶ弌に、真と翔之助、そして十郎が逸早く反応する。混沌の色をなす泥流が凶竜の周囲に積み上がり、勢いを殺さぬままにケルベロスたちへ襲いかかる。
「っ、ほのか!」
「──躱してくれ!」
 二人と一匹で削ぎ切れなかった流れの一端が、鉄砲水のように仲間へ向かう。ほのかは涼しい眼差しのまま、真正面から濁流に刀を抜いた。
「……たとえ水であれ。斬れないものなど……!」
 呪詛伝う『長門』の一閃が、流れを割り泥へと還す。直撃を免れた安堵にも気を緩めることなく、真は頼もしげに口の端を上げた。
「オレ達も行くぞ、翔之助!」
 自壊の一瞬は迫っている。総攻撃まであと一手、華やかに咲かせるのは七色の爆風。追い風を得て突撃する小さな竜、力を増したレンカの獣腕も、荒々しく敵の尾を抉り切った。
 最後まで盾として在るために。守り続けた自身の足を支える癒術を、十郎が紡ぐ。指先に生まれた光があと僅かの猶予を自身に与えれば、
「真さんはぼくに任せて!」
 弌が不敵に笑う。翳した杖の先から弌へ、そして真へ、大自然から分け得たひとつなぎの霊力が真を支える。感謝を告げる眼差しに、警告も忘れない。
「でも気をつけて、消えないダメージももう少なくないからね」
「ああ、分かってる」
 スペラの風が心地よく翔之助を擽っていく。撫でるような所作から招いた銃口で、カルナは威嚇する凶竜を指し示した。
 いかなる選択があったのか。自己犠牲や矜持がそこになかったと、言える者今はない。けれど、人々の命と希望を護ると自分は決めたから。
「闇は此処に、撃ち払いましょう」
 冴えた光が貫く先から、命が零れ落ちていく。力が失われていく。今、と翻った眼差しにキアラは頷き、杖の先に狂竜を捉えた。
 誇りはあるのだろう。目の前に立ち塞がる、キアラにとって倒すべき命にも、同様に。自身の命すら踏みにじり、それでも叶えなければならない宿願が──きっと。
「……けど、最後は自滅やなんて」
 倒したい相手だ。それでも、そんな終わりは赦さない。握る手に籠もる感情が光を結び、縒り上げられて矢と化した。
「そうなる前に、うちらが──ケルベロスが終わらしたげる!」
 光の雨が竜を穿つ。朽ちかけた命の最期の輝きを、明るみの中へ引き出すように。
 腕をなぞれば、指先で愛らしい家族の姿をとる親愛の杖。つぶらな眼差しに願いを託し、メロゥは敵へ解き放つ。恐怖を煽る映画の化物のような、
「そんな悲しい終わりにはさせない。……あなたたちの好きにはさせないわ」
 生死の境、冥き闇の淵に佇むものを、溢れ零れるメロゥの想いを預かったファミリアが射抜く。
「残り、二分。──ですが」
 鳴り響くアラーム。時を告げるカルナの声はひたと静かに、祈りの響きを帯びていた。盾たる二人と折り重なる戒め、背を預かる治癒の力に火力は守られ、狙撃手たちは敵に二撃を通す余地を幾度も得た。苛烈な終幕の気配は確かにそこに在る。
「ああ! 終わらせようとも、絶対に!」
 命の果てに暴虐を押し付けようというのなら、阻み許さぬことも此方の勝手。身を打つ敵意をふわりと躱し、僅かな皮膚を透かす熱を溜め込む竜目掛け、真は跳んだ。
「これ以上、勝手はさせない。──破ッ!」
 付き従う影すら遅く感じる一閃。地に臥した竜の頭上を覆う影はレンカ。
「見るも無残な姿になりながら、心意気だけは誇らしく散ろうってんだろ? 勝手に舞台から下りるだなんて、興ざめな事はしてくれるなよ」
 そんな終わりじゃ締まらない。体の一部のように棍は躍り、指し示す天から一息に竜の頭蓋を打ち砕いた。
「Zugabeは要らないぜ! ほのか──」
「ええ、一気に畳み掛けます!」
 命と誇り。どちらかしか守れないとしても──それでも自分は両方に手を伸ばす。
「殺戮に興じて、誇り高くあれるはずがない。竜の誇りを抱いたまま、戦いの中で散りなさい!」
 ──……!
 繰り出せない攻撃の代わりに響いたものは答えか、それとも。答えなき竜の前に、十郎は立ちはだかる。ゆらりと揺れた影から出ずる狼の群れ──この星の営みの一角を担う獣の猛りが、狂える竜を喰らい尽くしていく。
「……お前の誇りの在り処を知りたかったよ」
 背後に蠢く思惑を知れぬまま。けれど、命すら擲たせた何かの正体に、いつかは辿り着こうと。
 塞ぎ続けた射線を油断ない動きで通す。それは、終幕を担うふたりのため。
「道連れも供物もありません。……此処に散るは、唯一つ」
 掬うように持ち上げたカルナの掌が、しなやかな黒猫たちを再び招く。足音もなく影に融ける使い魔たちが、主の心のまま、残り僅かの生に踏みとどまろうとする脚に追い縋る。それは許さない。
 私情も怒りも眼差しに沈め、キアラは狭い空へ翼を広げた。感情の熱を心に吸い込ませたら、残るは氷の静寂。──絶対零度の一撃に籠め、解き放つ。
「君のかけた命、うちらがちゃんと受け止めるから……おやすみ」
 ──……! ──、……。
 音にならない断末魔が、体とともに崩壊していく。

「もう、だいじょうぶよ」
 指先まで伸びていた鋼色の命に慈しむように語りかけ、メロゥは現れた華奢な指先で、臆することなく骸に触れた。
「……いつか、知るときがくるのかしら」
 醜悪な姿の訳を、荒れ狂う暴威の理由を。それはきっと、かなしいものであった気がするのだけれど。
 今は、と蜜色の瞳を伏せて、メロゥは仲間の告げた最後のことばを繰り返す。──おやすみなさい、と。
 見上げる街は金色の夕暮れ。ひとり、ふたりと戻り来る無辜のいのちの気配が、ケルベロスたちの眼差しを溶かしていった。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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