幹の誕生日~虹色ソーサラーズ・マーケット~

作者:五月町

●キミのてのひらに魔法を!
「今年も『けやき公園クリエイターズマーケット』の季節が来たわけなんだけどさ」
 去年と同じ、秋晴れの空を頭上に掲げるヘリポートの片隅で。茅森・幹(紅玉・en0226)は零れ落ちそうな好奇心に輝く瞳を仲間たちに向けた。
「今年のテーマは『魔法』なんだって。そんなの絶対、面白いに決まってる!」
 大きな公園に集まった手作り作家たちが、手がけた品を自由に売り出すフリーマーケット。持ち込まれる品は十人十色、しかしひとつだけ共通点がある。定められたテーマに沿った品であることだ。
 グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)はふむ、と首を捻った。
「常ならん力に日頃触れてるお前さん達でも、魔法って響きには浮き立つんだなぁ」
「そりゃあもう! だってさ、魔法『めいた』、曰く『ありげな』ものを売るんだよ。世界のどこにも……ううん、知らないだれかの頭の中にしかなかったものが、形になって市場に並ぶんだ」
 たとえば、陽の光の届かない洞窟の奥からこっそり掘り出したという、輝く鉱石のかけらを光源にしたランプ。虹の橋を物干しにしたら、七色に染まってしまったと謳われる淡いショール、星のビーズで織り上げた美しいリボン。
 銀や水色に透き通る妖精羽の羽ペン。うすあかりにだけ浮かび上がる不思議なインクに、水にふうわり蕩ける霧の箋紙。不思議な文具はとっておきの秘密を綴れそう。
 悪さをする妖しげな金属の植物は、試験管に封じて鑑賞用にされている。銀の枝葉に宝石を咲かせる植物は時を止めて髪飾りに──けれど、欲に触れれば枯れてしまうという噂。
 魔法で撃ち落とした星を砕いて作ったらしい光る飴、不意打ち注意の夕陽色の綿雲を棒に絡めたあまい菓子。閉じ込めた雷がぱちん! と舌の上で爆ぜるのだ。
 束ね売りの薬草は魔女の妙薬のためのもの──まあ、スープやシチューの煮込みに使ったって構わないし、心緩ますお茶にもなるそうだけれど。
「ね? どこかに本物が紛れてたっておかしくないよ。もしかしたら全部本物かも」
 眉唾と一笑に付せばそれで終わり。けれど夢見れば、世界はどこまでも眩しい魔法を帯びるから。
「ねえ、よかったら皆も付き合ってくれないかな。どんな魔法を見つけたか、今年も俺に教えてよ」
 土産話の誕生日プレゼントを、今年も皆からどっさり貰うつもりなんだ、と。
 二十歳の前の日、ちゃっかりものは一年分だけ大人びた顔で笑ったのだった。


■リプレイ


「見て! 魔法の市場です!」
「こんなに種類があって、キラキラなんじゃな!」
 愉しげに羽戦くステラの手を取り、魔女めいた装いでくるり回るロゼ。はしゃぐ想い人を優しく季由が見守る間にも、魔法は一行を魅了しにかかる。
 水織りのショールは水精たるステラ、陽の欠片のピアスはあぽろ。季由とミコトには猫の国の月の鈴。心捉える煌めきを親愛なる仲間に喩えれば、
「のあー、めっちゃきれい!」
「へへ、似合うかロゼ!」
 誇らしげなあぽろにこれもこれもとステラが差し出したのは、燃える魔石。色移りゆく鏡の不思議はロゼへ、そして、
(「俺とロゼはどんな風に見えるんだろう」)
 従者のように彼女に寄り添う季由には、愛を語る魔法の詩集がぴったりだ。
「俺はロゼが選んでくれた鈴を買う。ミコトとお揃いだ」
「綺麗な物に妖しい物ばかりだ! ……ん、魔女の秘薬? ──買った!」
 あぽろが覗き込む瓶の中、真っ赤な苺味の飴の中に揺れる葡萄の波──と思われたそれは魔女の妙味であるらしい。
 口許にあーんと運ばれたステラは、溢れる元気にぐっと両手を突き上げた。姉妹のような二人に、季由はひっそり笑み溢す。
「このニンファエアはこれにするのじゃ。一瞬の青から生まれる魔力ゆえ、ひとつとして同じものはないのじゃよー!」
 一揃いの瓶を満たす香りはまた異なる草花のもの。何をするかは勿論、秘密だ。
「おや、枯れるのを忘れた薔薇の魔女のお出ましだ!」
「薔薇のランプなんてお洒落だな! ロゼらしい」
 虹色に咲き照らす薔薇をそっと抱き上げ微笑む娘へ、
「あげる。君の歌の彩になれたら、俺は嬉しいよ」
 秘めた想いでマイクを彩るもう一輪の魔法の薔薇は、季由の手から。
「ありがとう! これを付け、絢爛の歌を咲かせます!」
 魔法のように、世界を彩る歌を。
 誓い響く空へ、雲行き告げる硝子を翳してあぽろは笑った。
 結晶のお告げは『晴天』だ。いま咲き誇る仲間の笑顔のように。
「……ふむ、これは皆への土産に良さそうだ」
 片隅に並ぶのは、空の七色を溶かした飴に、魔法文字を刻んだクッキー。幸福を呼ぶ品を探す道すがら、稜は仲間を思って微笑む。幹への祝いにもお誂え向きだ。
「魔法のお菓子、不思議がいっぱいで気になっちゃうよね! ……と、あれはっ」
 幸福と幸運を齎す虹色硝子の四葉のクローバーを見つけ、ただでさえやる気満々の黄色のテンションも急上昇。
 生まれた日を経て得た選択肢を愉しげに並べ語り、円とコマキは魔術世界へ幹を誘う。贈られた品は荘厳な魔導書の写しと、鹿角と黒檀に彩られた魔術ナイフ。
「読んでるだけでもオカルト感満々だよ!」
「普通にも使えるから、気軽な開運グッズ程度に考えて頂戴な」
 丸めた目が忙しなく瞬く前へ、魔女たちは仕上げのサプライズを打ち上げる。
「「せーのっ、『ハッピーバースディ』!」」
 祝福の光文字と花弁が空に躍る。知るも知らぬも周囲から沸き上がる拍手に、幹は照れていた――盛大に。

 先行く三角帽がぴょこんと跳ねる。魔法の杖より昇る煙を目印に、千歳は鈴のもとへ。
「見つけてくれてありがとうね、鈴。幹、ハタチになったんでしょう?」
 フラスコ瓶を満たす透明の液体は、
「千歳ちゃんから、ってことは……足元がふわふわ、くらくらしちゃう秘薬?」
「ふふ、そうよ」
 夕暮れに翳せば黄金に染まりゆく、金木犀の美酒。やっぱり! と喜ぶ幹に、かち合う揃いのフラスコの音が祝いを告げる。
「ところで、その袋は?」
「これはね……」
 二つ並んだ含み笑いに、鈴に招かれたグアンはうっと固まった。長寿の酒と謳われるその逸品は――竜の鱗酒!


 今年もおひとり参戦の互いににやり、フィーと幹は出会い頭に戦果を教え合う。
「まさかフィーちゃん、早くも一回りしてきたとか!?」
「まだまだ! 今回は去年に輪をかけて大変だよ、時間が幾らあっても足りないって!」
 それでもほら見てと教えてくれるのは、七色秘薬を使い馴らす彼女らしい品。一つの同じ彩もなく、光と熱にゆらり揺らぐ虹の小瓶たち。
「……やっぱ、七つ必要かなー。かなー……」
「わかるわかる」
 拘りと懐との責ぎ合いに共感する幹へ、分厚い包みとおめでとうを残し、赤ずきんは風のように駆けていく。大慌てのありがとうに、朗らかな笑顔が翻った。
 賑わいを懐かしみながら、エトヴァはどこか複雑そうなグアンの手許、小竜の翼を軸としたペンを覗き込む。
「……何となくだが、翼の根本が疼くような気がしてな」
「ふむ、相当の猛者が得たものでショウカ」
 一方で青年のお目当ては、猫を愛する家族への贈り物。三つ又の使い魔を象った砂糖壺に輝いた瞳は、思いがけない魔女のスパイスの香に瞬きもして。
「家族に贈るんだろう? お前さんが選んだものをこそ喜ぶだろうよ」
「ええ、これは素敵デス」
 静かな頬に淡い感情を認め、諭す男も微かに笑ってみせた。

「これなんてどうだろう?」
 木目美しい梨の木のペーパーナイフは、小人の護身具であるらしい。
 束に嵌まった鉱石に誰かを重ねる十郎に、同じ誰かを浮かべた夜も素敵だね、と静かに笑う。
 ならばと巡らせた星色の眼差しは、小人の盾の上。滑らかな革を重ねた丁寧なつくり、掌ほどの小人たちには十分な大きさ。人の身には短剣の鞘として、或いは眼鏡でもと言われれば、十郎も成程と口の端を上げた。
 言祝ぐ声の主らを見つけ、照れ笑う幹は小人の品に目を輝かせる。
「良い仲間を引き寄せるそうだ」
「そう、そして、冒険者が仲間を引き寄せるには酒場がセオリーだ」
 祝いに今度、飲みにいこうか。気取りのない誘いは、また一つ大人へ引き上げてくれる気がして。
「喜んで! うわあ、楽しみすぎるっ」
「ああ、任せて。……十郎はノンアルコールでね?」
「……勿論、ジュースですとも」
 瞑った片目ににやり返す、心許した応酬。幹も思わず破顔する。──石の魔法は完璧だ、大人びたこの交わりに仲間入りできるのなら!

「今や本当に魔術を使って戦う存在になりましたからね。人生は判らないものです」
「そうだね。魔法の雑貨、か……あ、これとか良さそう」
「一角獣の水晶? 綺麗ですね……!」
 いとけない頃を思い返す和希とアンセルム。ふと手に取ったそれは、誰かの傍らで歌い続けるため、幻獣が変じた歌い水晶──そんな曰くが世界を変える。
「私は『運命の赤い糸で織った飾り紐』です! ふふ、一応女の子としては気になりました!」
 物理系でも、身の回りを魔法で一つ飾ることくらいなら。この赤で靴を彩れば、素敵なものに導いてくれるかもしれないと環は微笑む。もしかしたら、この彩にも片端が結ばれていたのかも……?
「なぁるほど。良い出会いがあるといいね?」
「素敵なご縁がありますように。おや、これは……?」
 微笑む和希の手にしたものは、錬金術師と魔術師の合作になる護符。妖しくも美しい魔法金属の光彩に惹かれ買い求めれば、
「ははー……すごく奥が深いです」
 護符と言えば和紙に墨ではないらしい。環の感嘆が風に攫われていく。

 ――さてご覧に入れたるは、世にも珍しい青薔薇の香!
 擽る薫香に笑み含み、レンカは滔々と謂れを語る。
 花弁が抱くは夢の魔法。香りに誘い出された類い稀なる吉夢は、あまりの幸福に目覚めを忘れる程……、
「レンカちゃんが謳うとロマンもスリルも倍だね」
「だろ? 魔法はこうでなくちゃ。オレが第二の茨姫になっちまったら、王子でも連れてきてくれよ」
 勿論と請け合って、でもさ、と幹はにやり笑う。──姫への道を切り拓く王子も、キミにはきっと似合いそう。
「おや、お目当ては探し出せたみてえだな」
「まだまだだよ! 眠堂くんはこれから?」
「ああ、ついてっていいか? お前と居ると……」
 良いもん見つけられそうで。数多の魔法の中、眠堂の言の葉も魔力を持つ。責任重大だ、と笑い嘯く幹の耳に照れが覗いたのも、きっとそのせいだ。
「ん……これは、ガラスペン?」
 波紋刻んだ軸の底、綾めく花の澱を持つ硝子の筆記具。籠めたるは森の魔女の夢──いつかいつか、花降る湖が還るようにと。
「うわー……きれいだね」
「鉱石ランプと揃いだな。ほら、祝いの一つもさせてくれよ」
 願い籠る対の品に、幹はありがとと頬掻き笑う。――良き縁ならたった今、早速ここへ舞い込んだばかり。


 魔法の傍らに在るもの、近づき識ろうとするもの。二人は肩を並べ、魔法市へ踏み入れる。
 夜光花の種に夢見る星の海は、よく手入れされたレッドレークの畑にきっと根付くだろう。クローネはふと唇を緩め、
「こっちのは……時間が経つと色が変わる、夜明けの魔法茶、だって」
「早起きして一緒に飲んだら、一層楽しそうだ!」
 暁にカップを並べ過ごすのもいいと笑い行けば、噂に聞く綿雲の菓子売りに辿り着く。食べてみるかと求めた青年は、一口めを躊躇った。
「雷が閉じ込められているとか……ショートしてしまわないか若干心配だが」
「レッドがショートしちゃうのは、困るな。……呪いの類はお姫様の口付けで治ると聞くけれども」
 治せるだろうかと首傾げる娘に、
「く、口付け!?」
 ある意味悪化してしまいそうだ。熱持つ顔を扇ぎつつ、レッドレークは照れ笑う。──それでももしものその時は、俺の『お姫様』が癒してくれる。
 心に星、花に魔術。それらの結晶で手掛けたと謳う飾りもの屋の店先で、あかりと幹は魔法の煌めきに見入っていた。
 いつも素敵な髪型だから、と率直な賛辞には照れ隠しの笑み。
「うん、好きなんだ、こーいうの。ほら、これとかどう?」
 秋に染まるため、木々が溢し落とした今年の緑の結晶。赤毛に映えるバレッタと交換に少女が翳すのは、ペテルギウスの輝きを分かたれた紅玉のピン。
 星に重ねたイメージは仕舞ったまま、瞳や花に似合いだと少女は告げる。
「お誕生日のお祝いと、スケートの手ほどきのお礼も兼ねて、かな」
 妹に貰うってこんな気持ちかなあ、と幹は贈られた星を前髪へ。
「大事にするよ、ありがとう」

 鹵獲魔法を操った頃を思いつつ、マサムネはあらゆる階層の陽光を固めたという飴を空に透かし見た。
 身を彩れるほどの輝きに、手掛けた魔法の手。この刺激はきっと歌にも生きるだろう。
「歌もまた、魔法か。形に残らぬが、触れた人の心に何か残すのだろうな」
 後ろを行く千梨は、品から品へ移りゆく皆の興味を愉しむ風情。
「へえ、クリムは妖精好きなの? いいもの見つけたねえ」
 幸運の徴を封じた札を栞に選んだクリム。マサムネの賛辞に、四葉の編み手を象る飾りを示し微笑んだ。──妖精は、魔術に触れる者の友。
「実は俺も妖精なんだ。さあ、大好きな妖精さんに何か奢ろう」
「魔方陣タルトクッキー? うーん、フォトジェニックの香りがするよ」
「いいよ、買って来よう」
 妖精耳アピールについ笑み溢し、クリムは幸福の菓子を買い求めた。所長の自然体には敵わない。
「こんなものを見つけたぞ。自分でたべるのは少しこわいので、所長どのにご馳走しよう」
「なになに、……ほっぺたが滑り落ちて夜な夜な歩き回るようになるほど美味しいお饅頭?」
 逃げた頬の捕獲は任せろと胸を張るルイーゼに笑いつつ、千梨は思う。自分の土産はこの菓子と、思い出だけで充分だ。
 人々の笑い声の中、どこか自信なさげなユウマは、
「自分、こういったイベントには慣れてなくて……」
「そうなんだ? 俺にはちゃんと楽しみ方を知ってるように見えるよ」
「そ、そうですか……?」
 弱気な笑みに、自信持ってよと幹は背を押す。
 慣れぬ賑わい、彼方此方から手招く千の魔法に、目も心も奪われる心地。これをロマンと呼ぶのだと、溢す吐息があるのだからと笑って。
「ねえ幹ちゃん、大人になったって実感、わく?」
「全然! 小さい頃はもっと大人だと思ってたのになあ」
 ヴィヴィアンの問いに眉下げて笑う幹に、
「これで酒解禁、か?」
 その失敗は早い内にと、実体験に基づきそうな鬼人の忠告を神妙に受け取り、幹は感謝の笑顔で人波に消える。
 そして二人は、絵本の具現めいた市へ。まるで子供の夢心地、
「なんだかどきどきしちゃうよね。あ、このマグカップ可愛い! ほら、あったかいのを入れると……夜から昼になるんだって!」
 晴れる夜闇の中から浮かび上がる使い魔に、鬼人の目も輝く。
「お、本当だ! こういった変わった仕掛けの有るもん、好きだな」
 お二人さんにぴったりだと店員の太鼓判。
「ふふ、これで鬼人の淹れてくれた珈琲を飲むの楽しみだなあ♪」
「ん? なら、魔法と心を込めなきゃな」
 一滴一滴に染み渡るように──二人の時間よ、ゆっくり過ぎよと。


「アラタは魔法使い秘蔵のコレクション……何でも美味しくしちゃうスプーン、のネックレス」
「きゃー! 何と!? 素敵だ♪ メロゥのは?」
 星屑リボンの魅了にかかり、時を止めた花たちの神秘は友によく似合う。そこに妖精の翅ペンも添え、きらめく笑顔のアラタ。
「なあ幹、何か選んでくれないか?」
「喜んで! そうだなあ、厨房の魔法使いには……」
 幼い魔法使いが夢で収穫した、お砂糖流れ星の詰め合わせなど。シャンパンにラムにブランデー、香りだけは大人を味わうための。
 お返しに贈られた隕鉄の鏃持つ筆記具に目を輝かせる幹の傍ら、異国の市のようだと顔色変えぬ律はかえって魔法の品にも馴染むようだ。胡散臭いと評された勲は苦笑い。
 さりとて、深海の虹に染む盃に、古の怪鳥の卵で創られたランプ。躍る心に浮かぶ顔、壮年の野郎にもこの空気は頂ける。
 そんな彼も、小さな淑女の目利きぶりには舌を巻いた。
 遠見の力与う魔眼の指環は勲、名高き賢者の魔力分かつピンブローチは律へ。
「中原を小人達と駈けし、偉大な魔法使いの杖を模したもの……ですか。成程」
 品に柔く灯る熱は、秘めし逸話と想いの魔法。価値の返礼に、律はメロゥの頭上へ甘やかな桃色の霧を呼ぶ。
 薔薇にシュガースパイス、月光の粉。恋人達を祝福する魔法と聞けば、淑女の頬も魔法にかかる。
「夢なぞ枯渇しきった面してるが、いい魔法見つけてくるじゃねえか」
「えぇ、夢の集う場所で不適切な単語を消す魔法があればなお良いんですがね」
「……お前それ遠回しに黙れって言ってる?」
 静かに咲いた火花が燃え上がる前に、まーまーと割り入る幹は笑いを堪えるのに必死だ。
「茅森さんのそれは……燈す楽しみがありますね。今日得た楽しみが貴方の財になるでしょう」
 揺れる水灯りを仕舞う、輝夜姫も手にできなかった守り袋。静かで荘厳な律の言葉はまるで、
「魔法使いの予言みたいだ。ありがと皆、宝物にする!」
 袋の中の揺らめきが強度を増した──気がしたのも、今日の日の魔法だろうか。
「なあ勲、夕陽色の綿雲が食べたいから買って! 皆で、雷の味見がしたいんだ」
「う、わ。気をつけて、これ思ったより容赦ないよ!」
 雷撃が過ぎれば、雨後の空の様に心が晴れるだろうと笑う男には、にっと歯を見せる。
「まーね、勲くんの拳みたいに?」
 くすり綻んだメロゥがくれた口直しは、空から溢れた虹の甘露。その甘みも仲間の笑顔も、幹にとっては佳き日の贈り物だ。
 月夜の青を秘めた神秘的な水晶を見留めて、リューディガーは眼差しを和らげた。
「美しい夜空を永遠のものにするために封じ込めた……か」
 想いと夢が現にかたちを結ぶ奇跡。それをこそ、人は魔法と呼ぶのかもしれない。語る先輩に、エリオットは自身の見つけた魔法を報せる。
「こちらは乙女を守護する天使が宿った、薔薇のお守りなのだそうです」
 天使の加護と時を得て、水晶の殻に堅く護られた花。身につけた乙女の危機を察すれば、宿った天使が聖なる歌声で退ける──なんだか防犯ブザーのようで可笑しくなりつつも、
「……でも、最近の事件のこともありますし」
 虐げられた娘たちにも天使の加護を。祈るエリオットに頷いて、リューディガーも愛しい妻へと一つを手に取った。

 専門外ゆえにこそ躍る心のまま、朝希は輝く瞳で幻惑を受け止める。
 秘伝を宿す一綴りの書、心凪がせる妖精の香──よりも心躍ったものは、この世のものとは思われぬ仮面。
 妖しき強者の箔を纏えば、番犬の威もかくあらん。奇しき空気、声なき声に招かれるままあてがうだけで、世界は色を変える。
「そこな姫林檎の射手殿──解けない魔法を掛けて差し上げましょう」
「うわ、誰!? ……って、朝希くん!」
 装う声で紡ぐ祝い歌には、魔法。きらきらと輝く明日を想起するような。
 笑顔の魔法は伝播する。跳ね返った術は、仮面をずらした術者にもしっかり掛かってしまうのだ。
 ――そんなふうに、きららかな手と心が織り上げたものたちは曰くを纏い、市に並び、渡る先々に語られてやっと完成していく。
 それは歓喜、祝福、千々の想いに溢れた魔法なのだろう。実感を持つ澄香の言葉に、幹はそうだねと頷いた。
「そんな品に、キミならどんな思いを混ぜるのかな」
「『喜んでほしい』、かな」
 喜ばれることを学びたい。だから今は、この市を報せた幹が今日、欲しいものを。幹は目を見開いて、思わず笑み零れる。
「こんな嬉しい練習台、なかなかないよ!」
 選ばれた幸いを満面の笑みで受け取って、魔法の日は暮れていく。
 思いがけず心を満たす、言の葉や魔法たち。関わり合う数多の人に魅了されたまま。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月22日
難度:易しい
参加:36人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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