月夜枯れ

作者:崎田航輝

 月が目覚める藍の夜にも、夏の香りは消えゆかない。
 風は静やかで、その涼しさに梅雨をも思い出させる。それでも空から露が降っていたその時期はもう遠い昔で、雨季に旬を迎えた花は夏枯れを待つばかりだった。
 自然の美しい散歩道で、空に翠の茎を伸ばすその花も風前の灯。
 それは今も真っ直ぐに子供の背丈程の茎で立っている。淡い薄紅に臙脂を墨引いた花弁も閉じもせず、落ちもせず、美しさを保っていた。
 それでも命の旺盛を過ぎた花弁は、淋しげに微かに頭を垂れる。葉の緑も露濡れていた頃の面影には乏しく、今では蝶も止まらなかった。
 立葵──梅雨葵の別名を持つその花は、梅雨が明けると共に花の季節が終わるという。
 謂れの通り、この道に残るのもたった数輪。株の寿命も今年で終わるならば、恐らくもう咲くことは無い。深まった夏の夜風に、それでも最期まで美しく咲き誇ろうと、梅雨葵は精一杯の花色を見せていた。
 けれど、花を見舞うのは夏風ばかりではない。
 月に煌く小さなものが、ひらりと舞い降りてきていた。花粉にも似たそれは、しかし自然の営みからは外れた命を立葵に授ける。
 瞬間、鳴動。
 終わりを待つだけだった花は、風のせいではなく自らの力で動き出していた。夜道の散歩に洒落込む人を見つければ、異形となって襲いかかる。
 人の命を喰らい、赤く濡れる梅雨葵。
 咲き狂う花は梅雨も夏枯れも置き去りにして、異形の生命力に満ち満ちていく。

「もう少しで自然に還るところだったのね」
 煌々と煌く月を見つめながら、八柳・蜂(械蜂・e00563)は微かな憂いのある声を零す。
 ほんの少し先の未来に起きる悲劇。その一部始終を聞いた蜂に、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は頷きを見せる。
「ですが攻性植物となってしまった以上は──僕達が倒さない限り、死ぬことはありません。そしてそうしない限り、多くの人が犠牲になってしまうでしょう」
 ヘリポートに吹く夜風も、夏の匂いを含んだ涼しさを持っている。
 冷えた灰色の髪を緩く揺らしながら、蜂はその話を聞いていた。
「場所は、大阪でしたね」
「ええ。爆殖核爆砕戦の結果によって、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き出している……その流れの事件の一つでしょう」
「大阪の攻性植物は、まだまだ動いているんですね」
 蜂は分からないくらいに首を傾ける。
 イマジネイターは力を込めて頷いた。
「ええ。確実に討伐をして、何とか抵抗をしていきたいところです。この戦いの一つ一つが、敵の侵攻を阻止していくことに繋がりますから」
 敵が出現するのは道の一角。散歩道としても使われる自然の多い風景だ。
 夜ではあるが、そこを歩いているものもいる。道の端から這い出た攻性植物は、そんな人々を襲おうとするだろう。
「ただ、今回は警察消防の協力で避難が行われます。こちらが戦場に入る頃には丁度周囲の人々の退避も終わっていることと思います」
「花を倒すことに集中すれば、いいんですね」
「ええ。敵を見つけ次第、戦闘を仕掛けて打ち倒してください」
 イマジネイターは蜂に頷いて言った。
 蜂は歩み出しながらぽつりと呟く。
「花、綺麗なままに終われたらよかったのに、ね」
「……そうですね。残っていた立葵は、全て攻性植物になってしまいました。だから倒してしまえばもう、残骸も残らないかも知れません」
 あの月に、空に向かって真っ直ぐに伸びていた花は、少なくともその場所にはもうない。
「それでもまた、別の命が芽吹くでしょう。来年には新しい立葵があるかも知れません。そんな風景も、そして人々も護るために。ぜひ、異形となってしまった花の討伐をお願いしますね」


参加者
日咲・由(ベネノモルタル・e00156)
八柳・蜂(械蜂・e00563)
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
ラスキス・リアディオ(ルヴナンの讃美・e15053)
ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)
アシュリー・ハービンジャー(ヴァンガードメイデン・e33253)

■リプレイ

●夜へ
 宵の冷えた空気は透明で、月光を遮らずに地へ届ける。
 自然に囲まれた散歩道。
 青の瞳に月を映すラスキス・リアディオ(ルヴナンの讃美・e15053)は、狂月病が内で騒ぐのを感じた。
 こんな日は月に焦がれてしまう──あの花達のように。
「花達も、月を望むだけで静かに終われたならよかったのに」
「でも現実は不死の命を得てしまった、か」
 ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)は月の遥か下方、前に視線を注いでいた。
 道の中央。そこに背の高い花が蠢いている。
 立葵の攻性植物。妖しい生命によって死を免れたそれは、這い、流動して前進していた。
 ヴィルベルは観察するように見つめる。
「珍しく人にくっついていないのは、初心な産まれたてだからかな? それとも文字通り、最後に一花咲かせようってだけなのかな」
「後者なら、叶いつつあるのかも知れません。それくらい……あの花は綺麗です」
 アシュリー・ハービンジャー(ヴァンガードメイデン・e33253)は、立葵の花弁を見て息を呑んでいた。
 咲き誇る花の、なんと鮮やかな事か。
 けれどアシュリーは、直後には目を伏せる。
 ──そして散り際を歪められたモノの、なんと醜い事か、と。
「かつては美しい姿で、人々を楽しませていたのでしょう。けれど……潔さを忘れさせられたこの花は、余りにも醜悪だ」
「そうだな。綺麗に咲いても……ああして攻性植物になっちまえば台無しだ」
 草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)も、快活な声音を微かに翳らせる。思うのはもうずっと前の戦いだ。
「あの大阪での一戦は、まだ終わっちゃいねえってことなんだな……」
「けれど、人に手をかけていないあれはまだ、きっと“綺麗な花”」
 オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)は、夜にそっと優美な声を落とす。
 そして自然に歩み出すように距離を詰め始めた。
「そして綺麗なままで終われるかどうかは私たち次第。だから行きましょう?」
 言って、ついと横へ視線をやる。
「花にも、あなたにもしっかり報いるから。さあ。仕事よ、蜂」
「ええ。オルタさん」
 頷くのは八柳・蜂(械蜂・e00563)。声音は静か、だがその手に握られた鎖には既に、左腕から零れる紫の獄炎が揺ら揺らと滲んでいた。
 瞬間、蜂の攻勢は迅速。
 文字通り蜂が刺すように鋭く鎖を飛ばし、中衛の1体の葉を貫く。そのまま止めずに鎖に曲線を描かせ、茎を締めて拘束した。
「引き寄せます。そこへ追撃を」
「ベストタイミングですね。アタシが行きましょう」
 そう声を響かせるのは、地を蹴って跳躍していたチャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)だ。
 夜風にタイを靡かせて、宙でバランスを取って翻ると、後は無造作に一撃。蜂が引っ張った立葵に跳び蹴りを打ち込んで、花弁の一片をひしゃげさせていく。
 すると花達も敵意を露わにして、前衛の2体が蔓を飛ばしてきた。
 が、そこには視線を交わした蜂とオルテンシアがふわりと跳び、二撃を防御する。
 軽やかに舞い降りたオルテンシアは、真っ白なカードをそっと掲げて超常の業を具現。まずはヴィルベルに破魔の力を宿らせる。
 2人を癒やすのは、そのヴィルベル。魔導書の詩篇から空と光の一節を開き、雷光の壁を生成して前衛を回復、防護した。
「とりあえずは、これで持ち堪えられそうだね」
「んふふ、ならお姉さんはみんなの態勢を整えておくねぇ~」
 どこかふんわりした言葉と共に、緩い笑みを浮かべてみせたのは日咲・由(ベネノモルタル・e00156)だ。
 艶やかな紫髪をそよがせて、千鳥足の素振りに見えるのはほんのりとした怠惰の色。けれど手にとった紙兵に描かれた不思議な紋様は、独特の絵の具の風合いに強い霊力を秘めていた。
 空に踊った紙兵は後方へ守りの加護を与える。同時に傍らから羽ばたいたウイングキャットも、夜風に清浄な力を乗せて守りを広げていた。
 この間に、あぽろは神刀・摩利支天大聖に纏った閃光を発射。中衛の1体の根元を光で包んで硬化させる。
 後衛の立葵は、それを治癒しようと柔風を生んでいた。が、その直前にラスキスがリボルバー“My Lady”を構えている。
「一手、遅いですよ」
 放たれた銃弾は花弁の中で弾け、生命を蝕む毒へ変化。直後の治癒を不完全にさせた。
「今の内に」
「ええ──『さきがけの騎士』アシュリー。冥府への先導、仕ります」
 頷くアシュリーも、戦いに臨めば迷いはない。
 ライドキャリバーのラムレイに騎乗すれば疾風のように加速。横合いを取ると、通り過ぎざまに重力砲グラティサントから光の奔流を発射した。
 拡散する衝撃は強烈。中衛の1体に直撃すると、氷気の苦痛で全身を蝕んでいく。

●花心
 氷片を零しながら、立葵は体を揺らして耳障りな音を上げていた。それはまるで、手折られることを拒むかのよう。
 反して花はあくまで美しく。蜂はそれを見る表情に、静かな憂いを含んでいた。
 ──花は綺麗なまま、誰も傷つけることなく静かに還って欲しい。
 そう願うからこそ、異形の中に元の花の無念さが滲んでいるように見えたのだ。
「最期まで咲き誇っていたかったでしょうに」
「……そして散り際は潔く、静かであるべきでした」
 ラスキスも花への愛情が深ければこそ、それが理想の姿だと信じている。
 けれど、それは叶わなくなってしまった。
「元々、誰だって自分が望む死に方ができるわけがないものです」
 チャールストンは逆に、飄々と言ってみせる。
「それができるとするならば、たぶん人生は楽しいものになるのだろうけど……全てが夢想の通りにはならない。これが、この花の歩むべき道だったのでしょう」
 だからこそやるべきは一つ、と。チャールストンは歩み出る。
「その最後の歩みを、お手伝いさせていただきましょう」
「ああ、自然に枯れねえなら攻性植物として。せめて太陽の光で照らして、美しく散らせてやるよッ!」
 あぽろは太陽神の力を纏い、文字通り太陽のように力強く鮮烈に。放った光の弾丸で、中衛の立葵を貫いて瀕死にする。
 動き始めた前衛には、ラスキスがすかさず牽制に向かっていた。
「邪魔ですよ」
 涼やかな表情、だがそこに確かに凶暴な獣の本質をちらつかせて。拳で1体を殴り飛ばす。
 その隙に、アシュリーは砲槍ロンゴミニアドのリミッターを解除。超過駆動状態にしてエネルギーを束ね、巨大な光刃を作り出していた。
「……迎えるはずだった静かな終わりとは、ずいぶんかけ離れてしまっているかもしれないけれど」
 せめて、潔く散らしてやる事が手向けになると信じて。振り下ろす一刀『騎士王の聖剣』で中衛の1体を両断した。
 3体の立葵は鳴動する。まるで何かを訴えるように。
 ヴィルベルはそんな花達を見回した。
「自我とか知恵があるのなら、何か面白い話でも聞かせておくれよ。そうすれば君たちが生きていた証も残る筈だから」
 尤も、それを望むほどの知恵があるか知らないけれど、と。
「それも試せば分かる。さぁ、知恵比べの時間だ」
 宙に踊らせたのは、開放した魔導書から浮かぶ魔術式。
 "知は力なり"。光の領域を作り出したその力は、敵の内奥を紐解いて防備を打ち砕く力を仲間へ宿す。
 それへの反抗心か否か。花達は月に誘うような光の粒を撒いた。
 意識を明滅させる死の花粉。だが、それも前へと駆けた蜂が、地獄の腕を盾にして大半を防いでみせている。
 蜂の果敢な姿。オルテンシアも光を防御しながら、その背を見つめていた。
「蜂──」
 思うのは熊本での災禍。花の散るをも憂うやさしい心に支えられたこと。
(「此度は私が力になれるよう──」)
 オルテンシアはそっと手を伸ばし、身に纏う風を舞わせる。
 追い風のまじないと一緒に生まれたのは、癒やしの力。それがオルテンシアの想いと一緒になって、蜂を治癒した。
「カトル、あなたにも格好いいところ期待してるわよ」
 オルテンシアが目を落とすのは、従者たる煌石匣。蓋口をカチカチ鳴らして応えたカトルは、甘い煌めきで催眠返し。前衛の花を惑わせた。
 傷の残るオルテンシアには、由がふらりと歩み寄っている。
「大丈夫だよぅオルタちゃん。すぐに治してあげるからねぇ~」
 取り出した香水瓶に、指でちょんと触れて魔力を注ぐ。するとそこから淡いミストが広がってオルテンシアを包んでいた。
 香りはどこか酩酊するよう、けれど体に溶け込むと瞬く間に傷が消えていく。
「ちーちゃんの方はもう、平気だねぇ?」
「ええ。ありがとう、ね。よーちゃん、オルタさん」
 蜂は見返すと、後は敵へ向き直る。
 見据える瞳は地獄と同じ紫色。瞬間、ミュールでも身軽に跳び上がってみせると、細身の体で大槌を掲げていた。
 花を一瞬、見下ろす。
 枯れる筈だったもの。ずっと前に蝶すら止まらなくなった花。
「それでも蜂くらいなら、とまるかもね──なんて」
 言葉は少し冗談のように。けれど放った砲撃は確かに、針を通すように正確に後衛の1体を爆撃する。
 煽られた花を、ラスキスも躊躇なくウイルス性弾丸で撃ち貫いていた。
「──とどめを」
「了解しました。これで、ふたつ。異形として残らぬように、散らせましょう」
 袖元を直したチャールストンは、その拳で地を打ち付けていた。
 すると眩いほどの火炎が立葵の根元から噴出する。燃え盛る焔は跡形も残さず、その花を灰にして消滅させた。

●月夜
 ほんの少し角度を変えた月が、花に影を落とさせる。
 立葵の影は長くて、それでも数は2つだけ。あるいは自らの運命を思ってか、攻性植物の気勢は弱かった。
 夏枯れの花。その心を想像して、オルテンシアはふと我身に咲く花に手を伸ばす。それは立葵と時を同じく盛る紫陽花だった。
 盛期等しければ、また衰退の時も──と。
 そこでオルテンシアは首を振る。過った想いは胸の裡に。今はただ還るべき花にその心を注ぐと決めた。
「逃しだけはしないように。行きましょ」
「うん。丁度やっかいなことしてくれそうだし、邪魔しておこう」
 魔導書を繰ったヴィルベルは、輝く呪文を宙に浮かび上がらせる。
 それを刃物のように敵先鋒の個体に刺すことで治癒力を阻害。続く盾役の回復行動の効力を浅く留めた。
 チャールストンはそこへ【Ruler of the World】。グラビティ・チェインで生成した弾丸を接射し、ゼロ距離から立葵を空へ煽る。
 蜂はひらりと、その傍へ跳躍した。
「これで、終わりますから」
 小さく語りかけるように。振るった鎖で花を切り裂いて、月光に四散させる。
 残る盾役の1体は後衛に蔓を伸ばしてきた。だがオルテンシアは、風にように舞い翔けてそれを阻む。
 仕草は夜の散歩でもするような気軽さで。心は盾として一撃も通さない気概で。
 直後には、自身に風を纏わせて傷も無くしていた。
「後は、任せるわ」
「分かったよぅ。ならお姉さんが、どんどん攻めちゃうからねぇ~!」
 入れ替わりに前進するのは由。
 くるりと槍を回してみせる姿は遊興的で、変わらず奔放な色を含んでいる。けれどばちりと弾ける雷は目も眩むほどで、繰り出された刺突は重く、花弁の一つを破壊した。
 よろめく立葵に接近するのはアシュリー。ラムレイの速度は落ちず、なお加速している。
「ラムレイ、このまま突撃するよ」
 エンジンの唸りを上げるラムレイは突撃。そのまま離脱しざまに、アシュリーも長大な光線を放って敵を横方向に吹き飛ばした。
 ラスキスはそこへ銃口を向ける。
 苦しみ藻掻き、あくまで命を求める異形。その花に一度首を振った。
「人々に愛でられはしても、恐怖を植え付けるなんて本望ではないでしょう。……だから、もうおやすみ」
 過ぎ行く季節と共に。小さな声音で呟いて、銃弾で花の命を穿っていく。
 同時に、夜が明るくなるほどの光が閃く。あぽろが右手に太陽の力をばちりばちりと充填していたのだ。
「こいつで最後だ。喰らって消し飛べ、『超太陽砲』!!」
 至近に踏み込み、放ったそれは『超克示す太陽神の火砲』。轟音と共に空に伸びる光の大柱は、月が太陽になったかと見紛うほどの輝きを生んだ。
「梅雨はもう終わりだ……陽に照らされて、また来年な」
 焼却光線で焼かれた立葵は欠片も残らない。光が明けた時には、ただ自然の道ばかりが広がっていた。

 静寂の戻った夜は、そよ風も優しい。
 アシュリーはラムレイから降りて、異形の姿が失せた事を確認した。
「終わりましたね。皆さん、お疲れ様です」
「ちょっと大変だったかしらぁ? ちーちゃんもみんなも、怪我はなぁい?」
「ええ」
 由に蜂がこくりと頷くと、皆も肯定。ヴィルベルは息をついてから周囲をヒールした。
「荒れた所くらいは直して、と。こんなものかな」
「他の花が傷つかず、よかったわ」
 オルテンシアは道端を眺めていた。
 景色はほぼ変わりない。
 それでも立葵だけはもう、なかった。
 ──咲いたからこそ萎れ。生きたがゆえに枯れるもの。
「花の、命の、もっともさきの未来の姿を冒したユグドラシル──許せないわね」
「ああ。だが大阪から攻性植物を駆除し切るには、まだまだかかるのかもな……」
 あぽろは見下ろして呟く。
「それでも来年の夏には、安全に花を見られるようになりゃいいがな」
「そうですね」
 蜂も、土だけになった一角を見ていた。
「来年の梅雨にまた、気高く綺麗な花が見られると、いいですね」

 チャールストンも一服して、花の消えた跡を見ていた。
 その瞳は叙情的なだけではない。
 何故なら、咲いていたいと思っていたとしても、いずれは花も人も消えるものだから。
(「だから月明かりに照らされての最期なら、そんなに悪くないとは思うんですがね」)
 細胞は生まれ、死に、人は日々違うものへ変わっていく。
 葵が来年咲いたとしても、それはやはり別物で、変わりゆく運命からは何ものも逃れられない。
 でも、今ある物が去り新たな物が姿を現して『世界』は形作られていく。
 次の命に必要な過程と思えばこそ、心も悲壮に沈まないのだ。
「いずれアタシもアナタのように散るでしょう。その時は……」
 さてどんな散り方をして次代の糧となるのやら、と。チャールストンは紫煙と共に歩み去っていく。

 皆が帰りゆく中、ラスキスも道を歩み出す。
 そして最期の別れを告げるように、かつて立葵が咲いていた風景を眺めた。
 ラスキスは自宅に小さなプライベートガーデンを所有している。
 だから花にも植物にも愛情は格別で、そしてそれがただ美しいというだけで終わらないことを知っていた。
 花の命は夢の如く、短い。
「でも、忘れはしませんよ」
 この夏にあなたたちが咲かせた色を。
 淡く美しい薄紅色を。
 いつかは自分にも“終わり”はやって来る。それに想いを馳せて、ラスキスは月を見上げて目を閉じた。
 風が頬を撫でる。夜は変わらず静かだった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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