恋は盲目

作者:東公彦

「うっす、アッキー」
 マサルは植田明菜が一人になったのを見計らって声をかけた。
「吉田くん……」
 マサルを見た明菜の顔はひきつっていたが、二人の間にある温度差をマサルは全く感じとることができない。マサルは自分を過剰に評価していたし、クラス内のカースト制において権力を振るう自分をどこか万能であると感じていた。
 一方、明菜はマサルが不気味で嫌悪さえしていた。まずマサルの見た目が醜い。潰れたような細い目に分厚い唇、ちぢれた髪に脂ぎった顔とにきび面。そして脂肪ででっぷりとした腹を抱えている。いち学校の中の、いちクラスだけで大きな顔をしているマサルはとてもじゃないが明菜の眼に魅力的には映らなかった。ついでマサルがつるんでいるグループは女生徒に対して何かと噂が絶えない。猥雑で品のない噂の類だ。
 何より明菜はマサルの性格が嫌いだった。周りに烏合し自分というものがなく、努力を無駄だと吐き捨てる、そのくせに一度も本気になったことがない。マサルが生涯なるように任せてきた肥満体型がそれを証明していた。
 しかしマサルは熱っぽく言葉を重ねる。マサルには自分の都合のいい世界しか見えていなかった。
「だからこの際、俺達付き合っちゃってもいいんじゃねぇかなって。こういう出会いってねえじゃん、俺、思うんだよね」
 中身のない台詞と意識した仕草。まるでドラマの主人公だ。明菜は心中で自戒した、前の告白の時にハッキリと断っておけばよかったと。
「ごめんなさい、わたし、吉田くんのこと好きじゃないから」
 冷たいかなと思いながらも、一言で終わらせて足早に明菜は立ち去る。後にひとり残されたマサルは舌を打った。
「うぜえな。人の目気にしすぎだろ」
 明菜にとっての断りの言葉はマサルにとっては照れ隠しくらいに歪曲され伝わっていた。以前の告白の時は周りに取り巻きがいた、今回も噂になるのを明菜は嫌がったんだろう、と。
 いっそ自分と明菜の間の障害がなくなれば……。
「あなた恋をしているの?」
 不意に聞こえた声に振り向くとそこには少女が立っていた。少女はマサルの着る制服とは違うものを着ている、部外者だろうか、しかしマサルにとってそんなことは関係なかった。少女の短いスカートから覗くふとももが気になってしかたがない。品定めするように胸へと視線を持って行くと、そこで初めてマサルは驚愕した。少女の胸元には不可思議なモヤがかかっていた。
「あなたの恋って欲望まみれね。それ、叶えてあげるわ」
 少女はずいっとマサルに近づいて、前触れなく口づけをかわす。不意の感触にマサルは反応出来なかった、その隙に少女は鍵を取り出しマサルの身体に差し込む。するとマサルは意識を失って倒れた。
「んふ、出来上がったわ」
 少女の隣にはもう一人のマサルが立っていた。目に少女と同じようなモヤがかかっておりモザイク化されている。人とは一線を画す存在であった。
「さぁ行きなさい、あなたの恋を実らせるために。邪魔者は……わかってるわよね」
 ファーストキスの言葉に無機質に反応してドリームイーターはゆっくりと足を踏み出した。自らの願いを叶えるために。


「高校にドリームイーターが出現するみたいっす」
 ケルベロス達へ子犬のような眼差しを向けながらダンテは話し出した。憧れの的であるケルベロスの前で美青年の相貌を大きく崩している。
「ドリームイーター『ファーストキス』はティーンエイジャーが持つ強い夢や想いを利用して強力なドリームイーターを生み出そうとしてるっす。えっと、ターゲットは吉田マサル。私立高校に通う17歳の男子高校生みたいっすね」
 しかし太ってるっすね、こいつ。ダンテはひとり言のように呟いて続ける。
「生み出されたドリームイーターは恋路の邪魔者を狙うはずっす、ターゲットの『初恋』の想いを弱めるようなことがあればドリームイーターの力も減衰するんで、戦闘が有利に運べるっすよ」
 背中の羽をばたつかせてダンテは意気込む。少年のように無邪気といえば聞こえはいいが、落ち着きがないと言えばそうでもあった。しかしヘリオライダーだけあり仕事は完璧だ。ダンテは仕事内容を事細かに説明しはじめる。
「仕事の舞台は学校っすね。ターゲットの恋の相手も女子高生ですし、邪魔者っていうのも生徒達みたいなんでドリームイーターが現れると同時にヘリオンから降下、敵と交戦してもらいたいっす。ケルベロスの皆さんが現れれば、ドリームイーターの意識が向くと思うっす。ドリームイーターからすれば排除すべき恋の障害っすからね。なので避難や護衛なんかは必要ないっす、全力でドリームイーターを倒しちゃってください!」
 自分で言いながらダンテは拳を握る。興奮しているのか顔はうすく上気していた。
「あ、それと今回のドリームイーターはあんまり強くないみたいっす、ただすごく頑丈みたいなんで気を付けてくださいっ」
 思い出したように付け加えてから、ダンテはその端正な顔をほころばせた。
「色々問題あるかもしれないっすけど、まだ若い男子高生っす。皆さんの力で助けてあげてください! 大丈夫、皆さんなら楽勝っすよ。大活躍、期待してるっす!!」


参加者
氷鏡・緋桜(プレシオスの鎖を解く者・e18103)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)
エリザベス・ナイツ(目指せ一番星・e45135)
ウィリアム・ライムリージス(赤き薔薇の参謀士官・e45305)
天霧・裏鶴(戦の鬼姫・e56637)
風柳・煉(風柳堂・e56725)
名無・九八一(奴隷九八一号・e58316)

■リプレイ

 背の高い入道雲がただよう陽光の強い夏の日。ドリームイーターは校内に足を踏み入れた。途端ケルベロス達が降下し、開口一番にエリザベス・ナイツ(目指せ一番星・e45135)がつぶやいた。
「依頼内容ってオーク討伐じゃなかったよね。えっ、あれってドリームイーターなの!?」
 たしかに、肥満した体と豚鼻は丸顔と相まって動物じみた印象があった。モザイクの眼が出現した邪魔者達をとらえる。
「邪魔すんなぁ!」
 その絶叫で校内は騒ぎの渦中と化した。冗談のような緩慢さでケルベロスに走り寄るドリームイーター。氷鏡・緋桜(プレシオスの鎖を解く者・e18103)は敵の前に進み出た。
「一応聞いておく……殺そうとするのを止めて投降する気はないか?」
 ドリームイーターは絶叫を以てその答えとした。緋桜は髪を掻き上げ拳を握る、赤銅色の腕、力の証。そして突っ込んでくるドリームイーターに拳を突きたてた。
「それなら俺は、お前を殺してでも止める!」
 人体の急所を突いた一撃。ドリームイーターは体液を吐いて身体を折る。続けざまエリザベスが愛用の杖ハードロックスターで殴打する。杖の先端がずぶりと腹にめりこんだ。見れば杖は腹を突き破っている。
「きゃあ」
 エリザベスは飛びずさる。杖に忍ばせておいた殺神ウィルスは問題なく敵の体内に入ったが、気色の悪い感触が彼女の手に残った。ドリームイーターの青白い腹部から完熟した果物のような鮮やかな朱色が覗く。ぼこり、傷口から粘度をともなった肉片が膨張し盛り上がる。
 空木・樒(病葉落とし・e19729)は笑顔を浮かべながらそれを見ていた。愉快なわけでなく、彼女はどんな状況でも微笑を欠かさない。仕草はたおやかで深窓の令嬢を思わせるが頭の中は、敵をいかに効率的に滅ぼすかという剣呑な考えで占められていた。小枝を捩り編んで作った『アニミズムアンク』を握りしめ、彼女は深く精神を集中させた。
 ウィリアム・ライムリージス(赤き薔薇の参謀士官・e45305)は敵をよくよく見た。受けた傷を肉が埋め、四肢といわず体全体が歪に盛り上がっている。膨張の度合いが強すぎて飛び出した肉が地面に落ちる。吉田マサルの欲望が具現化した姿ならば、おあつらえ向きの姿だ。溢れんばかりの欲望が留まるところを知らず皮と肉を外へ押し出している。醜い……見た目もさることながら精神が醜い!
 しかし膨れ上がり水死体のようになったドリームイーターは驚くべき速度でウィリアムに詰め寄った。緩慢な動きが嘘のようだ。目元のモザイクが大口に変化しウィリアムの肩口に噛みつく。ウィリアムはうめき声をあげた。すぐさま日本刀の柄で頭を殴りつけて大口を引き剥がす。
「これは近づきたくない相手だね」
 藍色の瞳に氷のような冷たさを漂わせ風柳・煉(風柳堂・e56725)は地面を滑る。『緋走り』と共に炎の足跡をのこし、速度と重量を増した飛び蹴りを加えた。脚を振り切るとドリームイーターはゴムまりのように地面を弾み飛んだ。
「我が剣は悪を断つ剣なり。いざ、参る!!」
 そこへ天霧・裏鶴(戦の鬼姫・e56637)が迅速に追い打ちをかける。裏鶴の背丈ほどもある両刃の喰霊刀『鬼断ち』は刃に呪詛をにじませ、邪を以て邪を制す。肩掛け上段からの唐竹割り。教本に載るような見事な一太刀だが傷はみるみるうちに肉で埋まっていく。
 ウィリアムは冷静に相手の力を計る。強くなったとは考えにくい、おそらくは最初の緩慢な動きではなくこちらがデウスエクスとしての本領なのだろう。そこに黒いレザーパンツにフードジャケットというラフな格好のフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)と黒いタンクトップにカーゴパンツの名無・九八一(奴隷九八一号・e58316)が並び立った。
「油断しましたね、ウィリアムさん」
「まさか。受けてみたのさ、フェル公」
 二人の会話に九八一は口元をほころばせた。ワイルド化した両足で空高く跳び急降下、肥大化した敵に踵を落とす。途方もない衝撃に地面が揺れた。フェルディスは紙兵人形でウィリアムの傷を癒す。
「なら傷は治さないほうがいいですか?」
「それには身に余る感謝を」
 軍服に差し込んだ薔薇を掲げる。キザな仕草はいつものことだ。フェルディスは大人びた笑みを浮かべた。ウィリアムは駆け出し、刀の柄に手をかけ、お返しとばかりに敵を斬りつけた。月の輪郭をなぞる美しい剣筋は寸分たがわず敵の肩口を斬り裂いた。
 ウィリアムは自らの受けた傷から推測する、相手の力はそう大したことはない。これならば多少は無理をしてでも攻撃に専念できるはずだ。となれば……。
 彼が考える間も戦闘は続く。『ヒヒイロ』を片腕に纏わせ、緋桜はひじ打ちから流れるように掌底を打ち出す。内側からの力にドリームイーターの皮膚が破裂し、千切れた肉と体液が降る。
「あばっ、あばばばば」
 不気味な笑い声。再び肉が盛りあがる。エリザベスがファミリアシュートを放つと、肉はさらに膨張した。
 長期戦になるかもしれないですね、樒は内心で独りごちる。そして稲芽のような穂先をしたセミラミスを振るった。束ね付けた草類がばさりばさりと音を立て不可視の力がケルベロス達を守る雷の壁となる。
「おればづよいぉ。むてきだ! おれにしたがえ!」
 ドリームイーターは膨張する肉を力任せに投げつけた。肉塊は煉へと真っすぐに飛来する。黒麒麟を盾として肉塊を受け止めた煉だったが、破裂した肉塊の衝撃に身体をあおられ地面に叩きつけられる。ねっとりとした体液と血肉が体にこびりついた。
 一体どうしたらこんな拗れた生き物が生まれるのだろう。溜息をひとつついて、煉はゆっくり体を起こした。痛みはあるが傷は浅い。体についた体液の臭いとべたつきが不快で、一瞬立ちくらみがした。すると辺りはドリームイーターで溢れていた。
「っ!?」
 咄嗟『黒麒麟』を構える。しかしそんな時、小さな刺激が煉の体を駆け抜けた。ごく僅かな電気ショック。その痛みで煉は正気を取り戻す。周りにいるのは敵ではない、同じ任務についたケルベロス達だ。敵へ照準を合わせ巨大なライフルにも見える黒麒麟の先端から雷撃を撃ち放つ。幾筋にも重なった雷光が敵の身体を打ち、肉を焼く。嫌な臭いが立ち込める。
「もうっ。頑丈ですね」
 裏鶴は敵の傷痕に重ねて太刀を振るった。円をえがく一刀一刀が裂傷を与える。その傷口を目掛け九八一が脚を振るった。混沌の水が残滓となってゆらめき散る。
 にわか歌声が響く。フェルディスは歌を口ずさむ。美しいソプラノの声が仲間に力を与えると同時に一種正常な判断を失くさせる。歌自体がもつ力と反動、しかし歴戦のケルベロス達にとって『狂乱の歌声』は精神を乱し浸食するものではなく、今以上の力を与えてくれる助けであった。
 歌声に呼応しガトリング銃が唸りをあげた。ターレットが回り、雨あられと銃弾が発射されドリームイーターの巨体を押しやる。ウィリアムは頭のなかで仲間達の位置を確認しながら引き金を固定させた。
「他者を見下し、慮らず、迎合して努力もせぬ者が一人前の顔をするな!」
「おれはえらいんだ、がぐえんでいぢばんの!」
「学園カーストですか。そんな妄想上の頂点に立ったから何だって言うんです。キミの想いは色欲であって恋ではない、その腐った性根を叩き直してくれる!!」
「そのとおりだ、カーストだとか容姿だとか関係無いんだよ。お前の間違いは人を理解することが出来ないってことだ」
 ウィリアムの的確な位置取りに合わせて緋桜も動いた。優位な位置へのポジショニング。力を集中させ次なる攻撃に備える。
「自分を磨いてから、こんなやり方じゃなくてしっかりとしたやり方で明菜さんにあなたの誠意を伝えましょう」
 エリザベスは術を編む。星の読み手と呼ばれる一族の禁呪、魔力で造りだした疑似的な流星群を対象に激突させる星堕としの技。
「フォーリングスター!」
 声と共に光の尾を引いた流星群が降り注いだ。この技の難点は制御の難しさや威力に比例する被害範囲である。センスはもちろんのこと極度の集中状態を必要とする。エリザベスは見事にそれを成し遂げる。親しい仲間が背中を守っていると考えれば、否応にも力を発揮できた。即座に九八一が連携をし『フォーチュンスター』のオーラを蹴り込む。
 九八一は説得に何ら意味を見いだせなかった。学校には馴染みがなく、マサルの言葉も理解が出来ない。今回の仕事に執着はなく、こなしてきた中の一つである。目の前の敵を倒すだけ。心が動くのは仲間を守るというその一事に尽きた。
 降り注ぐ星々がドリームイーターを捉えた。
「うるせえ、うるせえええ!」
「あなただけが悪いわけではありません。人にはそれぞれ事情がありますでしょう、あなたが明菜さんを想う気持ちが本物でも曲解されて伝わっては意味もありません。ひとまず冷静になってはいかがでしょうか?」
 わめく敵へ、樒は他のケルベロス達とは異なる言葉を投げかけた。優しく心を溶かす残酷な言葉。くだらないこの小者を合理的に始末する、そのために。しかし混乱しきっている相手に尋常な言葉は通用しなかった。
 樒は黒衣をはためかせ煉の側に膝をつく。煽情的な黒衣の各所から様々な草類を取り出し即座に加工する。柔らかな、大切な誰かの匂い。深くうずめられた大事な記憶が浮き出てきた錯覚を煉は覚えた。樒は薬を飲ませ、患部を触診し歪みや不調を取り去る。ものの数秒で施術は終了した。
『ケミカルオペレーション』は樒の技術と知識の集大成であった。
 ありがとう、と小さく呟いて煉は調子も上々に駆けだす。戦う前よりも体が、心をも軽かった。とはいえ醜い肉の塊に近づくにつれ不快感も増していくのだが。
 視界の先のドリームイーターは土くれを掻き集めては必死に口に運んでいた。その姿からは怖気を感じさせる。肉塊がみずみずしく脈動をはじめていた。
「意に介さないだろうけど言っておくよ。君は視覚が圧倒的に欠落しているようだ。恋は盲目なんて言うけどそれを通り越してるね、軽く」
 縦横無尽に幾度となく蹴撃をあびせる煉。最後に布石の一手としてカードを投げた。敵を攪乱させた煉の陰から裏鶴が突貫する。肉が膨張をする前に傷口へ貫手を突きいれた。
「えぐるぞ外道!!」
 そのまま力任せに引きちぎる。ぶよりとした肉が地面に撒かれ、裏鶴の白い手を体液が穢す。続けざま爪でえぐり、深く裂傷をきざむ。その膂力と額から生える角は彼女がオウガである証であった。顔についた大量の体液が蒸発し彼女の血肉と化して力を与える。服をたなびかせ裏鶴は一言。
「腐り切ったその性根、1度ガツンとやってあげないと分からないかな」
「愚かな人ですね、女性の曖昧な返答に気づけない時点であなたの言葉が彼女へ届くことはないでしょう。自分が変わるなら周りの見る目も変わるのでしょうが」
 フェルディスは哀れむような視線を相手に向けた。敵に対しての声音は冷たく刺すように鋭い。跳躍し、腕にオウガメタルを纏わせ巨大にした拳をドリームイーターの頭上から振り下ろす。巨人の拳にドリームイーターは押しつぶされた。合わせてウィリアムも斬りこみ、人体の急所を突いた。
 またも肉が膨張する。しかしウィリアムは膨張の具合と速度を見て敵の肉体が限界に近いことを悟った。さっと周囲に目を配る、敵の足元、後方、仲間達の位置。
「そろそろ終わりだな」
 誰に告げるでもなく呟く。奇しくも、それが攻撃の始まりだった。
「全部が全部、自分の思い通りになると思ってるんだろ? なら教えてやるよ。現実ってやつをな」
 猛禽のように瞳をぎらつかせ緋桜は敵へ加速し拳を突きだした。ただ一撃の拳、その実が神速の連撃であっても余人に知覚が出来ないためそう表現せざるを得ない。世界の理を超えた技『最後の一撃』は敵の巨体を空高くへ浮かばせた。飛び込み追撃するエリザベスとフェルディス、初の連携ながらも息のあった行動で巨体を打つ。片や杖で、片やその脚で。再び巨体を地面に落とした。ドリームイーターを待ち構えていた樒は『肉食獣の一撃』を放つ。
 ドリームイーターは悲鳴をあげ千切れた肉を滅多やたらと投げつけた。児戯にも等しい行為だがデウスエクスが行なえば純粋な脅威となる。
 迫りくる肉塊にフェルディスは身を強張らせた。しかし肉塊は九八一によって止められた。地獄化した右腕に力を込めると地獄の炎が肉塊を焼き尽くす。
「ありがとうございます、九八一さん」
 九八一は微笑で返して敵へと体を向けた。見れば、ドリームイーターの足元に転がるカードがあわく光っている。それは煉が忍ばせた布石の一手だ。
「咲け炎よ、真夏の向日葵のように。フィアンマ・ジラソーレ!」
 手を打ち鳴らし地面に叩きつけるとグラビティがカードへ伝わり発火、炎上する。真紅のシャーマンズカード『Hot Spot』は過剰なまでに凝縮された炎をあげる。天を衝く炎の塔が巨体を焼く。塔が姿を消した時、そこに残されたのは焼けただれ生物の形をなさぬ黒なにかだ。それは未だ脈動し形を成そうとしている。悪しき命脈を断つため二つの影が交差する。
 桜色をたたえた刀身が風を斬り唸りをあげて肉塊を薙ぐと、対となる白刃が鋭く音をも追い越して振り下ろされる。腰だめに大なる力を以てして、素早く居合の抜きのように苛烈に。二つの刃は速度や力こそ違えど一つの斬撃として一分も乱れず肉を斬り進み、遂に一文字に両断した。桜の鬼と華の貴人の二刀一閃『剣魔双輪・両華斉放』
「我らに!」
「断てぬ物なし!」
 ぐずぐずと崩れていく肉塊を舞い落ちる花弁が覆い隠した。


「俺も被害者だぜ、ケルベロスカードくれよ」
 目を覚ましたマサルはでたらめなことを言った。平静な樒であってもその滑稽さにはついくすりとしてしまう。
「私が思うに、今のキミに必要なのはカードではないでしょう」
 ウィリアムがやんわりと否定すると煉が言葉を継ぐ。
「いまは持っていないし、君には渡したくないものだね」
 嘲笑し校舎を後にしてしまう。あまり率直な物言いでマサルは憤然と走り去った。エリザベスはうわっと声をあげる。
「すごいわね、あんな正直に言っちゃうなんて」
「ボクも驚き。でもさ、エリちゃんもあれくらい言えちゃうよね?」
「ちょっとフェルちゃん!」
「まぁまぁベスくん」
 むくれるエリザベスをウィリアムがなだめる。するとフェルディスは、王子が強く言わないからだよ、と無邪気に笑った。
「ウィルは良いことを言った」
 九八一が微笑を浮かべると裏鶴もそれに同意する。
「私もそう思いますよ、ウィルくん」
「Qちゃんと裏っちゃんが言うなら、自信を持ちましょうかね」
 ひとり離れて緋桜はマサルの後姿を見ながら思う。果たして、少年は変わることが出来るだろうか、と。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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