花の出逢う道

■リプレイ

●花園
　薔薇の花が夏風に揺れる。
　色彩と芳香の楽園にケルベロス達はいた。人々の避難が済んだ公園は、花の絨毯だけが見える明媚な世界だ。
「とっても素敵な公園じゃない」
　城間星・橙乃（雅客のうぬぼれ・e16302）は幾色もの花々に視線を巡らす。
　その言葉は感心の含まれたもの。ただ橙乃には、花と同様に、否、それよりも楽しみにしていたことがあった。
「でも、こんな中心地で暴れられちゃ誰も楽しめないからね。攻性植物に、はやく大人しくなってもらわなくっちゃ」
　それは“戦うこと”。
　落ち着いた声音で見据える先には十字道がある。その中心に、５体の異形が見えていた。
　巨花と変じた薔薇の攻性植物。
　根を蠢かせて這い出るそれは、獣のような獰猛さを窺わせながらも、同時に花弁は薔薇の美しさも保っている。
　そんな歪な異花を、天野・司（心骸・e11511）は少しだけ見つめていた。
「俺達の命を狙おうとも、まだ綺麗な薔薇の姿でいようとしてくれるんだな」
「……しかし、綺麗な薔薇には棘がある」
　款冬・冰（冬の兵士・e42446）は感情表現に乏しい声音と共に、攻性植物を見据える。それはやはり、もうただの花とは言えない存在だ。
「……自ら刺しに来るような薔薇では、台無しと言わざるを得ない」
「───、そうだね。それに、そろそろ植物を刈らないと伸び放題になる時期なんだよ」
　筒路・茜（赤から黒へ・e00679）はすたりと歩んでいく。どこか小馬鹿にした声音も、敵への興味の薄さからだろうか。
「どうせならまとめて焼き払ってしまえばいいんだ」
「それも楽しそうだけど。普通の攻性植物が相手というのも、案外久々なような気がするし……１体ずつ、素直に薙ぎ払っていこうか？」
　茜にそう笑いかけるのはノア・ノワール（黒から黒へ・e00225）だった。
　主人と慕うノアの言葉ならば、茜が首を振る理由はない。素直に頷くとそっと手をのべて、時空干渉『刻』魔術を行使した。
　後衛を守っていた敵の盾役は、その時に既に傷があることに気づいてわななく。『タラレバ』の名を持つその力は、刻を遡行し“数秒前”に命中する魔弾を放つ異能だった。
　後衛への射線が空くと、ノアは黒色の魔力塊を発射。的確にその１体を衝撃で包み込む。
　敵の先鋒と中衛はこの間に棘を放ってきている。が、その攻撃が無防備な者へ飛ぶ前に、走り込んだ影があった。
　それは英・揺漓（花絲游・e08789）。花の刃【葉】で剣閃を奔らせ、宙で棘を寸断。半分以上を切り落とし、残りは身をもって防御している。
「これでも、ダメージは浅くないな──」
「心配無用だよ。守るついでに癒やすとしよう」
　と、呟く揺漓に笑みを見せたのはヒルダガルデ・ヴィッダー（弑逆のブリュンヒルデ・e00020）。羊型のチャーミングなシルエットの紙兵を取り出していた。
「可愛かろう。だが、侮ってはいけないよ」
　ばら撒かれたそれは、宙を泳ぐと霊力を発散。揺漓の治癒と前衛の防護を兼ねていく。
「負傷状況の確認。治癒行為を続ける──薬液散布」
　連続して優しい雨滴が注いだ。冰が宙でカプセルを発破させていたのだ。
　それらにより揺漓が万全となれば、司は中衛の守りも整えようと紙兵を散布している。
　この直前、司は心臓に手を当て、体内を巡る血流と脈動、即ち自身の生を再認識していた。
　自分も仲間も敵も、すべての命は軽くない、そんな心がそこにはある。だからこそ出来ることをしようと、司は紙兵にその力を乗せて仲間を守護していた。
　狼森・朔夜（迷い狗・e06190）は敵の動きをつぶさに観察している。
「あっちを打てばこっちが攻撃か。チームワークがあるってのは本当だな」
　それはこの敵が一筋縄では行かぬ相手だろうという、実感の籠もった声でもある。
　しかし朔夜にとってそれは、怯む理由にはならない。
「……連携してくるなら、そいつを切り崩すだけだ」
　獣が駆けるような高速の踏み込みを、朔夜は見せた。次には敵後衛の背後を取り、オーラで花弁の一部を消し飛ばしていく。
　体勢を崩した敵へ、橙乃が降り注がせるのは氷の水仙だった。
　空気中の水分から生まれたそれは、『瑞兆爛漫』の名のごとく、煌く花嵐を形成。氷の葉と花弁で敵の葉を裂いていく。
「これでもまだ体力はありそうね」
「今はまず、退かずに攻めていくべきだな」
　短刀を握り直した揺漓は、そこに魔力を込めて闇の鏡像を顕現させた。攻生植物は精神を蝕まれ、反撃も中断。苦悶するように横倒れとなっていた。

●花に舞う
　攻性植物は倒れた状態のまま、苦しげに流動していた。
　他の４体は未だ健常。だが仲間の様子に殺意を強めているのか、葉を震わせていななきを見せている。それはやはり、変わり果てた異形と言える姿だった。
「可哀想になぁ」
　見据えて、ヒルダガルデは声を零す。
「本当であれば、まだ美しいまま咲き誇れたろうに」
「……ああ。穏やかに過ごし、穏やかに在れたはず。周りの花たちのように」
　揺漓は花園の薔薇に視線をやっている。
　そこにあるのは、胞子に魅入られさえしなければ、この花達がそうであったはずの姿だ。
　どちらも無辜の花。だが運命は違えてしまった。
（「嗚呼──人々だけではなく、此処に在る植物達も侵攻に巻き込まれた被害者なのだな」）
　思えばこそ、この僅か５輪が狂花となったことが悔やまれる。
「できれば自然と花を散らす、そんな生を歩ませてやりたかったのだがな……」
「だが怪物に変えられ、あまつさえ人を殺めるかも知れぬ──か。実に気に入らんな」
　ヒルダガルデの表情は変わらず飄々としたものだった。それでも、言葉に内在する感情は嘘ではない。
　朔夜は一度目を伏せる。
「それでも──こうなった以上、仕方ねぇんだ。被害が出る前に倒す」
　言って拳を打ち鳴らす。その素振りに迷いはなかった。
　朔夜の心にも、この花を憂う気持ちがある。しかし、だからこそここで終わらせたかった。
　敵が挙動を取る前に、朔夜はためらわずに大槌で砲撃。爆炎に目を細めながらも揺漓にアイコンタクトをとると、揺漓は頷いて真っ直ぐに手を伸ばす。
　生み出されたのは空舞う花弁を伴ったエクトプラズム。光線となって飛んだその波動は、敵の後衛の１体を撃ち抜いて四散させた。
　敵の前衛が攻めてこようとすれば、司がそこに立ちはだかっている。
「行かせはしない。そこで大人しくしててもらうぜ！」
　弾けた閃光は、司が撃ち出した霊力の砲弾だった。２体に命中した光の塊は、盾役を一時麻痺に蝕んでいく。
　ただ、敵もやられるばかりではない。後衛の回復を受けた敵の先鋒が即座に反撃に移り、花弁を舞わせてきていた。
　しかし、その攻撃もまた想定内。ノアは即座に大地から濃色の魔力を吸い上げ、治癒力にして前衛に展開。傷を癒やしていた。
「ふふっ、ただ痛いだけの攻撃ならたいしたことないね？　茜、攻撃を続けて」
「───、勿論なんだよ。蹴り……は届かないから、これをあげるよ」
　こくりと頷いた茜は、近接攻撃に代えて魔法陣を浮かべた槌を構える。
　荒事士の言葉の通り、そこから撃ち出された魔弾は豪速で苛烈。後衛の１体を大きく後退させていった。
　中衛の１体が隙を見て催眠性の芳香を漂わせるが、それにはヒルダガルデが花弁のオーラを発現。地獄の炎にも似た青色の花の風を生み出して催眠を打ち消す。
　皆の状態に問題が無いと判断した冰は、ロッドを媒介に強力な電圧を張り巡らせていた。
「攻撃の手が緩い今が好機。──防壁展開」
　銀色に煌く雷光は、壁として留まって前衛の盾となる。
　こちらの守りが一層堅固になると、攻性植物はまるで威嚇するように擦過音を鳴らした。
　だが橙乃はこの異形達に対して、はじめから余裕のある笑みを崩していない。感情的にもならず、ただいつものように落ち着いていた。
「言っておくけれど、暴れる花なんかちっとも可愛くないわよ。だから、慎ましく振舞ってもらうわ」
　言葉と共に贈るのは槌による射撃。炸裂する風圧は攻性植物を地に転がせ、言葉通りに一時身動きも取れなくさせていた。

●連撃
　攻性植物は未だ４体。とはいえ、よろめいて起きる後衛の１体は既に瀕死だ。
　その１体はすぐに自己回復に走るが、それもまた予想済み。揺漓はとん、と軽く地を蹴って跳躍すると、拳に真白に煌くオーラを纏っていた。
「これで──すぐに突き崩させてもらおう」
　振り降ろされるその一打は『十里香勁』。花開くようにオーラが飛散すると、それに伴って敵の防護も砕け散っていく。
「この花の最期を、頼む」
「じゃあ、あたしに任せてもらおうかしら」
　そっと飛び退った揺漓に代わって、敵へ歩むのは橙乃だった。死に瀕して尚美しい花を見せる薔薇に、橙乃が最後に見せたのは氷の水仙。
　或いはそれは幾ばくかの対抗心か。薔薇よりもこの水仙こそが美しいのだと言うように、冴えた花弁で薔薇を千々に斬り裂いてその個体を消滅させた。
　橙乃は変わらず冷静に、敵を見回す。
「あと３体ね。徐々に優勢になってきたかしら？」
「一層の攻めに転じる契機、といったところか」
　ヒルダガルデは頷くと、軽装鎧の一部として腕に纏っていたオウガメタルを起こした。
「出番だぞ。ほら、根性見せないか」
　臆病な流体鋼は、暫しの間うねるようにためらいを見せる。だが最後には言うことを聞いて流動。大きく広がって銀の粒子を舞わせ、味方前衛の知覚を研ぎ澄ませていた。
　敵の中衛は構わず攻め込み、棘を射出してくる。狙いはノアで、針の雨の如き衝撃がその体を襲った。
「ノアっ……！」
「……大丈夫。心配しないで？」
　思わず声を零す茜にノアは笑いかけていた。濃紺のオウガメタルをハニカム構造の盾へ変形させることで、衝撃を和らげていたのだ。
　それでもダメージは残ったが、そこには冰が雪娘に扮して『冬影「雪娘の贈り物」』を実行している。
「物資提供開始。速やかな受領を推奨する」
　そう言って差し出したのは、回復スプレーと花の香水のセットによるプレゼントだった。
　香水は本当に普通の贈り物、だが、スプレーの方は使用することで治癒効果を発揮。ノアの傷を大幅に癒やしていた。
　ノア自身もミストを重ねて自己治癒。さらにウイングキャットのコレールにも羽ばたかせることで傷を治しきっている。
「───、それじゃあ、草刈りの時間なんだよ」
　ほっと息をついた茜は、後は中衛の敵に向かって容赦のない跳び蹴り。
　後退したその１体へ、茜と入れ替わりに朔夜が肉迫していた。
「一気に……畳み掛ける」
　小さく呟いた朔夜は、横合いに跳躍。そのまま敵が反応を示す前に、御業の一部を鎌の刃へと変化させていた。
　刹那の内に振るわれた斬撃は、『鎌鼬』。風の冷たさと鋭さを伴って無数の裂傷を刻みつけていく。
　敵の攻撃役がこの間に攻撃を仕掛けようと接近する。が、そこには司が光を湛えて狙いを定めていた。
「悪いけど、させねえよ」
　収束させるオーラは、色とりどりの花弁を模した美しいものだ。
　それは失われる命に対しての、司のせめてもの手向けでもあった。瞬間、蹴り出された地獄の光はその１体を貫き、葉を散らして追い込んでいく。

●夏風
　花の破片が風に流されていく。
　攻性植物は殺意こそ緩めていない。だがその挙動は力なく、３体ともが死に近づいていることが見て取れた。
　それでも中衛の１体は花弁を飛ばそうとしてくる。が、その直前にノアは魔界魔術『イケロスの鳥葬』によって“量子の獣”を鳥型に顕現させていた。
「さて、やられる前にやっちゃおうか、茜」
「うん、合わせるんだよ」
　声を返した茜はひらりと跳び、ハルバードを高く掲げていた。
　同時、魔獣が攻性植物を啄むところへ茜が斬撃。縦横に畳み掛けられた攻撃に中衛の１体は霧散していく。
　残る前衛の２体は、光を纏って自分達を回復していた。だが、それは同時に攻撃の手がないということでもある。
　ヒルダガルデは悠々と、突き出した手に霊力の光を固めていた。
「光が欲しいならくれてやるとしよう。そら、眩め眩め」
　放たれた砲撃は２体を眩く包み、麻痺に陥らせていく。
　そこへ橙乃もガトリングを構えて銃撃。攻撃役の葉を粉々に散らしていった。
　攻撃役の１体はまだ生きている。だが盾役の方はかなり弱っているのがわかった。
「もう一撃で、倒せるかしら」
「多分な。俺がやるよ」
　司は橙乃に応えると、霊力を花嵐のようにして放出していた。
　命を奪うことに最後までためらいのような気持ちはある。それでも、これで守れる命もあるのだと、手加減はせずに２体を巻き込み、盾役を絶命させた。
　攻撃役の１体は退くことも叶わず、ただ花弁を飛ばして抵抗を試みる。が、冰は斧を地に打ち付けてその風圧で花弁を吹き飛ばしていた。
　その隙に、揺漓は極光の如きエクトプラズムを撃ち当てていく。
「あと、少しだろう」
「了解。支援攻撃を行う」
　そこへ冰もエネルギー体を蹴り出してダメージを畳み掛け、敵を吹っ飛ばす。
　倒れ込んだ攻性植物に、最後に砲口で狙いを定めているのは朔夜だった。
「これで終わりだ」
　もう異形として苦しむ必要もない。心で呟いた朔夜は砲弾でその花を貫き、跡形もなく散らせていった。

「終わった、か」
　花園には静けさが戻っている。その中で司は少し、敵が散った場所を見下ろしていた。
　朔夜も同じだ。それでも、すぐに見回して辺りの様子を確認した。
「もう危険も無いみたいだし、片付けだけしておくか」
「そうだな。少しでも元に戻るように……人々がまた安心して憩えるように」
　揺漓は頷き、荒れた地面を中心にヒールをかけていく。
　敵となった薔薇は散ってしまったが、他の花は全て無事。だから明媚な風景にはほとんど、変わりはなかった。
　作業が済むと、ヒルダガルデは警察や消防、避難した人々へ討伐完了の連絡を入れる。
「これで、よかろう」
「一件落着かな。あたしも薔薇を楽しもうかしら」
　人々が徐々に戻り始めると、橙乃もそれに交じって花々を眺め始めた。だけでなく写真も撮って、全部の色の薔薇を記憶と記録に残していく。
　近くでは、冰が白薔薇を見つつ、花言葉をアイズフォンで調べていた。
「……純潔」
　出てきたその言葉に、冰は表情を変えず呟く。
「桜の頃も贈られたが。どうやら、冰には縁深い言葉と認識」
　それきり検索は中断した。あとは彩り豊かな薔薇の道で、その景色を楽しんでいた。
　ノアは茜と共に十字道を歩み出している。
　茜が見つめてくるのを見ると、ノアはふふっと笑み。
「ん、よく頑張ったね、茜」
「───、ん、ノア」
　ご褒美のキスに、茜は嬉しそうに目を閉じる。そうして２人はまた微笑み合って平和な花園を歩いていった。
　花の空に爽やかな夏風が吹く。その景色と薫りは、確かに人々に憩いをもたらしていた。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年7月4日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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