雷翼の閃光

作者:崎田航輝

 竜十字島の鍾乳洞。
 宙にディスプレイを浮かべ、何かを分析している人影があった。
 ドラグナーの竜性破滅願望者・中村・裕美。そこに表示されているのは、封印されているドラゴンの位置だった。
 裕美は手を止めると、笑みを浮かべる。
「さぁ、見つけたわよ……。お前達……」
 と、裕美が目を向けるそこに、竜鱗のような肌を持つ、人型の影が多数いた。異形のドラグナー、ケイオス・ウロボロスである。
 裕美は彼らに指示を出す。
「この場所に向かいドラゴンの封印を解きなさい……そして、封印から解かれたドラゴンに喰われ、その身のグラビティ・チェインを捧げるのよ……」
 ギーギー、と細い声を出したケイオス・ウロボロス達は、従順に去っていく。
 裕美は笑みのままに虚空を仰いだ。
「全ては、ドラゴン種族の未来の為に……」

 富士山麓。その中の樹木が茂る一角に、ケイオス・ウロボロス達は降り立っていた。
 一見すると他所と変わらぬ地面。異形達はそこを囲うと、人が解さない超音波で呪文を唱え始める。
 そのうちに、木々と岩肌が蠢いた。そこから黄金の肌を持つ、巨大なドラゴンが這い出てきていたのだ。
 地鳴りのような呻きを漏らすドラゴンは、完全な飢餓状態。そこに理性はなく、本能のままにケイオス・ウロボロスを食い荒らしていった。
 グラビティ・チェインを得たその巨体は、ばちりばちりと体に雷を纏わせる。未だ飢餓状態は続いている。それでも『雷翼竜ヴァジュラ』としての、その強大な力を取り戻しつつあった。
 雷翼竜は咆哮を上げる。そして暴風と雷撃で木々を吹き飛ばしながら、大空に飛翔した。

「集まっていただいてありがとうございます。本日は、稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)さん達が危惧していた、ドラゴンの活動が確認されたことをお伝えしますね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は、ケルベロス達に説明を始めていた。
「彼らは、大侵略期に封印されていたドラゴンの居場所を探し当て、そのドラゴンの封印を破って戦力化しようとしているようです」
 この作戦を行っているのは、不気味で禍々しい姿のドラグナー、ケイオス・ウロボロス。
 ただ、彼らは戦闘前に復活したドラゴンに喰われてコギトエルゴスム化してしまうので、戦う必要はない。
 敵はドラゴン単騎だ。
「かなりの飢餓状態な上、定命化も始まっているらしく、意思疎通すら難しいようです。けれど、戦闘力は間違いなく脅威でしょう」
 このドラゴンを倒せなければ、周囲の被害は甚大なものとなるだろう。
「これを看過できません。現場に向かい、ドラゴンの討伐をお願いします」

 作戦詳細を、とイマジネイターは続ける。
「敵は、ドラゴン『雷翼竜ヴァジュラ』が1体。出現場所は富士山麓です」
 木々の深い森林の近辺だ。鬱蒼としているところではあるが、ドラゴンを見つけるのは難しくはないだろう。
「ドラゴンはかなりの巨体です。体長は、およそ十四メートルといったところでしょう」
 体の大きさでも、木々にも劣らぬだろう。無論、戦闘力も相応だ。
「こちらの利点は、戦闘が長引くほどドラゴンが弱体化してくことです。その間を耐え忍びつつ、チャンスを窺う戦法をとってみるといいかもしれません」
 ただ、勝機を窺うならば10分は耐え抜かねばならないだろう。ダメージも確実に与えつつ、当然こちらの命にも気を払わねばならない、難易度の高い作戦になると言った。
「個体についてですが……雷撃を主に操るドラゴンのようですね」
 元々は女王気質で、唯我独尊な性格を持っていた個体らしい。今は半ば理性も失われている状態だが、容赦のない戦いぶりにその性質の一端は残っているのかも知れない。
「技も多彩で、純粋に強力な戦闘力を有しているでしょう」
 それぞれの能力について警戒しておいてください、と言った。
「定命化しつつある個体を戦力に加えることに、何か目的があるのかはわかりません。ですが、これを放置すれば大きな被害が生まれることは事実です」
 それを防ぐためにぜひ尽力をお願いしますね、と。イマジネイターは頭を下げた。


参加者
ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)
カナネ・カナタ(やりたい砲台の固定放題・e01955)
エンデ・シェーネヴェルト(フェイタルブルー・e02668)
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)
ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)

■リプレイ

●開戦
 深い樹木の中でもそれを見つけることは容易だった。
 富士山麓へ駆けつけたケルベロス達。既に景色の向こうに、ドラゴン・雷翼竜ヴァジュラを捕捉している。
 未だ遠方ではあるが、雷を纏う巨体と、木々のなぎ倒された一帯を見逃すはずもない。
「あれが本物のドラゴンなんじゃな」
 ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)は、声を潜めてそれを見据えていた。
「弱ってるとは思えぬプレッシャーを感じるのじゃ。気を引き締めていかんとのう」
「ええ。きっと強敵……だからこそ、がんばりましょう」
 カナネ・カナタ(やりたい砲台の固定放題・e01955)も頷く。
 感じるのは肌にぴりぴりと痛いほどの威圧感。それでも、負けるために戦いを挑むわけではないのだ。
「ここじゃない場所で大切な人がドラゴンと戦ってるのだもの。絶対に、全員で生還するわ」
「そうですね。全力で、行きましょう」
 声を継いだシルク・アディエスト(巡る命・e00636)は、妖精をモチーフとした武装、『グロース・鋼鉄の妖精』を展開。機械翼を動かし、機動性を活かして接近を開始した。
 マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)もそれに続き、疾駆を始めていく。
「情け容赦無用! 龍完全撃破! いくでござる!」
「──オープン・コンバット」
 と、同時に移動を進めるのはミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)。こちらは木々を遮蔽にするように、仲間とも間合いを保ち始めていた。
 作戦は木々に隠れるものと、敵の目を引くものによる撹乱。
 シルクはまっすぐに疾走し、戦闘開始から雷翼竜の前に出て誘引を試みようとする。
「目の前のすべてを喰らうつもりなのでしょうね。しかし、命を削り戦うのはこちらも同じ。さあ、我慢比べと参りましょう」
 シルクの呟きに、未だ距離のある竜は、何を思ったか。
 確かなのは、雷翼竜にこそ容赦など介在しないことだった。
 瞬間、ケルベロス達が見たのは豪速で迫る雷の塊。雷翼竜が羽ばたき、こちらの誰よりも疾く飛翔してきていたのだ。
 そして高らかな咆哮を上げると、白雷を放出。圧倒的な速度による連続攻撃で、初手、前衛の全員を重度の催眠状態に陥れた。
「皆さん……大丈夫ですか──!」
 シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)が声を上げるも、シルクは朦朧として応えない。ただ雷翼竜に対して魔法の木の葉を与え、その能力を一層高めていくだけだった。
 マーシャも催眠によって、生み出していた幻影を雷翼竜に施す形となる。
 さらに、シアライラのボクスドラゴン、シグナスも意識は浅く、敵の耐性を強化していた。
 マーシャのライドキャリバー、まちゅかぜとエンデ・シェーネヴェルト(フェイタルブルー・e02668)は正気を保つ。だが、二者が繰り出した攻撃が高速の雷翼竜に命中することはなかった。
「まったく当たらない、か。補助と、それから前衛の回復も頼めるか」
「ええ、すぐに。……蒸気圧展張」
 エンデに頷くミオリは、武装を駆動。治癒の蒸気を噴霧させ、シグナスを治療していく。
 シアライラも星剣“Caelestia Filia Regis”に守護星座の力を降ろし、前衛を回復させていた。
 緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)は魂から焔を顕現させつつ、目を細める。
「衰えたといえどその力は流石ドラゴン、か。一分の隙もなさそうだ」
 敵の力は想定以上だ。だがまだ戦いは始まった直後。生み出した焔をララに与え、まずはその知覚力を高めさせた。
 ララがまちゅかぜに治癒のオーラを与え、カナネもドローンを飛ばすことで、体力的には持ち直されつつある。
 だが、その頃には雷翼竜が激しい乱気流を発生させていた。
「……、まだ、催眠状態すら万全でないのだがな──」
 結衣の声をかき消すように、雷翼竜は閃光を飛ばす。瞬間、広がった天雷は、多重に増幅された力でケルベロス達を襲った。

●雷と刃
 天雷の衝撃自体は、初撃の白雷には幾分か劣った。
 それでも、前衛全体に深い麻痺を与えるだけの力はある。まちゅかぜとシグナスは行動不能になり、傷も深まり始めていた。
 ただ、シアライラはすぐに星の煌めきを与えて前衛を治癒している。
「カナネさんも急ぎ、治療を」
「了解よ!」
 頷くカナネもドローンを広げ素早く処置していた。
 しかし、それでも不調の全快には遠い。マーシャはようやく正気を取り戻したところだった。
「うぅ……まさか敵の力を高めてしまうことになるとは」
「今はとにかく、状態を整えましょう」
 声を継いだシルクも、よろめきながらも『蜂の羽音』。蜂型無人機によって前衛を回復させ、当面の麻痺と催眠を治していった。
 しかし、ミオリが反撃に放ったレールガン『HiVeL』と、エンデの繰り出した剣撃は、すんでのところで回避される。
 雷翼竜の動きは、確かに開戦直後よりは鈍っている。だがまだまだ捉えられる速度ではなかった。
「ったく、手が出ねぇな」
「それでも、攻撃をしていかなければ勝ち目がないでござる」
 エンデに返したマーシャは、幻影を結衣に投影。能力を多重化させる力を与えていく。
 結衣もマーシャの言葉に頷いていた。
「その通りだ。それに、付け入る隙はきっと生まれる」
 そして、魂の炎を自身に巡らせて知覚力を大幅に増幅させていた。
 ララも攻勢に移っている。撃ち出すのは『拘束弾(プロトタイプ1号)』。重力を発生させる弾丸で雷翼竜の脚を掠め、動きを鈍らせていた。
「ようやく当たったのじゃ……!」
 だが、雷翼竜は獲得していた耐性の力で、その重力を除去。次の瞬間には炎雷を放ち、爆炎で前衛を包んでくる。
 こちらの防御があっても、その攻撃力は未だ強力。まちゅかぜとシグナスは炎に覆われ、体力を大きく減らしていた。
 シアライラとカナネは素早い回復行動を取り、治療と防護を重ねていく。それでも、既にかなりの深い傷が蓄積していることはカナネにも見て取れた。
「このまま、耐えきれるかしら──」
 雷翼竜はほぼ無傷と言っていい状態だ。加速度的に弱り始めてはいるが、それでも死は遥か遠いことのように思えた。
 それでもミオリは冷静に、アームドフォートを構える。
「こちらは、全力を賭すだけです」
「ああ。いつまでも悠々と、飛ばさせはしない」
 声を継いだ結衣は、強い深度を持った魂の炎をララへ投射。その体に溶け込ませることで、感覚を一気に鋭敏にさせた。
 ララはそれを活かして飛び蹴り。今度はうまくヒットさせ、大きく機動力を削いでいく。
 シルクもそこへ、銃口を向けていた。
「ようやく、敵の動きが見えます」
「ええ。今度は逃しません」
 同時、ミオリは一斉砲撃。マーシャから幻影を付与されて増幅した力で、雷翼竜の機動を阻害していく。シルクの射撃も連続して命中し、敵の力も鈍り始めていた。
 雷翼竜は初めてこちらの力を感じ取ったように、間合いを取る。
 だがエンデは隙を作らず、風のように疾駆して接近していた。
「この機を、逃すかよ」
 そのまま木を蹴り、空中に跳び上がってゼロ距離へ。宙で体を回転させ、有効打といえる強力な蹴撃を叩き込んだ。
 雷翼竜はしかし、まだ膨大な体力を残している。
 顔に浮かべるのも、苦悶ではなく獣の如き怒り。瞬間、白雷を放ち、まちゅかぜとシグナスを吹き飛ばして戦闘不能に陥らせていた。

●巨影
 木々が焼け、野原に煙が立つ。
 雷翼竜は間合いを取るように空に飛ぶが、こちらは即座に反撃に打って出られぬほど被害が大きかった。
 シアライラとカナネはすぐに前衛の回復を行い、防御力と耐性を増している。だが治癒行動と耐性の効果があっても全快とは行かず、催眠の残るエンデは敵へオーラを与え、状態を回復させていた。
「気を確かに、持つでござる……!」
 マーシャは【王護之型】矢倉囲いで防御の型を取ることで、エンデの正気を戻させる。ただ、意識を保っていたシルクも、段々と状況が厳しくなるのを感じていた。
「今の時間は──」
「……4分です」
 ミオリの答えに、シルクは巨竜に向き直る。耐え抜けるかと、疑問が脳裏をかすめた。
 無論、こちらにも機会はある。雷翼竜も全快では無いし、弱体化が一層進んでことで、動きは明らかな鈍化を迎えていた。
 それを逃しはしない。シルクは銃口から氷気の光線を放ち、敵の翼の端を凍らせる。
 そこへミオリもHiVeL。帯電させた鏃型弾頭を胴部に撃ち当てて確実にダメージを刻んでいた。
「今です、機動を削ぐ攻撃を」
「任せるのじゃ!」
 応えたララは、拘束弾を発射。それを確実に命中させ、体の速度をさらに落とさせた。
「このまま、連撃じゃ!」
「ああ、俺が行く」
 短く返した結衣は、雷翼竜へ跳躍。瞬間、魔剣“【永焔】レーヴァテイン・エクセリオ”に炎を滾らせ『桜火<消えぬ傷痕>』を繰り出していた。
 それは空間に斬撃の記憶を留めて敵を切り裂かせる能力。業火の入り混じった剣撃は敵の体に無数に傷を刻み、より能力を弱らせていく。
 だが、雷翼竜もまた耐性の力でその幾分かを回復。高速の滑空で反撃に出てきた。
「……!」
 マーシャが地を蹴ったのは、その狙いがエンデに向いたからだ。
 瞬間、強烈な爪撃を庇い受けてマーシャは意識を失った。
「マーシャさん……!」
 シアライラが思わず声を掛けるが、マーシャは血を流しながら横たわり、返事をしない。
 エンデはその体を抱き上げて背中側に下げ、雷翼竜を見返した。
「やってくれるじゃねぇか」
 そのまままっすぐに疾駆し、霊力を含んだ斬撃を叩き込んでいく。
 シアライラも素早く仲間を見回し、状況を確認していた。
「陣形を、立て直しましょう」
「では、私が出ます」
 応えたミオリは、マーシャに代わり前面の立ち位置に移動を始める。
 この間に、カナネは『狂想の魔弾』を、シルクはグラビティを打ち消す光線を放っていた。
 が、減退したとはいえ未だ速度を誇る雷翼竜は、ぎりぎりでそれを回避。羽ばたいて攻勢に移ろうとする。
 と、結衣はそこを的確に狙い、燃える剣閃を爆破させてダメージを与えていた。
「まだまだ、譲る気はない」
「援護するのじゃ!」
 連続して、ララも走り込んで飛び蹴り。少しでもその速度を落とそうと傷をつけていった。
「少しは、弱ってきたかのう」
「……だと、いいんだけど」
 着地したララに言ったのはカナネ。
 前面で敵を見据えるシルクにも、言わんとするところはわかった。
 自然な弱体以外で減衰していた敵の攻撃力は、とっくに回復している。だからその力は変わらず脅威だった。
 雷翼竜は咆哮する。前衛を襲った天雷は、まずミオリに命中。次いで盾でも防ぎ切ることが出来ず、剛烈な衝撃を伴ってシルクとエンデの体を貫き、鮮血を散らせていった。

●勝利
 煤けた木々の中に、血潮のにおいが漂っていた。
 シアライラとカナネは倒れた2人を見下ろすが、意識が無いことはすぐに判る。この戦いでの回復はもう無意味だろうとも理解していた。
 結衣は視線を巡らせる。
「動けるのは5人、か」
「……逃げるのなら、機会を逃さないようにしないといけないわね」
 カナネは皆に言う。
 1人や2人が残ったところで、退避がままならないとは想定している。だからこの戦いを負けとするのならば、そのタイミングを誤ってはいけなかった。
 ララは敵へ向き直る。
「それでもまだ、5人なのじゃ。やれることはやっておきたいのじゃ」
「ええ、勿論です。補助します……!」
 頷いたシアライラは、御業の力でミオリを回復。次いでカナネもミストを浴びせて治癒を図っていた。
 だが麻痺は重く、ミオリは行動が出来ない。
 結衣は炎の剣撃を、ララは飛び蹴りを敵へ命中させるが、雷翼竜は怯むでもなく、白雷を後衛へと放ってきた。
 ようやく動きを取り戻したミオリが、急ぎカナネを庇う。だが、直撃を受けたシアライラは正気を保てず、雷翼竜へとさらなる耐性を与えてしまっていた。
「私はシアライラちゃんを回復するから、皆はミオリちゃんを!」
 カナネは言って、シアライラにミストを施していく。
 頷いた結衣とララがオーラを与え、ミオリ自身も蒸気のバリアを張ることで事なきを得る。だが直後には雷翼竜が爆炎を放ってきて、状況は悪化の一途をたどった。
 雷翼竜は弱体化しつつも、不調を耐性によって回復していく。逆にケルベロス達は深い傷を刻まれつづけ、ヒールの効き目も薄くなっていた。
「……状況は、やはり厳しそうです」
 ミオリが言ったのは、雷翼竜が高速で自分に飛来しているのを見たからだ。
「皆さん、あとは作戦通りに。退避をお願いします」
 直後、風が吹く。
 雷翼竜は滑空と同時、爪でミオリを攻撃。衝撃で吹っ飛ばし、その意識を奪っていった。
 ミオリの体を抱きかかえ、シアライラは自分達がやってきたほうを向く。
「急ぎましょう……!」
 皆も頷き、倒れた仲間を運び出そうとする。
 だが、雷翼竜に黙ってそれを見ている慈悲はなかった。
 圧倒的力量差のある敵に対し、素早い動きも困難な状況で逃げるのは容易くない。雷翼竜は、後ろを向いたシアライラに容赦のない雷を浴びせ、地に転がせた。
 結衣は歯噛みして目を細める。
「逃げられない、か」
「ううん、逃げて」
 そう伝えたのはカナネだった。残った仲間から離れ、竜の方へと走っていく。
「何をするつもりなのじゃ」
「出来ることをするのよ。逃げられる状況だけは作れるわ」
 ララに言ったカナネは、ひとつウインクをしてから、木々の間を駆けた。
 結衣はまた、一度だけ歯噛みする。だが、こういう状況だからこそ、自分にできることをしなければならないと、分かっていた。
 カナネは1人、雷翼竜の眼前に立っていた。ばちりばちりと弾ける雷は、近くでは一層凄まじい威容だ。
 そこに怯まず、カナネは近づいた。
「形は違っちゃったけど、負けるわけにはいかないの」
 雷翼竜が襲ってくると同時、カナネは自身の力を暴走させる。瞬間、理性を失い、代わりに膨大な力を手に入れた。
 木々の間にいた結衣達は、遠くに竜の咆哮を聞いた。
 それはおそらく、断末魔の叫びだったのだろう。少しの後には、もう雷翼竜の声が聞こえることはなくなった。
 青空にそぐわぬ雷も、乱気流も、もうそこにはない。ただ自然の豊かな木々と、生ぬるい風が感じられるばかり。
 それは勝利と言えたのかも知れなかった。だがその実感のない、掴みどころのない感覚ばかりが、ケルベロス達の胸を満たしていた。

作者:崎田航輝 重傷:ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629) シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるティレニアのレジーナ・e00736) エンデ・シェーネヴェルト(フェイタルブルー・e02668) マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659) 
死亡:なし
暴走:カナネ・カナタ(やりたい砲台の固定放題・e01955) 
種類:
公開:2018年5月29日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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