秘境の大輪

■リプレイ

●接触
　５月の風の吹く森に、ケルベロス達はやってきていた。
　緑の木々を縫って進むと、程なく華やかな空間が見えてくる。そこは赤の花々の咲き乱れる鮮やかな花園だった。
「人目に付かない、秘密の花園ですか」
　ミント・ハーバルガーデン（眠れる薔薇姫・e05471）は敵影を探しつつも、その明媚な空間を見回す。
「こういう自然豊かな綺麗な光景は私も好きです。深い森でよく、見つけられたものですね」
「一人で町を大冒険……なんていかにも男の子らしいね……。こんな奥深くに入るほど、色々なところを見て回っていたんだろうね……」
　四方・千里（妖刀憑きの少女・e11129）も一歩一歩進みつつ、声を継ぐ。
　アマリリスは旺盛を迎え、美しい。花に造詣の深いミントには、優美さがよくわかった。
「ここを見つけた時は、きっと嬉しかったことでしょうね」
「ん、森の中ですごくいい場所を見つけた時の感動はすごく分かるの」
　フォン・エンペリウス（生粋の動物好き・e07703）も、こくりと頷く。
　普段から、動物達と一緒に森を駆け回って遊んでいるフォンだ。森の中での秘境を見つけた感動は、強く想像できた。
「だから……そんな人を襲って取り込むなんて許せないの！」
　と、フォンが視線を向けるその先。
　花々の中に異質な巨花がいた。
　蠢く根元に、うねる蔓触手。見上げる巨体を持つ、アマリリスの攻性植物だ。
　流動する体の中に、少年の姿も垣間見えている。
「君を助けるためにケルベロスが来たよ！」
　長篠・ゴロベエ（パッチワークライフ・e34485）は接近を始めつつ、声を投げた。
　ただ、少年は朦朧として声を返さない。反して攻性植物は敵意も露わに、こちらに向いてきていた。
「ガキを殺さずに、寄生した攻性植物のみを倒すパターンか。こいつは長期戦にもつれ込むんだよなァ……」
　ジョーイ・ガーシュイン（地球人の鎧装騎兵・e00706）は息をついて頭をかいている。
「クッソ面倒くせェからちゃちゃっと終わらせてェんだがなァ──ま、やるなら、やるさ」
　ただ、ぼやきつつも表情は鋭く、助ける気持ちも満々に。冥刀「魅剣働衡」を構え、正面から異形の花と対峙していた。
「何にせよ、放って置くわけにはいかないしね」
　と、アルシエル・レラジェ（無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784）もまた、涼やかな声とともに戦闘の間合いに入る。
　洗練された身のこなしで携えるのは、リボルバーだった。
「出来る限りで少年を助けよう。皆──行こうか」

　攻性植物は、攻撃をしようと躊躇なく近づいてきていた。
　が、それよりも早く、グラビティを撃ち出している者がいる。
「悪いけど、先手はこっちのものだ」
　それは真っ直ぐに手を伸ばす、村雨・柚月（黒髪藍眼・e09239）。敵の眼前でそのグラビティを爆縮させると、一気に拡散。触手を数本爆散させながら、攻性植物を後退させていた。
「よし、まずはこのまま抑え込むぞ！」
「あァ」
　短く応えたジョーイは、踏み込みながら刀を振り上げ、『鬼神の一太刀』。濃密なオーラを纏った強烈な一閃で、さらに触手を寸断してプレッシャーを与えていく。
「さて、処置は早めに、といこうかの」
　と、そこで敵へ距離を詰めるのは、竜峨・一刀（龍顔禅者・e07436）。
　わななく攻性植物に怯むこともなく、羽ばたいて面前まで行き、光の盾を形成。敵にそれを与えて体力を回復させていた。
「こんなものかの。余分な盾は破壊してもらえれば助かる」
「では、私がやっておきますね」
　頷いたミントは、拳に“優しさオーラ”を集中。打突でその魔法盾を粉砕していく。
　攻性植物も触手を飛ばして反撃する。が、それはミント自身が受け身をとって衝撃を軽減。フォンもすぐに、回復行動に入っていた。
「ん、この力をうけとって、なの！」
　声とともにフォンが飛ばすのは、丹精込めて折った折り紙の動物達。それが森に踊るように宙を舞うと、ミントを含む前衛に霊力が溶け込み、加護と回復がもたらされていた。
「ん、攻撃はおねがいするのっ」
「任せて……」
　声を返した千里は、瞳の色を緋色に変貌させ、疾駆している。そして駆け抜けながら敵に触れて妖力を流し込み、体内から炸裂する衝撃を喰らわせていた。
　よろめく攻性植物へ、ゴロベエもグラビティの塊を飛ばし、連続の小爆破。伸びてくる触手を散り散りに散らせていく。
「まずはあの蔓を粗方、破壊してしまおうか」
「いい考えだ。助力するよ」
　爽やかに笑んでみせたアルシエルは、マズルフラッシュを閃かせ連射。残る蔓触手の全てを撃ち抜き、霧散させていった。

●闘争
　攻性植物は咆哮のような音を上げて倒れ込んでいた。
　だが、体力が底をついたわけではない。すぐに虫が這うように流動すると形態変化。栄養を注いだかのように花弁を大きく開かせ、そこに炎を湛えていた。
「咲く花の、におうがごとく、今盛りなり……尤も、こうなると実もならぬ仇花じゃな」
　周りの花と比するように、一刀は異形と化したそれを見上げている。
　ゴロベエも観察しつつ、ふと呟いた。
「この攻性植物を生んだのも、あの巨大攻性植物倒したときの胞子なのかな」
「人を襲って取り込むタイプも一向に減る気配がないからな……即断はできなさそうだ」
　柚月も考えるように声を継ぐ。
　それから一瞬後には、敵を強く見据えていた。
「ただ、目の前の事件の解決は必ず次に繋がる。それは間違いない。だから──そのためにも、少年を救って完全勝利だ！」
「そうじゃの。どのような由来があろうが、その子は返してもらおう」
　一刀は言うと同時、風を掃いて敵に迫った。攻性植物は花弁を向けてくる、が、一刀はさらに疾く旋回して背後を取っている。
「見きったわい」
　刹那、刀を縦横に奔らせて傷を刻んでいた。
　そこへ、ジョーイも接近。刀を大振りに、根元を横一閃に切り裂いていく。
「これで動きは多少、鈍っただろ」
「ええ、体力も一度ぎりぎりまで削っておきましょう」
　頷いたミントは、深い青のエネルギーを飛ばす。それを、花が開くように拡散させることで敵の花弁の一端を吹き飛ばしていた。
「そろそろか……」
　敵が苦悶を浮かべると、柚月はそこで海の力を秘めたカードを飛ばしている。
「夏風海色、頼んだぜ！　霧に映りし幻想の海！　顕現せよ！　オーシャンミスト！」
　そのカード『夏風海色』は、輝きながら敵に接触すると、周囲に青緑の霧を広げ、治癒の力を展開。攻性植物の体力を危険域から脱させていた。
　次いで、ゴロベエも『自宅警備の心意気』を発現。生きる想いを呼び覚まし、意志を癒やしに変換する能力で、少年の蒼白の表情に微かに力を取り戻させている。
　ゴロベエはその過程で、少年に言葉をかけてもいた。
「そのまま気を強く持つんだ。諦めるには、まだ早い」
「ああ、必ず助ける。だから少しだけ我慢しててくれ」
　柚月もそう声を伝えると、少年は無意識の中で、微かに表情を動かしたように見えた。
　攻性植物はこの間に、花から光線を放ってくる。が、それを受けた千里は、バックステップで威力を殺すようにダメージを抑えていた。
　直後には、フォンが白く輝くオーラを形成。癒やしの光にして千里に与え、その傷を消し去っている。
「ん、クルルもみんなの手助け、頑張ってなの！」
　その声に、ボクスドラゴンのクルルは鳴き声を返しつつ、柚月に属性の力を注入。耐性を強めて防護を固めさせていた。
　攻性植物は連撃を狙って這ってきている。が、アルシエルはふんと息を吐いて銃口を構えていた。
「こっちも馬鹿じゃない。何度もやらせるかよ」
　疲労も蓄積してきたせいか、口調は猫かぶりが段々と剥がれ、少しばかり乱雑になりながら。アルシエルは呪を込めた弾丸を放っていく。
「東方より来たれ、青龍」
　瞬間、召喚されたのは四神青龍。艶めく翠鱗の胴体を動かし、攻性植物を締め上げていた。
「今だ。いけるか」
「うん……出来る限り、削いでいく……」
　応えた千里は、身動きの取れぬ敵に回し蹴り。刃のような一撃で、巨大な花弁を根元から切り飛ばしていった。

●意志
　攻性植物は衝撃に大きく後退していた。
　だが今度はすぐに攻めてはこず、埋葬形態に変貌。大地に侵食して、周囲に小さな花の群を咲かせてきている。
「まだまだ、倒れないか」
　柚月は抜け目なく周りに視線を走らせつつ、呟いていた。
　助けるために耐える戦いは、通常のそれより長丁場だ。だが、異形の中で苦しむ少年を思えばこそ、弱音など吐いてはいられない。
「焦らず確実に。何としても倒すぞ」
「ええ。──必ず助けて見せます。ですから今は辛いでしょうけど、辛抱して下さい」
　ミントも少年に伝えるように声を張っていた。
　少年は自身を助ける存在を感じるのか、目を閉じたままでも僅かな声を零している。
　攻性植物はそれに構いもせずに攻撃に移ろうとしていた。が、アルシエルはすかさず早打ちで弾丸をばら撒き、周囲の小花を数片吹き飛ばしている。
「こいつらから片付けていくか」
「面倒くせェが……必要なら、しょうがねェ！」
　と、応えるジョーイも周囲を射撃し、敵の花々を散らしていく。
「しっかし、見た目のよく変わる敵だ。あどどんぐらいダメージ与えたらいいんだ？」
「一先ずは、あと一撃……」
　ジョーイに声を返すのは千里。マインドリングから光の剣を顕現し、疾駆していた。
　その武器は、携える妖刀とは異なり、広いものの汎用品だ。しかし元より、武器にこだわりのある千里ではない。
　勝つために手段を選ばず。使える者は使う。躊躇いの無い剣閃にもその性質を発揮するように、一閃で花々を切り裂いていった。
　柚月が敵の治療をしていくと、攻性植物は好機とばかりに花粉を撒いてくる。
　それは催眠効果を伴った強力な攻撃。だが、フォンは直後に『白狐の応援』を敢行していた。
「みんな、意識をしっかりもって、頑張るの！」
　皆に見せるそれは気合のこもった応援。勢い余ってフェネックの姿に戻りつつも、右に左に皆を励まし、その意識を保たせていく。
　次いで、ミントは『青薔薇の芳香』を広げていた。
「私も助力します。青き薔薇よ、その神秘なる香りよ、深遠なる加護の力を以て癒しを与えよ──」
　それは青薔薇から抽出したアロマオイルによるもの。神秘的な香りは鼻孔をくすぐる度に癒やしをもたらし、皆を万全に保っていく。
　同時、ゴロベエは敵本体へナイフを奔らせ、地中の根元を切り裂いていっていた。
「あと少しで、この形態も形無しかな」
「では、ワシが仕上げてみせるとしよう」
　声を継いだ一刀は、刀を中段に構え、攻性植物に踏み込む。距離を取ろうとする敵の根を的確に見据え、逃さぬうちに刀を振るった。
「──捕らえた」
　刹那、弧を描いた斬撃は鋭く。根の全てを寸断し、攻性植物を大地から切り離していた。

●決着
　横転した攻性植物は、暫し苦悶するように蠢いていた。
　だが、すぐ後には理性を失った獣のように、地を荒らしながら突っ込んでくる。
　ミントは怯まず、大槌を向けていた。
「せっかく見つけた秘密の花園。そんな場所だからこそ、悲劇は起こさせません。──竜砲弾よ、敵の動きを封じよ！」
　瞬間、煙を上げて撃ち出した砲弾で攻性植物を穿ってゆく。
　動きの鈍った敵は、それでも接近を試みる。が、ジョーイは既に手に礫を携えていた。
「甘ェよ。手負いの奴に遅れはとらねェ」
　同時、連続で礫を投擲。枝葉を散らせながら体力を削り取ってゆく。途中でジョーイは手を止めた。
「そろそろ回復したほうがよさそうか？」
「ああ。俺がやっておく」
　応えたアルシエルは、指輪を通して光の翼から煌めきを抽出。魔法盾を生成して攻性植物を回復させている。
　攻性植物は再生した触手を千里に飛ばすが、それは素早くフォンが妖扇「天狐」で扇ぎ治癒。能力を高める幻を付与していた。
「ん、これで大丈夫なのっ」
「俺は攻撃に移るよ」
　と、柚月は槍に雷光を宿らせて一撃。高速の刺突を打って再び敵の触手を吹き飛ばしていく。
「もう少し、もう少しだ……！」
「ここまで来れば、直接取り払ってみせるかの」
　声を継いだ一刀は、素早く肉迫すると連続の斬撃を繰り出し、少年から植物を切り落としていった。
　半身を裂かれた攻性植物は満身創痍。ゴロベエは最後にそれを治癒し、瀕死の状態で深い傷だけを残した。
「あとは──頼むよ」
「……わかった」
　頷く千里は、妖刀”千鬼”を手に、重力に対する感応性を極限まで高めている。
「今……その身を蝕む苦しみから……その魂を縛る鎖から……救ってあげる……千鬼流──奥義」
　瞬間、繰り出すのは『千鬼流奥義　死葬絶鎖』。敵のグラビティ・チェインの流れを細部まで読み取り、肝所を全て正確に断ち切る斬撃を放った。
　その連撃は少年と異形の繋がりを絶ちきり、攻性植物を打倒。そこに少年だけを残していた。

　戦闘後、皆は少年を介抱した。
「大丈夫ですか？」
　ミントが応急手当して確認すると、少年は朦朧としつつも頷く。少しの後にはその意識もはっきりとしてきて、皆に礼を言っていた。
「ありがとうございました」
「怪我もないみたいだな。よく頑張ったな」
　柚月が褒めるように言うと、少年はこくりと頷く。ゴロベエはそれを確認し息をついた。
「アマリリスは毒もあるようだからね。無事で良かった」
　言うと、それから周囲のヒールを始めた。
　ジョーイは武器を収めつつ歩き出している。
「無駄に疲れた……悪ィが一足先に上がらせてもらうぜ」
　ただ、そういいつつも自分も花畑にヒールをかけ、荒れた場所を直していっていた。
　明媚な風景が戻ると、千里は少年に声をかける。
「いい景色だね……君が見つけた秘密の場所……」
「……うん！　僕も綺麗だと思った」
　少年はそれで明るい顔になる。千里は花々を眺めた。
「もしよければ……私も時々ここに来ていいだろうか……？」
「もちろん！」
　頷きを返し、少年もまたじっと花を見つめている。
「確かに、惹かれる風景だね」
　と、アルシエルはヒールの後写真を撮っていた。
　１人であったアルシエルも、写真を見せて話をしたいと思える存在が出来つつある。だから少しだけ浮かれ気味に、その光景を収めていた。
　一刀も暫しそんな花々に視線を巡らせる。
「これで落着というところかの」
「ん、みんなが無事におわって、よかったの！」
　フォンもそんなふうに頷いていた。
　ゴロベエはふと、敵の亡骸が風に消えていくのを見ている。
（「世の中にはこういう攻性植物を助けようとする者もいる。俺も何か考えられないか」）
　そこには、少年と同じように敵も助けられれば、という思いがあった。
　ただ、少なくともこの攻性植物は倒すしかなかった。それを少し物思い、ゴロベエは歩き出した。
　そうして皆もまた、帰路についていく。
　美しい花園は美しいままに。皆が去った後も、風に花弁を揺らしていた。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年5月25日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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