幻郷に揺れる白

■リプレイ

●花園へ
　春の花咲く公園へと、ケルベロス達は駆けつけてきていた。
　現場には既に警察消防も到着しており、人々は避難の準備を始めている。その中を疾駆しつつ、霧島・絶奈（暗き獣・e04612）も周囲に声を届けていた。
「ケルベロスが戦闘を開始します。警察や消防の指示に従い迅速な避難を願います」
　こちらの姿に、人々は安堵を浮かべたように退避を開始していく。ケルベロス達はそれと入れ替わりに遊歩道へ進み、花の豊かな一帯に入っていた。
　程なく見えてくるのは、一面の鈴蘭の花。
　イェロ・カナン（赫・e00116）は感心したように眺めつつも、ボクスドラゴンの白縹に釘を刺している。
「いつもみたいに花を食べないようにな。あれは、見るための花なんだから」
　対する白縹は、ツンとそっぽを向いていた。ただ、鈴蘭は毒性が強い事を知っている上に、白い花が好きなためか、食べようとしたりはしないようだ。
　現場へと近づく程、甘い香りが漂う。英桃・亮（竜却・e26826）はその光景を見て呟いていた。
「鈴蘭、か」
　想起するのは過去。故郷で花売りの子が、白い鈴蘭を大切そうに抱えていた姿。
「あの花とは、違うはず……なのに」
　或いは、別物だからこそだろうか。白花が少しだけ、記憶をくすぐっていた。
　亮は一度首を振り、前方に意識を集中する。
　そこに、花の間で蠢く影があった。
「うわ……お花のお化け！」
　と、不入斗・葵（微風と黒兎・e41843）も目を見開く、その視線の先。巨大な体躯を持つ異形の花がある。
　それは鈴蘭の攻性植物。丁度５体揃って、遊歩道へ出ようとしていた。
　皆は頷き合い、距離を詰めてゆく。
　神宮時・あお（囚われの心・e04014）はそれを見ていると、ふと気にかかった。活発になった大阪での一連の、全てについてだ。
（「ここで……攻性植物が、動くとは、思いません、でした、ね。……一体、何が、原因で、このような、事態に、なったの、でしょう……」）
　未だ不明なことも多い、連なる事件。それについては、絶奈も考えていた部分があった。
「あるいは、この流れは誰かの差し金や入れ知恵なのでしょうかね？　種族を渡り歩く某王子か、それとも最終生存体か──」
「春になったから活発になったのかも。だとしたら、やっぱり植物っていう感じだけど」
　葵も、いくつかの事件を思い出しつつ声を継ぐ。
　無論、目の前の脅威に気の緩みはない。戦闘の間合いに入ると、まっすぐ声を投げた。
「とにかく、人に危害を加えるなら手加減なしだよ！」
「ええ。何であれ、目の前の障害を駆除殲滅するのみです」
　絶奈も頷き、５体の行く手を塞いでいく。
　攻性植物は、まるで威嚇でもするかのように体をわななかせていた。
　変わり果てた鈴蘭の姿。ダンドロ・バルバリーゴ（冷厳なる鉄鎚・e44180）は見据えつつ、体に銀灰色の闘気≪ Molon Labe ≫を纏わせる。
「野に咲く花のままならば、目立ちはせぬが平穏な生を終えられたのかもしれぬ──だが運命はそれを許さなかった、ということかの」
「ある意味、“純粋”であると認識……。但し、“謙遜”には該当しないと判断」
　声を継ぐ款冬・冰（冬の兵士・e42446）は、表情一つ変えず、走査するように視線を巡らせていた。そうして機械的に告げる。
「駆除開始」
「うむ。──汝らの運命、ここで終わりにしてくれよう」
　同時、ダンドロは敵の先鋒に踏み込んで殴打を加えた。そのまま張り付くように位置し、その１体の意識を引きつけていく。
　その隙に、ヴェルトゥ・エマイユ（星綴・e21569）はライフルにグラビティを収束。夜空に奔る流星のような光を放ち、後衛の１体にダメージを与えていた。
「周りの人は……皆、逃げてくれたようだな」
　銃口を下げたヴェルトゥが見回すと、既に避難も進み、周囲に一般人はいない。
　亮は頷くと、敵へ接近する。
「後は戦いに集中しようか」
　敵の盾役は、後衛を守ろうと立ちはだかってきた。が、亮はあおとともに飛び蹴りを叩き込み、その１体を横に数メートル飛ばす。
　間隙ができた所で、絶奈は魔眼を発揮。精神を乱して後衛の２体を催眠状態に陥らせた。
　これにより、１体は自分達を回復するも、もう１体は正常な判断を失い、ケルベロス達の側に耐性を付与する結果となる。
　中衛の１体は毒花粉を撒いてくるが、それには素早く冰が対応。ナノマシンの混合体を宙に放っていた。
「薬液散布」
　瞬間、それが破裂するとともに治癒効果の煙を上がり、毒を浄化する。
　さらに、イェロも直剣“切望”から星の光を拡散して、前衛の防備を固めていた。
「これでひとまず万全か。攻撃は、頼むぜ」
「うん、いくよ」
　頷いた葵は『黒百合の呪縛』。力の内包された札“黒百合の雫”から花を咲かせていく。
「舞うは黒百合……咲きて散りゆけ、紡げ……連綿たる呪いを──」
　花弁が散ってゆく度に、呪いが重なり攻性植物を蝕む。黒き散華の中で動きを鈍らせた後衛の２体は、枝葉の端々を黒く朽ちさせていた。

●剣戟
　攻性植物は苦しげに体を震わせている。
　ただそれでは倒れず、未だ５体で陣形を保っていた。
「先は長い……そういう意味でも、まるで除草作業ですね」
　絶奈は敵を見てふと呟いている。
「尤も、刈る相手は「狩る」と言うべき凶暴さですが……」
「この鈴蘭の花も、哀れではあるな」
　と、ヴェルトゥは一度だけ目を伏せていた。
　人に寄生していない攻性植物を相手にするのは、ヴェルトゥは久し振りだ。それは手心を加えなくて良い分、気持ち的には戦いやすい状況ではある。
　けれどその分、容赦なく蹴散らされるであろう花に、思うところもあった。
「この鈴蘭も、最期まで美しい花として散りたかっただろうに」
「そうかもな。だからこそ、きっちりと倒さないと」
　イェロは言いながら、見回す。それから敵にまっすぐ向き直った。
「その上で、可能な限り周りの鈴蘭は守ろう」
「ええ。迅速に──行きましょう」
　応えた絶奈は、鎖を高速で放つ。それを手足のように操って後衛の１体を捕縛していた。
「さあ、今のうちに」
　その絶奈の言葉にこくりと頷くのは、あおだ。
（「体力、は……減ってきている、はず……」）
　まずはその１体を追い込もうと、あおは光線を発射。根元を硬化させていく。
　この間、敵の先鋒は触手攻撃をしてきていた。が、それはマークしているダンドロが押さえ込み、防御している。
　ダメージは小さくない。しかしダンドロはあくまで退かず、【雷霆】。バスタードソード≪ Diadochoi ≫を抜き放ち、大地を打つ雷鳴が如き裂帛の一閃を叩き込んでいた。
「こちらはまだまだ健常。皆はそれぞれの相手を頼むぞい」
「ああ。さあ、言っておいで」
　頷いたイェロは、節榑立った杖を振るい、『星の名』を行使していた。
　刹那、大鷲となって羽ばたいたそれは、光の如き速度で宙を翔け、後衛の１体の枝葉を散らしていく。
　敵中衛は、触手を亮に飛ばしてきた。が、それもダンドロが横っ飛びに受け身を取ってダメージを抑えている。
「簡単には、崩れぬよ」
「一定量のダメージを検知。物資提供開始」
　直後には、冰が雪娘・スネグーラチカに扮して“冬影「雪娘の贈り物」”を行使していた。
「これを使用することで、体力が安全水域に回復する」
　それは薬液の回復スプレーと、可愛らしいスノードームのセットによるプレゼント。スプレーは即時に効果を発揮し、ダンドロを癒やしていく。
　次いで、絶奈のテレビウムも画面を発光させ、ダンドロを万全に保っていた。
「ここからだ。一気に行くぞ」
　ヴェルトゥは言いながら、連続射撃。敵後衛を追い立てるように光線を撃ち当て、触手を焼き切っていく。
　それを機に、皆もさらに攻める。攻撃を遮ろうとする盾役の１体は、亮が再び拳の一打を与えてたたらを踏ませ、射線を通していた。
「これで行けるはずだ。頼む」
「ありがとう。さあ、出てきてっ！」
　頷く葵は、札を掲げる。瞬間、淡い光が巨大なシルエットに変貌。そこに殺戮機械が召喚されていた。
「そのまま、やっつけちゃえ！」
　葵の声に応じるように、殺戮機械は車輪を駆って縦横に疾走。暴力的なまでの威力で突撃して後衛２体を巻き込み、そのうち１体を霧散させていった。

●闘争
　仲間の１体が完全に消滅したことに、４体はおののきを露わにしていた。
　動物敵本能を得たからこその反応でもあるだろうか。
「汝らも、すぐに続くことになるであろう。死という名の永遠の平穏──それを与えるのが我らの役目なのだから」
　ダンドロが言うと、攻性植物達は一層反発するように襲ってくる。
　だが、葵は間を置かずに札から力を解放していた。
「もともとは綺麗なお花さん……でも、ごめんね！　攻性植物には容赦無用なの！」
　瞬間、まばゆい光とともに召喚されたのは悪戯猫の群れだった。
「今日は椀飯振舞なんだからね！」
　さらに連続で召喚を実行すると、悪戯猫は大群となって疾走。敵にまとわりつき、後衛の１体の命を徐々に蝕んでいく。
　そこへ、イェロは地獄の炎弾を発射。燃えさかる焔でその１体を焼き尽くした。
「これで後衛は倒せたな。次は前衛、頼むぜ」
「ええ。──早々に、消し去ってあげますよ」
　応えた絶奈は、平素の微笑みの代わりに、狂的な笑顔を見せている。
　それこそが、絶奈の内に潜む本質。
「今此処に顕れ出でよ、生命の根源にして我が原点の至宝。かつて何処かの世界で在り得た可能性。『銀の雨の物語』が紡ぐ生命賛歌の力よ──！」
　瞬間、行使するのは『DIABOLOS LANCER＝Replica』。魔方陣から槍の如き光の塊を召喚し、投擲。敵の先鋒に強烈な光の衝撃を撃ち込んでいた。
　ふらつく攻性植物。だがそれでは倒れず、盾役の１体の力で回復。先鋒の１体は、中衛の１体とともに花粉を撒いてきている。
　その毒と衝撃は、深く強力。だが、それを正面から受けるあおは一歩も下がらず。まっすぐ敵に近づいていた。
（「ひとまず、は……この１体を、倒さないと、ですね……」）
　痛覚のない体では、痛みを感じない。強すぎる自己犠牲の心は、自分が傷つくことに厭いを感じない。
　その危うさはしかし、迷いない一撃を生む要因でもある。瞬間、体に纏った“暁に散る花一華”を拳に集め、打撃で敵先鋒を吹っ飛ばした。
　この間に冰は再び薬液を仲間に施し、皆の状態を万全に整えている。
「治療状況確認。戦闘続行に支障無し。一斉攻撃を推奨」
「ああ、モリオン、行こう」
　頷いたヴェルトゥは、ボクスドラゴンのモリオンを飛び立たせていた。
　モリオンは星屑輝く黒水晶のブレスを浴びせ、敵先鋒に傷を刻む。同時、ヴェルトゥも『Stardust platycodon』。足元から鎖を這わせ、その１体を拘束していた。
　亮はそこへ素早く跳躍している。瞬間、靴装“雪燕”で風を切り、一撃。渡り音の如き風音を響かせて蹴りを放ち、その１体を瀕死に追い込む。
「──今だ。おそらく、いける筈」
「うむ、仕留めるとしよう」
　応えたダンドロは、一閃に剣を振り抜く。苛烈な剣撃は触手を裂き、花弁を寸断。先鋒の１体を千々に散らせていった。

●決着
　残り２体となった敵は、手負いの獣のようにいなないている。
　亮はそこで隙を作らず、心臓を燃やして地に掌を押し当てていた。
（「最後まで、全力で。白く広がる花絨毯が、元の花咲く光景に戻れるように──」）
　願いながら行使するのは『白雫』。
　瞬間、そこに現れた花喰らいの竜が白炎を放射。輝く一閃で薙ぐように、中衛の１体の根元を焼き切っていく。
「あと、少しだ」
「──姿形エミュレート完了。幻影生成」
　と、この間に冰はヴェルトゥに揺らめく幻を重ね、その能力を高めていた。
　ヴェルトゥはその力を活かして縦横の剣撃。中衛の１体を切り刻み、四散させていく。
「これで、残りは１体だ」
「早めに片を付けるとしましょう」
　絶奈は、手元に顕した『親愛なる者の欠片』を流動。鋭利な形に変え、攻性植物に刺突を喰らわせていた。
　敵も自己回復で持ち直そうとする。が、直後にはイェロが剣に炎を纏わせ、強烈な斬撃を浴びせていた。
「防御に徹してくるなら、それ以上に攻撃するだけだ」
「うむ、このまま追い込もうぞ」
　ダンドロは再び雷霆による斬打を畳み掛け、花弁を切り飛ばす。
　倒れ込む攻性植物に、葵は靴装“百華の奏者”に炎を纏わせて跳んでいた。
「一緒に攻撃するよ！」
　その声に応え、あおも『地平線の音色』を響かせていた。
　それは敵の知覚を奪う創生詩魔法。動けなくなった所へ葵の打撃も命中し、攻性植物は霧散。跡形も残らず風に消えていった。

「終わりましたね」
　戦闘後、絶奈の言葉に皆は頷いていた。
「花が余り傷つかずに済んで、よかった」
　亮が周りを見渡すと、葵も頷く。
「うん、荒れちゃった部分だけすぐに直して、綺麗にしよう！」
「ああ。手作業で戻せるところは戻して、と」
　イェロは土などを整えるのは手で行い、遊歩道側の破損した地面はヒールで修復していった。
　皆もそれぞれに修繕を行う。するとそこはもう、明媚な花畑だ。
「幻郷のような雰囲気。だが、行われたのは実に生々しい現実、か」
　ダンドロは呟きつつ見回す。
「このような場所で斬り合いとは。『戦い』というものは厄介なものだ」
　それはきっと今日だけでなく、また訪れることであろう。
　冰は鈴蘭を見ながら、折り紙を折り始めていた。
「過去か現在、或いは未来で。ケルベロスは不幸に見舞われる事は多い」
　言いながら見せたのは、出来上がった鈴蘭の造花だ。それを皆に差し出す。
「けれど……生きていれば、必ず“再び幸せが訪れる”。どうぞ」
「ふむ、むしろそうするのが、我らの仕事かもしれぬな」
　ダンドロは頷きつつ、応えていた。
　イェロは花々を見回す。
「小さな花の鐘みたいで可愛いらしいのに、毒まである。こんな戦いの後でも元気で──全く、したたかな子だ」
　花はまるでそれに応えるように、悠々と爽やかな香りを漂わせていた。
　ヴェルトゥはそんな中を散歩する。瑞々しい緑の絨毯が目に眩しく、鈴なりの小さな白い花が揺れると、しゃらしゃらと音が聴こえるようだった。
「もうすぐ春も終わりだな」
「この花は、このままでいて欲しいものだの」
　ダンドロも、可憐に揺れる花々を眺める。
　何色にでも染まる白。だが白き鈴蘭に血の染色は必要ないと、ダンドロは改めて思った。
「手を加えずとも、花はそれだけで美しいのだからな。汝等は……平穏な生を過ごせよ」
　言って踵を返すと、それからゆるりと帰路についていく。
　あおは去り際、一度振り返っていた。
（「……何処に、この花粉を、まき散らす、元凶が、いるの、でしょうか……」）
　それを見つけることがあれば、と思いながらも。今はただ鈴蘭の香りに見送られて、公園を歩いていった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年5月16日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 5
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