春風の果実

作者:崎田航輝

 緑の中に、甘酸っぱい香りが広がっている。
 そこは苺農園。春が深まるに連れて増々果実は赤く、瑞々しく色づいていた。
 今は朝の静かな時間。けれど苺狩りが始まれば、沢山の人で賑わうことだろう。
 ログハウスではジャムやスイーツ作り体験や、お土産の販売なども準備もされている。爽やかな朝風の中、後は訪れる人々を待つのみだった。
 と、長閑な道からそこへ歩いてくる人影がある。
 るんるん、らららと歌を歌いながら農園へ入ってくるそれは、甘菓子兎・フレジエ。踊る足取りで苺へ近づくと、そのまま果実をぱくりと食べてしまった。
「むぅ、まずくは無いけど、理想には程遠いですぅ」
 フレジエはそう言うと、引き連れていたストロングベリーに命令した。
「このイチゴは私にふさわしくないですぅ。必要ないから、めちゃくちゃにしちゃってくださぁい」
 すたりと歩み出るストロングベリー。それを置いて、フレジエはさっさとその場を立ち去っていった。

「折角の苺なのに、食べずに終わってしまうのはもったいないですよね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達にそんなふうに言っていた。
 それから改めて説明をする。
「本日は、攻性植物の事件について伝えさせていただきますね」
 先日より確認されている、甘菓子兎・フレジエが大阪に現れる事件の一件だという。
「爆殖核爆砕戦の結果として、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き出している、その流れのひとつのようですね」
 フレジエは、大阪市内の苺農家を襲おうとしているようだ。
 フレジエ自身はすぐに立ち去ってしまうため戦うことは出来ないだろう。それでも配下のストロングベリーは倒すことが出来る。
「この農園が荒らされてしまう前に、ストロングベリーの撃破をお願いします」

 作戦詳細を、とイマジネイターは続ける。
「敵は、攻性植物ストロングベリーが2体。出現場所は、大阪の苺農園です」
 丁度苺狩りが始まる前といった状態の、朝の農園だ。
 その場には一般人はいないので、避難活動は必要ない。その分、ストロングベリーは今しも苺を荒らそうとしているので、急ぎ戦闘に集中する必要はあるだろう。
 では敵の能力について説明を、とイマジネイターは続ける。
「ストロングベリーは肉弾戦で戦ってきます」
 攻撃法は、拳による近単追撃攻撃、蹴りによる遠単ホーミング攻撃、乱打による近列服破り攻撃の3つです」
 各能力に気をつけてください、と言った。
「無事に解決できれば、苺狩りをする時間も有ると思います。大事な苺と、それを楽しみにしている人びとのためにも。ぜひ、撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
八柳・蜂(械蜂・e00563)
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
神乃・息吹(虹雪・e02070)
風車・浅木(モノクロ・e11241)
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)
ルリ・エトマーシュ(フランボワーズ・e38012)
不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)

■リプレイ

●接敵
 春香る苺農園へと、ケルベロス達は駆けつけてきていた。
 朝は静かで、風に果実だけが揺れている。
「ここまでに育てるのは、大変なんでしょうねえ」
 爽やかな香りに満ちた空気。それを吸い込んで、翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)は赤く色づいた苺を見ていた。
「このすべてを台無しになんて、させられないもの。だから、きちんと対処しなければね」
 そして、そう言って見据える苺の向こう。
 栽培地の端に、筋骨隆々の攻性植物、ストロングベリーが見えていた。
 リティア・エルフィウム(白花・e00971)は、わぁと目を見張る。
「すっごいマッスル! 攻性植物なのにマッチョでストロングってすごくないです?」
「すごい、というよりは……」
 と、八柳・蜂(械蜂・e00563)は何とも言えぬアンニュイな声音で呟く。
「……苺って、可愛いイメージが強いんですが」
「やぁだ。あの苺、可愛くなーい……」
 そういう神乃・息吹(虹雪・e02070)も、少し眉尻を下げているのだった。
 異形の苺は倒さねばならない。ルリ・エトマーシュ(フランボワーズ・e38012)は敵の後ろに回り、気を引くように声を投げかけた。
「あなた達。一生懸命咲き誇り、実をつけた苺達を踏みつけるような真似、許しませんよ」
「そうだよっ! 畑は絶対に守るんだから──苺のお化けには退場してもらうよ!」
 不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)も、声を継ぐ。葵はそのままブラックスライムを解き放ち、ストロングベリーを捕らえて縛り上げていた。
 そこへ、蜂はヒールの高い靴で身軽に跳躍。宙で体を翻すと、蜂が刺すように一撃。強烈な刺突を加えてその1体を大きく後退させていく。
 この間に、リティアは碧に光る魔法盾を生成し、味方に付与。
 さらに、風車・浅木(モノクロ・e11241)はケルベロスチェインを空に踊らせ、魔法陣を描き出していた。
「これでもっと、守りを固めておくヨ」
 漆黒の髪を揺らめかせ、輝かせる陣は眩い白色。その光が前衛の仲間に溶け込むと、一層強固に防護態勢を整えさせていく。
「攻撃は、頼むネ」
「ではまず、補助を」
 と、声を継ぐルリは、九尾扇で宙を薙ぎ、淡く輝く幻影を生み出していた。
 その幻を纏うのは、薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)。楚々とした仕草で符を取り出し、魔力を込めていた。
「この力、活かさせていただきますわ」
 言って符を掲げると、眼前に白雪が舞う。次の瞬間召喚されたのは、氷結の力を湛えた槍騎兵だった。
「さあ、氷をサービスして置きますわね」
 氷気をなびかせたそれは、怜奈の声に従って斬打を繰り出し、敵の足元を凍結させていく。
 連続して、息吹は霊力の光弾を発射。全体に麻痺が行き渡ると、敵が藻掻く暇も与えず、ロビンが肉迫していた。
「遅いわ」
 瞬間、ロビンは体を回転させて刃の如き蹴撃。翡翠のパンプスで苛烈な一閃を加え、その1体を吹っ飛ばしていく。

●闘争
 倒れていた1体は、腕の筋力を活かしてすぐに起き上がっていた。
 蜂はそれを見て少し声を零す。
「……頑丈ですね。植物と思えないくらい」
「体の組成、というよりも、構成物は私も気になるところですね」
 そう言うのは、加勢していた彼方・悠乃。
 悠乃は回復支援だけでなく、敵をつぶさに観察してもいた。取り分け、その腹部にある頭蓋のような物体については映像にも残そうと撮影を続けている。
 ストロングベリーはそれに構うでもなく、ただ戦意だけを浮かべて歩んでくる。
 ルリは少し訴えるように口を開いた。
「それほどまでして、苺を荒そうというのですか……ご自身もストロベリーでしょうに!」
「そーだそーだ! なんだったら倒した後にもいでもいで食べてやりましょうか!」
 リティアは拳を掲げてそんなふうに言っていた。
 息吹はちょっと目を伏せている。
「食べたくはないけれど……そういう意味ではある種、これも苺狩り、かしら? でも、イブがしたい苺狩りは、こんな殺伐としたものじゃないのだわ……」
「そうねえ。後の楽しみの為に、戦いは早く済ませましょう」
 そう言ったのはロビン。地を蹴って敵へ肉迫すると、零式の力を手に纏って掌打。空間がたわむほどの打力で1体をふらつかせていた。
 攻撃を狙ってくるもう1体には、怜奈が素早く御業を解放している。
「自由にさせる訳ないでしょ……捕縛をサービス致しますわ」
 瞬間、鳥獣のように飛来したそれが、その個体を拘束していった。
 この間に、蜂は踵をかつりと踏み鳴らしている。
「──さぁ、おいでなさい」
 すると、空間に影の如き大蛇が現れて、ストロングベリーに飛びかかっていった。
 その能力は、『毒牙』。文字通りの牙で食って掛かり、敵の脇腹を切り裂いていく。
 ストロングベリーはそれでも倒れず、2体で前衛に乱打を放ってきた。
 それは重いダメージの応酬。だが、直後にはルリが『Lumiere de guerison』。白い木苺の花を咲き乱れさせ、癒やしの光を灯している。
 次いで、リティアも『静けき森の謳』。涼やかな声音で白光と清浄な風を生み、皆の傷と不調を癒やしていった。
 浅木はこの間隙に、輝く鎖を奔らせて魔力を注入。魔法陣を盾のように張り巡らせて、後衛の防護も固めている。
「後ろの守りも、これで心配ないネ。コロルには攻撃をお願いしようカ」
 と、浅木が言うと、ボクスドラゴンのコロルが従順に飛び立っていく。そのまま敵へ飛来すると、体と同様の色鮮やかなブレスを吹きかけて傷を刻んでいった。
 同時に、リティアのボクスドラゴンのエルレはブレス攻撃を、ルリのウイングキャットのみるくはリング攻撃を重ねることで、一気にダメージを畳み掛けていく。
 ふらつくストロングベリーは、それでも大腿筋を突っ張って踏みとどまり、肉弾戦に持ち込もうとした。
 小さく息をついた息吹は、そこへライフルを向ける。
「貴方達、朝の爽やかな空気に似合わな過ぎるのよ。此処で燃やし尽くしてあげましょう」
「葵も、あわせるよっ!」
 同時に、葵は花の描かれた札“黒百合の雫”を掲げていた。
 そこから力を解放すると、黒色の炎を顕現させて発射。敵の全身に焔を広げていく。
 そこへ息吹の銃撃が命中すると、同時に相馬・泰地も疾駆して接近してきていた。
「肉弾戦が得意ってんなら、これも耐えてみろよ! 旋風斬鉄脚!」
 瞬間、泰地は大きく体を捻り、『旋風斬鉄脚』。
 旋風のような身のこなしで放たれるのは、高速かつ強靭な回し蹴り。光の弧を描きながら直撃したそれは、ストロングベリーを宙に打ち上げる。
 怜奈はそこに、暴走する殺戮機械を召喚していた。
「ストロングって割には余り歯応えがありませんでしたね。──ひとまず、お待たせ致しました。これで1体ですわ」
 駆け巡った殺戮機械は、2体を巻き込んで無数の斬撃。瀕死の1体を塵と消していた。

 残り1体となったストロングベリーは、守りも捨てて攻め込んでくる。
 が、葵は果敢に立ちはだかり、拳を受け流していた。
「やられないよ! 苺農家さんが丹精込めて作った苺には指一本触れさせないんだから!」
 葵は農家生まれ農家育ちの身だ。だからこそ、こうして農作物を無下にする相手には負けるつもりはなかった。
 ストロングベリーは反抗するように、雄叫びを上げて腕を振り上げる。
 が、ロビンは先んじて『炎の獣』を行使。硝子片を宿した火の玉を、拳に纏っていた。
「無駄よ。悪いけれど、この子の糧になってもらうわ」
 刹那、炎の拳で殴打。魔力強化された痛打でストロングベリーを吹っ飛ばす。
「このまま最後まで、畳み掛けましょ」
「了解ダヨ。一気にいくネ」
 応えた浅木は、そこへ羽ばたくと空中で回転して、蹴り落とし。炎を伴った打撃で苺の頭ごと地面に叩きつけていた。
 ストロングベリーはそれでも、起き上がりざまに殴りかかってくる。が、蜂はその拳を地獄化した左腕で防ぎ、衝撃を殺していた。
「接近戦は、こちらも不得意ではありませんよ」
 くるりと横回転した蜂は、紫の焔を靡かせながら斬撃。ナイフを奔らせて植物の体を斬り刻んでいく。
 間を置かず、怜奈は『穿紅嵐』。電気石の秘薬で能力解放し、極限増幅させた静電気を生成。それを突風に乗せて飛ばし、小爆破を喰らわせていた。
「これで、終わりですわね」
「うん! えい、倒れちゃえっ!」
 同時に、葵は靴装“百華の奏者”に氷気を纏わせて一撃。強い意志で蹴りを打ち当て、ストロングベリーを粉砕していった。

●苺狩りへ
「終わったわね」
 戦闘後、ロビンの言葉に皆は頷きを返していた。
 敵の残骸は、風に流されて消えていく。悠乃はそれを仰ぎ、少し残念そうではあった。
「何も残りませんでしたか。今ある資料だけで、何か判ればいいですが……」
「フレジエの今後の動きも、気になるよね……」
 葵はそんなふうに悩みつつも、ひとまず首を振る。
「……うん、今考えてもしょうがないか」
「とりあえず、周りをヒールしましょうか」
 蜂が言うと、皆も周囲の修復へ移る。
 幸い苺に被害はなく、荒れた地面を直すだけで作業は終わった。農園の管理者はそれに深い感謝の言葉を述べ、早速苺狩りを開き始めたのだった。
 客も訪れ始める中、皆もそれぞれに苺狩りに向かう。瑞々しく食べ頃の苺を、浅木はつまんでは口に入れていた。
 横で浮かぶコロルも、爪をのばしてぷちぷちと果実を摘んでいる。
「コロルもイチゴが好きだったカ? 美味いよナァ」
 それにコロルも鳴き声を返しつつ、ぱくりとかじっている。浅木もその美味さに、際限なく口に運んでいた。
「食べ過ぎちまうナ……ミンナの様子も見に行くカ」
 呟いて浅木が移動すると、そこにいたのは葵。頑張ったご褒美にと、大きな果実を食べては笑みを浮かべていた。
「美味しい♪ 何個でも食べられそう!」
「ええ、本当ね」
 ロビンも隣で、苺を摘んでいる。それからかぷりと噛み、果汁の甘みを楽しんでいた。
「……そのイチゴも、美味そうだナ」
 と、それを見た浅木も、またぱくりぱくりと食べ始めるのだった。
 蜂はその近くを歩んでいる。
「苺の果実は、綺麗ですね」
 真っ赤な色と、瑞々しさによるキラキラとした光。食べるのがもったいないと思えて、スマホでぱしゃりと撮影してみたりする。勿論その味も楽しもうと、ひとつふたつと口にしていた。
 練乳を買ってつける事もできるので、蜂はそうしている。甘いだけよりも、甘酸っぱいのにたくさんつけて食べるのが好きなのだ。
「……まあ、ここでは程々に」
 と、今は呟きつつ適量に収める。それでも新鮮な酸味と練乳のまろやかさが相性良く、口の中で美味を生んでいた。
「やっぱり美味しいですね」
「ええ、甘酸っぱくて、瑞々しくて……本当に美味しい♪」
 そう嬉々と応えるのは怜奈だ。
 一粒一粒を丁寧に味わいながら、和やかさを実感するように見回す。
「破壊されずに済んで、良かったですわ。……さて、次はお土産ですわね♪」
 怜奈はその足で、お土産コーナーへ向かった。
 そこは多種の苺製品が並んでいて目移りするほどだ。中でも、怜奈はジャムに目を留めた。
「苺ジャム……添加物無しならいいかも」
「どれも一つ一つ違うのね。果実感の残り具合とか」
 こちらに来ていたロビンも、真剣にジャム選び。そのうちに、おすすめのものや甘さ控えめのものなどいくつか買って、お土産にしていた。

 苺畑の方では、『空音』の一行も苺狩りを始めるところだった。
「よっしゃー、皆さん行きますよ! 苺狩りじゃー!」
 リティアはやる気も露わに、鉞を振り回して突入している。
 それについていきつつ、ノイア・ストアードは冷静にたしなめた。
「リティア、そのようなものを振り回しては危険ですよ」
「ええ、苺は手で摘まないと。鉞はしまってくださいね」
 クィル・リカもまた、ほんのり溜息をつきつつ。楽しげな翠髪の天使の後を追っていく。
 そこは甘酸っぱい香りに満ちた空間。
 リティアはわくわくと見回した。
「よし、甘くてでっかいやつを狩って行きましょう!」
「ふふふ、リティアさん、とっても元気ですねぇ。転んでしまわないように気を付けてくださいね」
 ルリが微笑ましげに言うとリティアはもちろん! と応えつつ苺を摘み始めていく。
 果実は大小あるが、どれも形が良くて、美味しそうだ。天壌院・カノンはその中でひときわ可愛らしい一粒を手にとっていた。
 ふわりと笑みを浮かべて皆にみせびらかす。
「んん! 見てください! とっても可愛らしいイチゴですよ」
「おお、いいですね! 私も、いいのを早く見つけたいです!」
 リティアは言いつつルリに向く。
「ルリルリは苺に詳しそうですよねぇ。どんなのが美味しいんでしょう?」
「美味しい苺は、ヘタが元気に反っているんですよ。粒を覆うように実が盛り上がっているのも、いいですね」
「ふむふむ、あっ、これなんて美味しそうじゃないですか?」
 そう言って一粒を指差すのはクィルだ。
 ルリが頷くと、クィルはそっと手を伸ばす。
「僕、苺狩りはこの前もしてきたんですよ。採り方もちゃんと調べましたから、完璧です。優しく包んで……くいっと引き上げるんです」
 言いながら、ぷち、と巧みに収穫。どやっと笑顔をみせた。
「ほら、上手に採れましたよ」
「成る程、ルリとクィルは大変詳しいようですね。とても頼もしいです」
 ノイアは、皆の後ろを少し微笑むようにして歩いてくる。
 それから自分も苺を選び、真似するように収穫した。
「このような感じでしょうか。どうでしょう、こちらの苺も美味しそうですよ」
「お二人のどちらのものも、美味しそうです」
 ルリが柔らかく笑んでいると、少し離れた位置でリティアが声を上げていた。
「うはー! この辺りの苺あっまーい! ほらほら、皆さん!」
 リティアは手招きするように皆を案内。その手にも苺が沢山あった。
 カノンは感心するようにそれを見る。
「こちらのものは、すごく大きいですねぇ」
「味もいいんですよ! さあ、食べてみてくださいなー♪」
 リティアは言って、ノイアやカノンに渡してあげた。
 カノンは嬉しげな表情を浮かべる。
「ありがとうございます! お返しにこちらの可愛らしい一粒をお渡ししますね」
 と、カノンもまたとっておきの苺をお礼にあげていた。
 リティアはそれも美味しそうにかぷかぷと食べると、思いついたように言った。
「いくらか狩って帰って、皆さんで苺を使った苺ぱーちーなんていいかもしれませんね! ……あ、くーちゃんには特別に私の拳で握りつぶした苺スムージーをあげますね」
「いりません」
 クィルは真顔で応えつつ、提案には頷いていた。
「でも、苺パーティーはいいですね」
「ここで何か作っていくのも良さそうですね。私は料理は得意というわけではありませんが……」
 ノイアが言うと、ルリもぽんと手を合わせる。
「いいですね。後のことは後でまた楽しむとして……実際にスムージーを作ってはどうでしょう? タルトも私、とっても得意なんですよ」
 その言葉に、決まったというように皆はログハウスへ。
 そこでもいくつかのスイーツを作って楽しみつつ、最後にまた沢山の苺を摘んで、帰路についていった。

 息吹は苺畑の側で、ベルノルト・アンカーと合流していた。
「ベルさん、ベルさん、お待たせ!」
「イブさん、お仕事お疲れ様でした」
 ベルノルトは頷いて静かに応える。
 息吹はそこへ、耳をぴこぴこと動かして首を傾けた。ベルノルトはそんな息吹の頭を撫でて、労をねぎらう。
「では、行きましょうか」
 2人はそれから、赤く実る果実の園を、歩き出す。
 息吹はつやつやの苺を一粒摘んで、満足げな笑みだ。
「やっぱり苺はこう、可愛くないと」
「苺よりもイブさんの方が可愛いですよ」
 と、息吹と苺を見比べ、ベルノルトは不意にそんなことを言った。
 息吹は一瞬きょとんとしてから目を伏せる。
「……また、そんなこと言って……ばか。ねぇ、苺狩り、続けましょ」
 首を振り、息吹はとことこと歩を進める。
 それから周りの光景に、思い出すように言った。
「ベルさんが、初めてイブの手から食べてくれたのが苺だったから。イブ的に、苺は思い入れが深い果物なのよ」
「そうでしたね」
 ベルノルトも思い返して、呟く。
「ああ、きっとその頃にはもう手懐けられていたのでしょうね」
「手懐ける、だなんて。今はあーんするのにも慣れてくれたみたいだけれど……」
「……今でも恥ずかしい思いはありますよ。幸福な時間でもありますけれど」
「あら。なら、それなりに態度に出してほしいわ?」
 息吹は言いつつ、一粒を彼の口元へ。
「……美味し?」
「……ええ、とても」
 苺を素直に受け入れて、ベルノルトは応えた。
 それから、つい逸らしてしまった視線を誤魔化すように、自分も果実を差し出す。
「イブさんも、味を確かめてみては如何です。甘い果実であると良いのですが」
「そう? ふふ。イブも頂きまーす。……ん、甘くて美味しい」
 息吹は穏やかに笑んで、幸せな甘みを感じ取っていた。
「そういえば、不思議と、以前よりも美味しく感じられますね」
「一緒に食べる苺は、格別なのよ」
 息吹は応えるように言う。それから、楽しげな足取りで歩み出した。
 ベルノルトもまた、それについて行く。ふわりと吹き抜ける風は、変わらず甘酸っぱかった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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