風の終奏

■リプレイ

●開戦
　摩天楼に、騒乱の声が響く。
　夜の市街地は、突如現れたエインヘリアルの姿に混沌に陥っていた。
　その巨躯自身はそれを意に介すでもなく、粛々と殺戮を始めようとしている。掲げられた剣は違わず、逃げ惑う人々に振り下ろされる、はずだった。
「──それが今の、君の魂かい」
　だが、その瞬間。
　道の中心で、その巨剣が阻まれて止まる。声とともに戦斧で攻撃を防いだ者がいたのだ。
　それはネロ・ダハーカ（マグメルの柩・e00662）。ヘリオンから飛び、建物を蹴って着地すると、すぐさま人々の盾となって巨躯の眼前に迫っていた。
「やれ、その手に携えるは剣ではなく笛だったろうに」
　ネロは緩やかに言うと、そのまま巨躯の剣を弾き上げる。
「──君の手に、きっとそれは似合わんよ」
　瞬間、空いた懐へ手を伸ばし一撃。炎を湛える幻竜を生み出し、至近から業火を撃ち当てた。
　エインヘリアルは目を見開きながら、たたらを踏む。
「……君は、いったい」
「わたし達は、ケルベロスですよ！」
　と、その背後にも、行く手を阻む影があった。
　ビスマス・テルマール（なめろう鎧装騎兵・e01893）。敵ではなく、周囲へ知らせるように、高らかに声を響かせていた。
「ここは任せて、避難を！」
「さァさァ退いた退いタ！　奏者以外はステージから降りナ！」
　さらに、ヴェルセア・エイムハーツ（傷屋・e03134）も、惑う人々へ呼びかけている。
「命を賭ける覚悟があるやつだケ、隅っこで大人しくご清聴あレ！　俺のパフォーマンスはちょいと荒々しいゼ！」
　その声音には不安の色もなく、ただ不敵。
　人々はそれを聞くと、ざわめきつつも、徐々に場を立ち退き始めていた。
「それでは、アタシは暫し避難に従事させてもらいましょう」
　チャールストン・ダニエルソン（グレイゴースト・e03596）は言うと、一時人波に交じっていく。
　そのまま隣人力を駆使して誘導を始め、建物や店舗があればそこへ案内。さらに子連れのものや老齢のものにも手助けをし、迅速に一帯の人数を減らし始めていた。
　エインヘリアルは、ようやく事態に気づいて見回している。
「ケルベロス……そうか。僕の邪魔をしにきたんだね」
「その通りでにゃんす」
　と、その眼下で立ちはだかるのは、天淵・猫丸（時代錯誤のエモーション・e46060）。どこか楚々と、同時に朗らかに、腕組みして仁王立ちしてみせる。
「ですゆえ、ここから先へは、一歩たりともいかせぬでにゃんす！」
「……僕だって言うとおりにするほど甘くはない」
　エインヘリアルは、それに反抗するように剣を再度振り上げる。
　だが、その横合いから突きつけられた刃に、その腕が止められていた。
「こちらこそ、思い通りにはさせませんよ」
　それは、まっすぐに伸ばした手に喰霊刀・血桜を握る、ユーナ・シャムロック（一振り・e44444）。ふわりとした表情に、微かな鋭さを滲ませて、巨躯を見据えていた。
「……君も、ケルベロスか」
「ええ。ユーナ・シャムロックと申します。お見知りおきを」
　ユーナは応えると同時、踏み入って一閃。呪詛を纏わせた剣撃で、巨躯の腕から血を散らせていく。
「く……」
「まだ、終りでは、ありませんよ」
　ふらついた巨躯へ、間を置かず肉迫するのは、十夜・泉（地球人のミュージックファイター・e00031）だ。
　泉は隙を的確に突くように、日本刀・廻で冷気を巻き込んで、一刀。神速の剣撃で巨体の足元を凍結させていく。
　この間に、ヴェルセアは鎖を繰り守護の魔法陣を展開している。
「今のうちニ、準備はしておくカ」
「あ、俺めもやりまさ！」
　そこへ、黒斑・物九郎（ナインライヴス・e04856）も剣に星の光を集約している。
「というわけで、モノクロのゾディアックソード占いのコォーナァー！」
　物九郎は言うと同時、剣を振るっておひつじ座を描き始めていた。
「おひつじ座のアナタはバッドステータスに注意！　　敵がジャマーだったりしちゃうかも？　氷の思わぬダメージとテンポを乱されるパラライズに注意！　そして──ラッキーアイテムはＢＳ耐性、ブレイクされてもめげちゃダメっスよ！」
　瞬間、煌々と輝く星はまばゆい光を発散。味方を纏い、その耐性を強めていく。
　さらに、猫丸もそこに守護星座の光を重ね、防護態勢を万全にしていた。
　エインヘリアルも反撃をしようとしているが、そこへはビスマスが狙いをつけている。
「ターゲットロック。魂に訴えるこの一撃、受けてみなさいっ！」
　刹那、行使するのは、水陸両用の鎧装『アナゴクオン』を装着して放つ『アナゴなめろうビーム』だった。
　それはアナゴ型ユニットの砲口から、アナゴのなめろうの気を含んだアナゴビームを発射する、正にアナゴづくしの一撃。
　アナゴは新鮮だと刺身に出来る。味は淡白なカワハギのようだが、味と脂の乗りが良く、塩レモンが特に相性が良い。その旨味や食感までを脳裏に焼き付けられたエインヘリアルは、一時行動を失って、膝をついていた。

●剣戟
「やはり、ケルベロスというのは強いんだね」
　エインヘリアルは、ふらつきながら立ち上がる。痛みに浅い息を零しつつも、その顔には強い殺意も滲んでいた。
「……それでも、僕ももう人じゃない。君たちを殺せる」
「考えるのは飽く迄殺戮、というわけかい」
　ネロは藍色の瞳を細めて言葉を返す。
「君のコンサートを待っていた人も居たんだろうに──その響きを聞く事が叶わないのは悲しい事よな」
「……別に、終りじゃないさ。この刃で新しく奏でればいい。殺戮の音色を」
　エインヘリアルは首を振ると、剣を突きつける。
「君たちがいなければ、今頃ここはその音で満ちていた」
「──それは、ごめんなさいね。わざわざ観客を帰しちゃいまして」
　と、その後背から声が響く。
　かつんと歩いてくるのは、人々の避難を終えたチャールストン。リボルバー≪ Crime Kaiser ≫の銃口を、真っ直ぐに向けていた。
「でも安心してください。その分、アタシたちが心を込めて特等席で拝聴いたしますから。もっとも、これは聴き手も参加しての体験型……いや、戦闘型の演奏会ですがね」
　瞬間、夜にマズルフラッシュが連続で瞬く。地面、壁、敵自身の刃に跳ねた弾丸は、そのままエインヘリアルの体をあらゆる角度から穿つ。
　衝撃にふらついた巨躯へ、ネロも接近していた。
「そういうことだ。抜き身の剣が在るのなら、それを払うがケルベロスの役目。──なに、剣を握って間もないというなら、踊るように相手をして差し上げるよ」
　そのまま跳んだネロは、宙でくるりと回転し敵の後頭部へ回し蹴りを打ち当てていた。
　エインヘリアルはバランスを崩しつつも、振り返って剣を振るう。だが、そこへ距離を詰めたユーナが血桜で受け止め、鍔迫り合いを演じていた。
　巨躯は腕に力を込める。
「膂力で、僕に勝てるとでも」
「剣の強さは力に限りませんよ」
　ユーナは言うと同時、力を抜いて半歩下がる。すかされた形のエインヘリアルがつんのめると、ユーナは刀身に真っ赤な霊体を集めていた。
「――血桜の呪詛は、獰猛です。あなたに耐えきれますか」
　刹那、がら空きになっていた懐に横一閃を叩き込み、鮮血を散らせる。
「さあ、今ですよ」
「ええ、合わせます──！」
　次いで、泉も逆側から接近し、廻を弧月状に奔らせている。月光を反射する流麗な剣撃は、袈裟に傷を刻みつけ、敵の動きを大幅に鈍らせていた。
　エインヘリアルは呻きながら、それでも剣で薙いでくる。が、そこにはヴェルセアが素早く滑り込み、刃を受け流すようにして衝撃を軽減していた。
「おっト、させるかヨ」
「ヴェルセアさん──ありがとうございます」
　あァ、と泉に応えたヴェルセアは、虹色の光を発破して、前衛を回復強化している。
「まったク、背中に人を守りながら戦うってのはなんつぅカ……ムズムズするガ。まァ、敵に好きにされるよりはマシだナ」
「とにかくグッジョブですでよ！」
　言った物九郎も、同時に治癒の力を集中。それを煌々と光るオーラへ現出していた。
「そして、これで全快でしょうかや！」
　そのままオーラをヴェルセアへ施すことで、その浅い傷を完治させている。
「完璧ですわなコレ。反撃は頼みますわ！」
「ええ、お任せください。さあナメビスくん、行きますよ」
　応えてエインヘリアルへ疾駆しているのは、ビスマスだ。
　声に呼応するように飛び立つのは、ボクスドラゴンのナメビス。さんが焼きバーガーの鎧をフルオープンにすると、そのままなめろうの焼ける香ばしさ漂うブレスを浴びせていく。
　そこへビスマスも、脚装・なめろうフラックになめろうの気の刃を纏わせて一閃、敵の手元を切り裂いていった。
「さあ、連撃を」
「了解でにゃんす。この刃で確実に、繋げてみせるでにゃんす！」
　声を継いだ猫丸も、疾駆して肉迫している。エインヘリアルは踏みとどまって抵抗しようとするが、猫丸はそれよりも素早い動きで、懐へ。縦横にナイフを閃かせて、深々と傷を抉っていった。

●音
　血溜まりを踏みしめ、エインヘリアルは反撃に移ってくる。苦痛が滲む表情は、既に狂的に歪んでもいた。
「まだまだ……ッ、殺す、殺してみせる……ッ」
　そのまま振り回される刃を、しかし泉は刀で受け止めている。
　刀身で押し合う形を取りながら、泉は至近で言葉を飛ばした。
「……あなたは殺戮者ではなく、音楽の奏者だった。音を奏でる喜びを忘れてしまったのですか」
「忘れてないさ。だから僕にはもう、死の音を奏でるしかないんだ……！」
　エインヘリアルは剣を引き、再度薙いでくる。
　泉は間合いを取ってうまくそれを避けてみせた。だがその中でも、心は少し、辛かった。音を好む者が悲しみを剣で散らす。それにどう応えれば良いのか戸惑うほどに。
「……それでも私達は、あなたを倒さねばなりません」
「ええ。それがわちき達の、すべきことでにゃんすからな」
　猫丸は頷き、１本の筆を取り出していた。
　猫丸もまた思うところはある。元は罪なき一般人ならば、その心を取り戻してほしいと願ってしまうから。
（「それも、己が未熟故か。……されど不肖ながらわちきもケルベロスの端くれ」）
　倒すことが唯一の救いとなるのであれば、それをためらう理由はない。
　猫丸は筆を振るい、『一筆断ち』。巨体へ刀傷に似た線を描くと、それが現実の傷となって重いダメージを与えた。
　後退した敵へ、ネロが拳を畳み掛けると、連続してチャールストンは『Takeover Target』。リボルバーの六弾を同じ位置に着弾させ、腹部を貫いていく。
「さあ、今が機会ですよ」
「ええ。このなめろう超鋼拳を喰らわせてあげます！」
　声を返したビスマスは、ビスマス結晶のオウガメタル・ソウエンを全身に纏い、なめろうの気を充填。鋭利な鯖の形にした拳で、光り物の如き眩い打撃を与えた。
　血を吐きながら、エインヘリアルも氷波で反撃してくる。が、そこには物九郎が手元に治癒の力を集中させていた。
「ヘイ、少々お待ちなすって、すぐに回復しまさ！」
「俺も手伝っておくカ。それで治療は十分だロ」
　と、ヴェルセアも宙に円陣を描く。そこに物九郎が起こした七色の爆発が加わり、前衛の体力は一瞬で持ち直されていた。
　エインヘリアルは接近して連撃を狙うが、ユーナは右に左に、文字通り兎のしなやかさで刃を躱していく。
「力で駄目なら、がむしゃらに攻めても駄目だと分かるでしょう」
「く……！」
「もう、遅いですよ」
　歯噛みした巨躯が、再び広域攻撃をしようとしたその瞬間。
　ユーナは一転して素早く肉迫し、豪風の如き斬撃。足元を切り裂き、エインヘリアルを転倒させていった。

●決着
「……僕は死な、ない……」
　エインヘリアルは、這うように起き上がってきている。
「楽器が、剣に変わっただけだ……僕はまだ、世界を作れる……ッ」
「そうですか。アタシは楽器を弾く（ひく）よりは……弾く（はじく）方が得手ですから──負けはしませんよ」
　チャールストンは涼やかに応えると、連続射撃でその体を貫いていく。
　よろめく巨躯へ、猫丸も踏み込んで全身に剣撃を与えていた。
「このまま、畳み掛けていくでにゃんすよ！」
「ええ。さあ、ルイさん、頼みますよ」
　頷いたビスマスは、ファミリアを解き放っている。白い針鼠のルイはそのまま体当たりをしかけ、巨躯に穴を開けていった。
　エインヘリアルはそれでも踏みとどまり剣を振り上げるが、ヴェルセアはそこへ『愛しき友の解体劇』。先んじて肉迫し、肉切り包丁で巨体の腹を捌いている。
「あまり世話を焼かせねぇでくれヨ」
「がッ……」
　夥しい出血とともに膝をつくエインヘリアル。物九郎はすかさず、そこで『白黒反転99.9』を行使していた。
「よし、行くですでよ！　ナインライヴス・デュアルドライブ！」
　瞬間、現れるのは物九郎の２Ｐカラーのような見た目をした分身。
　それと連携し、両サイドから裂帛の拳を叩き込むと、巨躯は再び転倒。そこへ泉も素早く迫り、『Genau und Geschwind zwei』による苛烈な斬撃を喰らわせていった。
「もう少し……。後は頼みます」
「ああ」
　応えたネロは『仔羊は贄』。魔力による膨大な力を放ち、巨躯の体を捩じ切る程の圧力を与える。
「――剣をお離し。優美な曲を奏でた指先まで穢す事は無かろうよ」
　暴圧の衝撃に、エインヘリアルは剣を取り落とし、意識を飛ばす。
　そこへユーナは『喰霊血桜』。刀身から、かつて啜ってきた獲物と宿主の血液を新たな刃として伸ばしていた。
「――さようなら。また会いましょう」
　赤の刃はそのまま一撃。エインヘリアルの命を喰らい、跡形もなく霧散させていった。

　戦闘後、皆は周囲をヒール。街の景観を取り戻していた。
　猫丸は、敵が散っていった場所を追悼するように見下ろしている。
「安らかに、眠ってほしいでにゃんすね」
「ええ」
　頷くユーナも、暫し視線を落として黙祷した。願わくは、来世で剣を交えんことを、と。
　チャールストンは夜空を見上げた。
「よく神話でありますよね、神に見初められた若者が天界に上げられる話──でもこれはそんな綺麗な話じゃない」
　その視線は、この出来事の元凶を向いているようでもある。
「強制的に人生の終曲を奏でられたこの方の無念は。いつか晴らしますよ……必ず」
　それは、この負の連鎖を断ち切る決意でもあった。
　皆も、それぞれの思いを胸に、その場を去っていく。
　泉は最後、ブルースハープでレクイエムを演奏した。それはふんだんにビブラートを効かせた音色。
（「消えてしまったあなたにも届くかな？」）
　１人奏でる音色は、どこか静かに。夜空に立ち上って、消えていった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年3月4日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。