オグン・ソード・ミリシャ~戦鬼の帰還

作者:五月町

●惑星プラブータにて
「その命――獲ったり!!」
 頭上に聳える巨大な影が、苦しげにぐにゃりと歪んだ。
 ひとたび視界に入れただけで精神を掻き乱されるほどの醜悪さ。30メートルを越えるその巨体がどうと倒れ伏し、沈黙すると、オウガ達は重くのしかかる疲労も、深く刻まれた傷の痛みも忘れたように勝ち鬨を上げた。
 けれど、歓喜は一瞬のこと。背筋を這い上る悪寒に、戦士たちは素早く身構える。
 切り裂かれ、叩き潰され、生き永らえることなどあり得ないかに思われた死体。それがずるりと寄り集まり、縒り合わされ、再び立ち上がる。
「ハッ、何度倒しても復活するたぁ堪えられねェな……!」
「強敵、大いに結構。何度でも進化するがいい、オグン・ソード・ミリシャ! 貴様を倒す私達の武功が、より高くこのプラブータに轟くだけのこと!」
 幾度も、幾度も。倒れる前よりも強力な個体となって復活を遂げる敵を前にしながら、オウガ達は絶望の気配に捉われはしなかった。
 好戦の気、戦士の誇りに突き動かされるまま、彼らは最後まで立ち向かい続けた。――やがて力尽き、小さな魂の欠片となり果てるまで。

●狂気の冬を越え、春を
「クルウルク勢力に動きがあった。先の戦いから間もないところをすまんが、あんた方の力、もう一度オウガの為に貸して貰いたい」
 先の遭遇戦で戦ったオウガ達にも関わることだと、グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)は語り始める。
 ステイン・カツオ(剛拳・e04948)が予期した通り、クルウルクの一団がオウガの主星『プラブータ』を襲撃し、オウガの戦士達を蹂躙している。先の一戦で刃を交えたオウガ達は、この襲撃から地球に逃れてきた者たちであったらしい。
「詳しいことは彼女から聞いた方がいいだろう。ラクシュミ、後を頼んでも?」
 覚えのある名に、ケルベロスたちは息を呑んだ。
 オウガの女神その人が、今や彼らに近しい気配を纏い、優しげな双眸を懸念に揺らして目の前に佇んでいる。

「こんにちは、ラクシュミです。
 このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
 オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
 オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
 皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。

 ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
 オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
 とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
 地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
 彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。

 このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
 ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
 オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
 オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」

 目礼で感謝を告げ、グアンが続きを引き受ける。
「そういう訳だ。話にもあったが、コギトエルゴスム化しているオウガたちは同胞になり得る存在だ。既にラクシュミがケルベロスとなったことからも、その可能性は高いと言っていい。……となれば尚の事、黙っていられるあんた方じゃあないだろう?」
 グラビティ・チェインを奪う為に襲いかかってきたオウガ達にすら、ケルベロスは未来を願ったのだ。
 それを別としても、このままプラブータがクルウルク勢力の制圧下に置かれれば、邪神の復活を招く可能性もある。眠れる脅威がより強大なものとなる前に打ち倒すことは、同時に地球を守ることでもある。
「オグン・ソード・ミリシャは今、殆どが初期状態にあるらしい。戦い方は触手を持つ攻性植物といった体で、戦力だけならそこまでの強敵とは言えんだろう。だが、中には最大で7メートルにもなる巨大な個体もいるようだ。探索では充分に気を付けてくれ」
 さらにこの敵の恐ろしさは、長く見続ければ狂気に捉われかねない冒涜的な姿にある。戦闘には影響は出ない筈だが、軽い錯乱状態に陥り、奇妙な言動をする場合もある。
 仲間同士互いに気にかけ合ってくれと言い置いて、思案する同志たちを見渡した。
 戦いを好み、強敵に血を滾らせるオウガたち。勇猛果敢なこの種族が戦力となれば、これほど頼もしいこともない。けれどそれ以上に、新たな縁が紡がれることをケルベロス達は歓迎するだろう。
「勇ましい鬼たちの魂と共に、無事に戻ってくれ。大丈夫だ、あんた方の思いはきっと花実を結ぶだろうさ」
 ヘリオライダーは静かに口の端を上げた。
 険しい一戦を切り抜けた先で晴れやかに咲く戦果の花を、揺るぎなく信じていると伝えるように。


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
高辻・玲(狂咲・e13363)
御船・瑠架(紫雨・e16186)
藤林・シェーラ(ご機嫌な詐欺師・e20440)

■リプレイ


「……見渡す限りの荒野ね」
 生活の痕跡とか史跡とか、そんなものを期待していたのだけど──と嘯きながらも、リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)の瞳はまだ興味の光で満ちていた。
「地図に頼るまでもなく敵を見つけられるのは幸いだったが。少し行った先に大岩がある、目印にならないか」
「はいはい、書き込んでおきますねえ……と、ペンが」
「サヤさま、こちらをおつかいくださいまし!」
 空から降りてきた空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)の報せに、未だ興味の絶えぬ眼差しで平坂・サヤ(こととい・e01301)が地図を繰る。尽きたインクを察した月霜・いづな(まっしぐら・e10015)は備えよく、熱にも水にも消えないペンを差し出した。
 予め得た地図もなく、自ら描き広げながらの探索。スーパーGPSは、彼らが描いた世界の範囲ではあるけれど、現在地を認めることには役立った。
 高辻・玲(狂咲・e13363)が大切に預かったコギトエルゴスムは、既にかなりの数になっている。大あれ小あれ、現れたオグン・ソード・ミリシャの数は相当のものだったが、注意深く進んだ彼らは各個撃破を叶えていた。
 それでも変わらぬ道行き、続く戦いに疲れが溜まらない訳ではない。けれど、
「これがオウガの星かぁ……他の星に行けるなんてわくわくするよね!」
「ええ。こんなに気軽に宇宙旅行ができるとは、良い時代です」
 変わらぬ景色にもマイペースに興味を発揮する藤林・シェーラ(ご機嫌な詐欺師・e20440)に御船・瑠架(紫雨・e16186)。明るい仲間たちのお陰で、肩の力は十二分に抜けていた。

「ちょっと鈴、これ詰め込みすぎたわよね」
 充分な視界を確保して選んだ野営地でのこと。ぽいぽいと荷物を放り出すミミックの鈴に、道理で重いと思った──と繰空・千歳(すずあめ・e00639)は苦笑する。その傍ら、ココアやドライフルーツ、お肌すっきりシートまで、女子力を発揮するいづなには女性陣から拍手。
「おいしいごはんはいのちのみなもと! 張り詰めすぎたら切れてしまいますゆえ、しばしたのしい一席としましょう」
「収穫がなくてがっかりだわ……食べられそうなものがあれば毒味してみたかったのだけど」
「リィさん、勇気がありますね……!」
「ふふ。残念でしたが、こちらのお味も中々ですよ。良かったらお菓子もありますから」
 賑わいと暖かな食事は嬉しいもの。行き渡った頃合い、意味ありげな視線が一人の娘に集まった。
「千歳。お酒、持ってきてないの?」
「ええ……お酒はね……ほら……鈴の中にあります……」
 いつもどおりと湧く笑みの中に、仄赤い顔でジュースもあるわと注ぎ回る千歳。
 お星様ピクニック、それともキャンプか──仕事ではあるけれど、こんな時間はとても楽しい。いつのまにか子犬の姿をとり、にこにこと見守っていたいづながふと、耳を立てる。
「……ああ、気づいてる」
 楽しい時間にも手近に置いた武器に、皆が手をかける。闇の中、這いずるように近づいてくる異様な気配は、これまで遭遇したどれよりも大きかった。


 近づけば近づくほど、冒涜的な巨体は狂気を突きつけてくる。
 今すぐ叫んで、思考を掻き乱すものを薙ぎ払いたい──常の冷静さを失しかける玲を引き戻したのは、縁深く結ばれた仲間達に纏わる品々だった。
 脳裏に浮かび上がる笑顔。馴染みの花の香がくゆれば、刀をとる手に力が戻る。
「──惑わされはしないよ」
 湛えた微笑が刀身に映り込む。真白の翼とともに躍らせた最初の一太刀は、一息に敵を斬り裂きにかかった。
「ああもう、もっとゆっくりしていたかったのに……無粋ですね」
 苦笑を滲ませ見上げる瑠架。紫水晶の瞳は、狂気の前に自ら喚び寄せた無数の髑髏たちの姿を捉える。
「お前に此の声が聞こえるか? ──怨嗟に啜り泣き、互いに響き合い、大鬼となり果てた者らの声が」
 無念と憎悪を以て追い縋る魂を自在に操りながら、翻る瑠架の眼差しはにこやかに仲間を捉えた。
「お酒は抜けましたか、繰空さん」
「あら、こんなの酔ったうちに入らないわよ」
 心外の笑みが好戦の気に染まる。空の気を降ろした『鈴代』の澄みわたる斬撃は、自らの言葉を証すよう。
「これも酔席の楽しみの一つかしらね? ……オウガたちを返して貰うわよ!」
 巨体を前にすれば小さく見える鈴も、輝くエクトプラズムで千歳に続く。
「勇ましさもお変わりなくなにより。サヤも負けずにまいりますよ」
 夜色のローブが棚引く下から、現れ出でる星の光。流れ星の蹴撃に敵が身を逸らした隙に、サヤはくるりとバールを取り回す。躍る手先は正確に、敵の胴を逆方向へ叩き折った。
「今更だけど、どうせなら観光で来たかったわね。いくわよイド」
 そっけない一声にも、ボクスドラゴンは元気な一啼きで応える。凍れる鎚は、吐き出す鮮紅のブレスを引き裂いて飛び出した。
「余所見してると、瞬きの間に終わってしまうわよ」
 冷ややかなリィの眼差しに似る一撃は、華奢な体に反した力強さで敵を叩き潰す。
「女ってつえぇな……」
「本当だね。私もこうしていられないな」
 三者三様の頼もしい姿に、そういえばあいつも、と心強かな少女を思い起こす満願。愉快げなシェーラと共に、敵前へ駆ける。
 奇怪な存在を恐れる者はここにない。無論、彼らも例外ではなく。
「ああ、負けてられねえ。まずは一撃──喰らいやがれ糞神ッ!」
 オウガメタルの輝きが衝き出す拳に集う。堅く鋭く、決意を映した一撃が敵を乢ませると、
「行進はそこまで。少しの間、心躍る戦いをよろしくどうぞ」
 淡い髪を靡かせ、空に舞ったシェーラが続く。足許に集う星屑の軌跡は、混沌の中に一筋、確かな攻め筋を描き出した。そこに、幼くも通る声が凛と場を浄める。
「ろうぜきも、ここまでです! 大きなおすがたなれど、とうときいのちにかげをおとすこと、ゆるしませんの!」
 袂から取り出したる紙片の人に力が宿る。仲間の許へいち早く馳せ、守りを施す優しき神力。それこそがいづなにとって『畏れ』るべきもの。いかな醜悪な姿とて『恐れ』はしない。
「まいりますよ、つづら!」
 さも面倒そうに背を下りたミミックは、それまでが嘘のように果敢に敵に飛び掛かっていった。薙ぎ払う触手がぐにゃりと歪む。

 幾度目かの衝撃に打たれたとき、瑠架は視界に蠢くものに気づいてしまった。
「っ……!」
 目を逸らしたい、けれど逸らせない。意識を潰されかける青年を、サヤの手の温かな感触が引き戻す。
「もう一踏ん張り、がんばりましょーねえ」
 前髪の下で笑い、星彩を纏う。目の前を駆け抜けた一撃の煌めきと、視界の端に揺れた大切な紐飾りが瑠架を正気にさせる。
「狂気なんて今更。──化け物が化け物を怖れてどうするの」
 自身に言い聞かせ、リィが馳せる。思考を冒しにくる狂おしい何かから、少女は目を逸らさない。放してくれないなら、こちらから捉え返すまでだ。
 帯びる力を分け与うイドから視線を切り、風受ける翼を畳む。読めぬ動きで落ちる軌道で、不可視の蹴撃を繰り出した。
 瑠架の晴れた顔に、シェーラは片目を閉じる。
「悪夢から覚めたなら、次の一手は共に行こうか!」
「……はい! ありがとうございます、皆さん!」
 軽やかな佇まいからは思いもつかない激しさで、敵を掻き裂くシェーラ。すうとひと呼吸、瑠架は呪詛の染みついた刃を手に敵前へ飛び込んだ。
 翔ぶ蛍のように淡く繊細な軌跡は、禍々しい力に反した美しさで敵の懐へ迫る。
「──来るよ」
「! ……なっ」
 険を帯びる玲の声に身構える仲間の前で、這いずる根の如きものが地に突き刺さった。瞬間、ケルベロス達の足許が液体のようにずぶりと沈む。
「下がれ、皆!」
 ディフェンダーが後衛を突き飛ばす。混沌に絡め取られた仲間への追撃を防ぐべく、玲は星彩の剣を手に躍りかかった。
「させないよ。これ以上の混迷など、この星には不要なもの──希望の光差すように、切り開いてみせよう」
 輝く剣戟に誓う間に、視線を受け止めサヤが頷く。
「おねがいしますね、おふたりとも」
「ええ、この荒野を甘く彩ってあげましょう」
「わたくしもせいいっぱいつとめまする! 『燃しきよめ、流しそそぎ、吹きはらいたまう──阿奈、清々し』」
 いづなの声に神気が通った。荘厳な声音と祈詞とに祝られて、訪れる禊の手は炎に水、風の三行。
 邪悪な気がひととき和らぎ、地に根差した異常が退く。齎される清らかな気にくすぐられ、千歳が次手を繋ぐ。
 巧みな攻撃を紡ぎ来た手が反転、柔らかに風を切る。舞い広がる花弁は、一片ひとひらで治癒の力を仲間に届けていった。
 優しげな光景に鈴が黄金の輝きを混ぜる。その光に誘われ、満願の鎧が銀色の粒子を放った。
「ここはてめえらの居る場所じゃねえ。──覚悟は問わねえからな」
 奪った以上を奪われる覚悟。睨み付ける満願にオウガメタルが応える。
 場に満ちる恐れの気配を浄化するように、光の粒はきらきらと拡散していった。


「……ッ! この……!」
「満願さま、いますこしのごしんぼうを! 『禍つ原に望月の御恵み、賜らん』──!」
 仲間の傷に心痛めながらも、いづなが気丈に唱う祈りの詞はとめどなく、仲間へ護りと加護とを降ろし続ける。
 金色の尾に誘われた小さな光が、祓う手に導かれて小さな月を生む。それは満願の背に吸い込まれ、清冽な光で傷と邪気とを吹き飛ばした。
「そのちょうしですよ、つづら!」
 怠けものが果敢に敵に躍りかかるのに頬を緩ませれば、千歳に送り出された鈴も勇ましく敵にかぶりつく。常はかぱかぱよく笑う口許も、姉妹分への悪意には牙を隠さない。
 千歳の招く花のシャワーが、癒しの力を行き渡らせる。その色を、乾いた風が荒れ野に散らしていく。
「かなうのでしたら、荒野のむこうまで探索してみたかったですねえ。彼らのくらした世界──ひろい、世界を」
 惜しみながらも、好奇に煌めく青い瞳は自らの蹴撃を映して鮮やかだ。見知らぬものことはこんなにもサヤの心を浮き立たせる。
「こんなに期待させておいて、荒野に現れるのはこんな化け物ばかり。ねえ、どうしてくれるのかしら」
 フードの上から不器用にサヤを撫でるリィは、まるで妹にそうするよう。──身長を抜いたのだから妹分だ。年齢なんて数字に過ぎない。
 仕掛ける突進で連携を誘うイドにはわかってるわと煩げに、けれど隙なくそれに添う氷の一撃。凍てつくそばから深々と敵の身に潜り込んでいく戒めに、リィは電光石火の一蹴りを重ねる。
「そろそろ報いてくれてもいいんじゃない? 抱え込んだ命のカケラ、返してよ」
 笑顔ばかりは純真に、けれど荒野を駆け抜けるブレードの蹴撃は苛烈なもの。シェーラが散らす火花の色に、ここにはない春の花を連想して、玲は目を細める。
「花咲き匂う幸いは、この地には未だ遠いね。それでも、僕は約束を果たしに来たんだ」
 飢えて理性を失い、力尽きた勇ましき戦鬼に。一方的なものではあれど、春を共にと願ったのだ。
 雷撃の如く駆け抜けた一閃。斬られたことすら悟らせぬ剣技に抉られ、敵が蠢く。お見事ですと少女のように綻んで、瑠架は剣呑な眼差しを向けた。
「そうですね……戦鬼という呼び名には、私も親近感が。彼らの為にも、そこを退いていただきましょう」
 新月の一閃。負う呪怨にどす黒く染まる刀身を易々と操り、藤色の青年は敵を巧みに追い込んでいく。死へ向かい、少しずつ確実に。
「はっ、流石のしぶとさだな。だが──」
「うん、弱ってない訳じゃないね」
 頷くシェーラの背に、満願は物理的な追い風ではなく、煌めく光の波を届けた。
 力は体の隅々まで伝いゆき、感覚を研ぎ澄まさせる。全てを掻き回されるような狂気の中で、その中核にあるものを狙い澄ますために。
「ありがと! さあ、それじゃそろそろ餞をあげる。熱いのと眩しいの、どっちがお好みかなぁ?」
 答えなど待たない。シェーラはくすりと微笑み、足裏に燃え盛る鮮やかな熱で灼き焦がす。
「どうせなら甘いのを分け合える相手ならよかったのに、ね。なんて、聞こえてないか──」
 嘯く声を塗り潰し、敵の咆哮が空気を裂いた。荒れ狂う触手がケルベロスを薙ぎ払う。

「かんねんなさいませ。オウガさまたちを、おかえし!」
 慈しまれて育った身に宿る健やかな気を、いづなは小さな身を震わせて集め、傷ついた仲間へ譲り渡した。
 直撃からは守られてはいるが、飛び散る飛沫や砂埃で汚れた体──そろそろぽかぽかのお風呂と、母のご飯が懐かしい頃合い。
「ふふ、さあもう一息、生き繋ぐわよ! 災う雨には傘をおひとつ──お入りくださいな」
 さしかけるのは飴色の花覆い。滴る血の雫も苛む苦痛も、艶やかな飴傘の下では忽ち乾いて失せていく。
 頑張れと跳ね躍る鈴と、千歳の強い笑みに送られて、満願は強く拳を握り締めた。
 臓腑から右腕へ引き寄せられる獄炎。腕では足りず、空気をも巻き込んでうねる熱気が、赤黒く燃え盛る魔獣を象る。
「胸焼けしそうだがな。……喰い潰してやる!」
 大顎をかっ開き、獣が吼える。喰らいついた牙は獲物を逃さない。魂が悲鳴を上げようとも。
「往生際が悪いな。てめえらは倒せない存在なんかじゃない」
 満願が抑え込む間に、サヤが傍らをすり抜ける。危地にも絶えぬ口の端の笑みで同意を示しながら。
「ありえることは、おこること。けしてたおれないものもないのですよ」
 オウガ達がそう信じ、挑んだように。フードの中で囁く声に招かれ、巨敵を穿つあらゆる因果がサヤの許へ集い来る。
 月夜の名を持つ鎌、足許に躍る星屑、敵の撒き散らした礫──それらすべてが魔法に導かれ、終わりの実を結ぶべく、オグン・ソード・ミリシャを標的に据える。
「──どうぞおやすみくださいな」
 侵略者を貫いたひとつ星を見送れば、空いた風穴から溢れ出す断末魔の叫び。うるさいわとリィが一蹴する。
「おいで《ディドルディドル》、魂まで喰らい尽くすといいわ」
 幾千幾万、溶け合い蠢く漆黒の魂が敵の根に縋り付く。それは飢えるままに貪ってはリィの心を黒く塗り潰すけれど、
「狂気も闇も全部、ねじ伏せてやるもの」
 容易く譲り渡しなどしない。誇れる自分になると決めたから。
 口にはせず、少女は狂える魂を自身の力へ昇華する。あとには、命を失くした巨大な骸が一つ横たわるばかり。
 けれど潰れ果てた混沌のそこここには、希望の欠片が散らばり煌めいていた。
 ──オウガの命を宿すもの。コギトエルゴスム。

「回収完了! たくさん集まったね」
 大地のひび割れに隠れた小さな一つすら逃さぬように。丹念に拾い集めた欠片の山に、シェーラはふうと額を拭って微笑んだ。
「……もう、だいじょうぶ。あんしんして、おやすみください」
 汚れるのも構わず、いづなは欠片たちを慈しむように袖で拭ってやる。彼らの帰る先は生まれ故郷ではないけれど──きっと、第二の故郷になれる筈。はじめに根差した場所だけが世界ではないから。
「すこし綺麗にいたしましょ。みんなで協力したおかげで、もすこし先へ進めそうですし」
 サヤの魔法がきらきらと、仲間の体から混沌の残滓を拭っていく。ヒールにも癒えぬ疲れも蓄えつつはあったけれど──もう少しだけは進める筈だ。
「あっ、あっちに何かありそうだよ!」
「シェールは元気だな……」
「ふふ。折角ですからもう少し手を尽くしましょう。女性の皆さんも、お疲れではありませんか?」
 満願の肩をぽんと叩き、瑠架は歩き出した。
 荒野は果てまで続くかのよう。けれど疲れを動かす足で振り払い、彼らは進む。
 救い得る命をひとつとして溢さぬために。彼らと共に、愛すべき星へ帰るために。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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