風の拳

■リプレイ

●対峙
　ケルベロス達は山中に踏み入っている。
　場所は既に奥地で、いつ敵が出てきても不思議ではない場所だった。
　警戒しつつも、写譜麗春・在宅聖生救世主（誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309）はふと口を開く。
「幻武極って、色んな武術家を襲ってるけど一向にモザイク晴れないみたいだねー。どんな武術だと晴れるんだろ？」
「謎は多いよね。今回の空手では、晴れはしなかったようだけど」
　長篠・ゴロベエ（パッチワークライフ・e34485）も、敵影を探しつつ応えた。
　一条・雄太（一条ノックダウン・e02180）は自分の掌を見る。
「空手。その達人、か」
　思うのは、がむしゃらな喧嘩殺法しか無い自分の事。
　この戦いで、何か得られるものがあるなら、と。雄太は拳を握った。
「とにかく、全力でやるだけだな」
「うむ。私も、力を尽くすショゾンだ」
　頷きを返すのはジゴク・ムラマサ（心ある復讐者・e44287）。仲間が戦歴豊富な先達ばかりなだけに、大いに学びたい気持ちがあるのだった。
　同時に敵の姿も、抜け目なく探している。
　と、そこで離れた木々の間に、ふと動く影を見つけた。
　それは道着姿で闊歩する、鍛えられた体の男。
　空手家の、ドリームイーターだ。
　皆は目で合図をして、疾駆。一気に接近して立ちはだかっていた。
　現れたケルベロス達に、ドリームイーターは警戒の色を浮かべる。
『何者だ？』
「ドーモ、ドリームイーター=サン。ジゴク・ムラマサです」
　ジゴクは左掌に右拳を当てて、お辞儀してみせていた。
「ヤバイ級カラテの使い手とみた。手合わせ願おう」
『……ほう、自ら戦いを望むか』
「ええ！　この拳で、この魂で。撃ち砕いてみせましょう！」
　そう返すのは、幸・鳳琴（黄龍拳・e00039）。一歩踏み寄り、心に灯す魂“紅翼の闘魂”を滾らせ、拳を突きつけていた。
　ドリームイーターは片眉を上げる。
『ただ者では無いというわけか。面白い……腕試しにはなりそうだ』
「腕試し、か。その了見も、悪くは無い」
　そこで、ユグゴト・ツァン（不変の怪・e23397）が口を開いていた。
　全身の地獄とワイルドを蠢かせると、漂うのは灰色の炎と冷気。歪な輪郭を取りながら、ドリームイーターに相対する。
「混沌と地獄の融合。此方こそ、試すには良質な機会だと思考すべき。夢に貪られた『武』の真髄。我が胎内――渦巻く異形――に齎し給え」
　瞬間、『立ち去れ』と書かれた鉄塊剣から、炎が燃え上がる。それはユグゴト自身を包み、破剣の力を宿させていた。
　それを合図に、ジョーイ・ガーシュイン（地球人の鎧装騎兵・e00706）も、冥刀「魅剣働衡」を上段に構えている。
「ま、とにかくよ。腕試しならさっさと始めようや。よーい……」
　声とともに、地を踏みしめる。
　刹那、ジョーイはそのまま爆発的な速度で踏み込んでいた。
「──どん！」
　放つのは『鬼神の一太刀』。オーラを纏った強烈な斬り下ろしで、深い裂傷を刻んでいく。
　後退した敵へ、雄太はまっすぐにドロップキック。ジゴクは光の短刀で斬撃を加え、ゴロベエは高い跳躍から虹の軌跡を描く飛び蹴りを喰らわせていた。
　この間に、在宅聖生救世主は霊力を展開し前衛を守護している。
「守りは整ったかなー。攻撃はお願いするよー」
「ええ──八極拳系幸家：幸鳳琴、参りますっ！」
　応えたのは鳳琴。ドリームイーターが型を取っているのを見ると、そこへ拳で一打。苛烈な正拳突きで、その型を崩させていた。
「さあ、今です！」
「了解。私も一撃、強力なものを打ち込んでおこうか」
　そう声を返したは、アルシエル・レラジェ（無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784）。リボルバーに呪を込めた弾丸を装填し、銃口を向けていた。
「──西方より来たれ、白虎」
　瞬間、行使するのは『四獣降臨:白金虎』。弾丸を放つと、淡い光とともに、そこに四神白虎が召喚されていた。
　鋭い威容と爪牙を誇る白虎は、高速でドリームイーターへ食らいつき、一撃。凄まじい斬打を加え、鮮血を散らせていた。

●闘争
『成る程。言葉に違わず、強者揃いだな』
　ドリームイーターは一度よろめきつつも、愉しげな様子で構え直していた。
『……これならば、単なる腕試し以上の戦いが期待できそうだ』
「単なる、ねェ。それで巻き込まれる一般人はたまったもんじゃねェが」
　ジョーイは肩をすくめる。
　だがこちらもまた、好戦的に刀を握り直していた。
「ま、どうせ戦いはここで終わる。なら、気の済むまでとことんやろうぜ！」
『良かろう、空手の真髄、見せてやる』
　ドリームイーターは応じるように、走り込んできた。
　だがそこへ、ジゴクもまっすぐに疾駆している。
「私にしても、カラテの使い手ならば……相手にとって不足なし。ゼンレイの力で行くぞ──イヤーッ！」
　瞬間、ジゴクは距離を詰めると、腕を加速。鋭い打突でバランスを崩させていた。
　そこへジョーイも接近し、一刀。下方を薙ぎ、足払いを喰らわせている。
「よし、これで動きも鈍ったろ」
「ありがとう。では連撃と行こうか」
　と、そこへ応えて飛翔するのは、アルシエルだ。
　翼を輝かせて高度を上げると、敵の頭上へ。そこで、掌から炎を湛える幻竜を放ち、ドリームイーターの全身を炎上させていた。
「さあ、次も頼むよ」
「それじゃあ、私が行きますっ！」
　次いで、鳳琴が敵の眼前に迫っている。
　ドリームイーターは拳で迎撃しようとするが、鳳琴も拳で受け、数回、打ち合った。
「負けませんよ。今日は肉弾戦のつもりで来たんですか──らッ！」
　そのまま鳳琴は、隙を見て打突。グラビティを流し込み、爆裂する衝撃波を喰らわせていた。
　ドリームイーターは力を込め、より強い拳で反撃してくる。が、その一撃はゴロベエが滑りこみ、庇い受けていた。
「中々、強烈だね」
　体が悲鳴を上げるダメージ、だが、ゴロベエは倒れない。我慢するのは得意だし、何より、この程度我慢できなくて何がケルベロスかという思いがあった。
　死ななきゃ安い。そして自分の頑張りで何か成せるなら安い対価だという気持ちもあるのだ。
「俺にも、成さなければならない事があるからね」
　瞬間、ゴロベエは後ろ回し蹴りを繰り出し、ドリームイーターを数メートル吹っ飛ばした。
「回復は私がやっておくんだよー」
　と、直後には在宅聖生救世主が気力を集中。治癒のオーラを生み出している。
　花のごとく美しく広がった光は、ゴロベエに溶け込み、瞬時に傷を癒やしていた。
「とりあえず、これで平気そうかなー」
「じゃ、反撃行くぜ！」
　そこで、声を上げた雄太も敵へ疾走。樹木の影に跳んで攻撃を避けながらも、ラリアットを打って敵の体内から爆破を引き起こした。
　ユグゴトもその間に接近してきている。
「さて、八つ当たりの時間。──本来ならば『邪神』の落とし仔を拝むべきだったのだ！」
　展開するのは『lapis philosophorum』。精神を冒す想像を魅せ、強烈な憤慨を齎す能力だった。
　ドリームイーターは形容し難い像を瞳に映し、呻き声を上げる。同時に体を蝕んだ感覚に耐えられず、一度苦しげに膝をついていた。

●力
『……まさか、ここまで力で押されるとはな』
　口元の血を拭いながら、ドリームイーターは憮然と見回していた。
『己の体だけを頼り、無二の武器とする……この空手こそ最強に違いないというのに』
「その理念は、おおいに頷けることだと思います」
　と、鳳琴は声を返す。同時に、毅然と言葉を続けていた。
「けれど、理想を利用する夢喰いは許せません。だから、私達も負けるわけにはいかないんです」
『……強い力がある。それを発揮できる。それだけのこと、何が不満だ』
　ドリームイーターが言うと、アルシエルは少しだけ乱暴に首を振ってみせる。
「無駄に誇示するだけが武術というもの……ってか？　……そんなバカな話はないだろ」
「そうだよー。戈を止めるからこその武……理想の武術家が、戈を振り回して人を襲うなんてナンセンスなんだよー」
　在宅聖生救世主もマイペースに、声を継いでいた。
『……考えは、合わぬようだな。ならば拳で語るのみ』
　歯噛みしたドリームイーターは、そのまま問答無用と駆け込んでくる。
　が、アルシエルは既に白虎を召喚。強烈な爪撃を叩き込ませていた。
　血を散らしつつも、ドリームイーターは引かず攻めてくる。雄太はそこへ拳を突き出した。
「じゃあ、俺と突き勝負といこうか！」
　ドリームイーターはいいだろうとばかりに拳を放つ。
　雄太は正面から拳を合わせた、が、まず敵の膂力に押され、大きく後退する。
「くっ……。やっぱ見様見真似じゃ限界か」
　雄太は潰された自らの指を見下ろした。だが、直後にはそれを無理矢理握り込んでいる。
「けど、それでも闘うのがケルベロス！　俺には──意地と根性くらいしかなくてね！」
　瞬間、雄太は『地獄突き』。裂帛の貫手で、肋を砕きながら重い衝撃を与えていた。
　口から血を吐くドリームイーター。だが、それでも倒れず、反撃の蹴りを放ってくる。
「ぶぁッ！」
　広範囲を襲ったそれは、鳳琴の端正な顔をも打ち据えていた。
　が、鳳琴も屈せず、踏みとどまる。
「まだ、まだ……負けません……！　未熟でも拳法家ですから。空手家には――！」
　そして、敵の至近で意識を集中。『双華乱舞』により、少女の残霊を喚び出していた。
「見せてあげます──私達が培った絆の力！　１人ではないから、体の限界以上の力が出せるんです！」
　繰り出されるのは、２人の少女による連撃。
　龍の形を取るグラビティ、そして光の剣と魔力による乱舞。その後、２人は同時に龍を纏った剣撃を放ち、ドリームイーターを吹っ飛ばしていた。
　そして、笑顔のハイタッチを合図に、残霊の少女は消えていく。
　この間に、在宅聖生救世主はブラッドスターを高らかに歌い上げ、前衛を癒やしていた。
「これでひとまずは平気だよー」
「悪ィな……助かった！」
　声を返したジョーイは敵へ一直線。冷気を巻き込んだ刃で斬りつけ、傷を抉っていった。
　敵は唸りながらも反撃を試みる。が、その拳を、ユグゴトの体から伸びた混沌が飲み込むように止めた。
「貴様の存在を愛すると決めた。成らばこそ、柔らかな胎内の前にお仕置きを」
　流動する混沌は、極光を放ち、渦巻く頭部に変貌。ドリームイーターに喰らいかかっている。
「貴様の妨害的な拳は母に届かず、己の愚直さを知るが好い。私こそが黒山羊だ」
　その一撃がドリームイーターの腹を食いちぎると、ゴロベエもすかさず、空中に光のオーラを集めていた。
　瞬間、それを蹴り放ち、ドリームイーターに痛烈な殴打を加える。
「よし、このままどんどん反撃していこう」
「うむ……！」
　頷くジゴクは、拳に冷気を湛えながらも、驚嘆しきりに仲間を眺めていた。
（「なんたる手練れ達だ……。すさまじいワザの数々、タツジン！　これが、ケルベロスとして長年を生きる者のワザマエか……！」）
　修行の果てに降魔の力を得た。それも未だ道半ばと知るように。
　ジゴクは疾風の如き拳を打ち込み、ドリームイーターを転倒させていた。

●決着
『まだ、だ……』
　よろよろと起きるドリームイーターは、息も絶え絶えに自己回復に走ろうとする。
　だが、ゴロベエが腕にブラックホールに纏い、迫っていた。
「そうそう思い通りにはさせないよ」
　繰り出すのは『消失喰らい』。拳を引き、敵の技を模倣するように突き出す。
「俺は俺の可能性だけでは届かない領域に到る為、降魔拳士になったんだ。魂を喰らうために。その技も、俺が貰っていくよ」
　瞬間、命中とともに、エネルギーが侵食。直後のドリームイーターの回復力を抑えていた。
　そこへ、ユグゴトは再度敵の精神を冒す想像を映し出していく。
「我等の脳髄は蜘蛛の糸。糸は意識を他に伝え、偉大なる想像『ヴィジョン』を此処に現す。観よ。古の存在が我等を従え、永い眠りから――！」
　呻いてドリームイーターがうずくまると、アルシエルも羽ばたいて接近。光の軌跡を描きながら、音速の拳を当てて敵の力を砕いていった。
「このまま、畳み掛けていこうか」
「無論。これ以上の攻撃など、させん」
　応えたジゴクは、影の如き速度で接近し、腹部に拳を打ち込んでいる。
　再び倒れたドリームイーターに、在宅聖生救世主は『ガルド流拠点防衛術・普く識らす天言』を行使。巨大な光の十字架を顕現し発射していた。
「見せてあげるんだよ、私の武術……ガルド流拠点防衛術ー！」
　凄まじい速度で飛来した十字架は、ドリームイーターを光で包み、命を奪っていく。
　同時、そこへ踏み込んだジョーイは、抜刀状態から一撃。神速の居合い斬りを放っていた。
「こいつで終りだ」
　熾烈な剣撃はドリームイーターを両断。跡形も残さなかった。

「此度も抱擁は成された。我が胎内は安堵に満ちる。穏やかな日常は帰還し、私は家族に囲まれて――在る事に感謝を」
　戦闘後。ユグゴトは滾る地獄と混沌を抑制し、戦いの態勢を解いている。
　鳳琴はその横で一礼して残心。写譜麗春は息をついてふと、かつて戦った天才格闘家のレムナント、黄爆龍の姿を思い出していた。
「武術の達人って意味では似てたかな……まぁ、あっちはあっちで滅茶苦茶強かったし、別物だけどね……」
「今回の敵も中々強かったね。……とりあえず、あの若者のところへいこうか」
　その後、ゴロベエの声に頷いて、皆は青年を見つけて介抱にかかった。
　アルシエルはそれを横目に、目につく場所にスポーツドリンクとレモネード、そしてタオルとカイロを置いて去っていく。
　一人で生きてきたアルシエルだが、それでも最近『仲間』の大事さも分かってきた。ただ人を気遣うのはまだ苦手なのだろう、声をかけはせずに、帰っていった。
　意識を戻した青年は、怪我もなく健常。事情を聞き、皆に丁寧に礼も言っていた。
　同時に、自身の修行不足を嘆いているようでもあった。が、ジゴクはそこへ声をかける。
「敵は確かにタツジンであった。しかし、あれは未来のお主ではない。……お主が越えるべき未来だ。いつか、成長したお主自身のカラテと、手合わせ願いたい」
　それに、青年は力強く頷いていた。
　ただ、雄太にとっては青年も立派な達人。少しでも吸収しようと頼み込んだ。
「頼む！　俺にその拳を教えてくれ！　俺には技術が必要なんだ」
「俺も、技を見たいね」
　ゴロベエも言うと、青年はわかりました、と素直に応える。そして、木々の中で修行を始めていった。
　ジョーイはそれを見つつも、頭を振る。
「俺も暴れ足りねェが……ま、敵は倒したからな。帰って酒でも呷って寝とくか」
　そうして山を降りていく。
　鳳琴は暫し、自身の拳を見ていた。
「武の頂は果て無いものですね。風の如き拳……私もかくありたいものです」
　精進を誓うように、まっすぐに。その言葉は木々の中に溶けていった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年2月11日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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