崩壊のエチュード

作者:崎田航輝

 控室の中にピアノの音が響いている。
 それはコンサートホールの中の一室。ステージではピアノコンクールが進行形で行われている中、少し離れたこの控室で、青年も出番を待っていた。
 少しの後には、自分がステージに出て弾く番だ。だから1人、最後まで練習をしていた。
 奏でる旋律は正確で、音色は情感豊か。その演奏技術は、確かに巧みだった。
 だが、青年は憎らしげに、練習する手を止める。
「……結局、今回もだめなんだろうな」
 零すのは諦念の混じった声。
 実力への自負はある。高名なコンクールに出たことも数多い。それでも青年は、頂点を取ったことがなかった。
「子供時代から数えて何度目、だろうな。……僕ももう、こんな歳か」
 出口の見えない迷路を迷っているような、暗い表情。いつまで挑戦者でいればいいのかと、疲弊した感情は、乱暴な音色になって目の前のピアノに現れた。
 と、そんな時だった。
「強くて鋭くて、とても素敵な音楽だわ」
 不意に、言葉とともに1人の女性があらわれた。
 それは紫の衣装をまとったシャイターン・紫のカリム。
「貴方には、素晴らしい才能がある」
「君は……?」
「……だから、人間にしておくのは勿体ないわ」
 青年は口を開こうとする。だがそのときには、カリムが手元から炎を生み出し、青年を燃やし尽くしてしまっていた。
 そして、代わりに出現したのは、エインヘリアルとして生まれ変わった巨躯の体。
「これからは、エインヘリアルとして……私たちの為に尽くしなさい」
 カリムが言うと、青年だったエインヘリアルは、力に満ちた表情で頷く。
 そうして、黒と白の二振りの剣で壁を破壊すると、広い通路を悠々と歩いていった。

「炎彩使い……また彼奴らの仕業か」
 ダンドロ・バルバリーゴ(冷厳なる鉄鎚・e44180)が呟くと、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は頷く。
「はい。今回もまた、多くの人々の命がかかった作戦になりそうです」
 それから改めて説明を続けた。
「本日は、ダンドロ・バルバリーゴさんの情報による、エインヘリアルの事件についての説明になります。シャイターンのグループ、『炎彩使い』によるものですね」
 彼女らは死者の泉の力を操り、その炎で燃やし尽くした男性をエインヘリアルにする事ができるようだ。
「エインヘリアルとなった者は、グラビティ・チェインが枯渇している状態みたいです。なので、それを人間から奪おうとして、暴れようとしているということらしいですね」
 エインヘリアルは、既に人々を襲おうとしている状態だ。
「急ぎ現場に向かい、そのエインヘリアルの撃破をお願いします」

 状況の詳細を、とイマジネイターは続ける。
「敵は、エインヘリアル1体。出現場所は、コンサートホールです」
 その舞台、今まさにコンクールが行われているところに現れるという。
 その場には奏者や関係者、客なども含めかなりの数の人間がいる状態だ。
 幸いまだ被害者は出ていないので、急行して人々との間に割って入れば、そのまま戦闘に持ち込むことで被害を抑えることが出来るだろう。
「迅速に戦闘に、ということだな」
「ええ。戦いに入りさえすれば、エインヘリアルも、まずはこちらを脅威と見て排除しにかかってくるはずです」
 ダンドロにイマジネイターは言う。
 最低限の避難呼びかけとともに、戦闘に集中する。そこで撃破すれば、被害はゼロで済むはずだとも続けた。
 ではエインヘリアルについての詳細を、とイマジネイターは言う。
「二振りの剣を使った攻撃をしてくるようですね」
 能力としては、氷波による遠列氷攻撃、物理攻撃による近単ブレイク攻撃、連撃による近単体パラライズ攻撃の3つ。
 それぞれの能力に気をつけてください、と言った。
 ダンドロは静かに頷く。
「仕留めてみせるとも。それが必要なことならば、な」
「是非、お気をつけて。撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)
蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)
四方守・結(精神一到・e44968)
アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)

■リプレイ

●接敵
 ケルベロス達はコンサートホールへと駆けつけてきていた。
「うわぁ、こんなところでデウスエクス出現とはね!」
 蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)は疾駆しつつも、建物の大きさにも目を見張っている。
 柱の並ぶ通路は長く、天井は高い。この景観だけでも、先に相応の人数が待っていることは想像された。
「流石にこりゃあ、大変だわあさっ!」
「わざわざ、このような人のたくさんいる場所を狙うなんて、卑劣ですね」
 羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)も頷いて、声を返す。ただ表情に油断の類はなく。近づいてくるステージの入り口を見据えていた。
「急ぎましょう。私達にできるのは、迅速に行動し、被害を最小限に食い止めることです」
「ええ」
 と、小鞠・景(冱てる霄・e15332)は静かに応える。
 どこかの壁は既に壊されているのか、騒乱の音が漏れ出ている。その先にいる敵の姿を思い、景は一度目を伏せていた。それからすぐに目線を上げ、まっすぐに走り出す。
 天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)は光の翼で宙を翔けながら、周囲にも注意を払っている。
「……紫のカリムとやらは既に去った後か」
 前方のホール以外には、異変は見えない。情報通りであるだけに、彼女らにいい感情を持たぬ水凪は、小さく息をついた。
 しかしそれも一瞬。すぐに翼で風を掃くと、ホールへと高速で向かい始める。
「ここで元凶を断てぬのは口惜しい。だからこそまずは──彼の者を倒そうぞ」
「うん! 行くよっ、一人でも多くじゃない、此処にいる皆を護るんだからッ!」
 朗らかに応えたカイリも、疾駆。皆で、騒乱の現場へと踏み込んだ。

 ホールの中で、エインヘリアルは人々に狙いをつけていた。
 ステージ上、観客席、全ては混乱の坩堝だ。エインヘリアルはそれにも構わず、ただ殺意のもとに剣を振り上げていた。
「全部の音を、壊してやるよ──」
 だが、その瞬間だ。
 突如、紐状の御業が飛んできたかと思うと、エインヘリアルの腕を縛り上げるとともに凍りつかせていた。
「悪いが、させんよ」
 それは入り口から駆けてきた、四方守・結(精神一到・e44968)の攻撃。そのまま御業を手繰るように跳び、結は巨躯の前に立ちはだかっていた。
 痛みに腕を押さえながら、エインヘリアルは目を見開く。
「君は……」
「私達は、ケルベロスだわんっ!」
 と、声を返したのはカイリ。横合いから走り寄って、巨体へ木刀での乱打を加えていた。
 よろめいたエインヘリアルは、思わず下がろうとする。が、その背後にも、アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)が宙から着地して、行く手を阻んでいた。
「そういうわけだから。此処は通せないわね」
「……ケルベロス、か。こういうときは、本当にやってくるんだね」
 エインヘリアルはようやく状況を推察したように、警戒を浮かべ始めていた。
 この間に、アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)は周囲の人々へ声をかけている。
「わたしたちはケルベロスです。大丈夫です、敵はわたしたちが必ず倒します──だから、落ち着いて速やかに避難してください」
「ああ、入り口の方向なら安全だ! 怪我しないように、慌てずな!」
 さらに、天津・総一郎(クリップラー・e03243)も割り込みヴォイスで声を届け、皆を誘導していた。
 惑う者がいれば、水凪も呼びかけて移動を促している。
「……ここは戦場になる故、早く此処から逃げてほしい」
 それらによって、人々は退避を始めていた。それを確認すると、紺は殺界を形成。人払いに万全を期する。
 エインヘリアルを包囲する水凪は、自身のエクトプラズムを仲間に溶け込ませ、防護態勢を築いていた。
 同時にアリッサも、攻性植物から光を注ぎ、仲間の耐性を増している。
「さあ、次はお願いね」
「わかりました。補助させていただきます」
 アリッサに応えたアメリーは、グラビティを虹色の光として発破し、仲間の攻撃力を劇的に増幅していた。
 その力を活かすように、紺は巨躯に肉迫。槍に稲妻を纏わせて、強力な刺突を打ち込んでいた。
 よろめくエインヘリアルは、剣を振り上げようとする。だが、そこへは景が大槌から砲弾を撃ち出し、足止めしていた。
「今です、攻撃を」
「ああ、任せろ!」
 応えて疾駆するのは総一郎。
 煙を上げて後退しているエインヘリアルへと跳躍すると、一撃。顔面へ強烈な蹴撃を喰らわせていた。

●剣戟
 人々の声は遠ざかり、ホールは無人となっている。
 エインヘリアルはふらつきつつも体勢を直し、周囲を見回していた。
「皆、いなくなったか。……でも、いいさ」
 言って剣を握り直す。その顔は、既に半ば狂気に支配されているようでもあった。
「君らも、邪魔なら壊すだけ。努力も実力も意味をなさない世界は、全てね。簡単なことだったんだ」
「……。弛まぬ努力でも、確かな実力でも、頂点は取れなかった──か」
 結はふと、視線を落とす。自分にも、どうしても超えられない人がいる。だから微かにだけ、重なる部分を感じた。
「他人とは、思えないな」
「――真面目な方、だったんでしょうね」
 景も静かに声を継ぐ。
 しかし同時に、そっと手を伸ばし、無数の霜柱を生み出し始めていた。
「ですが、すべてを台無しにしてまで頂点が欲しかったわけでは、ないでしょう。それこそ、ピアノの腕で取りたかったはずですから」
 その霜柱は、エインヘリアルが身動きをすると、瞬間的に鋭利な氷棘と変貌している。
「だからこそ。不本意な結果になる前に、終わらせましょう──」
 その力は『極点の皚』。氷の槍となったそれは巨躯に突き刺さり、鮮血を散らせた。
 呻くエインヘリアルは、氷を砕いて前進してくる。
「そのピアノの腕も、良い音楽も、認めらないなら意味はない。壊すだけさ……!」
「──俺は音楽の良い悪いは全くわからねーけどよ。この場で何をすればいいかの良い悪いならわかるぜ」
 と、声を返す総一郎は、薄墨色の闘気を漲らせ、敵の腕部を弾き上げる。同時、懐に踏み込んで、手元に螺旋の力を篭めていた。
「だからよ、全力でいくぜ。人生最後の演奏に付き合ってやるよ……ハートに響く音楽を一緒に奏でようぜ!」
 瞬間、苛烈な掌底を腹部に打ち、巨躯を宙に煽った。
 連続して結が御業を解き放ち、炎の流線を描いて打ち据えると、そこへカイリも跳躍していた。
「まだまだ、攻撃は終わらにゃあよっ!」
 刹那、くるりと回転させた木刀に、風の摩擦で雷撃の如き火花を纏わせ、一撃。突き下ろす打撃で巨躯を地に叩きつけた。
 エインヘリアルもすぐに起き上がって、反撃の剣を振るう。が、それは結が庇い受けるようにして耐えきった。
 直後には、水凪が治癒の力を手元に生み出している。
「案ぜずとも、即座に治療してみせよう」
 それは透き通った青色の美しいオーラ。それを投射することで、結の傷は淡い光に癒やされるように薄くなっていく。
 さらにアリッサは『La rosa Giesella』を唱えていた。
「Hen lu craret, Ren le ariet la Avnir──定めの花よ、希望を謳い導け」
 その声を鍵に、硝子の様に透き通る一輪の薔薇が、虚空から出でる。
 夜の藍を花弁に映す八重の薔薇は、はらりと溶けるように散り、淡い風とともに結の浅い傷を消し去っていた。
「さあ、頼りにしているわ、わたしの”いとし子(リトヴァ)”」
 と、アリッサはさらに、ビハインドのリトヴァを攻撃に移らせている。双子の姉の魂たるその存在は、言葉に素直に反応。即座に巨躯を金縛りにした。
 そこへ紺も、ブラックスライムを解き放つ。流動したスライムは、そのまま巨体の全身を飲み込むように広がり、その動きをさらに縛り付けていた。
「今です、攻撃を」
「それなら、わたしがやるです──」
 応え、精神を集中するのはアメリーだ。
 行使するのは、蠍座の加護を受けた技、『le Scorpion』。
「天蠍宮の大天使よ、彼の者にさらなる罰を与えるです……」
 瞬間、魔力を収束させると、巨大な蠍の幻影が顕現されていた。
 それが鋭利な衝撃で腹部を穿つと、強烈な毒によって傷が深化。苦痛で体を蝕み、一時エインヘリアルを地に伏させていた。

●闘争
「全く、僕は戦いすら上手く出来ないのか……」
 呻きを漏らしながら、這いつくばるエインヘリアル。それでも、首を振って立ち上がっていた。
「いや、まだだ。腐った舞台──ここにいた人間を殺さねば、死ねるものか」
「……腐った舞台などではありませんよ。ここには夢や希望を持った方がたくさん集まっていました」
 と、紺は狂気にも怯まず、声を返している。
「私に音楽は語れませんが──それでも才能ある方々の未来を守るために。彼らが自分の可能性を示す前に台無しになんて、絶対にさせません」
「才能、未来か。僕には無縁の話だろうな……!」
 エインヘリアルは激昂するように走り込んでくる。アリッサは間合いを取りながらも、首を振っていた。
「そうかしら。目指した高みに届かずとも──少なくとも嘗ては、その旋律は多くの人の心を癒やしたはずよ」
 もっとも、それが過去となってしまったことも、アリッサは分かっている。
「……だからこそ、美しい音を紡いだその手が、血の色に穢れる前に――終わらせましょう」
 瞬間、アリッサの元から飛び立ったリトヴァが、壁の破片をポルターガイストで巨躯へ撃ち当てていた。
 たたらを踏んだエインヘリアルへ、紺はスライムを流動させ刺突。
 血滴が散る中、景も疾駆していた。
「同時に、攻めましょう」
「うむ、行くぞ」
 応えたのは結。御業を高速でしならせ巨躯に接触させると、そこへ霊力を伝わせて氷の力を注ぎ、表皮を凍結させていく。そのタイミングで景は肉迫し、大槌で痛烈な殴打を喰らわせた。
 エインヘリアルはそれでも倒れず、氷波で反撃してくる。が、衝撃の渦中で、水凪は治癒のグラビティを集中していた。
「斯様な攻撃でまだまだ倒れないよ」
 同時、生み出すのは癒しの風。撫でるような優しい風は、氷を融解させ、傷を癒し、皆を回復させていく。
 さらにアリッサも花のオーラを舞わせ、皆を万全な状態に持ち直していた。
 エインヘリアルは連撃を狙うが、総一郎はそれを蹴り払うようにして逸らしている。
「そう何度もやられるかよ。女性の前でカッコ悪いとこも──見せられないしな!」
 刹那、さらに体を回転させ、後ろ回し蹴り。熾烈な一撃で巨躯を大きく後退させた。
 それでもエインヘリアルは、浅い息を漏らしながら、血溜まりの中を歩んでくる。アメリーはその姿を一瞬、見つめていた。
 倒すべき敵であるけれど、元々は地球に住んでいた人間だ。それを思うと、心が痛かった。
(「許せない……許せないです、人々を苦しめるデウスエクスを」)
 しかし、元凶を思えばこそ、心では静かに闘志が燃える。
 その思いを力に変えるように、アメリーは一撃、オウガメタルを纏った拳で打撃を叩き込んだ。
「がっ……!」
「今のうちに、もう一撃お願いします」
「りょーかいっ! 私に任せてっ!」
 声を返して、カイリは既にエインヘリアルの至近に迫っていた。
 エインヘリアルは体勢を直して迎撃しようとするが、カイリは縦横に駆け回り、回避しながら翻弄。その内に、高いステージから跳躍して頭上を取っていた。
「遅い遅いっ! 渾身の連撃、喰らうがいいわっ!」
 直後、カイリは巨躯の脳天、肩、胸部へと舞うような斬打の連撃。鎌鼬の如く襲った衝撃を避けられず、エインヘリアルは苦悶のもとに膝をついた。

●決着
 エインヘリアルは剣を支えに起き上がろうとする。だが隙を与えず、アメリーは再び蠍の幻影でダメージを刻んでいた。
「このまま、一息に攻撃をしていきましょう」
「うむ。では、わたしも攻勢に移るとするか」
 そう返したのは水凪。『喚起』を行使し、大地に潜む死者の無念を抽出。巨躯に取り巻かせることで、その動きを鈍くしていく。
 エインヘリアルはそれでもよろよろと動くが、景がそこへ再度、極点の皚を顕現。足元を氷槍で貫いていた。
「これ以上は、させません」
「そうよっ! 短期決戦で決めてみせるんだからっ!」
 連続して、カイリは『武御怒槌』。自身の身体を粒子に分解すると、雷と化して突撃。光と見まごう速度で強大な衝撃を与え、巨躯を吹っ飛ばす。
「リトヴァ、今よ」
 と、そこへアリッサはリトヴァを肉迫させ、そのまま巨体を金縛りにして床に落とした。
 呻きながらも立ち上がる敵へ、総一郎は【 天道 】。懐に飛び込んでかがみ、飛び上がるとともに顎へ掌底を叩き込んでいる。
 再度倒れ込んで血を吐くエインヘリアル。結はそこに喰霊刀・八獄を突きつけた。
「何か、言うことはあるか」
「……皆、殺す、んだ……」
 巨躯は朦朧と言うばかりだった。
「そうか」
 と、結は少し目を閉じてから刀を握る。
「……わかった、今、終わらせてやる」
 精神汚染のために長くは使えない。その刃をこのときだけは振るって、結は巨躯を切り裂いた。
 意識を飛ばしていくエインヘリアルに、紺は『貪欲な寓話』を行使する。
「これで終りです」
 瞬間、黒い影が蔦のように絡みつき、巨躯を縛り上げる。その力は命を吸い取っていくように、エインヘリアルの全身を消滅させていった。

 戦闘後、皆は周囲をヒールした。
 被害は狭い部分にとどまっていたために、その作業もすぐに終わる。豪奢なホールの姿が戻ってくると、水凪は見回した。
「これで、問題はあるまいな」
「あとは、怪我した方がいないかだけ、確認をしておきましょう」
 景はそう言って、ホールに戻ってくる人々を見て回っている。
 幸い怪我を負ったものもいないとわかると、関係者や奏者も話し合いを始め、コンクールの再開の目処も立ちそうだった。
 結は、エインヘリアルが消えた場所に立ち、手を合わせていた。無念に散っていったであろう、青年の冥福を祈っていたのだ。
 総一郎もその場を少し見下ろす。
「こんな最期だなんて、理不尽にも程があるだろ……」
 零れる声には怒りが滲んでいた。
 音楽の事は理解できない。でも、彼が苦しんでいたのは理解できるつもりだった。
「そんな人の姿を勝手に変えて、そして俺達がソイツを討つのを高みの見物か。どんな考えがあるにせよ……気にいらねェな!」
 総一郎は天を仰ぐように、どこかにいるであろう、その敵へ叫ぶ。
「今度は俺達がお前を消滅させてやる番だ。待ってろ──エチュードの時間は終わりだ。次はフィナーレを必ず聞かせてやる」
「ああ。私も、許さない。必ず──討ち取ってやるとも」
 結も声音に力を込める。
 それは先に待つ戦いへの、凛々たる思い。刃のように鋭く冴えた、一点を見つめる決意の心だった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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