オウガ遭遇戦~立つ春を災うもの

作者:五月町

●飢えた鬼神
 その巨石群は、岡山県の山中に鎮座していた。
 斜面に次々と姿を表す大岩は自然のものか、はたまた人の手によるものなのか。なりたちは知れず、けれど荘厳な姿を見せる石の群れの影から、獰猛な命の気配が躍り出た。
「……足りぬ。──グラビティ・チェインが、足りぬ……!」
 血走った眼は爛々と、巨大な投具と剣とを持つ腕は隆々と。足りぬ、喰わねば、と譫言を繰り返す姿はどこか虚ろであるものの、自身を鼓舞するように振り上げた顔は、鬼神もかくや、荒々しい気で満ちている。
「命を喰らわねば……この力尽きる前に……!」
 ──コードネーム『デウスエクス・プラブータ』。招かれざる客人は、清く澄んだ空を咆哮で貫いた。

●季の境に
 リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)らの探索の甲斐あって、オウガに関する予知を得られたとの情報がヘリポートを飛び交った。
 時は二月三日、冬と春とを分かつ節分の日。岡山県中山茶臼山古墳の周辺に多数、出現することが判明したという。現状では、ゲートの位置までは特定できていない。
「今回現れるオウガ達だが、極度のグラビティ・チェインの枯渇状態にあるようだ。このまま補給がなければ、間もなくコギトエルゴスム化してしまう程度のな」
 グアン・エケベリア(en0181・霜鱗のヘリオライダー)は眉を寄せた。グラビティ・チェインを得ることしか考えられず、高まる衝動に任せて人を殺し、奪おうとする命。まともな会話が期待できる状態にはない。
「奴さんら、より多くのグラビティ・チェインを求めて吉備津神社方面に移動するようだ。知ってる者もいるだろうが、節分の神事で人が集まる界隈になる。そこに辿り着かれる前に、迎撃して食い止めて貰いたい」
 示された迎撃箇所は、中山茶臼山古墳から吉備の中山細谷川までの地点。古墳近くに点在する巨石遺跡周辺で、オウガの出現が数多く確認されているという。出現地点周辺、もしくは吉備の中山細谷川の隘路の出口が迎撃に最適だろう。
「巨石群で迎撃するなら、一般人を気にせずに戦える筈だ。グラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化までは、二十分程度と予測されている。その前に決着する可能性は高いだろう。
 細谷川の方だが、奴さんらはどこから現れても、どの経路を辿っても必ずこの地点を通過することが分かってる。確実な迎撃ってことならこっちも適しているな。だが、さっきも言った吉備津神社にはより近い。突破を許せば、間違いなく一般人に被害が出るだろう」
 戦闘開始からコギトエルゴスム化まで、こちらは十二分が見込まれている。それを待つのであれば、決して逃がさない工夫と覚悟が必要になるだろう。
 武器は武骨な大剣と投具。詳細は不明ながら、鉄塊剣と螺旋手裏剣に相当するものと考えてよいという。
「強い腕力を特徴とする種族のようだ。能力は無論高い。常に全力で、手を抜くようなことはない筈だ。不用意に戦闘を長引かせる策をとれば、あんた方にとって大きな不利になりかねん。頭に留めておいてくれ」
 撃破前に敵がコギトエルゴスム化することを狙うなら、相応の作戦や戦術が必要ということだ。頷いた仲間たちを前に、グアンは僅かに眼の色を和らげた。
「鬼も内、って地方もあると聞くが、害なす奴は鬼でなかろうと願い下げだな。──宜しく頼むぞ」
 暦の上の春が、待つ人々の手に無事に届けられるよう。決意を胸に、ケルベロス達はヘリポートを発ったのだった。


参加者
真柴・勲(空蝉・e00162)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
田抜・常(タヌキかキツネか・e06852)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
高辻・玲(狂咲・e13363)
相摸・一(刺突・e14086)
楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)

■リプレイ


「おや、いらっしゃったようです」
 太く柔らかな尻尾をくるり揺らして、宙返り。木の葉のように軽く樹上から飛び降りた田抜・常(タヌキかキツネか・e06852)の報告に、ケルベロス達は口許を引き締めた。
 ──細谷川隘路。新条・あかり(点灯夫・e04291)とレンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)によって、既に殺界を敷かれている。
 そこを戦場に定めたのは、一つの望みあってのことだ。訪れる困難を覚悟して待ち構える彼らの存在を知らぬまま、それはまさに鬼気迫る勢いで飛び込んできた。
「グラビティ・チェインは此処か……!」
 想定外であった筈のこちらの姿に驚きもない。飢えに苛まれるまま飛び込んでくるオウガを、あかりは名の通りの澄光の壁で出迎える。
 立つ春の祝福を、コートを揃いにする大事な人のもとに──出来る限り多くの人のもとに届けたい。そして、
「出来るなら、あなたにも」
 竜気を飛ばし吼える鎚が同意を示す。巨鎚を難なく取り回す担い手は、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)。
「……っ、流石、鬼神と呼ばれるモノ……!」
 殺気がびりびりと肌を焦がす。けれど退くことなく立ち塞がる少年の姿に、さあ、と高辻・玲(狂咲・e13363)が手を打った。
「鬼さん此方──君をこのまま終わらせぬ為、尽力しよう」
 御業と、心と。融けて生まれる氷の刃は一片の曇りもなく澄み、ささくれ一つ伴わぬ傷を刻みつける。勢いを削いだと見るや、玲は戻り来る御業を捕縛の一手に創り変える。その早業の間に、
「神社側、気をつけていかねーとな。今回のDaemonは豆くらいじゃ逃げてくれねーだろーが」
 にやり笑み顔を光に溶かすレンカ。言葉通り神社の方角を背にすると、築く精神力の盾で仲間の一人を匿う。相摸・一(刺突・e14086)は表情を動かさぬまま同意を示した。
「……逃げられるようでは困るからな。決して、逃がすものか」
 突き上がる蹴りを機敏に躱すオウガは、獣そのものの動き。
「はい、絶対に犠牲者なんて出させません! 行きますよ、テレビウム!」
 相棒の放つ攻撃的な光に、影の弾丸が絡みつくように続く。死角に突き刺さる楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)とテレビウムの息揃うニ手もあわやで逃れ、オウガは獰猛に戦場も駆け回る。
「お前も必死だろうが、此処から先に入れるのは『福』限定だ」
「そうですねえ。福に転じたその後になら、喜んでお迎えしますが……まずは」
 敵の求める重力の鎖を惜しまず紡ぐ真柴・勲(空蝉・e00162)に、鎖の輪をくるると躍らせ放つ常。二つの護りは地を走り、戦線を支える中・後衛の足許に術を結ぶ。
「仲良くなるためにも、殴り合いましょう!」
「はは、粋な提案だが──聞く耳持ってくれるかね」
 愉快げな勲の笑いが微かに苦み含んだ。
「力を寄越せ……ッ!」
 身構える間もなく降り注ぐ鉄の雨。鋭き投具は強かに、最前で立ちはだかる者たちを撃ち貫いていく。


 変化に乏しい戦況に、時がじりじりと消費されていく中。
 それが擲たれた瞬間、風に厭な匂いが混じった。
「──させませんよ!」
 花のように腕を広げ、レンカへ向かう投具を受け止めたここのか。一瞬で全身に巡る痛み、眩む目に、毒を射たれたと知る。
「ち……小癪な」
 音だけはかしゃんと重く、一は軽い機動でガントレットに仕込んだナイフを翻した。魔の宿る一撃も角度巧みに突き込む肘も、オウガは本能であるかのように躱していく。狙撃手の立ち位置をもってしても、幾度かは避けられたほど。
「キャスターか……?」
「彼自身の力量もあるでしょうが、そうかもしれません。長引きそうですが──望むところです!」
 痛みなどないかのような強い微笑み。ここのかの誘うようなピルエットに、軽い羽持つ妖精たちの幻想がついと過る。踊る娘と交わす円舞が、全身を苛む悪寒を鎮めていく。足許でくるくる回るテレビウムも、美しい調べを伴う動画で一役買った。
「戦闘好きってのも伊達じゃねーか。今日は惜しむ必要もねーからな、手厚くいくぜ!」
 泉のように湧き上がる気力を仲間へ分かつレンカ。高い回避能力と命中率で攻め込まれる戦いはやや分が悪くも、今に翻るときが来る──勝ち気な少女の心意気は折れない。
 不意にオウガの体が宙に浮いた。全神経を集約して漸く一撃、敵の内で力が爆ぜた感触に勲は一息吐いた。
「鬼は外、か。馴れ親しんだ言葉だが」
「……こんな形でそんな状況に陥るとは思わなかったな」
 力を編みながら頷く玲。透徹の気が刃を冴えゆかすまでに、常は指を彩る光の輪を大きく育て上げる。ぽぉんと放り出した癒しの力が形を変え、勲の前で盾と化した瞬間、
「……──喰わせろ……!!」
 地を這う声とともに、巨大な鉄塊が草木を薙ぎ払った。巻き起こる暴風は威力もさながら、武器に込めるケルベロスたちの力をも吹き飛ばしていく。
「僕は知っている。……何も考えられなくなるほどの飢餓を」
 投げ込まれるまま今は沈むだけの呼び掛けをいつか、彼が心の水底から拾い上げる日が来るように。その飢えを知らぬ訳ではないのだと、あかりは未だ暗い心の淵へ呼び掛ける。
 手を伸ばし招いた暖かな雪──千年融けぬと謳う白い覆いに、戦線を支える仲間を隠し、護りながら。
 その温もりを、冷ややかな靄を纏った玲の一閃が突き抜けていく。強靭な肌を裂く斬撃は、切り開く先の未来を見据えてしんと澄み渡っていた。
「……! 逃がしません!」
 容易く奪えぬ相手と悟ったか、包囲の中に一瞬生まれた間隙に爪先が向く。その瞬間、オウガの足で膨れ上がった力が爆ぜた。
(「──逃亡を阻むには足りない、か。……それでも」)
 その先は一歩だって許さない。担い手たる朝希は息つく間もなく、巻き紙を風に流した。
 紙の上、物語の住人たちは朝希の力でゆらり虚ろに立ち上がる。噪ぎ立てるのは語りか騙りか、そのどちらでも、
「齎す終わりは筋書き通りに! 果てまで抗うと仰るなら、僕達も通さぬ覚悟はできています」
 未来ある終わりを描く為に。喧しく惑わす術が敵の集中を削いでいく。
「へー、面白いじゃねーか!」
 物語をこよなく愛するレンカは紡がれるシナリオに目を輝かせ、悪戯な笑みを浮かべた。
「魔女といえばマレフィキウムだが──今日の役は癒し手だ。いつもと違うオレをとくとご覧あれ、ってな!」
 言い終えるのを待たず穏やかに変質していく声音、柔らかく老成していく眼差し。『少女』はなりを潜め、戦場に立つ『聖母』になりかわる。
 いつかも見た少女の変貌ぶりに目を瞠りながらも、勲の脚は油断なく朝希の傍らへ。箒星の蹴撃で敵の進路を阻むと、
「聖母様、妖精にもお手伝いさせてくださいな」
 清らかな癒しの訪れを喜ぶように、ここのかが踊る。舞う花弁が優しげに付き従う妖精のグランジュテが、吹き飛ばされた力を引き戻していく。そして、
「はいはい、こちらもご賞味くださいです」
 輪投げよろしく、連なる鎖の輪をひょいひょい投げ込む常。仲間の足許で発光したそれは、長い戦いを耐える加護を施していく。
「悪いが、ここから先は通せないことになってる」
 敵が跳び退く先に一が回り込んだ。長い脚を受ける体に先刻までの機敏さはない。──ケルベロス達が根気強く与え続けた術が、じわじわと効力を発揮し始める。
「邪魔、を……!」
 するな。懐に踏み込んだ一へ、振り下ろされる拒絶の毒。けれどその一撃は、盾の力を得たテレビウムが健気に受け止めた。
 動き始める戦況を、あかりはじっと推し量っていた。内に着る鎧の一撫でで意を汲み、光の粒子を放つオウガメタル。仲間の背に吸い込まれたそれがまた一段、狙撃の力を高めていく。
(「──護るものの優先順位は決まっているんだ」)
 それでも、目の前の命を容易く擲ちはしない。苛烈な戦いにありながら、誰の瞳もその意志を失くしてはいなかった。

 理性を失って尚、冴えた本能を見せていた敵の動きが、重なる術に少しずつ精彩を欠いていき──反面、絶え間ない仲間の援護に力を得て、ケルベロス達の攻撃は精度を高めていく。
 レンカの魔力がまた一つ、仲間を異常から解き放った。玲は淡く透ける御業の手を鬼へ伸ばす。
 引き寄せられる未来の手応えを、もう少し確かに捉えるために。


「さあ──うそかまことか、そのまことを!」
 紙の上の物語が再び形をとり、オウガに襲いかかった。飛び交う魔力を持つ声に抑えつけられ、髪を振り乱す鬼の眼は、未だ戦意を喪ってはいない。
 対峙する仲間同士、これほどの信頼で支え合い、これほどに護り合いながら、決して安心できない相手。とうに理性は失いながら、戦を尊ぶ鬼の気質は攻撃に滲んで見えるようで、朝希は痛ましく思わずにはいられない。
 あかりの眩い雷撃が敵を貫いた。苛立ちを隠さず、鬼は重き投具の雨を降らす。強靭な肌に少しずつ目立ち始めた傷に、玲は一瞬眼を細めた。
「此処で厄落としとしよう。今は暫し、鎮まり給え──」
 天に向けた刀へ、空の魔力が流れ込む。彼の身にある禍までも斬り祓う心意気、流れる一閃を放つ横顔に懸命さを見て、常は笑んだ。
「誰も死なせないための戦いというのは、気分がいいですね」
「ああ、結構な話じゃねえか」
 戦場の緊張は保ちながらも、狐面の下の常の呟きは穏やかで。少しずつ癒えぬ傷も深めている仲間へ振り絞る気力を贈りつつ、勲は頷く。片端から殴り倒す解り易さも悪くはないが、護る為の戦いはなお肌に馴染むようだ。
 指先まで繊細に気の行き渡る美しい踊りで花弁の癒しを迎えながら、ここのかは敵の様相を恐れてもいた。理性を喪い、飢えたものの行き着く先。暴走すれば自分もかくやと思うけれど、
「──いえ! まだまだ暴走なんてしてやりませんけどね!」
「良い意気です。ご自身もお大事にですよ」
 常が投げかけた魔力の輪が、ここのかの前に聳える盾をより堅くする。仲間の決意を支えるように。
 その時、オウガが動いた。力強い跳躍に、死力を以て突破する意志が滲む。けれど、
「通せない、と言っている」
 その進路を、非情なほど静やかな一の拳が阻む。神も仏も例外はなく──ならば鬼とて同じこと。
「──アアアアアッ!!」
 苛立つ咆哮が、そこを退けと告げていた。
「……溺れているかのようだな」
 力を渇望し足掻く姿は、感慨に乏しい一にも僅かな同情を誘う。
 けれど、思いが攻める手を休めることはなかった。この戦いに身を投じた誰もがそうであるように。

 たとえ片足を失っても、求めるものを得る為ならば鬼は駆けるだろう。そうするだけの強さ、底知れぬ渇望を目の前に、それでも僅かであれ逃走の目を潰そうと、朝希は鬼の脚部に精神力を注ぎ込んだ。
 それが、爆ぜる。軽からぬ筈の衝撃にも勢いを殺されることなく、オウガは鉄塊を振り回した。だが、湧いた突風は唐突に掻き消える。──身を冒す痺れに、顔を歪める鬼の姿。
 さらなる戒めをあかりが齎す。渡すではなく止める為に、紡がれた重力の鎖を自在に操るその杖の名は──タケミカヅチ。
 奇しくも同じ名を持つ光の一撃が、勲の握る拳を染めた。
「──苦しいだろうが、生きる為に耐えてくれ」
 ばちばちと空気を裂いて躍る雷の子を腕に宥め、勲は躊躇いなく鬼の懐へ飛び込む。苦渋に染まるオウガの風猊にも、思い起こすのは優しき鬼の昔噺。
 ──きっとそんな朋友に、いつかは。
 そう願うのもまた優しさだ。赦罪の聖母の役の下で、『レンカ』は笑んだ。仲間たちの在り方は、コギトエルゴスム化の価値ゆえにそれを狙う自身の在り方とは違う。けれど、それはそれで好もしいもの。
(「魔女は合理主義なのさ。──けど、協力は惜しまねーぜ!」)
 味方を取り巻く浄罪の炎が、癒しとともに真白き羽へと変化する。そのひとひらが仲間の頬に届けば、傷は忽ち癒えていく。聖母の奇跡をなぞるかのように。
「ここが好機です! 今度は外しませんよ……!」
 皆のくれた加護がある頼もしさに、ここのかの瞳がきりりと澄む。バールを手に襲いかかるテレビウムから鬼が逃れる、その先を読んで撃った影色の銃弾。逸れることなく鬼を貫く一撃が、先刻の毒を与え返す。
「貴方が生きたいと望むなら──今は、立ち止まって貰います!」
 ぐらりと揺れたオウガの四肢をさらに揺るがす、影の人たち。朝希が再び招いた人々は、たちどまれ、たちどまれと波のように言い募る。ひとりの少年のひとり分の思いを、幾倍にも増幅するように。
「ああ、人喰らう鬼にはさせない。僅かな希望、繋いでみせよう」
 ──その先にはきっと、佳客として彼らを迎える未来があると信じて。澄み渡る空の魔力を剣戟に伝え、斬り抜ける玲。
 思慮も志もないと嘯く一の身には、熱くも涼しくも心傾ける仲間たちの眩しさこそが、力を尽くす理由になる。
 魔を宿すガントレットが、深々と狂気を抉った。止まる動きに、気持ちよいまま終われそうでしょうか──と、常は創り上げた癒しの輪をぽぉんと放つ。
「きっと応えていただけると信じているのです。肩を並べられる日を、楽しみにしていますね」
「うん。……こんなに飢えたことは忘れられなくても、あなたたちを満たすものがきっと……あるから」
 寒空の下、揃いのコートがくれる優しさのように、そこに紡がれた縁の温もりのように。その為なら何も惜しまないと、あかりは杖を降り下ろした。
 戦場を染め上げる無垢なる光。迸る雷撃が鬼の気力を灼き切っていく。
 光の中に、その姿が熔けた──と見えた。敵意、戦意、渇望、渦巻く暗い気配がふと緩むと、澄んだ空気にぱちん、ぱちんと雷の余韻を残しながら光も消え去っていく。
 辺りに満ちるは、本来この場所の持つだろう清浄の気。その許に、小さな宝石が転がっていた。落ちて芽吹きを待つ種のように。

(「癒えることはなくとも、せめて──」)
 宝石に眠る間は、あの渇きを忘れられるように。胸の裡に呟きを溶かし、一は静かに目を伏せる。
「お疲れさん。……もう少し眠っててくれや」
 立つ春を災うもの──その筈だったもの。力を使い果たし、コギトエルゴスムへ成り果てたものへ、勲は仲間へそうするように呼び掛けた。
 立春を迎えても、芯まで凍えつかせる寒さは未だ去らない。良ければ暖かな陽の差す頃まで、ゆっくりと。その先の目覚めを、ここに在る心たちは望んでいるから。
 頷いて、玲はそっと欠片を拾い上げる。
「次会うときは、どうか本来の君で」
 花咲き匂う、幸いの日々を共に。微笑みかける青年の掌の中、コギトエルゴスムはさやかに煌めいていた。
 ──その命運を、ケルベロス達に預けて。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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