雪月の刃

作者:崎田航輝

 今宵は、月が輝く夜だった。
 だけでなく、寒風に冷やされた粉雪がはらはらと舞っている。月光を反射して、月色の粒子となった欠片は、山奥の木々をも明るく照らしていた。
 と、その中で独り、修行に暮れる若者がいる。
「……はっ! ……せぁっ!」
 それは、年若い和装の青年。気合とともに振るうのは、長大な柄と刀身を持つ槍であった。
 大身槍と呼ばれるその和槍は、青年の身長を超えて余りある。だが、鍛えた膂力と技で振るわれる刃は、その重みの分だけ、豪風のような衝撃を生んでいた。
 刺突に斬撃。大きな挙動を見せる刀身は、月光を反射して美しくもある。
「リーチの大きさは、即ち戦力の強さ……。全てを薙ぐこの槍で、俺は武の頂点を目指す」
 荒削りな気迫ながら、夢は大きく。青年は武の道に邁進しようと、ひたすらに修行に打ち込んでいった。
 だが、そんな時だ。
「──お前の最高の『武術』、僕にも見せてみな!」
 木々の奥から、突如そこに現れた者がいた。
 それはドリームイーター・幻武極。
 その瞬間に、青年は操られたように動き、幻武極に攻撃を打ち込んでいた。
 ひとしきりそれを受けてみせると、幻武極は頷いた。
「僕のモザイクこそ晴れなかったけど。その武術、それなりに素晴らしかったよ」
 そうして、言葉とともに青年を鍵で貫いた。
 青年は意識を失って倒れ込む。するとその横に、1体のドリームイーターが生まれた。
 それは、大身槍を携える、和装の戦士。軽々とした動きで槍を繰り、雪片すら切り裂くその姿は、青年が理想とする槍術の達人といえた。
 幻武極はそれを確認すると、外の方向を指す。
「さあ、お前の力、存分に見せ付けてきなよ」
 ドリームイーターはひとつ頷くと、歩いて山を降りていった。

「集まっていただいて、ありがとうございます」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は、ケルベロス達に説明を始めていた。
「本日は、ドリームイーターが出現したことを伝えさせていただきますね」
 最近確認されている、幻武極による事件だ。
 幻武極は自分に欠損している『武術』を奪ってモザイクを晴らそうとしているのだという。今回の武術家の武術ではモザイクは晴れないようだが、代わりに武術家ドリームイーターを生み出して暴れさせようとしている、ということらしい。
 このドリームイーターが人里に降りてしまえば、人々の命が危険にさらされるだろう。
「その前に、このドリームイーターの撃破をお願いします」

 それでは詳細の説明を、とイマジネイターは続ける。
「今回の敵は、ドリームイーターが1体。場所は山中です」
 夜半であり、降雪もある。平素から人影のない場所でもあり、当日も他の一般人などはいない。戦闘に集中できる環境でしょうと言った。
「皆さんはこの場所へ赴いて頂き、人里へ出ようとしているドリームイーターを見つけ次第、戦闘に入って下さい」
 このドリームイーターは、自らの武道の真髄を見せ付けたいと考えているようだ。なので、戦闘を挑めばすぐに応じてくるだろう。
 撃破が出来れば、青年も目をさますので心配はない、と言った。
「戦闘能力ですが、被害にあった青年の方が理想としていた槍術の使い手らしいです」
 能力としては、刺突による近単パラライズ攻撃、薙ぎ払いによる近列足止め攻撃、投擲による遠列催眠攻撃の3つ。
 各能力に気をつけておいてくださいね、と言った。
「危険が、人々に及ぶ前に……是非、撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)
真上・雪彦(狼貪の刃・e07031)
王生・雪(天花・e15842)
尾神・秋津彦(狼武者・e18742)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708)
エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229)

■リプレイ

●対敵
 月夜の山中を、ケルベロス達は歩んでいる。
「今宵はとても、冷えますね──」
 王生・雪(天花・e15842)はそっと空を見上げる。粉雪の降る山は深々と冷えている、だけに、雪はウイングキャットの絹共々、防寒を整えて臨んでいた。
 シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708)は頷きつつも、元気な声を返す。
「こんな寒い中で倒れるなんて青年さんがかわいそうだし、早くドリームイーターさんをやっつけて、助けるんよ!」
「そうだな。それに、俺自身も早く戦いたい」
 と、拳を打ち鳴らすのは真上・雪彦(狼貪の刃・e07031)。表情は好戦的に、敵影を探していた。
「被害者にゃ悪ィが、武術の達人と聞きゃァ、滾るからな」
「ぶじゅつ……パオかぁ」
 エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229)はふと、達人的なものを想像する。
 それからテレビウムのトピアリウスとじゃれるように、しゅっしゅっとシャドーボクシングしてみせた。
「ああいう風に動けるのってすごくカッコいいパオよね! きっとすごく強いのパオ!」
「望むところだな。何にせよ俺好みの戦場で、僥倖だ」
 雪彦は言って、木々の中に敵の姿を求めていた。
 場所は既に、敵の出現予測地点でもある。皆も捜索し、視線を周囲に走らせていた。
 と、そこで雪が立ち止まり、林の向こうへ目線をやる。
「皆様。あちらを」
 その方向。少し離れた先に、山を降りる方向に歩く人影があった。
 それは、月夜でも見失わぬ大身槍を携えた和装の男。槍術使いの、ドリームイーターだ。
 皆は頷き合うと、すぐに疾駆。接近し、立ちはだかるように位置していた。
 こちらに気づいたドリームイーターは、警戒を浮かべて槍を向けてくる。
『……何奴?』
「小生は、剣士。尾神一刀流の遣い手なり」
 応えたのは、尾神・秋津彦(狼武者・e18742)。大太刀・大日一文字をすらりと抜くと、それを構えていた。
「槍上手の得物は穂先三寸に行き着くという口碑を聞いたことがありますが──その逆の大身槍とは実に豪放。なれば、小生の大太刀と競いましょうぞ」
『ほう、俺と戦いを望むか』
「うん! わたしも槍使うから、手合わせしてほしいな!」
 眉を動かしたドリームイーターに声を返すのは、イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)。
 くるりとグレイブを回し、まっすぐに敵に差し向けていた。
 雪彦も拳を突き出す。
「そういうわけだ。テメエの武がどれほどのモンか見せてみやがれよ」
『……面白い。貴様等に、最強の槍術に勝つだけの力があるかな』
「やってみりゃ、わかんだろ」
 瞬間、声とともに接近した影がある。冥刀「魅剣働衡」を掲げ疾駆する、ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)だ。
「んじゃ、まずは挑戦状代わりに──」
 その体と刀身には、鬼神が如きオーラを纏っている。刹那、ひと息に肉迫すると、剛烈な威力でその刃を振り下ろしていた。
「っとォ!」
『ぬぅ……!』
 ドリームイーターはとっさに受けようとするが、槍を弾くほどの衝撃に、地を滑る。
 そこへさらに、サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)が風のように疾走してきていた。
「まずは、その守りを崩させてもらいます」
 サラが拳に纏うのは、銀雷閃のオウガメタル。月光に輝くそれが、鋭い剛拳となり、一撃。強烈な打撃でドリームイーターをふらつかせていた。
 この間に、シンシアはオウガ粒子を拡散し、仲間の知覚を鋭敏化。
 エレコは同時、【生命湧き】のゴーレムを錬成していた。
「さあ、みんなを守ってパオ!」
 地面が淡く光ると、生まれるのは小型のゴーレム達。それが仲間の警護につくと、漂う魔力も作用して、皆の耐性を高めていた。
 敵へは、秋津彦が雷光を宿した太刀で刺突。同時に、雪彦も腹部に一発、重い拳を喰らわせている。
 予想外の戦闘力に敵が惑う、その一瞬に、イズナも『緋蝶』を生んでいた。
「これをあげるね。――緋の花開く。光の蝶を」
 それはそっと飛び立つ、緋色の蝶。幻想的に舞う光は、ドリームイーターの意識を掴むようにその場に足止めする。
 この隙に、雪は『凍花』。氷雪の霊力を帯びた一太刀を、宙へ放っていた。
「凜冽の神気よ――」
 冴え冴えとした剣の閃きは、雪花を誘い、底冷えを齎す。
 吹雪となった太刀風は、厳しく鋭く。ドリームイーターを包み込み、その生命を削っていった。

●闘争
 ドリームイーターは、微かに血を滲ませつつ、数歩下がっている。
 ただ、その表情は好戦的。喜悦すら浮かんでいた。
『素晴らしい強さだ。これならば、良い腕試しになるであろうな』
「俺らは付き合わされる側か? クッソ面倒くせェな」
 ジョーイは言いながらも、僅かに口の端を持ち上げている。
「だが、そういうのは嫌いじゃあねェ。こうなりゃ気の済むまでとことん戦り合おうじゃあねェか」
『いいだろう。圧倒するのは、大身槍だろうがな……!』
 ドリームイーターは言ってのけると、槍を振り回してくる。
 が、その穂先を素早い剣閃で弾くものがある。
「それはどうでしょうかな」
 と、風のように木々を跳ぶ、秋津彦だ。敵の槍を捌きながら、立体的な動きで視線を散らし、その内に後背を取っていた。
「槍の間合は脅威なれど、太刀もまた槍留めの術を研鑽するもの。まことにその穂先が誇るに相応しきか──狗賓の剣が試しましょうぞ!」
 そして繰り出すのは、尾神一刀流『筑波颪』。真空の霊力を纏った絶速の抜き打ちで、敵の体に深い裂傷を刻んでいた。
 そこへ、ジョーイも冷気を湛えた刃で追撃すると、サラも連続して距離を詰めていた。
 ドリームイーターは撃退しようと槍で薙いでくる。が、サラは冷静に、その場での最善手を読み取っていた。
「やはり、剣速は太刀に劣りますね」
 瞬間、日本刀・伯耆国安綱を抜き、槍の中ほどを軽く打つ。その衝撃が梃子の支点となったように、敵の攻撃のバランスが僅かに崩れていた。
「ではこちらの全力の一撃を、受けてみてください」
 生まれた間隙に、サラは踏み込んで一刀。すくい上げる斬撃で重いダメージを叩き込んだ。
 よろめきつつも、ドリームイーターは倒れず、サラへ反撃を試みる。だが、繰り出された刺突を、ぴょんぴょん、と飛んできたシンシアが滑り込み、庇い受けていた。
「防御は、シンシアにおまかせだよーっ!」
 言葉通り、それを耐えきってみせると、直後には自身で癒やしの力を集中して自己回復。
「マー君も、回復お願いねっ!」
 と、同時にシャーマンズゴーストのマー君にも呼びかけて、祈りで治癒を進めた。
 エレコもさらにゴーレムを錬成し、回復に当たらせることで、防護を固めると同時にシンシアの傷を癒やしきっていた。
「これで、回復は完璧なのパオ!」
「ええ。では此方は反撃へ、参ります」
 声を継いで飛翔したのは雪。風を掃いて月光に舞うと、そのまま三日月が生まれたかのような、弧を描く斬撃を打つ。
『ぐ……っ』
「おっと、それで終りじゃねぇぜ。まだまだ、剣戟を楽しませてもらうつもりだからな!」
 たたらを踏む敵へ、雪彦は隙を与えず接近。横一閃に足元を切り裂き、動きを鈍らせていた。
 するとそこへ、イズナが飛び込むように肉迫する。
「槍ってリーチが長くて強いけど……やっぱり懐に入られたら戦いにくそうだね!」
 そのまま、敵が槍を振るうより早く、螺旋の力を篭めた掌底で一撃。
 渦巻く衝撃波を真正面から叩き込み、ドリームイーターを吹っ飛ばして地に転がせていた。

●力
『……まさか、ここまで苦戦させられるとは』
 ドリーイーターは起き上がりつつもよろめき、納得行かぬというように首を振っている。
 ジョーイは刃を向けて口を開いた。
「多対一が卑怯とか言うんじゃあねェぞ? そっちだって無茶な能力持ちだし──そもそも斬り合いに正々堂々もクソもねェからな」
『無粋なことは言わぬ。……ただ、最強の槍術をもって圧倒できぬのが、不可思議なのだ』
「──それは、夢を写した紛い物であるからでしょう」
 雪はそう、静かに告げている。
 サラも頷いた。
「ええ。あなたの行いは、武を極めんと努力している方々の理想を踏みにじる事。同様に武を極めんとしている私としては許せる様な事ではありませんし──そのようなものに負けるはずが、ありません」
『……紛い物だと。違う、この力はこの腕にある。武を想う心持ちとて、存在する』
「そうかも知れません。元は、彼の志なのですから」
 応えた雪は、凛と刀を構えると、正面切って肉迫した。
「──なれば、せめて武人として挑み、そして晴れ晴れしく夢に返して差し上げましょう」
 瞬間、速度のままに刃に白雷を宿し、痛烈な刺突を敵へ喰らわせる。
 血潮を散らすドリームイーターは、それでも退かず槍を握りしめていた。
『夢ではない……最強の槍と力は、ここにある!』
「ならば、ご覧に入れましょう。私は刀術だけではなく槍術も得意ですから──偽りの技では無い、本物の槍術の神髄を」
 声を返すサラは、兼定十文字槍を掲げると、激しい稲妻を纏い、一撃。輝く刺突で敵の腹部を貫いた。
 ドリームイーターは鮮血を零し、一瞬正体を失う。だが、それでも踏みとどまり、投擲による風圧で前衛を巻き込んできた。
 それは意識すら奪う程の強力な波動。だが、雪彦はそれを受けながらも躊躇なく接近してきていた。
「いいじゃねえか。それでこそやりがいがあるぜ」
 顔に浮かぶのは笑み。戦いを楽しむその様は、まさしく戦闘狂のそれだった。
「お返しだ。血染めの雪になりやがれ!」
 瞬間、放つのは『鮮紅雪月花』。氷の霊力を帯びた刃を抜刀し、神速の剣閃で血をも凍てつかせ、真紅の雪を散らせた。
 それでも前衛のダメージは大きく、ジョーイは正気を奪われ、仲間に刃を向けかけてもいる。
 だが、そこにシンシアが癒やしの雨滴を降らせていた。
「ちょっと待っててねっ、すぐに回復するんよ!」
「我輩も助けるパオ。さあ、治癒の力を与えるのパオ!」
 次いで、エレコは作り出したゴーレムに呼びかけ、回復効果の魔力を与えさせていく。するとゴーレムに触れられたジョーイが、一瞬体を淡く光らせ、意識を取り戻していた。
「……っとォ! こいつは──危うく味方を叩っ斬るところだったぜ……。助かったぜ、サンキューな」
 手を止めたジョーイは、2人に背を見せながらも、ぶっきらぼうに言ってみせる。そしてすぐ、敵に斬撃を加えていっていた。
 この間に、マー君の祈り、トピアリウスの動画、そして絹の羽ばたきも手伝って、前衛の浅い傷は完治。意識も明瞭となり、皆で反撃に移っている。
「それじゃあ、わたしも槍技を見せてあげるよ!」
 そう言って溌剌と敵へ踏み込むのはイズナ。掲げたグレイブに稲妻を落とし、目も眩むほどの光を宿して強烈な突きを放っていた。
 足を穿たれたドリームイーターは、麻痺に動きを鈍らせる。それでも無理矢理に反撃を試みるが、秋津彦は上方へ回避。木を蹴って、降下しながら剣を振るっていた。
「その穂先、雪をも断とうが──迅影の狼を易々と捉えさせませんぞ!」
 瞬間、斬り下ろしからの連撃。全身に傷を刻み、ドリームイーターに膝をつかせていた。

●決着
 浅い息を繰り返すドリームイーターに、雪彦は刃を突きつける。
「斬って斬られての刹那、楽しませてもらったぜ。礼と言っちゃなんだが、その首、頂いていくぜ?」
『……まだだ。死ぬその時まで、勝敗は決さぬ!』
 ドリームイーターは掠れた声を上げると、槍を大振りに振るい始める。
 が、そこへ先んじて飛翔した雪が、存在を薄めた刃で斬撃。霊体へと重い傷を刻んでいた。
「此のまま、最期まで。長めぬよう、散らせて差し上げましょう──」
「あァ、やってやるさ」
 応えたジョーイも、至近から銃撃を加え体力を削ってゆく。
 連続して雪彦も剣撃を叩き込んでいくと、ドリームイーターは反撃に刺突を繰り出した。
 だが、その一撃もまたシンシアが庇い受けている。
「でっかい槍でも、シンシアは負けないん!」
 後退しつつも、シンシアは即座に自身の傷を縫合し、回復。
 間を置かず、エレコもゴーレムにシンシアを取り囲ませている。そのまま癒やしの力を注がせて万全に持ち直させていた。
 エレコは明るい顔を向ける。
「どんな傷も治してみせるのパオ! 安心してパオ!」
「ありがとうねっ! それじゃあ、マー君は攻撃を頑張るんよ!」
 シンシアの声に応じて、マー君は敵へ接近。爪撃でドリームイーターの体を切り裂いていっていた。
 そこへ、サラは奥義【死閃】。無数の閃光を伴った突きを繰り出している。
「避けられますか……我が閃光を!」
 ドリームイーターは全身を穿たれ、意識を朦朧とさせる。
 秋津彦もまた、そこに筑波颪を放ち、一気に敵を瀕死に追い込んでいた。
「そろそろ、決着としましょうぞ」
『やられる、ものか……』
 ドリームイーターは力を振り絞って槍を突き出す。だが、イズナはそれと数間打ち合ったあと、槍で敵の槍を絡め取った。
「わたしの槍はまだあるんだからね!」
 瞬間、二振り目の槍を手に取り、刺突の嵐。苛烈な突きの連撃で、ドリームイーターを千々に散らせていった。

 戦闘後、皆は青年の元へ赴き、介抱した。
「大丈夫?」
 木々の間に倒れていた青年を起こし、イズナはヒールをかける。青年が意識を取り戻すと、雪は温かな飲物や懐炉等、暖を取る道具を渡していた。
 その内に、青年の意識ははっきりして、事情も理解。皆に頭を下げて、礼を言っていた。
 ただ、それでも自身の不甲斐なさを嘆いているようでもある。雪はそこへ口を開いた。
「夢現に垣間見たその理想の武は――見事なものでした」
「うむ。幻武極に狙われたという事は、その槍技は極めれば絶境に至ると見做されたからでしょう」
 秋津彦もそう声を継ぐ。
「その武名、違う機会で聞く日を心待ちにしておりますぞ」
「そんときは、手合わせ願いたいモンだ」
 雪彦も言うと、青年は少し黙ってから静かに頷いた。
「その境地にまで行けるでしょうか」
「努力は人を裏切りません。ですから、これからも己が技を磨き、理想の達人と成れる様に頑張って下さい」
 サラはそう応えていた。
「私もこれからも努力して、自分が理想とする武を極められる様に頑張っていきますので」
「ええ──得物は違えど武の道を志す身。互いに励んで参りましょう」
 雪も楚々と、しかし芯のある言葉を伝える。
 すると青年は最後には力強く頷き、精進を約束した。
「それじゃあ、帰るのパオ」
 エレコは朗らかに言う。人型の敵を倒しても感情が崩れなくなってきているのは、それに慣れたから、というよりも……あるいはその事自体への感覚が鈍化してしまったからだろうか。
 エレコ自身に自覚は薄く、皆とともに山を降りていく。
 平和の戻った山は、静かになる。月がそれを、美しく照らしていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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