残響のカタストロフ

■リプレイ

●接敵
　夜の市街。ケルベロス達はその上空、ヘリオンから摩天楼を見下ろしていた。
「いましたね──あそこです」
　ギルボーク・ジユーシア（十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474）が視線を注ぐ、遠くの眼下。そこには既に、混乱を起こしかけている人々が見えてきている。
　その中心には、１体の巨躯。嘗ては音楽家だった、エインヘリアルがいた。
　今ではその手に携えるのは楽器ではなく、鋭い刃だ。
　月見里・ゼノア（バスカヴィルの猟犬・e36605）はどこか底の見えない声音で、呟く。
「素敵な旋律に、野暮な雑音。相変わらずデウスエクスは無粋な事をしてくれますねぇ」
「人の未来を、命を奪う……シャイターンのやり方としても、特に悪辣ですね」
　ギルボークも頷く。
　ええ、と声を継ぐクロハ・ラーヴァ（熾火・e00621）は、あくまでも穏やかに。その敵影を見据えていた。
「趣味が悪いことこの上ない所業──ですが、起こってしまった以上仕方がありませんから。救う事は出来ずとも、せめてその手を汚させぬようここで討ち果たしましょう」
「そうですねぇ。……ではでは、《彼》へ手向ける最後の鎮魂歌を奏でるとしましょうか」
　ゼノアは言って、降下。皆もそれに続き、夜空に風を切っていく。
「鎮魂歌か、そうかも知れぬの」
　ダンドロ・バルバリーゴ（冷厳なる鉄鎚・e44180）はハッチから半身を出し、ふと呟いた。
　勝手に姿を変えられ、そしてこのように自分達と対峙する。敵の運命は少なくとも、喜劇とは呼べない。
「笑える要素も、何もない。とすれば、待っているのは『悲劇的な結末』か──」
　カタストロフ、という言葉が頭に浮かぶ。
　それでもダンドロは、敵を倒すために武器を手に取った。次には、縁を蹴って、戦いの街へと降りていく。

　道の中心で、エインヘリアルは人々へ剣を振り上げていた。
　既に辺りには、悲鳴が飛び交っている。巨躯はそれにも躊躇わず、殺戮を始めようとしていた。
「これが、僕の運命。ならば、奏でさせてもらうよ……！」
「──待ったーっ！　そこの不審者っ、止まりなさーい！」
　と、正にその時。つんざく声とともに飛翔してきた影があった。
　それは光の翼で風を掃く、今・日和（形象拳猫之形皆伝者・e44484）。
　煌めきを零しながらも、速度のままに一撃。縛霊手で霊力を叩き込み、巨躯の動きを縛っていた。
「どうっ？　これでも動ける？」
「……何だ、君は……」
「ケルベロス。貴方の敵は無辜の人々ではなく──ここにいますよ」
　呻く巨躯へ返したのは、疾駆する白のシルエット。
　フィルムスーツとアームドフォートによる武装、『突撃形態・穿ち討つ角』を纏った、シルク・アディエスト（巡る命・e00636）だ。
　接敵とともにランス型の砲身を向けたシルクは、そのまま強烈な火力で砲撃。爆炎を上げて巨躯にたたらを踏ませていた。
　この短時間の内に、ゼロアリエ・ハート（紅蓮・e00186）は人々へ呼びかけている。
「俺達が対処するから、みんなはココから逃げて！　慌てず、でも急いでね！」
　溌剌とした声に、人々は段々と我に返り、退避も始めていく。
　エインヘリアルはとっさに周囲を見回しているが、そこへは、ゼノアが銃を向け制圧射撃。
　さらにギルボークも風雲槍で刺突を打って麻痺を与えると、ダンドロも喰霊刀で斬撃。連続の衝撃で敵の動きを封じる間に、市民達を安全圏まで離すことが出来ていた。
　周りが静寂となっていく中、エインヘリアルは諦めたようにこちらを見回す。
「ケルベロス、か……流石に迅速だね。まずは、君達に僕の音色を聴いて貰う必要がありそうだ」
「望むところデース！」
　と、高らかに声を上げたのはシィカ・セィカ（デッドオアライブ・e00612）。愛用のギターを掻き鳴らし、びしりと指を突きつけていた。
「どっちの音楽がよりロックなのか！　いざ尋常に勝負デース！」
「……僕の音を聴いて無事でいられるのならね」
　エインヘリアルは応じるように剣を構える。が、シィカも退かず、ギターの音色を力に変えて脚部に纏っていた。
「イェイ！　行くデスよ！」
　瞬間、肉迫すると一撃。巨躯の顔面に強烈な蹴り上げを喰らわせた。
　よろめいた巨躯へ、クロハがブラックスライムを飛ばして追撃すると、ゼロアリエも疾駆。
「よーし、本気で行くよ！」
　そのまま、強烈なパワーをパイルバンカーに篭めて一撃。巨体の腹部を抉り、膝をつかせていた。

●剣戟
　エインヘリアルは傷を押さえ、痛みに顔をしかめていた。
「ケルベロスの強さ、嘘じゃないみたいだね。でも……僕ももう、人間じゃない」
　言うと、剣を握り締めて立ち上がってくる。
「強い力と、一層美しい音色を手に入れたんだ。それを聴かせてあげるよ」
「……いいえ、残念ながらその剣では満足な音は聴けないでしょう」
　と、ギルボークは少し、静かな言葉を返していた。
　シルクも一度、目を伏せる。
「ええ、きっと、その手が齎すのはもう、破壊の音のみ──」
「そう考えると、やはり悲しい運命よの。才に溢れたばかりにデウスエクスの餌食となるとは」
　ダンドロも声に微かに憐憫を滲ませていた。
　エインヘリアルは俄に怒りを浮かべ、踏み込んでくる。
「……悲しくなんて、ないさ。いい音を、生み出せる……それを証明してあげるよ！」
「させません。人々の悲鳴を奏でさせるような真似は！」
　それにも毅然と返したギルボークは、自己に魔力を巡らせ、耐性を増幅させていた。
　同時、エインヘリアルへ迫ったのはシィカ。素早く飛翔してその頭上を取っている。
「さあ、ロックな一撃を喰らうといいデース！」
　そのまま、その場でくるりと回転。パワーコードをジャン、と響かせながら、脳天に重い蹴り落としを打ち込んでいた。
「さあ、今デスよ！」
「ええ。聴かせてあげましょう、あなたの音よりも先に、地獄の爆ぜる音を」
　応えたクロハは、グルカナイフ・victoriaをすらりと抜き、煌々とした炎を纏わせていた。
「く……！」
「悪いですが、猶予は与えませんよ」
　一歩下がろうとするエインヘリアル、だが、その頃にはもう、クロハが宙を翔けて斬撃。巨躯の肩を裂きながら鮮血を散らせていた。
　エインヘリアルは呻きながらも、反撃に打って出る。が、シィカを狙った剣撃は、ゼロアリエが盾となって受けきっていた。
　ダメージは重い。が、ゼロアリエは倒れず退かず、目をそらさない。ふと、この青年が受けた苦しみに比べれば、これくらい何でもないと思えたのだ。
「よしっ、リューズ。このまま一緒に戦線維持を頑張ろう！　リューズ？　……うん、反応して！」
　と、ウイングキャットのリューズは、主の声はツンと無視して、さっさと羽ばたいて前衛を支援している。
　ゼロアリエは微妙な切なさを感じつつも、とりあえず自身でも気力を集中し自己回復。
　そこへ、ダンドロも灰色に光るオーラを投擲し、ゼロアリエの浅い傷を完治させていた。
「これでよいだろう。反撃は、頼むぞ」
「では私にお任せを」
　ダンドロに応えたシルクは、既に砲口へ冷気を湛えている。
　白の武装。角の如き砲身。ユニコーンをモチーフにした兵装は、姿に違わず、清廉で苛烈なエネルギーを放つ。それは違わず巨躯の足元に命中し、強い氷で凍結させていた。
　この間隙に、日和は死角を縫うように飛び、敵の後背に回っている。
「隙だらけだよっ──！　えいっ、蝶のように舞い、餅のようにつく！」
　瞬間、バトルガントレットで、刺突の如き拳。気脈を断ちながら痛打を与え、敵の体を硬化させていた。
「石みたいに固まったかな？」
「……まだまだ……！」
　エインヘリアルは、鈍化した動きで藻掻く。が、その間に、頭上にきらりと銃口が光っていた。
「ではでは、こんな感じでどうでしょうか！」
　それは、間合いを活かし、敵に捉えられぬ内に建物の高所へ移っていたゼノアだ。
　巨躯は放たれた早撃ちを避ける事もできず、全弾命中。血の飛沫を噴きながら、倒れ込んだ。

●音色
　地に手をついて、起き上がるエインヘリアル。
　口元から血を零しながら、呻きを漏らしていた。
「手加減も、無いんだね……。僕が、一体、何をしたと言うんだ」
「……人間であった貴方自身に、罪はないでしょう」
　シルクが静かに言うと、ゼロアリエも頷く。
「そう、だね。許せないのは、シャイターンだよ。身勝手な理由でヒトの未来を簡単に奪うんだから」
　言いながら、それでもゼロアリエは戦意を崩さない。
　脚部に炎を纏うと、地を蹴って巨体へ肉迫していた。
「だからせめてココでキミを止めて、これ以上の被害は出さないようにしないといけないんだ。……ゴメンね」
　瞬間、腹部に剛烈な威力の蹴撃を打ち込んでいく。
　よろめく敵へ、シルクも豪速で接近し、アームドフォートを直接突き立てていた。
　刹那、ゼロ距離の砲撃、『白光』。眩い光の奔流で腹部を貫いていく。
「がっ……！」
「これで終りじゃ、ありませんよっ……！」
　連続して、疾駆するのはギルボーク。風雲槍を回し、突き、薙ぎ、連続の斬撃を加えることで全身の傷を抉りこんでいく。
　血煙に包まれながらも、エインヘリアルは慟哭を上げるように、剣から音波を放ってきた。
　それは確かに、楽器を彷彿とさせる音色。美しいとも言えるそれに、クロハは一度、目を伏せている。
「……あぁ、良い音が響く。皮肉なものですね、こんな時まで奏でられる音が美しいとは」
　しかし、直後には目を開き、羽ばたく。そのまま音の波動を縫うように巨躯へ距離を詰めていた。
「──じっくりと聞く暇がないのが惜しいほどだ」
　瞬間、風を裂くような回し蹴り。巨体の胸を裂きながら数メートル吹っ飛ばしていた。
　前衛の傷へは、シィカが『聖唱-神裏切りし十三竜騎-』。ギターを弾き鳴らし、全霊の歌を歌い上げている。
「ロックにケルベロスライブ、スタートデース！　イェーイ！！」
　それは賑やかながらメロディアスな響き。一帯を取り巻く音楽は、心を鼓舞するように皆の傷を癒やしていた。
　同時、ダンドロも治癒の力を花吹雪の形に拡散。氷を融解させ、前衛のダメージを癒やしきっている。
「さて、これで回復は万全だの」
「く……」
　エインヘリアルは歯噛みしながらも、さらなる攻撃を目論む。が、その頃にはゼノアが高所から舞い降りて、背後を取っていた。
「残念、こちらです」
　瞬間、ナイフを刺し、抉りこんで傷を深めていく。
　ほぼ同時、日和も阿頼耶光を発現していた。
「──呪われし子よ、見えざる鎖で戒めてみせましょう」
　日和の背後に梵字が光ると、無数の光線が飛来。巨躯を貫き、強烈な圧力で転倒させていた。

●決着
　エインヘリアルは血溜まりの中で、剣に縋るように立ち上がる。
「こんなところで、死ねない。まだ、奏でるべきものが……」
「いいや、ここで、終わるのだよ。この戦いが喜劇と呼べずとも。汝の運命をここで断ち切るのが……一つの劇の結末なのだからな」
　ダンドロは冷厳な声音で、そう返していた。
「そして、幕を下ろせるのは我々だけだ」
「ええ、ですからその命、地へと還しましょう。それが人間であった貴方へ、私から出来る唯一の弔いです」
　シルクも言葉を継ぐと、エインヘリアルは最早策もなく、ただ突撃してくる。
　ダンドロはそこへ【断金】。刀による鮮烈な横一閃で腹部を切り裂いた。
　巨躯はそれでもがむしゃらに、音波を放って攻撃。だが、ゼロアリエは即座に『白雨』。癒やしの雨滴を注がせてその傷を癒やしている。
「それ以上は、無駄だよ！」
「後は、反撃といきましょうか」
　ゼノアは言葉とともに、躰の魔術回路を解放していた。
　その力、『刹那に揺れた小さな燈と貴方の最後の夢』により爆発的な速度で疾駆すると、巨躯の後方へ回って、ナイフで背を貫いていく。
　シィカも間を置かず、正面から蹴撃。灼熱を纏った脚で顎を蹴り上げていた。
「このまま畳み掛けて行くデース！」
「わかりました。ではこの一太刀で……！」
　応えたギルボークは、『七天抜刀術・壱の太刀』。速度を重視した剣閃で、敵が認識する暇もない内に、全身に桜の如き血を散らせた。
　エインヘリアルは朦朧とギルボークに剣を振るうが、ギルボークは返す刀で敵の刃を弾き飛ばす。
　そこへ、クロハは『黄昏』。煉獄宿す瞳の奥に死の運命を映し、巨躯を恐怖で縛っていた。
「終りにしましょう。音楽は一番美しいところでフィナーレを迎えるものですから」
「うん、いくよーっ！　えーい、切り裂けっ！」
　次いで、日和が風を巻き込む蹴りを叩き込み、巨躯の意識を奪っていく。
　同時、シルクは大振りの斬撃。
「最期です。貴方にも、死の連鎖を」
　その一撃は巨躯を両断し、散り散りに消滅させていった。

「おつかれさまーっ！」
　戦闘後。日和の言葉に皆は頷く。
　それからすぐに、皆で一帯をヒールして修復していった。
　その中でゼロアリエは、青年のリソフォンを公園で見つけていた。全体は破損してしまっていたが、石の部分だけは残っている。
「一部くらいは、彼の証として残しておいてあげたいな」
「ええ。残りは……彼と共に葬りましょう」
　ゼノアは言って、敵が散った場所にそれを埋めていた。
　敵の残骸は無い。だから土だけとなったそこに、シルクは花を一輪、手向けていた。
　日和はそれを見下ろす。
「なんだか、かわいそうだったかな？　この人の演奏、聴いてみたかったなー」
「そうですね。こちらもできれば、演奏で送ってあげたかったですが」
　ゼノアがそう零すと、シルクはシィカに向き直る。
「シィカさん、よければ何か弾いてくださいませんか？　きっと、それも手向けになります」
「勿論デース！　追悼代わりに、賑やかにするデスよ！」
　頷いたシィカは、ギターを弾く。夜空に鳴るのは、賑やかな音楽だった。
「後は、彼の身元を確認して、警察に届けるとしましょう。……これ以上、我々ができることはないでしょうから」
　クロハが言うと、皆は頷き、その場を離れていく。
　ダンドロは少し物思いに耽るように、声を零した。
「炎彩使い……あの小娘どもは死神と何か繋がりがあるのだろうか」
　死者の泉。その力。推測できることは多くあった。
　わからないこともある。だが、倒すべき敵はわかっている。
　ギルボークも声を継ぐ。
「炎彩使いの所業を、早く止められるようにしたいものですね」
「うむ。古来、喪の色とは黒ではなく紫でもあった。その色を纏うその者に……いずれは鎮魂歌を聞かせてやろう。それが犠牲になった者への、わずかながらの手向けともなろう」
　ダンドロは戦う事、そして一層の精進を決意し、拳を握っていた。
　皆が去っていくと、ゼノアは最後にそこを振り返った。
「……貴方の音は残響となり、いつまでも記憶の中に。──どうか安らかに」
　街には人が戻り、明るい空気が帰ってきている。そこにはもう、殺戮の音は存在しなかった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年1月21日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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