氷瀑の剣

作者:崎田航輝

 それはまるで、そびえ立つ氷の城だった。
 北陸の山中、その奥深く。
 厳寒の山は吹く風すら刺すようで、すべてのものが凍りつく白の世界が広がっている。
 普段ならば豊富な水量を誇る瀑布も、その例外ではない。この日、大きな高低差を持つ滝が、天頂から底まで凍りついていた。
 飛沫までもが固まったかのようなそれは、冬の寒さに時間が停止したよう。非現実的な美しさを伴って、岩場に巨大な氷城を形成していた。
 そんな中、1人、修行に明け暮れる若者がいる。
「はっ、ふっ──!」
 それは、和装の年若い青年。日本刀を振るい、厳しい寒さも、それに挫ける自分の心さえも切り裂くように、必死の鍛錬をしていた。
「もっと疾く、もっと鋭く……。まだ路は遠いけれど」
 構えは、基本に忠実な剣道。癖はない分、素直でよどみない太刀筋でもあった。
 剣筋こそ未だ未熟。だが、志だけを胸に、ひたすら剣を振るい続けていた。
 と、そんな時だった。
「──お前の最高の『武術』、僕にも見せてみな!」
 霜を踏みしめて、突如そこに現れた者がいた。
 それはドリームイーター・幻武極だ。
 その瞬間に、青年は操られたように動き、幻武極に剣撃を打ち込んでいた。
 しばらくそれを受けてみせると、幻武極は頷いた。
「僕のモザイクこそ晴れなかったけど。その武術、それなりに素晴らしかったよ」
 そうして、言葉とともに青年を鍵で貫いた。
 青年は意識を失って倒れ込む。するとその横に、1体のドリームイーターが生まれた。
 それは、道着姿の男の姿だ。鋭く刀を振るうと、雪片までもを裂くような風を生む。剣の達人と言えるそれこそ、青年が理想とする姿であった。
 幻武極はそれを確認すると、外の方向を指す。
「さあ、お前の力、存分に見せ付けてきなよ」
 ドリームイーターはひとつ頷くと、歩いて去っていった。

「氷瀑にて心身鍛える、か。その理想の存在もまた、強敵なのだろうね」
 高辻・玲(狂咲・e13363)の言葉に、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は頷きを返していた。
「そうですね。真冬の山でもありますから、是非、油断せずに臨んでいただければと思います」
 それから、イマジネイターは改めて皆に説明を始める。
「本日出現が予知されたのは、高辻・玲さんの情報による、ドリームイーターです」
 最近確認されている、幻武極による事件だ。
 幻武極は自分に欠損している『武術』を奪ってモザイクを晴らそうとしているのだという。今回の武術家の武術ではモザイクは晴れないようだが、代わりに武術家ドリームイーターを生み出して暴れさせようとしている、ということらしい。
 このドリームイーターが人里に降りてしまえば、人々の命が危険にさらされるだろう。
「その前に、このドリームイーターの撃破をお願いします」

 それでは詳細の説明を、とイマジネイターは続ける。
「今回の敵は、ドリームイーターが1体。場所は山中です」
 厳寒の山奥である。滝が凍る氷瀑が見られるほどで、多少の降雪もある。
 平素から人影もなく、当日も他の一般人などはいないので、戦闘に集中できる環境でしょうと言った。
「皆さんはこの場所へ赴いて頂き、人里へ出ようとしているドリームイーターを見つけ次第、戦闘に入って下さい」
 このドリームイーターは、自らの武道の真髄を見せ付けたいと考えているようだ。なので、戦闘を挑めばすぐに応じてくるだろう。
「敵は剣の達人、というわけか」
「ええ。被害にあった青年の方が理想としていた剣術の使い手ということらしいです」
 玲に、イマジネイターは答える。
 敵の能力は、斬撃による近単捕縛攻撃、刺突による近単服破り攻撃、広範囲の連撃による遠単武器封じ攻撃の3つ。
 各能力に気をつけておいてくださいね、と言った。
 玲はゆるりと頷く。
「氷の世界の剣戟も、一興だろうね」
「寒いかと思いますので、暖かくしていくのもいいかもしれません。気をつけて、撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
卯京・若雪(花雪・e01967)
高辻・玲(狂咲・e13363)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)
天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)

■リプレイ

●対敵
 ケルベロス達は、山中へとやってきていた。
 木々を抜けると、そこに広がるのは白い氷瀑。眼前に見る氷城は巨大で、美しかった。
「氷瀑……とは壮麗なものだな」
 アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)はそれを眺め、声を零す。それは確かに畏怖を催すような美観でもあった。
 ただ、凍った滝は、一帯に鋭い冷気を吹き下ろしてもいる。
 フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)は思わず、ふるると震えた。
「へくちっ!! うぅ……さっむいなぁ……」
「大丈夫?」
 暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)が声をかけると、フィオはうん、と頷く。普段はへそ出しの格好もするフィオだが、今日はロングコートの前をしっかりと締めていた。
「動いてる間に温まればいいけど……本当に、寒いね」
「正しく身を切る様な寒さ――と言おうか」
 そう声を継ぐのは高辻・玲(狂咲・e13363)。深々と注ぐ雪、厳然とした氷瀑、その景色を見上げ、心が澄み渡るようでもある。
「冴え冴えとした空気……心技体の悉くが研ぎ澄まされる様だね」
「しかし、この様な場に長居しては凍えてしまいそうだ」
 と、アルスフェインは着込んだ服で肩を震わせる。こちらも元々寒さに強いたちではないのだ。
「なればこそ、この冷気の中研鑽を積む青年には、感心するな」
「デウスエクスに利用されるために、極寒の地で修行をしていた訳では無いでしょうにね」
 言って見回すのは、ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)だ。
 既に、いつ敵を見つけてもいい場所でもある。寒冷適応で冷気をしのぎ、ビスマスは敵影を探していた。
 天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)もこくりと、頷く。
「うん。高みを目指す気持ち、奪われたまま放ってはおけない。絶対、助けよう」
 皆も頷き、氷の世界で捜索を進めた。
 と、アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)が途中で立ち止まり、遠くを見る。
「皆様、あちらを」
 示したその先。岩場から歩いてくる、1体の影があった。
 それは日本刀を携えた男の姿。剣術使いの、ドリームイーターだ。
 皆は頷き合い、急行して包囲するように立ちはだかる。ドリームイーターは警戒を浮かべ見回してきた。
『……何者だ』
「我々は番犬。貴方の武に受けて立つべく参りました──」
 声を返したのは、卯京・若雪(花雪・e01967)。穏やかな表情の中に、凜々しさを微かに見せていた。
「──力持たぬ人々の元には、通しません」
『ほう。俺と戦いを望み、そして勝つと言うのか』
 ドリームイーターは好戦的な表情で、視線を走らせる。
『剣術の真髄に触れて、生きて帰ることができるとでも?』
「無論、その心算だよ」
 と、涼やかに応えたのは玲。敵の殺気に怯むでもなく、すらりと刀を抜いていた。
「高辻玲、番犬にして一剣士――真髄を見せんと言うならば、喜んでお相手になろう」
『面白い!』
 ドリームイーターは、刀を掲げて走り込んでくる。
 だが瞬間、若雪は『花眩の舞』。ふわりと舞う斬撃を放ち、幻の花を絡みつかせて動きを抑制していた。
 そこへ、若雪と視線を交わした玲が『紫電』。秘めた戦意を形に顕したかの如き、裂帛の剣撃で一閃、腹部に裂傷を与えて後退させる。
 この間にアリシアは、オウガメタル・Nachzehrerを黒く光らせていた。
「まずは、態勢を整えさせて頂きます」
 同時、鈍い光から粒子を一帯へ拡散。後衛の仲間の知覚力を増大させている。
 次いで、アルスフェインは魔力でアリシアの分身体を創り出し、守護。詩乃はエネルギーを縛霊手で霊力に変換し、前衛の防護を固めていた。
 フィオはくるりと回した刀で、高速の刺突を打ち込んでいる。
「輝凛君っ」
「了解だよ!」
 さらに、応えた輝凛がそこへ飛び蹴りを放ち、たたらを踏ませていた。
 一瞬の隙に、ビスマスも疾駆。接近しながら流体金属を身にまとっている。
 それはビスマス結晶型オウガメタル・ソウエン。手元で鯖の形を取ったそれを、ビスマスは豪速の拳として繰り出した。
「いきますよ──なめろう超鋼拳っ!!」
 その衝撃は、強烈。高まった狙いで違わず命中し、ドリームイーターを数メートル吹っ飛ばした。

●剣戟
『成る程……腕の立つ者達のようだ』
 霜を踏みしめて、ドリームイーターは立ち上がる。血を滲ませながら、愉快げに剣を構え直していた。
『ならばむしろ、好都合。最強の剣、その全てを見せてやる』
「望むところだよ。こっちも、相手にとって不足はない」
 そう言ったのは、輝凛。獅子座の煌星剣“レグルス・レガリア”を携え、地を踏みつける。
「剣士にして拳士──“斬翔騎士”として、どっちの技が勝るか、勝負といこう!」
 瞬間、輝凛は高速で疾駆。距離を詰めて刃を振るった。
 ドリームイーターも刀で受け、2人は数間、打ち合いを演じる。だが輝凛はそこで『欺神黎明剣』。漆黒の光で刃を覆い、時間軸に干渉する斬撃を放った。
「『時』を、欺いたよ」
 それは、敵を何度も斬ったという過去を現実に上書きする罪業の牙。一太刀で無数の傷を受けたドリームイーターは瞠目し、後退する。
 そこへ、ビスマスはファミリアのクロガを解放。同時にボクスドラゴンのナメビスも飛び立たせていた。
「クロガさん、ナメビスくん、頼みますよ!」
 サングラスをかけたハリネズミのクロガは、声に呼応して敵へ鋭く飛びかかり、連続斬撃。するとそのタイミングでナメビスも飛来し、さんが焼きも焦げつくほどのブレス攻撃を喰らわせていた。
「さあ、今のうちに」
「ええ。ではシグ、お願いしますね」
 ビスマスに応え、アリシアはボクスドラゴンのシグフレドに言葉をかけていた。シグフレドは飛翔すると白く美しいブレスを浴びせ、ドリームイーターの傷を深めていく。
 ドリームイーターは呻きながらも、それをかいくぐるように剣を振り上げてきた。が、その一撃はアリシアが防御態勢を取って受けてみせる。
 だけでなく、アリシアは同時にドローンの群を放っていた。それが盾となるようにダメージを軽減すると、直後には詩乃がエネルギーを手元に収束させ、治癒の力へと形成している。
「これで完全に回復させてみせるよっ!」
 輝くのは、寒さの中に暖かさを感じさせる、東雲色の光。それが魔法盾となってアリシアを守護し、その浅い傷を消し去っていった。
 アルスフェインは補助に周り、オウガメタルを発光。雪に交じる銀粒子を煌めかせ、前衛の仲間の感覚を明瞭に、そして鋭利に保っていく。
「では、攻撃の方は任せるとしよう」
「ああ、全霊で応えさせて貰うとするよ」
 そう目を細めたのは、玲だ。
 御業を解放して刀身に炎をまとわせると、一閃。先鋭化した知覚力を活かすように、間合いを取った位置から炎撃として放ち、ドリームイーターを炎上させている。
「さあ、若雪君。やれるかい」
「勿論です──」
 それに呼応するように、若雪は既に風を掃き、ドリームイーターへ肉迫していた。
 宙に舞う姿は粉雪のごとく、美しく又、捉えるのは困難。敵が剣を振るう間もなく後背を取った若雪は、そのまま月光が落ちるかの如き、流麗な剣閃で一撃を加えていた。
『く……!』
「おっと、隙だらけだよ」
 振り返るドリームイーターに、頭上から言ったのはフィオ。氷を駆け上がるように、軽い跳躍で氷瀑を蹴って跳んでいたのだった。
 ドリームイーターは上方へ刃を振るおうとするが、それも一瞬遅い。宙を回転しながら落下するフィオの、痛烈な斬撃を受けて、膝をついていた。

●剣
 ドリームイーターは微かに息を上げ、苦悶を零していた。
 その表情は納得行かぬというように歪んでもいる。
『こんな馬鹿なことが……最強の剣で、苦戦するなど……』
「むしろ、当然の帰結でしょう」
 アリシアはそれに、楚々とした声を返していた。
「借り物の武。そんなもので我らを屠ることができるなど、努々思わぬことです」
『……借り物、だと』
「……ええ。それは青年の、純粋な志そのものですから」
 声を継ぐ若雪は、そっと刀を構える。
「その理想が人を襲う怪異となっては、無念でしょう。だからこそ、その志が罪に穢れる前に。彼が無事自らの力で理想の実現を果たせるように。その刃、止めてみせます」
 瞬間、若雪は低い軌道で距離を詰めて一刀。雷撃のような鮮烈な刺突で敵の腹部を穿っていく。
 血を散らしながら、ドリームイーターも刀を振り上げてきた。
『志など、剣の真髄の前には瑣末なことだ──!』
「そう思ってしまうのならば、尚更、その力はあなたに相応しいものではありません」
 そう言ったアリシアは、大斧・Lowenherzで刀を受け止める。
「道半ばを歩む者の研鑽、純粋な心……返していただきます」
 そのまま、返す刀で斬打。重い一撃でドリームイーターの表皮を裂いていく。
 足元に血溜まりを作ったドリームイーターは、それでも退かず、刀を握り締めていた。
『相応しいかどうかは……勝負を決すればわかることだ……!』
「その考えだけならば、悪くはないね」
 玲はふとそんなふうに返す。
 人の理想を食物にする目論見こそ度し難い。だが、斬り合いを愛するならば、良い地、良い剣との巡り合わせには心踊るのが玲の本音でもあった。
「さぁ、持てる全てを賭して決着をつけようか」
 刹那、玲は風を巻き込むほどの速度で刀を振るい、連続斬撃で傷を抉りこんでいく。
 ドリームイーターも決死の刺突を放ってくるが、そこにはアルスフェインのボクスドラゴン、メロが入り込み攻撃を庇い受けていた。
「メロ、大丈夫か」
 アルスフェインは、気遣う言葉をかけつつも、すぐに治癒の魔力を集中している。それをメロに注ぐことで、分身体に傷を吸収させるように、急速に体力を癒やしていた。メロはそれに応えるように、健常な鳴き声を返して見せている。
「うむ、よくやったぞ」
「私も、支援させてもらいますね」
 と、詩乃もマインドリングを輝かせ、メロを癒やしきっていた。
 同時に詩乃は、ライドキャリバーのジゼルカに声をかけている。
「ジゼルカは、今のうちに攻めていってね」
 すると、ジゼルカは呼応するように駆動音を上げ、疾走。敵へ強烈な突撃を喰らわせていた。
 ドリームイーターはふらつきつつも、反撃の刃を振り上げる。が、ビスマスはそれをファミリアロッドで受け、そのまま逸らしていた。
「甘いですよ!」
 同時、ゼロ距離へ踏み込んだビスマスは、ロッドを逆方向へ返して痛烈な打撃を打つ。
「さあ、連撃を!」
「うん!」
 次いで、ビスマスに応えたフィオは素早く跳躍して、敵の後背を取ってから強烈な刺突。
 よろめいた敵は、再び反撃しようと刀を振るう。が、それは輝凛が剣で受け、いなしていた。
(「太刀筋が視える……何だ……? 今、僕は……自分ならもっと上手く、って――」)
 輝凛はふと、敵の剣術に心を惹かれるような感覚を覚える。だが、今は、敵の中に生まれた隙を見逃さず一撃。
 体を回転させて繰り出した蹴りで、ドリームイーターを地に叩きつけていた。

●決着
 横たわるドリームイーターへ、若雪は声を落とす。
「幻想的且つ身も心も引き締まる、氷城の舞台と冴えた剣戟。まさに夢のような一時でしたが――そろそろ幕引と致しましょうか」
『まだ、だ……!』
 ドリームイーターは反抗するように立ち上がり駆け込んでくる。が、そこにはアルスフェインが低空から肉迫していた。
「いいや。そろそろ寒さも限界なのでな。早々に、終わらせて貰う」
 瞬間、エクスカリバールでの強打を顔面へ加える。
 連続して詩乃は『A.A.code:FireFlower』。火器管制システムに接続した携行式兵装から、赤の火線を放って敵の腹部を貫いていた。
「このまま、畳み掛けて!」
「では、刀には刀ということで」
 と、ビスマスは『沖膾の予言』。なめろうの気で出来たビームフラッグを振るい、秋刀魚や太刀魚の気を射出。高速で飛来させて敵の全身に痛打を与えていた。
 ドリームイーターはがむしゃらに剣撃を放つ。が、それをシグフレドが受け止めると、アリシアは即座に十三の祝福『復活』を行使していた。
「我が祈りに応えよ黄金の静謐。我は円環の果てを否定する者であるがゆえに!」
 それは復活のルーンによって魔力の宝剣を生み出す力。その一振りは災いを癒やし、傷を消していく。
「一気に、仕留めるよ」
 と、フィオは刀を横一閃に、敵の胸部を切り裂いていた。
 そこへ若雪も、舞い踊る斬撃を見舞っている。
「夢喰ではなく彼の手で夢が現と成るその日まで、今はお休みなさい。──真髄は、其処にこそあるでしょう」
「ああ。君は一炊の夢となっても、彼自身がいずれ必ず、今度こそ現実のものと成すだろう」
 声を継ぐ玲も、静謐の一太刀で全身を裂いていく。
 ドリームイーターは最後の力で刃を振るうが、輝凛はそれを捌き剣を振り下ろす。
「君の剣術は凄かった! だけどっ! 歪んだ夢は、ここまでだ!」
 瞬間、その一撃がその夢の存在を打ち砕いた。

 戦いが終わると、詩乃はぶるっと震えていた。
「さ、寒い、寒いねっ!」
 戦闘中はジェネレーターがフル稼動していたのだが、それも終わって寒さを身に感じ始めていたのだ。
 皆も頷き、すぐに青年の介抱に移ることにした。
 青年は意識を取り戻しており、怪我もない。ただ、体は冷えていたので、フィオや玲はカイロや羽織物を渡していた。
 ビスマスは、魔法瓶で持参したなめろうの味噌汁を用意する。
「こちらも温まりますよ」
「あ、お味噌汁、私もあるよ! おばーちゃんが作ってくれたんだよ。よかったらどうぞ!」
 と、詩乃も湯気の立つそれを注ぎ、皆に振る舞った。
 健常さを取り戻した青年は、事情を聞いて皆に頭を下げ、ありがとうございましたと述べる。
「今後は不覚を取らぬよう、一層精進します」
「弛めぬ努力を続けるその精神、尊敬に値します」
 アリシアはそこへ、そっと声をかける。
「どうか道を違えることなく、その力は誰かを導くために使ってくださいね」
「……はい!」
 青年が力強く頷くと、若雪も氷瀑を見上げて口を開く。
「この氷雪もいつか融け、花と光溢れる春が訪れるように――貴方の道の先にも、見事な花開く日が訪れますよう……」
「高みは果てなくも、地道に歩めば実を結ぶと信じて――互いに励むとしよう」
 玲も言葉を贈ると、青年はそれにも誓いを得たように、深く頷き、鍛錬を約束した。
 皆はそれを機に、帰還を始める。
「……にしても。確かにこう、引き締まるというかなんというか」
 フィオは青年を見送り、氷瀑を仰ぐ。
「少し素振りでもしていこうかなぁ」
 それから呟くと、暫し刀を振るっていた。
 氷雪に煌めく刃は確かに心を研ぎ澄ませる。荘厳な氷瀑はいつまでも、それを泰然と見下ろしていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。