●揺り返す喪失
美しかった筈の町並みは、立ち上る鮮紅と濁った煙に塗れていた。
自身は僅かも傷つくことなく悠々と、町を焼き人々を追い詰めるドラゴンの業火。遠く重なる悲鳴が尽きて届かなくなることを、全てが灰となり炎が消えることを怖れながら、心霊治療士たちは身を隠していた。隠すしかなかった。
「──! 行っちゃ駄目です。わかってるでしょう……!」
「……!」
上がる悲鳴に、隠れた壁から身を乗り出し、引き留められる少女がいる。助けたくて、助けられなくて──小さな手で握り締める杖を濡らした雫から、青年たちは目を逸らさず歯噛みする。気持ちは同じだ。
「……くそ、あの人たちが来てくれたら……」
「あの人たち……?」
怪訝な顔のふたりに見つめられ、口にした青年がはっと口を押さえる。
「いや、……なんでもない。何かそんな気がして……疲れてんのかな」
「大丈夫ですか? ……まあ、そんな夢を見たくなるのも無理はありませんが」
あのドラゴンに──デウスエクスに敵う者など、この世界に居はしない。彼らはそう繰り返す。自ら口にした言葉に、微かな違和感を覚えながら。
「……ドラゴンは去ったようです。行きましょう、少しでも……」
遺された建物に、まだ命ある人々に、少しでも癒しを届けたくて。取り戻せない命に出会う度にぼろぼろになっていく矜持を引き摺り、心霊治療士たちは焼け焦げた町に飛び出していく。
繰り返される『大侵略期』の惨劇が幻であることを、自分たちはその時代の人間ではないことを、彼らは知らない。
そして勿論──対抗し得る存在は夢などではなく、確かにこの世界にあるのだということも。
●その手が掬える世界まで
拾った予知の重みに、グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)は、小さく頭を振った。しかし、新たな仲間たちを前にして、その小さな眼は笑みを形作る。
「さて、何をおいてもまずは歓迎だ。あんた方、失伝の使い手たちを仲間に迎えられたこと、嬉しく思うよ。これからは是非一緒に戦って欲しい。宜しく頼むな」
寓話六塔戦争により解放された、『失伝ジョブ』のケルベロスたち。助力を請うたグアンは、早速だがと切り出した。
「一つ引き受けちゃあくれないか。未だ囚われたままの心霊治療士たちの救出を頼みたい」
発見した心霊治療士たちは全部で3名。魔女『ポンペリポッサ』の狙いは、大侵略期の残霊が引き起こす悲劇を繰り返す特殊ワイルドスペースに彼らを閉じ込め、洗脳によって自分たちが当時の人間であると思い込ませ、その絶望により反逆ケルベロスとすることにあったという。
しかし、戦争での勝利はその目論見を打ち崩した。つまり、
「彼らが心を折られる前に救出できるようになったということだ。ワイルドスペースに踏み込み、町を破壊する残霊──ドラゴンごと繰り返される悲劇を消し去って、三名を救出すること。それが今回の仕事だ。向かってくれるか?」
このワイルドスペースには、失伝ジョブの使い手以外は踏み込むことができないらしい。熟練のケルベロス達の力は借りられないが、不安になることはないとグアンは請け合う。
「残霊には、実際のドラゴン程の力はない。孤立無援の心霊治療士たちには脅威だろうが、あんた方なら充分な備えができる。倒せない相手じゃあない、胸を張って向かってくれ」
予知によれば、残霊はいつも町の西側の空から不意に現れるという。多くの棘を持つ尾は一撃で建物に亀裂を入れるほどの威力を持ち、翼で巻き起こす激しい風は衝撃波と化し周囲を見境なく斬り刻む。そして最も威力の高いのが、町を幾度となく炎に包んだ高温のブレスだ。
心霊治療士たちはその西側の外れの廃墟に身を隠し、襲撃が止まる度に町に出ては建物や負傷者の治癒に努めている。救えないことに耐え、掬えない命に心を痛める姿は、強くも痛ましいものがあったとグアンは言った。
「だが、あんた方はもう知っているよな。そんな絶望はまやかしで、助けられるもんがこの世界には溢れてるってことを」
──その矜持が折られる前に、残霊に苛まれた悪夢から解き放ち、彼らを必要とするこの世界へ取り戻す。
失伝使いたちは力強く頷き、ヘリオンに乗り込んだ。待っていてくれと、祈るような思いを胸に秘めて。
参加者 | |
---|---|
ドゥリッサ・クロイセル(ドラゴニアンのワイルドブリンガー・e44108) |
千種・侑(冥漠の碧天・e44258) |
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320) |
エッダ・ドガ(春蕾・e44382) |
梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458) |
綿屋・雪(燠・e44511) |
時任・燎(平凡希望・e44569) |
水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573) |
●
「さて、華麗に着地できたのはいいですが……」
急降下からの着地を決めた水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573)が乱れた髪を掻き上げる。
現との境界の向こう側、見上げる空には燻る煙。辺りは言いようもなく荒れ果てて、
「なるほど、酷い光景ね」
「一つ間違えれば、わたくし達が囚われ、この光景を見せられていたのですね」
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)は痛ましげに瞳を歪める。幻である筈の悲惨な光景は、いざ目の前にすれば本物と遜色なかった。
見当たらぬ人影に届くものと信じ、梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458)は声を張る。
「聞こえているか、我々はケルベロス! 君達を助けに来た!」
その名が彼らにとって意味のないものとなっているとしても、救援の存在は伝わる筈。希望を捨てずに待っていてくれ――谺する声が消えないうちに、千種・侑(冥漠の碧天・e44258)は呼び掛けを重ねる。
「こたえなくても、いいよ。安心して……もうダイジョウブだから」
そんな仲間たちの背を守り、ドゥリッサ・クロイセル(ドラゴニアンのワイルドブリンガー・e44108)は西の空を油断なく見つめる。不意打ちを警戒するのに過ぎることはない。
共に哨戒にあたっていた時任・燎(平凡希望・e44569)が、顔色を変えぬまま息を呑んだ。突如歪んだ西の空、その可能性はあると知ってはいたが、
「……残霊とはいえ、こうも早々にドラゴンと対峙することになるとは」
それは、彼らの多くにとっても初めて目にする生き物――暴虐の翼の到来だった。
綿屋・雪(燠・e44511)は息を呑む。けれど、どこかで耐える気配へ届くよう、だいじょうぶと煌らかな声を響かせる。
「すぐに、おたすけいたします」
携えた武器が歌う。たとえ経験が浅くとも、この一戦を譲る気などないと告げるように。
先手を取ったのはケルベロスだった。
指輪から放たれた輝きが、サテラの薄い微笑みを覆い尽くす。まずは一閃、空へ伸びる光剣の迎撃に軌道を変えた敵の懐を、血によって硬化した帯が槍のように駆け抜ける。その一端を掴み、乙女は吼えた。
「まやかしの現など、穿ってみせるさ。偽りの世界、偽りの記憶ごと……!」
開幕を飾る双撃に微笑み、エッダ・ドガ(春蕾・e44382)はオーブを空に掲げる。
「取り戻してあげなくちゃね。安心も平穏も、希望も!」
迸る真昼の光は前線に駆け込む仲間をきらきらと飾り、エクトプラズムの加護を与える。湧き上がる衝動と炎をナイフに宿し、投げ放つドゥリッサ。
「大丈夫だ。心霊治療士たるその矜持――発揮する機会は必ず、ある」
励ましを嘲笑うかのように、敵が一撃を躱す。地を揺らがす侑の一閃すら、力強い旋回で回避し突き進んでくるドラゴンの前に、昴は怖れず身を晒した。
「苦難を耐え忍んできた方々をこれ以上傷つけること、聖王女様はお許しになりませんよ」
袖から覗く銃が敵を狙い撃つ。ビルを削り落としながら着地した影が身を起こす前に、燎はその眼前に飛び込んだ。
「こちらも引く気はない。お相手願おうか」
繰り出す拳の纏う冷気が、憤怒も露わな鼻先を凍りつかせる。それを宥めるようにおっとりと、けれど決意に満ちた呟きを落とす雪。
「こんなきれいに晴れた日に、かなしい雨はにあいませんから」
この力は、涙の落ちる音が聞こえる前に。想いは身を覆うオウガメタルにも伝い、加護の力を併せ持つ光の粒子に形を変える。
躍動する翼、嵐の咆哮。邪魔者たちの決意を悪夢の中に散らそうと、ドラゴンは風の刃を撒き散らした。
●
残霊は巨躯にそぐわぬ機敏な動きで攻撃を躱す。炎に氷、積もる呪いは確実に体表を侵食するが、強靭な体は未だ聊かの傷を得ただけで、戦意と敵意に満ち溢れている。
「ゴウカが、来る」
侑の声にいち早く雪が身を翻した。荒々しい炎に呑まれんとする乙女を、七色の光を散らす翼を精一杯広げて庇い、肌を焼く灼熱に耐える。
(「……いったい、何回焼いたのでしょう」)
強く美しく鮮やかな焔は、少女を傷つけながらも惹きつける。しかし、
「雪!」
「だいじょうぶです。――燃やし尽くせるなら、してみればいい」
屈してなどやりませんとも。揺れるヘルムから零れる決意に、乙女は感情を掌に握り込んだ。
定められた狙いを察したか、身の内に集められた燎の力が爆ぜる前にドラゴンは飛び退いた。雪が自らの血で立ち続ける力を生み出すうちに、サテラは昂り止まぬ敵の焔に、冷気を纏う腕をぶつけていく。
「存在感は流石の一言ね。これで残霊だなんて冗談みたいですけど」
容易く倒されてはくれないと軽口を叩きながら、冷え切った杭は敵の真芯に突き立った。熱色の鱗を覆いゆく冷やかな氷に拍車をかけて、ドゥリッサの一閃が呪の効力を広げていく。
その傍らを駆け抜けてゆく喰霊刀は、呪いを帯びているとは思い難い清冽な軌跡を連れていた。淡く紅煙る髪を並べ、美しい斬撃を叩きつけるは乙女。重ね与えた足止めの術、回復とともに齎される加護に、少しずつ命中の精度が高まっていく気配を誰もが感じ取っていた。
「幸いをお耳に入れましょう――オーブに映るあなたの未来は、光にあふれているわ」
掌に包む光が伝え来るものを、力ある言の葉に寄せ届けるエッダ。癒しの力が雪を侵す熱を拭い去ったのに微笑んで、後方に気を向ける。救出対象たちが動かずにいてくれることに安堵しながら、その胸の内に思いを馳せた。
救えないと分かった時の虚ろな気持ちを知っている。けれど、
「でもね、もう……悪夢は終わるのよ」
その瞬間に溢れる感情を知る為、彼らにも思い出して貰う為に――自分たちはここへ来た。
誰の目にも燈る思いの強さを、風の刃が挫きにかかる。風圧に臆せず、侑は瓦礫を足場に高みへ駆け上がった。跳ぶ足許から星屑が零れる。
圧倒的な力を前に、助けられない絶望を心に重ねて、
(「それはどんなに――つらかっただろう」)
つきんと胸に響く痛みは、頬に受けた傷のそれを遥かに凌ぐ。速度を増す脚に重力を乗せて放つ蹴撃は、痛みを知らぬ残霊を突き放した。
「お見事です。ええ、確実に当てて参りましょうね」
竜の視線が狂おしく翻る先、駆け抜ける昴の脚が陽炎に揺れた。より命中率の高い一手を選び叩きつけると、衝撃に炎が散る。
雪は小さな体から溢れ出た力を切っ先に伝わせ、高まったと見るや一閃に代えた。こまねずみのように機敏に飛び込み、瞬時に逃れる。その白い影を敵の眼が捉え切れぬうちに、燎が視界へ割り込んでいく。
深く、蒼く。底を知らぬ瞳は、敵の世界を一瞬で深き水へと呑み込んだ。呼吸は奪われ、漣はただ遠く、掴めぬ泡沫は甲斐なく立ち上るばかりで、逆巻く波だけが敵に寄り添い戒める。淡く浮かび上がる白砂の海の底に白く輝くもの――朽ちた骨こそが、おまえの姿と知らしめるように。
「……幻に苦しめてきたのは、お前も同じだ」
幻惑に溺れ暴れるドラゴンに、燎は静かに言い放った。戦いは好まない、けれどそれが救いの為の唯一ならば、譲らない決意がある。
「さて、長引かせてもいられませんね。私達にも害がない訳じゃないのだから」
この空間の齎す侵食は、時とともにケルベロスにも隔てなく降りかかる。まあ、やるだけやりますけど――と嘯き、サテラは光の剣を空へ突き上げた。天を指す光の剣を振り下ろせば、深く刻まれた傷から霊の障りがひたひたと浸み込んでいく。
踏み出そうとする乙女の足を少しだけ臆病にするのは、微かな心の迷い。それを一息に振り切って、竜の娘は舞うように敵前へ飛び出した。
喉に突き立てた喰霊刀から呪詛を注ぎ込む。噴き出す温い鮮血も鼓膜を揺らす咆哮も、もう心を震わせない。
「怖くない……怖くなんか、ない。――倒せる力が、今はある」
待つ者たちの心が折れる前に、自分たちが、ケルベロスが掬ってみせる。決意は一様に、並び立つ彼らの目を輝かせていた。
●
「この身を穿たれた痛み、怒り――お前達も思い知れ! ああああっ……!」
ドゥリッサの瞳が燃えるように輝いた。抑えつけていたデウスエクスへの怒りが、過熱する戦いの中に次々と掛け金を外されていく。
鋭くも凶悪な鱗が逆立つドラゴンの尾は、ひと薙ぎで燎を吹き飛ばした。強烈な衝撃を、エッダは吉祥を告げるオーブですぐに拭い去る。
「ここで踏ん張っているひとたちの、雨をとめにいきましょう。そのために、わたしたちは来たのです」
星が転がるように、鈴が歌うように。きららかに澄む雪の声が、敵の頭上に冷気を招く。柔らかに集う魔力が降らせるのは、白くささめく雪片。乱反射して輝くそれはいつしか零れる花片に変わり、鮮血溢れる敵の傷口を美しく侵していく――それはまるで、棘のように。
鱗の鎧に身を護るドラゴンも、不落の存在ではない。澄みわたる炎、冴えわたる氷、鱗を覆いゆく異常の数々に苛まれる姿から、威容は失われゆこうとしていた。
「もう少し。全力でいくよ」
耐える彼らに伝えたいことがある。仲間の加護に支えられ、弛みない努力で集中に努め、侑は二振りを抜き放った。宿る霊たちが漂わせる死の気配は毒と化し、斬撃に乗ってドラゴンに刻まれる。
「ああ。これ以上悪夢に置いてはおかない――終わらせよう」
燎の体はごく自然に敵の怒りを逃れ、眼は死角を探り当て、熟達の一撃は最善の方角から敵を叩き伏せようとする。そんな巧みさは、自身にはなかった筈のものだ。
戦いの感覚を訝しみ、疎み、心を軋ませながら、それでも燎は真摯に臨む。平凡でありたかった――その願いが叶ういつかを戦いの先に見据えて。
「聖なるかな、聖なるかな……聖譚の王女を賛美せよ」
昴は修道服から伸びる四肢のすみずみまで、心臓を埋めるワイルドの力の侵食を許した。澱んだ影の如き半異形の姿は、オウガメタルともスライムとも異なるもの。鋭い爪と牙の目立つ獣の出で立ちで、狂気的なまでに清廉な聖王女への祈りを唱う。
「その御名を讃えよ、その加護を讃えよ――その奇跡を、讃えよ! 聖王女の恩寵、ケルベロスの力、護るべき彼らにも等しく分け与えましょう……!」
伴う激痛を信仰で支えながら、敵を切り裂き続ける昴。その傍らを涼しげな羽ばたきひとつで駆け抜け、サテラは氷結のパイルバンカーを軽々と取り回す。
「氷の侵食もそろそろ辛いでしょう? 諸共に砕いてあげるわ」
「ならば私は蒸発させてやろう。報いを受けろ、この炎で……!」
鋭く撃ち込まれた絶対零度の楔に、ドゥリッサの左腕に宿る獄炎が続く。さらなる侵食に絶叫するドラゴン。轟音の圧を押し返すように乙女が踏み込む。踊る喰霊刀が、形ある幻を消滅へと追い込んでいく。
「尊き命、さらっていかせるものか。私達が救ってみせる……!」
「ええ、もうすぐ目醒めのときよ。おいたはめっ、しなきゃ」
喉奥に燃える鮮やかな劫火が、呼吸に押し出されることなく燃え尽きた。自分達を苛む一手が届かぬならと、エッダは追い詰める一撃を択ぶ。浮き上がったオーブから飛び出す光は陽射しのように透き通る炎の刃となり、鱗の守りを斬り剥がしていく。
救えなかったあの時、心に落ちた影は全てを翳らせて見せたけれど――今は違う。その手に掬える手応えを得たエッダの瞳に、世界は眩しい。
鱗の装甲よりは柔い獣の肌、僅かに露わになったそこへ意識を飛ばす侑。両の掌をふわり離れた二振りの刀は、暴走の中にも遣い手の意を宿して駆け抜けた。感情の強く現れぬ少年の唇は、ふたたび紡いだ『大丈夫』に仄かに緩む。
「ダイジョウブだよ。――何もなくしてなんかいないよ」
魂の残滓を貪欲に求める刃たち。猛々しい剣戟が収まる前に、昴は片腕にワイルドの力を紡ぎ上げた。可能性で編まれた巨大剣は、叩き潰す一撃を断罪に代える。
「貴方の生はもう、古き戦いの中に終わっているのです。安らかな眠りにお還りなさい――聖王女はお許しくださるでしょう」
殺意も生気も、歪んだ大気の中に溶けていく。巨大な翼が齎した影が消え、廃墟の街の上には晴れた空が広がった。
変容を解かれた昴が、両手を組み祈りを捧げる。――戦いは終わったのだ。
「……信じられません。まさか」
零れた声に、ケルベロスたちはゆっくり振り向いた。
杖を手にした二人の青年が、夢を見るような目で立ち尽くしている。その間には、怯えた瞳で周りを見渡す幼い少女。
助けにきたんだよ、となんとかはにかんだ侑は、見つめ返す少女の眼差しにほんのりと頬を染めた。エッダはくすりと微笑んで、少女の前に屈み込み、目線を合わせる。
「もう悪夢は終わったわ。目が醒めたなら、また新しい日が始まるの!」
「悪夢……?」
「ええ、脅威は去ったわ。ここでの被害はまやかし」
素気無く振舞うサテラの眼差しにも、隠しきれぬ安堵が滲む。深い呼吸で怒りを鎮め、ドゥリッサは漸く寛げた眼差しに彼らを映した。
「長い間苦しんできたのだろうが……安心して欲しい。ここに居る人々は残霊、過去の記憶だ」
残された時間の中で、ケルベロスたちは語る。死した街も人々も、今目の前に在る世界は過去の幻であること。三人は本来ここに在る存在ではなく、過去の失伝者たちの記憶を被せられた現代の人間であること。
「じゃあ、俺が無意識に助けを期待してたのは」
「あなた自身のキオクに、ぼくたちの存在があったから……かも」
控えめながらもはっきりと頷く侑。茫然とする青年の前に立ち、燎は静かに語りかけた。
「ここを離れ、悪夢から覚めればきっと思い出す筈だ。この場の誰も無力なんかじゃない。その力はちゃんと誰かを癒やし、救える」
「……ほんとう? もう、助けてあげてもいいの? わたし、我慢しなくていいの?」
「うん……これからいくつもの命を助けられるよ。あなたたちの力を求めてるひとたちが、たくさんいる」
上擦る幼い声に返った答えに、青年たちは顔を背けた。溢れる熱いものを隠せない彼らの背を叩き、乙女は目を細めた。
「誇ると良い、君達は立派であった。さあ、本当の世界へ帰ろう」
「ああ。救うべき人、救える人はここの外に居る」
「わたし達だけが抗いの光ではないの。ひとびとの心を癒せる君たちなら、闇まで掬って祓えるはずよ」
ドゥリッサが頷く。エッダが笑う。目の前の脅威を退けた者の力強い言葉は、彼らの心に一筋の光を齎した。これからは自分たちもその光になれるのだと。
湿った空気を吹き払う軽やかな吐息。サテラはばさりと翼を広げた。
「さぁ、一緒に行きましょう。こんな場所に居続けてもいいことなんてありませんから」
「もう、こわいものはありません。みんなでいっしょに、かえりましょう」
差し出した手に少女の小さな温もりが触れた瞬間、ヘルムの隙間から暖かな雪の眼差しが零れた。
ケルベロスたちは凱旋する。――志高き仲間を得て、その手が掬える世界へと。
作者:五月町 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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