ひび割れた世界

■リプレイ

●接敵
　市街地に入ったケルベロス達は、現場へと疾駆していた。
　建物を縫い、道を進めば、その先に出現している巨躯の影が見えてきている。
　ベルノルト・アンカー（傾灰の器・e01944）は静かに、真っ直ぐな視線でそれを捉えていた。
「……いましたね。急ぎましょう」
「ああ。ったく……繁華街なんてメンドクセェとこに出やがって！」
　声を継ぐ伽藍堂・いなせ（不機嫌な騎士・e35000）は、吐き捨てるように言う。苛立った声音は、しかし無辜の人々の命を心配するが故でもあった。
「一般人庇いながらなんざ、やりにくいったらありゃしねェな──！」
「そう、だね。でもだからこそ、やらなくちゃ」
　頷くのはフェクト・シュローダー（レッツゴッド・e00357）。
　近づく巨躯、エインヘリアルの姿に、物思うところはあった。つい先刻まで、人間だったものだからだ。
「でも、今はデウスエクス。……だったら私はやれる、殺すことだって。それが、ケルベロスだもんね」
　小さく呟くと、一層速度を上げて疾走する。
「全力で。行こう！」
「ああ」
　それに続く八久弦・紫々彦（雪中花・e40443）は、その顔に興味深げなものを浮かべて、敵を見据えていた。
「さて、彼が求める世界はどんなものかな」

　人々の中で、エインヘリアルはヴィオラ・ダ・ガンバに弓を当てていた。
　周囲は既に騒乱が起きかけている。だがそれに構うでもなく、巨躯は今まさに殺戮の音色を奏でようとしていた。
「さあ演奏しよう、新たな世界を……」
「君の表現するその世界に──私たちが居てもいいかな？」
　と、そこで、聞こえた声に、エインヘリアルの腕が止まった。
　目を向けると、そこにいるのはフェクト。そして、包囲し始めているケルベロス達。
「君達は……？」
「さてな。ただ……ンなに殺しがしてェなら、俺が相手してやるよ」
　目の前に立ちはだかるのは、いなせ。
　挑発する口調に、巨躯は微かに顔を歪めた。
「つまり、僕の演奏を邪魔しに来たと？」
「望むなら、存分に表現するといいさ。──なにせ、最後の演奏の機会だ」
　直後、声と同時に巨体の眼前に迫った影がある。
　地を蹴って跳躍した、紫々彦。宙で体を翻し、旋風の如き足捌きで、蹴撃を叩き込んでいた。
　エインヘリアルがたたらを踏んでいると、その間に、平坂・サヤ（こととい・e01301）は周囲の人々へと呼びかけていた。
「はあい、ケルベロスのご到着ですよ！　ここで押し留めますゆえ、皆様は落ち着いて避難して下さいねえ」
「混乱を起こさないようにしてください！　大丈夫です、わたしたちが必ず守りますから！」
　惑う人々がいれば、イルヴァ・セリアン（あけいろの葬雪花・e04389）もすぐに注意喚起をして、安心をさせている。
　皆も、敵を通さぬ立ち位置で呼びかけを続ける。それにより、人々は段々と周囲から退避をし始めていた。
　エインヘリアルは反射的に、それを見回している。
「……成る程、ケルベロスか。デウスエクスを退治しにきたってわけだ」
「そうだよ。だから、邪魔させてもらうね」
　と、声を返したのは、ジルカ・ゼルカ（ショコラブルース・e14673）。掌を上に向けると、宵色の魔力の塊を生み出す。
　瞬間、それを豪速で飛ばし、巨躯を闇で包むように暗い衝撃を与えていた。
　その間隙に、いなせは紙兵の霊力で前衛を守護。イルヴァは妖精弓を構えると、雪色の光を纏わせて射撃。フェクトへ破邪の力を与えている。
「フェクトさん！」
「了解だよ！」
　その力を脚部に集中するように、フェクトは飛び蹴り。巨体を後退させていた。
　人波が引いていくのを確認しながら、サヤは炎を纏う幻竜を生み出している。
「とりあえずは、皆さんに逃げてもらえるまで持ちこたえましょうねぇ」
「ええ、一歩も──近づけさせはしません」
　応えるベルノルトは、すらりと斬霊刀を抜き、エインヘリアルへ肉迫している。
　そのまま相手の反応よりも早く、冷気を湛えた斬撃を喰らわせると、そこでサヤは幻竜を解放。剛烈なまでの勢いで巨躯を炎で包んでいく。
　エインヘリアルも、炎を振り払うように、弓を振り上げてきた。
　が、それが振り抜かれる前に、攻撃を攻撃で制した者がいる。
「やらせはしませんよ」
　それは、武田・静流（折れない槍・e36259）。十字槍・北落師門を突き出して敵の手元を刺し、動きを止めていた。
「く……」
「──そこです！」
　エインヘリアルは再度の攻撃を狙ってくる、が、静流は穂先に雷光の如き妖気を纏わせて一撃。踏み込んで刺突を打ち、巨躯を数メートル吹っ飛ばしていた。

●音
　短い時間の内に、周囲の人々は逃げていなくなっていた。
　イルヴァは殺界を形成し、人払いを万全にする。そうして敵へ向き直った。
「これで後は、戦いに集中するだけですね」
「……面白いじゃないか」
　体の傷を押さえつつも、エインヘリアルは体勢を直している。楽器を手に、尊大な表情を作った。
「それなら、君達に僕の演奏を聴いてもらうだけだ。君達も音楽は好きだろう？　きっと満足するさ」
「……音楽は、確かに、スキ。言葉に出来ない気持ちも、出せない感情も、乗せられる気が、するから」
　と、ジルカはそれに少し静かな声音で返していた。
「でも、あなたの音楽は、途絶えてしまったと思うから。それが、残念」
「……途絶えてなんていない。今も僕は、一流の技術を持っている」
　エインヘリアルが反抗するように言うと、静流はゆるく首を振っていた。
「それでも、人間である時に聴いてみたかったものです。今のあなたは、エインヘリアルですから」
　静流はこの巨躯が、弓を剣のように扱っていた先の姿を思い浮かべる。それは、音楽を演奏する者のそれではない。
「あなたを演奏家として、終わらせることは出来ない」
「僕は今でも演奏家だ。世界を、表現できる……！」
　エインヘリアルは激昂して、音を奏でようとする。だがそこへ、フェクトが杖を向けていた。
「ならその前に、神様の世界を見せてあげるよ！」
　瞬間、光り輝く雷撃を飛ばして、巨体に衝撃を与える。
　連続して、イルヴァは素早い体捌きで巨躯の死角を取っていた。そこで、刃の切先で、掌に二つのルーンを刻んでいる。
「ansur laguz uruz──其は氷闇、其は霜禍、鎖せ、果たせ、世界に永久の氷訣を――いと古きものの、名のもとに！」
　発現する力は、『氷獄のルーン』。解放した魔力を氷嵐の暴虐として顕現し、ニヴルヘイムの氷霜を思わせる冷撃で巨体の足元を凍結させていた。
「今ですっ……」
「わかったのですよ！」
　応えて疾駆してきているのはサヤだ。
　巨躯の懐へ入ると同時、短刀・繊月を抜き放って、連撃。縦、横、袈裟に刃を振るい、深い傷を抉りこんでいる。
　血を散らしながらも、エインヘリアルは弓で弦を弾き、衝撃波を放ってきた。
　それは暴力的な音となって前衛を襲う。が、直後には、いなせが霊力を広げてダメージを回復していた。
「嗚呼クソ──不愉快な音まで出してんじゃねェよ騒音エインヘリアルめ！」
「不愉快、とは。この美しさがわからないか」
　巨躯は心外というように言ってみせる。ベルノルトは静かに、目を伏せた。
「……、その旋律は、あまりにも――」
　しかしそれ以上は口にはせず、小さく首を振る。あとはただ、治癒の力を天に昇らせ、癒やしの雨滴で回復を進めていた。
　同時、ジルカもオウガメタルから星明りの如き粒子を飛散させ、前衛を万全にする。
　敵は連撃を狙っていたが、そこへは静流がグラビティを炸裂させ、爆破攻撃。間断を作らず、紫々彦も跳躍して肉迫していた。
「君の音色は確かに、美しいところもあった」
　眼前に迫った紫々彦は口にする。
「だからこそ、こんな形で聞くことになるのが、残念だ」
　瞬間、紫々彦は炎を靡かせ、強烈な蹴り落とし。エインヘリアルの顔面を打って転倒させていた。

●闘争
　エインヘリアルは呻きながら立ち上がる。口調は、訴えるようでもあった。
「音色が美しければ……それでいいだろう。技術もある証拠だ。何の文句がある」
「確かに技術は、相当のものだろう」
　応える紫々彦は、コントラバスの心得がある。だから、この敵の音楽家としての側面は、想像できるつもりだった。
「それ故に、殺しに向くのならば意味がない。ステージの上で君と出会ってみたかったよ」
　紫々彦のその言葉に、エインヘリアルは歯噛みする。
「……ここが、今の僕のステージさ。人間のときと、違いなどない」
「本当にそう思うなら」
　と、ジルカは口を開く。
「やっぱり、砕けてなくなっちゃったんだよ。あなたの魅せたかった世界は」
「……」
　エインヘリアルは少しだけ言葉を失った。
　フェクトはだしぬけに聞いた。
「今のその姿ってさ。君が望んでなりたかったものなの？」
「……。そうじゃないと言ったら、君らは殺すのをやめるのか。……君らこそ、元人間を殺すことに躊躇いはないのか」
　巨躯が応えると、イルヴァは首を振る。
「本当はあなたも、守るべきひとつの命……それを奪うことに否やがないとは言いません」
　けれど、と、声を継ぐ。
「それでもその手が血に染まってしまう前にと、そう思うのです。……あなたの表現したかった世界は、殺戮によって成されるものではなかったはずだから」
「ええ。好き勝手に死を与えて、好き勝手につくりかえるなんて、それは理不尽が過ぎると思うのですよ。けれど──起きてしまったことは、もう変えられませんから」
　サヤは言うと同時、『境界：貫通』を発現していた。
「……ここで幕を引きましょう」
　それは、【小夜坂文庫】収蔵の一節による、「対象が貫通される可能性」を顕したもの。因を元に果を手繰る力は、文字通りに、刃に巨躯の腹部を貫通させている。
　鮮血を零した巨躯へ、イルヴァも影のように接近し、斬霊刀・朧雪で斬撃。次いで、フェクトが杖を振るって鎧を破砕していくと、いなせも至近から爪撃を喰らわせていた。
「ビタもしっかり働けよ、そら」
　いなせは同時、黒のアメリカンショートヘアのウイングキャット、ビタを放つように飛び立たせている。ビタはそのまま羽ばたいて接近。ひっかき攻撃で傷を刻んでいた。
　唸りながらも、エインヘリアルはフェクトへ弓を振り上げる。が、その一撃は、素早く滑り込んだベルノルトが庇い受けていた。
「力で捻じ伏せるのが答えならば。それを正面から、耐えきってみせましょう──」
　ベルノルトは退かず、倒れず。それを受けきり、踏みとどまる。
　そこへジルカは『月夜来たりて』。ステップを踏みながら指先で煌めきを描き、星屑の光でベルノルトを癒やしていた。
　ベルノルト自身も気力を高め、自身の浅い傷を完治させている。
「攻撃は、お願い致します」
「ああ」
　と、ベルノルトに応えた紫々彦は、二本の如意棒で巨躯へ乱打を叩き込んでいた。
　エインヘリアルも再び弓を振るってくるが、静流はそれを槍で弾き、数間の打ち合いを演じた。
「……やはり、技を惜しげなく振るえる闘いはいいですね」
　倒すべき敵と分かっていながら、それが強者ならば、意識せず笑みがこぼれてしまう。
（「惜しむらくはこの心臓、ですが……」）
　病気で負担のかかる心臓、それによって一瞬だけ顔をしかめながらも、静流は隙を見せず、踏み込んで槍を振るう。
「──勝つのは私たちです」
　繰り出すのは、『無双三段』。淀みのない動作から、極限まで鍛え上げた突き、薙ぎ、払いの連続攻撃を放ち、巨躯に膝をつかせていた。

●決着
　エインヘリアルは、苦悶を浮かべながらも、自己回復で立て直しを図る。
　だが直後には、静流が返す刀で斬撃の雨を降らせ、再び体力を減らしていた。
「回復など無意味なことです。そして……殺戮のために音楽を奏でること、それ自体も」
　静流は語りかける。
「どうか、愛していた楽器で殺戮などしないでください。最期だけでも、“演奏家”であったことを、思い出してください」
「……何度も同じことを。僕は演奏家だ。今だって……」
　巨躯は弓を手に取る。
　だがそれを、紫々彦がグラビティを篭めた蹴撃で打ち据えていた。
「ならばその音色で、君の望む世界は表現できたかね？」
「……できるさ、君達が死ねば……！」
　紫々彦の言葉に冷静さを欠いたように、エインヘリアルは衝撃波を生む。
　だがそのダメージへ、ジルカはオウガ粒子を煌めかせている。
「凶暴な音……なのに、綺麗だなんて酷いね」
　ふと呟きながらも、その光を広げ前衛を治癒。さらに、灰色のノルウェージャンのウイングキャット、ペコラにも翼で羽ばたいてもらい、最後まで体力を保たせていた。
　ジルカは敵を見据える。
「だからこそ。あなたが表現できるはずだった世界、そのかけらは俺たちが守るよ――残酷な殺戮で、上塗りされてしまわないように」
「ええ、行きますよ！」
　声を継いだイルヴァは朧雪で連続の剣撃を叩き込んだ。
　そこへ、フェクトも『神様の創世』。光、闇、水、地、星。世界を満たすあらゆる概念を生成し、それを一瞬で巨躯へ体感させることで、内部から衝撃を与えている。
「今だよっ！」
「はいっ！」
　声を返したサヤは、接近して斬撃。繊月で巨躯の四肢を裂いていった。
　エインヘリアルはそれでも這うように、近づいてくる。その脳天へ、いなせは斧を振り下ろす。
「もう終りだ」
「願わくは──貴方の音色に、再び安らかな世界を抱けますよう」
　静かに言ったベルノルトは『解血刃』。斬撃で巨躯を両断すると、血潮とともに、その生命を砕いていた。

「終りましたね」
　ベルノルトが刀を収めると、皆も頷き武装を解く。
　それから、周囲のヒール作業へと入った。
「ま、修復はこんなもんだろ」
　いなせが言う頃にはそれも終り、周囲の風景はほぼ元通りとなっている。
　ジルカはしばし、敵が散った跡を見下ろしていた。
「あなたの音、聴いた人がきっと覚えてくれているよ。ね、ペコラ」
　それにペコラが鳴き声を返すと、ジルカは歩きだす。
「……俺も生演奏、聴いてみたかったなァ」
　そうしてそんな独り言とともに、帰路についていっていた。
　皆もそれぞれ、帰還し始める。
「いっぱい動いたらお腹が減ってしまいました」
　と、イルヴァは気を取り直したように口を開いていた。
「サヤさん、フェクトさん、よかったらこのあと、ごはんにいきませんか？　ますたーのお店、きっとまだやっていると思います！」
「ぜひぜひ！　おいしいごはんはいのちのみなもとなのですよ！　元気になって帰りましょーねえ」
　サヤが頷くと、フェクトも首を縦に振っている。
「――うん、そうだね！　おいしいもの食べさせてもらおう！」
　明るく振る舞いつつ、気持ちを切り替えるように。フェクトは２人に続き歩き出す。
　すると街にも人々が戻り、賑やかになる。そこにはもう、破壊の音色は響いていなかった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年12月23日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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