●貪欲なる魔女
光を透すその石は青い多様性の輝きを見せていた。
──アイオライト。少年が昔、偶然手に入れたその石は、少年の進む道を照らすようにその色合いを変化させる。
それは宝石としての価値はない、誰が見ても唯の綺麗な石であったが、少年は不幸から身を守ってくれるお守りなのだと、常に身につけ大事にしていた。
この石があればたとえデウスエクスに襲われたとしても、きっと無事にいられる──少年はそう信じて疑わなかったのだ。
河原の傍の土手に寝転がり、手にした石に瞳を這わす。吸い込まれるような青色が空色と混ざりあり、心を穏やかにする。
ふと、空に翳したかけらに、近づいてくる人影が映った。慌てて石を握り込み、少年が起き直った瞬間、掌があったその場所を二つの杖が行き過ぎる。
「な、何すんだよあんた達……!」
「あーあ、残念。外れたねぇ」
「一撃で仕留めるつもりダッタが、すばしっこい子供ダ」
警戒を隠さない少年に、魔女たちはくすくす笑み溢した。値踏みするような眼差しを向け、
「ソレはオマエの大切なモノカ?」
「……ただの石だって言いたいのか? これはデウスエクスに襲われたときに拾ったんだ。その時も無事に逃げられたし、その後だって……。これは、不幸から守ってくれる石なんだ!」
「そうだよねぇ、そうこなくちゃ!」
「……えっ?」
杖を構え、魔女たちはじりじりと少年を追いつめる。明らかな高揚を瞳に浮かべて。
「それを失ったあなたの燃えるような怒り、深い深い悲しみが、私達のモザイクを埋めてくれるかもしれないんだ」
「オマエの大切なモノは破壊スル。これまでのどれよりも美味ナル心、我らにヨコセ!」
「……誰が……やるもんか!」
少年は素早く身を翻した。全力で駆けていく彼を、魔女たちが追っていく。
愉しげな笑みを浮かべて、息を切らすこともなく──まるで獲物をいたぶるように。
●報い
「巷を騒がしてる魔女どもに、思うところがある奴は集まってくれ」
「魔女たちの暴虐を、終わらせることができそうなんだ。手を貸してくれないかな」
グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)の呼び掛けに、並び立つ少女は雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)。
彼女とコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)の調査によって、怒りと悲しみの魔女の次の足取りを捉えることができた。
「これまでの被害者は、命こそ助かっても大切なもんを奪われてきた。だが、今回は違う。うまくやれば事件の起こる前に踏み込める筈だ」
そして何よりも、一連の事件を引き起こしていた魔女たちを倒せる絶好の機会でもある。
「まずは、標的を追っている二人の魔女を分断してくれ。その後、あんた方には悲しみの魔女、ヒッポリュテの討伐を担当して貰おうと思う。怒りの魔女はもう一班が担う手筈だ」
逃げる少年を追って、魔女たちは河原から下流の方へ移動している。全力で追うことはせず、獲物を追うのを楽しんでいるようだが、いつ気が変わるかはわからない。
狙いは無論、少年の怒りと悲しみの心──そして、彼が大事にするアイオライトという石の欠片だ。
「手に入れた時もその後も、幸運が続いたらしくてな。坊主は幸せを運ぶ石だと信じてる。……こう言うのも夢を壊すようで気が引けるんだがな、実際、特別な石って訳じゃあない。それでもな、坊主にとっちゃ拠り所なんだ」
破壊されてしまえば、他人には計り知れないその怒りも悲しみも、魔女たちの力となってしまうだろう。
ヒッポリュテの攻撃手段は三つ。悲しみの心を喰らい気力を奪うもの、糧としてきた悲しみの叫びで敵を凍りつかせるもの。そして、纏う毛皮に力を吹き込み、強化した爪で切り裂くものだ。モザイクを操り、自ら回復することもできるという。
配下として呼び出されるドリームイーターは、少年の心を元としたかどうかで強さが変わる。しかし、少年と石の両方を守り抜けば、配下の出現自体を防ぐことができるだろう。
「手強いだろうけど……がんばればきっと、大丈夫。ここで倒そう。あんな悲しみも怒りも、二度と起こらないように」
掌を強く握り込んだシエラに、グアンも頷く。
「事が起こる前に阻止することも、魔女自身を叩くことも、奴さんらが現れてからずっと俺たちの望みだったな。──あんた方の思いの丈、存分にぶつけて来るといい」
そうして、きっと報いるのだ。それぞれの心で慈んだ宝物を失った、沢山の人々に。
参加者 | |
---|---|
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032) |
雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749) |
連城・最中(隠逸花・e01567) |
大成・朝希(朝露の一滴・e06698) |
紗神・炯介(白き獣・e09948) |
アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974) |
英桃・亮(竜却・e26826) |
荒城・怜二(闇に染まる夢・e36861) |
●
降下のタイミングは図った通りにぴたりと重なった。
それを確かめるように、紗神・炯介(白き獣・e09948)は別班のクレーエ・スクラーヴェの視線に口の端を上げ、頷いてみせる。今にも少年に触れんとする二つの悪意ある手は、降下の気配に動きを止めた。
「初めまして、悪逆の魔女たち──僕達と一手、お相手願えるかい」
「ハハ、これハ! ──ようこそ、ケルベロス!」
炯介の囁きが誘う。体勢の整わぬまま笑うヒッポリュテに、翻る巨大鎚が影を落とす。解き放たれた竜気の弾、そして雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)の鋼を纏う拳の一撃が、飛び退いた標的の一方、そして茫然とする少年を第九の魔女から引き剥がした。
守るべきものを逃してなお油断なく、結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は剛直な破壊の一閃を、魔女の視界を埋めるように大きく振り下ろす。
「第九の魔女、ヒッポリュテ──俺は悲しい。これまで、大切なもの、大切な想いをお前達に踏みにじられてきた来た人達を思うと……!」
訴える『悲しみ』に食指が動いたか、驚いていた魔女は愉しげに唇を歪めた。
「あの少年の悲しみも美味そうだったガ、オマエ達の心もアレに劣らぬようダ。ヒトツ味見をさせて貰おうカ……!」
レオナルドに襲いかかる鍵の杖。注意を惹きつけたものと頷いて、
「よう、少年。その石、守った甲斐があったな。ほら、ケルベロスが来てくれたぞ」
「もう大丈夫だよ! ここにはケルベロスがいる──信じて!」
励ますクーゼ・ヴァリアスに続く笑みは、後衛を並び守るドローンたちを指揮する大成・朝希(朝露の一滴・e06698)。
「う、うん……うわっ!?」
「いいぞ。そのまま、しっかりと石を握っているんだ!」
「お主も宝物も必ず護るで、安心しとくれ!」
少年を軽々と抱き上げ駆け出すアンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)と共に、市松・重臣は武器を構え、頼もしく守りを固めて土手の向こう側へ離脱する。配下出現の可能性は、ここに確かに遠ざけられた。
「さっさと連れてけ。それまでしこたまアイツぶん殴ってるからよ」
相馬・竜人がそう送り出せば、第八の魔女に押し寄せる破壊の音がそれを体現する。その気配に小さく頷いて、英桃・亮(竜却・e26826)は虹を連れてヒッポリュテへ躍りかかる。携えた鎌に煌めく絆の証を見せつけながら。
「大切なものなら、此処に。あんな子供を追い掛け回す器じゃ、どうせ奪う勇気もないだろうが──」
「オヤ、奪われたいのカ? ……嬉しいねェ!」
魔女の昂揚に、連城・最中(隠逸花・e01567)の視線が翳る。眠たげな瞳はしかし、人の深きに眠る思いを守る決意に満ちていた。
「……此処にいる皆の悲しみも、貴方には理解できないのでしょうね」
鋼の装甲から溢れ出した加護の光を受けたひとり、荒城・怜二(闇に染まる夢・e36861)は軽々と鎚を取り回す。
「人の心に付け込んで悪事を謀るとは、許せないな。さぁ、行くぞ柘榴!」
魔女が一撃を躱した先に、武装を鋭く輝かせて待ち構えるミミック。今はまだ楽しげな魔女の退路を断つように、棍に持ち変えたレオナルドが鋭い突きを押し込んでいく。
「僕達の心がお眼鏡に敵って何より。──口に合うかは保証しかねるけどね」
炯介の軽口が、脚に連れる星の流音に掻き消える。煌めく光が敵の目を眩ますうちに、朝希は癒しの力と共に、華やかな爆煙を戦線に咲かせていく。
「どの『大切』も、二度と戻らない物ばかりだったのに……守りたかったのに!」
失った人々の嘆きを映す声。澄んだ思いに、魔女は口の端を吊り上げる。
「アア、その悲しみダ──もっと悲しめ。ソレこそが我らの欠損を埋めるモノ!」
「お断りします。奪ったところで、貴方達にその感情が理解できる筈がない」
価値なき石すら特別にする、尊い思いを解さぬのなら。魔女の身体を内から壊す爆発と共に、最中は静かに言い放つ。
毛皮の纏いから獣爪へと力を伝わせ、魔女は踊るようにそれを振るった。
「……すごい圧。だけど、負けない」
庇われてなお肌に感じる力を、彼方へ通す気はない。押し返すように向けた掌で内なる爆発を引き起こし、シエラは亮に目配せをする。強かな一撃を和らげた朝希の護りに、亮は輝く鎖の軌跡でさらなる護りを重ねた。その傍らを、怜二の放った螺旋が冷気を纏い駆け抜ける。
この任が自分に果たせるのか。忍び寄る不安を振り払い、前を見る。──届かぬなら、逸れるなら、届くまで何度でも。その決意を叶えようとするかのように、流星が戦場に復帰する。
「待たせてすまない。さあ、守り切るぞ……!」
舞い降りるアンゼリカの喉に輝くものに、魔女の眼が留まった。隠すように手を添えた少女は微笑み、狙い定めた一撃を叩きつける。
「拠り所があることは、大きな力を生むのだ。無論、少年の大切なそれを壊させるわけにはいくまいよ!」
「ああ──そうだね」
炯介の鎚が吼える。逸れる気配もなく魔女を打ち倒した竜気に目を細め、瞬時に連ねる光線で縫い留めにかかる。
薄らと浮かべた笑みが、赦しはしないと告げていた。
●
悲劇への思いも、標的となり得る品々も。
示される『餌』は魔女の望みを刺激するが、ケルベロスたちのそれは容易く手の届くものではなく。
「──お前に触れさせはしない。大切な彼女との、光だ」
稲妻宿した亮の鎌が突き刺さる。怜二の放つ竜気の弾が魔女を掠めれば、柘榴のエクトプラズムがまたも死角に待ち受け、信に応える。
不意に、魔女の咆哮が空を震わせた。
「ワタシは──戦士ダ! この怨嗟の声に、オマエ達の叫びも連ねてやろウ!」
心惹くものらを振り切り、杖が選び示したのは回復の要。朝希へ向かった悲哀の叫びを、怜二が身を盾に防ぎ止める。
「く……っ」
「怜二さん! ──すぐに治します!」
多重の凍気を、朝希の放つ白雷の閃きが吹き飛ばす。衝撃と癒力とに命を引き留められた怜二が微笑めば、朝希も瞳だけで笑ってみせた。
「そんなにも愉しいか。これまでお前を止められなかった無力が、悲しみが……!」
「おっと」
心臓から噴き出した熱い炎が、吼えるレオナルドの姿を揺らめきの中に隠す。居合いの一閃が魔女を捉える間に、朝希は確信した。一度の術では拭いきれないほどの深い氷の呪い、
「──あれは、ジャマーです!」
「ああ、違いないね」
整ったかんばせに毒含む笑みを浮かべ、炯介は掌を握り込んだ。
魔女へ放たれる見えざる衝撃、痛みに見下ろす肌を消えない染みが侵食する。それはじわりと根を張って、癒えようとする力を拒む底深き呪い。
「お裾分け。さあ──君も怨嗟を聞いておいで」
仲間の術に魔女の気が逸れた隙に、亮は垂直に降る虹で、朝希から自分へと狙いを引き戻そうとする。
「二兎を追えば全てを逃すぞ、貪欲な魔女」
「ハハ、このワタシに忠告とはナ!」
「ああ、君のように手段を選ばぬ卑怯者ではないからな。──仲間への一撃、私からお返ししよう!」
アンゼリカの幼い瞳が、駆け抜ける光線を映して輝く。先刻は与えられた氷が、今度は魔女を縛りつける。
足止めの術は充分、炯介の呪術も少なからず回復に響く筈だ。ならば、とシエラは右腕に熱を集める。友を守った誇りは地獄の炎に赤く染まり、獣の如き獰猛なかたちをとった。
「失くした物への思いが深ければ深いほど、遺された人達の傷は、悲しみは、深く重くなる。──それだけのことを、君は」
いつまで続けるつもりなのか。苛烈な一撃が連れた問いかけに、魔女は恐ろしく純粋に笑った。
「無論、このモザイクが消えるまでダ!」
返る言葉が、優しい仲間をまた傷つけた。捧げ持つ刀を鞘から引き抜き、輝く刀身に心を添わせながら最中はぽつり、呟く。
「……だから、嫌いだ」
悲しみは触れた誰かに伝播して、止まるところを知らない。優しく柔い心ばかりを傷つけ、押し潰して憚らない。だから、嫌いだ。
他者の痛みに心痛める自身のことは省みない。自覚ない優しさを治癒の力に変え、最中は刀を振るった。
「──導け、星影」
星の飛沫が仲間を導く。迷い路を切り開く輝きに、怜二は再び力満ちた掌を握り締めた。
「何度でも……何度でも、届くまで! 飛べ、螺旋氷縛波!」
柘榴の散らした黄金の輝きの中を、駆け抜ける術の波。ぱきぱきと凍り広がる氷の戒めを解こうとモザイクに触れた魔女は、おやと目を見開いた。
炯介が笑う。──魔女の回復は成らない。
好機を喜びながらも、朝希は苦い思いを抱いていた。迷いのない魔女の答えが頭から離れない。
「貴女は……まだ足りないんですね。癒え難い喪失を、あんなにも積み上げておいて」
けれど、少年はその苦みを強さに変えてここまで来た。相容れないのならもう、躊躇いはしない。
終局への加速を誘う爆煙が、朝希自身の、そして攻撃を担う狙撃手たちの追い風となる。
掲げる切っ先に澄み空の魔力をひと雫貰い受け、最中は一瞬で距離を詰めた。戒めを殖やす一閃に、心の全てを預けて。
「──此処で終わらせる」
これまで流れた涙、嘆き、怒り。その全てに報いる為に。
●
「──ッ! やるじゃないカ……!」
冷たく冴えた光線が魔女を射抜く。ライフルを放り出し、アンゼリカは小さな足に光を灯す。
「お褒め頂き光栄だ。だが、その余裕は仕舞っておくといい」
その蹴撃は大地から噴き上がる星。連撃に身を反らした魔女の頭上に、シエラの光り輝く斧が降り落ちる。
「な──」
「仇を討つって、約束したんだ」
砕け落ちる頭飾り。こめかみに流れる血に構わず、魔女は紡ぐ嘆きを解き放った。冷えきった一撃がシエラに届くより僅かに速く、亮がそれを受け止める。
「ハ……愉しいナ! 悲しんで尚、オマエ達は強い!」
消耗してなお昂る魔女の指先が、封じられた治癒を求めてモザイクを探る。炯介は猛々しい微笑で迎え撃つ。
「埋まらない欠損を抱える身には同情しないでもない。でもね」
思いの伴わぬ、冷えた言葉は魔女へ。奪われたものを思えば、その声は静かに燃える怒りを帯び、力に変わる。
「人の大切な物を壊して喜ぶお前らは、ただのゲス野郎だ」
冴えた光線に穿たれた胴から、力が溢れ落ちる。癒しを得られぬ魔女に対し、レオナルドが高めた気を、朝希が白雷の癒術を怜二へ注ぐ。幾度に渡り仲間を庇い抜いた彼には、この場では癒せぬ傷も嵩んでいた。
「その欠落はもう、一片だって埋めさせない。心は自ら知るものだ。──貴女に譲れる心なんて、この世界にはありません!」
「ああ、悲しみは晴らすものだ。連鎖は、ここで終わらせる」
奔る紫電は一転、魔女へ。亮の雷刃が追い詰めた魔女のもとへ、アンゼリカは光の剣を携え飛び込んだ。
「悲しみは──……この一刀で、断ち切ろうッ!」
紡ぐ力は地水火風。使い手の背を超え屹立した騎士剣は、捉えられぬ速度で傷を増やしていく。削り取られる気力を取り戻そうと魔女が伸ばした杖は、
「……──寄越セ!」
「荒城さ……」
最も傷深い者を巧みに狙い撃つ。駆け寄る仲間を、膝をついた怜二は首を振って制した。
「教えてやってくれ……、そんなやり方で悲しみを知ることなどできないと」
これは彼の健闘の結果。それを知る仲間たちは悔やまない。素早く怜二を後方へ引き退げた朝希、その眼差しを拾い、シエラはもう一度左腕を過熱させる。
目の前で溢れた涙を、シエラはまだ覚えている。それは醜い気持ちではないと慰めた、その信念を一撃に宿して、
「知って逝くといい。これは私の……そして、これまでの皆の痛みだよ。癒えない傷はもう、生ませない」
獣の腕が胸に突き刺さる。心なき心を探るように握り込む掌に、最中の冴えた一閃が連なる。
「その痛み──その重み、確と受け止めろ」
瞳の奥にちらと一瞬、緑の炎が燃えた。表に現れぬもの、心の奥深く仕舞い込んだ悲しみの重力を刃に乗せて。
そして、続くのはレオナルド。
認めるしかない敵への恐怖と、理不尽な痛みを許さぬ正義感。拮抗する二つの心は強さを紡ぎ、彼の震えを止めた。
痛みを知り、恐怖を知るからこそ強く、優しく在れる。その心細さを自覚して、ケルベロスは猛く力を振るうのだ。
「俺はお前達が恐くて、怖くて……仕方がない。……だけどそれ以上に、これ以上悲しむ人を見る方が──恐い!!」
陽炎の中から現れた斬撃を、躱す力はとうになく。モザイクに包まれながら、魔女は最期まで愉快げに笑った。
「ワタシの望みは……悲しみは、最後マデワカラなかったナ。だが、アア……コノ戦いが、オワルのは少しダケ──」
その声も、姿も、塵となって消えていく。
「あぁ──……やられてしまったのかヒッポリュテ」
片割れを失ったディオメデスの、それでも怒りを帯びない声が届く。そう、まだ完遂してはいないのだ。
「──行こう」
感慨に浸るのは、全てを終えてから。シエラの声に頷くが早いか、ケルベロスたちは第八の魔女のもとへ素早く身を翻す。
「援護します。もう一息……頑張りましょう!」
咆哮とともに膨れ上がった気力を束ね、レオナルドはコンスタンツァ・キルシェへ撃ち出した。回復の力が仲間と一つになると、破壊者の威力を乗せたシエラの斧が天頂からディオメデスに襲いかかる。
「最期は、貴方がたの手で」
「ええ、最後まで支えます……!」
最中の体から浮かび上がる光の粒子が、苛烈な戦いを耐え抜いた前衛へ癒しを届ける。それに連なる朝希の雷撃は、エヴァンジェリン・エトワールの気力を手荒くも強かに呼び覚ました。
冷えきった超重の一撃で時を止めんとする炯介、その軽やかな視線に目を細め、アンゼリカは目にも止まらぬ蹴撃を連ねる。
亮は絞り出した気力の塊をラハティエル・マッケンゼンへ。
「あと──少し」
激しい戦いに身を削る仲間を見れば、回復を紡ぐ。僅かなりと力になるならと、攻撃を重ねる。
そうして彼らの見守る中で、最期の時は訪れた。
次々と喰らいつくケルベロスの牙が、魔女の息の根を止める。
「ははは、まいったねぇ。命が失われるというのに怒りが沸いてこないなんて──」
塵と化した魔女を、風がさらりと運んでいく。
──短くも長い沈黙を、口々に叫ぶ快哉が晴らしていく。魔女たちの生んだ多くの悲劇に、新たな一幕が続けられることはもう、二度とないのだと。
「──皆で、迎えに行きましょうか」
朝希の誘いに、誰をと問う者も、否を唱える者もない。
ケルベロス達は晴れやかに凱旋する。彼らを案じる少年の、まだ見ぬ笑顔に会うために。
作者:五月町 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月2日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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