天上の音色

■リプレイ

●接敵
　夜の街に降下したケルベロス達は、現場へと道を駆けていた。
　既に遠方には、巨躯の影が見え始めている。皆は道々の市民へも避難を呼びかけつつ、そこへと急いでいた。
　夜殻・睡（氷葬・e14891）はふと、敵の情報を思い出すように、口を開く。
「それにしても……グラスって飲み物飲むやつ？　あれで音って出るんだなー」
「実際に聞くことができれば、美しい音色だったろうな」
　そう応えるのは戒業・誠至（地球人の鎧装騎兵・e40810）。一瞬だけ、その音色を想像するように目を伏せていた。
　しかしすぐに、視線をまっすぐに。髪を結んで、気持ちを戦闘へ切り替えている。
「心苦しいが、これ以上の犠牲を出す前に我々で止めねばならんな」
「そうですね……。一般市民に手を出させるわけにはいきませんから」
　東雲・凛（角なしの龍忍者・e10112）もまた、おおらかな表情ながら、しっかりと戦意を携えていた。
　敵影が近づけば、翼で一層風を掃き、距離を詰めていく。
「……参ります！」

　エインヘリアルは丁度、人々の前に現れたところだった。
　市民は、俄に騒乱を起し始める。だが、逃げる猶予もなく。剣を振り上げる巨躯の、されるがままになろうとしていた。
　だが、次の瞬間。殺戮は起こらず、強烈な衝撃にエインヘリアルの腕が弾き上げられた。
「よう、出来損ない。テメェに恨みはねぇが、此処で潰させてもらうぜ」
　それは、人々の間から駆け込んできた鬼島・大介（百鬼衆の首魁・e22433）。出会い頭に一撃、鉄パイプでの強力な攻撃を放っていたのだった。
　エインヘリアルは、腕を押さえて下がる。
「何だ、君は……」
「ケルベロスです。人々を、手にかけさせはしませんよ」
　次いで、巨躯の横合いから声が響いた。シルフォード・フレスヴェルグ（風の刀剣士・e14924）が疾駆し、肉迫していたのだ。
　シルフォードはそのまま、獣化させた腕で、風のような鋭い殴打。巨躯の体勢を崩させるとともに、自身は人々の盾として立ちはだかっていた。
　エインヘリアルは小さく声を漏らす。
「ケルベロス……」
「そういうことだ。恨むなら、生まれ変わった自分のことを恨むんだな」
　大介は、そんな声を投げてみせる。
　エインヘリアルは目を細めて、首を振った。
「恨む？　馬鹿なことを。今の姿になって、恨むものなどありはしないよ」
「あら、そう？　随分な皮肉だと思うけれど──？」
　ふと、その背後から、夜が形を取ったような、つややかな声が響く。
　それは、ニーナ・トゥリナーツァチ（追憶の死神・e01156）。『陽炎に揺らぐ死神の舞踏会』の力で上方に転移すると同時、死神の鎌で深々と裂傷を刻んでいた。
　音もなく着地するニーナは、憐れむようでも、興味薄でもあるような声を続ける。
「だって、雑音が嫌いな貴方自身が、何よりも雑音に成っているのだから」
「……何だと」
　エインヘリアルは、怒りを浮かべる。すると、ニーナは誘い込むように下がり、そのままエインヘリアルを開けた場へ誘導し始めた。
「さて特別公演だ、せいぜい派手にやるか！」
　と、この間に、アルメイア・ナイトウィンド（星空の奏者・e01610）はギターを掻き鳴らしている。
　拡散するのはフェスティバルオーラ。ヘビーメタルを響かせながら、周囲の人々へ呼びかけていた。
「ここは私達が引き受ける！　すぐにここを離れろ！」
　激しい音楽と声に、人々は退避を始めていく。
　そこへニーナの殺界も手伝い、人波が引いていくのに時間はかからなかった。
　逃げる人々に、エインヘリアルは思わず視線を走らせようとする。が、それすら許さず、上半身に強烈な剣閃が奔る。
　跳躍した睡が、斬霊刀・雨燕を抜刀。燐光を煌めかせながら、冷気を伴った一刀を放っていたのだ。
「鬼さんこちら、ってな」
「く……」
　その攻撃に、エインヘリアルは顔を歪めつつも、向き直らざるをえない。
　するとそこへ、アルメイアが冷気の音波を放ち、山田・太郎（が眠たそうにこちらをみている・e10100）もオーラを纏った剣撃を畳み掛けていく。
　生まれた間隙に、誠至は『ノイズ・マントラー』。三鈷剣である“不動の鈍剣”を駆動させ、そのモーター音と輪唱するようにマントラを唱えていた。
「遍満する金剛部諸尊に礼し奉る。暴悪なる大忿怒尊よ。砕破したまえ。忿怒したまえ。害障を破摧したまえ──」
　生まれる波動は、前衛に破剣の力を付与。仲間の戦闘態勢を整えさせていた。
　エインヘリアルは剣を握り直し反撃を狙っている。が、そこへ空から旋風が襲った。
「させませんよ」
　それは、飛翔してくる凛の放った、螺旋手裏剣・改四式、そして螺旋手裏剣・改五式。
　風を巻き込んだそれが、まるで竜巻を起こすように。轟音を伴って巨体を宙へ煽り、地面に叩きつけていた。

●剣戟
　エインヘリアルは、微かによろめいて起き上がる。
　既に、周囲にひと気はなく。場所も、学校の広いグラウンドへと誘い込まれた状態だった。
「作戦にはまった、ってことか」
　一度冷静になったように、巨躯は状況を鑑みて口を開いている。
「これがケルベロスの戦い方か。下手をすれば、確かに僕も死んでしまうんだろう」
「……こちらは、そのつもりです。人間だったあなたには、申し訳ないですけど……」
　凛がそんな風に返すと、アルメイアも軍帽をかぶり直し、巨体を見据えた。
「安心しな、全力でやってやる。音楽屋のよしみだ、お前の音は、汚させねえで終わらせてやるよ」
「……汚れなんてしないさ、僕の音は」
　エインヘリアルはそれに反抗するように、剣に力を込める。そして再びこちらへと走り込んできた。
「この力を、この体を活かして、もっといい音を奏でられると信じているからね──！」
「そんなに音が好きなら、聞かせてやるよ」
　と、その頭上に声とともに影がかかった。
　先んじて跳躍していた大介が、宙で大戦斧“WORLD BREAKER”を振り上げていたのだ。
「──テメェの骨が砕ける音をなぁ！！」
　瞬間、一撃。巨大なシルエットによる剛烈な振り下ろしで、脳天へ強打を喰らわせた。
　唸るエインヘリアルは、剣を振り抜いて反撃しようとする。が、睡もそこへ雨燕を振るい、刃同士を打ち合わせて鍔迫り合いを演じた。
「膂力は、さすがって感じだな」
　刃から薄青色の光を零しながら、睡は巨躯と一対一で向かい合う。
　その表情は淡々と、口調はそっけなく。しかし攻撃は油断なく、一瞬の隙に敵の刃を弾くと、懐へ入って掌底を叩き込んでいた。
　エインヘリアルは、一歩下がると、大介に狙いをつけて剣撃を放つ。が、その一撃は、素早く滑り込んだシルフォードが、腕で受けきっていた。
「……大丈夫、護ります」
「回復は任せろ」
　直後には、アルメイアがギターを響かせ、癒しの音場を生成。ラフに着崩した軍服を風になびかせながら、シルフォードの体力を癒していた。
「ありがとうございます」
　シルフォードは口元を引き結びつつも、心強さを感じてか、尻尾は少し揺らせつつ。妖刀【黒風】に風の霊力を篭めて、無数の剣撃で敵に傷を刻んでいった。
　血を散らせたエインヘリアルに、太郎も打撃を加え追撃。よろめいたところへ、凛も風を裂いて滑空してきていた。
　瞬間、凛は強烈なブレス攻撃。巨躯を炎で包み込んでいる。
「今です、連撃を」
「ああ、任せてもらおう」
　それに応えて地を蹴っているのは誠至だ。
　再び不動の鈍剣を駆動させると、その地鳴りのような音とともに、肉迫。突撃しながらの回転攻撃で、巨体の足を切り裂いてバランスを崩させていた。
　呻いて膝をつくエインヘリアル。剣を支えに、何とかバランスを保っていた。
「くそ……」
　漏れるのは毒づく言葉。
「万全なら、君達みたいなものに苦戦なんて……」
「──あぁ、雑音混じりの汚い音」
　と、ニーナはそっと声を落とす。それは敵の音にも、存在そのものにも言った言葉だった。
　瞬間、ニーナは黒衣を翻し、跳び上がる。
「きっとその魂も、音のように濁っているのでしょうね」
　それにはどこか、興味があると言わんばかりに。ニーナは赤い瞳を僅かにだけ細め、鎌を投擲。苛烈にすぎる斬撃で、エインヘリアルの胸部を切り裂いた。

●音
　倒れ込んだエインヘリアルは、血を吐きつつも、起き上がる。
　こちらの実力を感じてか、その表情と声は、恨みがましいようでもあった。
「全く、人間だったとか何とか言っておきながら、容赦がないね……」
「そりゃあ、この状況で同情や哀情なんて、家畜の餌にもなりゃしねぇからな」
　と、大介は肩をすくめて言葉を返している。
「元がどうであれ、害する存在なら死んでしかるべきだろ」
「……言ってくれるじゃないか」
　エインヘリアルは歯噛みして怒りを含むと、剣を強く握り締めた。
「こっちだって、簡単に死ぬつもりはない。選ばれたからには、町ごと壊滅させてやるさ」
「──いいえ。ここを殺戮の場になどさせはしません」
　と、断然と口を開いたのはシルフォードだった。
　瞬間、腕に陽炎が滲むほどのグラビティを湛え、疾駆。
　誰一人犠牲者を出させはしないという、その誓いを体現するように。意志を込めた強烈な拳を、巨躯の腹に打ち込んでいた。
「ですから、ここで必ず倒させていただきます」
「ああ、せめてその手が血で汚れる前に──終わらせよう」
　声を継ぐ誠至は、肩から指先までを覆う縛霊手“マユーリ・ハンド”へグラビティを集中していた。
　同時、銀色の中にある目玉の模様を青く光らせると、光弾を発射。大音を上げて巨躯にダメージを与えている。
　連続して太郎が切り込むと、エインヘリアルは反撃に、前衛へ衝撃波を放ってきた。
　が、そこへはアルメイアがブラッドスターを演奏。激しくもメロディアスな音楽を響かせて、傷を回復させている。
「こんなもんだろ！　攻撃は任せるぞ！」
「ああ、出来る限りの一発をくれてやるさ。鬼の拳でな！」
　応える大介は鬼の力を瞬間的に覚醒。剛力の『鬼拳』で、巨躯の顔面を打ち据えていた。
　のけぞるエインヘリアルは、それでも踏みとどまり、反撃を試みる。が、振り上げた腕を、凛の手裏剣が貫いていた。
「人々だけじゃなく。仲間だって傷つけさせはしませんよ」
「く──」
　血潮を零し、腕を押さえるエインヘリアル。間断を作らず、凛は手裏剣を畳み掛け、再び竜巻を生み出している。
　それに耐えられず巨体がよろめくと、ニーナは大鎚をくるりと回し、手に取っていた。
　瞬間、そこから闇色の衝撃弾を放ち、巨躯の足を払って転倒させている。
「あら、大きさの割に、足元も覚束ないのね」
「……この、程度」
　小首をかしげてみせるニーナに、エインヘリアルは、起き上がって剣を薙ごうとする。
　だがその剣撃を、睡が正面から弾き返していた。
「そう何度も、やらせないさ」
　返す刀で、睡はさらに距離を詰め、冷気と重力から新たな氷の刃を作り出していた。
「時長らくにして伝えず、五家伝を以て曰く、一刀にてまことに断ち切るべしは身に非ず。刀とは魂魄切り伏すもの也。しからば一刀、馳走し候──」
　それは、『抜かば魂斬る氷織の刃』。
　単分子レベルの鋭さを持つその一刀は、視認すら困難なほどに薄く、苛烈。腹部を切り裂き、余波で巨体を吹っ飛ばしていた。

●決着
　エインヘリアルはゆらりと起き上がると、剣から音を響かせて自己回復を図っていた。
「……まだだ。僕の剣の音色を、響かせれば……」
「いや、それも、打ち砕ける」
　と、そこへ睡が、言いながら踏み込んでいる。雨燕に濃密なグラビティを篭めると、そのまま袈裟に切り込むことで、光を散らすように巨躯の魔的防護を砕いていた。
　よろめいたエインヘリアルへ、ニーナは再び『陽炎に揺らぐ死神の舞踏会』。その座標転移呪術の力で、敵の巨剣を敵自身に突き刺していた。
「あら、やっぱり雑音だったようね。──今の貴方自身が不協和音そのものだから、道理でしょうけれど」
「がっ……！」
　膝をついて血だまりを作るエインヘリアル。それでも、戦意だけはなくならないのか、自ら剣を引き抜くと狂乱するように走り込んできた。
　だが、放たれる乱打を、誠至は白い勾玉から顕現させた光の障壁“金剛石璽”でいなしつつ懐へ。勢いのままに、不動の鈍剣で斬撃の嵐を加えていく。
「こうなれば、後は畳み掛けるのみだな」
「ええ、私も続きます」
　誠至に続いて、シルフォードも肉迫してきている。刹那、妖刀を振り抜き、鮮烈な斬撃で巨躯の片腕を切り落とした。
「まだ、体力は残っているようです。このまま連撃を」
「了解っと」
　応えて、アルメイアは『Dragoner Angriff』。ギターを掻き鳴らし、不可視の竜騎兵達を出現させ、突撃させていた。
「さあ、蹄の音を聞け！　蹂躙しろ、竜騎兵連隊――ッ！！」
　音とともに、衝撃の洪水が巨躯を飲み込む。
　豪風に煽られたようにエインヘリアルが転倒すると、大介はそこへ跳んで、戦斧を振り上げる。
「じゃ、そろそろ終りにしようや」
「まだ、だ……」
　満身創痍の巨躯は、最後まで抵抗しようと、暴れるように剣を振り回す。だがそれで大介を振り払うことはできず、強烈な斬撃を頭に喰らった。
　同時、凛は遥かな空から、まっすぐに滑空して『剛悍螺旋斬』。
「この一撃で……沈め！！」
　それは、螺旋の力を纏った渾身の一撃。風を裂く手裏剣は、エインヘリアルの体までもを斬り、貫き、四散させた。

　エインヘリアルは霧散するように消滅していく。
　ニーナはそこに、くすんだ水晶のような、鈍い煌めきを見つけて、口に含んで噛み砕いた。
「……人のまま死ねればとても綺麗で、とても美味しかったでしょうに、ね。──残念だわ」
　その声が響く頃には、巨躯は跡形もなく。最後まで残っていた硝子の剣も風に溶けてなくなった。
「硝子の剣、か。……んー、綺麗だったけど、俺は雨燕の方が好きかな」
　睡は言うと雨燕を納刀し、戦闘態勢を解いていた。
　それを機に、皆は周囲の修復を行った。
　ひと通り作業を終えると、シルフォードは見回す。
「これで街も、平和に戻りましたね」
「ええ、周囲にも被害はありませんでしたし、作戦は成功でしょう」
　空から状況確認していた凛も、降り立って報告する。
「じゃ、帰るかね」
　大介は言うと、タバコを咥えながら夜の街に消えていった。
　皆も三々五々、散開する。
　誠至は暫し、デウスエクスとなって散っていった青年に、黙祷を捧げた。
「願わくば、彼が空の上でも美しい音色を奏でられるように祈ろう──」
　短な静寂の後。街に人も戻り始めて、賑やかさが帰ってくる。
　アルメイアも帰路につくために歩きだしつつ。一度だけ、戦闘痕も残らないそこに振り返った。
「あとは地獄で、好きに続けな。あばよ」
　それきり、振り返ることはなく。その場を立ち去っていった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年12月5日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。