流転の風

■リプレイ

●対峙
　深い木々の中に、ケルベロス達は踏み入っていた。
「躰道、か。寡聞にして知らなんだが……興味深いものだな」
　歩きながら、トープ・ナイトウォーカー（影操る戦乙女・e24652）はタブレットを見ている。動画で躰道について予習しているのだ。
「変幻自在の運足八法と、空中回転を組み込んだ三次元の攻防を得意とする武術、だったな」
　そう返すのはムギ・マキシマム（赤鬼・e01182）。表情には、期待が滲んでいるようでもある。
「少し不謹慎だが、こういう格闘技の使い手との戦いってのは少し楽しみだぜい」
「何にしても、独自か既存かは問わず、武術であれば見境はないらしいな。幻武極とやらは」
　トープは、過去の傾向にも思考を巡らせて言った。
　リサ・ギャラッハ（銀月・e18759）は少しだけ眉尻を下げて頷く。
「最近、多いですからね。幻武極の事件……。私は正直な所、こういう相手は苦手なんですけれど……」
「俺は苦手というよりは、許せない、かな」
　と、口を開くのはクーゼ・ヴァリアス（竜狩り・e08881）。
「武を持つものからその力だけを抜き取るだなんて──そんな行為はね」
　声音はのんびりとしているが、その目は酷く冷めていた。
　内在するのは、身を焦がすような怒り。１人の人間が培った武を掠め取り、悪用する。それがクーゼには、耐え難いことだった。
　皆はそれに頷きながら、捜索に入る。
　既に場所は予知の現場近く。程なく、木々の間を歩く、１体の影を見つけたのだった。
　それは道着姿の武術家の容貌をした、ドリームイーター。
　ケルベロス達は頷き合って、すぐに接近した。すると相手もまた此方に気づき、目を向ける。
『……何者だ』
「ケルベロスさ。お前は武術に自信があるんだろう」
　警戒する敵へ、ムギは正面から、拳を握り締めてみせていた。
「俺の筋肉格闘術とどちらが上か、勝負しようじゃないか」
『ほう。戦いを求めるか』
「ああ。力を誇示したいのなら無辜の民より相応しい相手がいるということだ」
　アイン・オルキス（誇りの帆を上げて・e00841）も、声を継ぐ。その表情は静かに、同時に鋭く。ガントレット・極光一夜を構えてみせていた。
「さぁ、相手をしてやる」
『……面白い。俺の武術を受けるなら、命を賭すことになるぞ』
「だからその力、試してやるのさ」
　そう好戦的に言うのは、ラルバ・ライフェン（太陽のカケラ・e36610）。同時に手にした爆破スイッチを起動させ、虹色の光を拡散。仲間の力を増幅させていた。
「ほら──お前のカッコイイ武術、存分に見せてみろよ！」
『いいだろう……！』
　ドリームイーターも、それを開戦の合図に、踏み込んでくる。
　と、それに先んじて、リサはオウガ粒子を拡散。前衛の知覚力を高めていた。
　同時にエリザベート・アレキサンダー（自称天空の覇者・e34605）も、宝杖『Etoile de primordial』に輝く魔力を収束させている。
「まずは、態勢を整えさせてもらうわよ──！」
　魔力は美しく輝く雷光となり、壁として展開。前衛の防備を固めていた。
「あとは、攻撃を頼むわ！」
「ああ。一対多の形ではあるが……お手合わせ願おう」
　応えて敵へ肉迫するのはトープ。低空を翔けながら、パイルバンカー・ホーネットで強烈な打突を打ち込んだ。
　同時、クーゼは体を翻して薙ぎ払いを放ち、アインとムギも連続して回し蹴りを喰らわせる。
　後退したドリームイーターは、それでもすぐに走り込んでくる。が、そこへ攻撃に移るものがいた。
　それは『星の瞬き』を行使する、ラティエル・シュルツ（星詠みの蒼きリコリス・e15745）。
「それじゃあ、いくよー」
　目を閉じて願いを篭めると、顕れるのは輝く流れ星。
　それを高速で落下させると、閃く光で体を縛るように、敵の動きを鈍らせていた。

●闘争
　ドリームイーターは唸りを上げて、一度飛び退いていた。
『成る程、かなりの使い手だな』
　傷を押さえつつも、その表情は愉しげに。改めて戦闘態勢を取っていた。
『小手調べはここまで。躰道の真髄を、見せてやる』
「やっと本気出すってか。修行になりそうで楽しみ……って言ってる場合じゃなさそうか？」
　ラルバが警戒を浮かべると、しかしムギは笑んで言葉を返す。
「ま、楽しんで、勝てば問題ねぇだろ」
　そうして、自らの拳を打ち合わせ、敵へと疾駆した。
「さあ、行くぜい。鍛え抜かれた筋肉による格闘術の真価を、見せてやるぜ──！」
　すると、敵は側方の宙返りで横を取り、打突を試みる。
　ムギは素早くいなしてみせるが、敵も深追いせず後方に舞い、再び間合いを取っていた。
　その間、一瞬。トープは僅かに目を見張っているようでもある。
「流れるような技と体捌き。これが躰道か」
「なら、目には目を歯には歯を、躰道には躰道を、ってな。別に武術はお前だけの専売特許じゃねえんだよ！」
　言ったムギは、自らも運足八法。敵に劣らぬ素早い踏み込みから、地獄を拳に纏わせた一撃、『筋肉弾丸』を喰らわせた。
　間隙ができると、トープも光の粒子と化して突撃。強烈な衝撃で敵を地に転がせる。
　次いで、リサは目を閉じ、森へ声を響かせていた。
「クラン。オークの樹にして森の王たるもの。私に力を貸してください」
　すると、木々の間から大きな影が現れる。
　それは『Crann』。悠然とした、どこか神々しい、白のヘラジカだった。
　同時にそれは、目だけを爛々と赤く光らせ、剛暴な印象も同居させている。
「さあ、フィオナも一緒に、攻撃をお願い」
　リサの声に、テレビウムのフィオナも応えると、クランに飛び乗る。
　そのまま二者は、突進。クランの勇壮な大角とともに、フィオナのフラッシュ攻撃も命中していた。
　ドリームイーターはフィオナへ反撃の掌底を打つ。が、それには、素早くエリザベートが回復行動に移っていた。
「安心しなさい。すぐにそんな傷、消し去ってみせるわ！」
　言葉通り、オーラから治癒の力を生成すると、それを宝杖から放出。眩い光としてフィオナへ注ぐことで、傷を塞いでいた。
「うん、こんなものかしらねぇ」
『小癪なことを！』
　ドリームイーターは、再びの攻撃を狙う。だがそこに、風を切ってクーゼが肉迫していた。
「おっと、君の相手はこの俺だ。──それとも、俺すら殺せない奴が、武の真髄なんてものを語るのか？」
『……愚問を！』
　クーゼの挑発を正面から受けるように、ドリームイーターは跳躍してくる。
　だがクーゼは空を舞い翻弄。同時に『四の型　ー止空閃ー』を放っていた。
「轟き、雷鳴、打ち払えッ！　九重流双剣術四の型、止空閃ッ！！」
　それは落雷の如き、飛翔する斬撃。神速で襲ったその一刀が、一時ドリームイーターの行動を奪う。
　そこへ、ラルバは御業を解き放ち、ドリームイーターを縛り上げた。
「よっしゃ、今だ！　頼むぜ！」
「うん。確実に、決めさせてもらうね」
　と、ラルバへ返すのはラティエルだ。
　その面持ちからは、平素のふわりとした空気が、鳴りを潜めたように。
　冷徹な精神から確実に攻撃部位を見定め、直剣・ナヴィガトリアで、一閃。強烈な剣撃でドリームイーターの腹部を切り裂いていた。
「では、連撃といかせてもらおうか」
　血を零して下がるドリームイーターへ、アインも高速で接近している。
　極光一夜で繰り出すのは、刺突の如き拳の一撃。元より徒手空拳に秀でたアインの拳撃は鋭く、重く。気脈を断ち、受け身も取らせずに、ドリームイーターを吹っ飛ばしていた。

●力
　ふらふらと立ち上がるドリームイーター。
　苦悶の交じるその表情は、しかし愉快げでもある。
『お前達の武術も、相当なものだな』
　それからケルベロス達に目を向ける。
『お前達もまた、万人に最強の武術を見せてやろうとしているのか』
「勘違いするなよな」
　と、ラルバは声を返す。
「武術を極めたい気持ちは、わかるぜ。オレも強くなりたいしな。でも、人を傷つけるためにその武術を使うなら全力で止めるってだけだ」
　ラルバは師に降魔の術を教わった時のことを思っていた。人々の笑顔を護るために力を使うように、という言葉を。
　だからこそ、武術を一方的な破壊に悪用することには、嫌悪さえ覚える。
『……他者に使ってこその力ではないか』
　ドリームイーターは反抗するように言った。
『その素晴らしさを教えてやっているのだ。お前達にもわかるだろう。人間では到達できぬ力、技。その美しさが』
「……まぁ、人が武を磨いても、デウスエクスやケルベロスに届かないのは事実かもねぇ」
　エリザベートはそんな風に言ってみせる。
　だがすぐに、杖を突きつけた。
「だからと言って。その努力をデウスエクスの糧にしていいわけじゃない。そんなこと、この天空の覇者が許さないわ！」
『……ならば、倒すまでだ』
　ドリームイーターは俄に怒りを浮かべ、跳躍してくる。
　だが回転を伴ったその動きを、クーゼは旋回して避けていた。
「綺麗な動きだ。これにどれだけの心血が注がれたのかは分からない……だからこそ、決して、利用されて良いものじゃあなかったはずだ！」
「そうだよ。それに……いくら技術が高まったって、なんのために戦うかを見失った拳なんか、通用しないんだから！」
　ラティエルが言葉を継ぐと、ドリームイーターは反抗するように声を張った。
『だったら、お前達は何のために戦うのだ』
「守りたいものを守るために、だよ」
　ラティエルの応えは淀みなく。瞬間、再び空から流星を降らせていた。
　深いダメージにドリームイーターが後退すると、クーゼも斬霊刀“宵月 -離天-”を縦横に奔らせ斬撃を加える。
　ドリームイーターも、連撃を放って前衛に広くダメージを与えてきた。
　が、そこへはエリザベートがオーロラ光を放ち回復。同時に、ラルバも『降護・聖龍鱗』を行使していた。
「厄を呼ぶ力、今ここに生まれ変われ。聖なる龍の鱗の如く、厄を退く力となれ！」
　それは、過去に喰らったデウスエクスの『再生の力』を放出する力。聖なる龍の如き光を仲間に与え、治癒を進めていた。
　次いで、クーゼのボクスドラゴン、シュバルツも影の如き属性の力を生み、トープを回復。前衛の治癒を完全にした。
「よくやったぞ、シュバルツ」
「支援に感謝する。反撃に移らせてもらおうか」
　トープはクーゼに声を返すと、滑空するように肉迫。重力も威力に変えるように、ペネトレイターでドリームイーターの肩を穿った。
「さあ、連撃を」
「わかりました。できるだけ、やってみます」
　リサも応えて、オウガメタル“Dunphort airgid”から蒼の波動を放射。クランもけしかけて連撃を加え、敵の体力を削っていく。
　ドリームイーターは退かず攻撃を狙ってきた。が、繰り出される打突を、アインは拳でいなし、蹴りで逸らす。
「遅いな。こちらとて、その程度でやられはしない」
　そのまま隙が出来れば懐へ踏み込み、拳に降魔の力を収束。痛烈な打撃を加えた。
　よろめくドリームイーターは、一度飛び退こうとする。だがムギは、自らの筋力でその上を跳び、聖なる左手で敵を掴む。
「風の如き武術だろうと、こうして筋肉で抑えれば逃げられまい。──知るがいい、この拳は流転の風さえも穿つとな！」
　そのまま着地と同時に体を引き寄せると、闇の右手による正拳突き。骨を砕かんばかりの衝撃で、ドリームイーターを地に叩き付けた。

●決着
　血を吐きながら、這い上がるドリームイーター。その意識は既に明滅としているようでもあった。
『俺は負けぬ……俺は強いのだ……』
「確かに強かった。それ故に惜しい。……それでも、武の真髄を語るものに、心がないのは見ていられないから。──終わりにしよう。この悲しき武を」
　クーゼは静かに言うと、再び止空閃で斬撃を与えていく。
　それを合図に、ラティエルも剣撃を加え、ラルバとムギはタイミングを合わせた拳で追い込んでいく。
　ドリームイーターはそれでも退かず、打突をリサに放った。
「あっ……！」
　格闘が不得手のリサは、至近で反応が出来ない。そのまま避けることも叶わず、拳に腹を貫かれて、木に激突させられた。
「あ、あわわ……と、とにかく回復っ！」
　舞う血潮に、エリザベートは少し素が出たように混乱。だがすぐに『失われし星の秘術-輪廻転生-』を唱えていた。
「星は天球を廻り命は万有を廻る。願わくばこの命正しき流転に舞い戻り給え。星の記憶に今この旋律を刻む──Reincarnation！」
　その力は体内のグラビティチェインを増幅させ、リサを癒していく。
　難を逃れれば、トープは敵へ『霊子燐光剣』。非実体の剣で精神を切り刻み、満身創痍にしていた。
「これでそろそろ、終りだな」
「ああ」
　応えるアインも、『オルキス・バースト』を繰り出していた。
「弾けろ」
　それは、腕部の機能を解放させた、熾烈な手刀。
　命中と同時に雷撃が襲えば、弾ける力は花火のように鮮やかに。ドリームイーターを消滅させ、跡形も残さなかった。

　ムギは残心を取り、敵が完全に消え去ると、一礼していた。
「──凄まじい身のこなしだったが、俺に勝つには筋肉が足りなかったな」
「よーし！　完全勝利！　皆、お疲れ様だ！」
　クーゼは明るく言うと、スーツを翻し、軽く振るった刀を鞘に収める。
　皆も息をつくと、それから青年の元へ赴き、介抱した。
　青年は怪我もなく無事だ。皆が事情を説明すると、丁寧な礼も述べていた。それから、一層の精進に励みますと反省も口にする。
　その真っ直ぐな瞳に、ラティエルは気になっていた事を尋ねた。
「あなたがなんのために戦うのか、聞いてもいいかな」
「理由ですか。武術が己の全てを注げる物だと思ったからです。……あなたは？」
　青年が返すとラティエルは応えた。
「私は……大切な人の笑顔のために。大切な人のところに還るため、迎えるため……位、だよー」
　ラティエルは、笑顔を返した。帰ってくるかわからない恋人をずっと待っている、そのことを、思いながらも。
「じゃあ、後はヒールをしましょ」
　エリザベートが言うと皆は頷き、戦場の修復をする。
　それも済むとラルバは周囲を見渡した。
「これで、作戦終了だな」
「しかし、敵が発展途上の者を狙うのには理由があるのだろうか……？　実力者に絞って狙った方が完成が近づくようにも思うが……」
　トープは帰路へと歩きながらふと声を零す。
　アインは応えるように言った。
「ドリームイーターの考えることは、読めないさ」
「ドリームイーター……改めて、嫌な名前ですね。夢を食べるだなんて」
　リサが小さく言うと、クーゼは一度後ろへ振り返っていた。
「いつまでも、好きにやらせないさ。──待っていろ、次はお前自身の首を刎ねてやる」
　その存在へ向けた決意は固く、強く。
　それでも今は先ず、目の前の敵を倒せた戦果を携えて、皆は山を降りていった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年12月1日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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