創世濁流撃破作戦~熾火の堰

作者:五月町

●拡大する小世界
「ははッ──愉快、愉快だ! これがハロウィンの魔力……!」
 燃え上がる漆黒の炎を首に据え、男は抑えきれぬ歓喜を声と化す。満ちる液体に笑い声が響き渡るたび、竜頭を象る炎はぐらぐらと沸き立った。
「あの王子とやらの策も悪くない。これほどの魔力があれば、ワイルドスペースの拡大など容易いことよ……!」
 さらなる力を掴み取ろうとするように凶爪を空に向けたワイルドハントは、大きな牙をにやりと剥いた。
「ワイルドスペースを潰している連中がいると聞くが……ふ、力のみならず『オネイロス』の増援までも得て、そんな隙を与えるものか」
 闇の奥に二つの眼が紅く輝いた。ぎらつく戦意が黒炎を煽り、男の姿をより大きく禍々しく彩る。
「見ているがいい、ケルベロス! 世界を覆い尽くす『創世濁流』、見事我が手で果たしてくれよう! はははははッ……!」
 愉悦の声は、拡大するワイルドスペースの隅々まで響き渡っていた。

●熾火
「楽しい一日を過ごせたようだな。ゆっくり余韻を楽しんでくれと言いたいところだが……急ぎの仕事だ、聞いてくれるか」
 イベント帰りの笑顔が、すぐに真摯なものへ切り変わる。足を止めた仲間たちに感謝を述べ、グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)はドリームイーターの最高戦力、ジグラットゼクスの一員である『王子様』が動き出したことを告げる。
「作戦名は『創世濁流』。未だ発見されていないワイルドスペースと六本木で回収したハロウィンの魔力を使って、日本全土をワイルドスペースで覆い尽くすつもりらしい」
 日本中に点在するワイルドスペースには、この瞬間にもハロウィンの魔力が注ぎ込まれ、急激な膨張を始めている。
 このままでは、ワイルドスペース同士が衝突、融合を繰り返して拡大し、最終的には日本全土が一つのワイルドスペースで覆い尽くされることになるだろう。
「あんた方ケルベロスが隠されていたワイルドスペースの存在に気づき、いち早く対処に当たってくれていたのが幸いしたようだな。スペースの全体数が大幅に減ったお蔭で、今すぐ日本を取り込んじまう程の力はまだないようだ。──つまり、今が好機ってことになる」
 今しかないとも言えるが、と人の悪い笑みを浮かべ、グアンは言った。
「ある町の廃工場に、ワイルドスペースを一つ見つけてある。すぐに向かって、中で守ってるワイルドハントを撃破してくれ」
 戦場はこれまでと同じく、ワイルドスペースの内部となる。液体に満たされており、周辺の景色を取り込み掻き混ぜたような奇妙な空間だが、戦闘行動には何ら支障はないと受け合う。
 発見されたワイルドハントは、獣人型のドラゴニアンによく似た姿をとっている。鋭い爪と鱗を持つ両手、力を誇示するように広げた翼。
 異様なのはその首だ。コートから覗く首は所謂西洋竜のように長く、頭部は不似合いに大きい。それら全てが燃え立つ黒い炎で象られ、炎の闇の奥に二つ、あかあかと輝く眼が見えたという。
「奴さんは牙に爪、頭部、眼の四ヶ所に由来する技を持ってるようだ。牙の一撃は防御すら貫いちまうし、爪は鎌鼬のようなもんを飛ばして多数をひと掻きに切り裂くことができる。
 炎の頭部は見た目通り、火を吐いたり噛みついたりと手酷い火傷を負わせにくるだろう。それと奥に引っ込んでる眼だが、覗き込まれれば命を吸い取られるようだ。奴さんを回復させることにもなる、警戒は怠らんようにな」
 さらに、これまでのワイルドハント戦とは大きく異なる点がある。敵の戦力が複数あるということだ。
「奴さんは『オネイロス』という組織からの援軍を伴ってる。トランプ兵、ってのはハロウィンの仮装でも馴染みがあるか? そんなような姿をしているようだが、こいつについてはそれくらいしか情報がない。ちょいと厄介な相手になるだろう」
 そして、と言葉を継ぐ。
「この援軍として、幾つかのワイルドスペースに、幹部級のより強力な夢喰いが現れる可能性がある。要所を守る為に寄越されるんだろうが、……すまんがこれも、お前さんらが向かう先に現れるのが幹部かどうかは分かっていない」
 オネイロスの援軍とワイルドハントのどちらを優先するのか。そして幹部が現れた時、どう対処するのか。不明点が多いこともあり、話し合うことは多そうだ。
 険しい表情を浮かべつつも、ケルベロスたちの思いは既に戦場を馳せている。頼りにしているからなと漸く口角を上げ、グアンは語りかける。
「危険な任務になるのは間違いないが、なぁに、これまでもあんた方は越えてきたんだ。悪意で濁った流れなんざ、きっちり塞き止めて帰ってくるだろう。俺はそう信じてるよ」
 頷きと共に、ケルベロスたちはへリオンへ乗り込んだ。
 ──頼もしき連携で組み上げる堰が、悪しき熱の奔流を迎え撃つ。


参加者
ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)
アイリス・フィリス(音響兵器・e02148)
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)
フェル・オオヤマ(焔纏う剣と盾・e06499)
ミゼット・ラグテイル(煌灯霧景・e13284)

■リプレイ


 巨大なワイルドスペースの上空から躊躇いもなく突入したケルベロスたちの目に、ふたつの人影が届いた。
「あれのようですね」
 捉えた眼差しを揺らすことなく、ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)が飛び出していく。標的に据えるは、
「やはり来たな。ケルベロス共が……!」
「……吐き気がするぜ、糞神が」
 不快と討伐の意思を露わにした空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)の、仮初めの姿を得たワイルドハント。
「まずは様子見と参りましょう。新月の元に咲き誇れ──そして舞え、海の花」
 振り上げた杖に従って茎を伸ばした月下美人が花ひらく。甘い香気とともに薫り来る凄絶な冷気は、青く冴えた花弁のひとつひとつを美しく凍らせ、風に舞う刃と化した。
 冷気はワイルドハントの体を成す熱と拮抗する。すぐにも続きたい思いは失せろ、と一言の呟きに込めて、満願は素早く敵の増援、クラブの8を宿したトランプ兵へと躍りかかった。
「どうやら幹部じゃないみてぇだな。お手並み拝見だ。──その力、見極めてやる!」
 抉るような蹴りが兵士の薄い体を歪めた瞬間、ワイルドハントは両手の黒爪を振り下ろした。裂かれた空気は鎌鼬と化し、接近しようとしていた前衛を悉く切り裂いていく。そして、
「っ、増えた!?」
「幻術ですね。皆さん、気をつけて」
 多重にぶれたトランプ兵は、そのひとつひとつが意志を持つようにひらりひらり、後衛に襲いかかる。
「わ、私は平気です! お二人は……!」
 幻惑に脳が揺れる感覚を受けつつも、直撃を受けたフェル・オオヤマ(焔纏う剣と盾・e06499)は残る後衛を庇ったキアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)と満願を気遣った。だいじょぶなんよ、と返るキアラの笑みに安堵する。
「……趣味の悪いこと。こんな醜悪な鳥籠に捕らえては、美しい世界も形無しだ」
 満ちる液体に歪められた世界の欠片に、眉をひそめたネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)の杖もワイルドハントへ向かう。気づけば指先で小首を傾げる白く愛らしいファミリアに眸を緩め、
「ネロの可愛い愛し仔よ──おまえの力をネロに添えておくれ」
 それはまるで翼持つ弾丸。掠める風でヒスイの与えた氷を増やすと、キアラは冷気を呑み込む勢いで、脚に纏う炎のリボンを叩きつける。
「真っ正面で待っててくれたんやね。こっちも真っ向からいくんよ……!」
 宙を躍る足取りの軽さは、裂かれた傷などないもののようだ。元気なテレビウムのスペラも、力強い励ましの動画ですぐさまフェルを癒していく。
「──満願さんの似姿で好き勝手はさせないからね!」
 雷に眩しく彩られたアスガルドの槍を振り翳し、アイリス・フィリス(音響兵器・e02148)がトランプ兵の懐へ飛び込む。記されたクラブの印を貫くも、おどけた動作で跳び退いた兵士はさほど堪えた様子もない。
「ぺらぺらしててやりにくいです……!」
「だが攻撃は通ってる。ダメージは重なっている筈だ」
 そうやって、満願の為に集まった者たちの思いが報われればいい。自身もその一助にと、柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)は声を上げる。
「望み求めぬものよ、その果てへ誘え──」
 面の崩れた粒子たちがきらきらと踊った。光も影もその濃淡も全てがひとつになり、捕らえたワイルドハントごと地底へ引き込もうとする。
 援護に向かおうとする兵士を、フェルは迫る竜の鎚で威圧する。握り締めた首飾りをそっと放し、
「気を引き締めて挑むよっ!」
 裂帛の気合いに一気に膨れた竜気の弾が、兵士に衝突する。翻す指先で自在に回復の雨を操るミゼット・ラグテイル(煌灯霧景・e13284)の視線は、鋭く憎らしげにワイルドハントを見つめていた。
「……よりによって、その姿か。──主が許す。存分に殴ってこい」
 私の代わりに、と口にはしなかった。忠実な下僕たるビハインド・オールドローズは、念動力で兵士を縛り上げた。主の意志を映したように。

 油断なく巡らすケルベロスの術に易々と囚われないのは、流石の強敵と言うべきだろう。
「ははッ、どうした。それが本気か!?」
「そちらこそ……っ」
 笑う牙は、回復手であるミゼットを狙い来る。体を張って守ったアイリスの傍らを、今度はトランプ兵がすり抜けた。リボンスプレッドの斬撃がネロを襲うも、
「この身は盾──この身は堰。この力を得た時から、……ううん、もっと昔から、絶えず誓っとる!」
 友の息呑む音を背に、一撃を引き受けたのはキアラ。慌てて応援をくれるスペラに目を細め、連なるカードの束縛を払うべく、引き抜いた腕を高みへ。
「──さあおいで、おひさまの仔ら! いたいのいたいの、飛んでっけー!」
 くるり廻った指先が、ワイルドスペースに空を喚ぶ。陽光の梯子をとむりと蹴って、キアラのもとへ、仲間のもとへ、やってくるのは子羊たち。
 震わすからだから紡ぎ出される光の毛糸が戒めを絡め取ると、アイリスも癒しの雨で吉兆の虹を兆した。
「私も支えますっ。みんなで倒すんですから……!」
 頼もしい守り手たちに唇を緩め、なればとネロが気を練り上げる。飛び退るワイルドハントを追い上げる球体から目は逸らさず、
「映し身の幻術にスプレッドの刃──さて、異常回復の役はあると見るかい」
「まだ尚早かもな。あれを倒すかどうか、判断はまだつけられない」
 ネロの頷く気配を受け止め、史仁は兵士の懐へ滑り込んだ。携えた槍の先に高まる光が爆ぜた瞬間、突き上げた一撃は強烈な痺れを刻みつける。
(「これが本当に、満願君の……? ううん、違う」)
 たとえかつてあり得た姿だとしても、とフェルは思う。彼女の知る彼は、こんな姿とは無縁の存在だ。
「フェルの姉ちゃん!」
「大丈夫、わかってますよ!」
 呼ぶ声に微笑んだのは一瞬。『銀の星』の鎚口で地を示せば、湧き上がる凍気が渦をなす。
「風よ、氷よ舞え! そして我が前に立ちふさがる敵を切り刻め──フリーズストローム!」
 持ち上がる得物を合図に放たれた竜巻は、大渦の中に兵士を切り刻みながら、高みへと跳ね上げる。その間に、ヒスイはワイルドハントへの射線を確保し、生きたる杖を突きつけた。
「まだ動けるというのなら、幾度でも縛りましょう。──どう動こうと、貴方の企みは絶対に阻止します」
「するがいいさ。できるものならな……!」
 小さな獣の一撃に戒めを増やされながら、ワイルドハントの赤い眼は薄暗く笑っていた。
「好き放題言いやがって」
「そうだな。許せない。……だから」
 視線を交わす兄妹のようなふたり。必ず倒すその為に──微かな恐れを憤りに隠し、絶えず注ぎ続けるミゼットの癒しの雨を、満願の手にした黄金の果実の光輝が金色に染める。
「ふん、我が一撃が苦しいか! 好きに癒すがいい──嬲るように追い詰めてやろう!」
 火竜の喉奥が鮮やかな炎で埋まり、咆哮とともに強烈な火焔弾を吐き出した。
「満願、っ」
「ネロ……!」
 案じたネロの鳩尾を兵士の槍が穿つ。キアラの悲鳴に、竜の娘は艶やかに微笑んだ。
 身を巡る悪しきさざめき、毒の気配など魔女には馴染みのもの。
「毒の槍。──これで君の役はすべて揃ったのだろ?」
 ネロが告げれば、仲間たちの戦意も膨れ上がる。
 増援に異常を払う手がないと知れたなら、この先は──殲滅あるのみだ。


 ワイルドハントの攻撃がぎこちなく軋んで止まった。耳に届いた舌打ちに重ねた麻痺が機能したことを察し、
「頃合いのようですね。──皆さん、トランプ兵を」
 集中攻撃の狼煙を上げたのはヒスイの一声。首魁への意識は逸らさぬまま、全ての得物が兵士の首を狙い来る。
「ゲームもできないトランプさんはお邪魔なだけです。どう切り裂いて欲しいですか?」
 地上に魔法陣を呼び寄せたアイリスが、見えざる刃の気配を操り、トランプ兵を切り刻む。間髪入れず敵前に迫った満願は、
「──猿真似め」
 吐き捨てずにいられない苛立ちをバールに込めはするものの、矛先はぺらりぺらりと躱す兵士を鋭く捉えていく。四方の色を一面に魅せる美しい流砂を創り出しながら、史仁は頷いた。自分の『あれ』と戦った身には、胸に渦巻く思いも理解はできる。
「確かに気持ちのいいもんじゃぁないな。──お仲間から奪った技だ、受け取れ」
 一息に襲いかかった砂が、生きもののように兵士を呑み込んでいく。キアラは畳み掛けるように得物を振り翳した。
「──さぁ、押し切るんよ!」
 穿たれる兵士を眼前に、ワイルドハントは苛立ちも露わに牙を剥いた。そこに絡みつく炎はしかし、掛かった術に消し止められる。
「小癪な……ッ」
「まだまだです!」
 紫電の槍を携えるフェルの突撃に、兵士は頼りなく身を揺らす。疲弊の色は明らかだ。だが、まだ動ける。
 再び戦場を駆け抜けるリボンスプレッドの一閃。妨害者ゆえの巧みな拘束の標的となったのは満願だ。それでも、
「任せろ、ミツキ。私が、必ずその手で決着をつけさせてやる」
 悪しき傷を束縛ごと断ち切り、瞬く間に縫い合わせてくれるミゼット。──攻撃を担うことはなくとも、こんなにも頼もしい。
 ミゼットは、暴走しかけた彼に立ち向かった時を思い出す。もうあれに至ることはないと、よく知っている。信じているから、添える手で守りたい。
「……やってしまえ、オールドローズ」
 恭しくかしずいたビハインドの金縛りに、兵士が固まった。そこを狙い定めるのは、ヒスイの杖。
 大切な人の大切な人を守るため、白百合の君との約束のため──放つ雷撃はそれらを果たす第一歩。
「……おやすみなさい」
 微笑みを閃光が掻き消した。雷撃に焼かれた兵士の気配がふつりと失せる。
「オネイロスの援軍が倒されただと……!?」
 突如燃え上がった怒りの一撃を、ネロは異形と化した両手の炎で相殺した。力強い一撃にも囁きは甘く、
「一枚欠けてはゲームにならない、とは言わないが──頼みの応援は灼き切れた。さて、如何する?」
「……ッ、調子に乗るな!」
 力強い咆哮が、戦場を揺らす。

 戒め重ねることで抑え込んできたワイルドハントは、未だ疲弊には遠い。一方で、ケルベロスたちには癒えきらぬ傷も積もっていた。
「……それでも、遅れは取りません!」
「抜かせ! 悉く切り裂いてやる……!」
 未来すら凍りつかせるフェルの鎚の直撃に、空気が白く染まった。振り払うワイルドハントの黒爪は、縦横無尽に戦場を駆けては前衛を切り刻む。
「貴方こそ、私達を侮らない方が良いのでは」
 最も深傷を負わされたネロにも表情を変えることなく──寧ろ柔和な笑みすら湛えて、ヒスイが癒術を走らせる。対照的に、憤りを苛烈な技に変えゆくのは満願だ。
「猿真似をやめろ、っつっても聞きゃあしねぇよな」
「ハ……そうか。貴様、この姿に縁ある者か」
 息詰まるようなバールと爪との拮抗は、唐突に破れた。満願が不意に緩めた力に、僅かに体勢を崩したワイルドハント。その隙に渾身の一撃で突き放す。
「ふざけんな。もうあり得もしねぇんだよ、その姿は」
「うん──あれは君と違う。みんな、ちゃんとわかってるんよ!」
 死角から素早く打ち込まれる打撃はキアラ。飛び跳ねるスペラの回復が満願に届けば、アイリスが喚ぶ癒しの雨に、ミゼットも祈るような気持ちで降らせ重ねる。
 懸命に命を繋ぐ二人に支えられ、裡から気弾を紡ぎ出すネロ。笑みで語る横顔が、キアラの不安を拭い去った。
「……一緒に帰るんよ」
「ああ、勿論だとも!」
 それは無論、共に在る仲間たちも。
「数に入れて貰って光栄だな」
「そうですね! みんなで応えなければ、ですよっ」
 凪いだやり取りに反し、立ち上がるのは史仁の喚んだ炎の竜。
 敵の黒炎など塗り潰すように熱の吐息が駆け抜ければ、巨大な鎚を軽々と振り上げたフェルも、獰猛に喰らいつく竜気の弾でそれに続く。


「さすがに頑丈なんやね。けど、そろそろばててきたんやない?」
「……我が力、そう易々と尽きるものか!」
 キアラから受けた炎が、敵の身を焼く炎をひときわ大きくする。奪われる体力を少しでも補おうとしてか、闇の奥でぎらりと輝く瞳が満願へ近づいた。だが、
「……っ! ……よくやった、オールドローズ」
 彼を庇って戦場から消え去ったビハインドを讃えながらも、ミゼットは密かに歯を噛み締める。気遣わしげな眼差しをドワーフの娘へ残しながら、ネロは踊る両腕に炎を抱き取り、敵へ跳びかかった。
「堰の務めを果たそう。前夜祭はお終いだ──このネロの、柩の魔女の手で万聖節を呼び込んでやろう!」
 来たる明日へ捧げられる祈りは、夢の魔物への命乞いなどではない。狂い咲く焔に雄叫びを上げる男へ、アイリスはその痛みごと凍らせ留める氷の一撃を放った。
 史仁のバールが凍てついた体を叩き崩す。新たな炎と氷がせめぎ合うように傷口に躍るのを、フェルは貫く雷撃の槍で鮮やかに照らし出した。
 ミゼットは見えざる空に両の掌を突き上げる。強がりを口にしようと、敵の消耗は今や火を見るより明らかだ。
「その姿で満願を侮辱したことも、私の助手を倒したことも──後悔させてやる!」
 烈火のような声音とは裏腹に、もう誰ひとり倒れさせまいと降る雨は、仲間の身に優しく沁みわたっていく。
 ヒスイのひと撫でに、杖は獣のかたちを取った。顔には表れぬ主の怒りを映したように、果敢に鋭く飛び出していく。
「いい加減辟易しているんです。満願の姿で好き勝手するのもですが……身勝手な侵略にも」
 義務感などではない。この世界は彼にとって、『壊されたくない』ものになったのだ。
「膳立ては整った。ケリをつけてくればいいさ、あんたの手で」
「行って、満願! これは世界に関わる一件やけど──君にとっても大事なことやから!」
 竜の幻影とその炎を従え、敵を押さえ込む史仁。降る刃のような蹴撃で、起き上がろうとする体を地に圧し込めるキアラ。
 臓腑から右腕へ移りくる黒炎の熱を感じながら、満願は『ニセモノ』の眼前に迫る。
「死ぬものか……ケルベロス如きに、この俺が……!」
「いいや、終わりだ!」
 魂まで焦げつきそうな敵の炎が放たれることはなかった。
「くたばれ、目障りな燃え滓め──俺の心は、二度とその形たり得ない!」
 誓いのように、決意のように。振り翳した右腕に黒き炎の竜が顕現する。それは目の前の敵によく似て──けれどその場の誰もがそう理解した通り、全く異なるものだった。
「おおおおお……!」
 牙の檻に鎖されて、咬み千切られた命が尽きる。かつての満願の『可能性』を被った夢喰いは、跡形もなく消え失せた。
 音もなくふつりと空間の天井が割れる。ケルベロスたちが瞬きひとつ終えた頃には──そこには冴えざえとした星空が、何事もなかったように広がっていた。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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