咲き誇る皇帝

■リプレイ

●接敵
　公園へ入ったケルベロス達は、現場へと疾駆していた。
　風景は既に花の植わる一帯。遠目に敵の姿も、見えてきていた。
「……いましたね」
　葛籠川・オルン（澆薄たる影月・e03127）は微かに見上げて口を開く。それは蠢く背の高い攻性植物、皇帝ダリアだ。
「しかし、植物を愛す者に危害を加えるなんて……」
　神楽・ヒナキ（くれなゐの風花・e02589）は無表情ながら、ふと感情を滲ませるように呟く。
「そして、咲き誇る花のなんと無慈悲なことでしょうか」
　それはどこか心を痛めるように。
　視線は一度、遠くを向いた。この攻性植物、その背後にいる存在に敵意を向けるように。
　皆も足を止め、攻性植物に対峙する。
「あれは……」
　オルンが声を零す、その視線の先。蠢く蔓の中に、囚われている少年の姿が見えていた。
　少年は意識は薄い。そして体の一部は茎や蔓と一体化しつつある。
「皇帝がうら若き少年を囲う、なんてよくありそうな話だけど。体内に、となると一気に猟奇的な物語だね」
　ヴィルベル・ルイーネ（綴りて候・e21840）はそんなふうに言いながらも、戦闘態勢を取っていた。
　王生・雪（天花・e15842）もまた、不気味に流動する異形を見据えている。
「彼の花を本来の貴き姿に戻す事は叶わぬことでしょう」
　そして言葉とともに、楚々と日本刀を抜き、構えた。
「ならば──せめて罪無き無邪気な少年まで踏み躙られぬよう、最善を」

　攻性植物はこちらの存在に気づいたように、接近を開始していた。
　だが攻撃が始まるより早く、そこへ高くから飛来するものがある。金色の翼を羽ばたかせ、一気に敵の花弁へと接近する、シア・ベクルクス（花虎の尾・e10131）だ。
「まずは、先手を取らせていただきますわ」
　ミモザの花を微かに揺らめかせ、刹那。縦一閃に斬撃を加え、花弁の一枚を斬り裂いた。
　攻性植物はそれでシアの方へ向いてくる。だが、今度は別方向から飛翔してくるものがあった。
「キュッキュリーン☆　レピちゃんの存在も忘れないでくーださいっ！」
　旋回しながら高速で降下するレピーダ・アタラクニフタ（窮鼠舌を噛む・e24744）だ。
　レピーダは光の翼を輝かせると、勢いのままに一撃。痛烈な回し蹴りで、攻性植物の動きを鈍らせていく。
　攻性植物は呻くような轟きを発しながらも、蔓を伸ばして攻撃を試みてきた。
　が、緋色・結衣（運命に背きし虚無の牙・e12652）は、魔剣レーヴァテイン・エクセリオを突き出すと、敢えてそこに蔓を巻きつかせていた。
「強力な攻撃手段ならば、それを削るだけだ」
　そのまま、剣先に収束したグラビティを、蔓を伝うように敵へ流し込む。
　瞬間、攻性植物の内部から炸裂するような爆撃。蔓の数本を散り散りに消し飛ばしていた。
　後退する攻性植物は、それでも別の蔓をヴィルベルへと伸ばしてきている。
　だが、それも途中で阻まれた。佐々・木佐木（寄せ斬り鎖使い・e37861）が盾となって立ちはだかっていたのだ。
「そう簡単に、攻撃は通しませんよ」
　木佐木は即座に手を伸ばし、ヒールドローンを生成。回復と防護の両方を兼ねる。
　同時に、ヴィルベルとオルンはロッドから輝く雷光を生み出していた。それは味方を守る雷壁となり、前衛と後衛の耐性を広く高めていく。
「反撃と致しましょう」
　敵へは雪が『胡蝶の夢』。ひらりひらりと舞う胡蝶の中で、舞い踊るように斬撃を加えている。
　葉を散らしていく攻性植物に、ヒナキも『乱狂花』を行使。
「乱れて咲いた花々よ。狂いを帯びて散り去らせ」
　瞬間、花弁を散らせながら放つ狂弾で、攻性植物を転倒させた。

●闘争
　横倒れになった攻性植物は、未だ根を蠢かせ、流動している。そのまま光を集める光花形態へと変貌しつつあった。
　花で陽光を受けるように構え、根と茎は変わらず触手のようにうねっている。巨大な植物であるだけ、その様は不気味でもあった。
「『人は自然に還ろう計画』……でしたか。くだらない計画ですね」
　オルンは褪めた目でそれを見つめ、呟く。
「植物を作り変える己が所業も、『自然破壊』そのものだというのに」
「ええ、斯様に姿を歪められ、暴君と成り果て……最早、是が自然と言えるのか否か──」
　雪も目を伏せ、声を継ぐ。レピーダも頷いた。
「そうですよね。自然との共生って、こーゆーことじゃないですよね」
「これで、植物愛でるような少年にまで手を出しているんだから、それこそ破壊の助長だね。……まあ、そこまで深く考えてないのかな、植物だし」
　ヴィルベルが何となしに言うと、結衣は剣を握り、目の前の敵を見据えていた。
「植物だからというよりも、デウスエクスだからなのだろう。植物に、罪はない。攻性植物に変えられたものも全て、被害者だ」
　その意識は、この光景を作り出した敵へ向いている。
「人間達が自然を破壊してきた歴史は否定しないが、言い方を変えれば、人間だってその自然の一部。それも含めた全てを破壊しようとするデウスエクスこそ、自然の中に存在してはならないんだ」
　だからこそ、というように、結衣は異形と化してしまった花に剣を向けていた。
　木佐木は頷き、武器を構える。
「姑息な手段を成功させないために。少年を必ず、助けてあげましょう」
「ええ」
　雪はそっと、御守代わりである形見の手鞠に触れた。それでなくとも、嘗て義妹を奪い去った存在である攻性植物は、相容れず。放っておくことは出来ない。
（「悲劇は二度と――」）
　決意を形にするように。雪は少年を捕らえる蔓を刀の連撃で断ち切っていく。
　攻性植物は雪を標的にしようとするが、そこにはレピーダが風を掃いて接近した。
「やらせませんよ！　ヴァルキュリ真拳の一撃を受けて下さいっ！」
　瞬間、正面からの拳で敵にたたらを踏ませる。同時に、木佐木も高々と跳躍していた。
「ぎりぎりまで、削らせてもらいますよ」
　そのまま落下とともに、花弁をさらに一枚、蹴り落としていく。
「皆、そろそろだ」
　そこで結衣が声をかける。
　敵とともに、少年までもが、苦しそうな様子を見せ始めていた。
　すると、ヴィルベルは呼応するように素早く魔術切開を施し、敵を回復。攻性植物と少年を危険域から脱させる。
「もう少しだけ、待っててください。必ず助けますから、絶対に」
　ヒナキは少年へと声をかけながら、日本刀を掲げる。そこから魔法の光を放ち、攻性植物を硬化させていった。
　それでも、回復により活発さを取り戻していた攻性植物は、集めていた光を炎にして発射してきた。
　だがそれを、結衣は正面から防御。直後には、蛇腹剣グレイプニル・ゼロで魔法陣を展開し、自身と前衛を回復、防護していた。
　オルンもライトニングウォールを広げて仲間の防衛を進めている。この間に攻性植物も攻撃の準備を始めていたが、そこへは、シアがライフルの銃口を向けていた。
「あなたのその力は、その子の命を食いつぶしてしまうものですわ」
　瞬間、光の奔流を発射。
「だからこそ、一手も無駄な攻撃はさせませんわ」
　それは攻性植物が撃ち出そうとしていた光すら飲み込んで、直撃。花弁の数枚を吹き飛ばすように消失させていった。

●意志
　体の破片を散らす攻性植物は、段々と原形を留めなくなっていた。
　が、それでもまだ倒れはせず、地面と融合する埋葬形態を取り始めている。その内に広く根を張ると、こちらを囲むように茎や小さな花を生やしてくる。
「皇帝なんて名前してるけど、これじゃ素敵な治世どころか圧政だね」
　ヴィルベルは視線を走らせて警戒をしつつも、そんな風に零す。
　攻性植物の本体は、少年への寄生をさらに進めたように、その半身を飲み込み始めていた。
　見える顔は蒼白で、時折苦悶の声も漏れる。だが、少年は最後の命だけは離さないように抵抗しているようでもあった。
「頑張っている命に対して、こう言うのは心苦しいのですが……頑張ってください少年！　レピちゃん達も、貴方の頑張りに応えますから！」
　レピーダが拳をぎゅっと握って声を張ると、雪もまっすぐに言葉を届ける。
「災いの芽は必ず断ちます。ですから、どうか暫しご辛抱を」
　すると、少年は微かに反応したように眉を動かし、わずかにだけ表情に力を込めていた。
　雪はそれを見ると小さく頷き。再び胡蝶とともに舞い、無数の剣閃を放つ。
　それが周囲の花を裂いていくと、レピーダも翼を駆って肉迫。宙で縦回転し、鋭い斬撃の如き蹴りを本体へ叩き込んでいた。
「もう少しだけ、攻撃を入れられそうです！」
「では私にお任せを」
　レピーダに答えたのはシア。茎が八方から襲ってくる、それを、真上に飛んで回避。
　そのまま低い軌道で巡るように飛翔しながら、斧で無数の斬撃を降らせ、茎を刈り取っていった。
「そろそろ、少年に回復をお願いしますわ」
「了解」
　攻性植物が弱ったと見れば、ヴィルベルもすぐに駆けつけ、両手に治癒のオーラを纏わせる。その手で少年の周囲を素早く施術すると、再びその体力を戻していた。
　攻性植物は活力を得たように、再び大地に侵食。茎で前衛全員の四肢を縛り上げ、意のままに操ろうとしてくる。
　が、それらの枝葉が、降り注いだ癒しの雨に溶けるように、流されていく。
「……誰も、思い通りにはさせません」
　それはオルンが上空に昇らせていた治癒のグラビティ。雨は全てを清浄に帰させると、傷も治療していた。
　次いで、雪のウイングキャット、絹も翼を羽ばたかせて、前衛の体力を万全に保っていく。
「絹。手助けに感謝を」
　雪が言うと、絹は返事をするように雪の側に戻っていっていた。
　その間に、ヒナキは再びグラビティの狂弾を生み出している。
「さぁ、その子を返してくださいね」
　狙いは攻性植物の本体へ。手を突き出すと、周囲の空気も巻き込みながら魔弾を発射。巨大な花弁を千々に散らせた。
　悲鳴の如きわななきを漏らす攻性植物。
　蠢く小さな花は、それでも再度の攻撃を狙っている、が、それらを、神速の剣閃が次々に払い落としていく。
　それは結衣の振るう、煌々と光る魔剣。
「同じ攻撃は、何度も喰らわない。そしてその侵食も全て、絶たせてもらう」
　言葉とともに、結衣は連撃。縦横、そして袈裟に刃を叩き込み、地に張る根、そして小さな花の全てを四散させていた。
　本体は蔓を伸ばしてこようとするが、木佐木がそれよりも早く、ケルベロスチェイン・竜尾錘を繰っていた。
「武器の扱いならば、負けませんよ」
　木佐木は敵の蔓を裂きながら、鎖を本体に巻き付ける。そのまま縛り上げるようにすると、強く手を引き、攻性植物を引き倒していた。

●決着
　緩やかに起き上がる攻性植物。蔓も花も大半を失い、揺れる枝葉で少年を拘束するばかりとなっていた。
　だが、それでも寄生は進み、一部は少年の肉体と深く同化しつつある。
　シアはそれを見て呟く。
「攻性植物も、あとがないようですけれど。急がないとなりませんわね」
「そうですね！　絶対に、助けますよ！」
　レピーダは力強く頷いていた。
「命は可能性、可能性は未来！　──罪無き花なれど、未来を奪わんとする以上は刈り取らせて頂きます！」
　そのまま敵へ、肉迫していく。攻性植物は力を振り絞るように間合いを取り、シアを攻撃しようと試みる。
　だが、その背後からオルンがロッドを向けていた。
「……やらせません」
　瞬間、弾ける雷撃を発射し、攻性植物を麻痺させる。
　そこへ木佐木は『竜躁斬』。飛ばした鎖を巻きつけると、攻性植物を眼前にまで引き寄せた。
「捕獲、完了。寄せて斬ります！」
　そのまま、間近で痛烈な斬撃。枝の数本を両断して散らせた。
　生まれた間隙に、シアは斧で切り込み、少年を縛る箇所を断ち切っていく。
「もう、治療は必要なさそうですわ。一気に、いきましょう」
「ええ」
　シアに応え、ヒナキは攻性植物をまっすぐに見据え、魔法の光線で動きを止めていった。
「貴方も狂わされた被害者……貴方も救います。彼と共に」
「手折ることになっても、恨むのはそんな姿にした奴にしてくれると嬉しいね」
　ヴィルベルも語りかけるように、『愚者の薔』を行使。“万花の精霊”を召喚し、数多の黒薔薇で攻性植物を拘束した。
　攻性植物は反抗するように、拘束から逃れようとする。
　その枝葉に、結衣は剣を向ける。
「仮に救えないのなら、その罪は背負うさ」
　繰り出すのは『罪咎＜無限煉獄殺＞』。それは漂う非業の魂を招き入れ、獄炎とともに刀身に纏わせる斬撃。鋭利に過ぎるその一撃は、植物の大半を刈り取った。
　残る枝葉に、雪は間を置かずに連続の刃を叩き込んだ。
「──狂える花には、幕引きを」
「ええ。眠りなさい、皇帝。暴虐の終わりに」
　レピーダも同時、拳の一撃。少年と同化しつつあったもの、そしてそれを取り巻く植物の全てを打ち砕いた。

「終わりましたね」
　戦闘後。木佐木の言葉に皆は頷き、少年に駆け寄っていた。
　少年はそのうちに、ゆっくりと目を開けた。始めは朦朧としていたものの、すぐに意識もはっきりしてきたようだった。
「大丈夫、ですの？」
　シアがヒールをかけてあげると、少年はうん、と頷いた。怪我もなく、その様子は健常だ。
「無事みたいですね。良かったです」
　ヒナキは少しだけ表情を和らげ、安堵したように言っていた。
　少年はケルベロス達に丁寧に礼を言った。それから思い出すように、皇帝ダリアの残骸を見る。
「僕は、あの花に襲われて……」
「……ええ。ですが、どうか花を恐れないで下さい」
　オルンは優しく語りかける。
「今は難しいでしょうが、もしまた襲われてしまったら、必ず助けに来ますから」
「怖がらず、植物を、愛してあげてくれればと思います」
　ヒナキも、少し願いを込めるように言った。少年は、それに頷く。そして、花は好きですから、と笑んでいた。
　結衣はそれから、皇帝ダリアがもう一度花を咲かせないかとヒールを試みていた。
　しかし、回復したのは周囲の傷ついた株だけで、攻性植物として死んだ部分は蘇らなかった。
「駄目、か」
「寄生された植物は助けられない──植物を破壊しているのは一体何方なのでしょうね」
　シアは少し、目を伏せたように呟く。
　オルンも、その元凶に憤りを覚えていた。
「『鬼薊の華さま』とやら。それこそ焼き払ってしまえばいいものを」
「……それでも今は、助けられた命があること。残った花もあることを、喜びましょう」
　雪は静かに、まだ生きている花の手入れをしていた。
「そうですね！　とにかく、作戦は成功ですから！　帰りましょう！」
　レピーダは元気に言って、少年を送っていく。
　皆も頷き、それぞれに帰還。
　静かになった公園には、自然の花だけが残って、風に揺れていた。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年10月1日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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