怨嗟の礼拝堂

■リプレイ

●作戦
　夜の学校。その旧校舎へと、ケルベロス達はやってきていた。
　木造の壁を探りつつ、鵺咬・シズク（黒鵺・e00464）は薄暗い内部を眺めている。
「電気は……通ってないみたいだな」
「やはー☆　そんな時のために！　ヘッドライト準備！　視界バッチリ！」
　そんな中、朗らかな声と明るいライトで周囲を照らすのは、テトラ・カルテット（碧い小鬼・e17772）だ。
　同時に、校舎内から殺界を形成。可憐な容姿に似合わぬ殺気の塊を広げて、人払いを行っていた。
　その効果はてきめんだ。遠くで校舎に近づこうとしていた生徒らしき数人の人影があったのだが、すぐに逃げていってしまっていた。
　皆は頷き合い、内部の通路へ。それぞれ自前の照明も持ち、視界を確保しつつ歩み始めた。
「それにしても、雰囲気あるね……」
　シエラ・シルヴェッティ（春潤す雨・e01924）はちょっと怖がりつつ、恐る恐る進む。
「嘘だってわかってても、こういうところだと一層、怪談も怖くなるね」
「学生さん達には、嘘と確証もないわけですからね……。興味を持ってしまうのも仕方ないことでしょうか」
　皇・晴（猩々緋の華・e36083）は頷きつつ言葉を返していた。
　テトラも、生徒達が去っていった外の方向を見やる。
「やはー……ありがちな怪談話だけど、やっぱり好奇心には逆らえないからねぇ……」
「うん。だからこそ、生徒さんたちに被害を出さないようにガンバローね！」
　シエラがぐっと手を握ってみせると、皆は再度頷き、歩を進めた。
　程なく、広い区画が見えてきた。
　古い椅子が並び、ひときわ天井が高い空間、礼拝堂だ。
　ベルンハルト・オクト（鋼の金獅子・e00806）は手前で止まり、素早く視線を走らせる。
「ここか。今のところ、異常はないようだね」
「作り話の舞台にするには、確かにうってつけのロケーションだな」
　浜本・英世（ドクター風・e34862）は警戒は欠かさぬまま、入り口から観察していた。それから、朽ちた壁や床を見やる。
「屍隷兵が居なくても安全ではなさそうな場所だが。それでも好奇心に溢れた若者達が来る前に、危険は一つでも排除しておかなくてはね」
　それを機に、皆は作戦を始める。
「では、頼むよ」
「了解なのだ」
　ベルンハルトに応えるのは、月篠・灯音（犬好きの新妻・e04557）。
　一緒に並んで礼拝堂内へ入るのは、その伴侶である四辻・樒（黒の背反・e03880）だ。
「じゃあ行こうか、灯」
「うん、樒」
　そして２人は、中心付近へ歩いて行く。敵を誘き出す、囮のためだ。
　皆は、それを少し離れた位置で見守る形となる。
「うまく釣られてくれればいいが」
　英世が呟くその内に、灯音は祭壇前で肝試しを装い、樒と話を始めた。
「さて、樒。ここには恋に破れたゾンビがでるそうなのだ。怖い怖いお化けらしいのだ」
「定番だが雰囲気はあるな。祈る趣味がないから来る機会がなかったが、少し新鮮だ」
　樒も応えながら、物珍しそうな視線で見回してみせた。
　今のところ、それでも異常は無い。
　すると、灯音はわざと大声を上げてみた。
「きゃー！　今そこでなにか動いたぁー！　お化けがでたのだーっ」
　そして、樒の腕に抱きつく。
　樒はそれを受け止めつつ、気遣うように腕を灯音の背中に回した。
「転んだりしないように気をつけないと。床も古いからな」
　それから、そのまま灯音の体を支えるように、距離を一層近づける。
　それは途中で止まらず。樒は灯音に、キスをした。
「わー……」
　と、それを窺っていたシエラはちょっとだけ照れたような表情。
　晴はどことなく鷹揚な顔で口を開いた。
「これは中々、大胆ですね──と」
　晴は途中で何かに気づく。
　周囲に気を配っていたシズクも、物音に気づいていた。その発生源は、下方。
「──床下だ、来るぞ！」
　シズクが声を上げ、皆も駆け込むと、同時。
　朽ちた床の割れ目から、瓦礫を突き破るように１体の人影が現れた。どす黒い肌を持った屍骸の異形、屍隷兵だ。
　屍隷兵はそのまま急襲してくる。だが、皆の警戒も手伝って素早く反応した樒は、灯音を背に守っている。
　そして自身は、屍隷兵の打撃を、短刀・夜風でいなしていた。
「灯をお前などに指一本触れさせる気はない」
　初撃を失敗した形となった屍隷兵は、一度獣のように高々と跳躍し、瓦礫の上に飛び退る。
　皆はそこに向かい合うように、改めて戦闘態勢を取っていた。
「……カップルを狙うというのは如何なる仕組みか、興味があるところだが──」
　英世は言葉を零しつつも、ライフルを構える。
「まずは玩具にされた屍に、眠りを贈るのが最優先だな」

●開戦
『ウ、ォ……！』
　屍隷兵は轟くような声を上げると、敵意を漲らせ、瓦礫を蹴って接近してきた。
　それに正面から向かい合うのは、ベルンハルト。
「来るなら、来ればいい。正々堂々、戦ってやるさ」
　同時、ベルンハルトは光学武装“御霊転遷式・赫灼”を展開。炎を纏った鎖へ具現化させると、それを豪速で振るった。
　鎖は唸りを上げて屍隷兵を捕らえ、締め上げる。
「今だ、連撃を頼む」
「ああ、わかっているさ！」
　応えるように、刀へ濃密なグラビティを収束させるのはシズクだ。
　その刀をまっすぐに向けると、空間を飛び越えるように、爆縮された力が飛来。局所的に爆散した風圧で、屍隷兵の体を吹っ飛ばした。
　床を転げつつも、屍隷兵はすぐに手をついて立ち上がってくる。
「流石に頑丈だな。……気をつけろ、攻撃が来るぞ」
　シズクが警告すると、屍隷兵は猛るように走り込んできた。
　その狙いはシエラ。だが、敵の蹴りは途中で阻まれた。防御態勢を取っていたテトラが滑り込み、衝撃を抑えていたのだ。
「助かったよ。ありがとう」
「何の！　ガッチリ守っちゃうよん……って、ひーん死臭がー！？」
　シエラに笑いかけていたテトラは、体に付着した爛れたものに、思わず声を零す。それからすぐに、周囲に花のオーラを展開した。
「こういうときはすぐ回復！　華々しくあたしを囲んで？　美少女とは癒しである――！」
　瞬間、花弁は花嵐のように舞い、テトラを癒していく。
　同時に、灯音も治癒のオーラを形成している。
「あとの回復は任せるのだ」
　それをテトラに与えると、柔らかな光とともに、テトラの浅い傷はほぼ完治していった。
　晴はその間に、オウガメタル・緋緋色金から輝く粒子を拡散。前衛に溶け込ませることで、その知覚力を向上させていた。
「攻撃は、頼みますね」
「了解っ。任せてねー！」
　言って、敵へ距離を詰めるのはシエラ。
　屍隷兵は連撃を狙い再び蹴りをしてきていたが、シエラはそれを紙一重で避け、跳躍。瓦礫を踏み台に高く上がっていく。
　屍隷兵もそれを追って走るが、そうするとシエラは頭上を飛び越えるように背を取った。
　その動きはまるで敵と演舞をしているように美しく。そのままシエラは、屍隷兵の次手もくるりと横に回転して回避。流麗な軌道をとって、回し蹴りを直撃させた。
　呻きを漏らしてたたらを踏む屍隷兵。そこへ、樒が素早く肉迫していた。
「もう少し灯との時間を堪能したかったがな。続きは、お前を殺してからにしよう」
　刹那、樒は雷光を宿した夜風を敵の腹部に突き刺した。
　血を流して後退した屍隷兵は、それでも踏みとどまって、樒に反撃をしようとした。
　だが、その手元に横合いから光の奔流が襲った。
「悪いが、そう簡単には、やらせないよ」
　それは、英世がライフルから放った氷結の光線だ。
　腕の動きを鈍らせた屍隷兵は、それでも無理矢理に腕を振りかぶろうとする。
　が、英世はさらに連撃。全身にまで氷を広げ、衝撃で屍隷兵を転倒させた。

●応酬
　呻き声を上げながら、屍隷兵は立ち上がる。
　体の破片を微かに散らしながらも、それでもこちらへの敵意は消えていないようだった。
「あれだけ喰らってもまだ、体力には余裕があるという素振りだな」
　ベルンハルトは間合いを取りながら、敵を窺う。
　英世は武器を槍に持ち替え、頷く。視線は、うつろな目をする屍隷兵の顔に注がれていた。
「人間とは別物になってしまっている、という証左でもあるね。本人がそれをどう感じているかは、最早闇の中だろうが──」
『ウ……ォ……！』
　屍隷兵はそんな言葉にもただ、唸るような声を漏らすばかり。次には攻撃を狙って、駆け込んできた。
「可哀想、なのかもしれないけれど。私達も負ける訳にはいかないからね！」
　シエラはそこへ、たん、と羽のように軽く跳躍。柔らかな金髪を揺らしながら、屍隷兵の横合いに着地する。
　屍隷兵はすぐに反応して蹴りを放ってくるが、シエラは楚々とした動きでそれを受け流す。同時、拳に降魔の力を込め、敵の顔面へ痛烈な打撃を加えた。
　ベルンハルトは間を置かず、マズルフラッシュを閃かせ、銃を連射している。
　その腕前は、祖母から受け継いだ卓越したもの。放たれた弾丸は屍隷兵の関節を穿ち、骨を砕き、表皮をも裂いていく。
　屍隷兵は衝撃で壁に激突するも、すぐに体勢を直し、接近。脚部に熱気を溜め込み、燃える蹴りを放ってきた。
　狙いは灯音。だが、その一撃は樒が夜風の柄で受け止めていた。
「灯の事は私が護る。お前の攻撃などを、通すと思うか」
「樒っ。大丈夫か？」
　衝撃の余波で微かに血を流す樒。灯音はそこへ気遣うように声をかけている。
　ただ、そこに心配の色はない。それは、確かな信頼があるからだ。
「今すぐ治療するのだ！」
　そして、同時にオーラを生成。月のように光る温かい治癒の力で、樒を大幅に癒していた。
　時を同じく、晴も癒しの力を発現している。
　それは、美しく咲く菖蒲色の華だ。
（「僕も誰かを護れるくらいには、力が付きましたかね」）
　ふと思いながら、晴はその力を高める。
「それを確かめるためにもちょっと気合を入れて行きましょうか──」
　すると花弁は渦のように舞い散っていく。その花風が樒の炎と傷を回復させ、万全状態に保っていた。
「これで、回復は大丈夫。彼岸は敵へ攻撃を」
　すると晴の声に呼応して、シャーマンズゴーストの彼岸が屍隷兵へ接近。鋭い爪撃で体を抉っていた。
　連続して、樒が縦横に斬撃を走らせると、血を散らせて屍隷兵は後退。
　テトラはそこに、ウイングキャットのエチルを放っていた。
「じゃー次はあたし達の番だよ！　エチル、ゴーゴー！」
　エチルはまるでテトラの性格を写したように、朗らかに、そしてテンション高くにゃーんと突撃。屍隷兵をばりばりと引っ掻いていく。
「ただのにゃんこと侮るなかれ！　この子も立派にあたしの一部、可愛さは強さなの！」
『ウォ……』
　屍隷兵は呻きつつ、何とかエチルを引き剥がす。
　だがそこへ、テトラ自身も氷の螺旋を放ち追撃し、後ろへつんのめらせていた。
　英世もそこに接近し、槍に稲妻を纏わせて刺突。屍隷兵の腹部を貫いた。
「これで倒れは──しないようだね」
　英世が飛び退くと、屍隷兵は血を流しながらも踏みとどまっている。そしてすぐに攻撃態勢を取り、反撃の蹴りを繰り出してきた。
　だがその一撃を、シズクが二刀を抜き放ち、弾き返していた。
「姿さえ見えていれば、遅れは取らないぜ」
　シズクはそのまま二刀を掲げている。
「喰らえ──祈りの代わりに、こいつをくれてやるぜ！」
　至近で放たれた苛烈な斬撃。それは屍隷兵の体を深々と切り裂き、傷口を抉り込み、大ダメージを刻んでいく。

●決着
　倒れ込んだ屍隷兵は、体の端々を切り裂かれ、弱った様子を見せていた。
　それでも、苦しげに起き上がる。この蠢く屍骸には、死ぬまで戦うしか道は残されていないのだ。
「はー、まったくもう、敵が一般人さんの死体だなんて。無理にでも元気しなきゃやってられないの」
　テトラは小さくつぶやき、手に霊力を篭める。
「……ごめんね、今解放してあげるから」
　そして疾駆し肉迫。拳での強打を喰らわせる。
　瓦礫に激突した屍隷兵に、ベルンハルトはブラックスライムを解き放つ。槍のように流動させると、胸部を貫き、風穴を開けた。
「最後まで、一気に畳み掛けるとしようか」
「ああ、その不完全な命を、今すぐ終わらせてやる！」
　応えるように、シズクが二刀を振り上げていた。その刃を交差させるように虚空を切り裂くと、飛来した剣風が屍隷兵の腕を切り飛ばす。
　悲鳴のような轟きを零す屍隷兵。
　それでも、鈍った動きで連続の蹴りを放ってくる。だが、それらの攻撃は晴が全て防御し、受け止めていた。
「やらせは、しません」
　直後、晴は菖の唄を再び行使。舞い上がる花びらとともに、傷を即座に回復していく。
　灯音もすぐに治癒のオーラを施すことで、最後まで体力を万全に保った。
「樒、あとは頼むのだ」
「ああ」
　と、樒は呼応して、敵との距離を一息に詰める。
「灯を襲おうとした時点で、お前は詰みだ」
　繰り出すのは『斬』。ナイフでの一閃で、片足を断ち切り、転倒させる。
　それでも這いつくばる屍隷兵へ、シエラはふわりと、軽やかな踊りを見せた。
「そろそろこの怪談もおしまい。それじゃ行くね――」
　春風と花群の幻の中で見せる舞いは、充満する死と恐怖の臭いを、春の命の歓びでかき消すよう。
　その舞踏、『春潤す雨』が屍隷兵の体力を刈り取っていくと、英世は無数のメスを召喚していた。
「気分が良いものでは無いが、あるべき姿に還すために」
　行使するのは、『悄然！　無慈悲なる殺神手術！！』。飛来したメスは、屍隷兵を切開、切除。解体するように刻んでいく。
「その痛みも苦しみも、素材自体のものでは無いだろうがね」
　英世が静かに言う頃には、屍隷兵は四散。跡形もなく、散り散りになっていた。

「やはー！　みんなお疲れさまー！」
　戦闘後。テトラの言葉に皆は頷き息をついていた。
　それから晴は周りを見回す。
「では、壊れた場所を修繕しましょうか」
「そうだね。私は、片付けを手伝うね」
　シエラが応えると、それに皆も続き、ヒール作業を開始。戦闘跡を綺麗にし、怪談の舞台を、ただ静かな礼拝堂へと戻した。
　英世は、作業が終わると、祈りを捧げた。屍隷兵へとなってしまった者達への、安らかな眠りの為に。
「──こうした場は、そんな生者の自己満足も、受け止めてくれる気がするよ」
　祈りを終えると、英世は独りごちるように言って、歩きだす。
　シズクも、それに続くように踏み出した。
「じゃ、俺らも帰るか」
「そうだな」
　ベルンハルトも、応えるように外へ。
　灯音は樒に、ふわりと微笑みかける。
「樒、戻ろうか」
「ああ、灯」
　頬を撫でられた樒は、灯音に柔らかな表情を返し、２人で帰ってゆく。
　皆も校舎から出ると、三々五々、それぞれの帰る場所へと帰還していった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年9月23日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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