螺旋階段のゾンビ

■リプレイ

●潜入
　夕方の学校へ、ケルベロス達はやってきていた。
　本校舎の方では放送が繰り返されている。内容は、『旧校舎の老朽化につき補修工事を行うため生徒立入禁止』というもの。
「放送はしてもらえているようだな」
　事前にこの放送を要請していた緋色・結衣（運命に背きし虚無の牙・e12652）は、それを確認するように本校舎に目をやっていた。
「あとは、旧校舎の人払いだな。念のためだが、急ぐとしよう」
　イングヴァル・ヴィクセル（鎧装機兵・e15811）が淡々と言えば、皆も頷き、旧校舎へ。
　その朽ちた木造の建物に着くと、皆は手分けしてキープアウトテープを巡らせることになった。
　イングヴァルは正面玄関にあたる場所を担当する。
「では、エルは反対側から頼む」
「はい、分かりました、イーさん」
　応えて、イングヴァルを手伝うのはヨエル・ラトヴァラ（白き極光・e15162）だ。左右から広く囲むように、テープで玄関を取り巻いていた。
　昇降口の方へはモヱ・スラッシュシップ（機腐人・e36624）が向かう。
「ここを塞げば、出入口は問題なさそうデスネ」
「早速、始めましょう。手伝いますね」
　同行したミチェーリ・ノルシュテイン（青氷壁の盾・e02708）も言って、昇降口部分をテープで囲っていった。
「それは？」
「折角なので、注意書きもあったほうがいいと思いマシテ」
　ミチェーリに応えてモヱが取り出しているのは、プリントだ。
　そこには『危険！　床が抜ける場合があります！』の文字と一緒に、木床が抜けて驚く人と、骨折で入院している人のイラストが描かれている。
　イラストはファンシーテイストのフリー素材なのだが、それ故か何か迫真の趣があった。
　一方、正面玄関の方では、シャウラ・メシエ（誰が為の聖歌・e24495）が看板を立てていた。
　黒板になっている立て看板で、『現在建物内でケルベロスが作業中です』と記されている。
「これで、ここまできてしまった人も、入らないと思います、よ。肝試しにも、あわないふんいきになりますし、ね」
「そうだねー。あ、でも、野次馬さんはいるみたい」
　入谷・クリス（虹と彼方の境界線・e02764）はそう言って外側を見る。敷地に入ってはこないものの、遠巻きに眺めている生徒がいた。
　クリスはこんばんは、と挨拶すると、彼らに今回の件を正直に話した。
「危ないからここから離れたほうがいいです」
「ええ。デウスエクスが出現し、危険ですので」
　ドゥーグン・エイラードッティル（鶏鳴を翔る・e25823）も言葉を継いで、事情を説明した。
「我々が退治いたします。ですから、どうぞお帰りください」
　物腰柔らかにドゥーグンが話すと、生徒達も危険を理解して、帰っていった。
　こうして現場は無人になった。
　皆は頷き合うと、校舎内へ向かった。

　軋む床を踏みつつ、一行は螺旋階段を目指す。
　クリスは灯りで周囲を照らしつつ、見回していた。
「暗いね」
「ああ。……そういえばエルは廃墟とか怪談とかが苦手だったのではなかったか」
　イングヴァルが言うと、ヨエルは頷く。
「はい。その、やっぱり廃墟って独特な雰囲気がありますね」
　応えるヨエルは少し、腰が引けた感じだ。
「こうやって怖い思いをして、暑さを紛らわせるっていうのが日本の風習なんですね。……その、暑さは紛れませんけど」
　そんなふうに付け足すヨエル。北欧生まれであるだけに、日本の猛暑は簡単には薄まらないようだ。
　イングヴァルは視線を巡らせる。
「しかし、恐怖を感じることがわかっているのに、わざわざそれを体験しに行こうというのは理解に苦しむな。朽ちた校舎ならば、身体的危険すら伴うというのに」
「私は分からなくもないです。そういう年頃が、あるのだと思いますよ」
　ミチェーリがそう言うと、ドゥーグンは頷く。
「ええ。だからこそこれは、そういった好奇心を持つ皆様を誘うような、卑劣な手口と言えるのだと思いますわ」
「そうデスネ。わざわざ事実を設置シテ、というのが実に嫌らしいやり口デス」
　モヱも、表情にこそ出さないものの、その声には憤りが滲んでいた。
　皆はそのうちに、螺旋階段に到着した。
　注意深く段を上がりつつ、結衣は口を開く。
「ただ、回りくどいやり方、とも言えるな。姿を見せるのならその場で襲わせた方が手っ取り早そうなものだが──と」
　その途中で結衣は立ち止まり、上方を見上げる。
　上段の方の陰から、異音がしていた。
　その直後には、木が割れる音とともに、黒い影が出現。
　階段を突き破るように、皆のいる段上まで飛び降りてきたのだった。
「わ、出た！」
　木の破片が雨のように注ぐ中、クリスが灯りを向けるそれは、紛うことなき屍隷兵。
　結衣は目を細め口を開く。
「……いずれにしても、今できる事は変わらないな。敵を排除して安全を確保するだけだ」
「そうです、ね」
　シャウラは一瞬目を伏せるように、小さく言う。
「わたしも、こわいのは、ちょっと苦手です。けれど」
　それから、屍隷兵を見据えた。
「ほんとうの悲劇が起きるのはもっとこわいです、から。噂が本物にならないように、しっかり止めなきゃ、ですね」

●対敵
　屍隷兵は、低い呻き声を上げ、ケルベロス達に向いていた。
　それは噂の姿をそのまま現したような、ただれた皮膚を持ったゾンビの見た目をしている。
「これが、わざわざ用意された屍隷兵、か」
　結衣は自身の地獄を強め、炎を体に纏って力を高めつつ、様子見するように呟く。
　ミチェーリは頷いた。
「言わば、本物の怪異というわけですね。噂には噂のままで終わってもらうためにも、ここで確実に、始末しましょう」
「うん、みんな、いくよっ！」
　クリスが言えば、皆は頷き、屍隷兵へ距離を詰めた。
　初撃は、ドゥーグン。ひと息に屍隷兵の眼前へ迫り、その目を見つめる。
「その瞳にも映るものでしょうか……」
　言葉と同時、視線を合わせ、相手に幻視させるのは巨大な蛇の姿だ。
「恐怖を恐怖と感じる心あれば、この蛇もお前を逃しません」
　瞬間、その力、『瞳持つ杖』は確かに屍隷兵を恐怖で縛り、動きを鈍らせた。
　ミチェーリは高く跳び上がり、ブースターにより加速させた重装甲ブーツによる蹴撃を放っている。
　衝撃で数段下まで転げた屍隷兵は、すぐに起き上がり、腕を槍のように伸ばして反撃してくる。が、防御態勢も取っているミチェーリに、致命傷は与えられない。
「すぐに回復致しマス。少々お待ちを」
　そして、直後には、モヱがロッドを掲げている。
　そこから眩い雷光を生み出すと、それを癒しの力として展開。即座にミチェーリの傷を癒やしてみせた。
　シャウラもまた、グラビティを集中。治癒の力を光の盾にして、ミチェーリの体力を持ち直させている。
「これで、かいふくは、じゅうぶんなはず、です」
「では、こちらも反撃させてもらいましょう」
　シャウラへ声を返すように、翼で浮かび上がるのはヨエルだ。
「イーさん、連撃で行きましょう」
「了解だ。既に標的は補足している。一撃目は任せろ」
　そう口を開いたイングヴァルは、言葉通り、銃口を屍隷兵へ向けていた。
　瞬間、狙い違わず、レーザーを頭部に撃ち当てる。それから間をおかず、ヨエルも上方からライフルで射撃。前動作も捉えられぬほどの早撃ちで、屍隷兵をまた数段下へ落とした。
「じゃあ、私もいくよ！」
　そこへ、クリスが符を掲げる。
　するとそこに炎を湛えた御業が出現し、渦のような炎弾を放った。
　体勢を崩していた屍隷兵はそれを避けることが出来ず、直撃。体を激しく燃え上がらせた。

●連撃
　屍隷兵は衝撃で階段を落下。１階部分の広い床に、転げるように倒れ込んでいた。
　皆も、そこへ素早く降り立ち、階段から散開。
「このまま、包囲してしまいましょう」
　ドゥーグンの言葉に皆で頷き、囲い込むように位置し、屍隷兵を追い込んでいた。
『……ゥ……』
　屍隷兵は体の各所に傷を刻まれ、微かに苦しげに呻いている。
　だが、体力自体にはまだ余裕があるというように、攻撃の機会を窺い、ケルベロス達を見回していた。
「そう簡単にはやられない、というわけか」
　結衣が言うと、ミチェーリは通路の方向へ視線をやっている。
「心配はないとは思いますが。人が入ってくる可能性もゼロではありません。可能な限り、素早く倒したいですね」
「そうデスネ。この状況を見られても、噂が広がってしまいマスシ。大元を始末して、事件を解決シマショウ」
　モヱも言葉を継ぐと、皆は再び攻勢へ。
　屍隷兵も唸るように床を這い、距離を詰める様子を見せる。だが、同時にドゥーグンが大槌を構えていた。
「させませんわ」
　瞬間、砲撃形態にした槌から煙を上げて砲弾を放ち、足止め。
　それでも敵は腕を蠢かせようとしてくるが、そこへ、結衣が接近していた。
「其は終焉への道標。灰塵に帰せ、復讐の赤い血よ──」
　手を伸ばすと、出現するのは灼熱の地獄から生まれた炎の龍。
　無慈悲な業火はかつての結衣自身のようでもある。だが、いまそれは人を守るために、燃え上がる。
　その力、暴星＜焔龍の狂宴＞は暴力的に、しかし美しく煌々と屍隷兵に喰らいついた。
　悲鳴を上げる屍隷兵に、蒼い光が肉迫する。低い姿勢から踏み込んでいるミチェーリだ。
　ミチェーリはそのまま、ブーツの重量を威力に変えるような回し蹴り。すぐに間合いを取りつつ、屍隷兵をつぶさに観察した。
「攻撃、来ます」
　そしてミチェーリが言った直後。屍隷兵は両腕をスライム状にし、広範を飲み込むように、前衛を攻撃してきた。
　それは体を溶かすような、酸による強力なダメージ。だが、そこへ虹色の光が煌めく。
　シャウラの展開する、治癒の光だ。それは仲間を鼓舞するように広がり、美しい靄となって、回復とともに力をも増幅させていった。
「オライオンも、よろしく、ね」
　さらに、シャウラの声に呼応してウイングキャットのオライオンも翼を羽ばたかせ、治癒を進める。
「それなら、ワタシも支援させてもらいマスネ」
　次いで、モヱが癒しの雷壁を生み出し、前衛の浅い傷を完治させていた。
「収納ケースは攻撃を、頼みマス」
　と、声を受けて走るのはモヱのミミック、収納ケース。そのまま屍隷兵へと近づき、エクトプラズムで攻撃していた。
「よーし、畳み掛けていくよ！」
　クリスはふらつく屍隷兵へ手を突き出す。
　そこへグラビティの力を集約すると、屍隷兵の方へと飛ばして、拡散。
「えい！」
　瞬間、強烈な爆発を起こして、屍隷兵を吹っ飛ばしていた。
　屍隷兵は床を転げながらも、再び腕をゲル状にし、攻撃を仕掛けようとする。
　しかしその腕を、連発で飛んだ銃弾が穿つ。イングヴァルがガトリングから放った攻撃だ。
「動きはこのまま抑える。エルはその隙に、全力で攻撃をしてくれ」
「わかりました。やってみますね」
　ヨエルが応えるのを確認すると、イングヴァルはガトリングをフル稼働させ、射撃を継続。屍隷兵の腕部を蜂の巣にしていく。
　さらに、そこにイングヴァルのテレビウム、スキルニルもチェーンソー剣状の武器で屍隷兵に斬り込んだ。
　その間に、ヨエルは肉迫。滑空の勢いとともに降魔の力を込めた拳を叩き込み、屍隷兵を数メートル飛ばして、壁に激突させた。

●決着
『ォ……』
　一度床に沈んだ屍隷兵は、手をついて、再度起き上がる。
　だが、体には深い傷が刻まれ、明らかに弱っている様子を見せていた。
　ミチェーリはそれを見据えつつ、手を伸ばす。
「このまま、一気に攻め上げてしまいましょう」
　瞬間、可変式ガントレットに強制冷却機構を展開し、屍隷兵の熱を奪い取った。
　その攻撃、『мерзлота』によって屍隷兵は瞬間的に凍結、行動を抑制される。
「これ以上時間をかけるわけにはいきませんものね」
　言葉を継いだドゥーグンもそこへ、大槌の一撃。屍隷兵を氷で覆い、傷口を抉り込んでいく。
　唸り声を上げた屍隷兵は、凍った体を無理矢理に動かし、反撃を試みようとする。
　だが、それより速く結衣が、冥い刃の大太刀と地獄を纏う魔剣を掲げていた。
「悪いが、俺自身はまだ屍になるわけにはいかないんだ」
　同時、二刀から衝撃波を放ち、屍隷兵を吹っ飛ばす。
「ワタシも、攻撃に移らせてもらいマス」
　と、そこへ、モヱも走り込んでいた。
　そのままオウガメタルを腕部へ流動させ、鋭い拳にして殴打を加える。
　再び倒れ込んだ屍隷兵は、それでも這いつくばり、ミチェーリに毒を撃ち込んできた。
　だが、その毒はほとんど同時に、消え始めていた。
　シャウラが『イズンの林檎』を行使。自らの力を高濃度のエネルギー体にして与える事で、ミチェーリを治癒していたのだ。
「あとは、たのみます、ね」
「うん！　──凍てつけ！　はぁ！」
　クリスはそれに応えるように、氷結の槍騎兵を召喚。それを突進させる。
　その攻撃自体は屍隷兵に見切られ、すんでのところで躱されてしまう。が、その避けた先を、ヨエルが狙っていた。
「少々、止まっていてもらいますね」
　すると、翼から生まれた聖なる光が、鎌鼬のような形を取りながら、屍隷兵を包み込む。
　その攻撃こそ、『Viikatemies Scythe』。幻視に屍隷兵が足止めされると、次にはイングヴァルがガトリングの銃口を向けていた。
「これで作戦を終了する。燃え尽きろ」
　全ての銃口が火を噴くと、それらが強烈な炎弾となり飛来。屍隷兵を貫きながら、その体を跡形もなく燃やし尽くした。

「ふぅ、一件落着だね」
　戦闘後、クリスの言葉に皆は頷き、息をついている。
　それから、結衣は周囲を見回した。
「簡単に修繕しておくか。デウスエクスと無関係に怪我人が出ても困る」
「ええ、そうですわね」
　シャウラもそれに続いて、周囲にヒールをかける。
　皆もそれを手伝い、破損した箇所を修復した。
　ミチェーリは階段を上り、辺りを観察している。
「屍隷兵の出処など、何か手がかりはあるでしょうか……」
　ただ、探した限りで特に異常は見られない。ホラーメイカーも、事前に準備をしてから臨んだためだろうか。何かの痕跡らしきものも見当たらなかった。
「ホラーメイカーがどのようにして学校に紛れ込んだのかはわかりマセン。でも、部外者侵入禁止の対策だけは講じておきマショウ」
　モヱが言えば、ヨエルも頷く。
「朽ちてるという意味でも、旧校舎に入ると危ないと伝えるよう、学校にお願いしておきましょうか」
　それから皆は外に出る。
　不要な人払いは解除し、学校側へ事情も伝えた。
「これで本当に仕事は終了だな」
　イングヴァルがそう口にすると、シャウラは学校に振り返る。
「そうです、ね。みんなが無事におわって、よかった、です」
　皆もそれを機に、歩きだす。
　そして平和の戻った学校を背に、それぞれの帰る場所へと帰還していくのだった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年8月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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