剣の道の秘法

作者:崎田航輝

 夜の山。
 木々は静かに葉を揺らし、月明かりの空には、水墨画の如き濃密な雲が、靄を広げている。
 そんな山林に、1人の青年が分け入っていた。
「さあ、出てきてくれ、天狗よ……!」
 歩きながら呼びかける青年は、道着姿で、腰には木刀を下げている。
 夜の入山──それは、とある伝説を信じたが故の行動だった。
「この山には天狗がいて、剣の腕を認めたものに、秘剣を授けてくれる……。これが事実なら、俺はもっと強くなれるはずだ」
 剣を志すものには、夢のようにも、あるいは滑稽にも思えるそんな伝説。
 だが青年は心から、その影を探していた。
「天狗は人を見つければ容赦なく腕試し、即ち斬り合いを挑む。これで帰らぬ者も過去にはいたらしいが……俺だって、毎日稽古をしているんだ」
 半ば無謀なまでの意志を見せて、青年は天狗との出会いを心待ちにする。
 だが、いくら待てど、そこに天狗が舞い降りることはなかった。
 代わりに現れたのは、1人の魔女。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 手に持った鍵で、青年の心臓をひと突きする――第五の魔女・アウゲイアスだ。
 青年は意識を失い、地面に倒れ込んだ。
 すると奪われた『興味』から、裾の大きな着物を着た影が現れる。
 それは朱がかった顔を持つ、妖怪じみた男だった。
 天狗と言うには年若いが、体はその分壮健で、佩いた刀は鋭く光り……呵呵と笑うその顔は、強者に特有の眼光を持っていた。
 そうして生まれた天狗は、笑い声を響かせながら、天高く飛び上がっていく。

「秘剣を授ける天狗、ですか」
 尾神・秋津彦(走狗・e18742)の言葉に、ええ、とイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は頷いた。
「剣の秘法、もし実在するならば、どのようなものなのでしょうね」
 それから改めて皆を見回す。
「今回は尾神・秋津彦さんの情報により、ドリームイーターの出現が予知されました。第五の魔女・アウゲイアスによるもので――京都の山にて、青年の興味から生まれるようですね」
 放置しておけば、ドリームイーターは人間を襲ってしまうことだろう。
 それを未然に防ぎ、青年を助けることが必要だ。
「皆さんには、このドリームイーターの撃破をお願い致します」

 それでは詳細の説明を、とイマジネイターは続ける。
「敵は、天狗の姿をしたドリームイーターが、1体。場所は山になります」
 戦闘場所の周囲は、地面も平坦でそれほど障害物になるようなものはない。
 だが、道中は山の中を歩くことになるため、多少の備えはしておいてもいいでしょうと言った。
「かの天狗を、誘き出すことは、できるのでしょうか」
 秋津彦が言うと、イマジネイターははいと頷いた。
「ドリームイーターは人間を見つければ襲ってくる習性がありますので……何でもいいので人がいる気配を感じさせることが出来れば、誘き出せるでしょう」
 自分を信じるものや噂するものに引き寄せられる性質もあるので、天狗や剣についての話をすることも有効でしょうと言った。
「ドリームイーターは、日本刀を装備しています。能力的にも、それに準じたものになるでしょう」
 各能力に気をつけておいて下さい、とイマジネイターは言った。
 秋津彦は1つ頷いて口を開く。
「剣を得意とするというのならば、こちらも、受けて立つだけですな」
「ええ。是非、頑張ってきてくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
中野・美貴(刀槍鍛冶師・e16295)
城間星・橙乃(雪中花・e16302)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
山内・源三郎(姜子牙・e24606)
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)
ヒメル・カルミンロート(セブンスヘブン・e33233)
ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)

■リプレイ

●剣談
 夜の山に入ったケルベロス達は、現場を目指して歩いていた。
 卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)は、森の小路の能力で植物を避けつつ、先の方を照らしてみる。
「えっと、こっちで合ってるかな?」
「ええ、もうすぐ到着すると思いますよ」
 応えて、地図を確認するのは中野・美貴(刀槍鍛冶師・e16295)。スーパーGPSで表示された現在地から、目的地は遠くない。
「ならば、そろそろ初めておいてもいいかもしれんの」
 山内・源三郎(姜子牙・e24606)の言葉に、皆は歩きながらも頷く。
 それは、敵を誘き出すための、噂話のこと。
「秘剣を授ける天狗がいるらしい、ですな」
 そう最初に口を開いてみせたのは尾神・秋津彦(走狗・e18742)。
 城間星・橙乃(雪中花・e16302)は作戦というだけでなく、本心からわくわくした表情で、言った。
「秘剣っていったいどんなものなのかしら?」
「技なのか、類まれな切れ味の刀なのか……私としては天狗の持つ得物に興味があるので、刀であってほしい気もしますねぇ……」
 美貴は言いながら、自身の佩く刀の柄に触れてみせる。
「皆さんも、それぞれいい得物をお持ちのようですが」
「サナのは、何の特徴も無い普通の刀だよー」
 応えたサナは、日本刀・星火燎原を見せてみる。
「でも、どんなピンチもなんとかしてくれる最高の相棒なのよ?」
 謙遜はありながらも、その点は言葉通り、と言おうか、実際は雷すらも斬り裂いた逸話を持つ鋭い刀ではあった。
「ヒメルの宝剣アラボトにも目をつけるなんて、中々見どころがあるじゃない!」
 緋色の武器を誇らしげに掲げたのは、ヒメル・カルミンロート(セブンスヘブン・e33233)だ。
 ただ、その武器は見た目、かぎの付いた金属棒である。
 サナは正直に言った。
「それバールに見えるよ?」
「そう見えるのも仕方ないわね。元は深紅の優美な剣だったのだけど、修復したらこうなったのよ。どうしてかしら?」
「サナに言われても分からないの……」
 困ったようなサナと、あっけらかんとしているヒメルだった。
 美貴は橙乃の下げる刀にも目をやる。
「その剣も綺麗ですね」
「そう? ありがとう! これは越雪よ」
 橙乃は、その白い柄の、鍔に水仙の紋様が彫られている刀を少し上げて見せていた。
 すると、不意に遠くの木々に、ばさりと音が鳴る。
 橙乃はそれに気づきつつも、噂を続けた。
「昔の人は、雷が鳴る音に天狗の声を聞いたっていうし。秘剣は雷に関係したものだったりしないかしら……」
「秘法なんていうとちょっと眉唾にも思えるけどね」
 と、言葉を続けるのは三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)。
 そんなふうに言いはしつつも、自身の右腕に触れる。
「まあ、アタシの剣術も大概胡散臭い部分もあるしあんまりとやかくは言えないけどさ」
 千尋の剣術は、心を得た際に右腕を修理したら何故か覚醒したという由来を持つ。それもある意味、不思議な話ではあろうか。
 橙乃は手をぽんと合わせる。
「剣もだけど、天狗っていう伝承上の生き物に出会えるのももっと楽しみね」
「天狗って言うと、弁慶を打ち破った源義経に剣術を教えた者が天狗だったと言われているな」
 ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)は周囲に視線を走らせながら話を続けていく。
 徐々に、木々の間を何かが飛ぶような音が聞こえてきていた。
「うむ。元より天狗と武芸の関わりは深いもの」
 秋津彦も、話に頷きを返して続ける。
「柳生石舟斎が天狗に斬り付けたつもりで巨岩を断ち割ったとか、組み打ちの竹内流は開祖が愛宕山の太郎坊に術を授けられた、という異説もあるそうで」
 すると、森の中に何かの影が横切る。
 秋津彦は刀の柄に触れつつ、言葉を止めない。
「それだけに霊威ある天狗を騙る似非山伏も多かったとか。ここの天狗は、いずれでありましょうな」
「わしは詳しくはないんじゃが。天狗というと赤い顔を思いつくのう」
 源三郎も、特に緊張は浮かべず、武器には手をかけたまま言った。
「わしも酒を飲むとなんやかんや顔が赤くなるが、天狗とどっちが赤いのか見比べてみたいもんじゃ」
『呵々。ならば顔を合わせてみるか?』
 と、木々の向こうから声が響いた。
 羽ばたくようにやってくるのは、刀を差したドリームイーター、天狗。
「出たな、天狗よ」
 ラジュラムは刀を握り、見上げてみせた。
「是非俺にも、剣の手解きを願いたい」

●開戦
『良かろう。これほど多くの剣士が揃うとは愉快であるしな』
 木の天頂に降り立った天狗は、笑みを浮かべていた。
 顔は薄い朱色、大柄の青年といった風貌である。
「現れましたな! オイッ、どこ山の天狗でありますかオメーッ!」
 すると、秋津彦はヤンキー的にがうがうと睨みをきかせる。
「こちとら関東の名山、筑波山の狗賓ですぞ! 舐めんなや!」
『ほう、東の天狗とは面白い。是非腕前を見せるが良い』
 天狗は愉快そうに返している。
 ヒメルはアラボトを構えつつも声をかけた。
「八対一でも本当にやる気かしら? ヒメルは構わないけど、後で卑怯だとか言わないでね!」
『斯様な器の小さいことは言わぬよ。腕試しとは全力の斬り合い故にな』
「そ。なら、サクッと返り討ちにして、秘剣とやらも頂いてあげるわ!」
 ヒメルが言えば、秋津彦も駆け上るように木の天頂へ駆ける。
「うむ! 烈公作と伝わるこの家宝、受けて見るがいいですぞ!」
 そのまま大業物・葵崩之太刀の剛健な刃で、旋転の一撃、尾神一刀流『狼牙』を叩き込んだ。
 下方へ弾かれた天狗へ、ヒメルは翼を輝かせて飛翔。バールのかぎ部分で傷をえぐりこんだ。
 高度を落とし、地面に降りる天狗。
 そこにすかさず、サナは疾駆していた。
「今ね、そこおっ! ……月光斬っ!」
 相手が回避するより早く、勢いで押し切るように一撃。弧を描く斬撃で天狗を後退させる。
 飛び立とうとした天狗の眼前に、光が閃いた。
 源三郎が全身を光粒に変えながら、飛来してきたのだ。正面からその突撃を受け、天狗は再び地に不時着した。
 美貴は地上で、前衛へドローンを展開。シャーマンズゴーストのジークには、秋津彦に祈りを捧げさせ、戦闘態勢を整えていた。
 そのタイミングで源三郎も降り立つ。槍を構え、天狗を眺めてみせた。
「顔も、わしがキャバクラで飲んでるときの方がまだ赤いのう。おぬし本当に天狗か?」
『信じられぬなら斬ってやっても良いぞ』
 天狗は高く飛び、二振りの刀で剣気を飛ばしてくる。
 が、それは美貴が滑り込んで、庇い受けた。
「それがあなたの秘剣なの? 確かに業物のようだけど」
『さてな。秘剣だからこそ、真実を簡単には明かさぬよ』
 美貴に天狗は笑ってみせる。
「ならそれを目にするために、全力でやらせてもらうわ!」
 言って踏み込むのは橙乃。越雪の刀身を淡く光らせ、白い衝撃のような神速の一刀を喰らわせた。
 この間、千尋は右手から刀へ治癒の力を込めている。
「代わりといっちゃ何だけど、こっちは機人の剣って奴を見せてやろうかね」
 言うが早いか、美貴の患部を刀で切開。
 ダメージを受けた部分を修復した上で、素早く縫合してみせた。
「しかし、読みにくい剣術だな」
 ラジュラムは敵を見て呟いている。
 ここに来るまで、興味を奪われた青年の流派の剣術については、情報を集めたつもりだった。
 敵が興味から生まれたからこそ、役に立つと思ってのことだったが……天狗が空を飛ぶとなれば、最早それは既存の剣術ではない。
 が、ラジュラムはそれで怯むでもなかった。
「ま、いい。こっちもやることをやるだけ。天狗よ、こんな技はどうだ?」
 瞬間、桜色の地獄の炎を発現。
 その奔流を刀へ集約すると、桜焔抜刀<Jhara>。桜吹雪の如き衝撃で、天狗の全身を包み込むように斬り裂いていった。

●秘法
 天狗はふらつきながらも、すぐに立ち直って、笑みを浮かべていた。
『中々やるようであるな。だが、まだ倒れぬぞ?』
「なら倒れるまでやるだけよっ! その自信、へし折ってあげるわ!」
 すると、高らかに言ったヒメルが、全身を金に輝かせて飛来。豪速の突撃を喰らわせる。
 天狗が刀を構えると、若干ヘタレ気味に、ひえっと距離を取るヒメルではあった。が、入れ替わるように源三郎が、巫術により大きな黒い犬を召喚していた。
「お次はこいつを喰らってみるかいの」
 それは獰猛に天狗に飛びかかり、牙を突き立てていく。『GENOCIDE-FANG』、その鋭い急襲が敵の腕から血を散らせていた。
「よし、皆もどんどん攻めるんじゃ」
「ええ、分かりました」
 応えた美貴は、『三日月斬』。名の如くしならせた刃を、巫術で伸ばして天狗の足元を払っていく。
 倒れ込んだ天狗に、サナは見下ろして言った。
「いい加減、秘剣についてちょーっと気になってきたの。剣とか刀そのものなら別にいらないなって思ってたけど、そうでもないみたいだし」
『呵々。いいであろう。お主らになら教えてやろうか』
 天狗は頷いて、立ち上がる。
 すると持っている刀に自身の血を塗り付けた。心なしか、刀が鈍く光る。
『これが秘剣よ。天狗の血はあやかしの血。同時に神の血。妖術の如く、剣を強めるのだ』
「……ふぅん、ってちょっと待ってよ! それが秘法? ずるくない?」
 それに返したのはヒメルだ。
 サナも頷く。
「天狗だから出来ること、なら、人には習得できないんじゃ?」
『否。剣への想念が勝れば、猫が化け猫になるように、人は神にも天狗にもなれる。我の存在はつまり、そういうことよ』
「なるほど。つまり、まず人を辞めるくらい剣に打ち込めということ? 荒唐無稽さは、ドリームイーターらしいといえばらしい感じもするね」
 美貴がそんなふうに零すと、秋津彦は改めて刀を握り直していた。
「何にせよ、夢喰いなればこそ、おぬしは天狗を騙る者。その秘剣とやらも……小生の尾神一刀流で破ってくれましょう!」
 瞬間、駆け抜けるように肉迫。光を纏った刺突を天狗の腹部に打ち込む。
 同時、眩いばかりの雷鳴で刀を覆うのはサナだ。
「サナは、剣技の勝負だったら敵わないかもだけど……。でも、それだけが強さじゃないって証明してみせるんだからっ」
 一層激しく刀身を光らせると、波動を撃つような突きで天狗を吹っ飛ばした。
 天狗も宙を泳ぐように体勢を直し、秋津彦へ斬撃を繰り出す。
 が、即座に千尋が霊剣で秋津彦を薙ぐ。すると傷口だけが斬られ、ダメージが治癒されていた。
「剣の本数ならアタシの勝ちかもね? 敵を斬り、人を守り、そして仲間を癒す三刀流。──斬るだけの剣に遅れは取らないよ」
『成る程、面白い。だがひたすらに斬るだけの剣も、相応に鋭いぞ?』
 天狗は愉快そうに刀を構え直す。
 そこへ、ラジュラムが踏み込み、切り結んだ。
「お前さんはその鋭い刀を、何の為に振るう?」
『ただ強くある為に。それだけよ』
「秘剣とは言うけれど。生き様のようなものなのね」
 橙乃が言えば、天狗は笑った。
『その通り。剣への熱で誰にも負けぬこと。それが全てよ』
「そう。でもあたし達も、勝負に負けるわけには、いかないわ!」
 同時、ラジュラムの刺突を受けた天狗へ、橙乃は疾駆。
 相手の剣を弾くと、その遠心力を活かすように脚に炎を宿して、回し蹴りを叩き込んだ。

●決着
『天晴な強さよ……』
 天狗は膝をつき、弱った声を出す。
 そこへ千尋が、右腕のレーザーブレードユニットを起動。光刃を形成していた。
「まだまだ終わりじゃないよ。アタシの一刀も受けてみな!」
 瞬間、間合いを詰めて『光剣抜刀電鋼雪花』。視認できぬ程の斬撃が天狗を吹っ飛ばす。
「このまま畳み掛けてしまおうかの」
「うむ、反撃の隙も与えませぬぞ!」
 そこへ、光の奔流と化した源三郎が、宙を一直線に飛翔。
 刺突を含んだ突撃をかますと、応えた秋津彦も剣先から業火を生み出し、斬撃とともに飛ばして天狗を炎で包んだ。
 天狗も、剣気を飛ばそうと試みてくるが、それに先んじて美貴が接近している。
「やらせないわよ」
 そのまま袈裟に体表を斬り裂くと、ジークも追随して爪撃を喰らわせた。
 たたらを踏んだ天狗に、ラジュラムは再び、桜焔抜刀<Jhara>を行使。
「舞い散れ」
 一閃、薄紅色の炎が花嵐となって無限の斬撃を与えてゆく。
 全身を裂かれながらも天狗は刀を振るうが、橙乃が、冷気と水仙から生み出した氷刃、『歳寒幽香』で弾き返す。
「あなたと剣を交えることができて、光栄だったわ」
「うん。だから最後は本当の必殺技で行くよ。……日月星辰の太刀っ!」
 声を継ぐサナは、太陽と月と星の力を剣に宿し、刀身を煌めかせる。
 同時、ヒメルも一息に天狗に肉迫した。
「じゃあ、ヒメルもとっておきをご披露するわ!」
 瞬間、ヒメルは『電紅石火の剣』。バールでの斬撃ながら天狗を横に斬り裂く。
 そこへ、サナの振り下ろした目も眩む一閃が、縦に両断。
 天狗を打ち砕き、四散させた。

 戦闘後、場を引き上げた皆は、勝利を祝って麓の食事処でささやかな宴を催していた。
「今日はわしのおごりじゃ。せっかくじゃから好きに飲んでくれ」
 源三郎が言うと、卓についている皆はそれぞれに盛り上がっている。
「じゃあ早速、山内さんも飲みますか?」
 美貴は目上なメンバーも多いということで、酌をして回っていた。
「じゃ、アタシは酒はダメなんでオレンジジュース下さい……って一度言ってみたかったのさ」
 千尋は飲めないわけではないが、今回はソフトドリンク。
 サナもジュースを飲み、皆と歓談していた。
「こうしてみんなと一緒にお店にくるのも、楽しいねっ」
「ええ、そうね」
 応える橙乃は、美貴に注いでもらいつつ、刀剣談義の続きをする。
「それにしても人の刀を見る機会ってなかなかなかったから新鮮だったわ……! 武器について話し合うのも、大切よね!」
「そうだな。こういう機会があったからこそだ。青年の、危険を顧みずに武を求める姿勢もいいもんだ。若い時こそ、ああでなくてはね」
 ラジュラムも、杯を酌み交わしつつそう話していた。
「約束通り秘剣は教えてもらったけど、あんな形だったなんてね」
 ヒメルが言うと橙乃は頷く。
「不思議だったわね。それも含めて、もうちょっとゆっくり天狗の観察してみたかったな、なんて」
 そんな風に皆が話す頃。
 山を降りる青年の前に、天狗らしき影が現れていた。
 それは、狼天狗の面をつけた秋津彦である。
「小生が、稽古にお付き合い致しますぞ」
 それから秋津彦は、一刀流の術を披露し、青年と稽古をした。
 それは秘剣の類ではない、だが、青年の剣への熱を受け止めるに十分な経験ではあったろう。
 青年は、自己の鍛錬を欠かさぬと約束して帰っていった。
「いい夜ですな」
 秋津彦は面を取って仰ぐ。
 平和の戻った夜空には、月明かりが淡く淡く、広がっていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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