碧の光、初夏の蛍舞い

作者:崎田航輝

 さらさらという水音が、叙情的な空気を紡ぐ、初夏の小川。
 空を見上げれば星明かりが煌めいているが……しかし目の前にも、美しい光が舞い踊っていた。
 それは、無数の緑の光。
 川音をバックに、夜の河原を飛び交う――蛍の群れだった。
 その中に、歩いてきた1人の少年がいる。
 少年は、飛び交う碧の光舞いに、感嘆しながらも……ある噂を求めて、川を見回していた。
「ここだよね……魔法使いの幽霊が出るっていうのは」
 独り言のようにいいながら、草木の生える奥へ奥へと入って行く。
「昔からここは、余り蛍が減らなくて……それはずっと魔法使いが環境を守護していたから、なんだっけ」
 魔法使いは死後も幽霊となり、自然を守っている……というのが噂の骨子だ。
「人間を見つけると、自然を破壊する人なんだって思って無差別に襲ってくる、っていう話だけど……」
 それでも、蛍のように美しい魔法を使うということで……少年は蛍はもちろんだが、それを見たくてやってきたのだった。
 実際は、どれだけ奥へ進もうとも、幽霊は見えなかったが……そのとき。
「――私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 背後に、1人の魔女が現れた。
 手に持った鍵で、少年の心臓をひと突きする――第五の魔女・アウゲイアス。
 少年は意識を失い、草むらに倒れ込んだ。
 すると奪われた『興味』から――大きな三角帽を被った少女が現れる。
 少女は碧色の魔法陣を描くと、きらきらとした粒子を空中へ散らす。それは蛍の光と一緒に、舞い踊っているかのようでもあった。

「沢山の蛍が踊る川、ですか。是非、見てみたいですね」
 アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)の言葉に、ええ、とイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は頷いた。
「とても綺麗なようですよ。夏というのは、こういうところも良い季節なんですね」
 それから改めて皆を見回す。
「というわけで、今回はアレクセイ・ディルクルムさんの情報により、ドリームイーターの出現が予知されました。第五の魔女・アウゲイアスによるもので――長野県の小川にて、少年の興味から生まれるようですね」
 放置しておけば、ドリームイーターは人間を襲ってしまうことだろう。
 それを未然に防ぎ、少年を助けることが必要だ。
「皆さんには、このドリームイーターの撃破をお願い致します」

 それでは詳細の説明を、とイマジネイターは続ける。
「敵は、人型のドリームイーターが、1体。場所は小川になります」
 小川は浅く、周囲も草木がある程度で、戦闘に影響のあるような大きな障害物などはない。
 一般人もいないので、避難活動なども必要はないと言った。
「誘き出すことは、できるんでしょうか」
 アレクセイが言うと、イマジネイターははいと頷いた。
「ドリームイーターは人間を見つければ襲ってくる習性があるので……何でもいいので人がいる気配を感じさせることが出来れば、誘き出せるでしょう」
 自分を信じるものに引き寄せられる性質もあるので、魔法使いの噂話をするのも有効だと言った。
「ドリームイーターの能力は、光の粒子を纏わせる遠単パラライズ攻撃、光の舞踏で夢想状態にさせる遠単催眠攻撃、光の武器を具現化させる近単武器封じ攻撃の3つです」
 それぞれに気をつけておいて下さい、と言った。
 アレクセイは1つ頷いて口を開く。
「自然を守るため――というなら、こちらこそ倒さねばなりませんね」
「ええ。敵を倒せば蛍鑑賞する時間もあると思いますので……是非、頑張ってきてくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
藤林・シェーラ(曖昧模糊として羊と知れず・e20440)
ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)
レオンハルト・ヴァレンシュタイン(ブロークンホーン・e35059)

■リプレイ

●蛍火の戦い
 ケルベロス達は、蛍の輝く小川へとやってきていた。
「他の一般人の方は、いないようですわね」
 と、その中の開けたところで、周囲を確認しているのは霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)。
 皆も、到着と同時に見て回り、安全は確認している。
 既に臨戦態勢は出来ていると言ってよかった。
「じゃあ、あとは、砂利に足を取られないように、ってことくらいに注意して――始めようか」
 そして、藤林・シェーラ(曖昧模糊として羊と知れず・e20440)の言葉に、皆は頷く。
 開始するのは――敵を誘き出す為の、作戦だ。
「蛍を観るのは初めてだ。やっぱり、綺麗だね」
 と、最初に口を開くのは、ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)。柔らかな笑みで浮かべる感嘆は、同時に本心でもある。
 レオンハルト・ヴァレンシュタイン(ブロークンホーン・e35059)は頷いてみせつつ……話を続けるように口を開いた。
「ここに魔法使いの幽霊が出る、じゃったか。何とも幻想的な噂じゃな」
「死んだ者の魂と言われる蛍と、死者となり自然を守る魔法使い。変な組み合わせやねぇ?」
 月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)も、辺りを見回しつつ言うと……レオンハルトはうむ、と声を返す。
「環境を守護する、というと何とも耳が痛い話じゃが。……いかような者なのじゃろうな? 古き良き魔法使い然とした新緑色のローブに、とんがり帽子に樫の杖など浮かぶのじゃが――」
 と、話していると、蛍の間に微かに別の光が見えた。
 それが近づくのを感じながらも――ちさは言葉を続ける。
「魔法使いに見えて、幽霊だともわかる容姿というと少し不思議な感じですわ。実際に見られるなら、見てみたいですわね」
「あるいは……この蛍も魔法使いの魔法で実は幻なのかも知れないよ」
 そしてティティスがそっと、添えるように言ったとき。
 それは蛍の間から姿を現した。
 三角帽を被った少女の魔法使い。光を散らしながら、自身は半透明の体を持つ、ドリームイーターだ。
「出たか。皆、始めるぞ」
 と、先んじて、黒い偃月刀を掲げたのはヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)。
 瞬間、そこに目映いほどの雷鳴を宿らせて、地を蹴る。
 そして肉迫すると同時――初手、魔法使いへ痛烈な刺突を喰らわせた。
 シェーラはその間、紙兵の霊力で前衛を包み、耐性を高めている。
「あんまり長引かせると周辺環境にも悪いし、手短に終わらせたい所だね」
「そうじゃな。早めにけりを付けて、ゆっくりホタル観賞と洒落こむとしようぞ」
 応えるレオンハルトは、扇子をパチンと鳴らす。
「――竜王の不撓不屈の戦い、括目して見よ!」
 そのまま、オウガメタルを流動させ、魔法使いへ正拳付きを打ち込んだ。
 追随してレオンハルトのオルトロス、ゴロ太もパイロキネシスで敵のローブを燃やしていく。
 魔法使いは、粒子をヴォルフへ飛ばしてきたが――それを、朔耶のオルトロス、リキが跳躍して庇っていた。
「ようやった、リキ!」
 朔耶は黄金の果実を生成し、即座に回復防護。そのままリキ自身には、斬撃を伴う突撃で反撃させた。
「エクレアも、回復をお願いしますわねっ!」
 ちさの声に呼応して、ウイングキャットのエクレアも、翼から光を注いで前衛を癒していく。
 そして、ちさはその間に魔法使いへと踏み込み――低い軌道を取った跳躍からの、回し蹴りを直撃させていた。
「ボルド、アンタもあんな風に私の盾になっていなさい」
 花道・リリ(合成の誤謬・e00200)は、ふと振り返って言う。
 視線の先にいるのは、ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)。リリは憎まれ口を叩くように、続けた。
「もし戦闘で役に立たなくても、常に盾になっていれば身代わりくらいにはなれるかも知れないわよ」
「……俺は今アンタの背中で戦っているんだが」
 ルースはというと、こちらもどこかつっけんどんに、返す。
「真後ろいる俺がどうやって壁になるんだ。ずっと出張ってろと言うのか」
「……」
「いいか。わざわざ陣形を崩――ぐっ」
 途中で、リリが暴力に訴えてルースの口を止めた。
 リリはそれきり敵へ魔力の水滴、『魂の解』を降らせて攻撃に集中する。
 ルースも、リリをひと睨みしているが……魔法使いがリリを攻撃しようとすると、リリの側から即座に轟竜砲を放ち――その攻撃を止めていた。
『蛍を……守る』
 魔法使いはそれでも魔法陣を描き出しているが――。
「いいや、守るのは僕達だよ。相応しくない悪夢はここで絶たせてもらう」
 ティティスが大鎚から、砲弾射撃。
 魔法陣を突き破るように、魔法使いの足元を穿っていく。

 一度倒れ込んだ魔法使いだが……ゆっくりと起き上がっていた。
 そのまま、光の剣を発生させてくる、が――。
「義兄、くるよ」
「分かっているさ」
 朔耶に応えるヴォルフは、宙を飛んでくるその光の剣に視線を合わせ、軌道を読んでいる。
 元々、相手の挙動、距離、空間を認知するのに長けているヴォルフである。すんでのところで、剣線を読みきり――その一撃を回避してみせた。
「では、反撃は行きますわよ!」
 と、疾駆するのはちさ。
 降魔の力を拳に込め……まっすぐに一撃。魔法使いを正面から吹っ飛ばす。
 魔法使いも、杖に魔力を集めているが……そこへ、跳躍したシェーラが肉迫していた。
「悪いケド、ここから一気にやらせてもらうよ」
 言葉と同時、頭上を取ったシェーラは――そのままひらりと回し蹴りを叩き込む。
 たたらを踏んだ魔法使いへ、朔耶は、『天狼召喚』。
 翼の生えた、巨大な獣の御業を生み出し……目映い雷撃で、小爆破にも似た衝撃を与えた。
「頼んだよ、義兄――!」
「ああ、これで終わりだ」
 小さく言ったヴォルフは、シースナイフを抜く。
 その瞳に滲むのは、ただ、相手を殺すためだけの興味。
 あくまで、敵を殺す対象としてしか視ないヴォルフは……一片の躊躇もなく、ナイフを縦横に走らせ――魔法使いを千々に四散させた。

「終わりましたわね。お疲れ様ですわ」
 戦闘後、ちさの言葉に皆は頷き、息をつく。
 そして、目を覚ました少年の元へ歩き、介抱した。
「大丈夫かい」
 シェーラの言葉に、少年は健常に返事をする。
 シェーラが一応、病院にも行くよう進めると……少年は頷いて、ケルベロス達にありがとう、と礼を言っていた。
 そうして少年が帰っていくと――皆は改めて、周辺の必要な箇所をヒールして……。
 蛍の鑑賞をそれぞれに始めることにした。

●蛍狩りへ
 皆が移動する中、ルースはリリの方へ向く。
「俺達は、どうする――っ、と」
 そこでルースが少しつんのめる。
 リリが何を言うでもなく……ルースを引っぱって歩き出していたのだ。
 良い場所でも見つけたかと、ルースも、とりあえずは黙ってついて行く。
 そこは川のほとりで――無数の蛍が飛び、川面にも緑の光が反射する、美しい一帯だった。
「静かだし、この辺りでいいでしょ」
「そうだな」
 リリに、ルースは応え……2人で、蛍の鑑賞を始めた。
 他のものの声も聞こえず……水音と、煌々とした緑の蛍だけが、2人を取り巻いている。
 リリは先程より少しだけしっとりとした口調で言った。
「ねぇ、アンタは蛍って見たことある?」
「母国にいた頃、近所のデカい公園にわんさかいたな。だが日本の蛍は初めてだ」
 ルースは応え、そしてまた声を零す。
「……綺麗なもんだな」
 それは、記憶にある蛍とは違って見えたからだ。
 リリはちらとだけ見て、口を開く。
「私もいつだったか、ひとりで見たことがあるわ。その時は、何も思わなかったけれど――今は、とても幸せな気持ちよ」
 と、それにルースが何か応える前に……リリは一歩踏み出した。
 そのまま、靴を脱いで少し川に浸かる。
 ぱしゃりと音を立て、振り返った。
「まだ少し水は冷たいけれど、気持ち良いわよ」
「……ああ」
 ルースは少し、その大胆な行動に戸惑っている。
 というよりも、その光景に、見惚れていた。
 その内にリリが、おいでとばかり、手招きをする。
「来なさいな」
「……」
 ルースは――不可侵にも思えるそこへ、踏み入るのは憚られた。
 だがそれも一瞬。
 照れ隠しの苦笑を夜闇に隠し、従順さを示すために靴を脱ぐ。
「それでいいわ」
 と、リリは恋人の従順な様子に満足。ぴちゃぴちゃと足で水を蹴り始める。
 ルースはリリの手を取り、それを見守っていた。
「ガキみてぇ」
 そんなふうに言いながらも、しかし疲れた足が冷んやりと心地良い。その内にルースも、一緒になって川遊びに興じた。
 碧の光が踊る中、2人の男女も、まるで踊るように戯れる。
「ほら、元の場所までつれて行って」
「分かったよ。これでいいんだろう」
 リリに従うように、ルースは手を握ったまま、川の手前まで戻る。それでも手は暫く、解けない。
 ルースにしても、今見る蛍が新鮮で、美しく映る理由は分かりきっていた。
 だから、今はこの幸福を刻もう。
 ルースは静かな表情にそんな想いを浮かべ……。
 2人で今暫く、蛍の光を眺めていた。

 ティティスは、アレクセイ・ディルクルムと落ち合っていた。
「お待たせ!」
「お疲れさまです」
 ふわりと笑みを浮かべるティティスを……アレクセイは楚々とした仕草で迎える。
 そして2人は、蛍の美しい場所へと歩いた。
 そこは360度に蛍が広がる、光の楽園のようだ。
 アレクセイは感嘆するように見回す。
「流石ティティスさん、素敵な場所ですね。舞う蛍がまるで星の海のようで美しいです」
「隣にいるのが君の姫ではなく、僕なんかでごめんね?」
 ティティスが申し訳なさげに言うと、アレクセイは息をつく。
「いけませんよティティスさん。僕『なんか』は禁止です。貴方は貴方の思っている以上に素晴らしい方なんですから」
「う、うん――」
 アレクセイは微笑む。
「ふふ、それに、大丈夫です。姫はいつも心の中に共に在りますから」
「……」
 ティティスは、そんなアレクセイを見つめる。先のように言ったのは、アレクセイが憧れであり一目置く存在でもあるからだ。
 星空の翼に星の角。金の瞳は満月のようで――。
(「本当に彼には夜が良く似合う」)
 ティティスはそれから、蛍も眺めるが……ふと、目を伏せた。
「蛍は美しい、けれど。魂の様にもみえて……切ないな。まるで責められているようで」
「ほら、また」
 と、そこにも、アレクセイが声をかける。
「自分の価値を自分で貶めないで下さい。貴方を責めるわけがない――この優しい光……貴方を歓迎していると私は思います」
 それから、にこりと笑いかけた。
「せっかくお美しいのですから、貴方はもっと笑ったほうがいい」
「そ、そうかな――?」
 ティティスは面くらいながらも……素直に嬉しく、心が軽くなる。
 次に見た蛍は、地に輝く星のよう。
 近くを蛍が飛べば、ティティスの白雪の髪とアイオライトの瞳に碧が反射し、一層美しい輝きを生む。
(「この気持ちを僕は忘れないだろう」)
 過去を受け止める勇気を貰った、ティティスの世界は――今、新たに拓けたようでもあった。

 レオンハルトは、アーティラリィ・エレクセリアと並んで歩いていた。
「補佐かたじけない。今日は助かったのじゃ」
 素直な労いと感謝を浮かべるように、レオンハルトは言う。
 戦闘にて助力していたアーティラリィは……胸を張るように返した。
「ふ、必要とあらば手を貸すまでじゃ。被害も防げたようじゃし……ま、互いにお疲れ様じゃな」
「うむ」
 レオンハルトも頷き……2人は小川へ近づいた。
 途中、レオンハルトはアーティラリィに向いて、さらりと言う。
「その浴衣、アーティ殿によく似合うておるぞ」
 アーティラリィは、少し袖を広げて見せるように、頷いた。
「蛍を見るということじゃったのでな。……そう言われると、何じゃ、着てきた甲斐があったかのう」
 そうして笑みを浮かべて見せていた。
 小川は、清流が心地よく音を奏で、蛍が緩やかに光の軌跡を描いている。
 レオンハルトは見回し、感心するように言った。
「蛍の光と小川のせせらぎ。なんとも、風流な光景じゃ」
「そうじゃな」
 アーティラリィも、儚くも夜空に輝く蛍を見て、微笑みを浮かべていた。
「蛍は美しいのぅ……」
 仰ぎながら呟くアーティラリィ。
 その横でレオンハルトも、ふと声を零す。
「とても、美しいのう」
「やはり、レオン殿も蛍は美しく感じるのかのう」
 アーティラリィが聞くと、レオンハルトはてらいなく首を振る。
「いいや、風景ではなく、光に照らされるアーティ殿の横顔の話じゃよ」
「な……何を言っておるんじゃお主は!?」
 アーティラリィは慌てて、視線を前にやった。
「まったく、蛍の話じゃろう! ほら――特にあの辺りが、余は美しいと思うのじゃ……」
 と、言葉を続けつつも……それは気恥ずかしさからの照れ隠し。
 可愛いならともかく、美しいと言われることに慣れていないアーティラリィである。
 それから少し、冷静になるまで時間は要しつつ……。
 暫く、2人で鑑賞を続けるのだった。

「さて、じゃあ私も、のんびり蛍を眺めるとしようかなー」
 他の皆が移動していく中、シェーラもまた、鑑賞を始めようとしていた。
 それを見つつ、ちさも頷く。
「そうですわねっ。蛍が特に集まっているところを、見に行きたいですわっ」
「じゃあ、その辺りも探しつつ、歩くか」
 と、それにヴォルフも応える。
「ええね。とりあえず、川の近くにいこか?」
 朔耶もまた言って……それぞれに、歩き出していた。
「ふふ、皆お疲れさま。川にはお土産も冷やしてあるわよ?」
 と、皆に、にこりと笑みを浮かべてみせるのは、シュメルツェン・ツァオベラー。
 戦闘から支援に参加しており……蛍鑑賞の準備もしっかりとしてきていたのだった。
 皆は、それらに従って、ひとまず川の前へ。
 するとシュメルツェンの言葉通り、そこにビールとジュースが冷やしてあった。
「成る程、準備がいいな」
「皆の分があるから、蛍を眺めながら飲みましょ♪」
 ヴォルフに言ったシュメルツェンは、括ってあったジュース類を川から出す。ひんやりとした触り心地の瓶や缶を、皆に渡していった。
 皆はそれを手に……ひと息ついたように、蛍を見た。
 遠くでは光の粒子が瞬くように……近くでは光を灯した精霊が舞うかのように、あらゆる距離、角度で蛍が浮遊している。
「改めて眺めると、本当に綺麗ですの」
 ちさは少し感動したように、視線を巡らせる。
 木々の間を抜ける光。川面に反射し煌々と輝く光。それぞれの場所で蛍は美しい。
「確かに、綺麗やねぇ」
 朔耶は言いながら、蛍を自分の近くに誘導するように、ゆっくり歩きながら、手を動かす。
 すると、蛍がそれに釣られるように飛び、手に合わせて碧の軌跡が描かれるようだった。
「中々、楽しいわ」
「ええ。本当ね」
 そんなふうに応えるシュメルツェンは、既に瓶を片手に、上機嫌といった様子だ。
 飲み進めながらも、同時に風景も楽しむように、仰いでいる。
「こうして蛍を見てると、夏が来たって実感できるわね♪」
「そうだな」
 ヴォルフは、それに少し頷く。
 蛍は、ヴォルフの出身のドイツでも、風物詩としてよく家の庭に出ていた。
 だからこうして眺めると、どこか、見慣れたものをまた目の当たりにした、という感覚も生まれていた。
 ただ、そんなヴォルフでも、やはりこの光景は綺麗に思え……暫し、それを眺めながら涼風を楽しんでいた。
 と、その横でちゃぷりちゃぷりと音がする。
 リキと、シュメルツェンのボクスドラゴンであるツェーレが、川遊びをしているのだった。
 リキがわふっと鳴いて、水面に潜ってみせると……ツェーレもまた潜って、その中で桜の光を生んでみせる。
 するとリキもまた、青い火を灯し……蛍の碧と相まって、光の饗宴となっていた。
「こういう景色を見てると、BBQとビールを楽しみたくなるわ」
 初夏の風景に、シュメルツェンは言葉を零す。
 朔耶は頷く。
「そん時は、また皆で行くのもええかもね。メルさん、今日はありがとな」
「こちらこそ、楽しかったわ♪」
 シュメルツェンはそんなふうに返していた。
 一方、シェーラはそれらの邪魔にならないようにと……隠密気流も使いつつ、ひっそりと蛍を眺めていた。
「しかし、もう蛍が舞う季節なんだ。ヤ、季節が巡るのは早いねェ」
 呟きつつ、上方を見上げる。
 すると星空が見え……蛍の光と混ざって、空間の全てが煌めいているかのようだった。
「ついこの間まで桜が咲いてた気がしたんだケドなー。歳かな」
 シェーラはそんな、見た目に見合わないことも言いつつ……鑑賞を続ける。
「蛍というのは、貴重なようですわね」
 ちさは、無数に空を飛ぶ光を眺め、ふと言った。
「そんな蛍の為にも。場所も、人も、守れるようにしたいですわね」
 その言葉には、皆も頷きを返す。
 ケルベロスに守られた蛍は……まるで楽しむように、空中を飛びかっている。
 この景色がいつまで残るかは、定かではない。それでも、それぞれの決意を秘めつつ……ケルベロス達は、暫し蛍の空間の中にいた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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