六月の指輪

■リプレイ

●入門
「それでね、敵を倒すためにこはるたちが囮になるから、弟子入りさせてもらいたいの」
　長野県内、指輪工房。
　到着したケルベロス達は、早速職人に接触していた。
　事情を話す伊佐・心遙（ポケットに入れた飛行機雲・e11765）に、職人の男性は状況を理解し、なるほどと頷いている。
「不躾にも押しかけてしまい申し訳ナイが、熱意は汲んで頂きたい」
　目面・真（たてよみマジメちゃん・e01011）も続けて説明し、皆で弟子入りを請うと……職人は、分かりましたと了承した。
「では、期間も短いですし、早速作業に移りましょうか」
　と、すぐに皆を連れて工房へ入っていくのだった。

　細かい道具の並んだ、金属加工場という様相の工房。
「では師匠、ヨロシクお願い致します」
　真のそんな言葉を合図に……皆はすぐに、修行へと入っていた。
「真さんは、どんな指輪にするの？」
　それぞれ、卓で作業を始める中――真に聞くのはルリカ・ラディウス（破嬢・e11150）。今は材質を選ぶ段階だった。
　真は、既に熱して指輪の原形となっている金属を見せた。
　それは金と銀を混ぜたホワイトゴールド。加工のしやすさと白色の美しさがバランスの良い、シンプルなリングに適したものだった。
「オレは究極にシンプルな物を作ろうと思ってね」
「そっかぁ。やっぱり初心者だし、そういうものの方が作りやすそうだよね」
　応えるルリカも、シンプルめのファッションリングを作ろうと思っていたところだ。
「修正も聞きやすい素材だと、銀製とかがいいのかな」
　それに、職人はええ、と頷いていた。それでルリカは銀製に決め……早速職人監督の下、地金の形成にトライしていた。
「やっぱり銀はいいわよね」
　と、既に細工に入っているのは愛沢・瑠璃（メロコア系地下アイドル・e19468）だ。
　こちらはシルバーアクセサリになる指輪を作るために、タガネで削り、模様を付けていた。
「とても、素敵なデザインですね」
　リュティス・ベルセリウス（イベリス・e16077）は、少々感嘆交じりに言う。物腰は柔らかく穏やかだが、どこか楽しげでもある。
　瑠璃は手を動かしつつ、そうでしょと応えた。
「パンクでロックなシルバーリング。それをアイドルがデザインするなんて素敵でしょ。そっちのも、良い感じね」
「ありがとうございます。私も、細工の綺麗な物を、と思いましたので」
　そう言うリュティスも銀製の指輪だ。つるりとした部分や宝石のように煌めく部分が入り混じったような、文字通り細工の美しいものになっている。
　ミカ・ミソギ（未祓・e24420）は、デザイン画を描いている最中だ。
「これは、その指輪がモチーフなのですね」
　職人が尋ねると、ああ、とミカは頷いて、自身のそれを見せる。
「定命化前から唯一持っているものなんだ。これを元に、ファッションリングでも、と思っているのだけど」
　ミカも職人と話しつつ、細かいところを詰めていく。ミカの所持品がモチーフと言うことで、金製で宝石をあしらったものに決め――早速鍛造の鍛錬に入っていた。
「君の物も、良くできてるな。それは少し、小振りなのか」
「ありがとう！　可愛いのがいいなって思って、ピンキーリング作ることにしたんだ」
　ミカに頷くのは心遙。それは可憐なデザインの、小指用の指輪だ。
　ラピス・ウィンドフィールド（天蓋の綺羅星・e03720）も、それをちょっとのぞき込む。
「わ、本当だ、可愛い。宝石も入れるんですね？」
「うん。１０月の誕生石にしようと思ってるの」
　言って、心遙は迷うように、研磨前の宝石を幾つか眺める。その内に、１つを手に取った。
「淡い赤のトルマリン。朝焼けの空の色に似ててきれい――うん、これに決めたっ」
「美しいリングになりそうですね」
　ラピスが微笑むと、心遙はそちらの方ものぞき込む。
「ラピスさんのも、デザインがすごく綺麗！」
「ふふ、折角作るんだから好きなもの妥協せずに作りたいと思ったんです」
　それはプラチナベースで、柔らかなウェーブを描く波の模様と、それに浮かぶようなシェルがあしらわれたデザインだ。
「ここの曲線が難しいんですけど……」
　言いつつも、職人に手ほどきを受けつつ波の細工を施していく作業は、ラピスに取って愉しいものだった。
「ちょっとハマりそうです……♪　って、大丈夫ですか？」
　と、ラピスが尋ねるのはメルナーゼ・カスプソーン（昼寝しながら戦う噂あり・e02761）だ。
「大丈夫です……はぁ……いえ、やっぱりきついですね……」
　メルナーゼは金槌で白金を叩きつつ、ちょっと息を切らしていた。
　元々、いつ如何なるときでも眠れる体質も相まって、体力もないので、ハンマーを振るうのは大変そうだ。それでも続けられるのは体をヒールしてもいるからか。
「でももの凄く細かくて、美しいです」
　ラピスが感嘆するとおり、メルナーゼの指輪はスズランの柄が刻まれた、細工の精緻な一品だった。
「そうですか……？　鋳造では経験があるからですかね……ありがとうです……」
　実際、普段から細かい作業は慣れていて、彫金も得意とするメルナーゼだ。ある意味では得意分野でもあるだろう。職人と共に腕を磨くと、技術はすぐに上達していった。

●研鑽
　日も変わり、皆も作り直しや更なる試作などを重ねて……。
　この日、それぞれの指輪が、一応の完成段階に入っていた。
「もう少し……」
　ラピスは指輪の、シェル部分の滑らかな丸みを出すために磨きを続け……ピカピカになるとほっと一息。
　最後に、ブルーフローライトの石を、ちょっと緊張しつつ嵌め込み、完成。指に付けて、眺めた。
「出来ました……われながら上出来♪」
　それはプラチナの波とシェル、蒼い石がマッチした、海を想起させるリングだった。
「とても素晴らしい出来だと思います。こちらも、良くできていますね」
　と、職人が次に見るのはリュティスの指輪。
　シンプルなシルエットだが、幾何学を思わせる美しい紋様の細工が特徴的だ。
「ありがとうございます。ご教授の結果だと思います」
「あたしのシルバーリングも、良いものに仕上がったわ」
　と、完成品を見せるのは瑠璃。シルバーアクセらしく、輪郭は大きめで、洒落たデザインだった。
　一方、メルナーゼの指輪は、細工の精緻さが一層増している。
　旅人への贈り物として考えたデザインであり……スズランの柄には、花びらの代わりに小さなアンモライトが埋め込まれ、角度によって虹色に煌めく美しさを演出していた。
「これで一応は完成ですかね……あとは細かいところの修正などは必要そうですけど……」
「このままでも、充分に綺麗なものだな」
　と、ミカもメルナーゼに言っていた。
　ミカ自身の指輪も、既に磨き上げの作業に入っている。翠玉を嵌めた金の指輪だが、華美なだけでなく、叙情的な輝きもたたえた一品に仕上がりつつあった。
「シンプルにと思ってたけど、それでも中々大変だったなぁ」
　と、言葉を零すルリカも、今し方磨き上げの作業を終えたところ。
　光を目映く反射する銀の指輪は……言葉通りシンプルだが、同時に美麗さも持っていた。
「そうだな。だが自分で作るのも、イイ経験だったと思うよ」
　そんなふうに言う真も、ホワイトゴールドのリングが完成している。傷もなく歪みもない、飾り気すら排除したような一品だが、それ故の機能美を感じさせた。
　ルリカはうん、と応える。
「指輪作り、意外と楽しかったな。……でも、職人さんが作ったような指輪を作れるようになるのって、長い道のりだよね」
　工房には、職人が作った指輪も数多くある。それはやはり完成度が高く、どれも美しかった。
　瑠璃もそれを見て、頷く。
「歌も踊りもパンクにも通じることだけど……何か一つの技に打ち込んで飽くなき探究を続ける人って、サイコーにロックだと思うわ」
　並ぶ指輪は、婚約指輪や結婚指輪として作られた物も多い。
　心遙はその一つを眺めている。
「こはるはまだ、けっこんとか……恋愛とかはピンと来ないの。でも、これが綺麗なのはわかるし……職人さんが作った指輪で、１人でもたくさんの人が幸せになれるといいよね」
　心遙もまた、自身ではトルマリンの美しい指輪を完成させている。
　それはやはり、職人の助力あってのことだ。
「ええ。だからこそ、職人を野望の道具にして使い捨てようなんて許せないわ」
　瑠璃の言葉に、ルリカもそうだね、と声を継ぐ。
「絶対守らなきゃね」
　それには、皆もまた頷き……最後まで、更なる研鑽を続けるのだった。

●奇襲
　そうして、計３日が経ったその日。
　予知通り、螺旋忍軍２体が、工房を訪ねてきた。
　ケルベロス達は、職人を隠れさせ、自分達の内３人ほどで対応する。
　それでも、研鑽した技術で上手く螺旋忍軍に信じ込ませ……弟子として入門させることが出来ていた。
「さて、工具が足りないようだ。離れの一室に予備があるので取りに行こう。一緒においで」
　そして、真がそう言って、外に連れ出すことにも成功。
　裏で連絡を取り合い、皆が待ち伏せ態勢を取っていることも知らず――螺旋忍軍はそのまま野外の開けた場所へ誘き出された。
「む……離れの一室とは――？」
　と、螺旋忍軍が今更気付いたように見回したところで……。
「申し訳ありませんが、そのようなところはありませんよ」
　虹色の光が拡散、辺りを取り巻いた。
　陰から飛び出したリュティスが、ブレイブマインを発破させていたのだ。
　同時、潜んでいた皆も飛び出し……サーヴァントも含め、１１人で２体を取り囲んだ。
　螺旋忍軍は、驚き見回すが――既に戦闘は始まっている。
　そこにきらきらと散るのは、真紅の花びらのオーラ。
「はいはい。キミ達はここで終了だよ」
　と、手をのばすルリカの、『超・散華』だ。それが道化師の方を取り巻き、麻痺性のダメージを与えていく。
「く……ケルベロスか……！？」
「気付いても、遅いよっ！」
　慌てる道化師へ、心遙は『3カウント・ドロップス』。
　周囲に色とりどりのドロップスを出現させ――目をつぶって3カウント。彩色豊かに破裂したドロップスが、道化師の麻痺を強め、行動を奪った。
　呻く螺旋忍軍の顔が、悔しげに歪む。
「まさか我々を騙すとは……確かに職人のような技術に見えたのだが――」
「私たちの技術を認めてくれるのは嬉しいですけどね……」
　応えるように翼を発光させるのは、メルナーゼだ。
「それでも……一朝一夕で技術を習得しようだなんてふざけた心意気ですよ……遠慮は無しです……」
　そのまま目映い光を増幅させ、２体を雨のような光線で巻き込んだ。
　瑠璃も対物銃・ハートブレイカーの発射口を向けている。
「そうよ、あんた達に教えられるのは――プロデューサーさん直伝の地獄のドラムテクニックとヘドバンだけよ！」
　言葉と共にレーザーを迸らせると……同時、ウイングキャットのプロデューサーさんも飛来し、爪での乱打攻撃を加えていった。
　ラピスは天空に、ひらひらと瑠璃蝶を舞わせている。
　その美しき力、『天蓋の蝶』は……風の刃となって、道化師の全身を切り裂いていく。ラピスは聞くように口を開いた。
「それにしても、螺旋忍軍って暇なんですか？　あちこちに手を出して……」
「確かに、職人的な技ばかりを狙っているな。回りくどいこと自体に意味があるのか」
　ミカも言うと、既に満身創痍の道化師は首を振る。
「貴様らにこの崇高な目的は分からぬよ」
「何でもイイさ。どんな意図だろうと、害をなすのであれば滅するのみだ。――その身を焦がせ。貫けっ！」
　と、そこへ真がエネルギーの矢を発射。
　吹っ飛んだ道化師に、ミカが羽ばたいて接近する。
「そうだな。ここで退場してもらおう」
　そのまま豪速の蹴りで――その１体を消し飛ばした。

●決着
「よし。このまま一気に行こう」
　真は、間断を置かず銀粒子を展開。前衛の知覚力を高め――さらに敵へは、ナノナノの煎兵衛にめろめろハートを撃たせていた。
「そう簡単にやられるものか……ッ」
　残る螺旋忍軍も、ようやく刀を手にするが――そこに、ルリカが惨劇の鏡像を映し出し、精神を蝕んでいく。
「簡単って言うけど、こっちもしっかり準備してたんだよ？」
「そうですよ、鍛錬に、職人さんの技術……その全部で、貴方たちを倒すんですっ！」
　ラピスも言葉を継ぐように、地を蹴ってキックを当てた。
　敵も、ラピスに斬撃を加えるが……。
「すぐに回復いたしますので、少々お待ちください」
　と、リュティスがメイド服をたなびかせつつ、『安らぎの風』を吹かせる。
　その心地よい風が、浄化するようにラピスを癒すと、ウイングキャットのシーリーも翼から光を放ち、治癒を進めた。
　螺旋忍軍は連撃を狙い、再び刀を振るうが……心遙の飛び蹴りがそれを弾く。
「やらせないよっ！　るりさん！」
「わかったわ。――縦ノリでもしてなさいっ！」
　応えた瑠璃は、大斧をまっすぐに振り上げ、敵の脳天に強烈な一閃を喰らわせた。
　ふらつく螺旋忍軍に、ミカは『銃弾拳法・光式』を行使。
「礎に慟獄、此に光。目せよ、俺の“銃弾”を」
　瞬間、非実体の光翼を身体に纏い、運動エネルギー量を操作。光を煌めかせると共に……慣性と重量を操りながら無数の打撃を繰り出していく。
「もうそろそろ……終わりです……？　……ぐぅ」
　と、メルナーゼは半ば眠りながらも、魔法の吹雪で敵の体表を凍てつかせていた。
　螺旋忍軍は、這うように近づいて来る。
「技術を……持ち帰るのだ……ッ」
「悪いが、ソレは叶わない。空隙拡散。氷弾よ、大気を斬り裂け！」
　そこへ、真が『凍爆』。空間に生んだ冷気の亀裂とともに、敵の体力を奪うと――。
「ええ。貴方たちの目論見は、ここですべて壊してあげます！」
　ラピスが肉迫し、拳で一撃。
　螺旋忍軍を吹っ飛ばすと共に、四散させた。

「皆、オツカレサマ」
　戦闘後。真が言うと、皆はそれぞれに息をついていた。
「お怪我などはございませんか？」
　リュティスも見回しつつ聞くと、皆はそれにも頷きを返す。
　その後職人の無事も確認し、晴れて数日に亘る作戦が終了したのだった。
「じゃあ、まわりをヒールしよっか」
　と、心遙の言葉を機に、全員で荒れた地面などを修復。一帯の美観も取り戻す。
　そして、工房の前。
　ケルベロス達は職人に見送られ、別れを告げるところだった。
　真は改めて、職人に感謝を告げる。
「世話になった。技術も教えてくれてアリガトウ」
「こちらこそ守って頂き、感謝します」
　職人は、そう丁寧に応えていた。
　メルナーゼも、頭を下げて尋ねる。
「また来てもいいですか？」
　それにも職人は、いつでもお待ちしています、と歓迎の意を表していた。
「いい経験になったな」
「そうね。とにかく皆無事に終わってよかったわ」
　ミカに、瑠璃も応え……工房から歩き出す。
　皆もそれに続き……三々五々、帰還していくのだった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月1日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 4
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