載霊機ドレッドノートの戦い~その歯車は回らない

作者:五月町

●思惑を乱せ
「さぁてあんた方、ひとつ踏ん張りどころだ。載霊機ドレッドノートへ一緒に向かってくれるかい」
 騒がしくなったヘリポートの一角に姿を現したグアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)は、ぎらりと輝く小さな眼で集まったケルベロス達を見渡し、詳細を語り始めた。
 弩級兵装回収作戦の結果、コマンダー・レジーナ、そして四つの弩級兵装のうちの二つ、『弩級超頭脳神経伝達ユニット』と『弩級外燃機関エンジン』が敵に回収されてしまった。これら二つの兵装はその後、載霊機ドレッドノートに転送されたことが、その後の警戒に当たっていたアルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684)らの働きで判明したという。
 指揮官型ダモクレス達は、破損した『弩級超頭脳神経伝達ユニット』をコマンダー・レジーナに修復させ組み込み、載霊機ドレッドノートを再起動させようとしているのだろう。それにはある程度の時間を要する筈だ。しかしその猶予を与え、載霊機ドレッドノートが本来の力を取り戻せば、人類はケルベロス・ウォーの発動を以て対抗するしか打つ手がない。
 そうなる前に、載霊機ドレッドノートへの強襲作戦を行うことになったのだ。
「今、再起動への動きを見せている指揮官型ダモクレスは六体いる。こいつらを叩き、決戦前にダモクレス達の戦力を削ぐ。それが今回の作戦だ」
 現在、載霊機ドレッドノートはダモクレス軍団に制圧されている。周辺はマザー・アイリスの量産型ダモクレスの軍勢が展開しており、地上からの侵攻は困難だ。
 そこで上空からの降下作戦を行うことになるが、これにも問題がある。踏破王クビアラがドレッドノートの周囲に『ヘリオン撃破用の砲台』を設置し、強力なダモクレスに守備と砲台操作を担わせているのだ。
「厄介なもんをこしらえてくれたもんだが、ぼやいても仕方がない。まずこいつを撃破して、後続の部隊が載霊機ドレッドノートに潜入するための足掛かりを作る必要があるな」
 その後の攻撃目標は四つ。
 第一に、ジュモー・エレクトリシアンとその配下。ドレッドノートの歩行ユニットの修復を担う部隊であり、攻撃することでドレッドノートの機動力を奪うことができる。
 第二に、ディザスター・キングが守る『弩級外燃機関エンジン』。エンジンと同化しようとしているこの部隊を倒せば、ドレッドノートの再起動に要する出力を大きく引き下げることになるだろう。
 第三に、コマンダー・レジーナとその軍団。現在は『弩級超頭脳神経伝達ユニット』の修復を行っており、これが叶えば、ドレッドノートは自らの巨体を制御してケルベロス達を直接攻撃することが可能になる。その危険は避けたいところだ。
 最後に、弩級兵装回収作戦で動きを見せなかった指揮官型ダモクレス、イマジネイターだ。自らがドレッドノートの意志となるべく、ドレッドノートと融合しようとしているようだ。現時点での危険度はまだ低いといえるが、見逃せば自ら意志を持つ弩級ダモクレスが世に放たれることになる。それは避けておきたい。
 重要でない相手は一体としてない。どれを相手取るかの判断は委ねる、とヘリオライダーは告げた。
「ケルベロスの戦いに危険じゃないもんはないが、今回は特に、状況によりゃあ退路すら断たれる戦いに挑むんだ。俺もこのヘリオンも、全力を以てあんた方を送り届けよう」
 そう言われ見上げたへリオンも、心なしか気が入っているようだ。
「連中の目論見を軋ませられるかどうかは、あんた方の手にかかってる。連中にとっちゃこれも歯車の一つに過ぎないかもしれん。だがそれを失えば、その先の動きは鈍らせることができる筈だ」
 滑らかに澱みなく、ダモクレス達の思惑通りに事を運ばせはしない。繋がれゆこうとする回路に皹を入れる覚悟を定めたケルベロス達に、グアンはただ目を細め、頷いたのだった。


参加者
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)
アウィス・ノクテ(ノクトゥルナムーシカ・e03311)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
澄乃・蛍(元量産型ダモクレス・e03951)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)

■リプレイ


 空へ駆け上る八つの信号弾を合図に、へリオンがドレッドノート上空を駆ける。敵の待ち受ける戦場へ躊躇いもなく飛び降りていくのは、ディザスター・キング部隊を標的と定めた八人のケルベロス達だ。
「──」
 レプリカントの眼差しが地上の一点に吸い寄せられる。澄乃・蛍(元量産型ダモクレス・e03951)が指し示した先には、彼らを見上げるダモクレスがあった。少女めいたフォルムを覆う、紫色の重厚な装甲。カメラアイを通した表情は量れない。
「メタルガールソルジャー・タイプF。右腕に大剣を備えた、──私の姉妹機」
「あれが……そう。それなら」
 緩やかに軽やかに、魔性を感じる程に澄んだ歌声が開戦の合図。音に乗せた魔力で逸早く敵を絡めとるアウィス・ノクテ(ノクトゥルナムーシカ・e03311)に、小鞠・景(冱てる霄・e15332)は素早く編み上げた追尾弾で続く。この戦いを、悔いぬよう──熾火のように静かに心の底に燃え続ける思いは、眼差しと技がより饒舌に語っていた。
「来るんよ! ……っ!」
 キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)の警告とほぼ同時、横薙ぎの一閃が前衛の上を駆け抜けた──と思うと、鋒が触れた先が次々と爆ぜた。素早くも強烈な迎えの一撃に、けれどキアラは気丈に笑う。
「こんなんじゃ倒れへんのよ。ね、スゥ!」
 戦意渦巻く戦場、後方を守る仲間のもとへ追い風吹かす煙の花を咲かせると、テレビウムのスペラもそうだと励ますように応援動画を映し出す。
「チャーリー!」
「はいはい、おっさんも頑張りますよー」
 親しむ声に緩めた表情が、締まる眼の奥へ消えた。長い脚に重力と星を連れ、チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)が叩きつける。その間に広げた翼でふわりと降り立ったエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)は、忽ち地上に加護の星図を描き出した。
「何を繰り出してくるか解りませんから、皆様、慎重に」
「それじゃもう一本、転ぶ前に杖を添えておこうか」
 視線の一つに主の意図を知り、死角からの一撃を見舞うビハインドの執事。鷹揚に頷いた主、アルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684)は、煽るように咲く爆煙に加護の術を纏わせ、前衛に守りを施した。
「エルス様と一緒に皆を支えて」
 シャーマンズゴーストのポラリスはその願いに頷き、癒しの祈りに組み合わせた両手に星のランプを揺らす。藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)は穏やかに笑み、星の名を持つ拳銃を敵へ向けた。
「大人しく蹂躙されてはおかないと、よくよく教えてさしあげましょう。ケルベロス・ウォー勝利の布石とする為に」
 キングに至らなくても構わない。彼らを確実に撃破すること──それが、後に立ち塞がる壁を脆くするのだ。
 銃口から吹き出す熱が烈しく足許を炙れば、続く蛍も尾を引く一撃で牽制する。
『当部隊への攻撃行動が確認されました』
 唇から喉元にかけて覗く白い肌。刻まれたバーコードが、熱のない幼い声に微かに動く。
『──これより殲滅行動を開始します』
「……!」
 モーター音と、一瞬で詰まる距離。身構えるアウィスの前に飛び込んだキアラが、回転する刃に防具を抉られる。
 反撃の如意棍で突き離したアウィスの視線に陽のような笑みを向け、キアラはすかさず増幅させた気力を自身へと還した。
 長い戦いはまだ幕を開けたばかり。戦線を維持する癒しの術は幾度も幾度も、その力を戦場に投げ掛けることになる。


 夜色のスペラのブラウン管は、仲間を鼓舞する鮮やかな像を絶え間なく結び続けた。一方の執事は影のように敵を追い、死角から確実に生気を削り取ってゆく。
「二人ともその調子! ──よしっ、皆、ちょこっとひんやりは許したってね……!」
 掌にキアラのひと息、それだけで舞い上がった淡い癒しの粉雪は、しゃらりとほどける星のような音色を奏でて仲間達へ融けた。悪意の炎に頑なな痺れ、足を引っ張る呪いの気配は氷の中に取り込まれ、零れたそれはあっという間に、足許に遊ぶ雪色狼のお腹の中へ消えてゆく。
 それにもしぶとく居残る術に、アルシェールはくるっくる、と白手袋の掌を翻した。
「貴き行いには、如何なる謬りも存在しない。──故に悪しき力は覆るんだ。僕らの上には留まらない!」
 不思議な癒術は言葉通りに、仲間を苛み否む術をひっくり返す。潤沢な回復は戦線を支え、重ねた耐性は確かにケルベロス達の護りとなった。
「──何か、来ます」
 不意に見慣れぬ光を帯びた敵に、景が警戒の声を上げる。身構える一同の前で、
『エネルギー低下。補充を開始します──』
 感情のない声に従い、激戦の中に砕け散った機体の破片が宙に浮く。光に引き寄せられるように集まったそれは、敵の装甲に刻まれた幾つかの傷を修復してしまう。
「……簡単に次に行かせてくれる気はなさそうです」
 零れる溜め息を戦意の裡に引き取って、エルスは星の剣で地を指した。灯った光はひとつからふたつ、みっつからよっつへ──やがてひとつの星座を結び、敵が得たかもしれない力への耐性を高めてゆく。
「では、丁重にお饗しを」
 慎ましい微笑みと一礼が一転し、翻る千鶴夜の大鎌は猛々しく風を裂き、敵へ襲いかかる。慎ましやかな裾に忍ばせる暗器にも似た雄々しさに、これこそ主と知るポラリスは変わらぬ祈りを紡ぐだけだ。
「ごめん。貴女達にとって今の私が異物であるように、今の私にとって貴女達は敵だから」
 バスターライフルを苦もなく抱え上げた蛍は、照準に迷いはしない。放たれた光線は『敵』を狙い、僅かなところで躱されたその先には、チャールストンの仕掛けた針弾が素早く回り込む。
 僅かに覗く口許は突き刺さる術にも歪まない。つい肩を竦めた。
「少しくらい吃驚してくれるとおっさん嬉しいんですがねぇ」
 けれど技を接ぐ機は逃さない。肩に預けていた大鎌を素早く擲つと、景は超速で返り来る刃をも恐れずに敵前へ踏み込んだ。
 弛みない努力で到達した頂の一閃が、大剣と一体化した右腕を斬り落としにかかる。拮抗すれば立ち上る氷の気配に、やはり、と唇を動かした。
「選べるのなら魔法による攻撃を。──他よりも若干、技を受けた際の硬直が長いようです」
 しんと落ち着いた景の声は、静謐の中で聞くように仲間達の耳に届いた。エルスは興味深げに頷き、
「素直なところもあるってことでしょうか。少女型らしく」
「魔法。──分かった」
 アウィスはすぅと息を吸い込む。この場の空気は歌を生むには少し戦熱に侵されすぎているけれど、敵を震わす魔法にするなら最適だ。
 真直ぐな歌声に貫かれた敵は、景の見立て通り、僅かに身を強張らせる。それでも、カメラアイに動揺は映らず、重さを感じさせない機動で大剣を横に振り抜いた。
「──スゥ!」
 キアラの声が響き渡った。仲間を守る盾として、回復を担う一手として。小さな体で奮闘してきたスペラが、爆ぜる一薙ぎのもとに崩れ落ちる。がんばってキィ──そんな笑顔を残し、戦場から掻き消える。
「みんなを守るお役目、しっかり果たしたんやね……よく頑張ったんよ」
 大事な相棒の離脱に、少しだけ声は震えたけれど。待ってて、と呟いて、キアラは凛と前を見る。
「加護が剥がれたの、皆も気づいとる? さっきのヒールで破剣の力を得てるんよ!」
 今の敵の攻撃には、強化を打ち破る力がある。頷いたエルスの視線は、最も回復を要するひとりを素早く選定する。
「心配には及びません。術が解かれるくらい、なんてことありませんね。──また構築すればいいだけだもの」
 繰る魔導書の一節が、エルスの声を得て戦場に解き放たれる。癒しの禁術は、仲間を庇い深傷を負ったアルシェールに強く干渉した。
「解き放て、忘却と増幅の禁術。痛みを忘れ、苦きを忘れ、戦さ場の礎となれ──」
「えっなにそれちょっと怖い」
 忽ち和らいでいく傷の痛みに、怖さの欠片も滲まぬ軽口を残しつつ、アルシェールは休みなく駆け巡る仲間達の姿を横目に拾うと、虹色の爆煙を打ち上げた。狙った全てへ零れることなく、その加護が行き渡るように。
「執事!」
 喚ぶ声に目礼を返し、ビハインドは瓦礫の雨を叩きつける。戦況に動じることなく捧げられるポラリスの祈りに護られて、景は全身の気を掌に集約していく。その間に、
「スゥさんは大丈夫です。あの頑張り、一緒に繋ぎましょう」
「──ありがと、ちぃ」
 そうキアラを励ました千鶴夜の眼差しが、不意に冴える。
「そう、受けたものは等しくお返ししなければ」
 細めた瞳、澄ます耳。研ぎ澄ます五感には全てが触れて、一瞬一瞬が留まるような時の流れの中、千鶴夜は敵と同じ破剣の力を身に纏う。
「これ以上、傷つけさせないから」
 翼のように携えた左右の砲台が、一瞬で照準を定めた。迸る強烈な熱線が装甲を撃ち飛ばすと、アウィスは唱える竜種の言の葉で、猛々しい獣の影を呼び覚ます。
 幻影なれど、吐息の熱量は確かなもの。宿った炎が敵の守りを融かしにかかれば、景は逃れようとする敵を、魔法に拠って練り上げた一弾で追い込んでいく。
「さて……おっさんの魔法も喰らってみます?」
 チャールストンの語り口は風のように軽い。だが、仲間を損なったものへ向けられる力には温さはない。
 張り詰めた集中力は、敵の一点で頂を迎える。機構の内部まで潜り込んで放たれる魔法の衝撃は、次の一手を敵の掌から取り落とさせた。


 爆ぜる一薙ぎが前に立つ者たちを一掃しにかかる。
 敵の攻撃を受け止め続ける前衛の疲労は小さくない。既に癒えきらぬダメージも蓄積されてはいるものの、
「地に耀け、星々の加護よ……!」
 戦線を支え続けるエルスの術が渾々と力を湧き上がらせ、祈り続けるポラリスも深傷を塞いでいく。与え続けた異常は数を増し、敵の機体を軋ませる機会も増える。それはつまり、回復を尽くす時間を稼ぐことにもなった。
 駆け抜けた大鎌の担い手は千鶴夜。正確無比な斬撃に敵が動きを止めれば、その隙に毒孕む影の弾丸が襲いかかる。少しずつ削ぎ取られた装甲は、与える衝撃をより強いものにしていた。
「もう、眠りに就く時間」
 アウィスの手に躍る如意棒は、荒々しい大剣を弾いては封じ込める。懐での仕合に敵の意識が向く間に、高く跳んだチャールストンの脚が星の重力を叩きつけた。
「ついでにこちらも如何です? 機械の体じゃありますが、その血肉──我が糧に」
 揺れる体を穿つ針弾が、吸い取ったエネルギーを術者へ持ち帰る。その間に、蛍は華奢な背に格納されたファンを立ち上げた。取り込まれていくグラビティを体内に高め、
「これが最大出力の過電重力砲。受け止めて、私の姉妹機」
 呼び掛ける口から解き放たれた荷電光線は、敵の胸を真直ぐに貫き、その向こうへと駆け抜ける。
『反撃し──ます』
 平坦な声がノイズに乱れた。大剣は一瞬で蛍に肉薄し、刃に纏いつく紫の炎が、一刀のもとに蛍の視界を遮断する。
「蛍!」
「──、繋ぎます、今の内に」
 一見変わらぬ景の表情の、褪せた瞳だけが不意に強く輝いた。隙は生まず、けれど大きく翳した竜鎚の砲撃で射線を塞ぐ間に、
「……うん、蛍が風穴開けてくれた。これ以上はやらせないんよ!」
「同意するよ。歯車とは緻密な連動で成り立つもの。それを名乗るに相応しいのは、ここで穿たれる君達じゃない、僕達の在り方こそそれだ」
 もう一人として倒されず、戦線を維持する為に。キアラとアルシェールは互いへと、練り上げた気を向ける。
 歯車の軋みが聞こえてくるようだ。執事が降らせた礫に気を取られる敵の足許へ、雪肌が傷つくのも厭わず滑り込んだ千鶴夜が銃口を突き入れる。
 この一戦は、続く戦いへの勝利の布石。
「この先の歩みは私達のものです。さあ、御覚悟は宜しくて?」
 その声には鋼のような芯が滲む。引鉄を引けば立ち上がる火柱に敵が惑えば、ポラリスの祈りが、エルスの繋いだ星の光が、追い上げる仲間の助けとなる。
「勝手に暴れる機械はただのガラクタなの。このままジャンクになってもらえないかしら?」
 辛辣な言葉に対して紡がれる力は優しく、淡く瞬く星の光に痛みを拭われて、アウィスは一歩を踏み出した。
「蛍の想いも。一緒に行くみんなも、大切。だから負けない」
 自分のできることを精一杯──その想いが歌になる。景が見切った弱点の魔法で、蛍が貫いた傷の内から、染み渡る声が敵を震わせていく。
『胸部損傷。可動──域、再試行シま……ス』
 強まるノイズを振り切るように大剣を翳し、駆け出そうとするタイプF。その脚を縫い止めるのは、辛抱強く投げかけてきた術の重み。縛られた体は、薙ぎ払えと命じる思考に追い付かずに崩れ落ちる。そこへ、
「アタシらも随分と磨り減らされましたが、アナタを終わらせる余力くらいは残っている」
 この星のヒトたる力を集め、その頂でチャールストンが魔法を解放する。唐突に内から爆ぜた機体に敵がのけぞり、倒れる──その前に、景は遠き凍土に拠った戒めの句を静かに紡いだ。
「今度こそ、完遂を」
 敵の周囲の大地が淡い霜に染まる。倒れゆく機体がしゃり、とそれを害した瞬間、柔き霜柱は鋭利な氷の槍へと変じ、その悪意を罰するように──景の悔しさと、それを覆さんとする意思を映すように、獰猛に敵を刺し貫いてゆく。
「君達の機械仕掛けの計画はここまでだ。さてキィ嬢、歪んだ歯車を吹き飛ばそうか」
 あと一撃。砕かれた大剣を杖に立ち上がろうとする敵をよそに、アルシェールが引き起こしたのは色鮮やかな爆風だった。託した加護は、すでに敵の頭上へ跳んでいたキアラの背に届く。
 体は動かずとも戦況を見守り続ける蛍の思いをも預かって、キアラは拳を握り固めた。
 この先に待つ筈の、夥しい数の悪意の歯車。そして今、共に在る仲間の歯車の為に、
「この体で──君たちこそ、回させない!」
 悪意に従順な魂は、ひたむきに繰り出した拳に喰らい尽くされる。
 傷口から響くノイズさえもふつりと消えた。機体は完全に沈黙し、ドレッドノートは力の源を一つ失ったのだ。
「……撤退だ!」
 アルシェールが叫ぶ。定めた基準は満たしている。仮にそうでなかったとしても、余力での継戦は困難を極めただろう。後ろ髪引かれる仲間の背を押すように、チャールストンは声を張る。
「迷わず帰りますよ。待っている人たちのところまで──全員で!」
 それを号令に、ケルベロスは蛍を援けながら戦場を後にした。
 噛み砕かれた歯車は、その先を紡がない。
 けれど引き返すケルベロス達は、この先の勝利を目指す新たな回路を切り拓いたのだ。築かれる困難に猛り挑む、希望の歯車のひとつとして。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月14日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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